顔記憶の記銘における既知の人物の連想による効果

顔記憶の記銘における既知の人物の連想による効果
○井上優子 1・重宗弥生 1・月浦 崇 1
(1 京都大学大学院人間・環境学研究科)
キーワード:連想,顔記憶,記銘
Effects of associating with familiar faces during encoding novel faces
Yuko INOUE1, Yayoi SHIGEMUNE1 and Takashi TSUKIURA1
1
( Graduate School of Human and Environmental Studies, Kyoto University)
Key Words: association, face memory, encoding
【目 的】
未知の顔を記銘する際に,人物の性格を連想するような深
い処理した場合に,顔の形の判断などの表面的な処理をした
場合と比較して,顔の記憶が促進されることが知られている
(Bower & Karlin, 1974).しかし,未知の人物から既知の人物
を連想する記銘方略によって,記憶がどのような影響を受け
るのかは明らかにはなっていない.また,同じ既知の人物で
あっても,個人的な関わりがある知合いと個人的な関わりの
ない有名人とでは,保持している背景情報の質や量が異なっ
ていることが考えられるが,その違いについては未だに検証
されていない.本研究では,未知の顔を記銘する際に,知合
いや有名人などの既知の人物を連想することで,未知の顔の
記憶がどのような影響を受けるのかについて検証した.
【方 法】
実験参加者 健常な大学生及び大学院生 24 名 (うち女性 11
名,平均年齢±標準偏差:21.67±2.15)が実験に参加した.
刺激 オリジナルに作成した認知実験用顔刺激データベース
とインターネットから収集した 30 代から 50 代の男女の顔写
真を合計 240 枚を使用した.これら 240 枚を,ターゲット写
真 180 枚と,ディストラクター写真 60 枚に分割し,さらに,
ターゲット写真 180 枚を 60 枚ずつの 3 リストに分割し,
「知
合い」条件,
「有名人」条件,
「顔の形」条件の 3 つの実験条
件 (後述) を対応させた.写真の群と実験条件の組合せは実
験参加者間でカウンターバランスされた.
実験手続き 実験参加者は記銘課題と想起課題の 2 つの課題
に参加した.記銘課題の時点では,実験参加者には想起課題
で記憶テストがされることは教示されなかった (偶発記銘).
記銘課題は 2 つのブロックから成り,各ブロックではター
ゲット写真のリストの 90 枚の写真を 1 枚ずつ,
「知合い」,
「有
名人」,「顔の形」の条件を示す指示とともに,ランダムに提
示した.実験参加者には,
「知合い」条件では提示される顔写
真から自分と個人的な関わりがある①親族,②友人,③知人
のいずれかの知合いを,
「有名人」条件では提示される顔写真
から①芸能人,②運動選手,③政治家のいずれかの有名人を
連想するように求め,連想した人物が①‐③のいずれであっ
たかをボタン押しで判断するよう求めた.
「顔の形」条件では
提示された人物の顔の形が①丸/楕円,②逆三角,③ベースの
いずれであったかボタン押しで判断するよう求めた.
記銘課題の直後に実施された想起課題は 2 つのブロックか
ら成り,各ブロックではターゲット写真 90 枚とディストラク
ター写真 30 枚を 1 枚ずつランダムに提示し,
実験参加者には,
記銘課題で提示された写真かどうかを,また提示されたもの
であると判断した場合は「知合い」,「有名人」,「顔の形」の
どの条件で提示されたのかを判断するように求めた.想起課
題において,各記銘条件のターゲット写真に対して正しく記
銘した条件を選択することができた試行を Source hit,各記銘
条件のターゲット写真に対して実際に記銘した条件とは異な
る条件で記銘したと判断した試行を Item only hit と定義し,
それぞれ Source hit 率と Item only hit 率を算出した.想起課
題の終了後,
「知合い」
「有名人」条件で 1) 連想した人数, 連
想した人物についての 2) 既存の情報量, 3) 連想時に想起
された情報量に関して,10 cm の Visual Analogue Scale (VAS)
を用いて主観的に評定するよう求めた.
【結 果】
記憶成績 Source hit 率, Item only hit 率それぞれにおいて,
条件(知合い・有名人・顔の形)を被験者内要因とする 1 要
因分散分析を行った結果(Fig.1, Fig.2)
,Source hit 率では有
意な条件の効果が認められた (F2,46=15.78, p<0.01) が,Item
only hit 率 で は 有 意 な 条 件 の 効 果 は 認 め ら れ な か っ た
(F2,46=3.06, n.s.).Source hit 率における下位検定の結果では,
「知合い」条件と「有名人」条件において,
「顔の形」条件よ
りも有意に Source hit 率が高いことが認められた (p<0.05).
VAS の評定値 1) 連想した人数, 2) 既存の情報量, 3) 連
想時に想起された情報量,の各項目についての VAS の評定値
(cm) の平均値が,「知合い」条件と「有名人」条件との間で
異なるかを,対応のある t 検定 (両側) によって検証したとこ
ろ,1) 連想した人数において有意差は認められなかった
(t23=1.54, n.s.) が, 2) 既存の情報量 (t23=6.04, p<0.01) と 3)
連想時に想起された情報量 (t23=6.47, p<0.01) の項目におい
て有意差が認められ,どちらも「知合い」条件において「有
名人」条件よりも主観的な情報量は多かったことが示された.
【考 察】
本研究では,未知の顔を記銘する際に,知合いや有名人を
連想する記銘方略を用いることで,顔の記憶が有意に促進さ
れることが示されたが,知合いと有名人との間では有意な記
憶成績の差は認められなかった.しかし,それらの条件間で
の主観的な情報量には有意差が認められた.これらのことは,
未知の顔を記銘する際に既知の顔を連想することで顔の記憶
は同程度に促進されるが,個人的な関わりがある人物を連想
する場合と関わりのない人物を連想する場合とでは,異なっ
た記銘方略が採用されていることを示唆している.
【文献】
Bower G.H., & Karlin M.B. (1974). Depth of processing pictures
of faces and recognition memory. J Exp Psychol, 103, 751-757.
*本研究の一部は,最先端・次世代研究開発支援プログラム(LZ001,研究代表
者:月浦 崇)の助成を受けた