1/2 都市空間におけるストリートダンスの実態 The actual State of the Street Dance in Urban Space 02-1024-6 斎藤 直人 Naoto SAITO 指導教員 十代田 朗 Advisor Akira SOSHIRODA 表 1 ストリートダンサーのタイプ分類結果 以上の 結果を 徒歩圏 中距離 遠距離 計 踏まえ、居住地か (徒歩・隣駅) (2 駅∼30 分未満) (30 分以上) らスポット間での 若年 10 14 7 31 (18 歳以下) (1.06) (1.27) (0.67) 距離と年齢、経験 一般 14 20 27 61 年数から、各ストリ (19 歳以上・経験5 年未満) (0.75) (0.92) (1.31) ベテラン 12 8 6 ートダンサーをタ 26 (19 歳以上・経験5 年以上) (1.51) (0.86) (0.68) イプ分類した(表 計 22 42 40 118 1)。各セルに含ま れるダンサー割合を全体平均で除した特化係数を併せて算出し、全体傾向との 相対的な特徴の強弱を見る。まず若年ダンサーは、「遠距離」の利用が少なく、 「近隣」や「中距離」のダンススポットをよく利用している。一般ダンサーは、「遠距 離」のダンススポットを多く利用している。そしてベテランダンサーは「遠距離」の 利用が少なく、逆に「近隣」のスポットを多く利用する傾向を読み取れる。 1 序章 (1)研究の背景および目的 都市空間では、計画者が意図しないような空間利用が見られることがある。テ ィッシュ配り等の宣伝行為、屋台などの営業行為、大道芸、スケートボード・ストリ ートダンスなどの路上でのパフォーマンス行為があり、近年ではストリートダンス に興ずる若者の姿をよく見かけるようになっている。ストリートダンスに関しては、 「貸しダンススタジオで踊ればよい」という意見や、ラジカセを鳴らし公共的な空間 を占拠している点から批判的にみる人もいる一方で、都市の緩衝的な空間を有 効に活用する非商業的パフォーマンスとして捉えることも可能である。しかしストリ ートダンスに関する既往研究では、ダンス練習の教育学的意義を論ずるもの 1)や ダンサー集団の成立過程とフリーターとの関わりに言及するもの 2)はあるものの、 ストリートダンスの空間利用特性について言及したものは管見できない。そこで本 研究では、東京圏でのストリートダンスの実態を把握し、空間とその利用の面から 考察を行うことを目的とし、まず文献や雑誌等を参照しストリートダンス普及の歴 史を概観した上で、①ストリートダンスが行われている場所(以後、ダンススポット) でのヒアリング調査から、ストリートダンサーの特徴(2章)②ダンススポットの観察 及びヒアリングから、ダンススポットのマクロ・ミクロな空間的特徴(3章)そして③ダ ンサーの評価や空間的特徴と利用実態との関係を論じた上で、ダンススポットの 所有者・管理者からみた問題・課題をヒアリング調査から明らかにする(4章)。 2 ストリートダンサーの特徴 ここでは、既存文献や雑誌、HP 等においてストリートダンスのメッカ的存在であ ると指摘された新宿・損保ジャパン本社ビル周辺において、プレヒアリング調査を 行い、その結果から得られた東京圏の他の有名スポット(中野ゼロホール、池袋 芸術劇場、横浜ルミネ)でも利用しているダンサーを対象に、そこのダンサーが 普段使い分けて踊っている他のスポットを抽出、これら 21 ヶ所で本ヒアリング調査 を行った。(平成 17 年 12 月∼18 年 2 月調査、回答者数 118 人) (1)性別、年齢および経験年数(基本属性) 性別は、男性 78 人、女性 40 人、年齢は、15 歳から 32 歳にわたって分布して いて、 20∼22 歳がピークとなっている。経験年数は最多が 2 年以上、次いで 1 年以上、それに 3 年・4 年以上が続き、全体平均は 3.33 年であった。5 年以上の ベテランは、26人と1/4弱であった。これは、ある程度の経験年でストリートダンス から離れるダンサーが多いということ、もしくは近年のストリートダンス普及に伴い 若年層で裾野が広がっていることの現われであると解釈できる。 (2)居住地とダンススポットとの距離 ダンサーの自宅最寄駅からスポット最寄駅までの電車での所要時間では、徒 歩もしくは隣駅からの来訪が 36 人(うち徒歩が 22 人)、2 駅以上∼30 分未満が 42 人、30 分以上が 40 人となり、特に 45 分以上からは 13 人となっていることから、全 体としては「近い所から来るダンサーが多い」と言える。 (3)ダンスグループを作るきっかけ ストリートダンサーはユニットを構成し練習する場合が多いが、ユニットを作るき っかけを複数回答で訊ねたところ、「ダンススポットで知り合った(42)」が最多とな った。つまりダンススポットという都市空間が都市の新しいコミュニティを創出する 場として機能していると言える。次に「ダンススクールで知り合った(37)」「学校の友 人(35)」が続き、他所でできたユニットがユニット単位でスポットを利用していること が窺える。他には「ダンスイベント(14)」や「インターネット(4)」等がみられた。 (4)ダンサーのタイプと特徴 3 ストリートダンススポットの空間的特徴 (1)ダンススポットのマクロ立地特性 ヒアリング調査対象の 21 カ所において、今は使わないがかつて「踊ったことが ある」ダンススポット、「聞いたことがある」ダンススポットを訊ねたところ、総計、首 都圏で計 71 カ所(前者 46、後者 24)のスポットが抽出された。抽出されたスポット は、東京・神奈川・千葉・埼玉・茨城の1都4県に立地している。利用するダンサー が他にどのようなスポットを使っているのか、関連を分析する。各ダンススポット間 を、該当人数を太さで表して図化したものが図1である。使い分けの組合せをみ ると、新宿損保、中野ゼロ、横浜駅でそれぞれ9種類、川崎駅、溝の口駅でそれ ぞれ 7 種類あり、これらのスポットは多く使い分けられている。スポット間の結びつ き(該当人数)をみると、新宿損保Ù中野ゼロ、新宿損保Ù溝の口駅、溝の口駅 Ù川崎駅、溝の口駅Ù横浜駅の結びつきが強くなっており、これらを骨格として 他のスポットとの使い分けされていると言える。なお、横浜駅Ùセンター北駅、川 崎駅Ù品川、新宿損保Ù恵比寿もそれらと同等以上に結びつきが強く、前述の 骨格から派生する結びつきの主たるものとして位置づけることができる。 (2) ダンススポットのミクロ立地 21 スポットのミクロ立地の特徴をみる。駅から各ダンススポットまで距離を地図 上で計測したところ、15 カ所で「200m 以内」となっており、駅周辺に立地する傾向 が強いと言える。一方で「戸山公園」「中野ゼロホール」は 500m を超えており、用 途地域もそれぞれ第一種中高層住居専用、近隣商業(敷地周辺は住居地域)で あることから、全体傾向と異なり住宅地内のスポットといえる。さらに、ダンススポッ トのある敷地の形態をみると、大きく3分類・細かく8分類できる。「コンコース」や ペデストリアンデッキ等の「駅への接続路」など、駅に付随して立地するものが 10 カ所(うち駅地下街 2 カ所)で多く、業務・商業ビルの内外に 7 カ所、公園や公共 施設の敷地内に 4 カ所となっている。全体に比べ、都市公園や公共施設敷地に 立地するものは、比較的駅から遠い場所に立地している。 (3) ダンススポットの空間的特徴 ダンススポット周辺の店舗や設備等の空間的特徴をみる。まずダンススポット を「屋内」、屋外の「庇あり」「庇なし」に分類した。10 カ所が「屋内」、8 カ所が「庇あ り」であった。これは、風雨がしのげ、屋外に比べ寒さがしのげるためと考えられ る。歩行者動線との関係を見ると、18 スポットは動線をよけてダンスエリアが成立 している。うち9つは通路幅を狭める形であるが、ダンスの時間帯には歩行者流 が少なくなっている。また6つは動線から外れた凹んだ場所であることから、時 間・空間的に動線との接触が避けられている。前者では通路の窓面に沿って横 長にエリアが広がる傾向がある。次にストリートダンスの練習に必要な鏡がどう揃 っているかをみ 池袋 中野ゼロ 芸術劇場 た。デパートのエ 池袋 BLDY ントランスやショ 目白 デサント ーウィンドー等、 戸山 公園 溝の口 足先から身体全 代々木 センター ドコモ 東京 北 体の姿が映るも 体育館 新宿損保 の を 「 ガ ラ ス 壁 センター 恵比寿 南 武蔵 武蔵 小杉 中原 面」、窓面積が小 大井町 さく身体の一部し 蒲田 品川 か映らないもの 横浜 川崎 を「ガラス窓」、そ 図1 使い分けに見るダンススポットの結びつき 2/2 表 2 ダンススポットに関する調査結果 評価 穴場 ダンサーが多く集う 他の場所を知らない 都合のよい時間に使える 集まりやすい立地である 年齢 経験 ・ 影響、教育社会学研究第71 集2002、p.p.151-169 等 混雑しない・ 狭くない 鏡映りがよい 管理者から苦情が出ない 環境と設備 歩行者動線と 鏡の有無 の関係 風雨をしのげる 床の質がよい 屋根 モニュメント ガラス窓 ガラス壁面 動線と衝突 十分な広さ 凹み空間 背後に動線 庇なし 庇あり 屋内 道路上 なし 公開空地 公共施設 駅ビル内 地下街 民間 駅からの距離︵ m︶ 所有 立地タイプ 駅 駅への接続 コンコース 遠距離 広域 中距離 近隣 主なダンサー層 使い分けもふくめた利用者数 ヒアリング数 名称 ID 方、「管理者からの 苦情が出ない」を含 め、「混雑しない・狭 くない」「穴場」といっ た項目は「ベテラン が主」のスポットで特 に回答率が高くなっ ている。以上から、 1 センター北駅 12 13 ビギナー 1 1 横浜市 0 1 1 1 1 4 2 1 2 4 6 1 ダンサーは年齢・経 2 横浜ヨドバシ 8 14 ビギナー 1 1 200 1 1 2 1 1 2 3 4 3 横浜ルミネ 8 11 ビギナー 1 1 90 1 1 1 2 2 3 1 3 1 3 験を積むに連れて 4 東京芸術劇場 3 5 ビギナー 1 1 東京都 250 1 1 1 1 3 3 1 2 2 2 「集う」ことを重視した 5 アトレ品川 7 7 一般 1 1 0 1 1 1 2 2 3 1 6 損保ジャパンビル 23 39 一般 1 1 私有地 400 1 1 1 1 4 20 2 2 スポットから、管理主 7 中野ゼロホール 13 24 一般 1 1 中野区 570 1 1 1 5 4 11 1 6 11 3 2 体との関係を含めて 8 川崎ルフロン 12 19 一般 1 1 私有地 170 1 1 1 1 1 2 2 1 3 11 9 溝の口 9 12 一般 1 1 0 1 1 1 1 5 5 5 6 2 9 よりダンスに良好な 10 恵比寿諸戸ビル 6 8 ベテラン 1 1 私有地 70 1 1 1 1 1 6 3 6 1 3 空間を求めて「民間」 11 ドコモビル 2 5 ベテラン 1 1 私有地 140 1 1 1 2 2 2 のスポットへ移動し 12 蒲田駅 4 4 -1 0 1 1 1 1 1 1 1 1 13 センター南駅 3 4 -1 横浜市 0 1 1 1 2 1 2 1 ていると予想される。 14 ビルディ横 0 4 -1 道路 370 1 1 1 (3)管理者からみたス 15 武蔵小杉 2 3 -1 0 1 1 1 1 1 1 1 16 デサントビル前 2 3 -1 私有地 100 1 1 1 2 2 2 2 2 トリートダンスに対す 17 横浜みずほ銀行 3 3 -1 250 1 1 1 3 3 る認識 18 アトレ大井町 1 3 -1 0 1 1 1 1 19 東京体育館 0 2 -1 明治神宮 150 1 1 1 1 最後にストリートダ 20 戸山公園 0 2 -1 東京都 600 1 1 1 ンス利用に対して敷 21 武蔵中原 0 1 -1 川崎市 0 1 1 1 21 か所中該当数 118 186 3 1 3 4 4 2 3 2 4 3 2 1 160 10 8 3 9 6 4 3 18 4 1 16 18 21 37 19 17 66 38 14 7 地所有者や管理者 ビギナーが主 上記 ID1∼4 1 1 0 1 1 0 0 0 2 2 0 1 2 1 0 3 2 0 9 2 7 6 2 4 11 10 8 2 がどのような認識を 一般が主 上記 ID5∼9 1 1 0 0 1 2 0 0 2 3 0 3 1 1 0 5 0 0 1 11 11 19 10 13 39 26 4 0 ベテランが主 上記 ID10∼11 0 0 0 0 0 1 1 0 0 2 0 0 0 1 1 2 0 0 1 2 3 6 3 0 8 0 1 3 もっているかをヒアリ 計 103 157 2 2 0 1 2 3 1 0 4 7 0 4 3 3 1 10 2 0 11 15 21 31 15 17 58 36 13 5 ングから考察する。 表 3 ダンサー層と距離のクロス集計結果 の他反射性があ a.新宿損保ジャパンビルディング:「賛否さまざまな意見が社内にあり、方向 居住地からの距離 り身体が映るモ 性が定まっておらず」(本社総務課)、「黙認している」(警備担当者)状態である。 近隣が主 中距離が主 遠距離が主 広域型 ビギナーが主 東京芸術劇場 横浜ヨドバシ センター北駅 横浜ルミネ ニュメントや掲 b.中野ゼロホール:中野区では、青年館の廃止後、若者の活動の場をどのよう アトレ品川 中野ゼロホール 示板等を「その に設けるかということが懸案であった。その中で、職員とダンサーの話し合いが持 一般が主 溝の口 川崎ルフロン 新宿損保ジャパンビル 他」とすると、17 たれ、ゼロホール周辺の自由な使用を試行することとなった。従って警備員も「区 ベテランが主 ドコモビル 諸戸ビル カ所に「 ガラス 議会で決定があるため、特に制限をしていることはない」という認識である。2003 壁面」が備わり、「ガラス窓」を有するものも 4 カ所と、殆どのスポットで身体を映し 年から「ZEROストリートダンス」というダンスコンテストを行っていて、中野ゼロホ 出す鏡状の設備があり、ダンススポットに重要な空間要素であることがわかる。 ールで踊っていたストリートダンサーに呼びかけ、2004 年には 39 グループ 609 人が参加し、以降も引き続き行われている。c.池袋芸術劇場: 1999 年にスケ 4 ストリートダンス空間の利用と管理に関する特徴 ートボードの若者と通行人とトラブルになり、傷害事件が起きたため、それ以降ス (1)ダンサーの利用特性 ケートボードは禁止になっているが、「ストリートダンスはそこまで危なくない」(警 各スポットに集まるダンサーの傾向を読み取るため、利用人数 5 人以上の 11 備担当者)ことから、「劇場が閉館する午後 10 時以降、ストリートダンスは黙認」し スポットに対し、年齢・経験と居住地からの距離について主たるダンサー層を読 ており、「当方と関係なくやっている」(建物管理者)と放任の構えである。 みとりクロス表に布置した。なお近距離から遠距離まで幅広く集まっているスポッ 以上の3事例から、現状では、ストリートダンスに対して管理者は特に問題視し トを「広域型」とした(表3)。その結果、全体としては同じ傾向を示すのは 2 組・4 ス ておらず、黙認・放任という対応がみられる一方で、一部ではそれを積極的に活 ポットしかみられず、有名スポットにも様々なタイプがあることがわかる。 用していこうという動きもみられる。 (2) 利用者による評価 ダンススポットを利用する際にダンサーがどのような点を評価し利用しているの 5 結論 かをヒアリング調査から把握した(表 2、複数回答可)。 ①「新宿損保」「中野ゼロ」「横浜駅周辺」を中心とするダンススポット間の使い分け 最も回答率が高いのは「集まりやすい立地である」であり、「ダンサーが多く集 の状況を把握し、ダンサーが単独のダンススポットを使いつづけるのではなく、 う」が続く。ダンススポットの選択理由として、交通利便性及び他のダンサーとの交 何ヶ所ものダンススポットを使い分けている実態を把握した。 流(観察も含む)重視される傾向が読み取れる。空間構成の面では、ダンス練習 ②個々のダンススポットの立地は、大きく「駅」「公共施設」「民間施設」という 3 つ に重要な「鏡映りがよい」「風雨をしのげる」「床の質がよい」(10∼20%)があるが、 のカテゴリーに分類された。グループ別の分析からは、「若年」は主に身近な 上記 2 項目に比べて回答率は低い。一方で「管理者から苦情が出ない」スポット 「駅」をダンススポットとしているが、年齢・経験を積むにつれてよりダンスに良好 であることは、「ダンサーが多く集う」ことと同程度に重要視されている。ヒアリング な空間を求めて穴場的な「民間」のスポットを開拓している状況が示唆された。 からは過去に何ヶ所かのスポットが使用禁止になったことがわかっているが、ダ ③ダンススポットは、ダンサー側からはユニットメンバーとの集まりやすい立地、 ンサー側にも管理者や警備員とトラブルが起こらないことを望む姿勢が窺える。 他のダンサーが多く集う交流の場として選ばれているが、勝手に利用するだけで 次に、同様の 11 のダンススポットについて、ヒアリングしたダンサーのタイプ なく、場所の管理者との良好な関係も主要な選択理由となっていることがわかっ (「若年」「一般」「ベテラン」)の内訳で分類し、スポットの立地ならびにスポットへの た。一方で管理者側は、その状況を黙認・放任しているのが現状だが、一部では 評価と比較した。分析対象スポット数が少ないため、立地・空間要素についての それを若者の活動の場所として、積極的に活用していこうという動きもみられた。 傾向は明瞭ではないが、「若年が主」のスポットが「駅」に集中するのに対し、「一 補注及び主要参考文献 般が主」「ベテランが主」では「民間」スポットの比重が高くなっている。スポットの評 (1) 乗換え検索ソフト「駅すぱあと」による所要時間を用いた。 価では、全体で評価の最も高かった「集まりやすい立地である」にはタイプ間で 1) 新谷(2003)、「ストリートダンス体験と居場所・社会つながり」、子ども・若者の参画シリーズⅠ居場所づくりと社 差がなく、「ダンサーが多く集う」は「若年が主」「一般が主」で多くなっている。一 会つながり、p.p.182-201 2)新谷(2002)、ストリートダンスからフリーターへ進路選択のプロセスと下位文化の 距離 タイプ
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