外航定期船同盟に対する EU 競争法適用除外制度

外 航 定 期 船 同 盟 に 対 す る EU 競 争 法 適 用 除 外 制 度 廃 止 の 影 響
―FMC 調 査 の 結 果 に つ い て ―
掲 載 誌 ・ 掲 載 年 月 : 日 本 海 事 新 聞 1207
日本海事センター企画研究部
研究員 森本清二郎
米 国 連 邦 海 事 委 員 会( FMC: Federal Maritime Commission)は 、欧 州 連 合( EU)
に よ る 外 航 定 期 船 同 盟 に 対 す る 競 争 法 適 用 除 外 制 度 ( 以 下 、「 EU 競 争 法 適 用 除
外 制 度 」) の 廃 止 が 米 国 発 着 航 路 に 与 え た 影 響 に つ い て 調 査 を 実 施 し 、 本 年 2 月
に 結 果 を 公 表 し た 。 同 調 査 ( 以 下 、「 FMC 調 査 」) は 、 EU 競 争 法 適 用 除 外 制 度
の廃止による競争力低下を懸念する米国荷主の意向を踏まえて実施されたもの
で あ る 。 本 稿 で は 、 FMC 調 査 の 内 容 を 概 観 し た 上 で 、 若 干 の 考 察 を 加 え た い 。
1 . FMC 調 査 の 概 要
( 1) 背 景 ・ 目 的
外 航 定 期 船 の 分 野 で は 、歴 史 的 に 、市 場 と 船 社 経 営 の 安 定 化 を 目 的 に 、複 数 の
船 社 が 運 賃 の 設 定 や 配 船 船 腹 量 の 調 整 、特 定 荷 主 に 対 す る 運 賃 の 割 引( 二 重 運 賃
制 )や 割 戻・払 戻 な ど を 共 同 で 行 う 定 期 船 同 盟( 以 下 、
「 同 盟 」)が 結 成 さ れ 、こ
れら同盟の活動に対する競争法の適用除外が各国で認められてきた。
し か し 、 1984 年 と 1998 年 の 二 度 に わ た る 米 国 海 事 法 改 正 に よ っ て 、 す で に
動 揺 を 来 し て い た 二 重 運 賃 制 が 禁 止 さ れ 、ま た 、同 盟 の 共 通 運 賃 と は 異 な る 船 社
独 自 の 運 賃 設 定( イ ン デ ペ ン デ ン ト・ア ク シ ョ ン )や 個 別 荷 主 と の 非 公 開 サ ー ビ
ス・コ ン ト ラ ク ト( 一 定 期 間 内 に 一 定 量 の 積 み 荷 を 保 証 す る 荷 主 に 対 す る 特 別 運
賃・サ ー ビ ス 契 約 )の 締 結 を 同 盟 内 で 認 め る こ と が 義 務 付 け ら れ た た め 、運 賃 設
定 や 対 荷 主 政 策 に お け る 同 盟 の 拘 束 力 が 失 わ れ た 。そ の 後 は 、同 盟・盟 外 船 社 の
区 別 な く 、協 調 的 な 運 賃 修 復 や サ ー チ ャ ー ジ 設 定 を 行 う 協 議 協 定 が 多 く の 航 路 で
航路安定化の役割を果たすようになっていった。
一 方 、欧 州 委 員 会 は 2003 年 に 同 盟 に 対 す る EU 競 争 法 適 用 除 外 制 度 の 見 直 し
に 着 手 し 、 2006 年 9 月 に は EU 閣 僚 理 事 会 が 2 年 間 の 猶 予 期 間 を 経 て 同 制 度 を
廃 止 す る こ と を 決 定 し た 。そ の 結 果 、EU 発 着 航 路 で は 、 100 年 以 上 続 い た 同 盟
が 2008 年 10 月 を 以 て 全 て 解 散 し た 。
こ う し て 、EU 発 着 航 路 で は 船 社 間 で 運 賃 や 投 入 船 腹 量 な ど 船 社 経 営 に 関 わ る
情 報 の 交 換 す ら 、一 切 認 め ら れ な く な る 一 方 で 、米 国 政 府 の 関 係 で は 米 国 競 争 法
上 、特 に 問 題 と さ れ て い な い 協 議 協 定 が 存 続 す る こ と と な っ た 。こ の た め 、米 国
荷 主 は 、 EU で の 制 度 変 更 に よ っ て 、 米 国 ― EU 間 を 除 く EU 発 着 航 路 の 運 賃 が
米 国 発 着 航 路 と 比 べ て 低 下 し 、こ れ に よ り 、ア ジ ア 地 域 と の 取 引 に お い て EU 荷
主 の 方 が 米 国 荷 主 よ り も 競 争 上 、優 位 に 立 っ て い る の で は な い か 、あ る い は 、船
社 が EU 発 着 航 路 で 下 落 し た 運 賃 を 取 り 戻 す た め に EU 以 外 と の 米 国 発 着 航 路 で
運 賃 引 き 上 げ を 実 施 し 、そ の 結 果 、米 国 荷 主 に 悪 影 響 が 及 ぶ の で は な い か と の 懸
1
念を表明した。
FMC 調 査 は 、 こ う し た 米 国 荷 主 の 懸 念 を 踏 ま え 、 EU の 動 き が 米 国 発 着 航 路
にいかなる影響を与えたかを分析することを目的としたものである。
( 2) 調 査 方 法
FMC 調 査 で は 、 ま ず 、 2006 年 1 月 か ら 2010 年 12 月 末 ま で の 5 年 間 を 対 象
に、欧州―米国航路、アジア―欧州航路及びアジア―米国航路の 3 つの基幹航
路 に お け る 市 場 の 変 化 に つ い て 分 析 を 行 っ て い る 。そ の 上 で 、EU の 動 き が 米 国
発 着 航 路 に 与 え た 影 響 を 推 定 す る た め に 、EU で の 制 度 変 更 に よ り 同 盟 が 廃 止 さ
れ た ア ジ ア ― 欧 州 航 路 と 協 議 協 定 が 存 続 す る ア ジ ア ― 米 国 航 路 に 着 目 し 、両 航 路
の 市 場 構 造 ( 市 場 集 中 度 な ど )、 運 賃 レ ベ ル 、 運 賃 の 変 動 幅 、 消 席 率 な ど の 変 化
の違いを分析している。
( 3) 調 査 結 果
ま ず 、制 度 廃 止 前 後 の 状 況 を 比 べ て 、ア ジ ア ― 欧 州 航 路 と ア ジ ア ― 米 国 航 路 の
いずれの航路も運賃は下落しているものの、その差異がわずかであることから
( 表 ① 参 照 )、 ア ジ ア ― 欧 州 航 路 で 運 賃 が よ り 下 落 し て い る と は い え ず 、 し た が
っ て 、 調 査 結 果 は 、「 EU 競 争 法 適 用 除 外 制 度 の 廃 止 は 米 国 荷 主 に 対 し て 何 ら 商
業 上 の 不 利 益 を も た ら し て い な い と 見 ら れ る 」 こ と を 示 し て い る 。「 す な わ ち 、
逆 に い え ば 、 太 平 洋 航 路 安 定 化 協 定 ( TSA: Trans-pacific Stabilization
Agreement)の よ う な 協 議 協 定 は 、メ ン バ ー 船 社 が 自 主 的( ボ ラ ン タ リ ー )な 運
賃 行 動 に つ い て 協 議 を 行 い 、合 意 す る こ と が で き る に も 関 わ ら ず 、平 均 的 な 運 賃
水準を特段引き上げることができていない」としている。
また、
「( 欧 州 委 員 会 に よ り )想 定 さ れ た よ う な EU 競 争 法 適 用 除 外 制 度 の 廃 止
に 伴 う 運 賃 又 は 諸 チ ャ ー ジ の 緩 や か な 下 落 が 生 じ た か 」と の 問 い に つ い て は 、本
調 査 で 収 集 し た デ ー タ 、欧 州 委 員 会 競 争 総 局 に よ る タ ー ミ ナ ル・ハ ン ド リ ン グ ・
チ ャ ー ジ ( THC) に 関 す る 委 託 調 査 の 結 果 、 そ し て 、 FMC へ の 届 出 が 行 わ れ た
サ ー ビ ス・コ ン ト ラ ク ト 上 の サ ー チ ャ ー ジ の 見 直 し を 踏 ま え れ ば 、EU で の 制 度
廃止は運賃又は諸チャージの低下をもたらさなかったようであるとしている。
さらに、本調査では、以下の結果が示されている。
第 一 に 、 運 賃 の 変 動 幅 を 見 る と ( 表 ② 参 照 )、 両 航 路 と も に 運 賃 の ば ら つ き 度
合 い を 表 す 標 準 偏 差 の 値 が EU で の 制 度 廃 止 後 に 大 き く な っ て い る が 、同 盟 活 動
が 停 止 し た ア ジ ア ― 欧 州 航 路 の 方 が 値 の 増 加 分 が 大 き く 、変 動 係 数 を 見 て も 、同
航 路 の 方 が 大 き い た め 、「 EU 競 争 法 適 用 除 外 制 度 の 廃 止 は 運 賃 の 変 動 幅 の 増 加
に 影 響 を 与 え た も の と 考 え ら れ る 」と し て い る 。ま た 、こ の こ と は 、ア ジ ア ― 米
国航路で存続する協議協定が運賃の変動を抑制する効果を有することを示唆す
るものであるとしている。
第 二 に 、市 場 集 中 度 を 表 す ハ ー フ ィ ン ダ ー ル・ハ ー シ ュ マ ン 指 数( HHI)を 見
る と( 表 ③ 参 照 )、EU で の 制 度 廃 止 後 、両 航 路 と も に 値 が 大 き く な っ て い る が 、
ア ジ ア ― 欧 州 航 路 の 方 が 、増 加 分 が 大 き い た め「 EU 競 争 法 適 用 除 外 制 度 の 廃 止
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は市場集中度の増加に影響を与えたものと考えられる」としている。
第 三 に 、 市 場 シ ェ ア 安 定 性 指 数 を 見 る と ( 表 ④ 参 照 )、 EU で の 制 度 廃 止 後 、
ア ジ ア ― 欧 州 航 路 で は 市 場 シ ェ ア の 安 定 性 指 数 が 上 昇 し て い る( す な わ ち 、市 場
シ ェ ア の 変 動 が 大 き く な っ て い る )の に 対 し て 、ア ジ ア ― 米 国 航 路 で は 安 定 性 指
数 が 低 下 し て い る ( す な わ ち 、 市 場 シ ェ ア の 変 動 が 小 さ く な っ て い る )。 さ ら に
言 え ば 、制 度 廃 止 前 で は 、ア ジ ア ― 欧 州 航 路 と 比 べ て ア ジ ア ― 米 国 航 路 の 方 が 市
場 シ ェ ア の 安 定 性 指 数 は 高 か っ た が 、制 度 廃 止 後 は 、こ の 関 係 が 逆 転 し て い る( す
な わ ち 、ア ジ ア ― 欧 州 航 路 の 市 場 シ ェ ア の 変 動 が ア ジ ア ― 米 国 航 路 の そ れ よ り も
大 き く な っ て い る )。
第 四 に 、定 期 船 サ ー ビ ス の 利 用 状 況 に つ い て 、平 均 消 席 率 を 見 る と( 表 ⑤ 参 照 )、
EU で の 制 度 廃 止 後 、同 時 期 に 発 生 し た リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 影 響 で 荷 動 き が 減 少
し た も の の 、ア ジ ア ― 欧 州 航 路 の 方 が よ り 高 い 消 席 率 を 維 持 で き て い た が 、そ れ
は 、そ れ ぞ れ の 航 路 で の 典 型 的 な 契 約 期 間 、減 速 航 海 の 実 施 時 期 や 規 模 に も 影 響
されていたため、全体としての利用状況への影響は明らかではないとしている。
2.考察
FMC 調 査 の 結 果 を 単 純 化 し て い う な ら ば 、 ① 米 国 荷 主 に 特 段 の 悪 影 響 は 生 じ
て い な い 、② 同 盟 活 動 は 禁 止 さ れ た に も 関 わ ら ず 、運 賃 は 下 が っ て い な い 、逆 に 、
③ 同 盟 の 禁 止 に よ り 、運 賃 の 変 動 幅 は 拡 大 し た 、④ 同 盟 の 禁 止 に よ り 、寡 占 化 が
進 行 し た 、に な る と 考 え ら れ る が 、同 盟 の 禁 止 に よ っ て 得 ら れ る と 期 待 さ れ た 運
賃 水 準 の 低 下 、運 賃 の 安 定 化 、競 争 の 促 進 と い う 効 果 は 、全 く 実 証 さ れ な か っ た
ことになるのではないだろうか。
今 回 の FMC 調 査 は 、米 国 荷 主 に よ る ア ジ ア 市 場 で の 競 争 力 低 下 へ の 懸 念 と い
う 極 め て 国 内 向 け の 理 由 に 端 を 発 し て い る と は い え 、こ れ ま で 一 般 的 に 言 わ れ て
きた同盟に対する競争法適用除外制度の廃止によるメリットが何ら実証されな
かったことは、極めて興味深い。
調 査 方 法 の 点 に つ い て い え ば 、米 国 荷 主 を ひ と ま と め に し て い る が 、若 干 で も
細 分 化 し て 分 析 す る 必 要 が な い の だ ろ う か と い う 疑 問 の ほ か 、制 度 改 変 に 伴 う 効
果 分 析 は 、 同 一 の 「 場 」( 市 場 ) で の 事 前 事 後 の 政 策 評 価 を 前 提 と す る の が 通 常
で あ る が 、今 回 の 調 査 で は 、ア ジ ア ― 米 国 航 路 と ア ジ ア ― 欧 州 航 路 と い う 異 な る
市 場 で 生 じ た 影 響 を 比 較 し て い る こ と に 若 干 の 奇 異 の 感 を 覚 え る 。ま た 、調 査 期
間 に つ い て も 、リ ー マ ン シ ョ ッ ク の 影 響 を 色 濃 く 受 け た 時 期 と 重 な っ て お り 、船
社 に と っ て 厳 し い 事 業 環 境 と な っ た 2011 年 以 降 の 状 況 を 含 め 、よ り 長 期 的 な 分
析 が 必 要 と い え る の で は な い だ ろ う か 。ま た 、米 国 FMC は 、協 議 協 定 は 何 ら 運
賃 水 準 に 影 響 力 を 持 た な い と し て い る が 、今 回 の 調 査 結 果 の み で そ の よ う に 言 い
切れるかどうかは慎重に見ていく必要があるだろう。
い ず れ に せ よ 、外 航 定 期 船 に 係 る 独 禁 法 適 用 除 外 制 度 に つ い て は 、国 土 交 通 省
は 、「 同 制 度 に 係 る 今 後 の 諸 外 国 の 動 き 、 荷 主 の 利 益 、 日 本 経 済 へ の 影 響 等 を 踏
ま え 、同 制 度 の 見 直 し に つ い て 、 公 正 取 引 委 員 会 と 協 議 し つ つ 、平 成 27 年 度 に
再度検討を行う」
( 平 成 23 年 6 月 17 日 プ レ ス リ リ ー ス 参 照 )と し て お り 、今 回
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の FMC 調 査 も 同 検 討 の 材 料 の 一 つ と な る だ ろ う 。
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<表>アジア―欧州航路とアジア―北米航路の比較分析結果
項目
航路
①平均運賃/TEU
制度廃止前
制度廃止後
(06 年 1 月~08 年 9 月) (08 年 10 月~10 年 12 月末)
制度廃止前後の差異
アジア―欧州航路(往航)
$1,730
$1,589
$141
アジア―米国航路(往航)
$1,747
$1,597
$150
$17
$8
-$9
両航路の差異
②運賃の変動幅
アジア―欧州航路(往航)
$260(15%)
$510(32%)
$250(17%)
=標準偏差
アジア―米国航路(往航)
$90 (5%)
$260(16%)
$170(11%)
$170(10%)
$250(16%)
$80 (6%)
(括弧内は変動係数(注1))
(注2)
③市場集中度=HHI
④市場シェア安定性指数(注3)
⑤平均消席率
両航路の差異
アジア―欧州航路(往航)
856
917
61
アジア―米国航路(往航)
633
665
32
両航路の差異
223
252
29
アジア―欧州航路(往航)
6.4%
8.4%
2.0%
アジア―米国航路(往航)
9.6%
7.6%
-2.0%
両航路の差異
-3.2%
0.8%
4.0%
アジア―欧州航路(往航)
86.9%
85.0%
-1.9%
アジア―米国航路(往航)
86.1%
78.7%
-7.4%
両航路の差異
0.8%
6.3%
5.5%
(注1)変動係数は、標準偏差を平均値で除する形で求められる。
(注2)企業の集中度を表す指数。各企業の市場シェアの二乗の総和により求められる。各企業の市場シェアの格差が大きく、参加企
業が少ないほど値が大きくなる。
(注3)一定期間内の市場シェアの変動の大きさを表した指数。ゼロから 1 の間の値をとり、値が小さければ小さいほど市場シェアの
安定性は高いものとみなされる。
(出典)Federal Maritime Commission, Study of the 2008 Repeal of the Liner Conference Exemption from European Union
Competition Law, January 2012, pp.212-215.
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