報告要旨「シューマッハー経済学と国際経済論」 尾関修 はじめに 第1章 国際経済の諸問題とシューマッハー経済学 第2章 シューマッハー経済学 の成立過程 第3章 グローバリゼーションとシューマッハー経済学 第4章 結論: シューマッハー経済学と国際経済論 おわりに (注省略 、本文参照) <はじめに> E.F.シューマッハーは、「スモールイズビューティフル」(1973年)において近代 経済 学と マルクス経 済 学 を批 判 し、経 済 学 と国 際 経 済 論 の見 直 しを行 った。サティシュ・クマール、 エイモリー・ロビンズ、スーザン・ジョージ、ヴァンダナ・シヴァといった人 々によって経 済 学の 転換が進められ、シューマッハー経済学と呼べるものが成立している。シューマッハーは、5 0年 代60年 代 の経 済 成 長 が資 源 枯 渇と環 境 悪 化を招いた現 実とビルマやインドを訪 問し た経 験 から、自 然 資 本 、永 続 性 、地 域 主 義 、人 間 的 規 模 、中 間 技 術 などを重 視 する経 済 発 展 を説 き、ガンジーのビジョンによる国 際 経 済 論 を展 開 していった。新 自 由 主 義 に 対 抗 するシューマッハーの 経済学と国際経済論の 今日的意義を明らかに したい。 <第 1 章 国 際 経 済 の 諸 問 題 と シュ ー マ ッ ハ ー 経 済 学 > <第 1 節 農 業 問 題 と エ ネ ル ギ ー問 題 > 農業 問 題についてシューマッハーは、「大規 模 な機 械化と化 学肥 料や農薬 の大量 使 用 から生 まれた農 業 の社 会 的 構 造 のもとでは、人 間 は生 きている自 然 界 と本 当 に触 れあうこ とはできない」とした。大 規 模 農 業 、緑 の革 命 を批 判 するヴァンダナ・シヴァにとって種 子 は、 ガンジーにおける手 紡 ぎ車 (チャルカ)や手 織 り布 (カディー)と同 様 に、自 由 貿 易 や知 的 所有権と対抗する自立と持続可能性の出発点なのである。 エネルギー問 題 についてシューマッハーは、「科 学をますます暴 力 的な方 向 に押し進め、 最 後 には原 子 核 分 裂 から核 融 合 に走 らせるのは、人 類を滅 亡 させかねない。――非 暴 力 的 で調 和 を重 んじる有 機 的 な方 法 を、意 識 的 に探 究 し開 発 する方 向 も十 分 にある」として、 化 石 燃 料 や核 燃 料 に代 わる再 生 可 能 エネルギーの急 速 な拡 大 を提 起 した。今 日 、ドイツ の風力発電は、脱原発の合意の下に急速な拡大が図られている。 <第 2 節 大量生産と失業問題> ガンジーは、「『大 量 生 産 』というのは、非 常に複 雑な機 械 の助 けを借 りて最 小 人 数で生 産活 動を行う技 術的な用語であると十分 理 解しているつもりです。それは間違ったことであ ると、私は自分 に言い聞 かせてきました。私の考 える機械は、庶 民の家 庭に備えつけること のできる最も初歩的な物 でなければなりません」とした。ヴァンダナ・シヴァは、「中央集権 的 でグローバル化された大規模な単式農法は、暴 力の農業です。小規模 で分散的で多様な 地域農業は、非暴力の農業なのです」と述べた。 1 <第2章 シューマッ ハー経済学の成立過程 > <第1節 シュンペー ター、ケインズ、マル クスからの出発> 戦 時 中 のイギリスでの農 業 体 験 から得 たシューマッハーの意 見 は、「農 業 こそ企 業 家 精 神、適 応 力、能率、緻 密 さをそなえた人が必 要です」(1941年)というもので、シュンペータ ーの企業 家 精 神を農 業 に適 用したものだった。国 際 貿易 ・為替 制 度 についての基本 的 考 え方 は、世 界 貿 易 を二 国 間 ではなく多 国 間 ベースで組 織 し、世 界 貿 易 の流 れに目 を光 ら し、短 期 的 不 均 衡 を長 期 的 均 衡 に導 くように中 央 銀 行 兼 清 算 機 構 が秩 序 を守 ることだっ た。1941年 にはこの構 想 をケインズに送 り、賛 意 をうることになる。シューマッハーは、「貿 易 への自 由 なアクセス」を戦 後 復 興 の柱 と 考 えており、ケインズが生 みの親 となったITO (国際貿易機関)もシューマッハーの構想と関係があると思われる。 <第 2 節 シ ュ ヴ ァ イ ツ ァ ー 、 ガン ジ ー 、 仏 陀 に よ る 転換 > シューマッハーによれば、仏教経済学では貧窮 、充足、飽満の三つを区別する。経済の 『進歩』は充足の段階までは善であるが、それを越えると悪になり、破滅的、不経済になる。 仏 教 経 済 学 では『再 生 可 能 』資 源 と『再 生 不 能 』資 源 を区 別 する。林 業 や農 業 の生 産 物 のような再 生 可 能 資 源 に頼 る文 明 は、石 油 、石 炭 、金 属 等 のような再 生 不 能 資 源 に頼 る 文明にまさる。前者は永続できるのに対し後者はそれが出来ないからである。 『仏 教 国 の経 済 学 』(1955年 )はインドに紹 介 されたが、それはシューマッハーが、「イン ド人 に向 かってガンジーの経 済 学 の真 の意 義 、つまりスワデシ(国 産 奨 励 )とカダール(手 紡ぎ手織り)の概念とその具体的な応用を説き明かす道程のはじまりであった」。 <第3章 グローバリ ゼーションとシューマ ッハー経済学> <第1節 農産物自由 化と食糧主権> 多くの NGO、中でも80ヶ国の小 農民組 織を結 集したヴィア・カンペシーナ(農民の道= ラテンアメリカ、ヨーロッパを中 心 に4大 陸 にまたがる国 際 的 農 民 団 体 )が、食 糧 主 権 という 概 念 をかかげて非 暴 力 の抵 抗 運 動 を行 なうに至 った。食 糧 主 権 の概 念 とは、①食 糧 供 給 は地域の農 業生 産を優 先すること、②小作 人や土地なし農民が、土地、水、種子、資金を 得ることができること、③土地 改革 、遺 伝子 組み換え反対 、水の持 続可 能な配 分が必要で あること。④農 民が食 糧 を生 産し、消 費 者が何を消 費するかを決める権 利、⑤低 価 格 の農 産 物 や食 料 品 の輸 入 を防 ぐ権 利 、⑥農 業 生 産 と食 物 において主 要 な役 割 を果 たす女 性 農 民 の権 利 などを意 味 している。新 自 由 主 義 に対 抗 するヴィア・カンペシーナの経 済 学 は、 ガンジー経済学、シューマッハー経済学そのものである。 <第2節エネルギー・ サービス自由化とエネ ルギー主権> 外 部コストを負担することなく、超 国家 的企 業(多国 籍企 業)が、再 生不 能財による安 価 な大量生産のエネルギーを供給している。エネルギー・サービスを自由化すると、地域の再 生 可 能 財 で発 電 することを望む住 民 の意 志 を無 視して、安 価な大 量 生 産 のエネルギーが サービスされることになり易 い。COP8(2002年 、ニューデリー)においてオイル・ウォッチ (石 油 ・ガスの採 掘 ・輸 送 に抵 抗 する120の環 境 団 体 の国 際 ネットワーク)は、主 権 国 家 が、 2 エネルギーの資 源 、価 格 、配 給 を支 配 する必 要 を主 張 し、エネルギー主 権 を確 立 する項 目 を挙 げている。①石 油 採 掘 免 除 地 域 の宣 言 。②国 家 や国 際 機 関 による石 油 産 業 の補 助停 止。③エネルギー過剰 消 費 根絶と、最 小 限消 費 の保 証。④外 貨 収入 源としての石 油 依存の停 止。⑤石油採 掘を止めることは、地球温暖化の停止に貢 献。⑥石油産業の環境 的社 会的インパクトの補 償。⑦再 生可 能、環境 負荷の低いエネルギーの開発と利用。これ らの項目は、新自 由主 義を後押しする石油メジャーが熱帯 雨林 破壊の元凶であるという認 識から出ているが、化 石 燃 料と核 燃料 による熱 汚 染を問 題とし、再生 可 能なエネルギーへ の急速な移行を提案し、簡素な生活を説いたシューマッハー経済学が背景にある。 <第4章 結論:シュ ーマッハー経済学と国 際経済論> <第1節 地域主義と 人間的規模> シューマッハーは、20世 紀 後 半 の大 問 題 は、「地 域 主 義 」の問 題 であるとした。「多 くの 国 家 を自 由 貿 易 制 度 に組 み入 れる地 域 主 義 のことではなくて、それぞれの国 の中 ですべ ての地域を発展させるという、反対の意味 のものである。――今日多 くの小国に見られる民 族 主義 や自 治と独 立への要 求とは、このような地 域の発 展の必 要 性に対 応する、まさに論 理的・合 理的な動きである」とした。サティシュ・クマールはいう。「村落共 同体や小さな町に 住み、自分たちの農場 や手工芸からの生産 物 によって公正な生計を営 む、自治的で自立 し、自 己 組 織 された自 営 の人 々の連 邦 、というのがガンジーのビジョンだった」。シューマッ ハーは、「開発の努力が世界 中の貧困の中心 部 、つまり200万の農 村にまで届くように、こ れを適 切 なものにし、効 果 的 にすることである。農 村 生 活 がバラバラに崩 れていくならば、 解決の途は閉ざされ、いくらカネを注ぎ込んでも無駄となる」(1970年)とした。 <第2節 自然資本と 永続性> ガンジーは地球環境を考えた経済学者であったことは、地球の受託者 という概念を考案 したことでわかる。人 間 はすべての生 物 と未 来 の世 代 を代 表 し、神 聖 な受 託 物 として地 球 を維 持 するべきだとガンジーは考 えた。受 託 者 は、受 託 物 で得 た所 得 を一 般 公 共 の利 益 のために使わねばならないとシッダーラジ・ダッダは述べている。シューマッハーは、旧 約 聖 書の創世記における人 間の他の生物に対する統治の受託を、「高貴な身分には義務が伴 う(ノブレス・オブリージ)」 ものと理解した。シューマッハーは、仏陀やガンジー、また、カトリ ックの伝統 的 価値 観に基づく経 済学を築くことで、地球 環 境論と両 立 できる国際 経 済論を 構築することになったのである。 <おわりに> シューマッハーは、現 代 技 術 が作 り出 した三 つの危 機 について述 べている。シュンペー ターは、経 済 発 展 の原 動 力 をイノベーション(技 術 革 新 )に求 めたが、シューマッハーは、 危 機 の原 因 を技 術 に求 めたのである。 ガンジーは、「世 界 中 の貧 しい人 たちを救 うのは、 大量生産ではなく、大衆による生産である」と語った。シューマッハーは、大衆による生産の 技 術 に中 間 技 術 という名 前 をつけた。中 間 技 術 を支 援 することは、シューマッハー経 済 学 の実践となった。 3
© Copyright 2024 Paperzz