精神科水商売論 精神科医師 中江 建夫 今年の誕生日で僕は 62 歳になる。当院の定年は 62 歳だから、来年の 3 月には僕もめでたく定 年を迎えるはずなのだが、しかし医師が一人辞めれば直ちに医者の定数割れが生じる当院の現状 では辞めたくても辞められないし、僕自身もこの状況で退職するつもりは毛頭ない。 とはいえ、ある意味図太い神経と強靭な精神力を必要とする精神科の仕事を続けるのには年齢 の限界があるだろう。そういうわけで、同年齢である水野理事長とは最近引退の時期は 65 歳では どうかという話が出ている。その下準備として、水野先生の長男である健太郎氏からは 2∼3 年後 には当院に赴任するという確約を頂いている。 退職後何をするかは正直なところ具体的には全く何も考えていない。周囲には冗談に水商売を やるつもりだと宣言しているが、僕にその才覚があると認めてくれるものは誰もいないし、僕自 身も自分が水商売の店を経営出来る器用さを持ち合わせているとは思っていない。 にもかかわらず、何故ことさらに水商売をやると僕がうそぶくかというと、それには 2 つの理 由がある。一つは水商売の持つ裏街道的な少し胡散くさいイメージへの回帰的な憧れがあるのと、 もう一つは精神科の仕事、特に精神療法の在り方が根底のところでは水商売の在り方と相通じる ものがあると考えているからである。人間今までの仕事で培ってきた経験と知識を新たな仕事で 活かそうと考えるのは自然であろう。 精神療法と水商売の在り方がどのように通底しているのか、それを説明するためには精神療法 について、とりわけその効力について僕がどう把えているのかを述べておかなければならない。 65 歳の引退まで 4 年弱の期間があるが、引退の時期を決めてからはそれまでに精神科治療に関す る僕なりの考え方を整理しておきたいという思いが日増しに強くなっている。この「内外通信」 の場を借りて、毎月連載という形でその整理したものを表現していきたいと考えている。 Ⅰ.精神療法はその効力をどう発揮するのか? 精神科の仕事の中で精神療法、それも個人精神療法に力を入れてきた僕は、治療的効力を持つ には何が必要なのか自問自答しながらやってきたわけであるが、精神療法がその効力を充分に発 揮するには少なくとも次の 3 つの要素が絶対に不可欠と確信している。それは幻想性、ストーリ ー性、そして方向性の 3 つである。 ①幻想性 治療がうまくいくかどうかは患者自身の中にある自然治癒力を引き出し、それを発動させるこ とが出来るかどうかにかかっている。患者は精神科の治療を受けるまでの間、自分の問題(症状) を解決するためにいろいろなことを試みて、うまくいかず半分絶望し疲労困憊しているのが普通 である。 治療者が患者に最初に出会った時にまずすべきことは治療者がその問題を解決する方法を持っ ているという「幻想」を患者に与えることである。勿論、その「幻想」は患者の苦痛に対する共 感に裏打ちされたものでなければならない。患者への共感なしには患者が治療者への「幻想」を 持つことは難しいからである。 患者が抱えている問題は正解があるかどうか分からない詰め将棋と似ている。必ず正解がある ということが分かっていれば、少し難問の詰め将棋でも真剣に考えて正解を見つけ出そうと努力 するが、もし詰むか詰まないのか、それさえ分からない問題であれば途中で考えるのを諦めてし まうだろう。 自分の問題が時間がかかってもいずれは必ず解決すると信じられれば、患者はその治療に前向 きに取り組むことになる。患者のその前向きな姿勢が患者自身の中に埋もれて活路を失っていた 自然治癒力を刺激して目覚めさせることになる。 真剣に取り組めば問題(症状)は必ず克服できるという「幻想」を前提にした治療の典型は森 田療法である。到底解決しそうもない段階では必ず解決するという提示は「幻想」であるが、解 決の方向性が見えてくると幻想の色合いは褪せていき、現実味が増してくる。丁度、月夜が陽の 光が増すにつれて色あせていくように…。 ②ストーリー性 治療経過の中で、治療者と患者との間には必ずストーリーが形作られる。ある出来事と別の出 来事が結びつき、ある考えと別の考えがぶつかり合い、ある感情と別の感情が混在したり、一見 渦のように脈絡がない流れで、最初その流れが何処に向かうのか分からないような長編のものか ら、結末がはじめの段階から暗示されている短編、あるいはストーリー性らしきものはない詩の ようなものまである。 新フロイト派、ユング派、現存在分析派など 6 流派の精神分析家達が一堂に集って、或る一人 の神経症患者の長期間の夢をそれぞれの流派の解釈の仕方で解釈し分析したものを一冊の書物に したのを読んだことがあるが、当然のことながら夢の解釈から作りあげたストーリーは 6 流派と もかなり異なるものであった。 現在では精神分析はより優れた他の治療法にとって代わられて隅に追いやられた観があるが、 歴史的にはそれなりの治療的成果をあげた治療法であることは間違いない。このことは、それぞ れ治療成果をあげて、その 6 流派が別々のストーリーを作り上げて、それぞれ治療成果をあげて いたということになるが、これはどういうことかというと、ストーリーの内容が重要なのではな く、治療者の治療スタイルによるストーリーの方向づけこそが治療的効力を発揮するということ を示唆しているのである。 ③方向性 治療者と患者が作成するストーリーに方向性を持たせるためには、まずそのストーリーが患者 のキャラクター、思考パターン、行動パターンに合わせたものでなければならない。患者はその ストーリーの主人公であるが、自分に似合わない役は続けられないからである。治療者はストー リーテーラーであるが、そのストーリーは出来合いの代物ではなく、常に患者に合わせたオリジ ナルであり、臨機応変のアドリブが多用される。 従って治療者には患者との共同作業であるという認識と、患者の予想に反するアドリブを治療 的な方向へ活用する柔軟性と、どんな小さな変化も見逃さずそれを次のストーリーの展開へと結 びつける根気強い創造性が要請される。 やがて患者にストーリーの治癒へと向う方向性が見えはじめると、患者は自分のまわりの事象 を前とは違った角度から見るようになり、それを活用し始める。偶発的な事象をも治療的に活用 し、予期せぬ新たな展開を見せることも稀なことではない。そして治療終結へと確実に向ってい く。それは多分、小説の主人公が作者の手を離れて一人歩きするのに似ているのかも知れない。 この幻想性、ストーリー性、方向性のそれぞれについて、簡明な解り易い具体例を挙げてみた い。 ①幻想性 10 年以上前のことであるが、60 歳代半ばの男性が奥さんと一緒に来院した。主訴は不眠。1 週 間前に或る集まりに出かけたが、そこで或る知人と 40 年ぶりにばったり再会した。それ以来一日 中その知人の顔が頭に焼き付いて離れず、眠れなくなった。その内眠れるようになるだろうと思 って様子を見ていたが、一向に眠れる気配がないので来院したとのことだった。その知人という のは結婚前の奥さんにプロポーズをしていた男性ということであった。 一日の内でその知人のことを考えない時間はあるかと問うと、 「一日中考えているが、強いてあ げれば夕食後が一番考えない。夜寝床に就く時が一番ひどい」とのことであった。 40 年前に結婚し、3 人の子供は皆それぞれ所帯を持って独立し、自分は定年退職になって、さ てこれから妻と二人で老後の生活を楽しもうという矢先にこういう事態になってしまったと、彼 は少し悲しげに述べた。 僕は彼に「あなたは今考えまいとすればするほど逆に考えてしまうという心理的な罠に嵌り込 んでしまっているようです。自転車に乗るのを覚えたての頃は右に倒れるのではないかと思って 倒れまいとしても返って右にハンドルを切って右に倒れてしまう。それに似ています」と話し、 次のように付け加えた。 「僕にもあなたと同じように心理的罠に陥りかけたことがあります。それは娘がヨチヨチ歩き を始めた頃のことですが、その頃僕は大淀川に面したマンションの 7 階に住んでました。ベラン ダから覗くと下には大淀川が流れています。或る時、僕の腕の中で眠っている娘の寝顔を眺めて いて、突然僕の頭の中にひとつの衝動的な考えが湧いて来て、恐怖を感じました。 その考えというのは眠っている娘を自分がベランダから大淀川に投げ落とすというものでした。 誤解されては困りますが、僕は娘を俗に言う目に入れても痛くないほど愛していました。今でも それを覚えているというのは結構強烈なものだったのだと思います。丁度その頃僕は娘がヨチヨ チベランダまで歩いて行って、柵の隙間から誤って落ちてしまうのではないか、網でも張ってお くべきかと心配していたのでした。勿論その柵の隙間は娘が通り抜けられる幅ではなかったので すが、万一ということが気になっていたのです。 ところで、自分が恐れていることを自分が進んでやってしまうのではないかという不安は正常 心理です。仕事柄僕は幸いそのことを知っていましたから、娘をベランダから放り投げるという 考えを無理に消そうとせず、流れるままにしておきました。その結果いつの間にか、それは消え ていました。もしその考えが異常心理と考えて振り払おうとしたら、僕は多分逆にその考えにと り憑かれてしまったかも知れません。 あなたは今更 40 年前のことを考える自分がおかしいと思って考えまいとしているのだと思い ます。40 年前の知人とばったり出会って、40 年前のことを思い出して考えてしまうのは極めて 当然のことです。考えまいとすると、それはあなたの頭にとり憑いてしまいます。 」 彼は僕の説明を頷きながら熱心に聞いていた。そして僕は次のような課題を彼に与えて診察を 終えた。 「今日から毎日夕食後に 15 分間、奥さんにそばに居てもらって、その知人に関わる 40 年前のことを徹底的に考えてください。それ以外の考えが浮かんできたら、それは雑念だと思っ て振り払って、40 年前の知人のことだけ考えて下さい。15 分経ったら止めて下さい。さっそく 今日の夕食後から始めて下さい。一週間後にまた来てください。 」 一週間後又妻を伴って彼は来院したが、不眠も 40 年前の知人の顔が頭に焼き付いて離れないと いう強迫観念も治癒していた。彼は僕に次のような報告をした。 「先週の診察の時、実は睡眠薬を もらえればと思っていたのですが、先生から課題を出されて、今更薬を下さいとは言い出せなく なりました。家に帰って、こんなことで果たして良くなるのだろうかと半信半疑で課題をやって みたところ、その晩から嘘のように眠れるようになりました。知人の顔が頭に焼き付いているの も無くなりました。」 これの何処に幻想性があるのか、それを理解してもらうために、もう一つ似た例を挙げておい た方がよいだろう。 これも 10 数年前の症例であるが、性犯罪恐怖の患者である。20 歳代前半の青年がお兄さんに 伴われて来院した。兄の話によると本人は高校卒業後、東京の専門学校に進学したが、専門学校 卒業後そのまま仕事に就かず親からの仕送りでアパートで単身生活を4年程送っていた。 昨夜東京在住の兄宅に突然本人がやって来たが、一晩中怯えたり、興奮したり混乱した状態が 続いていた。そのため、とりあえず宮崎の実家に連れ戻すために朝の第 1 便の飛行機で帰宮し、 当院に直行したということであった。 患者は青ざめて緊張した面持ちであったが、話はしっかり出来た。話しづらそうではあったが、 患者が語った内容は次のようなものだった。 最近小学校低学年の少女に自分が性的イタズラをして、あげくは殺してしまうんじゃないか、 宮崎勤と同じようなことをしてしまうのではないかと考えて不安でたまらない。ひょっとしたら 宮崎勤は実は自分なんじゃないかと思えてきて、恐ろしくてたまらなくなり、兄のところに駆け 込んだら、兄嫁が妊娠でお腹が大きくて、今度はその兄嫁を 2 階の階段から突き飛ばしてしまう んじゃないかという恐怖感に襲われてしまった。 僕は彼に入院を勧めるかどうか迷ったが、彼が自身の心理状態を適確に表現できる状態である ことから、しばらく外来治療で様子を見ることにしようと考え、僕は彼に次のような話をした。 「君は少女に少しでも性的なことを感じるのは異常なことだと思っているようだね?それはと んでもない間違いだ。僕なんかは 20 歳頃はガールフレンドもいなくて、女に飢えていて、木の股 を見ても女性の股を連想したほどだ。ましてや成熟した女性の雛型である少女に性的な連想をす るのは自然なことである。健全な証拠である。もし全く連想しない人がいるとすれば、その人は ロボットのような人間か不健全な人間とみなしてよい。 君は少しでも少女に性的なものを感じる自分が異常だと考えるから、それを考えまいとしてい る。考えまいとすればするほど逆に考えてしまうという心理的罠に嵌り込んでしまうのである。」 そして前号で述べた「娘を大淀川に……」の僕自身の話と「40 年前の知人の顔が……」の症例 の話を付け加えた上で、1 週間毎日夕食後に 15 分間、少女に性的イタズラをして殺すというイメ ージを徹底的に妄想すること、それが終わったら直ちに食器洗いをすることという課題を指示し た。 1週間後の診察の時には性犯罪恐怖は完全ではなかったが、ほとんど消失していた。彼は、明 るい表情で「考えなくてはいけないと思ったら、かえって考えられなかった。」と語った。 ところで、彼にはもう一つ高校時代から嘔吐恐怖という症状があり、人前で嘔吐することが恐 いため、外で食事が摂れない。そのため就労出来ないでいるという事情があって、その負い目が 性犯罪恐怖をきたす原因にもなっていた。その嘔吐恐怖に対してはその後森田療法を行ったが、 その経過については、ここで述べたい「幻想性」とは別の側面なので、ここでは触れないでおき たい。 追記(白土先生へ。小生の精神科水商売論に対するご賛同のエールは勇気付けられます。この 小論が今後先生のご期待に応えられるような展開ができるか自信はありませんが、がんばってみ ます。 ) この2つのケースで行われた治療は、 「考えまいとすればするほど考えてしまうという心理的罠 に嵌り込む。逆に、考えさせることによって罠から解放する」という逆説的アプローチである。 僕はこの方法を「15 分の課題」と称して、恐怖症や強迫観念などの症状に対する治療として多用 して来た。うまくいかなかった例もあるが、多くの場合それなりの成果があった。 この「15 分の課題」は、その課題の持つ治療的意味の説明と課題の実行の指示との 2 段構えに なっているが、さてそのどちらにより治療効力があるかというと、課題の実行の方である。 「心理 的罠に嵌り込んでいるに過ぎない」という説明だけでも、患者に安心感を与える意味では治療効 力はあると言えるが、症状の消褪に導くのは課題の実行を通してである。 そう判断する根拠は上記 2 つのケースでは今ひとつ判然としないので、別のケースを例にとっ て後述するが、課題の説明は課題を実行してもらうための手段である。 「40 年前の知人の顔」の不眠症の初老の男性にしても、「性犯罪恐怖」の青年にしても、今ま でそれを考えてしまう自分に不安や恐怖を感じてそれを考えないようになりたいのに、それを 15 分間徹底的に考えるというのは勇気がいることである。それをあえて患者にしてもらうためには それ相応の説得力を要する。 まず課題の持つ治療的意味の説明の中で、今の精神状況は心理的罠に嵌り込んでいる結果に過 ぎないことを具体的な例をあげて指摘されて、患者は安心感と同時に治療への期待を抱く。そこ へその指摘の正当性を保証する形として課題が確固とした態度で治療者から提示されると、治療 への期待は更に強まり、一見非常識で無謀にも見える課題でも試しに実行してみる気になるので ある。 初老の男性が毎日決まった時間に 40 年前のことを考え、若い青年が毎日決まった時間に自分が 性犯罪を犯すことを考えている。それも治療上の義務として。傍らから見るとその姿は一種異様 で非日常的なものに映るだろう。しかし逆説的な治療にはこのような非日常的な側面が必ず見ら れる。患者が治療者へ持つ期待をあえて僕が「幻想」と呼ぶ理由の一つは、この治療の持つ「非 日常性」にある。 ところで、逆説的な治療が必ず非日常的な側面を有するというのは、考えてみれば至極当然の ことではある。というのも、症状それ自体が日常的な意識が極端化もしくは歪曲されて非日常的 な意識へと変位したものであるから、その症状を逆手に利用する逆説的な治療は、症状と同質の 非日常的な側面を伴わざるを得ないのである。 怖症や強迫観念に悩んでいる患者に「気にしないように」とか「気分転換をしたら」という開 き直りの工夫を勧めてみても、そうした順説的な方法はまず役に立たないのが普通である。なぜ なら患者はそれまでも症状を克服しようとしてその順説的な努力を重ねて来て失敗し続けている からである。 恐症状と努力はイタチごっことなって、患者はその悪循環の鎖に呪縛され身動きがとれなくな っている。そのような場合には「押して駄目なら引いて見よ」で逆説的な介入を試みると解決の 糸口が見つかることが多いのである。それは神経症の恐怖症や強迫観念に限らず、精神病の神経 症的な症状行動に対しても有効な場合がある。その例を 2 つ挙げてみよう。 治療暦の長い統合失調症圏の中年の男性患者が 1 年程前の一時期、 「不安で落ち着かない」と訴 えてアリナミン F の注射を希望して、毎日のように来院していたことがあった。アリナミン F が 安定剤ではなくビタミン剤に過ぎないことは承知しているにも関わらず、その注射で少し落ち着 くのだと言う。 1 日 1 回のアリナミン F の注射を許可していたが、彼はそれが守れず注射を希望して日に 2∼3 回来院する日もあった。深夜に来て、対応した夜勤の看護婦から「今日はすでに 1 回注射を打っ ているのでダメ」と説得されて諦めて帰ることもあった。 彼のその行動にはダメモトというところがあって、注射がダメでも看護婦に応対してもらうだ けでも安心するという面が見られた。それは不安神経症の患者が不安に襲われて病院に駆け込ん だだけで半分落ち着くのと似ている。 彼の毎日のアリナミン F の注射希望は 2∼3 週間経っても一向に終息する気配はなかった。 「ビ タミン剤で落ち着くのだから、君の不安は自分の力で処理出来るはずだ」という説得や叱責では 役に立たなかった。 彼は退行して幼児的な不安に捕らえられていた。彼の不安は母親から分離し始める 3 歳の子供 の「分離不安」と似ていて、彼の注射要求は注射を打ってもらうこと自体が目的ではなく、母親 に構ってもらうように人に依存する手段のようにも見えた。 そこで今までの順説的な説得や叱責ではうまく行きそうもないので、逆説的な方法を取ってみ ることにした。彼の症状行動を義務化して、毎回 3 回指定した時間に診察に来ることという指示 を出した。ただし、その代わりに注射は使わないという条件で。彼はそれを受け入れ、指定され た時間に毎日診察を受けに来た。診察の内容は短い会話と診察台の上での腹筋運動という簡単な ものであった。腹筋の回数は 10 回、僕が彼の足首を押さえてその運動の介助をした。 そして段階的に診察回数を漸減して行った。その結果毎日のように不安を訴えて来院するとい う彼の症状行動はとりあえず終息した。 不安を自分でうまく処理出来ないという患者の根本的な問題はそれで解決したわけではなく、 それは彼の治療者としての僕の今後の課題である。
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