施設サービスにおけるギブアップと強制退所

シンポジウム
「権利擁護における制度と実践」
「施設サービスにおけるギブアップと強制退所」-利用契約と契約解除-
杉本
直子(北海道福祉サービス運営適正化委員会)
近年、運営適正化委員会に寄せられる相談に契約解除に関する苦情が増加しています。居宅支
援サービスに比べて入所施設の契約解除はより深刻です。入所施設は利用者の暮らす住居である
ため、施設から強いられる退所は利用者の生活の基盤そのものを脅かすことに他ならず、深刻な
人権侵害の可能性を内包しているからです。ここでは特に障害者入所施設をとりあげて 3 つの事
例を紹介いたします。
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3 つの事例
契約解除(退所)を巡る 3 つの事例をとりあげて、苦情申立てに至るまでの葛藤関係について
ご説明いたします。なお、事例の紹介においては、個人情報保護の観点から最低限の情報に限定
させていただきますことをご了承ください。
事例 1:知的障害児入所施設
利用者の概要【自閉症、強度行動障害、自傷他害あり】
強度行動障害を持つ利用者の他害行為と破壊を収拾するために、施設が不適切な身体拘束を行
った。同時に利用者の自傷行為も増悪し、後遺症として深刻な身体障害を負った。その後、利用
者は施設の勧めにより入院したが退院後は施設では受け入れられないので別の入所施設を探して
もらいたいとの施設の説明に納得できず、両親が苦情申立てを行った。
施設は退院後の利用者を受け入れられない(退所)理由として、入院中に利用者の年齢が成人
に達したこと、また、自傷行為によって負った身体障害に対して十分な支援ができないことをあ
げ、身体障害に対応できる成人施設への移行を勧めた。
事例 2:身体障害者療護施設
利用者の概要【身障 1 種 1 級、知的判定重度、他害あり】
利用者の他害行為に対して他利用者からの苦情が噴出。施設は利用者の知的判定が重度である
ことを理由に知的障害者施設への移行を勧めたが両親は応じなかった。頻発する他利用者からの
苦情対応に窮した施設が退所勧告を行ったため、両親が苦情申立をした。
施設は退所の理由として、利用者の他害行為により他入居者の“安心で安全な生活”が侵害され
ていることをあげ、行動障害(他害行為)を改善するためには知的障害に対応した療育的支援が
必要であるという理由で、知的障害者施設への移行を勧めた。
事例 3:身体障害者入所更生施設
利用者の概要【身障 1 種 1 級】
他利用者や職員との間でトラブルを頻発している利用者が、施設の退去勧告に納得できずに苦
情申し立てに至った。
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施設は退所の理由として、対人関係(利用者と職員)のトラブルが頻発かつ減少しないこと
をあげ、信頼関係が築けない中で支援を続けることは重大な事故につながりかねずリスクが高
いとして、他施設への移行を勧めた。
2「強制退所」と「ギブアップ」にみる現実の姿
これらの 3 つの事例のキーワードを「強制退所」と「ギブアップ」とし、苦情申立てに至るま
での葛藤関係を媒介する現実の姿を明らかにします。
「強制退所」は二通りの側面として認識されます。すなわち、利用者の立場から認識される退
所と施設の立場から認識される退所です。利用者は、退所の理由に納得できないままに施設を「退
所させられた」または「退所させられようとしている」という苦痛を持ちます。この「苦痛」が
苦情申立てに至る原動力になっています。また一方、施設は、現在の行き詰まった状況から逃れ
るために利用者/家族との関係を手放したいと考えていますが、契約によって縛られているため
「契約解除条項」を利用して「合法的に」関係を断ち切ろうとします。
次に、
「ギブアップ」ですが、これには、
「(施設の)支援の限界」と「利用者の限界」、
「関係性
の限界」の 3 つのギブアップがあると考えられます。
第一に「支援の限界」とは、自傷他害を防止したいが防止できない、問題行動に対するアプロ
ーチが見いだせないという施設の支援の限界です。さらに、「支援の限界」には「専門性の限界」
と「財源、人員、体制の限界」という 2 種類が指摘できます。苦情申し立てを受けて事情調査に
参りますと職員から同じような言葉を耳にします。
「自分たちは精一杯支援している」という職員
の努力を訴える声、また、
「一生懸命頑張っているけれども、自分たちでは力不足である」という
限界を訴える声です。例えば、これを「専門性の限界」といたしますと、このような行き詰まっ
た個々の職員を助けるのが施設という体制、組織でありますが、体制や組織自体にも厳しい現実
とその限界があります。わかりやすく申しますと、職員の人数が一人でも増えればもっと手厚い
支援ができると思うのに人を雇う予算がない、つまり、限られた予算で少ない人数でやりくりし
なければならないという現実です。こうした背景が「財源、人員、体制の限界」であり「専門性
の限界」と相まって「支援の限界」として表出されるものと思われます。
第二に、
「利用者の限界」とは、自傷他害といった行動をコントロールする能力を獲得できない
こと、その結果として自らの体を傷つけるしかない或いは他者を攻撃するしかないといった利用
者の自傷他害の現実そのものです。
ところで、このような「利用者の限界」は、同時に「利用者のニーズ」でもあります。つまり、
利用者/家族は自傷他害行為を自らのスキルだけではコントロールすることができないため、専
門家の支援とサポートによってこれらの問題行動をコントロールできるのではないかと施設の専
門性に期待と信頼を寄せるのであります。しかし、施設がそれに対するアプローチを持たない場
合、両者の境界に第三の「関係性の限界」が発生します。
自傷他害行為の改善は、利用者と職員の関係性の中で提供される支援で実現するため、利用者
/家族の協力が必至であり、施設は支援に対する理解とサポートを期待します。しかし、利用者
/家族が施設の努力を全く評価せず、さらなる要求を求める場合、施設は利用者/家族に対する
信頼(協同作業としての支援を行う信頼)を失い、関係性においてもギブアップすることになり
ます。利用者と施設の双方がお互いに信頼感を失った状態が「関係性の限界」です。
そして、施設は「支援の限界」を退所の理由にしますが、施設のギブアップを決定的に後押し
するのは、実は「関係性の限界」です。
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制度とその実践
ところで、本来、制度や専門性はサービスの内容や質を担保するものとして利用者に安心感や
信頼感を与えることが期待されています。しかし、利用者の権利を保障するための制度や専門性
が利用者にとっての脅威になったり権利侵害を促進したりして利用者の信頼を裏切るという現実
があります。つまり、利用者に利益を与えるべき制度が、その実践過程において利用者に不利益
を与えうるのです。この転換はどこで起こるのでしょうか。3 つの事例をとりあげて、施設が、
契約解除にあたりどのように制度を理解して実践に結びつけているのかという視点から、この仕
組みを明らかにしたいと思います。
ここで具体的に取り上げる制度とは「契約書」と「専門性」です。福祉サービスの利用にあた
っては、契約書が交わされて支援関係が開始されるため、契約書は支援の根拠となる「制度」と
言えます。ここでは特に契約書の中の「契約解除条項」をとりあげます。また、
「専門性」につい
ては「施設区分」というところを専門性として理解したいと思います。社会福祉法第 2 条には、
第 1 種、第 2 種といった社会福祉事業が規定されております。これらはそれぞれ社会福祉法以外
にも別の制度の枠組みを持ち機能しています。施設種別によってサービスの目的も内容も異なり、
支援者のスキルも異なってくるため、施設の種別の違いはその専門性の違いと言うことができま
す。そこで、施設の種別毎に「専門性」を分けることを「施設区分」としてとりあげます。
また、ここでは、実践について「言説実践」と「解釈実践」という言葉を使用して説明させて
いただきます。
「言説実践」とは、既に言説で語られているある事柄に一定の了解がありその言説
をもって説明することが相手に対して一定の説得力を持つような言説を根拠に実践を行うことで
す。これに対し、
「解釈実践」とは、これらの言説実践の了解性に対して、別な視点からの解釈を
加えてそこから新たな解釈を生み出して行う実践のことです。
以上をふまえ、解約解除の問題に関して、
「契約書」と「専門性」を制度として見た時にどのよ
うな「言説実践」ないし「解釈実践」が行われているのかという視点から制度と実践の関係を整
理します。
まず、
「契約書」を制度の枠組みとして捉えた場合ですが、事例 2 と事例 3 では、施設では「契
約解除条項」を退所の根拠としました。典型的な契約解除条項を以下に例示します。
[契約解除条項(例示)]
事業者は、利用者が以下の事項に該当する場合には、本契約を解除することができる。
1.(略)
2.利用者が、他の利用者の生命・身体・財産、信用を傷つけることなどによって、本契約を継続
しがたい重大な事情を生じさせ、その状況の改善が見込めない場合
3.利用者が、故意又は重大な過失により事業者又はサービスの従事者の生命・身体・財物・信用
を傷つけることなどによって、本契約を継続しがたい重大な事情を生じさせ、その状況の改善が
見込めない場合
4.(略)
ここでは、「他利用者ないし職員への他害行為」が退所の理由となることが述べられています。
事例 2 と事例 3 では、この条文の言説実践をして利用者に退所を要請しました。しかし、他方に
目をむけると「その状況の改善が見込めない場合」という記述が確認されます。すなわち、他害
行為がそのまますぐに退所の理由となるのではなく、施設側のあらゆる改善の努力がどれほど実
行されたのかという証明が必要とされるという解釈が可能です。
また、福祉契約の解除はしばしば利用者の生活基盤そのものを左右する意味を持つため、権利
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擁護の視点から、退所はできる限り回避されるべきとする言説があります。加えて、施設の「運
営基準」には「福祉サービス事業者は正当な理由なくしてサービスの提供を拒んではならない」
とする「応諾義務」が存在することから、福祉サービスの提供者には社会的責任として利用者の
ニーズに応えなければならないという責務があり、事業者からの契約解除条項の安易な適用はで
きないと解釈することができます。
次に、「専門性」を制度の枠組みとして捉えた場合ですが、事例 1 においては、利用者の「年
齢」と「身体障害」が退所理由とされました。入院中に利用者が成人になったために「児童」施
設では対応できない、かつ、入所中に負った身体障害に対して「知的障害」施設では十分な支援
ができないという理由です。また、事例 2 においては、利用者の「知的障害」が退所理由として
強調されました。利用者の行動障害(他害行為)には療育的支援が必要であり、
「身体障害」施設
では十分な支援を提供できないという説明でした。これらはいずれも施設区分(専門性)を理由
として入所継続を拒んでいるところに共通点がみいだせます。つまり、制度が実践を拘束する・
限界づける例と言えます。
しかし、ここには、施設外諸資源を活用することによって施設に新たな専門性を持ち込むとい
う「専門性の成長・促進」という視点が欠けていることが指摘されます。例えば、どういうこと
かと言いますと、先の事例を例にとりあげますと、事例 2 の身体障害者療護施設には、実は知的
障害との重複障害の利用者が少なくありません。つまり潜在的に、知的障害に対するニーズは存
在するのですが、あえて身体障害という専門性を強調することで知的障害というニーズを除外し
ようとしたのが先ほどの「施設区分」を根拠にした言説実践でした。これに対する別な視点から
の解釈が、
「施設外資源の利用」です。利用者にニーズがあれば、それが専門外だからということ
で拒絶するのではなく外部の療育支援の専門家に相談して、スキルや知識を教わって身につける。
そういった少しばかりの柔軟な対応で克服できる問題もあるのではないかという考え方です。
概して、施設は、専門性や財源・人員の限界にあっても、諸資源の活用にあたって消極的です。
その理由は、施設外資源を利用することによって施設の実践水準の低さが証明されてしまうこと
への恐れ、施設外資源を利用して新しいスキルが導入されることによって職員に新たな任務が加
わって仕事が増えることへの抵抗感等が想像されます。しかし、施設がその専門性を言い訳にし
て守備範囲を守ることに固執し、施設外資源の導入を前向きに検討しないのであれば、専門性の
拡充の機会が活かされず、実践が制度の枠組みを拡張する機会を逃していることになります。厳
しい言い方をすれば、制度を悪用して実践を限界づけるという一面が指摘されるのです。
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まとめ
強制退所問題が内包する権利侵害の可能性について、制度とその解釈実践という視点から述べ
ました。権利擁護のための制度を実現するためには実践者による制度の積極的な「解釈実践」が
鍵を握るのではないかと考えます。制度における新しい仕組みの創出、制度の改善への働きかけ
は、忍耐強く取り組んでいかなければならない課題です。しかし、一方で、制度をどのように利
用するかという制度の実践者の姿勢も重要であると考えます。一般的によく言われるように、ハ
ードである制度とソフトである実践は車の両輪のような関係で両方の側面からアプローチを行う
ことが必要だと考えます。
制度を実践するのは実践者ですが、この実践者を専門家と置き換えることも可能です。先ほど
関係性の限界について述べさせていただきましたが、適正化委員会に持ち込まれる苦情には、手
の施しようのないほど信頼関係が破綻しているものも多く、信頼関係を修復して再び支援関係を
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取り戻すことの難しさを痛感いたします。信頼関係を取り戻すためには施設と利用者の双方の歩
み寄りが必要ですが、そこに横たわる課題が、利用者の「専門性への期待」と施設の「現実の専
門性」のギャップです。施設が利用者のニーズに応えられないという事実は、施設の専門性に疑
いを投げかけます。専門性が疑われることに対して施設は抵抗や葛藤を覚えますが、この時に専
門性が疑われたことに反発し抵抗するかそれとも専門性への疑いを受け止めて自らの専門性の実
践水準を点検して見直そうとするかという二つのあり方が考えられます。
ここには、専門性の実践水準をどのように評価するかという別の問題が発生するわけですが、
専門家として見失ってはならない大事な視点は「どのようにしたら利用者の利益を実現できるか」
という視点であると考えます。利用者のニーズを実現するために制度の壁を乗り越えてゆく、そ
のような実践者の姿勢の先に、積極的な「解釈実践」が生まれ、制度が本当に権利擁護のために
機能することが可能になるのではないかと考えます。
最後になりましたが、「契約書(契約解除条項)」と「専門性」を利用して合法的に退所させよ
うとする施設の説明に対して利用者は対抗する説明を持たないという不平等な関係があります。
このような利用者と施設との不平等な関係に介入して施設の実践に対して別な解釈を示し、新た
な枠組みでの実践の可能性を指摘することが運営適正化委員会の役割であります。
そして、他ならぬ運営適正化委員会自身も、制度の中に存在しその限られた枠組みの中で実践
を行っております。時間や予算や人員といった体制の限界や規則や規程といった枠組み、職員の
専門性の未熟さ等の課題を抱えております。しかし、困っている一人の利用者を前にした時に組
織や体制の持つ弱みが利用者の不利益とならないような努力は怠ってはならないのだと自戒の念
を覚えます。ご清聴ありがとうございました。
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