ウイルスに対する植物の自然免疫機構 - 化学と生物

【解説】
ウイルスに対する植物の自然免疫機構
忠村一毅 *1,中原健二 *2
自然免疫の受容体は,一般に,出会ったことのない病原体に
対しても防御反応を誘導できるよう病原微生物に共通の分子
パターンを認識する.ところが植物は,それに加えて強毒の
病原体の毒性因子だけを特異的に認識する受容体をもち,こ
れらが連携して病原体の毒性をも進化的に制御していること
がジグザグモデルとして提唱されている.また,ウイルスに
もう一つ,圃場抵抗性と呼ばれる自然免疫機構があるこ
とは古くからわかっていたが,その遺伝的背景やメカニ
ズムは近年になるまでよくわかっていなかった.2006
年,この圃場抵抗性(後述する病原体共通分子パターン
誘導免疫 PTI)と ETI が連携して,病原微生物全般に対
対 し て は RNA サ イ レ ン シ ン グ が 自 然 免 疫 の 役 割 を 担 い, 同
抗しうることを説明するジグザグモデルが提唱された.
様に連携した自然免疫ネットワークを形成している.これら
これは,PTI と ETI が病原細菌や糸状菌と植物の進化的
をカルモジュリン様タンパク質についてのわれわれの成果と
ともに解説する.
な攻防の結果として発達してきたことをモデル化したも
ので,ウイルスを含むほかの病原体に対する自然免疫機
構もこのジグザグモデルに当てはまるような発達を遂げ
植物にも病原体の感染を逃れるための巧妙な生体防御
たとしてもおかしくない.しかしながら,ウイルスに対
機構が発達している.その中で,真性抵抗性と呼ばれる
する自然免疫機構にこのモデルは単純には当てはまらな
自然免疫機構は,その強い感染阻害効果から遺伝学的な
い.ウイルスに対する PTI に当たる免疫機構がほかの
研究が精力的に進められ作物に病害抵抗性を付与するた
病原体に対する PTI とメカニズムの異なる RNA サイレ
めの遺伝資源として広く利用されてきた.しかしなが
ンシングであるからである.最近,われわれはウイルス
ら,この真性抵抗性(後述するエフェクター誘導免疫
に対する ETI に当たる新たなウイルス防御機構を見い
ETI)だけに着目しても,植物が病原微生物全般にいか
だした.それに加え,そのほかの最近の知見から,ウイ
に対抗しているのかを理解することは難しい.植物には
ルスと植物の攻防についてもジグザグモデルを用いて議
Plant Innate Immunity against Viruses
Kazuki TADAMURA, Kenji NAKAHARA, *1 ホクレン農業協同
組合連合会,*2 北海道大学大学院農学研究院
化学と生物 Vol. 52, No. 12, 2014
論する試みがなされるようになってきた.本稿でそれら
について概説する.
805
lar patterns; PAMPs)を植物が認識することにより引
はじめに
き起こされる PAMPs 誘導免疫(PAMPs-triggered im-
自然環境下において植物はウイルス,糸状菌類,細菌
munity; PTI)である.PTI は強い免疫機構ではないも
類,線虫などの多様な病原体の攻撃にさらされる.移動
のの,広範囲の病原体に普遍的に働きその感染を抑制す
できない植物は病原体への暴露から容易に逃れることが
る役割をもつ.もう一方は病原体が自身の感染を助ける
できないため,さまざまな防御戦略を駆使することで,
ために産生するエフェクタータンパク質を植物が認識し
病原体の感染を抑制していると考えられる.植物の防御
て誘導されるエフェクター誘導免疫(Effector-triggered
機構は動物における自然免疫応答と類似していることか
immunity; ETI)である.この免疫機構が働くのは,こ
ら植物自然免疫と呼ばれる.近年の研究により,植物の
のエフェクターをもつ病原体に限られるが,過敏感反応
自然免疫機構は宿主植物因子と病原体因子の相互作用に
(Hypersensitive response; HR)と呼ばれる強い防御反
よって複雑に制御され,植物と病原体は分子的な攻防を
応を誘導することで病原体の感染を強固に抑制する.こ
繰り広げていることが明らかになりつつある.そこで本
れら植物の PTI と ETI は病原体との進化的な攻防の結
稿はわれわれが研究対象としている病原体の 1 種である
果,発達してきたと思われ,それらの免疫機構の階層的
ウイルスに対する植物の自然免疫機構について着目し,
な連携はジグザグモデルと呼ばれている(1).以下にそれ
その攻防について概説する.
について詳述する.
1. PAMPs 誘導免疫(PTI)
植物の自然免疫機構とジグザグモデル
PAMPs は一般に病原体に共通して存在し,宿主には
存在しない分子であり,これを認識するのがパターン認
識 受 容 体(Pattern-recognition receptors; PRR) で あ
にあらかじめ備わった防御システムである.植物では病
る.PRR の多くは膜貫通型の受容体様リン酸化酵素タ
原体の感知の仕方の異なる 2 つの主要な自然免疫機構が
ンパク質である.2000 年に細菌の鞭毛タンパク質(Fla-
知られており,主に糸状菌類,細菌類との相互作用をモ
gellin)を構成する 22 アミノ酸である flg22 を認識する
デルとして精力的に研究が進められてきた.一つは病原
植物の受容体として Flagellin sensing 2(FLS2)が同定
体に共通の分子パターン(Pathogen-associated molecu-
された.PTI については flg22 と FLS2 や菌類のキチンと
防御の強度
A
病害発生 有効な防御 過敏感反応
(HR)
自然免疫機構は,過去に一度も感染したことのない病
原体でも,その侵入を感知して免疫応答を誘導する宿主
PTI
ETS
HR
エフェクター 2
エフェクター
NB-LRR
エフェクター
エフェクター3
NB-LRR2
エフェクター 2
過敏感反応
(HR)
有効な防御
PTI 1
PTI 2
ETS
ETI 1
ETI 2
ETI 3
RNA サイレンシング
RNA サイレンシング回復
サリチル酸仲介防御
RSS
rgs-CaM?
Viral PAMPs?
DCL4-DRB4, DCL2
dsRNA
ETS
HR
RSS による
サリチル酸仲介防御抑制
図 1 ■ 病原体と植物の進化的な攻防を表すジ
グザグモデル(1)
AGO2 rgs-CaM NB-LRR
RSS
RSS
ウイルスと植物の進化的な攻防
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ETS
病原体と植物の進化的な攻防を表すジグザグモデル
病害発生
防御の強度
ETI
HR
パターン認識受容体 (PRR)
PAMPs
B
ETS
ETI
(A)ジグザグモデルは当初,細菌病や糸状菌
類病の研究から提唱された.(B)それに従っ
てウイルスと植物の攻防に関する知見を当て
はめた.
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受容体 CERK1 などをモデルとして研究が盛んに進めら
御を行うと同時に全身獲得抵抗性を誘導して病原体の 2
れている.PTI に含まれる防御応答にはカルシウムイオ
次感染に備える.この階層的な自然免疫機構が Jones と
ン流入,活性酸素種の生成,MAPK カスケードの活性
Dangl によりジグザグモデルとして提唱された(1).この
化,タンパク質リン酸化や防御関連遺伝子の発現誘導な
モデルから,実際の感染場面では,エフェクターをもつ
どが挙げられる.これらの防御応答は早いものでは
強毒性の病原体は ETI が,それ以外の病原体や非病原
PAMPs の認識から数分以内で起こるため,PTI は感染
性の微生物は PTI が感染を防ぐことで宿主植物は効果
初期において広範囲の病原体に働く自然免疫機構である
的に微生物全般に対抗していることが理解できる.さら
(2)
と考えられている (図 1A)
.
に重要な点は,PTI と ETI の連携防御は進化的にも病原
体の毒性を制御していることである.その肝は,NB-
2. エフェクター誘導抵抗性(ETI)
病原体は自身の感染を有利にする手段としてエフェク
LRR がエフェクターの PTI 抑制活性に必須のアミノ酸
部分配列もしくは PTI 抑制活性そのものを認識するこ
ターと呼ばれる分子群を産生し,宿主内に送り込む.エ
とである.これにより,NB-LRR の認識から逃れるよう
フェクターの働きはさまざまで,宿主内が病原体感染に
な変異がエフェクターに生じた場合は,同時に PTI 抑
とって有利な環境になるよう誘導する.そしてエフェク
制能も失うことから,変異エフェクターをもつ病原体
ターには PTI を抑制する機能をもつものがある.たと
は,今度は PTI により感染が阻害されるようになる.
えば PTI による防御応答の一つである MAPK カスケー
つまり,ETI の標的となるエフェクターをもつ病原体
ドが細菌のエフェクターにより抑制されるという報告が
は,PTI からも選択圧を受けるため容易にはエフェク
(2)
ターを変異させることができないよう仕組まれているの
なされている .
これに対して植物は病原体を識別する手段として抵抗
である.
性(R)遺伝子がコードする受容体によりエフェクター
を特異的に認識する機構を発達させた.R 遺伝子の多く
ウイルス PAMPs 誘導免疫 PTI(RNA サイレンシ
は Nucleotide binding Leucine rich repeat(NB-LRR)
ング)
構造をもつタンパク質をコードしている.NB-LRR に
ここからは特にウイルスに対する植物の自然免疫機構
よって認識されるエフェクターは非病原性因子(Aviru-
について紹介する.最近の研究知見から,ウイルスに対
lent factor)とも呼ばれる.NB-LRR がエフェクターを
しても上記の PTI と ETI に相当する免疫機構が発達し,
認識すると PTI をより強力にした免疫応答を誘導する.
ジグザグモデルで説明される重層的な連携により効果的
抗菌物質や活性酸素種の生成,感染組織内のサリチル酸
にウイルスを制御していると考えられるようになってき
蓄積量の急激な上昇に加え,病原体を感染部位に封じ込
た(図 1B).ウイルスに対しては RNA サイレンシング
めるための局所的なプログラム細胞死を含む HR を誘導
が PTI を担っている(5, 6)(PTI 1)
.RNA サイレンシング
する(3).このとき,さらに細胞死に伴い全身に感染のシ
は多くの真核生物に保存される配列特異的な遺伝子制御
グナルが伝達され,病原体に感染していない健全な上位
機構である.二本鎖 RNA(Double-stranded RNA; ds-
葉でも抵抗性が高まる全身獲得抵抗性(Systemic ac-
RNA)により誘導され,dsRNA 自身から産生される
quired resistance)が誘導され,病原体の 2 次感染に備
small interfering RNA(siRNA)や内性遺伝子として
(4)
える現象が古くから知られている .
コードされる micro RNA(miRNA)などの低分子二本
鎖 RNA と配列相同性をもつ RNA を分解する機構であ
3. ジグザグモデル
る.植物ウイルスの多くは一本鎖 RNA をゲノムとする
植物の自然免疫機構を総括すると,植物は PAMPs を
感染性因子であるため,植物の RNA サイレンシング機
認識し PTI を誘導することで広範囲の病原体の感染を
構がウイルス抵抗性に強い効果を発揮する(7).ウイルス
抑制する.一方で病原体はエフェクターを進化的に獲得
抵抗性における RNA サイレンシングの機構を述べる
して植物の PTI を抑えることで植物の感受性を高め,
(図 2A).ウイルスゲノム RNA の分子内で部分的に二本
自身の感染を有利にする状況を作り出す.これをエフェ
鎖 RNA が形成される.また複製過程において,ウイル
クターによる感受性回復(Effector-triggered suscepti-
スの RNA ゲノムを鋳型として RNA の複製が行われる
bility; ETS)と呼ぶ.これに対抗し植物は R 遺伝子の
ため中間体として dsRNA が合成される.この dsRNA
コードする NB-LRR によってエフェクターを特異的に認
に対して RNaseIII 様二本鎖 RNA 分解酵素であるダイ
識して ETI を誘導することで病原体に対する強固な防
サー様タンパク質(DCL)が機能し,dsRNA を切断す
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図 2 ■ ウイルス PAMPs 誘導免疫 PTI とこれに
対抗するウイルスエフェクターによる感染促進
ETS のメカニズムの概略
(A)ウイルスゲノムが形成する二本鎖 RNA によ
り誘導される RNA サイレンシングがウイルスに対
する主要な PTI であると考えられている.二本鎖
RNA はダイサー様タンパク質複合体(DCL-DRB)
により siRNA に切断され,AGO1 に取り込まれ,
ウイルスゲノムを切断・分解してウイルス感染を
阻 害 す る. ま た, 宿 主 の RNA 依 存 RNA ポ リ メ
ラーゼなど(RDR6-SGS3)により siRNA は増幅さ
れる.これに対して,ウイルスは RNA サイレンシ
ン グ 抑 制 タ ン パ ク 質(RSS) を 自 身 の ゲ ノ ム に
コードすることで,感染に有利な状況を作り出す.
さまざまなウイルスから RSS は見つかっており,
それぞれ多様な仕組みで RNA サイレンシングを抑
制する.ここでは,DRB4 を阻害する CaMV の P6
や siRNA に結合して隔離する p19, AGO1 をオート
ファジーによる分解に導く
の P0, SGS3
を阻害して siRNA の増幅を抑制する
の V2 を図示した.(B)TCV の
RSS と結合する NAC 転写因子の TIP についての研
究から,ウイルスに対しても細菌や糸状菌に対す
る PTI に相当するサリチル酸仲介防御が明らかに
なってきた(PTI 2).TIP は PTI 2 の誘導にかか
わっており,TCV CP は TIP に結合して PTI 2 を
阻害していることが最近,報告された.PTI 2 に
かかわるウイルスを感知する受容体や感知するウ
イルスの PAMPs が何かについてはまだわかって
いない.
ることで約 21∼24 塩基からなる siRNA が生じる.報告
物 側 の PRR は DCL4 と コ フ ァ ク タ ー で あ る dsRNA
されている 4 つの DCL ファミリータンパク質のうち,
binding protein 4(DRB4)や DCL2 が相当する.一方,
ウイルス抵抗性には特に DCL4 と DCL2 が関与し,それ
糸状菌・細菌類における PTI は上記したように病原体
ぞれ 21 塩基と 22 塩基の siRNA を合成する.siRNA の片
を構成するタンパク質や糖類が PAMPs であり,認識を
鎖がアルゴノートタンパク質(AGO)を含むタンパク
膜貫通型受容体様リン酸化酵素タンパク質が担うため,
質 複 合 体 で あ る RNA-induced silencing complex
ウイルスと菌類,細菌類の間では PTI の機構が異なる
(RISC)に取り込まれる.ウイルス抵抗性には AGO1,
と言える.しかしながら,後述するように RNA サイレ
AGO2, AGO7 が 関 与 す る. そ し て RISC に 存 在 す る
ンシングだけでなく,糸状菌・細菌に対する PTI に似
siRNA の片鎖と相補的な配列をもつ RNA が AGO のス
た誘導免疫機構もウイルスに対して働いていることが示
ライサー活性により切断され RNA 分解が起こる.さら
唆されている.
に植物がもつ RNA 依存 RNA ポリメラーゼ(RNA dependent RNA polymerase; RDR)により,切断されて
短くなった一本鎖の RNA を鋳型として新たに dsRNA
が合成されることで,siRNA が増幅され,RNA サイレ
ンシングが強化される(7, 8).
ウイルスエフェクター(RNA サイレンシング抑制
タンパク質)による感染促進 ETS
RNA サイレンシングに対抗する手段として多くのウ
イルスは RNA サイレンシング抑制タンパク質(RNA
RNA サイレンシングをウイルスに対する PTI とみな
silencing suppressor; RSS)をもつ.RSS はウイルスが
した場合,PAMPs はウイルス由来の dsRNA であり植
植物との攻防の結果,進化的に備えた因子であると考え
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られ,配列のホモロジーはないものの機能が共通してい
AGO1 分解の興味深い点として一般的にユビキチン化さ
るものがある.植物の RNA サイレンシングとウイルス
れたタンパク質は 26S プロテアソーム系で分解されるに
の RSS の関係をジグザグモデルに当てはめると RSS は
も か か わ ら ず,P0 存 在 時 の AGO1 分 解 は オ ー ト フ ァ
PTI を抑制するエフェクターの役割をもつと考えられ
ジー系による分解であることが近年,明らかにされてい
(5, 6, 9)
.RSS には RNA サイレンシングを抑制する多様
る.AGO1 への直接の相互作用はもたないが TBSV p19
な作用点が存在している.加えて一つのサプレッサーが
もまた AGO1 の発現を抑制する.AGO1 は普段 miRNA
複数の作用点に働き RNA サイレンシングを抑制する例
(miR168)を介して発現が抑制されている.ウイルス感
がいくつか報告されている.以下にそれら RSS の RNA
染により p19 が発現すると miR168 の発現量が高まるこ
サイレンシング抑制機構について紹介する(10).
と,さらに p19 は miR168 を含む miRNA との結合の効
る
率が低いことが示された.そのため,p19 は miR168 を
1. dsRNA の切断阻害
介した RNA サイレンシングにより AGO1 の mRNA が分
属の
(CaMV)
の RSS である P6 は DCL4 のコファクターである DRB4
解される結果として,AGO1 タンパク質の蓄積を抑制す
る.
と直接結合することで DCL4-DRB4 による dsRNA の切
断を阻害して RNA サイレンシングを抑制する.
属の
(TCV)の RSS である外
4. RNA サイレンシングシグナルの長距離移行阻害
下位葉で誘導された RNA サイレンシングシグナルは
皮タンパク質(Coat protein; CP)は dsRNA と結合する
上位葉に伝達されることがわかっている.
能力をもち Dicer による dsRNA の切断を阻害する.
の
属
(PVX)は当初 RSS をもたないウイル
スであると考えられていたが,細胞間移行能を高めるウ
2. siRNA への作用
イルスタンパク質である p25 にサイレンシング抑制能力
属の
(TBSV)
があることが明らかになった.p25 は RNA サイレンシ
の p19 は立体構造も決定されており RNA サイレンシン
ングの全身移行を阻害する.p25 のサイレンシング抑制
グ抑制の詳細な作用機構が報告されている.p19 は分子
能 は ほ か の ウ イ ル ス の RSS と 比 較 す る と 弱 い. ま た
間で二量体を形成し,siRNA と結合する能力をもつ.
CMV の 2b もこの長距離シグナルを抑制する.
そのため RISC への siRNA の取り込みが阻害され RNA
サイレンシングが抑制される.
属がもつ HC-
5. RNA サイレンシング増幅経路の阻害
Pro も 研 究 が 進 め ら れ て い る RSS で あ る.HC-Pro も
RNA サイレンシングにおいて RDR による siRNA の増
siRNA との結合能力をもち RISC への取り込みを阻害す
幅経路は哺乳類などの RNA サイレンシングでは見られ
る機能をもつ.このような siRNA との結合能力をもつ
ない特徴的な働きである.そしてウイルス抵抗性に関し
RSS は 多 数 報 告 さ れ て い る. 加 え て p19 と HC-Pro は
て は RDR6 と RDR1 が 関 与 す る こ と が 示 さ れ て い る.
siRNA のメチル化による安定化を担う HEN1 の機能を
DNA ウイルスである
阻害することで RNA サイレンシングを抑制することも
RSS である V2 は RDR6 のコファクターである SGS3 と相
の
互作用をもつことで siRNA 増幅経路を阻害する.PVX
わかっている.
p25 に相当する
3. AGO1 への作用
属
の TGBp1
も SGS3/RDR6 複合体に結合して,siRNA 増幅を阻害す
の
(CMV)
ることが最近報告された.
の 2b は AGO への作用が初めて報告された RSS である.
2b は AGO1 の PAZ ドメインと直接結合する能力をもつ
ことで AGO1 のスライサー活性を阻害し RNA サイレン
シ ン グ を 抑 制 す る.
属の
6. デコイ RNA
CaMV は RNA サイレンシングにかかわる因子との作
用をもたずに RNA サイレンシングを抑制する.CaMV
がもつ RSS である P0 は
に感染した植物では CaMV のプロモーターからタンパ
AGO1 タンパク質を分解に導くことで RNA サイレンシ
ク質のコード配列までの間の siRNA が大量に合成され
ングを阻害する.P0 は AGO1 との結合能力をもたない
ている.この siRNA をおとりのように使い,RISC に取
が,タンパク質のユビキチン化を担う F-box タンパク質
り込ませることにより CaMV の複製に必須であるプロ
モ チ ー フ を も ち,AGO1 を ユ ビ キ チ ン 化 す る. こ の
モーターやタンパク質コード配列を RNA サイレンシン
と
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グから回避させていることが示唆されている(9).
カーゼドメインもまた RSS 能をもつ.そして p50 は R 遺
伝子として初めて同定されたタバコの
遺伝子のコー
ド す る NB-LRR に 認 識 さ れ HR と 細 胞 死 を 誘 導 す る.
植物のウイルスエフェクター誘導免疫 ETI
の RSS である NSs はトウガラ
ウ イ ル ス RSS に 対 し て, 植 物 は 細 菌 や 糸 状 菌 の エ
シのもつ R 遺伝子,
の翻訳産物との相互作用によ
フ ェ ク タ ー に 対 す る の と 同 様 に R 遺 伝 子 産 物(NB-
り HR 様 の え そ を 誘 導 す る こ と が 明 ら か に な っ て い
LRR)による防御戦略を備えている例がいくつか見つ
る(12).R 遺伝子の同定には至っていないが,RSS が非
かっている(図 3C)
.ウイルスと植物におけるジグザグ
病原性因子となる例はいくつか見つかっている.p19 は
モデルから考察するとこの防御は RSS に対する ETI の
タバコにおいて Extreme resistance(ER)と呼ばれる
役割を担う.TCV の RSS である外皮タンパク質(CP)
細胞死を伴わないタイプの強い抵抗性(HR がさらに強
はシロイヌナズナの Di-17 系統のもつ R 遺伝子,
が
まった抵抗性と考えられている)を誘導することが明ら
コ ー ド す る NB-LRR を 介 し て,HR が 引 き 起 こ さ れ
かになっている.加えてこの報告において p19 のもつ
る(11).TMV の p126 複 製 酵 素 中 に 含 ま れ る p50 ヘ リ
siRNA 結合能は ER を誘導するために必要となることも
図 3 ■ ウイルス RSS に対する宿主植物の多様な対抗
防御 ETI
(A)RNA サイレンシングで実行因子としてウイルス
ゲノムの切断分解に働く AGO1 を標的にする RSS は少
なくない.しかしながら,AGO1 は miRNA を介して
自身と同様の働きをする AGO2 の発現を通常抑制して
いる.したがって,ウイルスが AGO1 の活性を阻害し
た場合には,AGO2 が発現し,AGO1 の代わりにウイ
ルス防御に働く RNA サイレンシングの回復機構が存
在する(ETI 1).(B)RSS の阻害作用点は多様ではあ
るが,siRNA を含む二本鎖 RNA に結合する RSS は少
なくない.タバコのカルモジュリン様タンパク質 rgsCaM は RSS の二本鎖 RNA 結合領域に親和性をもつこ
とにより多くの RSS に結合して,オートファジーによ
る分解に導くことにより RNA サイレンシングによる
ウイルス防御を回復させている(ETI 2)
.(C)R 遺伝
子産物(NB-LRR)がウイルス RSS を認識して過敏感
反応(HR)によるサリチル酸仲介防御によりウイル
ス感染を強く阻害する例が最近,いくつか報告されて
いる(ETI 3)
.ETI 3 は細菌・糸状菌に対する ETI と
同じメカニズムの免疫機構である.
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示されている(13).これは RNA サイレンシングの抑制能
を介した内在性遺伝子の発現制御にもかかわる.そして
が強い p19 ほど R 遺伝子産物に認識され防御が誘導され
AGO2 はこの miRNA(miR403)の標的遺伝子の一つで
ることを示唆しており,RNA サイレンシングによる
あり,通常は AGO1 によりその発現が抑制されている.
PTI とこの R 遺伝子産物によるサリチル酸仲介防御の
上 述 し た よ う に 複 数 の ウ イ ル ス RSS は AGO1 を タ ー
ETI がジグザグモデルを支持する進化を示していること
ゲットにした RNA サイレンシングの阻害を行う.そし
か ら 重 要 で あ る.
て AGO1 が阻害された際に,AGO2 の発現抑制が解除さ
属の
(TAV)の RSS である 2b を TMV ベクターにより
れ(18),第 2 の RNA サイレンシングの実行因子としてウ
発現させると,ベンタミアナタバコとタバコにおいて
イルス抵抗性の役割を担うことが示唆された.実際,
HR が誘導された.TAV と近縁の CMV 2b を PVX ベク
TCV と CMV の防御に関与することが示されている.
ターにより発現させると同様にベンタミアナタバコにお
(14)
いて全身えそが誘導された
詳細な分子機構や役割はまだわかってはいないが,ウ
.以上の点からも 2b に対
イルスに対する PTI としての RNA サイレンシングにお
する R 遺伝子がタバコ種において存在する可能性が示さ
いて PRR の役割を果たす DRB4 は TCV に対する R 遺伝
れている.
子のコードする HRT やそれが結合して認識する TCV
一方で R 遺伝子産物によるウイルス抵抗性はジグザグ
CP との結合が報告され,HRT による ETI にも関与する
モデルに当てはまらない例も多く報告されている.なぜ
ことが明らかになっている(19).この点でも RNA サイレ
ならば非病原性因子として同定されているウイルス因子
ンシングと R 遺伝子産物によるサリチル酸仲介防御のリ
の多くは RSS だけではなく,RNA サイレンシングの抑
ンクが示唆される.
制能力をもたない外皮タンパク質や移行タンパク質も含
まれるためである.例としては CMV の外皮タンパク質
ウイルス RSS による別作用の ETS(サリチル酸仲
を認識するアラビドプシスの RCY1, PVX の外皮タンパ
介防御の抑制)
ク質を認識するジャガイモの Rx, ToMV の移行タンパク
質に対する
(6)
の関係などが挙げられる .
ETI と細菌や菌類に対する PTI の免疫機構に植物ホル
モンの 1 種であるサリチル酸が密接にかかわり,R 遺伝
そして,ウイルス RSS に対抗する植物の ETI は R 遺
子産物による ETI はサリチル酸に依存しており,上述
伝子産物を介したウイルス防御だけではないことが明ら
したようにサリチル酸の蓄積量が急激に上昇する.実
かになってきた.最近,われわれはタバコのカルモジュ
は,いくつかのウイルス RSS はサリチル酸による免疫
リン様タンパク質(rgs-CaM)を介した防御がウイルス
機構を阻害することが近年,明らかになりつつある.こ
RSS に 対 す る ETI の 一 つ で あ る こ と を 報 告 し た(15, 16)
れまでに CMV 2b, CaMV P6, TCV CP の 3 種類の RSS
(図 3B)
.rgs-CaM は
属 の
がもつ RSS である HC-Pro と結合する植物内在性の RSS
はサリチル酸による抵抗性を抑制することが報告されて
いる(20∼22).
として 2000 年に同定された(17).さらにわれわれは rgs-
あらかじめサリチル酸処理を行い抵抗性を高めたタバ
CaM が HC-Pro だけではなく CMV や TAV の 2b など複
コに対して,2b を欠損する CMV(CMV-Δ2b)と野生
数の種類の RSS と結合する能力をもつことを見いだし
型の CMV をそれぞれ接種したところ,サリチル酸処理
た.rgs-CaM は 多 く の RSS の も つ 正 に チ ャ ー ジ し た
により CMV-Δ2b のウイルス蓄積は減少していたもの
dsRNA 結合ドメインに親和性をもつことによることに
の,2b を発現する CMV については蓄積量の減少は見ら
より複数の RSS に結合するのではないかと考えている.
れなかった.この結果から 2b にはサリチル酸による免
そして rgs-CaM は結合した RSS をオートファジーによ
疫 機 構 を 抑 制 す る 能 力 が あ る こ と が 示 唆 さ れ た(20).
るタンパク質分解機構に導くことで RSS を分解し RSS
CaMV の P6 発現する形質転換アラビドプシスに対して
の 活 性 を 弱 め る 働 き を も つ こ と を 明 ら か に し た(15).
CaMV 接種やサリチル酸処理を行った際の PR1(サリチ
rgs-CaM は一方で,内生の RSS 活性をもち,ウイルス
ル酸のマーカー遺伝子)の発現量が抑制されていた.さ
感染・増殖を促進することもほかの研究グループから報
らに細菌の接種による細胞死の形成が P6 発現形質転換
告されている.われわれは現在,この一見,矛盾した
体において抑制された.このことから P6 はサリチル酸
rgs-CaM の活性が何を意味するのか解析を進めている.
免疫機構を抑制する可能性が示された(21).TCV CP に
AGO ファミリータンパク質の一つである AGO2 もウ
ついては宿主の NAC 転写因子である TCV-interacting
イ ル ス RSS に 対 す る ETI の 役 割 を 担 う 可 能 性 が あ る
protein(TIP)との相互作用によりサリチル酸仲介防御
(図 3A).ウイルス抵抗性にかかわる AGO1 は,miRNA
を抑制する.そして,TIP についての研究から,ウイル
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スに対しても,細菌や糸状菌に対する PTI に類似した
ズムを解明することが,ウイルスに対する植物の免疫機
サリチル酸を介した免疫機構(図 1 と 2 の PTI 2)が存
構全体を理解するうえで最も重要な研究課題であると考
在し,TIP はその PTI 2 の誘導にかかわっていることが
え,現在,研究を進めている.
わかった.TCV CP は TIP との結合を介して ETI や HR
ではなく,PTI 2 を抑制することが示されている(22)
(図
2B)
.
RSS が同時にサリチル酸仲介防御抑制能をもつ点を考
慮するとウイルスに対するジグザグモデルにおいて,隠
された ETS の段階が推測される.なぜならば,あるウ
イルスを認識する ETI や PTI の受容体を植物がもって
いる場合でも,ウイルスがサリチル酸仲介防御を抑制す
る因子をもつ場合には,免疫応答は弱められ感受性のも
のと区別できなくなると考えられる.もし,そうだとす
るとウイルスのサリチル酸仲介防御を抑制する因子の働
きの多くが,感染植物の表現型からは認識できず,同時
にウイルスを感知する植物の受容体や関連した免疫機構
もいまだ多くが隠されたままなのかもしれない(図 1B,
3C の ETS)
.
おわりに
ジグザグモデルで説明される細菌や糸状菌類に対する
重層的な自然免疫機構とウイルスに対する免疫機構にお
ける類似や相違について議論されることは,これまであ
まりなかった.しかしながら,ウイルス抵抗性機構であ
る RNA サイレンシングをウイルスに対する PTI とみな
した場合,RSS に対する R 遺伝子の発見により,糸状菌
類や細菌類におけるジグザグモデルに対応する,ウイル
スに対する階層的な自然免疫機構が明らかになりつつあ
る.そして,ウイルスに対する自然免疫機構においても
細菌や糸状菌類に対する PTI に相当するサリチル酸を
介した基礎免疫機構もやはり存在し,最近,その PTI を
抑制するウイルスエフェクターが報告された(22).一方
で,ETI として,ウイルス RSS を認識する R 遺伝子産物
を介した防御以外の免疫機構も複数見つかっており
(rgs-CaM, AGO2, DRB4 など)
,植物はウイルスに対す
る多様な重層免疫機構を発達させていることが今後の研
究で明らかにされるものと期待される.
サリチル酸は病害防除において主要な働きをする植物
ホルモンであり,ウイルス防御においても,RNA サイ
レンシングと並び主要な誘導免疫機構であることは本文
でも上述したとおりである(図 2B, 3C)
.しかしながら,
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実は,サリチル酸を介してウイルス感染を阻害する防御
機構の分子メカニズムがほとんどわかっていない.われ
われは,このサリチル酸仲介ウイルス防御の分子メカニ
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化学と生物 Vol. 52, No. 12, 2014
プロフィル
忠村 一毅(Kazuki TADAMURA)
<略歴>2012 年北海道大学農学部生物資
源科学科卒業/2014 年同大学大学院農学
院生物資源科学専攻修士課程修了/同年ホ
クレン農業協同組合連合会入会<研究テー
マと抱負>品種開発の効率化にかかわる研
究<趣味>サイクリング,スポーツ観戦,
読書(推理小説)
中原 健二(Kenji NAKAHARA)
<略歴>1993 年北海道大学農学部農業生
物 学 科 卒 業/1999 年 同 大 学 大 学 院 博 士
(農学)取得,果樹試験場特別研究員,秋
田県立大学助手,ノースウェスタン大学博
士研究員を経て,現在,北海道大学大学院
農学研究院講師<研究テーマと抱負>ウイ
ルスに対する植物の自然免疫機構.特に,
全身獲得抵抗性誘導時のウイルス感染阻害
メカニズムの解明<趣味>テニス,スポー
ツ,映画,アニメ鑑賞
Copyright © 2014 公益社団法人日本農芸化学会
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