遺伝子組み換え作物の収穫量に関する評価―農業政策に採用されるか、 あるいは代替技術か? Dr. David Quist(Dr. ディビッド・クェスト) GenØk - Center for Biosafety, Norway(ノルウェー・バイオセーフティーセンター) 高騰する食料価格、不十分な食糧流通、急速な人口増加と貧困、そしてごく最近の気 候変動、これらはすべて世界全体の食糧生産に関する重要な問題である。農業研究は長 い間収穫量の増加を目標としてきたが、作物の生産性を改善する効果的かつ持続可能な 方法は、様々な発展途上地域とその社会経済の状態に極度に依存しかねない。農作物の 遺伝子組換え技術は主食作物の収穫量を劇的に増加させる重要な方法として推進され、 広く一般に認識されてきた。種々の変動要因による生産性向上とは区別して、作物の生 産性を左右するいらだたしいこの遺伝子組み換え技術は、時として農業における進歩の 手段として評価されてきた。最近の調査では、作物の収量増に関する遺伝子組み換え技 術の貢献度を明らかにする試みが行われている。 「Failure to Yield‐失敗に終わった収量増の取り組み」(Gurian-Sherman著、2009 年出版)という報告書によると、莫大な労力と出費にもかかわらず、遺伝子組換え技術 は(特に大豆とトウモロコシの生産性を見ると)唯一アメリカ合衆国では、一種類の主 要作物または家畜用の飼料作物において、ある程度の収穫量増に成功している。しかし ながら、現在実施されている他の方法と比較するとその貢献度はわずかでしかない。報 告書によると、遺伝子組換え技術の収穫量に関する現在までのデータは、開発企業が研 究開発に費やした莫大な資金投資を正しく評価していない。この発表において、米国に おける10年に及ぶ研究と数10例の収穫量調査をもとにした、Failure to Yieldの調査結果 が議論されるだろう。報告書は実験に基づく明らかな4つの例を挙げている。 1.遺伝子組み換え技術は本来の収穫量を増加させていない。 近年利用可能となった遺伝子組換え品種は、いかなる作物においても、その作物が持 つ本来の収量をまったく増やしていない。20世紀中に、大豆ととうもろこしの本質的な 収穫量は増加したが、遺伝子組換え技術がもたらした形質による結果ではない。むしろ、 伝統的な品種による増加である。 2.遺伝子組み換え技術がもたらす経営利益増加は、わずかである。 ●除草剤耐性大豆ととうもろこし。 収穫量を明確に推定するのに十分広範な調査とは言えないが、1エーカー当たりでも 全国規模でも利用可能な他の除草剤を用いる慣行農法と比較して、遺伝子組換え大豆と とうもろこしが経営利益増加をもたらしていないことを示す最適なデータがある。それ は、非常に広範囲で除草剤耐性大豆が栽培されていることを考えると、エネルギーコス ト減や利便性といった要素が農家の選択に影響を与え、収穫量に関係のない利益を生む 1 可能性を示している。 ●害虫抵抗性トウモロコシ 欧州アワノメイガ殺虫トウモロコシと根切り虫殺虫トウモロコシの相乗効果のため、 殺虫性による1.3%から5.5%の経営利益増が見込める。約3.3%あるいは3∼4%の増加と いうのが、妥当な範囲である。1996年の殺虫トウモロコシの商業利用開始から13年間を 平均すると、これは年率0.2∼0.3%の収量増に相当する。 3.ほとんどの収量増は遺伝子組換え以外の手段に起因していると考えられる 過去数10年間、米国におけるトウモロコシの全収穫量は平均年率1%で増加し、全体と して殺虫トウモロコシ品種がもたらす収量増をはるかに上回っている。ごく最近のアメ リカ農務省のデータによると、過去5年間(2004年から2008年)の1エーカー当たりのト ウモロコシの全国平均収穫量は、殺虫トウモロコシ導入前の1991年から1995年の5年間 における平均値、年率約2%をおよそ28ポイント上回っている。だが、我々が行った具体 的な収量調査では、殺虫性に起因するのは収量増のわずか3∼4%であり、つまりおよそ 24∼25%の増加分は従来の品種改良やトウモロコシの栽植密度といった他の要因に違 いないと結論付けられる。他の主要作物、例えば大豆(遺伝子組換え品種では本来の収 穫量、経営利益のどちらにも増加は見られない)や小麦(遺伝子組換え品種は商業化さ れていない)でも、収穫量は増加を続けている。近年の収穫量を比較すると、大豆は16%、 小麦は13%の増収だった。概して、上記で明らかなように、従来の品種改良と比べると、 遺伝子組換え作物はアメリカにおける収量増に(せいぜい)わずかに貢献している程度 である。 4.実験中の高収量遺伝子組み換え作物は成功をもたらしていない。 1987年以来数千回にわたる、遺伝子組換え作物の圃場試験栽培が行われてきた。(開 発企業間の企業秘密の問題を考えると)これらの実験では収量増に必要な遺伝子の正確 な数の決定は不可能であるのに、何年もかけて収量増のために組換え遺伝子が試験され たことは明らかである。これまでの努力もむなしく、殺虫性および除草剤耐性、病原体 抵抗性の組換え遺伝子5種類のみが限られた地域で商業栽培されたが、総収穫量において 目に見える効果があったのは唯一殺虫性のみである。 収量に関する遺伝子組み換え作物の将来性は? 遺伝子操作に携わる技術者たちは、作物本来の収穫量と経営利益の増加につながる新 しい遺伝子の特定を続けている。これらの遺伝子が商業栽培可能な新しい作物品種を生 む可能性はどうなのか?試験された組換え遺伝子の多様さを考えると、やがて収量増に 成功すると期待できるものもあるかもしれない。しかし組換え遺伝子の生物学的、物理 学的複雑さと予測不可能な副作用の観点から、どれだけの遺伝子が商業利用可能になる かは不透明である。市場に新形質をもたらした過去の実績も、その成功に過度に依存す ることへの警告を意味していると言える。要約すると、アメリカにおいて顕著な収量増 2 を示した唯一の遺伝子組換え作物または組み換飼料作物は殺虫トウモロコシの品種群で あるが、開発後の13年間では、収量が増加した他の方法よりはるかに効果は低かった。 さらに、殺虫目的の害虫が抵抗力を強めていること、つまり殺虫トウモロコシに殺虫剤 散布を試みる農家もいることは、殺虫性の効果が短期間しか続かないかもしれないこと を意味している。 収量増を目指す代替手段に関する議論 農産物の収量を著しく増加させるための遺伝子組換え技術に費やされる巨額の投資と もたらす利益の少なさを考えると、他の農法の選択肢をもっと真剣に検討する時期かも しれない。将来のために賢く投資するには、作物本来の収穫量および経営利益の増加と 資源の恩恵をもたらすのに、どの選択肢が最も将来性があるか評価しなければならない。 いくつかの最近の調査によると、有機農業のような低投入農法によって、これらの国で は100%を超える増収が得られ、さらに他にも利点がある。(Badgleyなど2007年)この ような農法は費用のかかる資材投入より、むしろ主として知恵に基づいた農法という点 で有利であり、結果として貧しい農家にとっては、 (これまで効果のなかった)費用のか かる技術より利用しやすい。一方既存の品種改良技術では、特に(マーカー選別法と呼 ばれ、遺伝子組換えとは区別される)現代の生命工学を用いた手段には、本来の収穫量 および経営利益の両方を増加させる潜在的可能性がある。また、近年行われている環境 面で不健全な大豆とトウモロコシの輪作より、多くの種類の作物を用いたより長期間の 大規模輪作体系により、害虫被害を減らすことも可能である。 影響と将来の選択肢 農業研究開発投資はどこで最大の利益を生み、リスクと規制の負担を最小にすること ができるだろうか?どんな形の農業開発が、現状において最も持続可能な解決策につな がるだろうか?どのような手段や所有および管理体制が今後の食糧安全保障に最も寄与 するだろうか?農作物の品種改良と遺伝的多様性の重要性を裏付ける証拠によって、世 界中の遺伝的多様性の利用と所有を整理することの効果が明らかに農業政策における優 先課題であると示されなければならない。したがって、作物品種開発の可能性の多くを 遺伝子組換えの研究に託すことは、機会を逃すことになりかねない。中央および全国の 地方組織や公立大学、私立大学は、多くの資金、研究、推進策を、遺伝子組換えよりも、 特に作物が本来持つ収量増や社会的恩恵に関して将来性のある手段に振り向けることを 検討しなければならない。こういった手段は、従来の品種改良技術や有機農業、その他 の洗練された低投入農業の実施を含んでいる。品種改良と選択(生命工学の場合もそう でない場合もある)による、収量増につながる遺伝子の基礎と遺伝的多様性の維持を向 上させることは、持続可能な農産物生産には不可欠となるだろう。 生命工学技術には、今後の作物収穫量の増加において明確な役割があることは間違い ないが、(生命工学の単なる一つの形態である)遺伝子組換え技術は、収穫量に関する 持続可能かつ予測可能な恩恵をもたらすことはなさそうであると、これまでの証拠が示 している。広く一般に行われている農業形態に見られる持続可能性と気候変動を考え合 3 わせると、伝統的な育種と選抜には、依然として持続可能で生産性の高い今後の食料供 給を確保するのに最も有力である。 参考文献 Badgley, C; Moghtader, J; Quintero, E; Zakem, E; Chappell, MJ; Avlies-Vazquez, K; Samulon, A; and Perfecto, I, 2007. 有機農業と世界の食料供給。再生可能な農業と食糧システム22(2): 86 – 108. http://journals.cambridge.org/action/displayAbstract?fromPage=online&aid=1091304 Gurian-Sherman, D., 2009. 「Failure to Yield‐失敗に終わった収量増の取り組み」憂 慮する科学者同盟(アメリカ、マサチューセッツ州ケンブリッジ大学) 43 pp. http://www.ucsusa.org/assets/documents/food_and.../failure-to-yield.pdf Tabashnik, BE; Van Rensburg, JBJ; and Carriere, Y, 2009. 圃場で進化する殺虫とうもろこしに対する耐性:定義と理論、データ J. Econ. Entolmol. 102(6): 2011-2025. http://www.entsoc.org/btcrops.pdf 4
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