「タスクを活用した英語授業のデザイン」(松村, 2012) 第1章「タスク」とは

2015.11.20
G.K
「タスクを活用した英語授業のデザイン」(松村, 2012)
第1章「タスク」とは何か
1. 2つのタスク例
情報交換(間違い探し Spot the Differences)
Task 1. ハンバーガー・ショップ
ハンバーガー・ショップの店内を描いた2枚の絵の間に8つの相違点がある。ペアになった学習者はそれぞれが
一方の絵を見て、情報を伝え合うことでそれらの箇所をすべて(また決められた時間内にできるだけ多く)見つ
けなければならない。ジェスチャーを使ってはいけない。
意思決定
Task 2. 結婚カウンセリング
学習者はそれぞれが結婚相談所に勤めるカウンセラーという想定で、5人の候補者男性の中から結婚相手を決め
かねて相談に訪れた依頼者に対して、相談所として適切なアドバイスをしなければならない。
2. タスクの条件
「タスク」の一般的な訳語は「課題」である。教室の内外で教師が学習者に期待し、求めることは、そのすべて
が課題であるとも言える。
近年の言語教育の文脈で言われるタスクとは、それよりも限定的な意味を持った特別な課題のことで、そのまま
「タスク」という言葉で表現されている。
本書では、過去に示されたさまざまな定義(Ellis, 2003; Samuda & Bygate, 2008; Van den Branden, 2006a)を考慮した
うえ、タスクと見なされるための条件として次の4点をあげることにする。
(1) 活動成果の重視(outcomes)
(2) 意味へのフォーカス(meaning-focus)
(3) 自然な認知プロセス(natural cognitive processes)
(4) 学習者の主体的関与(learner engagement)
2-1 活動の成果
言語的なゴール(linguistic goals):pattern practice
言語的なゴールの達成とは、正しくそのことばを使えるという事実を示して見せることである。このような目標
を持った課題が、タスクではなく、一般にタスクに対して練習と呼ばれる(Ellis, 2003; Nunan, 1999 など)。
非言語的なゴール(nonlinguistic goals):活動の内容にかかわる具体的な成果として存在するものである。例えば、
問題の解決や合意された結論、完成された絵など。タスクで設定されているのは非言語的なゴールである。
活動成果の重視:活動にその「成果」としてのゴールが設定されており、学習者の評価も(使うことのできた言
語形式やその正確さではなく)それらの成果そのものによってなされること
△ 言語意識化タスク(consciousness-raising tasks):言語の規則や形式を課題内容としたようなタスク
2-2 意味へのフォーカス
△ 「ギャップ」(gap:情報や意見の不一致)を埋めるためのコミュニケーションの必要性が生まれる活動
△ 交感的なコミュニケーション(phatic communication):情報の授受というよりは互いの共感と関係性の確認の
ために行われる
意味へのフォーカス:学習者が持つ情報や意見が異なっていたり、状況に解決すべきジレンマが含まれていたり
と、その場に何らかの不一致や不整合、ある種の溝(ギャップ)が存在しており、それが(形式ではなく)意味
内容に焦点を当てた理解や表出の必要を生み出していること
2-3 自然な認知プロセス
1
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認知プロセスとは何かということについては、ジェーン・ウイリスにしたがって、「言語を使うとき、その目的
に応じて頭の中で行っている作業」という意味で考えることにする(Willis, 1996)。
u
比較し、選択する
u
分類や整理をする
u
照合したり、組み合わせたりする
u
描写や記述をする
u
結論を出すために議論をしたり、交渉したりする
u
(時系列や論理系列の)順序を整える
× 演劇、和文の英訳
自然な認知プロセス:比較や描写、選択、整序、意思決定など、実生活での言語使用におけるのと変わらない認
知作業が学習者に要求されていること
2-4 学習者の主体的関与
× 情報を聞いて箇条書きのメモを取ること(学習者の主体的な判断、関与がどこにも求められていない。)
○ 同じように情報の聞き取りを主とする課題でも、学習者が出来事の一部を推測したり、話の続きを予測した
りする形で聞き取った情報に積極的に関与し、判断を下すようなもの。例えば、
「動物園のレイアウト」、何枚の
絵の中から聞き取った情報に含まれるすべての条件に合致するものを1枚選ぶというような課題
△ 理解型のタスク(interpretation task):与えられる情報を理解したうえでそれに推論や論理的判断を加え、学習
者が個々に問題を解決するタスク
理解型のタスクは学習者にまだ十分な表出の力が備わっていない入門期に用いたり、テストとして用いたりする
のに適している
△ 表出型のタスク(production task):学習者が互いに英語を話しながら協働的に取り組むタスク
タスクは必ずしも表出型と理解型に二分されるものではなく、実際には両方のプロセスを組み合わせた形のもの
が多い。(「結婚カウンセリング」)
学習者の主体的関与:学習者自身にとっての意味やリアリティーを持ち、その主体的な関与や判断によって達成
される課題であること
2つのタスク例とタスクの4条件
間違い探し
結婚カウンセリング
活動の成果
見つけられた相違点
候補者につけられた推薦順位
意味へのフォーカス
所持する絵の違いによって生
個人の判断の違いに由来する交
まれる情報伝達の必要性
渉の必要性
描写、比較、照合
比較、順位付け、交渉と合意、
自然な認知プロセス
理由つけ
学習者の主体的関与
絵に描かれた場面、状況への主
主体的な意思決定
体的な関与
3. 活動のタスクらしさ
前の考え方:
(1) タスクとそうではない課題を明確に区別する
(2) 設定したいくつかの基準をどの程度満たすかによって課題がどの程度「タスクらしさ」(task-like)かを判断し
ようとする
本書では教室で一般的に行われるいくつかの活動がタスク活動と言えるのかどうかを考えてみたい
3-1 ロール・プレイ
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× ダイアログやスキット
○ もし状況だけを設定して学習者それぞれに役割を与え、自由な判断で事態の解決や合意に至ることを求める
なら、タスク活動に変化する。
3-2 スピーチ
スピーチ・タイプの課題がタスクと見なされにくい理由:
(1) タスクの文脈で論議されることはまずない(準備時間の大半では内容よりむしろ言語の形式的な側面に焦点
が当てられている;発話の準備というのは、その活動の実施上のオプションの1つとして考えられる要素である)。
(2) コンテスト形式で学習者の言語使用は他の参加者より洗練された言葉遣いで優れたパフォーマンスをするこ
とを目指した競争的なものになりがちである。
工夫次第でスピーチ系の課題にもタスク的な性格を帯びさせることは可能である。肝心なのは、情報を共有する
こと、ペアやグループでやり取りをすることである。
3-3 ディベート
スピーチ系の活動と同様、その主眼が準備に置かれるという側面があり、準備された原稿や想定問答に基づいて
議論が展開されることも多いため、タスクの文脈で語られることも、まずない。
3-4 ディクテーション
ディクテーションが、「意味へのフォーカス」と「学習者の主体的関与」というタスクの条件を満たしていると
は言えにくい。
4. タスクの現実性
現実世界との関連(real-worldness)という観点から見た場合、タスクを「実生活型タスク」と「教室用タスク」に
分けることができる(Nunan, 1989, 1999 など)。
4-1 実生活型タスク(real-life tasks)
教室外で行われる現実の活動や行為をそのまま反映した活動(「医療・看護方針の決定」、
「搭乗予約」、修学旅行
中の行動計画や新入生歓迎の企画作りなど)
生徒にとって多くのは他教材の学習内容を基にしたタスクを課すもの。例えば、それぞれの学習者が最も好きな
歴史上の人物を選ぶ、ペアやグループ、あるいはクラス全体で行うクイズ・イベントの形で、その人物を当て合
う活動など
4-2 教室用タスク(pedagogic tasks)
マイケル・H・ロングは現実のニーズを反映した「本物の」タスクに至るまでに段階的に予備的な活動を行う必
要性は認めている(Long & Crooks, 1992, 1993 など)。
日常生活で行わない作業を含む課題であっても、それが自然な言語処理の際と同等の認知プロセスを喚起するも
のであるなら、正統なタスクとして認められている(Ellis, 2003 など)。例えば、「架空のパーティー」が要求され
た認知プロセスが現実の生活におけるのと同質のものであり、やり取りのリアルさ(interactional authenticity)が確
保されているなら、タスクと見なされるということである。
5. タスクの類型
5-1 タスクの「型」
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ジグソー型タスク(jigsaw task):ペアあるいはグループになった学習者が絵や文章の断片を持ち寄ってその全
体を完成させたり、問題を解決したりするタスクのことである。
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情報交換型タスク(information exchange task):学習者が持っている情報の不一致を埋めるためにやり取りが必
要とされるタスクである。
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ナレーション型タスク(narration task):絵や文章、ビデオの内容、あるいは自身の経験などを学習者がモノロ
ーグとして語る(retell)課題である。
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問題解決/議論型タスク(problem-solving/argumentation task):学習者が何らかの問題への解決策を見出すこと
や、与えられた状況で一定の結論に至ることを求めるのが問題解決型タスクである。
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5-2 認知プロセス
言語使用の際の認知プロセスによって、例えば「描写」のタスク、
「照合」のタスク、
「順序づけ」のタスク、
「予
測」のタスク、「意思決定」のタスクというような細分があります。
5-3 デザイン特性(design features)
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双方向(two-way)タスクと一方向(one-way)タスク
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正答到達型(closed)タスクと自由解答型(open)タスク
あらかじめ設定されている「正解」に照らして活動成果が評価されるタスクは正答到達型タスクである。
ペアやグループそれぞれがどのような結論に至ってもかまわないのは自由解答型タスクである。
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合意形成型(convergent)タスクと意見交換(divergent)タスク
学習者に異なる意見を考慮・検討したうえで1つの結論に至ることを求めているのは合意形成型タスクである。
学習者間の意見集約や合意を求めないのは意見交換型タスクである。
「間違い探し」:正答到達型で双方向型の、描写と比較を求める情報交換型のタスク
単語(特に名詞や形容詞)を羅列したような語彙ベースの発話でもある程度取り組みが可能で、構成される談
話も「質問とそれに対する応答」という性格を帯びるので、習熟度の低い学習者にも比較的取り組みやすい。
「結婚カウンセリング」:合意形成で自由解答型の、双方向で行われる意思決定型のタスク
学習者が表現すべき内容そのものを自らの中から生み出さなくてはならず、学習者にとっての認知負荷となっ
ているということもあるかもしれない。それぞれのタスクで何が、なぜ学習者にとって処理しにくく、難しいの
かということは、教室でタスクを用いるにあたって十分考慮されなければならない。
まとめ
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言語教育の文脈でタスクということばが用いられるとき、それは(1) 非言語的なゴールへの到達を目指す活
動の中で(2) 学習者に意味のやり取りを求める課題のことであり、その取り組みにおいて学習者は(3) 自然な
言語使用の際と同様の認知プロセスを経験し、(4) 課題に主体的に関与して一定の判断を下すことを求めら
れる。
l
学習者のタスクへの取り組みは、どのような言葉遣いがなされたかという言語てきな観点ではなく、設定さ
れているゴールへの到達や成果によって評価される。
l
学習者の表出を伴うことは、必ずしも課題がタスクと呼べるものであるための条件ではない。
l
課題がタスクと言えるかどうか、判断が難しいケースもある。教室ではしばしば行われる活動のうち、ロー
ル・プレイがタスクと呼べるかどうかはその設定次第である。タスク全体に対してなされる、独立した活動
としてのスピーチやプレゼンテーションがタスクの文脈で論議されることはあまりない。ディベートやディ
クテーションについても、少なくともその典型的な実施形態ではタスクとは見なしにくい。
l
状況のリアルさを伴わないタスクであっても、そこに実生活での言語処理を反映したことばの処理とやり取
りのリアルさが存在するなら、タスクとしての意義と価値を認めることができる。
l
タスクはさまざまな基準で分類することができる。よく用いられる分類方法には、比較、描写、ナレーショ
ン、意思決定、問題解決と言った学習者の行う活動の型や認知プロセスの違いによる区分、さらに双方向型
に対して、方向型、正答到達型に対して自由解答型、合意形成型に対して意見交換など、タスクの持つ本来
的なデザイン特性によるものがある。
l
実施方法を少し変更することでタスクの性格を変化させることができ、多くの場合それによって学習者の言
語使用状況や発達上期待できることも変わってくる。
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