ホスピタリティ産業における 価格決定法に関する一 察

観光学研究 第 7 号 2008年 3 月
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ホスピタリティ産業における
価格決定法に関する一 察
井
上
博
文
序
企業はまるで生物のようなもので、各々の会社・企業は数多くの重要な部
で他企業と異なった
特色を保持している。どの産業においても、それぞれの企業を調査してみると、投下資本、資本回
転率
掛売品目、原価構成、労働力、経営形態において全てに相違がみられる。また企業は、仕入、
原価管理、マーケッティング、利益計画、価格決定等において、むしろ差別化した政策を追求して
いる。
他産業に当てはまることが、等しくホテル、旅館、レストラン、バー等、いわゆるホスピタリティ
産業にも適応されるであろう。それらのほとんどは、個人営業であり、多少の例外はあるにせよ他
と異なった市場をねらい、異なった営業タイプとサービスを用意し、異なった質の食品材料を求め、
他と違った
囲気を提供する。そして、少しでも違った方法を見いだして彼等の問題点を解決しよ
うとしている。とはいっても、ホスピタリティ産業界で普編的なものが少なくとも 1 つある。それ
はマーケット依存度が非常に高いということである。飲食施設での財政的成果は、それを得るに遠
い道のりが必要とされる。そのためホスピタリティ産業界には、明確なマーケット適応志向がしみ
わたっている。ホスピタリティ産業界が最も先に
える経営問題、営業政策としている価格決定問
題は、このマーケッティング志向の高い依存度によるものである。
1.価格決定の重要性
ホスピタリティ企業の価格レベルと販売数量との間には、何らかの関連性が存在する。
けれども販売数量は多くの場合、その日と他の日では変化し、しばしば季節性向が示めされる。
企業の価格レベルが低いとき、販売数量は通常より長期的に高くなる。またその逆もいえる。それ
ゆえ、長期間に亘り企業の低価格レベルが、通常高い販売数量を維持することになる、逆に高価格
が低い販売数量にすることとなる。これらは市場状況における真実を物語っている。
固定費比率の高い産業、高い限界利益幅のある産業は、明らかに販売数量が利益性決定要因とし
て最も重要なものである。これにより、もし企業の価格レベルが正確でなければ、最適な利益水準
東洋大学国際地域学部;Faculty of Regional Development Studies, Toyo University
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を得るための販売数量を決定することができなくなるだろう。それゆえ、ホスピタリティ企業の価
格政策は疑いもなく、利益決定の最も重要なファクターの 1 つである。価格レベルは販売数量と利
益性に影響を及ぼし、それはまた、貸借対照表においても何らかの効果が表われる。そして最終的
に株式配当、役員・支配人の報酬、留保利益の度合、運営資本、現金流動、そして資本支出にも影
響してくる。
わが国においても、ここ10年位、ホテル・ケータリング産業界で、合併、融合及び吸収という先
例のない傾向がでてきている。大規模ホスピタリティ関連会社は拡張を続けてきている。そのよう
な現在ホスピタリティ企業単一店への挑戦を強めている。競争は生き残るためにより激化するであ
ろう。効果的な競争を行なうには価格決定をより必須の価値ある武器とさせるだろう。最近開設さ
れた企業は、高度に標準化され、効果的なコントロール・システムや人事を行なっている。また最
も近代的なマーケティング、販売促進を駆
している。そのような状況下で旧態依然のホスピタリ
ティ関連会社は、一方で優れたコストコントロールを駆
し、他方で効果的なマーケティングや合
理的な価格決定を行なえる人事を組織する必要性が生じている。
ホスピタリティ産業に関連した他の新しい発展は、急速な技術的変革である。近年より発展した
ものは、電子レンジ(Microwave cookery)、冷凍技術(Deep freezing)とコンビニエンス・フード
(Convenience food)である。これらの発展でより効果の上ったものの 1 つは、ある原価タイプか
ら他に移項することにより、原価構成をより良好に
えることである。この新規に現われる原価の
型は、飲食経営者に対し、販売−原価−利益の関係を再検討させ、価格決定法を再評価させるに至っ
た。
最後に、ホスピタリティ企業は観光産業界の重要な因子である。個々の飲食業の販売規模は、あ
る程度まで価格を付ける水準によって決定されてしまう。というのは、海外旅行者による需要は、
彼等が到着し支払う価格水準にある程度限られてくるからである。
これまで述べてきたことによって、次のようなことがいえる。
⑴
ホスピタリティ産業の高度なマーケット志向にかんがみ、価格政策は各々の会社の競争、利
益性、貸借対照表に良好な状態にするに特に重要である。
⑵
急速な技術革新は、原価の型に影響を及ぼし各々の企業の価格構成を頻繁に見直すことをよ
ぎなくさせる。
⑶
価格レベルは、ホスピタリティ企業の財務部門において重要な役割を担っている。
価格レベルの決定は上級経営管理者の責任であるべきであり、下級経営管理者にまかせるべ
きものではない。価格レベル決定に含まれる内容については、いつも全く正しく認識されては
いない。
2.原価プラス価格決定法
ホスピタリティ産業で一般的になっている価格決定法は、原価プラス価格決定法(CostPlus pric-
井上:ホスピタリティ産業における価格決定法に関する一 察
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ing)と目標利益率基準価格法(Rate of return pricing)の 2 方法である。
まず、原価プラス価格決定法について簡単に述べると、次のようになる。販売価格を得るに各部
門ごとの料理原価を確め、 利益(Gross profit)の割合を加える。
利益の割合は期待している
純利益の他に、人件費、その他間接費を含んだものである。しばしば、
“料理原価計算”
“料理材料+
キッチン利益”や“料理原価管理”に言及することによって、価格決定法の慣習的な手続きは、料
理原価指向でなされている。一般的に認められた価格決定法の手続きは、それなりに優位性を持っ
ているにちがいない。原価プラス価格決定法は、理解しやすく導入法も単純である。おそらく、そ
の単純性がホスピタリティ産業に広く利用されている要因となっているとみている。
しかし、この慣習的な価格決定法は、多数の不利な点による問題点があることは明らかである。
この方法に強く反発する 1 つの理由は、料理原価に加えられた限界利益、それによって得られる純
利益が、事業に投下された資本に関係されないからである。原価プラス法によって得られた純利益
は、販売回転率に大きく左右される。とにかく、どの企業においても最終的に問題なことは、事業
における投下資本に対する純利益である。原価プラス法は、この資本と利益との重大な関係を無視
している。
第 2 に、従来の価格決定法は原価の単一部
だけに強調しすぎていて、労務賃や間接費を勘定に
入れていなかった。高い ASP(Average sales price)をほこる事業所では、高い労務費と間接費が
よぎなくされ、それに即した
囲気を用意することが特に重要である。それゆえ、原価の単一部
による価格決定法は、正しい価格構成をなし得ないということになる。
最後に、その名称の通り原価プラス価格決定法は、原価を基礎としており、生産、サービス面の
需要を計算に入れていない。原価志向性の産業は一般にこの方法を採用している。しかし、マーケッ
ト志向性の産業は、この方法をやたらに応用するのはまったく不合理である。ホテルの客室値段に
対する原価プラス法の適応は、少なくとも調整されていると認識されている。¥10,000で販売されて
いる客室の直接原価は¥1,000以下である。原価と販売価格の関連性は、このように非常にあやふや
で間接的である。ましてや料飲食の場合はより複雑である。
3.目標利益率基準価格法
企業の基本的目標は、投下資本に対して満足のいく収益が戻ってくることである。この基本的目
標が目標利益率基準価格法の根底的な哲学になっている。 Pricing for higher profit Tucker, S.A
著から引用するならば、
「企業の最終目標は、経営に投下した全ての資本に対し、満足のいく けを
得ることである。この目標が企業を形成する理由であり、債権者が企業に信頼を置く根本的な理由
である。販売によって得られる定った目標、あるいは
経費に対する利益は、投下資本により期待
される利益と比較されるまで意味を持たない。販売高に対して利益が高いと思われても、
対して利益の割合いが充
資本に
でなければ企業は満足しえない。また企業が期待している利益よりも高
いならば、その利益は他の企業に資本として投入できるであろう」。
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このように原価プラス価格決定法が原価志向であり、目標利益率基準価格法が利益志向であると
き、その基本的目標は、投下資本と獲得純利益の間の正確な関連性を確かめることである。このこ
とを例により示めしてみよう。
〔例〕
あるホスピタリティ関連会社が大規模レストランを設立することを企画しているとしよう。この
新企画に必要な資本金は 2 億円である。この施設の予測年間
売上高は 4 億円である。社長はこの
新しい施設の利益は必らず投下資本の20%でなければならないと強調している。このことは、料飲
食原価は 売上の35―45%以内に維持されねばならない。そして、その他の原価(労務費、間接経
費)は、販売規模の約50%位に計算すべきである。
これら与えられた資料から、レストランが20%の利益目標になるよう基本的原価構成を展開し、
適切な限界利益を決定する必要があるだろう。
まず、この新しい営業施設全体の料飲原価レベルを最初に決定してみよう。
対売上料飲原価率
35%
40%
45%
400,000(千円)
400,000(千円)
400,000(千円)
140,000
160,000
180,000
益
260,000
240,000
220,000
(減)その他原価
200,000
200,000
200,000
60,000
40,000
20,000
売
上
(減)料 飲 原 価
利
純 利
益
投下資本利益率
30%
20%
10%
上記の予備計算から、このレストランは、40%の料飲原価で営業されるべきとみられる、そして
料飲販売価格は全体に対し、60%の 利益が達成できるようにすればよい。
次の段階は、セールス・ミックスを予想し、異った限界利益の必要な型を展開することにある。
要求された 2 億4,000万円の
利益に対して、特別なセールス・ミックスとそれぞれの
担金を仮定
すると次のように示めされる。
セールス・ミックス
売 上 高
差額限界利益率
純
利 益
ア ラ カ ル ト
37.5(%)
150,000(千円)
70.0(%)
定
食
25.0
100,000
55.0
55,000
飲
物
32.5
130,000
60.0
78,000
入
5.0
20,000
10.0
2,000
計
100.0
400,000
60.0
240,000
雑
合
収
105,000(千円)
企業の利益性の観点から、目標利益率基準価格法の優位性はいうまでもなく明らかである。この
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方法は、価格、限界利益、そして事業の資本に直接の関連づけを 慮している。予想販売規模が達
成され、差額限界利益が固執されたなら、年度末に於ける純利益はより目標利益に接近するだろう。
とはいうものの目標利益率基準価格法は不利な点もある。それは機械的に堅く過度に利益志向であ
ることによるとみられる、計算による価格決定以外に価格政策に及ぼす部
がある、価格決定問題に取り組む場合、これらの方法のみで
を無視しているところ
えるのは単純すぎるのである。その
大きな失敗点は、一般的に顧客側からの視点、マーケット需要の視点を忘れていることである。こ
のようなマーケット志向事業では、少なくともそのままの形ではまったく許せない。
4.価格政策の決定要因
今まで原価プラス価格決定法と目標利益率基準価格法を不十 なマーケット志向性、価格決定問
題に対する単純な取組み等の理由で批判してきた。人が価格決定哲学、戦略や戦術を決定する様々
な要因を 慮するとき、人は価格決定に直接関係がある複雑な多様性を見いだすことは非常に困難
なことである。単位料理原価(Unit food cost)に
利益のある割合いを加算することは、資本に対
しある特別な見返りを生むよう計算された、勝手な限界利益を先に決定しておくのと同じである。
合理的な価格決定は、価格政策に及ぼす全ての知識をもとになされなければならない。それゆえ、
従来の 2 つの価格決定が
われているところでは、それをただ一番基本的なものとしてみなしてお
り、そのようにして決定された価格は他の多くの価格決定要因に照し合わせて見直す必要がある。
次の図表は、直接価格決定に関係あるものを示めしたものである。この他にまだ
えられるもの
もあるだろうが、そのうちの幾つかを示めしてみた。
需要の弾力性は実際の価格決定と同様に、価格政策に影響を及ぼす最も重要な部
の 1 つである。
原価プラス法及び目標利益率基準価格法ともこの要素を無視している。個々のホスピタリティ企業
は、少なくともその施設の需要に対する伸縮性を正しく評価しておかなければならない。これがオ
フシーズン値段、宴会や特別戦術に関連してくる。一般的に需要の弾力性があればあるほど、将来
的価格決定政策に対して見方に幅を持つことができる。また価格の差別化や特に類似価格に対して
対応の機会が大きくなる。
価格決定要因図
価格決定法
基本的価格哲学
戦略
戦術
技法
↑
↑
↑
↑
↑
↑
↑
↑
・投下資本に対して何を望
むか
・株式配当するにどの位の
利益が必要か
・事業拡張のためにどの位
利益が必要か
・販売における現在の傾向
は何かあるか
・実際に販売するものは何
か
・価格を他と差別化するこ
とができるか
・予備の利益源を持ってい
るか
・何が最適な価格なのか
・固定費または変動費は高
いか
・価格先導者の存在は
・事業資金は厳しいか
・事業のセールス・ミック
スは何か
・需要は弾力的か否か
・顧客は若年層、老人、生
活の豊かな者か否か
・製品は短期需要による新
型のものか
・製品は腐りやすいものか
他と同質なものか
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ある製品は同質のものもあり、ときにはまったく同じ品物である。万年筆やウイスキーの名柄を
他店のものと比較しても、大きさや品質において少しも違っていない。また一方では異質のものも
あり、ときにはまったく違っている物もある。例えばスカイラークのランチは、帝国ホテルのラン
チとは明らかに別の製品(製造過程)である。リゾートの個人経営によるホテルの客室は、ホテル
オークラの客室とはまるで違った製品である。製品の同質性が高ければ高いほど、価格競争の幅が
狭くなる。ホテルオークラの客室値段は、リゾートの個人経営ホテルのそれよりも 3 倍はしている
だろう。我々が特定の名柄の酒 1 本の値段を他の 4 店にたずねても、先の客室値段のようなことは
起らない。
企業の原価構成が、その価格政策に直接的に影響を及ぼす基礎的な要因の 1 つであることは明白
である。固定費の比率が高ければ高い程、MS 比率は狭くなる。利益不安定度が大きくなればなるほ
ど、最終的にマーケット志向度が高くなる。それゆえ、固定費が高いとき、原価を基礎にした価格
決定法は、それらの関連性を失いがちになるので事業の収益的側面からも見ておく必要がある。
“ゆとりがありますか”という質問は重要なことを意味している。高い費用の固定化による“ゆ
とり”は、ホスピタリティ事業の利益性を最っとも厳しくおびやかすことになり、価格決定政策に
対して融通のきく方法を
慮に入れるよう要求している。
要約すれば、価格決定法は最も複雑なもので、単純な計算によって解決されるものでないものの
1 つである。価格決定の目的手続きは、いかなる変化しやすいものでも影響される要因を勘定に採り
入れねばならない。価格政策のための正しい価格状況を設定しなければならない。そこで、様々な
価格決定戦略や戦術を展開し、事業における正確な価格決定技術を発展させなければならない。
5.価格決定状況
価格決定に影響する要因は、多様性にもかかわらず大別して 3 つになるだろう。幾つかは事業の
目的に関連し、あるものは企業の収益の側面においてその運営に関連している。他は営業費に関す
ることである。そのように価格決定問題の複雑さにもかかわらず、
全ての影響要因を
の
野に けることができる。また 3 つに
類すると 3 つ
類することによって事業の価格決定状況を見極めるこ
とが可能となる。
価格決定状況
営 業 費
↓
格 決 定 状
価
↑
マーケット状況
況
↑
収益性と他の目的
料飲企業の高い利己主義的な理由にもとづいて、3 次元それぞれが事業体ごと異ったもので遂行
されている。それゆえ、ホテル・ケークリング事業用に特定の法律を制定することは不可能である。
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それぞれの企業は収益性を上昇させるため、他と異った政策を追求しようとしている。また異った
原価構成を保持し、異なったマーケット環境の中で営業している。ある特定の企業が価格決定の合
理的な手続きを展開する場合、3 つの次元が
部
慮されねばならない。各々の企業の状況により、どの
を強張するか常に変化させる必要がある。次にいくつかの状況を 3 つの次元で試みてみたい。
5―1.収益性とその他の目的
前にも述べたが、収益性、適切な投下資本の見返りは、最も重要な企業の目標である。多くの会
計、経済学の教科書は、“最大収益性”“最大効果”“利益の極大化”について数多く論及している。
そして企業の目的は純粋に利益を最大化することのみに印象を与えがちである。しかしここではそ
うではない。
専門的な財務担当者は現在行なっている事業に加えて、他の事業を始めるだけの余裕があるかど
うか見いだすだろう。また顧客を今まで以上に受け入れることを強張するならば、暇の方が余 な
利益を得るよりもましであるという えも出てくるであろう。ホテルの支配人は、クリスマス・正
月のような繁忙なとき適切な売り上げを獲得することができる。そのようなとき従業員に休みを与
えないでおくと不満がでてくる。そんなときでも従業員に 1―2 日位の休暇を与える方が得策であ
る。というのは良好なる従業員関係は長期的にみて、年間利益の合計によい結果を出すのに望まし
いという見方である。それゆえ、利益楽観化(Profit optimization)といった方が利益極大化(Profit
というより適切である。前者は長期間に亘る収益性においている。後者はむき出しで
maximization)
誤解しがちである。
2 番目に、収益性の他に、時には同等な重要性を有した他の目的があることを明確にしなければな
らない。新規のホスピタリティ企業は、最初の 2 年間位いは販売量を
ばすことを集中的に える。
そのような状況のときは、相対的に低レベルで価格設定をするだろう(成長率が収益性より優位に
とられる)。同様に既存の企業は厳しい競争に直面することになるだろう。マーケット配
を現状と
同じように保持することは、現在の収益性と同等に重要であろう。それゆえ、その企業の価格政策
は、マーケット状況によって、ある期間に亘って変
を試みることになる。
5―2.マーケット状況
・競争状況
ホテル、レストランは数種の競争状況タイプの中に自
のものをみいだす。あるものは事実上独
占的なものもあり、他のものは厳しい競争の中に置かれているものもある。そして企業が見つけた
競争タイプは、その価格政策に重要な関係があることが明白である。
似かよった企業が集中している特定の地域では、それぞれの企業によって付けられた価格がその
企業の存続を決定する危険な要因となる。そのような状況では、需要は企業の付けた価格レベルに
よって微妙に影響されるだろう。客室値段の適当な値上げ、または10%のメニュー価格の値上げは、
需要において事実上低下が見られるだろう。逆に価格レベルを10%下げる企業は、20%以上の顧客
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を獲得することになるだろう。このような状況では、用意された施設がより似かよっていればいる
程、ホスピタリティ企業の利用率において、価格変
の効果は大きくなる。この問題に対するホス
ピタリティ企業の通常の反応は、その営業形態の特性、違いに置くはずである。他の競争相手に対
して異なった製品を持つことによって成功すればするほど、適切な独自の価格政策を追求する能力
が増大する。
完全に近い地域独占状態のホテル、レストランはまれに近い。とにかく、どんな与えられた状況
においても独占的要素が大きくなればなるほど、企業が独自の価格レベルを決める自由は大きくな
る。しかし、独占的企業は彼の好きなように値段を付けられるけれども、顧客が幾つの食事を注文
するかを決定するのだし、その値段で何泊そのホテルに滞在するかを決めるということを忘れては
ならない。実質上の独占であるならば、企業は適確でない高値段を付けて
けようとする。とにか
く独占者の価格レベルが高くなればなるほど、その地域に競争企業の進出する可能性が大となる。
上記の 2 つの競争状況の間には、少数独占(Oligopoly)としてときには説明される。例えば、い
くつかの企業が同じものか、類似の製品を製造、販売している状態に起る。少数独占的状況におい
ては、
しばしば 1 つの大手企業と幾つかの小規模企業という型で存在する。このようなとき価格リー
ダシップが起りがちである。優秀な企業は基礎的な価格レベルを付け、その他の企業はリーダーに
従うだけである。価格リーダーシップの例は日本のホテル業界とくに大都市においてみられる。特
定のグレードホテルは、価格リーダーが最初の動きをするのを待っており、もし価格リーダーが10%
タリフを上げるならば、良しにつけ悪しきにつけ同様に上げてしまう。マーケット志向度が強けれ
ば強いほど価格リーダーに追随する傾向が強くなることを認識すべきである。しかし、リーダーは、
時には誤りをおかしてしまうこともある。それゆえ追随者は自動的な価格調整に対して、それが常
に正しい価格決定ではないのだから身を守るため注意すべきである。
・競争の種類
ホスピタリティ企業は、互いに異ったことで競争しているのである。伝統的に経済学者は、次の
3 つの競争があるといっている。
①価格競争(Price Competition)
②製品競争(Product Competition)
③サービス競争(Service Competition)
これらの競争内容を明白にさせておくことは企業にとって重要である。というのは 1 つの状況で
は適切で効果的であっても、他ではだめかもしれないからである。観察ではある状態において、企
業の価格レベルは他の競争状況よりも需要上効果的であることが明らかである。一般論では、価格
レベルが高くなればなるほど、価格を変 する幅に余裕がなくなる。その逆もまたいえる。販売価
格の低い飲食企業や宿泊業界の低価格の施設のところでは、需要は価格を変えることによって最も
敏感に反応する。10%価格を下げた結果として、平
販売価格を低く押えたレストランは、収益を
他の有名なレストランより多く得るだろう。その他の場合でも最も効果的な競争武器は高水準の料
理とサービスである。価格決定状況の問題に戻ると、企業の価格レベルが高くなればなるほど優れ
井上:ホスピタリティ産業における価格決定法に関する一 察
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た料理とサービスの要求が強くなり、価格政策においてマーケット状況の影響が大きくなる。一方
低い価格のホスピタリティ企業の場合、相対的に競争価格の維持のため原価管理に力を入れ、長期
的収益性を
慮に入れるのが自然な成り行きである。それゆえ、そのような企業の価格決定状況は
マーケット志向が減少するであろう。
・需要の弾力性
価格の小さな変
格の大幅な変
が需要数量に相当な影響をもたらすとき、需要の弾力性があるという。逆に価
が需要数量にほとんど効果なしと結果がでたとき、需要の無弾力性という。これを
図に示めすと次のようになる。
需要の弾力性
弾力性のない需要
弾力性のある需要
需要の弾力性に影響するものに多数の要因がある。最も重要なことは代替が可能かどうかである。
その典型的なものにパンや米等がある。その理由として、付けられた価格がどうでも、毎週同じ数
の食パンを仕入れる。それゆえ食パンの需要には価格の弾力性がない。
都内には数多くの低価格のレストランが散在している。与えられた同等な地理的条件で、あるも
のは他のレストランに対して優位性(代替性)がある。そのような場合、優位性(代替性)が他よ
り高ければ高いほど需要がより弾力的になる。
需要の弾力性に影響する他の要因は必要度である。この必要度は弾力のある需要よりもむしろ弾
力的でない需要に役立つ、その反対は一般的には贅沢品にみられる。これをケータリング業界に置
き換えると.宴会施設の需要はコーヒーショップ、スナック、バー等低価格の食事需要よりも弾力
的ではないだろう。
消費者の収入もまた重要である。
収入が高くなればなるほど彼の需要の弾力性はなくなっていく。
高い平 販売価格を維持している企業において、少々の価格値上げは低い販売価格の企業の値上げ
よりも、消費者の反対は少ないことがある。また、メニュー価格の中で 1 杯の紅茶の20%の値上げ
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は、ときにはステーキの価格の10%の値上げよりも顧客の不満が少ない。最後に習慣が重要な役割
をする。習慣性が強ければ需要はより弾力性がなくなる。価格政策の観点からは、常連や顧客は問
題が多くなる場合もある。
・製品の特性
前述のとおり、ある製品は同質のものもあれば、まったく異質のものもある。製品が同質であれ
ばあるほど販売者間の価格競争の余地はなくなり、販売者は与えられた価格を採用しなければなら
ない。また顧客に提供するサービスの質を基本にして他と競争しなければならない。
ホスピタリティ企業は特に異質の
“製品”
を追求している。レストラン A で提供しているディナー
は、レストラン B のディナーとは料理方法においてかなり違いがみられるのにもかかわらず、支払
われる値段はとても似かよっている。特定の立地において、企業の用意した料飲施設が他と異質な
ものであればあるほど、その価格政策の選択度合いは大きくなる。
ホテルにも同じことがいえる。ホテル X とホテル Y ともシングル・ルームについて¥10,000とし
たとき、サービスの質、
部
囲気、料飲施設の個々を比較すると非常に違っている。ただそれぞれの
が統合されて金銭的な 慮がなされているのである。ホテルの形式、
囲気、装飾、料飲施設
の特色や差異があればあるほどユニットに関する価格決定の裁量幅が大きくなる。
製品は耐久性のものと腐りやすい(ストックのきかない)ものとに
類される。製品が長持ちす
ればするほど、売手は市場の気まぐれに左右されることもない。製品が腐りやすいならば必然的に
マーケット志向の度合いがでてくる。ホテル・ケータリング企業は特に腐りやすい“製品”を販売
しているので、拡散された販売の不安定性に加えて消費者需要に依存度の高い方向に進んでいる。
製品が腐りやすければそれだけ企業の価格決定状況に、マーケット状況の影響が大きくなる。
原価プラス法と目標利益率基準価格法に立ち戻ってみると、価格政策に強く影響する多数の要因
を述べてきた。収益性以外のものとして競争状況の形、競争の種類、需要の弾力性、製品の特性等
が
えられるが、原価プラス法、目標利益率基準価格法もこれらの要素を採り入れていない。しか
しこれらの要素は価格政策に強い決定要因となっている。
5―3.営業費
・原価構成
事業の原価構成はその価格状況を決定する最も重要な要素の一つである固定費の割合が高くなれ
ばなるほど価格決定手続きはよりマーケット志向となる。その逆のこともあるが図に示すと次頁の
ようになる。
原価と販売価格の関連性の特質を決定するのはやはり原価構成である。小売業者があるものを
1,000円で買入れ1,300円で売ったとすると、原価と販売価格の関係は直接的であり明白である。この
ような状況では原価プラス価格決定法によるケースとなる。また15,000円で客室が売られたとき、
1,000円の変動費であれば、原価と販売価格の関連は直接的でなく明確性がでてこない。このような
状態のとき、原価は、価格決定の基礎として構成要素となりえない。その場合の価格政策は営業費
井上:ホスピタリティ産業における価格決定法に関する一 察
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に基礎を置くより、むしろマーケット状況から決定させるべきである。
価格決定法における原価構造の影響
ま と め
ホスピタリティ企業の価格決定は、原価志向型よりむしろマーケッティング志向型に要点を置く
え方が主要となっていることは明白である。しかし、企業の価格決定では計数的な見方、即ち原
価プラス法、目標利益率基準価格法を基礎に置き、プラス αとしてマーケット状況を観察し採り入
れ調整する方法がとられるだろう。それらは、競争状況、競争の種類、製品の特性等を
析し、他
企業に対し優位性を保つ、そのことが企業の発展、存続に繫がる。近年、ホスピタリティ企業間の
厳しい競争が強いられている折でもあり、価格決定政策の重要性をもう一度
と
える必要が出て来た
える。
【参 文献】
Philip Kotler,John Bowen,and James Makens, Marketing for Hospitality& Tourism
ホスピタリティ・ビジネ
ス研究会訳 東海大学出版会、1997
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Managerial Economics for Hotel Operation Surrey University Press, 1980
Richard Kotas
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