工業熱力学の教材用小型熱機関の試作 (久留米工業高等専門学校)○田中大、山下友廣、加藤夏洋 1. まえがき 熱エネルギーを機械的仕事に変換する熱機関 (あるいはエンジン)は、現代社会において不可 欠なものである。しかし、現在利用されている熱 機関は、その構造が複雑であり、加えて、熱エネ ルギーというものが目に見えない性質であること から、よほど意識しないと熱エネルギーから機械 的エネルギーが生みだされている、ということに は気付きにくい。 これは、高専の機械工学科において、その主幹 科目である工業熱力学を学ぶ学生にも言えること である。工業熱力学においては、気体の性質やそ の状態の変化、および気体と外部の間の熱や仕事 のやり取りといったことを基本的な知識として、 実際の熱機関(ガソリン機関、ディーゼル機関、 蒸気原動機等)の仕組みや特性を学習する。しか し、気体や熱というものが目に見えないものであ るため、その性質を直感的に理解することは困難 であり、このことが、工業熱力学を取っ付きにく い科目にしている一因となっていると考えられる。 このため、熱エネルギーが機械的仕事に変換され る様子、言い換えると、ガスバーナー等の火によ って実際のものが仕事をする様子を学生に見せる ことは、工業熱力学という授業の導入において非 常に効果的であり、学生の関心を引き出し、理解 力の向上にもつなげられると考えられる。 そこで著者らは数年前から、数種類の簡易な熱 機関(蒸気回転筒、蒸気タービンおよびスターリ ング機関など)を試作し、これを工業熱力学の授 業において利用してきた。それに加え、昨年度に おいては、卒業研究論文のテーマとして小型蒸気 機関車模型の製作を行った。本報においては、こ れらの試作した熱機関の仕組み、およびその熱機 関の実演が学生に与える効果について報告する。 2. 試作した熱機関 2.1 蒸気回転筒 蒸気回転筒を図1に示す。蒸気回転筒は、銅製の 筒型容器の上部に2本のU型の管を接合させた構造 をしており、容器の上部が支持される。容器内部 を水で満たし、その下面をアルコールランプで加 熱すると水が沸騰し、2本のU型管から水蒸気が噴 出する。その反作用によって容器全体が最高約 350rpmで回転する。 液体や固体とは異なり、気体には膨張(あるい は圧縮)しやすいという性質があり、熱機関にお いては、この気体の膨張・圧縮が重要な役割を果 たす。蒸気回転筒においても、水は沸騰すること により元の体積の1000倍以上に膨張するため、こ の模型を用いることにより、気体の膨張現象をよ り視覚的に捉えることができると考えられる。 U 型管 蒸気回転筒 アルコールランプ 図 1.蒸気回転筒 2.2 蒸気タービン 蒸気タービンおよび蒸気発生用ボイラーを図2 に示す。ボイラーは、銅板を加工して、銀ロウ付 けすることにより製作した。蒸気タービンは、円 盤状の真ちゅう板を加工することにより製作し、 ねじりをつけられた複数枚の羽が円盤外縁に配置 された構造をしている。ボイラー底面をガスバー ナーで加熱することにより、ボイラー内部の水が 加熱されて沸騰し、蒸気出口管より高温の蒸気が 噴出される。この蒸気をタービン外縁に当てるこ とにより、タービンが最高約1500rpmで回転する。 本模型は、最も基本的な蒸気原動機であるラン キンサイクルを模した構造をしているため、蒸気 原動機の構造やその構成機器の役割を理解する上 で効果的であると考えられる。また、簡易なター ビンに蒸気を吹き付けるだけでかなりの回転数が 得られるため、熱から機械的仕事への変換を学生 に体感させることが可能である。 ボイラー タービン 蒸気出口管 いることもあり、この模型をモデルにして小型蒸 気機関車模型を製作した。 蒸気機関は、先に述べた簡易な熱機関(蒸気回 転筒、蒸気タービンおよびスターリングエンジン) と比較すると、はるかに複雑な構造をしている。 このため、まず、市販のミッドレンジ 3 次元 CAD ソフトである SolidWorks を用いて、小型蒸気機関 車模型の各部品の 3D モデルを作成し、組み立てを 行うとともに各部品間の干渉チェックを行った。 図 4 に小型蒸気機関車模型の 3D モデルを示す。こ の 3D モデルをもとにして、実際の小型蒸気機関車 模型の製作を始めた。 ガスバーナー 図 2.蒸気発生用ボイラーと蒸気タービン 2.3 スターリング機関 スターリング機関は、排熱などの低品質な熱源 を利用して作動することができる省エネタイプの エンジンである。試作したスターリング機関を図3 に示す。その製作には、土浦工業高校の小林先生 が考案されたNoBB1)を参考にしたが、使用した材 料は、試験管、注射器、アルミアングル、CDおよ びストローなど、身近にあるものばかりである。 スターリング機関の構造および動作原理の詳細に ついてはここでは省略するが、試験管をガスバー ナーで数十秒間加熱することにより、前輪である CDが回転を始め、ガスバーナーを消した後も10m 以上の走行が可能である。 スターリング機関は外燃機関であり、授業で教 える内燃機関ではないものの、熱エネルギーによ りものが自走する様子を実際に見せることができ るため、一般的な熱機関に対する学生の関心を引 き出すことが出来ると考えられる。 加熱部 前輪(CD) 図 4.小型蒸気機関模型の 3D モデル 図 3.スターリング機関 2.4 小型蒸気機関車模型 日本における小型蒸気機関車の最初の模型は、 安政 2 年(1855 年)に佐賀藩において製作された 2) 。久留米高専がある福岡県は、佐賀県に隣接して 小型蒸気機関車模型には多くの要素が含まれる が、ここでは、エンジンおよび減速装置の概要に ついて述べる。エンジンには、弁装置がなく製作 が比較的容易な、首振り式エンジン(オシレーチ ングエンジン)を採用した。首振り式エンジンは、 初期の蒸気船などに使用されていたが、現在は、 一部の蒸気機関模型などに使用されているだけで ある。このエンジンは、構造が非常に単純で、か つ、部品点数が少ないという長所があるが、高圧 の蒸気をシリンダー内に送り込むと、すり合わせ 面から蒸気が漏れてしまうという欠点がある。製 作した首振り式エンジンを図 5 に示す。シリンダ ー内径は 10mm で、ストロークは 16mm である。 首振り式エンジンは死点の範囲が広いため、図 4 に示すようにエンジンを 2 気筒として、気筒間の 位相差を 180o にすることにより、死点の範囲を大 きく減らした。 完成した小型蒸気機関車模型を図 7 に示す。蒸 気機関車の後部から、ボイラーをガスバーナーに よって加熱するが、ボイラーの内圧を測定するた めに圧力計を設置した。ガスバーナーによって数 十 秒 間 加 熱 す る と 、 ボ イ ラ ー の 内 圧 が 0.25 ∼ 0.3MPa まで上昇し、蒸気機関車を正常に自走させ ることができた。 クランク シリンダー コンロッド ピストン 図 5.首振り式エンジン外観 首振り式エンジンは、低回転でのトルクが非常 に小さいため、高回転で運転する必要があるが、 車速を早くし過ぎると車体の制御が困難になる。 このため、エンジンを高回転で運転し、かつ、車 速を遅くすることを目的として、減速装置を製作 した。減速装置の 3D モデルおよび実際に製作した 装置の外観を図 6 に示す。モジュール 0.5 の歯車を 利用して 2 段階減速させ、 減速比を約 0.43 とした。 車軸 図 7.小型蒸気機関車模型 駆動軸 減速 図 6.減速装置 3D モデルおよび外観写真 今回製作した小型蒸気機関車模型は、出力が小 さいために人が乗車した客車を牽引することはで きない。しかし、将来的には、客車を牽引可能な 蒸気機関車を製作し、学生の工業熱力学への関心 を引き出すとともに、久留米高専の PR 活動に利用 していきたいと考えている。 3. にある程度の効果があったと考えられる。今後も この取り組みを継続・発展させていきたい。 考察 工業熱力学の授業において、試作した熱機関の 運転を適宜(主として一番最初の授業および関連 する内容の授業時に)、学生の前で実演した。簡単 な熱機関が実際に動く様子を見ることが、学生の 授業内容の理解にどのように役立ったかを調査す るため、平成18年度学年末時にアンケート調査を 行った。アンケート内容は以下の通りである。 「簡単な熱機関が動く様子を授業中に見せました が、その感想を答えて下さい。 」 ① 工業熱力学への関心が高まった。 ② 気体の性質を理解するのに役立った。 ③ 熱エネルギーから機械的仕事への変換を理解 するのに役立った。 ④ 内燃機関の理解に役立った。 ⑤ 蒸気原動機の理解に役立った。 アンケート結果を図8に示す。 はい いいえ ① わからない 33 ② 2 29 ③ 4 4 6 36 ④ 1 2 29 ⑤ 2 35 0 10 8 0 4 20 30 人 図8.機械工学科4年生の学生アンケートの結果 学生のアンケート結果から、理解が得られにく い気体の性質や熱機関の仕組みなどについて、熱 機関の小型模型を利用することで、学生の理解を 補えたと考えられる。さらに、敬遠されがちであ る工業熱力学への関心をある程度は引き出せたも のだと考えられる。 4. あとがき 熱という目に見えないものを扱う工業熱力学に 学生が関心を持ち、その内容に対する理解力を向 上させることを目的として、数種類の小型熱機関 を試作し、授業中に学生の前で実演した。学生の アンケート結果から、熱機関の実演は、学生が工 業熱力学に関心を持ち、その内容を理解すること 参考文献 1) 小林義行、Web科学工作館(2010年3月現在)、 http://members.jcom.home.ne.jp/kobysh/index.html 2) 石井幸孝、蒸気機関車、中央公論社、1971 年、 p18.
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