小池 奈津「不動産競売市場における価格形成分析」

『不動産競売市場における
価格形成分析』
慶應義塾大学
環境情報学部 4 年
小池
奈津
学籍番号 70343905
ログイン名 t03390nk
卒業制作
『不動産競売市場における価格形成分析』
環境情報学部 4 年
学籍番号
小池奈津
70343905
ログイン名
t03390nk
【概要】
本論文の目的は、競売という取引形態が不動産の価格にどのように影響するのかを把握
することにある。
そのため、まず競売という取引形態についての考察をし、不動産競売のシステムについ
ての理解を深めた。また、不動産は一般の財と違い専門家による評価によって価格が決め
られているため、その価格形成の理論(不動産鑑定理論)について再考した後、不動産競
売市場特有の留意事項について検証した。さらに、不動産競売市場で扱われている理論的
な価格形成を確認した後、その理論を数値的に実証すべく、競売不動産と一般不動産のデ
ータを用いたヘドニック・アプローチを行った。
その結果、競売市場で決定される価格は一般の市場で決定される価格よりも高いことが
わかった。また、競売不動産は早期売却を目的にしていることや市場が限定されていると
いう点、リスクが存在するという点などで一般不動産よりも価格が低くなるということが
わかった。
-2-
目次
第1章
序論
1-1 背景
1-2
関連研究
1-3
本研究のねらい
第2章
競売とは
2-1
競売とは
2-1-1
競売市場とは
2-1-2 競売市場の分類・現状
2-1-3 競売の問題点
2-1-3-1
2-2
競売の方法による決定価格の違い
不動産の競売
2-2-1
不動産の競売とは
2-2-2 不動産競売の手続
2-2-3 不動産競売における現状・問題点
第3章
不動産鑑定とは
3-1
不動産鑑定とは
3-1-1
不動産鑑定の目的
3-1-1-1
3-1-2
3-2
不動産の鑑定評価における価格の種類
不動産鑑定の手法
競売不動産の鑑定とは
3-2-1
競売不動産鑑定の意義
3-2-2 競売不動産評価において特有に考慮すべき項目
3-2-2-1
原価法について競売特有に考慮すべき項目
3-2-2-2 取引事例比較法について競売特有に考慮すべき項目
3-2-2-3
収益還元法について競売特有に考慮すべき項目
3-2-3 競売市場修正
3-2-3-1
競売物件特有の原価と卸値
3-2-3-2
競売市場修正率の内訳
3-2-3-3
実際に適用する競売市場修正率
3-2-4 不動産競売市場の価格構造
3-2-4-1
売却基準価額および買受可能価額
3-2-4-2
不動産競売市場の価格構造
-3-
第4章
研究の方法と理論的検討
4-1 研究手法
4-2
データの概要
4-2-1 記述統計量
4-3
分析の手順
4-3-1
売却基準価格と一般不動産価格の比較
4-3-2 売却価格と一般不動産価格の比較
4-3-3 競売不動産のみのヘドニック分析
4-4
仮説
4-4-1
売却基準価格と一般不動産価格の比較
4-4-2 売却価格と一般不動産価格の比較
4-4-3 競売不動産のみのヘドニック分析
4-5
結果
4-5-1
売却基準価格と一般不動産価格の比較
4-5-2
売却価格と一般不動産価格の比較
4-5-3
競売不動産のみのヘドニック分析
第5章
総括
5-1 まとめ
5-2 課題と展望
参考文献
-4-
第1章
序論
1-1 背景
不動産を鑑定する際のもっとも基本的な基準である、「不動産鑑定評価基準(以下評価基
準)」に以下のような文言がある。
不動産の鑑定評価によって求める価格は、基本的には正常価格である…(中略)…正常価格
とは、取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりする
ような特別なものではないこと。
この「売り急ぎ、買い進み等を誘引したりする」取引形態の代表例として、競売が想定
されている。競売のように、民事再生法に基づく評価目的の下で早期売却を前提とした価
格を求める場合は正常価格ではなく特定価格を求めるということも同時に評価基準に明記
されている。そのため、一般の不動産市場と不動産競売市場では、不動産の価格形成が異
なっているといえる。
本論文の目的は、競売という取引形態が不動産の価格にどのように影響するのかを把握
することにある。
1-2 関連研究
不動産の競売や、不動産の鑑定を扱った過去の研究はいくつかある。
「不動産競売市場と明渡しの権利関係」
(戸田・井出 2000)では、実際に行われた競売
物件のミクロデータでヘドニック関数を推定、それによって明渡しにかかわる権利関係が
どの程度物件の価格に影響を与えているか、定量的に把握している。その結果、明渡しの
スムーズなケースのリスクプレミアムは 3.17%であり、最も法的保護の強いケースでは
4.13%になるとしている。
「競売不動産からみた首都圏地価の動向」
(才田
2003)では、首都圏の不動産競売デー
タを整備したうえで、不良債権の担保となっていたような競売物件の地価動向を、ヘドニ
ック・アプローチにより探っている。その結果、首都圏の競売地価は、バブル崩壊後、一
貫して前年水準を下回ったが、1997 年の金融危機後を除けば、下落幅は縮小傾向にあるこ
とがわかった。また、競売地価は、鑑定価格をベースにした公示地価に比して、下落幅が
大きく、変動が激しく、転換点については先行する傾向があることもわかっている。
なお、本論文では、競売市場における鑑定価格と実際に取引がなされた価格を比べてい
るという点では、正常な市場における鑑定価格と取引価格を比べるというテーマの山村の
論文も参考になる。
「鑑定価格と取引価格の格差について」
(山村 2006)では、取引データに基づくヘドニ
ック関数を利用して、そこから推計される実勢価格と公示価格との格差を検証している。
特定の地域での比較ではあるが、取引価格と鑑定価格には個別地点での差異ではなく、あ
-5-
る空間的な広がり中での傾向として若干の格差が生じる結果が得られた。この結果は、従
来、経験的に議論されていた鑑定データと取引価格との乖離を支持する結果となっている。
1-3 本研究のねらい
上記の研究のうち、戸田・井出においては競売不動産のみを扱ったリスクプレミアムの
算定であり、才田においては競売市場の動向から経済状況を把握するというものである。
よって、競売市場と正常な市場における格差について扱った論文が存在しない。
関連研究を参考にしつつ、競売不動産とはどのようなものなのか、不動産を鑑定すると
いうことはどういうことであるのかを再確認するとともに、一般の不動産市場と競売不動
産市場で決定される不動産価格の格差を調べることが、本研究のねらいである。
第2章
競売とは
2-1
競売とは
2-1-1
競売市場とは
この章では、競売市場についての説明をする。競売市場とは、入札のプロセスを通して
物が売り買いされる市場のことである。競売には様々な形態があり、スケールも多様であ
る。競売では、芸術作品やアンティーク、石油を採取する権利等などのプレミア物が扱わ
れていることが多い。最近の有名な競売としては、以下のような例がある。米国財務省で
は省のビルを競売にかけており、連邦通信委員会では携帯電話に使われている電磁波の一
部を競売によって売却した。また、国際オリンピック協会もテレビ放映権を競売にかけて
いる。国防省でも備品を売却する際に競売を使っている。競売という方法は、一対一の取
引よりも時間を節約でき、買い手に競争させることで売り手の利益が増加するようになる
ともいわれる。
なぜ競売はそのように身近になり、うまく機能するようになったのであろうか。ひとつ
に、処理にコストがかかりにくいという理由がある。小売とは違い、多くの買い手が対象
商品を手に入れようと競争するという点で、競売は本質的にインタラクティブであるとい
える。このインタラクションが芸術作品やスポーツなどのコレクション品などの一点もの
をとりわけ高価なものにしている。そして、そこで決まる価格は一定に決まるのではなく
常に変動しているといえる。
たとえば毎朝行われている東京築地のマグロ市場におけるせりがそれに当たる。マグロ
は物によって形も大きさも質も異なっており、それに応じて価格が決まっている。もしそ
の都度取引や交渉によって価格が決定されていたら、極度な時間の無駄となる。その代わ
-6-
りに、最高価格入札者がマグロを買うことが出来るせりが毎朝行われているのである。こ
の形態を採用することは処理に係る大幅なコスト削減につながり、それゆえ市場の効率性
を高めているといえる。
近年ではインターネット上でのオークションも盛んになっているが、上記のように様々
なところで競売という方法が活用されてきていた。競売は、価格の決まり方が透明でない
相対取引や店頭販売などと違い、明示された明快でごく簡単なルールに沿って売り手と買
い手が機械的に取引を行う 1 つの市場形態であるといえる。
このように見てみると競売は一見「見えざる手」を投影したかのような素晴らしい制度
に見える。しかし、競売のやり方によって価格が変わるということが近年の研究でわかっ
てきたのである。
1980 年代後半から盛んになった競売研究は、それまでブラックボックスだった価格メカ
ニズムの詳細に迫る突破口として期待された。単純なルールに沿っているというメカニカ
ルな特徴から分析手法にはゲーム理論がはまり役となって研究が加速された。しかもその
特徴は、実験室での厳密な取引の再現・検証を可能にした。
競売研究はまだ発展途上だが、それでも次第に「市場」の正体が明かされてきた。競売
のルール自体や対象商品の性質、その情報などの違いは、価格形成に大きな影響を与える
可能性があり、市場であれば何でも信頼できるものではないことがわかってきた。その根
底には、参加者の認知や意思決定という理論の前提になる部分が、ルールに大きく左右さ
れる現実がある。
2-1-2
競売市場の分類・現状
ここで、競売の形態によって売り手にどのような影響があるのかを見て取ることが出来
る。以下が、よく使われる競売の大まかな分類である。
(1)イングリッシュ型:売り手は積極的に買い手に対してどんどん高い値段を示してい
く。と同時に、すべての参加者は今一番高い値段が何であるかを承知している。一番高い
値段よりも高い値段をつける入札者がいなくなれば、そこで競売は終了する。そしてその
価格で、商品は落札される。
(2)ダッチ型:売り手はまず商品に対して比較的高い価格を設定し、そこから競売が始
まる。もし買い手が誰もそれに同意しないならば、売り手は設定された価格からどんどん
下げていく。商品をその価格でなら買いたいという人が現れるまで、価格を下げ続ける。
(3)封印入札方式:入札者(買い手)が相互に提示価格を知ることができない競売であ
る。すべての入札は封に入れられたままで同時に行われ、誰が一番高い値をつけたのかも
わからないようになっている。最高入札者によってつけられた価格は様々であるが、それ
は競売のルールによるところが大きい。封印入札方式にも第一価格入札型(Sealed-bid
-7-
first-price auction)と第二価格入札型(Sealed-bid second-price auction)という2
つの方法があるからである。
第一価格入札型は、
(価格非公表の入札で)最高の付け値をつけたものが勝者となり、勝
者は自分の付け値を支払うという方法である。
また、第二価格入札型とは(価格非公表の入札で)最高の付け値をつけたものが勝者と
なり、勝者は二番目に高い付け値を支払う方法である。これは(1)イングリッシュ型と
同じ構造を持ち、様々な学説で支持されている入札方法であるといわれている。
第二価格入札型が優れているのは、入札者は落札の確率を高めることだけに専念できる
ことにある。オークションでの利得は、自分の物件評価額から実際の支払額を引いたもの
である。一方、落札できなければ、利得はゼロである。第二価格入札型では、自分自身の
付け値は直接的には支払額に関係しないので、合理的なプレイヤーは自分の物件評価額を
正直に提出し、落札の期待確率を最も高くすることを選ぶ。利得は、自分の評価が第一位
でなかった場合にはゼロであり、第一位であった場合には第二位の評価者の付け値との差
に依存することになる。
一方、第一価格入札は(2)ダッチ型と同じ構造を持つとされている。これらは上記よ
りも複雑な過程が必要である。この2つのタイプのオークションでは、プレイヤーは第2
番目に高い評価額がいくらになるのかを推測しなければならない。そして、その推測値が
平均的には正しいとするならば、この場合の期待値も第2番目の評価額と同一になる。た
だし、イングリッシュ型や第二価格入札型と異なり、他のプレイヤーの評価の推測精度に
よって自分自身の利得が変化するため、入札者は落札の確率を高めることだけには専念で
きなくなり、状況は複雑になるのである。
2-1-3
競売の問題点
2-1-3-1 競売の方法による決定価格の違い
どのような競売の方法をとるかによって、決まる価格が違ってくるということについて
の検証はすでに行われている。
複数の被験者にランダムで発生した数字を基準額としてそれぞれに与え、ほかの被験者
よりも高い額を入札すれば落札できるというルールを作り、入札方法や被験者を取り巻く
環境を調節して競売の理論を検証した実験がある。このとき、現実のオークションと違う
点は、実物の商品を扱わないことである。人気キャラクターのプラモデルなどを対象商品
にすると、それに対する被験者の個人的な評価の度合いが結果に影響してしまうからであ
る。また、被験者を取り巻く環境の調節とは、自分以外の被験者の基準額を知らせる場合、
知らせない場合、その分布だけを知らせる場合、自分の基準額自体が確率的に変動する場
合などの調節のことである。このようにして厳密に理論に沿った入札の検証によって、以
下のような結果が得られた。まず、イングリッシュ型では、理論どおりの額(自分の基準
-8-
値)で入札する行動が確認できた。だが、イングリッシュ型と取引価格決定の構造が同じ
とされる第二価格入札型ではぶれが大きく環境次第で理論と違う取引価格が成立した。ま
た第一価格入札型では、成立した取引価格がイングリッシュ型より平均より高めとなった。
さらにダッチ型では、それと同じ構造の第一価格入札より低い取引価格が成立した。つま
り、「ルールの異なる市場でも同じ価格が成立する」との見方が否定された、ということに
なる。
2-1-3-2 勝者の呪い
また、競売の問題点として挙げられるのは「勝者の呪い」と呼ばれる現象である。
初期の報告には米国の沖合での石油探鉱・開発権を配分する入札の例がある。1969~70
年ごろの入札記録によれば、参加した石油会社が回収した収益は非常に低かったという。
せっかく入札に買って権利を獲得しても、振り返ってみると得ではなかった、つまり、呪
われた、というのである。落札額が高すぎたのだ。
対象地域の探鉱・開発権にどのくらいの価値があるのかの事前の見積もりについては、
入札に参加する石油会社の間ではばらついていると考えられ、そこに問題の根本があると
思われる。
実際の探鉱・開発権入札市場では、自分以外に何社入札するのかわからないとか、ここ
で強気を見せ威圧しておいて将来の入札でライバル企業の入札額を低めに抑えてやろうと
かいったような、様々な思惑が飛び交うと推測される。価値推定の配分の失敗なのか、そ
れともこうした思惑など他の要因のせいなのかを実地のデータで特定するのは難しい。
実験でなら要因を限定できる。価値推定の影響に絞ったボストン大での実験を見てみよ
う。いろいろなコインがつめられたガラスのジャムビンを、通常の入札方式(落札者が自
分の示した最高入札額で購入)で売るというものだった。いくらビンに入っているかは参
加者にはわからないため、見た目から推測するしかない。実際のビンの中身は 8 ドルだっ
たが、入札前に推定額を聴取すると平均 5 ドル 13 セントだった。ところが、平均落札額は
10 ドル 1 セントになった。
もちろん、推定値にはバラツキがあり、そのなかで特に高めの推定をした参加者が高い
額を入札してしまうのも当然の成り行きである。したがって、落札者は結果的に全入札者
の推定額分布の最高額の部分、つまり分布図で言えば一番右端に位置していたことになる。
実際の商品価値が分布図の中央に近いところにあるとすれば、落札者は入札には勝っても、
フタを空けると自分の入札額が割に合わなかったことに気づくのである。
競売は他のルールよりも勝者を強く意識させ、「ただでは負けたくない」という感情をあ
おる。もし価値分布の中での自分の位置を正確に推定し冷静かつ合理的に入札をしても、
他の誰かが非合理に高い札を入れる限り、落札できる保証はない。合理的な行動が競争に
つながらない限り、市場競争は非合理的な行動を排除する機能を持たないといえる。
-9-
2-2
不動産の競売
2-2-1
不動産の競売とは
不動産競売とは、債権者(銀行等)に担保提供した不動産につき、その債務を受けられ
得なくなったとき、又は相続による相続物件の財産分割を為すにあたり裁判所に申立て、
それらの物件を売ってもらい、その売却代金から、債権者が支払いを受け、又相続人が代
金分割を受ける制度をいう。日本における不動産競売は、厳密には一般の売買と違い、国
の行う強制処分という性質を持っており、売り手の役目を裁判官、書記官、執行官が行う。
日本における不動産競売は、封印入札方式(第一価格入札型)がとられており、決まっ
た期間内に入札するのが通常である。
なお、不動産競売物件は一般不動産市場における物件よりも安く取引されている(第3
章にて詳述する)。それは、競売という取引によるものではなく、競売が行われる目的が、
民事再生法に基づく評価目的の下で、早期売却を前提としたものであるからである。前述
したように、競売という取引方法により実際の理論的な価格より高値で取引されてしまう
のであれば、不動産競売市場における基準価格はかなり低いものであるといえる。
- 10 -
2-2-2 不動産競売の手続
図1
手続の流れ
(12)売却方法・目的・場所の決定
(2)抵当権実行通知
(3)申し立て
(13)執行官による売却
(4)、(5)開始決定
送達
(13)最高価買受申出人の決定
差押登記
(14)売却決定期日
(6)配当要求終期の決定
(7)債権届出の催告
(8)現況調査
(8)評価
(14)買受人の確定
(15)代金の納付・所有権の移転
(16)配当期日・弁済金の公布日の決定
(9)最低売却価格の決定
(16)債権計算書の提出
(10)無剰余による
手続きの取消
(16)配当表の作成
(11)物件明細書の作成
(16)配当
(カッコ内は以下説明文に対応)
- 11 -
(1)管轄
不動産競売の申立ては、目的不動産の所在地を管轄する地方裁判所が、執行裁判所とし
て管轄する。地方裁判所の管轄区域は行政区域によって定められており、その不動産がど
この市町村にあるかを調べれば、どの地方裁判所が管轄するか容易に知ることが出来る。
不動産競売の管轄は、専属管轄と言われ、定められた地方裁判所だけが管轄する。地方
裁判所に支部が置かれている場合には、その支部の管轄区域(法律上の管轄区域とは異な
る事務配分上の管轄を意味する)に存する不動産については当該支部に申立てる。
(2)抵当権実行通知
申立て時の所有者が抵当権設定時の所有者であって、所有権について権利変動がないと
きは、直ちに不動産競売の申立てをすることが出来るが、売買などにより所有権が移転し
ていたり、所有権移転の仮登記がなされていたりすると、これらのものに対し抵当権実行
通知をしなければならない。これは、これらの者が有する「滌除(てきじょ)」という権利
を行使する期限を区切るためである。
抵当権者は、滌除権者に対し抵当権実行通知をし、1ヵ月経過した後でなければ、不動
産競売の申立てが出来ない。一方、滌除権者は1ヶ月経過後に滌除権の行使が出来なくな
る。
(3)申立て
①不動産競売の申立て
申立ては、目的不動産の所在地を管轄する地方裁判所に申立書を提出して行う。申立て
は必ず書面で行わなければならず、口頭での申立てはできない。また、申立てには、定め
られた書類を添付しなければならない。
②競売続行決定の申立て
競売の目的である不動産に滞納処分による差押が競売に先行してなされているときは、
競売続行決定の申立てを行う。滞納処分による差押がなされているときは、その手続が先
行するのが原則だが、実際にはほとんど滞納処分による手続は行われない。このため不動
産競売手続を進行させる必要から、続行決定の申立てをしなければならない。
(4)開始決定
①開始決定の発令
適法な申立てがなされると、裁判所は不動産競売の開始決定をし、手続を開始する。不
適法な申立ては却下と言うことになるが、裁判所では、実際には受付の段階で不備な点を
補正されたり、不足の書類をそろえ、再度申し立てるよう指導しており、不適法な申立て
を受け付けて却下の裁判をすることはめったにない。
開始決定では、債権者のために不動産を差し押さえる旨の宣言がされる。
- 12 -
②開始決定の送達と差押登記
開始決定がなされると、その決定正本が債務者と所有者に対し送達されるとともに、書
記官が差押の登記を登記官に嘱託する。差押えの効力は、開始決定が債務者に送達された
とき、または差押えの登記のなされたときのいずれか早い方の時期に発生する。
実務では、先に債務者あるいは所有者に開始決定を送達してしまうと、執行妨害がなさ
れるおそれがあるため、まず差押えの登記の嘱託をなし、登記がなされた後に開始決定を
債務者と所有者に送達している。したがって、差押えの効力は、差押えの登記のときに生
じることが多いのである。
③差押えの効力
差押えがなされても、所有者がその不動産を使用することまで防ぐことはできない。そ
の不動産の所有権が買受人に移転するまでは、従前と同じように使用することが出来る。
しかし、差押えの効力が生ずると、所有権の譲渡、担保権の設定、用益権の設定など、
その不動産の処分は制限される。たとえ、所有者が差押え後に所有権を譲渡するなどの処
分をしても、その処分はその差押えに基づく不動産競売手続においては無視される。
たとえば、差押え後に売買によって所有者が変更し、所有権移転登記がなされたとして
も、差押え後の処分行為は無視するとの原則により、この売買も手続き上無視され、差押
えのときの所有者を基準として手続きは進行する。旧所有者の債権者は配当要求すること
が出来るが、新所有者の債権者はこの不動産競売手続では配当要求することは出来ない。
また競売の結果剰余金が生じた場合でも、その剰余金は新所有者には交付されず、旧所有
者に交付されることになる。
もっとも、売買が無視されるといっても、その不動産競売手続きとの関係で無視される
だけで、売買の当事者間でも無効というわけではない。当事者間では売買契約は有効で、
売主も買主もこの契約に拘束される。もし、競売手続きが取り下げられれば、無視される
基礎となっていた手続き自体が存在しなくなったことになり、新所有者はその所有権の取
得を第三者に対抗できることになる。
(5)二重開始決定
すでに強制競売又は不動産競売の開始決定がなされている不動産に対しても、さらに強
制競売あるいは不動産競売の申し立てをすることが出来る。裁判所は、この申し立てを受
け、さらに開始決定をし、書記官は差押えの登記を嘱託する。この裁判所の決定を二重開
始決定という。この二重開始決定がなされたときは、申立人にも通知される。
実際には、二重にも、三重にも開始決定がなされ、差押えの登記がされることがある。
しかし、二重・三重の開始決定に基づき行われる手続きは、差押さえの登記までであり、
それ以降の手続きは、先行の手続きが取り消されたり、取り下げたりしない限り行われな
い。先行手続きにより売却されたときにその代金を配当で処理すれば済むため、換価手続
きまで二重にするのは無駄だからである。
- 13 -
先行の手続きが取り消されたり、その申立てが取り下げられたりすると、裁判所は続行
決定をし、二重になされた開始決定に基づいて手続きを進める。先行の手続きがそのまま
利用できるものであれば、その手続きを踏まえて後行の手続きも進行するため、手続きに
無駄がない。
最近の不動産には最大限まで抵当権が設定されていることが多く、剰余の見込みがない
ため手続きが取り消されることがある。また、不動産競売がなされても、申立債権者と債
務者の間で和解がなされ、申立てが取り下げられることもある。先行手続きの取消し、取
下げに備え二重に申立をしておくことは債権者にとって充分意味のあることであるといえ
る。
二重の申立ては、裁判所に納める予納金も少額のことが多く、当座の費用も少なくて済
む。二重に開始決定がなされていなければ、新たに不動産競売の申立てをしなければなら
ず、現況調査も、評価も改めて行われるため競売にかかる費用も予納しなければならない。
二重の申立をしておくことは、費用の面からも、時間の面からも、債権者にとって利益が
あるといえる。
(6)配当要求終期の決定
不動産競売の開始決定が債務者に速達され、または差押えの登記がなされると、差押え
の効力が発生する。
裁判所は、物件明細書を作成するまでの手続きに要する期間を考慮して、配当要求の手
記を定め公告する。物件明細書の作成には、目的不動産の現況調査、評価の手続きを経な
ければならず、通常約 6 ヶ月の期間を要する。このため配当要求の終期も 6 ヵ月程度後に
定められるのが通常である。
配当要求の終期が定められると、一定の債権者を除き、この終期までに配当要求をしな
ければ配当を受けられず、配当要求を出来る債権者も次に限定される。
① 執行力のある債務名義の正本を有する債権者
② 不動産競売の開始決定にかかる差押えの登記後に登記された仮差押え権者
③ 一定の文章により一般の先取特権を有することを証明した債権者
執行力のある債務名義の正本とは、それを根拠に強制執行を申し立てることの出来るも
のであり、原則として執行文の付されている債務名義でなければならない。判決、和解調
書、調停調書などは、執行文の付与を受けなければならない債務名義の例である。仮執行
宣言付支払い督促は、執行文の付与を受けることなく強制執行することができ、それ自体
で執行力のある債権名義の正本となる。
もっとも、配当要求の終期も変更されることがある。たとえば、物件の調査、評価が予
定の期間内に終了しなかったために変更されることがある。先行の手続きが取り下げられ、
後行の差押えに基づき手続きを進行させることになった場合にも、配当要求の終期は変更
される。
- 14 -
当初定められた配当要求の終期が変更されたときは、変更後の配当要求の終期までに配
当要求すればよい。
(7)債権届出の催告
配当要求の終期が定められると、書記官は、次にあげる債権者等に対して債権の存否な
らびにその原因および額を配当要求の終期までに裁判所に届け出るよう催告する。
① 差押えの登記前に登記された仮差押えの債権者
② 差押えの登記前に登記された先取特権、質権又は抵当権で売却により消滅するもの
を有する債権者
③ 租税その他公課を所管する官庁又は公署
差押えの登記前に登記された仮差押え債権者や抵当権者などは、配当要求するまでもな
く当然に配当を受けられる地位にあるが、その債権の存否、額等については債権者に確
認しなければ分からないため債権額等について届け出るよう通知する。
これら①および②により催告を受けた債権者は、配当要求の終期までに届出をしなけ
ればならない。これらの債権者が届出をしない場合には、裁判所は、仮差押えの請求債
権、抵当権の被担保債権が全額弁済されていないものとして処理せざるを得ない。届出
がなされなかったことによって第三者が損害を受けた場合には、届出を怠った債権者は
この賠償をしなければならない。
租税その他公課を所管する官庁又は公署に催告するのは、交付要求の機会を与えるた
めであり、競売手続きにおいて交付要求し、滞納された税金等を回収することになる。
ただし税金等の公課であっても配当要求の終期までに交付要求しなければ交付を受けら
れない。
(8)現況調査と評価
裁判所は、開始決定をすると、執行官に対して不動産の現況調査を命じ、評価人を選
任してその評価を命じる。
評価人は主に不動産鑑定士であるが、その他に裁判所書記官が任命されることもある。
現況調査は、不動産の形状、占有関係その他の現況について、その不動産にかかる権
利関係を把握するために行われる調査である。この現況調査は職権で行われるため、申
立債権者が特に現況調査の申立てをする必要はない。
評価人は、裁判所から命ぜられた評価命令に従い不動産を評価し、裁判所に評価書を
提出する。
(9)最低売却価額の決定
執行官の現況調査報告書、評価人の評価書が提出されると、執行裁判所は最低売却価
額を決定する。最低売却価額とは、競売不動産の応札者に対する最低の入札価格ライン
- 15 -
を示す額のことである。
(10)無剰余による手続の取り消し
抵当権の実行は、債務者あるいは所有者を処罰するためのものではないため、その抵
当権の実行が無益となるときには許されない。
たとえば、申立債権者の抵当権が後順位であって、不動産を売却したとしても、見込
まれる売却代金が手続費用や先順位抵当権の被担保債権に対する配当に充てられた後、
申立債権者に配当がなされる見込みのない場合には、手続を進行させるのは相当ではな
い。この場合には無剰余取り消しの手続がとられることになる。
裁判所は申立債権者に剰余を生ずる見込みのないことを通知する。申立債権者が、買
受人がないときは手続費用と優先債権額の合計額を超える額で買い受ける旨の申出等を
しない限り、手続は取り消される。これを無剰余による取消しという。
無剰余の見込みの判断は、最低売却価額と手続費用、優先債権者の届出債権額とを比
較してなされる。
(11)物件明細書の作成
裁判所は、目的不動産を買い受けようとする者の参考に供するため物件明細書を作成
する。
物件明細書には次の事項が記載されている。
① 不動産の表示
② 不動産に係る権利の取得および仮処分の執行で売却によりその効力を失わないも
の
③ 売却により設定されたものとみなされる地上権の概要
物件明細書の写しの備置きは、売却の実施の 1 週間前までにしなければならないこと
になっている。たとえば、期間入札の場合には、入札開始の日の1週間前になれば裁判
所で閲覧できる。また、物件明細書の写しとともに、現況調査報告書と評価書の写しも
閲覧することが出来る。
物件明細書、現況調査報告書、評価書は、買い受け希望者の買受けを判断するに当た
っての最も重要な資料である。1
(12)売却の方法、日時場所の決定
不動産の売却は、裁判所の定める方法で行われる。
売却の方法には、期日入札、期間入札、競り売り、以上の方法による以外の売却(特別
売却という)の四つの方法が定められている。通常は期間入札の方法により売却される。
裁判所は売却の方法を決定するとともに、その日時、場所を定め、書記官は売却すべき
1
この三つの資料は通称、三点セットと呼ばれている。
- 16 -
不動産、最低売却価額ならびに売却の日時、場所を公告する。
(13)執行官による売却
売却を実際に実行するのは、裁判所から命ぜられた執行官である。執行官は裁判所が定
めた売却方法、日時、場所に従って売却を実施する。執行官は規則に定められた具体的手
続に基づき売却を実施し、最高価で買受けの申出をした者(最高価買受申出人)を決定す
る。
(14)売却決定期日
売却手続において最高価買受申出人とされた者が、直ちに買受人となるわけではない。
裁判所は売却決定期日を開き、この期日においてその最高価買受け申出人に売却を許すか
否かを決定する。原則として、この売却決定期日は売却実施の日から 1 週間以内とされて
いる。
売却決定期日において、裁判所は、民法 71 条に列挙された売却を不許可にする事由に該
当しないときは売却の許可、列挙された不許可事由に該当するときは売却不許可の決定を
する。
売却許可決定は、最高価買受申出人に対する売却を許すものであり、これによって最高
価買受申出人は買受人となる。いわば、不動産売買契約における契約の成立に当たるもの
である。この売却許可決定に対しては、自己の権利を害されるものが執行抗告をすること
が可能であり、この抗告提起期間である 1 週間を経過しないと確定しない。
売却が不許可となったときは、売却手続がやり直しとなる。
(15)代金の納付と所有権の移転
売却許可決定が確定すると、買受人は裁判所の定める期間までに代金を裁判所に納付し
なければならない。不動産の所有権はこの代金を納付したときに買受人に移転する。
買受人が配当、弁済を受ける債権者であって、差引納付を希望するときは上記の売却決
定期日の終了までにその申し出をしなければならない。
(16)配当期日
裁判所は、原則として、不動産の代金が納付された後 1 ヶ月以内の日を配当期日または
弁済金の交付日と定め、その日時を債権者等に通知し、債権計算書の提出を求め、提出さ
れた債権計算書に基づき配当表を作成し、配当を実施する。
配当の原資となる代金等が執行費用と届出債権者の債権の全額を弁済するのに足りない
ときは、配当の手続となる。また、これを全額弁済できるときは弁済金の交付手続となる。
- 17 -
2-2-3
不動産競売における現状・問題点
不動産競売において最も問題視されてきたことは、短期賃借権保護制度である。これは、
平成 15 年改正前において民法 395 条に規定されていたものである。民法 602 条に定める期
間(土地の賃借権 5 年、建物の賃借権 3 年)を超えない賃借権は、抵当権の登記後に対抗
要件を具備した場合でも、抵当権に対抗するものが出来るものとされていた。つまり、抵
当権設定後に、所有者が土地については 5 年以内の賃貸借、建物については 3 年以内の賃
貸借をした場合、抵当権者が抵当権を実行して競売をしても、買受人はその賃貸借期間が
満了するまでは短期賃借人に引渡しを求めることが出来ない、というものである。この制
度により、競売で不動産を落札してきちんと手続を済ませたとしても不動産を使用するこ
とが出来ないという事態が発生し、それを逆手に取った悪徳業者のはびこる原因ともなっ
た。このような現状をテーマにし、社会に問題提起をした宮部みゆきの小説「理由」はベ
ストセラーとなっている。(一説では、この小説がきっかけとなり平成 15 年の改正が行わ
れたとも言われている。)
改正民法 395 条は短期賃貸借権の保護規定を廃止し、抵当権者に対抗することが出来な
い「建物」の賃借人は、買受人の買受のときより6ヶ月間建物の引渡しが猶予されること
になった(土地の短期賃借権の場合は猶予されない)。また、明渡猶予の対象となる建物の
賃借人にも条件をつけたり、執行妨害目的の賃借権などが明渡猶予の対象とならないよう
にしたりできるということも盛り込まれている。このように、近年この短期賃貸借権問題
を解決していこうとする動きがあった。
第3章
不動産鑑定とは
3-1
不動産鑑定とは
3-1-1
不動産鑑定の目的
不動産には他の財と異なった特性がある。大きな特性として、個別性(非同質性、非代
替性)がある。この世にはまったく同じスペックの不動産が存在することはないというこ
とである。
さらに、不動産はその属する地域によって価格が影響され、しかもそれは時間の経過と
ともに変化していくという特性も持つ。また、取引の形態などの個別的な事情によっても
価格が左右されるものである。
このように、一般の所在と異なる不動産についてその適正な価格を求めるためには、練
達堪能な専門家である不動産鑑定士による鑑定評価の活動に依存せざるをえないこととな
- 18 -
る、といわれている。
3-1-1-1 不動産の鑑定評価における価格の種類
不動産の価格の種類も様々であり、市場の条件によって求めるべき価格の種類も異なる。
通常、不動産鑑定士が求めるのは不動産の「正常な価格」である。正常な価格とは、市場
性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす
市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいう。この場合において、現
実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場とは、以下の条件を満たす
市場をいう。
(1)市場参加者が自由意思に基づいて市場に参加し、参入、退出が自由であること。
なお、ここでいう市場参加者は、自己の利益を最大化するため次のような要件を満たす
とともに、慎重かつ賢明に予測し、行動するものとする。
① 売り急ぎ、買い進み等をもたらす特別な動機のないこと。
② 対象不動産及び対象不動産が属する市場について取引を成立させるために必要となる
通常の知識や情報を得ていること。
③ 取引を成立させるために通常必要と認められる労力、費用を費やしていること。
④ 対象不動産の最有効使用を前提とした価値判断を行うこと。
⑤ 買主が通常の資金調達能力を有していること。
(2)取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりする
ような特別なものではないこと。
(3)対象不動産が相当の期間市場に公開されていること。
正常価格でない価格の種類は他に 3 つ挙げられる。限定価格、特定価格、特殊価格であ
る。
限定価格とは、市場性を有する不動産について、不動産と取得するほかの不動産との併
合または不動産の一部を取得する際の分割等に基づき正常価格と同一の市場概念の元にお
いて形成されるであろう市場価値と乖離することにより、市場が相対的に限定される場合
における取得部分の当該市場限定に基づく市場価値を適正に表示する価格をいう。
特定価格とは、市場性を有する不動産について、法令等による社会的要請を背景とする
評価目的の下で、正常価格の前提となる諸条件を満たさない場合における不動産の経済価
値を適正に表示する価格をいう。評価基準に例示されている特定価格の 1 つに、
「民事再生
法に基づく評価目的の下で、早期売却を前提とした価格を求める場合」という項目がある
が、これは主に不動産競売市場における取引を想定していると思われる。つまり、ここか
らも、不動産競売市場において決定される価格は正常価格とは乖離するということがわか
る。
特殊価格とは、文化財等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況等
- 19 -
を前提とした不動産の経済価値を適正に表示する価格をいう。
3-1-2
不動産鑑定の手法
合理的と考えられる市場において市場人が財の経済価値を判定する場合には、通常①そ
れにどれほどの費用が投じられたか(費用性)
、②それがどれほどの価格で市場で取引され
ているか(市場性)、③それを利用することによってどれほどの収益が得られるか(収益性)、
という3つの点を考慮する(価格の三面性)。不動産の場合もこれと同様に考えられるので
あって、これが鑑定評価の三方式の考え方の基本となっている。
①の考え方に基づき、不動産の再調達に要する費用に着目して求めようとするものを原
価法、②の考え方に基づき、不動産の取引事例または賃貸借等の事例に着目して求めよう
とするものを取引事例比較法、③の考え方に基づき、不動産から生み出される収益に着目
して求めようとするものを収益還元法という。
原価法は、価格時点における対象不動産の再調達にかかる原価を求め、この再調達にか
かる原価について減価修正を行って対象不動産の試算価格を求める手法である。原価法に
より求めた価格を「積算価格」という。
取引事例比較法は、まず多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに
係る取引価格に必要に応じて個別的な事情を勘案した補正及びタイムラグの修正を行い、
かつ、地域の特徴の比較及び個別的な要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、
これによって対象不動産の試算価格を求める手法である。取引事例比較法から求めた価格
を「比準価格」という。
収益還元法は、対象不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現在価値の総
和を求めることにより対象不動産の試算価格を求める手法である。収益還元法には①直接
還元法と②DCF 法がある。直接還元法は単年度の収益を還元利回りで還元して価格を求め
る方法であり、DCF 法は多年度に及ぶキャッシュフローを現在価値に割り引いて価格を求
める手法である。収益還元法を適用して求めた価格を「収益価格」という。
不動産の鑑定評価では、この価格の三面性を十分に考慮することが必要であり、上記の
三方式を併用しなければならない。
3-2
競売不動産の鑑定とは
3-2-1
競売不動産鑑定の意義
競売不動産の評価は、民事執行法58条2項に「近傍同種の不動産の取引価格、不動産
から生ずべき収益、不動産の原価」を適切に勘案することとされ、民事執行規則29条の
2には「取引事例比較法、収益還元法、原価法その他の評価の方法を適切に用いなければ
ならない」とされている。
基本的には一般の不動産鑑定評価と同様、「不動産鑑定評価基準」(国土交通省
- 20 -
平成1
4年7月3日全部改定)でいう原価法、取引事例比較法、収益還元法(DCF 法を含む)の
三方式を単独で、または、併用して適用することになる。しかし、競売評価は売却基準価
額を求めるためのものであり、前記の手法で求められた基礎となる価格から市場性修正、
競売市場修正で減額されることになる。最終的な価格は市場の競争により決定されるので、
必ずしも精緻な鑑定評価額が求められているとは言えず、不良債権処理のための評価でも
あることから、評価にかけられる費用と期間は限られる。また、評価書がインターネット
公開されることもあり、個人情報である取引事例の扱いは慎重とならざるを得ない。
このような事情から、競売の評価書は一般の不動産鑑定評価書と比べ簡略化され、異な
る部分がある。反面、競売評価には市場サービス機能が求められることを考慮して、より
詳細な物件調査と不動産の情報提供にウエイトが置かれている。
このような評価手法の適用により求められるのは一般市場における価格である。しかし、
競売手続きには、競売特有の減価事情があり、また、売却が容易な物件も困難な物件も短
期間で売却することが求められるので、売却が可能となる価格を設定する必要がある。
三方式の適用によって求められるのは基礎となる価格(市場性修正前の価格)であり、
短期間で売却可能な価格を評価するために市場性修正と競売市場修正を行う。このような
修正は、民事執行法58条2項にある「評価人は、強制競売の手続きにおいて不動産の売
却を実施するための評価であることを考慮しなければならない」
(以下「競売手続きにおけ
る売却であることの考慮」という)に即したものである。
競売市場修正率は、各庁ごとにおおむね一定の率で運用されており、物件の種類や地域
ごとに細分化した修正率を適用しないことが多い。そのため、売却困難な物件や需要が特
に弱い地域の物件について、売却を可能にするため市場性修正を別途行って売却を促進す
ることになる。
さらに、競売手続きにおける売却であることの考慮には、個別的要因が著しく劣るため
相応の減価をしないと短期間での売却が困難な場合の評価も含まれる。
また、売却を実施するための評価である以上、より適切な評価手法を採用し、売却率や
買増率等のデータから市場を分析して、市場性修正を適用したり、各庁ごとの市場実態に
応じた競売市場修正率を決定することが求められる。
3-2-2
競売不動産評価において特有に考慮すべき項目
3-2-2-1 原価法について競売特有に考慮すべき項目
原価法は、費用(コスト)の観点から価格を求める、競売評価ではもっともスタンダー
ドな評価手法である。一般の住宅や店舗(自用の建物およびその敷地)は原価法のみで評
価されることが多いが、マンションや収益物件は、他の手法と併用されることが多い。
土地建物(建物およびその敷地)を原価法で評価する場合、まず、土地建物それぞれの
再調達減価を求め、さらに土地については建付減価補正を行って建付地価格を求め、最後
- 21 -
に両価格を合計して積算価格を求める。
土地の再調達減価(更地価格)は一般の鑑定評価では取引事例比較法および収益還元法
によって求める。しかし競売評価では簡略化し、公示価格等から規準して求める。
すなわち、土地の価格は、類似する土地の公示価格等を時点修正・標準化補正し、さら
に地域要因を比較考量(比準)して標準的な画地の更地価格を評価する。次に、対象土地
の面積、形状、間口、奥行き等の個別的要因の比較(個別格差)を行い、建物の存在によ
る土地の利用効率低下や将来の建物取り壊し費用の発生を考慮した建付減価補正を評価す
る。公示価格等から更地価格を求める評価手法は取引事例比較法の手順と同じであり、取
引事例価格を公示地価や都道府県地価調査価格に置き換えればよい。
建物の価格は、まず、対象物件と同等の効果がある建物を評価時点で建築した場合の再
調達減価を求める。次に、物理的な摩減や破損と経年ないし自然的作用による老朽化、偶
発的損傷、機能の陳腐化、地域や対象不動産の競争力の減退等に基づく減価を控除(減価
修正)して建物積算価格を評価する。
以上により求めた建付地価格と建物積算価格を合計して土地建物一体の価格を評価する。
なお、需要が低い物件については費用のみを考慮して求めた価格で売れる確率は低いの
で、市場性修正により市場の実態を考慮して減額修正されることがある。
[原価法適用上の留意事項]
原価法では、再調達減価の把握と減価修正が評価のポイントである。建物の再調達減価
については市場の価格を反映させることが必要であり、対象建物と同一建物の建築費を把
握することと併せ、市場で同等の効用を持つ類似建物の建築費を把握して評価する。減価
修正については、観察減価や中古建物であることによる市場性の衰退をどのように評価額
に反映するかが重要である。
最近はリフォームやコンバージョンが多くなりつつあり、仕様や用途の変更により不動
産の再生が可能かどうかも減価修正の際の検討対象となる。原価法による積算価格にはコ
ストが反映されているが、コストがかかったからといってその分市場で高値で売却できる
とは限らないので、市場面からの検証が必要となる。
3-2-2-2 取引事例比較法について競売特有に考慮すべき項目
一般の不動産鑑定評価では、土地(更地)価格を求める場合の基本的な評価手法として
取引事例比較法が採用される。これに対し競売評価では、①インターネット公開等に伴う
プライバシー保護の必要性、②簡潔性の要請があるので、土地について取引事例価格から
直接比準して評価されることはほとんどなく、公示価格等からの規準によって評価される
が、売買事例の水準と動向を考慮したうえで評価はされている。一方、マンションの評価
では、事例が均質で特定されないので取引事例比較法を適用することが多い。
- 22 -
[取引事例比較法の留意事項]
取引事例比較法は、通常複数の取引事例が用いられ、土地の鑑定評価では最も一般的に
採用される手法で有効性は高いが、採用される事例の類似性・信頼性と数によって比準価
格の信頼性や制度は左右される。住宅地等では取引も多く、事例から求めた価格も一定の
範囲内に収斂する。しかし、それ以外は必ずしも豊富な事例データが存在するとは限らず、
地価変動期ではここの事例間で高値・安値の開差が大きく、各事例よりもとめられた試算
価格の間で大幅な開差が生じ、どの事例を重視したかで決定価格が相当異なる場合もある。
また、土地建物一体不動産の評価では、通常、一体不動産についての取引事例法は適用
せず、土地についてのみ取引事例比較法を適用し、建物については原価法を適用し、一体
としては、原価法による積算価格として評価する。
[マンション(区分所有建物)の取引事例比較法]
競売では取引事例比較法は主にマンションの評価に適用される。対象物件と、場所・建
築年次・専有面積・グレード等が類似する中古マンションの売買事例価格から、取引事情・
取引時点・場所・建物の品等・築後経過年数・位置・階層等の要因を比較考量して評価す
るが、中古マンションの単価はリフォームの有無によって大きく異なる。なお、マンショ
ンの取引事例は内部の状態やリフォームの程度等詳細が判明していないことが多いので他
の評価方法と併用される。また、マンションの売買単価は採用面積が登記(内法)と壁芯
では大きく異なるので、いずれかに基準を統一して評価されているが、競売では登記面積
を採用することが多い。
3-2-2-3
収益還元法について競売特有に考慮すべき項目
収益還元法は、採用される還元利回り(DCF 法では割引率と最終還元利回り)によって
価格が大きく異なる。また、収益の内訳に共益費・管理費収入を含むか否かに留意する必
要があるが、競売評価ではこれらを含まない賃貸収入のみが収益として計上されることが
多い。
競売評価で採用する利回りは、一般市場や競売市場の利回りを分析のうえ経験値を考慮
して基本的な還元利回りや割引率を判定し、さらに物件ごとのリスクプレミアムを加算(ま
たは減算)して求められる。
市場で成立する利回りは、買受希望者の購入動機や、建物用途によって大きく異なる。
住居系や事務所系は賃料や契約について安全性・確実性が高いので利回りが低く、飲食店
やレジャービル等は不安定であるので利回りは高い。
- 23 -
[直接還元法について競売特有に考慮すべき項目]
直接還元法は、1棟売り賃貸マンション、オフィスビル、賃貸用店舗ビル等の収益物件
や底地・ワンルームマンション等のように、賃料収入があり、収益性を基準として価格が
決定される不動産に適用される。
また、直接還元法は一部の商業地等を除けば他の評価方法による価格と比べ低く求めら
れることが多いことから、不良債権処理のために確実に売却できる価格を求める場合にも
適用される。
直接還元法による評価手法には、取引の際の指標として一般的に採用されている①総収
益(現況賃料収入)を粗利回り(表面利回り)で還元する方法と、鑑定評価基準で規定し
ている②純収益(総収益-総費用)を判定して還元利回り(総収益利回り)で還元する方
法がある。①・②いずれの方法を採用するかは各庁で適用基準を定めている。
[DCF 法について競売特有に考慮すべき項目]
DCF 法は、一定期間(通常 3~10 年)不動産を賃貸した後転売することを想定し、転売
までの年々のキャッシュフローと転売利益を現在価値に割り引いてその合計額を求める手
法である。企業会計、金融や不良債権市場、一般の鑑定評価で採用されていることから、
競売評価でも大都市圏を中心に分譲のマンション、ワンルームマンション、優良な収益物
件の評価に適用されている。
競売物件は、過去の賃貸収支や建物の修繕履歴が判明しておらず、管理状態も悪い場合
がある。また、短期賃借権保護規定の廃止によって賃借人の地位は不安定となり、差押え
以降もテナント・入居者の退去と空室の増加が懸念され、一般の不動産と比べ空室率は高
いことが多い。
DCF 法は、将来の収支項目についての想定に基づく評価であり、有効性と限界を考慮し、
他の評価手法と併用して評価額を決定する。年々のキャッシュフローを精緻に分析する手
法であるため、不確実性の高い競売物件ではその有効性を見極める必要がある。
なお、競売評価の DCF 法は、積算価格が公示価格レベルで評価され、市場価格の幅の中
でやや低めに求められていることに対応し、割引率や最終還元利回りは安定的・保守的な
数値(一般市場における幅の中でやや高めの数値)が採用されている。また、早期売却に
対応する修正は、利回りではなく、試算価格の調整を行った後の競売市場修正で行われて
いる。
3-2-3
競売市場修正
上記したとおり、三方式の適用によって求められた基礎となる価格について短期間で売
却可能な価格を評価するために市場性修正と競売市場修正を行う。
競売物件には特有のマイナス要因があり、限られた期間内に確実な売却を期すためには
- 24 -
不動産業者が取得して転売しても採算の合う価格(いわゆる卸値としての水準)で評価す
る必要がある。そのための原価修正が競売市場修正であり、修正率は地域の需給バランス
と売却状況により異なる。
3-2-3-1
競売物件特有の原価と卸値
競売物件は購入に心理的抵抗感があることに加え、一般の取引と異なり特有のマイナス
要因がある。すなわち、物件の引渡しを受けるために法的な手続きをとらなければならな
い場合があること、所有者の協力が得られない場合があること、内覧制度を除いては事前
に物件に立ち入ることができないこと、物件調査は目視可能な部分に限られること、物の
隠れた瑕疵について瑕疵担保責任がないこと、調査時点意向物件の変化や劣化の可能性が
あること、情報提供期間や売却期間が短いこと、入札には保証金が必要で原則として代金
即納であること等の特殊性がある。評価に際してはこの点を反映した減価修正が必要とな
り、競売市場修正が行われる。
平成 16 年改正により、民事執行法 58 条 2 項では、
「評価人は、強制競売の手続きにおい
て不動産の売却を実施するための評価であることを考慮しなければならない」とされてお
り、競売市場修正は市場性修正とともに考慮事項に該当する。
こうした特殊性を考慮すると市場参加者としては、物件の取得後最終需要者に転売する
不動産業者も想定されるところであり、競売市場修正後の価格は、いわば卸売業者が取得
する卸値(不動産業者が取得して採算の合う価格)の水準である。
3-2-3-2
競売市場修正率の内訳
具体的な競売市場修正率の内訳を示すと[図表2]の通りである。
一般市場価格から明渡しに要する費用、心理的減価ならびに瑕疵担保責任がないことの
減価、転売経費(登記費用、登録免許税、不動産取得税、販売費、管理費等)、取得から転
売までの支払い金利、業者利潤に相当する金額を控除したものが競売の想定売却価額(卸
値)となる。転売が容易な物件は転売経費や業者利潤(競売特有の減価)が少ないので売
却(落札)価額が高くなり、転売が困難ないしは長期化するものは減価が大きくなるので
売却(落札)価額は低くなる。
- 25 -
図 2 競売市場修正の概念図
一般市場
競売特有
減価
転売経費
業者利潤
売却(競争)
促進
評価額(地価下落時)
(売却基準価額)
競売評価額
明渡費用
心理的抵抗感等
登記費用・税負担
販売費・管理費
金利・利潤
卸値修正
価格
競売市場修正
一般市場
競売市場
卸値の平均
卸値の幅
将来の地価変動
卸値の最低
しかし、こうして求められた想定売却価額は卸値の平均値であり、競売では迅速・確実
な売却が求められていることを考慮すると、少なくとも地価下落期においては評価額は卸
値として市場に提供する最低限の価格を求め、売却を促進することが必要となる。
卸値としてみると地価下落時において、買受人は将来(転売時)の地価下落(リスク)
を見込んで落札するため卸値修正率や売却促進のための修正率を大きく評価する必要があ
る。
逆に地価上昇時には転売時の価格は上昇が見込める、ないしは転売期間が短くなるため
競売市場修正率は高くてもよいという考え方が成立する。
このように競売市場修正率は「(1-競売特有の減価率)×売却促進のための修正率」と
して把握される。
競売評価では基礎となる価格(一般市場価格)に市場性修正、競売市場修正を行って評
価額を決定する。いわば、卸値水準の最低ラインを掲示することにより、確実な売却と、
市場参加者の増大による競争を通じた売却価額の上昇を意図している。現実にも絶対水準
の安さに注目して市場参加者が増大し、競争が促進され売却価額が上昇することが認めら
れる。
- 26 -
3-2-3-3
実際に適用する競売市場修正率
競売市場修正率は、大都市圏では 60%~70%(減価率 40%~30%)が多いが、市況が悪
い地域では 50%前後となる場合もある。修正率は、売却データの分析により帰納的に決定
され、市況の変化により変更される。本来競売市場集成立は物件の種類や地域ごとに細分
化したほうが市場の実態と合致する。すなわち、マンションや戸建住宅といった良好な物
件は修正率を高く(減価率を小さく)
、農地や山林といった売却困難物件は低く(減価率を
大きく)することである。けだし卸値にいたる経費やリスクは物件の種類によって大きく
異なるからである。また、卸値修正としてみると、競売市場修正の方法として一般市場価
格から転売経費と業者利潤等の実額を求めて控除する考えも成立し、この場合売買総額が
小さい物件については経費や利潤の率ではなく絶対額を確保する必要性から修正率を低く
(減価率を大きく)するのが妥当である。
しかし、競売においては大量の物件を迅速に処理する必要があり、買受希望者や債権者
等から見たわかりやすさが優先されるので、修正率は各裁判所ごとに一律に設定され、一
定期間継続されることが多い。この場合、売却の難易度に応じた卸値修正率の不足部分は、
評価実務上は市場性修正でカバーされることになる。
需要の強い大都市圏の売却価額は売却基準価額を平均して 30%~70%程度上回ることが
あり、結果として卸値の価格水準ではなく最終需要者価格に近い水準で落札される場合も
多い。落札者は不動産業者が多く、最終需要者をすでに客付けしていたり、リフォームや
コンバージョン等によって付加価値をつけることができないと高水準の価格は成立しない。
競売市場の背後にはシステム化された二次市場が形成されていることもある。
3-2-4
不動産競売市場の価格構造
3-2-4-1 売却基準価額および買受可能価額
売却基準価額(不動産の売却の基準となる額)は平成 16 年改正法により新たに定められ
た価格であるが、評価の方法は旧法の最低売却価額の場合と変わらない。
売却基準価額は、基礎となる価格から市場性修正・競売市場修正を行って求めた卸値水
準の価格であり、競売手続の中では出発点の価格といえる。売却基準価額は物件価格とし
て公告されるほか、民事執行法 66 条の買受の申出の保証額(原則として売却基準価額の 10
分の 2)の計算、配当の際の債権者等への案分計算、各不動産に執行費用を負担させる際の
案分計算に使用され、買受可能価額の算出根拠となる。
買受可能価額は、売却基準価額からさらに 20%下回る価額である。卸値の最低の額にも
一定の幅が認められることを理由として、売却をより確実にするために定められた政策的
な価格である。すなわち買受可能価額は売却基準価額の 10 分の 8 であり、売却基準価額が
1000 万円の場合は 800 万円以上で買受けが可能となる。
買受可能価額は、超過売却の判定基準、無剰余および無剰余取消しの判定基準、次順位
- 27 -
買受の申出の額の基準、買受けの申出をした差押え債権者のための保全処分の申立の際の
申出額の基準として使用される。
3-2-4-2 不動産競売市場の価格構造
これまで述べた評価額、市場価格、売却基準価額、買受可能価額、市場性修正、競売市
場修正の関係を図示すると、[図3]になる。需要が強く転売が容易なマンションや戸建住宅
(図では「A
市場性のある物件」)と、買い手が少なく一般市場で売却するにも長時間を
要する農地・山地や工場・特殊物件等(いわゆる売却困難物件。図では「B
市場性の弱い
物件」)とでは価格構造が大きく異なる。
競売は不良債権の最終処理市場であり、任意売却できない物件が多数持ち込まれるため
一般市場に比べ売却困難物件の割合が高く、売却困難物件の評価は重要なテーマである。
- 28 -
図 3 競売価格構造のイメージ図
A 市場性のある物件
(戸建住宅・マンション等)
B 市場性の弱い物件
(農地、特殊物件等)
買増率
(平均
1.3 ~
1.7 が
多いが
優良物
件 は
1.7 ~
2.0 の
場合も
ある)
予測さ
れる売
却価額
の幅
100
基礎となる価格
(公示価格レベル)
競売市場修正
(×0.6~0.7)
60~
70
売却基準価額
≒評価額
(×0.8)
48~
56
70~
90
競売市場修正
(×0.6~0.7)
42~
63
2 回目売却の
売却基準価額
売却基準価額
≒評価額
29~
44
(×0.8)
2 回目売却の
売却基準価額
2 回目売却の
買受可能価額
(×0.8)
取消し
または手続続行
3 回目売却の
買受可能価額 取消し
または手続続行
- 29 -
不売の場 合
3 回目売却の
売却基準価額
不売の場 合
3 回目売却の
売却基準価額
34~
50
不売の場 合
3 回目売却の
買受可能価額
市場性修正
(×0.7~0.9)
(×0.8)
2 回目売却の
買受可能価額
(×0.8)
買増率
(0.8 ~
2.5 に
分散し
事情に
より極
端に高
い場合
も あ
る)
不売の場 合
42~
49
(×0.8)
基礎となる価格
(公示価格レベル)
不売の場 合
不売の場 合
買受申出の
可能範囲
市場価格の平均
市場価格 の幅 不( 明確で 広い )
市場価格 の幅
市場価格の平均
第4章
研究の方法と理論的検討
4-1 研究手法
本論文では、ヘドニック・アプローチという研究手法を用いる。
ヘドニック・アプローチとは、品質に関する各種の特性を示す数値を用いて、品質に対
応した価格を、推定する回帰分析手法である。たとえば住宅価格を、住宅購入時の個別選
好指標、具体的には最寄駅までの時間、都心への通勤時間や周辺環境、床面積、建築年等
の各指標毎の束で回帰し、価格ベクトルとして再現する。
4-2 データの概要
本論文で扱った物件の種類は中古マンションである。これは、競売に供される不動産は
必然的に中古であるということから、一般市場において取引されている不動産のサンプル
も同条件にしたいという理由である。
競売物件、一般市場物件はそれぞれ以下のような条件によって絞り込んだ。
(1)時期:競売物件…2006 年1月 1 日~11 月 1 日取引分
一般市場物件…2006 年 11 月 1 日掲載分
(2)地域:東京 23 区
競売物件は最高裁判所事務総局『不動産競売情報サイト(http://bit.sikkou.jp/)』、一般
市場物件は株式会社リクルート『住宅情報ナビ(http://www.jj-navi.com/)』より収集し
た。
4-2-1 記述統計量
記述統計量
度数
最小値
最大値
平均値
標準偏差
tokyo(分)
1558
5
322
30.21
11.431
tokyo(log)
1558
.698970004
2.50785587
1.45785228
.140876373136736
徒歩(分)
1558
0
52
7.97
5.515
walk(log)
1558
.000000000
1.7242758
.878359749
.261480700215
売却価額(円)
1558
1560300
210000000
23285954.8
18438159.540
売却(単位)
1558
41753
4010000
430391.09
229750.897
売却(単位log)
1558
4.620690
6.603144
5.58250123
.213816133
売却基準価額(円)
1558
960000
210000000
19705372.7
18292159.123
売却基準(単位)
1558
18008.2838
1681666.66
354903.050
217883.436059059
売却基準(単位log)
1558
4.255472
6.225740
5.47771327
.253172089
ワンルーム,1DK
1558
0
1
.14
.348
- 30 -
1DK,2K
1558
0
1
.08
.267
1LDK,1SLDK,2DK,3K
1558
0
1
.20
.404
2LDK,2SLDK,3DK
1558
0
1
.29
.456
3LDK,3SLDK,4DK
1558
0
1
.28
.451
4LDK,4SLDK,5DK
1558
0
1
.04
.189
築年数(~06/12)
1558
0
43
19.37
10.420
築年数(log)
1549
.00000
1.63347
1.1933481
.33621548
管理費等
1558
0
94350
16721.65
9196.020
管理費等(log)
1555
3.0414
4.9747
4.165992
.2383040
床面積
1558
6.0
240.7
53.088
23.2589
床面積(log)
1558
.77815
2.38148
1.6802590
.20853146
総戸数
1557
1
1201
74.20
102.471
総戸数(log)
1557
.000000000
3.07954300
1.67037748
.39342705228185
競売ダミー
1558
0
1
.56
.496
有効なケースの数 (リストごと)
1545
4-3 分析の手順
4-3-1
売却基準価格と一般不動産価格の比較
売却基準価格は不動産鑑定士等が設定した競売の出発点の価格である。この売却基準価
格と一般不動産価格を比較することで、不動産鑑定士等が競売であるという要因をどのよ
うに評価しているかが判明する。先述したとおり、通常は一般不動産価格の 60~70%に設
定することが多いようである。
4-3-2
売却価格と一般不動産価格の比較
売却価格とは不動産競売市場において実際に取引が行われた額であり、最高入札者によ
ってつけられた価格である。この売却価格と一般不動産価格の比較をすることで、市場参
加者が競売物件であるということをどのように評価しているかということが判明する。
4-3-3 競売不動産のみのヘドニック分析
競売不動産には特有の項目があり、それらの項目が競売不動産の価格形成にどのように
影響しているのかを調査する。
(1)占有者が「あり」であるか、「債務者・所有者」であるかの違いによる価格の変
化(占有者が「なし」のところがないため、情報の開示によってどう違うのか)
(2)物件に土地が付着しているか否かによる価格の変化
- 31 -
(3)落札者属性(法人 OR 個人)の違いによる価格の変化
4-4 仮説
4-4-1
売却基準価格と一般不動産価格の比較
推定モデル:logP=f(X1,X2,X3,…,X12)
[被説明変数]P:1 ㎡あたり価格2(万円/㎡)
[説明変数]
X1:東京までの時間(分)
X2:駅までの徒歩時間に対数を取ったもの
X3:ワンルーム、1DK ダミー(ワンルーム、1DK であれば1、それ以外は 0)
X4:1DK,2K ダミー(1DK,2K であれば1、それ以外は 0)
X5:1LDK,1SLDK,2DK,3K ダミー(1LDK,1SLDK,2DK,3K であれば1、それ以外
は 0)
X6:3LDK,3SLDK,4DK ダミー(3LDK,3SLDK,4DK であれば1、それ以外は 0)
X7:4LDK,4SLDK,5DK ダミー(4LDK,4SLDK,5DK であれば1、それ以外は 0)
X8:築年数3(月)
X9:管理費に対数をとったもの
X10:床面積に対数をとったもの
X11:総戸数に対数をとったもの
X12:競売ダミー(競売物件であれば1、それ以外は 0)
4-4-2
売却価格と一般不動産価格の比較
推定モデル:logP=f(X1,X2,X3,…,X12)
[被説明変数]P:1 ㎡あたり価格4(万円/㎡)
[説明変数]
X1:東京までの時間(分)
X2:駅までの徒歩時間に対数を取ったもの
X3:ワンルーム、1DK ダミー(ワンルーム、1DK であれば1、それ以外は 0)
X4:1DK,2K ダミー(1DK,2K であれば1、それ以外は 0)
X5:1LDK,1SLDK,2DK,3K ダミー(1LDK,1SLDK,2DK,3K であれば1、それ以外
2
3
4
競売物件の場合は売却基準価格
2006 年 12 月時点
競売物件の場合は売却価格
- 32 -
は 0)
X6:3LDK,3SLDK,4DK ダミー(3LDK,3SLDK,4DK であれば1、それ以外は 0)
X7:4LDK,4SLDK,5DK ダミー(4LDK,4SLDK,5DK であれば1、それ以外は 0)
X8:築年数5(月)
X9:管理費に対数をとったもの
X10:床面積に対数をとったもの
X11:総戸数に対数をとったもの
X12:競売ダミー(競売物件であれば1、それ以外は 0)
4-4-3
競売不動産のみのヘドニック分析
推定モデル:logP=f(X1,X2,X3,…,X12)
[被説明変数]P:1 ㎡あたり価格(万円/㎡)
[説明変数]
X1:東京までの時間(分)
X2:駅までの徒歩時間に対数を取ったもの
X3:ワンルーム、1DK ダミー(ワンルーム、1DK であれば1、それ以外は 0)
X4:1DK,2K ダミー(1DK,2K であれば1、それ以外は 0)
X5:1LDK,1SLDK,2DK,3K ダミー(1LDK,1SLDK,2DK,3K であれば1、それ以外
は 0)
X6:3LDK,3SLDK,4DK ダミー(3LDK,3SLDK,4DK であれば1、それ以外は 0)
X7:4LDK,4SLDK,5DK ダミー(4LDK,4SLDK,5DK であれば1、それ以外は 0)
X8:築年数6(月)
X9:管理費に対数をとったもの
X10:床面積に対数をとったもの
X11:総戸数に対数をとったもの
X12:
(1)の分析の場合:占有者ダミー(占有者が「債務者・所有者」であれば1、そ
れ以外は 0)
(2)の分析の場合:土地ダミー(物件に土地が付着していれば1、それ以外は 0)
(3)の分析の場合:法人ダミー(落札者属性が法人であれば1、個人であれば 0)
5
6
2006 年 12 月時点
2006 年 12 月時点
- 33 -
4-5 結果
4-5-1
売却基準価格と一般不動産価格の比較
モデル
R
1
.772(a)
R2 乗
調整済み
推定値の
R2 乗
標準誤差
.596
.592
.161766111
a 予測値: (定数)、競売ダミー, 3LDK,3SLDK,4DK, tokyo(分), 4LDK,4SLDK,5DK, 総戸数(log), 1DK,2K, 徒歩(log),
築年数(~06/12), ワンルーム,1DK, 1LDK,1SLDK,2DK,3K, 管理費(log), 床面積(log)。
標準化係
非標準化係数
モデル
1
B
数
標準誤差
(定数)
5.139
.100
tokyo(分)
-.001
.000
徒歩(log)
-.123
ワンルーム,1DK
ベータ
t
有意確率
51.183
.000
-.056
-3.354
.001
.016
-.127
-7.553
.000
.115
.021
.159
5.545
.000
1DK,2K
.064
.019
.067
3.397
.001
1LDK,1SLDK,2DK,3K
.032
.012
.051
2.730
.006
3LDK,3SLDK,4DK
-.018
.011
-.031
-1.604
.109
4LDK,4SLDK,5DK
-.058
.024
-.044
-2.429
.015
築年数(~06/12)
-.007
.000
-.284
-16.474
.000
管理費(log)
.200
.023
.188
8.864
.000
床面積(log)
-.047
.044
-.039
-1.065
.287
総戸数(log)
.039
.011
.061
3.683
.000
競売ダミー
-.396
.011
-.774
-37.457
.000
a 従属変数: 売却基準(単位log)
この結果から、不動産鑑定士等が競売物件に対して(経験的に)一般市場価格よりも 4
割のほど低く見積もっているということが証明された。前述したとおり、
「競売市場修正率
は、大都市圏では 60%~70%(減価率 40%~30%)が多いが、市況が悪い地域では 50%
前後となる場合もある」とされており、この結果はそれを忠実に再現しているといえる。
- 34 -
4-5-2
売却価格と一般不動産価格の比較
モデル
R
1
.629(a)
R2 乗
調整済み
推定値の
R2 乗
標準誤差
.396
.391
.166954264
a 予測値: (定数)、競売ダミー, 3LDK,3SLDK,4DK, tokyo(分), 4LDK,4SLDK,5DK, 総戸数(log), 1DK,2K, walk(log),
築年数(~06/12), ワンルーム,1DK, 1LDK,1SLDK,2DK,3K, 管理費等(log), 床面積(log)。
標準化係
非標準化係数
モデル
1
B
数
標準誤差
(定数)
5.171
.104
tokyo(分)
-.002
.000
Walk(log)
-.185
ワンルーム,1DK
ベータ
t
有意確率
49.908
.000
-.101
-4.978
.000
.017
-.226
-11.024
.000
.119
.021
.193
5.513
.000
1DK,2K
.040
.019
.050
2.061
.039
1LDK,1SLDK,2DK,3K
.028
.012
.053
2.306
.021
3LDK,3SLDK,4DK
-.007
.011
-.016
-.659
.510
4LDK,4SLDK,5DK
-.056
.025
-.049
-2.257
.024
築年数(~06/12)
-.008
.000
-.373
-17.715
.000
.210
.023
.234
9.027
.000
床面積(log)
-.049
.045
-.048
-1.088
.277
総戸数(log)
.051
.011
.094
4.595
.000
競売ダミー
-.212
.011
-.491
-19.441
.000
管理費等(log)
a 従属変数: 売却(単位log)
この結果から、最高入札者によってつけられた価格は、一般不動産市場において形成さ
れる不動産価格よりも2割ほど低いということがわかる。鑑定士が競売不動産に対して設定
した価格よりも高い価格で落札されるということは、やはり競売における勝者の呪いが存
在しているともいえる。
- 35 -
4-5-3
競売不動産のみのヘドニック分析
[占有者が「あり」であるか、「債務者・所有者」であるかの違いによる価格の変化]
モデル
R
1
.506(a)
調整済み
推定値の
R2 乗
標準誤差
R2 乗
.256
.245
.1686190
a 予測値: (定数)、占有者, tokyo(log), 1DK,2K, 4LDK,4SLDK,5DK, 総戸数(log), 徒歩(log), 2LDK,2SLDK,3DK, 築
年数(~06/12), 管理費等(log), ワンルーム,1DK, 3LDK,3SLDK,4DK, 床面積(log)。
係数(a)
標準化係
非標準化係数
モデル
1
B
数
標準誤差
(定数)
4.981
.181
tokyo(log)
-.117
.041
徒歩(log)
-.114
ワンルーム,1DK
ベータ
t
有意確率
27.476
.000
-.086
-2.832
.005
.021
-.162
-5.290
.000
.083
.026
.168
3.217
.001
1DK,2K
.060
.027
.076
2.168
.030
2LDK,2SLDK,3DK
.001
.019
.003
.072
.942
3LDK,3SLDK,4DK
.014
.022
.033
.662
.508
4LDK,4SLDK,5DK
-.007
.046
-.005
-.156
.876
築年数(~06/12)
-.008
.001
-.418
-12.768
.000
.226
.042
.221
5.365
.000
床面積(log)
-.187
.059
-.213
-3.170
.002
総戸数(log)
.065
.016
.121
3.978
.000
-.016
.012
-.041
-1.333
.183
管理費等(log)
占有者
a 従属変数: 売却基準(単位log)
この結果から、占有者情報が開示されていてもいなくても価格に影響することはほとん
どないということが証明された。
- 36 -
[物件に土地が付着しているか否かによる価格の変化]
モデル
R
1
.505(a)
R2 乗
調整済み
推定値の
R2 乗
標準誤差
.255
.244
.1687523
a 予測値: (定数)、土地, 床面積(log), tokyo(log), 1LDK,1SLDK,2DK,3K, 4LDK,4SLDK,5DK, 徒歩(log), 1DK,2K, 総
戸数(log), 築年数(~06/12), 3LDK,3SLDK,4DK, 管理費等(log), ワンルーム,1DK。
係数(a)
標準化係
非標準化係数
モデル
1
B
数
標準誤差
(定数)
4.955
.185
tokyo(log)
-.113
.042
徒歩(log)
-.113
築年数(~06/12)
ベータ
T
有意確率
26.717
.000
-.083
-2.694
.007
.022
-.162
-5.260
.000
-.008
.001
-.427
-11.298
.000
.230
.042
.225
5.437
.000
床面積(log)
-.194
.059
-.220
-3.261
.001
総戸数(log)
.068
.018
.128
3.762
.000
ワンルーム,1DK
.085
.028
.173
3.027
.003
1DK,2K
.059
.029
.076
2.080
.038
1LDK,1SLDK,2DK,3K
.001
.019
.001
.028
.978
3LDK,3SLDK,4DK
.012
.017
.028
.716
.474
4LDK,4SLDK,5DK
-.013
.043
-.010
-.305
.760
.011
.017
.024
.642
.521
管理費等(log)
土地
a 従属変数: 売却基準(単位log)
この結果から、物件に土地が付着していてもいなくても価格にはほとんど影響がないとい
うことがわかる。この場合、土地には別途費用が必要となるため、このような結果になっ
たといえる。また、本論文で扱っているのはマンションであり、マンションに土地が付着
することで価格が高くなるとは言いがたいため、妥当な結果であった。
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[落札者属性(法人OR個人)の違いによる価格の変化]
モデル
R
1
.509(a)
R2 乗
調整済み
推定値の
R2 乗
標準誤差
.259
.248
.1682993
a 予測値: (定数)、落札者属性, 総戸数(log), 4LDK,4SLDK,5DK, tokyo(log), 1LDK,1SLDK,2DK,3K, 1DK,2K, 徒歩
(log), 管理費等(log), 築年数(~06/12), 3LDK,3SLDK,4DK, ワンルーム,1DK, 床面積(log)。
標準化係
非標準化係数
モデル
1
B
数
標準誤差
(定数)
4.999
.184
tokyo(log)
-.119
.041
徒歩(log)
-.117
築年数(~06/12)
ベータ
T
有意確率
27.174
.000
-.087
-2.886
.004
.021
-.167
-5.448
.000
-.008
.001
-.401
-12.094
.000
.216
.042
.212
5.106
.000
床面積(log)
-.192
.059
-.218
-3.260
.001
総戸数(log)
.061
.016
.115
3.780
.000
ワンルーム,1DK
.090
.028
.183
3.200
.001
1DK,2K
.064
.029
.082
2.253
.024
1LDK,1SLDK,2DK,3K
.003
.019
.006
.153
.878
3LDK,3SLDK,4DK
.013
.017
.031
.807
.420
4LDK,4SLDK,5DK
-.004
.043
-.003
-.089
.929
.033
.015
.071
2.251
.025
管理費等(log)
落札者属性
a 従属変数: 売却基準(単位log)
この結果から、落札者が個人であっても法人であってもあまり差がないということがわ
かる。法人による落札のほうが若干個人による落札よりも価格が高い。これは法人のほう
が高い物件を落札できるほどの資金を持っているという結果に過ぎないが、妥当であった
といえる。
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第5章
総括
5-1 まとめ
第 4 章の分析結果により以下のことが判明した。
結果1.不動産鑑定士等は理論どおり、競売物件に対して一般市場価格よりも 4 割の
ほど低く見積もっている。
結果2.競売不動産は一般の不動産価格よりも 2 割ほど低い価格で落札されている。
第 2 章、第 3 章を踏まえると、結果1は不動産競売市場における基準価格形成を忠実に
あらわしているといえる。
競売市場がリスクの高い市場であることや、その特殊性からそこで形成される価格は一
般の不動産と比して 4 割程度低くなるという理論値が存在しながらも、結果2のような結
果が出たということは、やはり第 2 章で述べたように不動産競売市場にも「勝者の呪い」
が存在しているともいえる。競売という取引は一見わかりやすいように見えて一般の不動
産を購入する手続よりも手間がかかり、専門的な知識も必要となる。また、望んでいる通
りのスペックの物件が直ちに見つかるとは限らず、市場参加者が限定されてしまうといえ
る。さらに、短期賃貸借権保護制度が改正されたものの、不動産の賃借人に手厚い日本の
法律には競売不動産の占有に関して抜け道が存在しないとは言い切れない。競売不動産は
新たな投資対象物件として注目を集めており、以前に比べて競売不動産の取引が盛んに行
われるようになったとはいえ、浸透するまでには時間がかかりそうである。
つまり、
結論1.競売市場においては、取引価格は高くなる
結論2.競売不動産は一般の不動産に比べて 2 割程度安いといわれているが本来はもっ
と低い価格で取引されるべきである
ということができる。
5-2 課題と展望
まず、本論文では物件を東京 23 区に限定して検討したが、競売市場は都市の性質によっ
て違いがあるということが文献研究により明らかになった。よって、東京 23 区だけではな
く都心から離れた地域における競売市場がどのようになっているかを調べることは大変価
値のあることである。
また、上記の結果1について、理論値と実際の値がほとんど一緒であるといえたが、そ
れは早期売却を目的とした競売主催者の思惑通りということもできる。競売物件が本当に
一般不動産に比べて 4 割程度の価値しかないのであるかを検討する必要がある。
さらに、その前提に基づき、実際に落札された価格はあるべき価格と比べてどの程度乖
離があるのかを再検討すべきである。そこで初めて、「勝者の呪い」の存在を証明できると
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もいえ、本論文は大変多くの課題を残している。
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参考文献
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金融財政事情研究会『競売不動産評価の理論と実際』きんざい
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ーズ
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Vol.37,pp.20-27.
西村直子(2006)「やさしい経済学 実験で解く
オークションと市場 1 見えざる手とは」
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西村直子(2006)「やさしい経済学 実験で解く オークションと市場
2 4 タイプでみる」
『日本経済新聞』2006 年 11 月 16 日
西村直子(2006)「やさしい経済学 実験で解く
オークションと市場 3 否定された理論」
『日本経済新聞』2006 年 11 月 17 日
西村直子(2006)「やさしい経済学 実験で解く
オークションと市場 4 モラル問う前に」
『日本経済新聞』2006 年 11 月 20 日
西村直子(2006)「やさしい経済学
実験で解く
オークションと市場
5
ついつい強気に
『日本経済新聞』2006 年 11 月 22 日
西村直子(2006)「やさしい経済学
実験で解く
オークションと市場
6
呪われた勝者」
『日本経済新聞』2006 年 11 月 23 日
西村直子(2006)「やさしい経済学
実験で解く
オークションと市場
7
合理的なら勝つ
オークションと市場
8
文明と理性と感
か」『日本経済新聞』2006 年 11 月 24 日
西村直子(2006)「やさしい経済学
実験で解く
情『日本経済新聞』2006 年 11 月 27 日
福島弘榮編著(2001)『金融マンのための 不動産競売申立の実際』自由国民社
宮部みゆき(2002)『理由』朝日新聞社
山 村 能 郎 (2006) 「 鑑 定 価 格 と 取 引 価 格 の 格 差 に つ い て 」『 日 本 不 動 産 学 会 誌 』
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吉田靖、駒井正晶、森平爽一郎、喜多村広作、森永昭彦(2003)「新築マンション価格の変動
と家計の選択」『フィナンシャル・プランニング研究』Vol.3,pp.30-39
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