佐治晴夫先生 講義録(要旨) 「宇宙・ゆらぎ・フラクタル」 −宇宙の創生

佐治晴夫先生
講義録(要旨)
「宇宙・ゆらぎ・フラクタル」
−宇宙の創生から人間まで−
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宇宙研究の目的
ボストン美術館にあるポール・ゴ−ギャンの大作「我々はどこから来たのか?
我々は何者か?我々はどこへ行くのか?」という表題は、人間にとってもっとも根
源的な問いである。われわれは死を避けることはできない。一方人間誕生の不思議
は、0.2ミリの細胞で始まる人間の生命が、地球が10億年かかったことを、た
った210日で仕上げることである。そうして誕生したモノである人間はなぜ「考
える」のか、「心」とは何なのか? ゴ−ギャンの3つの問いは、われわれにとっ
てもっとも基本的なものであり、これを追究することが、けっきょくは宇宙研究の
目的であるといえる。
2000年前の中国の古典、「准南子(えなんじ)」には、「宇宙」の定義が書
かれているが、それによれば、「宇」は四方上下すなわち空間を、「宙」は往古来今す
なわち時間を意味している。われわれは身体を持つことによって空間を占有し、食
べることで未来を取り込み過去を捨てている。外界とやりとりをしながら、時間を
食べて生きているといってもいい。いいかえれば死とはこの世の時間と決別するこ
とである。宇宙の研究が空間と時間の研究ならば、それは、空間を占有し時間を食
べながら存在している人間を研究することになる。いいかえれば、「生きる」とは
どういう意味なのかを見つける旅ともいえよう。
結局、宇宙を研究する目的は次の二つにまとめられる。
(1)ここはどこか・・・・人間が生きていくうえで不可欠な自分の位置づけである。
(2)わたしはだれなのか・・・自分で自分の顔をけっして見ることができないよ
うに、一番わからないことである。
無人島で自分の名前を叫んでみても意味がない。つまり相手がいてはじめて意味
があるように、相手を通じてはじめて自分を知ることができるのであって、それは、
相手との関係においてしか物の絶対的存在はありえない、という物理学の原理でも
ある。自分の周りのものを知ることによってしか、自分を認識できないのである。
したがって、宇宙の研究を通じて人間の存在が見えてくるといえる。
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宇 宙 の誕生
昨年10月、NASAの人工衛星WMAPの、2003年2月から10月までの
観測デ−タによって、宇宙の年齢が137±1億年と確定した。宇宙に始まりがあ
ったということは、無から有が誕生したということであり、ここに無と有を超越し
た思想が必要になった。これはサンスクリットでいうSunya(ス−ニャ=空)と
いう考えに似ている。「空虚」はがらんどうを意味し、反対に老子のいう「虚空」はい
っぱい詰まっている状態をいう。しかし、これは一つのことのうらおもてを表して
いるのであって、物理的には同じことを意味している。それは宇宙誕生前の無の状
態といっていい。
われわれがものごとを認識するのは、変化(微分)があってはじめて可能となる。
「空」とは変化のない状態、すなわち一様な対称性をもった状態であり、それはすべ
てのものの始まりを意味する。したがって、宇宙は一様だった状態に何らかの原因
でわずかな「ゆらぎ」が生じ、それによって対称性が破れたことによって始まった
のである。これは数学的には HΨ=0 と表わされる。一様という状態は他と区別
できない状態であり、それ自体は何も生み出さない「空」の状態である。仏教では宇
宙と心が一体になった状態を指す。同時に「空」はすべてを生み出す始まりを意味す
る。このような「空」〓「無」の概念は佐治が提唱し、ホ−キング、ビレンキン、佐
藤勝彦によって宇宙論に創り上げられた。
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生命、人間の誕生
宇宙の誕生からどのようにして生命の誕生に到ったのであろうか。プリゴジンに
よれば、混沌とした状態において一定の条件が整ったとき、ある形態が作られると
いう。これを「自己組織化」という。そのようにして宇宙から生命体は誕生した。
万物は光の一粒から始まった、137億年の歴史の積み重ねである。それは日本思
想のもとにある多神教の考え方でもあり、「競争社会から共存へ」という考えにつ
ながる。
人間が他の生物と異なるのは(1)考える、(2)未熟児として生まれる、とい
う2点である。最近はあまり「考える」ことをしなくなった。メ−ルがそのよい例
である。メ−ルは右脳を使う。右脳は感情的、感覚的認識をつかさどる。これに対
し手紙は左脳を働かせて書く。では人間は未熟児として生まれるのはなぜか。それ
はプロセスを経験しながら成長するためである。ここに教育の意義がある。ヒト
(生物学的存在)→人(支え合う存在)→人間(社会的存在)と進化する過程で、価値観
が多様化し対立が生じ、やがて戦争に到る。したがって戦争の原因は宗教や経済で
はない。光の一粒から人間誕生に到る進化の歴史を知ることから、戦争をなくす方
策が出てくるのかも知れない。
では、人間はなぜ今あるようなかたちになったのか。その原因は(1)今あるよ
うな地球の大きさ=半径6500㎞、(2)今あるような地球の質量=6×10の
24乗㎏、(3)今あるような地球と太陽の距離、にあることが物理学的にわかる。
ところが、これらの条件を満たす星は宇宙には沢山存在する。オリオン座のM42
からの電波を調べると、左型アミノ酸が存在するのがわかる。ここには生命のもと
らしきものがありそうだ。生物を作っているアミノ酸は、すべて左型なのである。
生命は宇宙から降ってきたと思われる。現在、生命が存在すると思われる星が数十
個見つかっている。地球外生命とコンタクトをとるための、宇宙共通の言葉は数学
であり、コミュニケ−ションには音楽がある。数学と音楽は関連が深い。
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おわりに
この世のものにはみんな意味がある。過去にこだわることには意味がない。過去
はわからないが、未来はわかる。今を未来につないでいかなければならない。
科学技術は見えないものを見えるように、聞こえないものを聞こえるようにして
くれたが、反面、見えないもの、聞こえないものを信じさせなくなった。これは今
日の大きな問題である。
(事務局 記)