西アフリカ・ガーナ自然探訪

西アフリカ・ガーナ自然探訪
三上禎次 1),中野 優 2)
1)京都教育大学理学科 [email protected]
2)京都教育大学理学科 [email protected]
キーワード:西アフリカ,ガーナ,自然
(受付:2007 年 2 月 7 日)
Ⅰ.はじめに
2008 年 9 月 25 日~10 月 2 日,一度西アフリカ・ガーナを訪れたいという希望のもと,
著者の一人,三上の大学院時代の留学生の知人 Samuel B. Dampare 博士とともに,今回
の自然見聞の巡検を行なった。ガーナにはプレカンブリア時代~中・古生代の岩石が多く
存在する。それらの岩石や地層,金などのガーナの鉱産資源生成に関して学習する,地質
学を中心とした巡検を計画した。しかし最終的にこの巡検は地質にとどまらず,動物・植
物・気候・文化・生活風習など様々な要素を含む見聞となった。本報告では,主な地質・
動物・植物の一部を簡単に紹介する。なお,本論で扱う家畜や栽培作物を自然ととらえる
かどうかは議論があるが,一般に日本では見かけることがない生物種であることから,こ
こでは自然の一部として取り扱って説明する。今回日本からのメンバーは,三上禎次と地
学教室研究室学生の中野優・松岡健一郎・村本祥一で渡航した。
Ⅱ.ガーナ入国前に
ヨーロッパ経由でガーナに訪れたので,途中飛行機からサハラ砂漠を遠望でき,砂漠の
地形や日没などもみることができた。よく見ると,雨水が流れた痕跡までもみることがで
きた。乾燥した砂漠地帯とはいえ,そのような地形が形成される程度には雨量があること
が見て取れた。小さな雲がまばらにあり,この雲の陰が砂漠の黄色の地表に黒い影で投影
されている(図 2 a)
。日本のように狭く急峻な地形が多い島弧の上空では見ることのでき
ない広大な光景であった。また日没直後には,砂漠地帯の地平線から夜空にかけて美しい
グラデーションを見ることができた(図 2 b)
。
Ⅲ.ガーナという国
ガーナは西をコートジボアール,
東をトーゴ,
北をブルキナファソと隣接している国で,
首都はアクラである(図1)
。西アフリカは 15~19 世紀ごろ,欧州の行なった奴隷貿易の
悲しい歴史があり,たくさんの奴隷が送られて行った。奴隷貿易が終息に向かい,19 世紀
末ごろから欧州はアフリカの領土分割をし,ガーナはイギリスの植民地下に置かれたが,
1957 年にサハラ以南のアフリカで最初の独立を果たした。主な産業としてのカカオ生産の
他,金やダイアモンドなど鉱産資源で有名な国である。ガーナ中南部のアシャンティ地方
は金の王国として歴史的に栄えていた地域である。
図 1 ガーナの地質図(Ako and Wellman,1985 に加筆)と見学地点
ガーナの気候は,ギニア湾周辺の西南部で熱帯雨林気候,東南部と中部は赤道~半赤道
海洋性(湿潤サバンナ)気候で,年に 2 度,ギニア湾から風が吹く雨季(大雨季と小雨季)
がある。年間平均気温は約 27℃,我々が訪れたのは小雨季で蒸し暑かったが,幸い雨はほ
とんど降らなかった。乾季には北風に変わり,ハマターンと呼ばれるサハラ砂漠の砂塵を
含む風が吹き,空が白くにごる。ガーナは北部に向かうに従って熱帯大陸性サバンナ(乾
燥サバンナ)気候の地域に移行する。この気候が原因で,ガーナの大地を覆っている表土
は,多くのところで赤色化している(図 2 c)
。
全域において頭に商品を乗せて運搬する西アフリカの風景が多く見られ,北部ではのど
かな農村の風景や,ガーナの伝統的な円筒形の家屋も見られる(図 2 d,e)
。
食事情としては,主食はキャッサバ・プランテーン・ヤムイモ・米などで,これらの粉
を練って作ったものを辛いトマトシチューに似たテイストのスープにつけて手で食べるも
のが多い。フーフーはその代表的なものである(図 2 f)
。大西洋ギニア湾が近いので魚食
材も多い(図 2 g)
。
日本との関係では,20 世紀初頭,黄熱病の研究においてガーナで死を遂げた野口英世が
有名である。アクラ市内西南部にあるコレブ病院には野口英世の記念展示室や記念像もあ
る(図 2 h)
。黄熱病・マラリアなど,蚊を媒介にした感染症が多い地域であり,入国する
ためには黄熱病の予防接種が必須となっている。
近年,ガーナ西部の近海で油田が発見され,エネルギー資源の点でも注目を集めている
が,一方で経済や産業による社会格差など懸念されている面もある。
図 2 a,b. サハラ砂漠とその日没(撮影は非離着陸時) c. ガーナの赤土(ダモンゴ周辺) d. 頭
に物を載せて運ぶガーナ人(キンタンポにて) e. 北部・農村の伝統的家屋(ダモンゴ周辺) f. ガ
ーナの代表的な料理 FUFU(クマシ市内) g. 大西洋ギニア湾(ウィネバ,ロイヤルビーチ) h. 野
口英世記念像(アクラ市,コレブ病院)i. ガーナ大学の図書館(アクラ市) j. Voltaian の遠望
(ンカウカウ近郊) k,l.オブアシ金鉱山の坑道見学と金を含む鉱石
図 3 a,b. ウィネバ閃緑岩 c,d. エルミナ海岸のオルドビス紀の地層 Sekondian e. モレ国立公
園のサバンナ f.イボイノシシ(モレ国立公園) g. ウォーターバック(モレ国立公園) h. コブ(モ
レ国立公園) i. サバンナヒヒ(モレ国立公園) j. シュモクドリ(モレ国立公園) k. 湿潤サバン
ナに浮かぶ高木(オブアシ南方) l. 幹から直接なるカカオの果実(写真果実の大きさ約 20cm)
(ク
マシ市内) m. バナナと同種のプランテーンの果実(クマシ市にて) n. キャッサバの葉(写真横約
1m,アクラ市内) o. ヤムイモの市(キンタンポにて)
Ⅳ.主な見聞内容
1.地質
西アフリカはゴンドワナ大陸を起源とし,始生代~原生代のプレカンブリアの岩石を基
盤として大陸を形成している(図1)
。金鉱山やプレカンブリア~古生代の岩石や地層を見
聞した。
Loc.1.ガーナ大学 - University of Ghana - (図 2 i)
ガーナの首都アクラ市の北部に国立のガーナ大学がある。構内の石や地面には赤色の砂
とともに周辺の地質を構成するトーゴ帯と呼ばれる変成岩帯の岩石が混じっている。地質
学棟にはガーナで産出する岩石の展示室があり,Daniel K. Asiedu 先生,David
Atta-Peters Jnr.先生,大学院生の Marian Sapah 氏,Prince Amponsah 氏からガーナの
地質について多くのご教示をいただいた。挨拶後,たくさんの学生で賑わっている大学の
講義風景や,図書館,書店,寮など構内を見学した。中国などアジアからの留学生も多い。
学生さんたちは充実した様子で学業に励み,学生生活を送っていた。
Loc.2.ガーナで広い分布を示す堆積岩の地層 - Voltaian -(図 2 j)
この地層は,ガーナ東部を広く覆っている地層であり,原生代後期~オルドビス紀に,
氷河性の融水によって堆積した礫岩や,陸域の平野部から浅海でできた砂岩・泥岩などの
地層と考えられており(Anani,1999; Petters,1991 など),ヴォルタイアン(Voltaian)
と呼ばれている。原生代中~後期までの堆積岩類や火成岩類の上位に原生代後期から古生
代前期に堆積した地層である。残念ながらこの日は詳細な露頭観察はできなかったが,立
派な平行層理が見られる露頭を遠望することができた。
Loc.4.オブアシ金鉱山 - Obuasi Gold Mine -(図 2 k,l)
ガーナは昔から金やダイアモンドが産出することで有名である。アシャンティ地方の重
要な金鉱山・オブアシ金鉱山は坑道が見学できる。原生代の地質境界付近に地下からの熱
水と関連して形成される石英脈などに金が含まれている。この日は地下坑道の見学をさせ
ていただき,職員の方々の作業や坑道内の様子など活動的な鉱山を見ることができた。
Loc.5.ウィネバ閃緑岩 - Winneba dioritic granitoid -(図 3 a,b)
ギニア湾沿いにある街・ウィネバには,周辺の花崗岩体とは少し異なった様相の閃緑岩
がある。年代は約 20 億年前として知られているが,この岩石が詳細な測定によって,さ
らに古い時代の約 26 億年前(始生代)に形成段階を持つことも近年判ってきており,ガ
ーナで最も古い起源を持つ岩石の一つと考えられる(Taylor et al.,1992; Dampare et al.,
2005)
。変成作用などで出来た長石の大きな結晶が特徴的に見られる。観察中,付近の小・
中学生が教員と観察に参加・合流し,地質学という分野とその重要性を紹介されていた。
Loc.6.エルミナ海岸の地層
- Sekondian -(図 3 c,d)
大西洋ギニア湾に面するエルミナ城は,東方にあるケープコースト城とともに奴隷貿易
の象徴として西アフリカの悲しい記憶を蘇らせる砦である。この周辺には赤色の砂岩層セ
コンディアン(Sekondian)という地層が分布している。西方のタコラディに見られる同
様の地層からは三葉虫なども産出している(Cox, 1946;Crow, 1952)。エルミナ地域のこ
の地層は古生代オルドビス紀の地層で,おそらく非海成~海浜に堆積したものだと考えら
れる(Mensah, 1973;Asiedu et al., 2005 など)。
2.動物
1) Loc.3.モレ国立公園 - Mole National Park -(図 3 e)
アフリカのサバンナには,野生動物が多い。西アフリカは東アフリカに比べると,大型
猛獣などの野生動物が少ないが,ガーナ北部のモレ国立公園では,アフリカゾウを代表と
して多くの動物が棲息している。この日はアフリカゾウを見ることはできなかったが,ウ
ォーターバックやコブなどのアンテロープ類・イボイノシシ・サバンナヒヒ・シュモクド
リなどアフリカサハラ以南に生息する動物と出会うことができた。
車で 10 分ほど移動し,
その後約 70 分,銃を持ったレンジャーと散策した。
イボイノシシ(Warthog) Phacochoreus africanus or P. aethiopicus(図 3 f)
偶蹄目イノシシ科。薄いグレーのたてがみ状の毛,顔面のこぶや前方に曲げ出た牙など
が特徴に挙げられる。 尾をピンとたてて,敏速に走る。首が短いので前足を折って草を食
べる。サハラ以南の主にサバンナに棲息(Briggs,2008;荒俣,1988)
。日本のイノシシ
より若干小さい。公園内のゲストハウス横でみかけた。移動中車内からも尾をたてて走っ
ていく姿も見ることができた。
ウォーターバック(Waterbuck) Kobus (ellipsiprymnus) defessa(図 3 g)
偶蹄目ウシ科。アンテロープの中でかなり大きな種。雄には大きな角があり,臀部に白
の円模様がある。家族単位で活動していることが多く,水辺にいることが多い(Briggs,
2008;荒俣,1988)
。公園内では車内からと散策中に複数見ることができた。
コブ(Kob) Kobus kob(図 3 h)
偶蹄目ウシ科。アンテロープの一種で,目の周辺と喉元が白く,足元は黒のストライプ
が見られるのが特徴で,サハラ以南の比較的湿潤なサバンナに棲息(Briggs, 2008;荒俣,
1988)
。公園内の散策中に 50mほど離れたところにいた。
サバンナヒヒ(Baboon) Papio papio or P. anubis(図 3 i)
霊長目オナガザル科。大きな逆 U 字型の尾や臀部の腫れ,犬のような独特の頭によって
特徴付けられる陸上の霊長類。群れを成し,複雑で厳格な階級を構成する。アフリカ大陸
の広範囲のサバンナ地帯に棲息する(Briggs, 2008;荒俣,1988)
。移動中,車内から見る
ことができた。道路を横断し,草むらに入っていった。
シュモクドリ(Hammerkop) Scopus umbretta (図 3 j)
コウノトリ目シュモクドリ科。サハラ以南のアフリカに棲息。ハンマーのような頭部で
あることからハンマーコップと呼ばれる(Harrison and Greensmith, 1993)。 公園内の車
で移動中,道路の水溜りで水を飲んでいた様子を車内から見ることができた。
2) 他の地域で見かけた動物
ギニアファウル(ホロホロチョウ)
(Guineafowl)Numida meleagris
キジ目ホロホロ鳥科。ファウルは“鶏”を意味するので,ギニア湾周辺の鶏を意味する
が,アフリカの広範囲に棲息している(バーニ・高木,2004;荒俣,1987 など)
。欧州や
家畜種は羽の色調は様々である。
アフリカでは食用としている。
典型種は羽に斑点がある。
クマシ市内で濃茶色の羽毛のものを見た。
3.植物
湿潤サバンナでは人の背丈ほどの草本類も多く,熱帯~亜熱帯の独特の背の高い樹木も
比較的多かった(図 3 k)
。タマレより北側ではバオバブなどが生育する比較的乾燥したサ
バンナであるが,
今回は時間の都合上行けなかった。
ガーナにも多様な自生植物があるが,
外来種も多い印象だった。ここでは食物に関係する西アフリカでの代表的な栽培作物の一
部を例に挙げる。
カカオ (Cacao) Theobroma cacao(図 3 l)
アオイ目アオギリ科の常緑樹。ガーナはチョコレートの原料カカオの名産地であるが,
原産は中央アメリカ~南アメリカの熱帯地域。果実(約 20cm)の中に数十粒のカカオ豆
ができる。幹から直接花や果実がぶら下がるのが興味深い。このような植物は,幹生花植
物といい,熱帯~亜熱帯で見られる植物である(家永ほか,1993)
。
プランテーン(Plantain) Musa paradisiaca, Musa spp.(図 3 m)
ショウガ目バショウ科。
バナナ種のMusa acuminata とM. balbisiana の交雑種
(塚本,
1988)
。
一般にプランテーンはバナナの一種と見なすが,両者の分類には複雑な議論がある。栽培
食物としてのプランテーンは, バナナに比べて甘みが少なく青い。油で揚げたり,粉にし
て練って調理して食べる料理用バナナである。西アフリカの重要な食材の一つである。
キャッサバ(Cassava) Manihot esculenta (図 3 n)
トウダイグサ目トウダイグサ科。熱帯地域で広く栽培されている芋の一種で,タピオカ
の原料でもある。ブラジル原産で熱帯低木である。毒性があるので,毒抜きをして調理す
る必要がある。西アフリカでは重要な根菜である(家永ほか,1993)
。
ヤムイモ(ギニアヤム) (Yam) Dioscorea cayensis (図 3 o)
ユリ目ヤマノイモ科。この Dioscorea 属の芋は,ヤマノイモ(D. japonica)・ナガイモ(D.
batatas)として日本でも知られている(塚本,1988; 牧野,1997)
。西アフリカでは栽培
種として作られている大きな芋で,揚げたり蒸かしたりして食べる。食感・味覚は,ジャ
ガイモとサツマイモの中間的なもので,大変美味であった。
Ⅴ.おわりに
ガーナは,アフリカ各国のなかでは比較的産業が発展しており,環境の問題なども出て
きているが,総じて自然はかなり残っている。農村の民家では,ヤギやヒツジを飼ってい
る家が多く,その傍らで小さな子供たちが走り回って遊んでいる。動物は野生・家畜を問
わずたくさん棲息している。まだまだ自然が残っている中で,大人と子供と動物が,極め
て自然に溶け合っているのを感じた。また,根菜などその土地に応じた食材を栽培し,食
生活を営んでいる。こうした中で自然を知らず知らずのうちに体得していくことが容易に
想像できる。ガーナ国民に公平に理科教育を受けることが出来れば,ガーナの自然科学分
野は現在にも増して発展することが考えられる。これと対称的に,日本の自然科学教育の
場合,理科教育は一般に行なわれていても,周囲の環境変化で実際に自然に触れ合う機会
が少ない。理論科学や計算上のシミュレーションが優占的になってきているため,実際に
「見る」
「聞く」
「触る」など,経験や体験を伴った理科的活動を行なうには,日本では制
約が大きいことを感じる。自然認識を体得するには,理論を説明するだけでなく,森林や
岩肌,動物などが,成人するまでに身近にある環境が必要である。日本での,特に都市部
でどのように,またどの程度自然を盛り込んでいくのか考える必要がある。そのためには
周囲の一般人の理解が必要で,ガーナのように自然が残っている地域に実際に出向き,見
聞することは大切なことであると感じる。
旅行中,徒歩での夜間の長時間外出は危険なので,宿舎からはあまり外出できなかった
が,車の移動中,夜間に山道で車内から星空が見えたときは,心が洗われるほど美しいも
のであった。また夜の山道の草花にはダストのように細かく光るホタルのような虫(?)
が生息しているようであった。これが何かは明らかではないが,まだまだ自分が知らない
ことが多いことを感じる。渡航前に書籍,インターネットなどで情報を得ていても,実際
に行ってみると知らないことや初めて見ることの連続であり,アフリカの自然への興味は
尽きない。まさに自然は“百聞一見に如かず”であることを感じる旅であった。
謝辞
この巡検が成功するにあたり,Ghana Atomic Energy Commission の Samuel
B.Dampare 博士にはこのガーナ巡検で,終始案内や段取りで大変お世話になりました。
Ghana 大学の Daniel K. Asiedu 教授,David Atta-Peters Jnr.博士,ガーナ大学大学院生
の Marian Sapah 氏,Prince Amponsah 氏にはガーナの地質や大学について多くのご教
示をいただきました。現地において,Alfred M. Amegadzi 氏,Nana A. Adoo 氏,Christian
A. Adjei 氏,Nana A.Gyampo 氏の方々にはこのツアーで長距離・長時間の運転,ご同行,
ご案内,たくさんのご教示いただきました。Angela Dampare 氏をはじめとする Samuel
B.Dampare 博士のご家族の方々にもお世話になりました.深く感謝いたします。また渡
航に際し,ご助言などいただいた岡山大学大学院自然科学研究科の柴田次夫教授,鈴木茂
之准教授,臼井まゆみ技官,京都教育大学教育学部理学科の田中里志准教授に感謝いたし
ます。
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