黄砂がつなぐアジア大陸と能登半島‐能登半島の戦略的位置の大切さ‐ 岩坂泰信(金沢大学 特任教授) 現在の黄砂をめぐる問題 黄砂は比較的よく知られている現象ですが、い ろいろな場所で大きな問題を抱えており、昨今の 日本では、健康への影響まで議論されるようにな っています。事実、黄砂のときに呼吸器系統の病 院や眼科へ駆け込む患者数の増加が見られます。 黄砂をめぐって特に日本では「いま何が問題 か?」というと、大きく 3 つを挙げることができ ます。ひとつ目は、黄砂は国境を越えてやってくるということです。黄砂が病気のもとに なるようなものであれば大きな問題です。誰が悪いのでしょうか。誰も悪くないのでしょ うか。中国に治療費を請求できるのでしょうか。国境を越えてやってくるということは潜 在的に複雑な問題を抱えています。 2 つ目は、黄砂がやってくるときに、その他に何かがやってくるのではないのかという ことです。かつての日本も同じだったのですが、ここ数年、中国経済は急激に拡大してお り、さまざまな大気汚染物質を大量に出しています。黄砂と一緒にその大気汚染物質が一 緒にやってくるのではないかということです。 3 つ目は、黄砂以外に大気汚染物質がやってくる(のではないかという)時に引き起こ る問題点です。黄砂は砂漠地帯から飛んでくるだけでなく、日本海で物理的・化学的性質 を変えるということが予想されているのです。そして、そのことを予想させる観測もそろ い始めています。 たかが砂粒ですが、いろいろな問題を孕んでいることは想像できます。私たちは黄砂の 発生源地とタクラマカン砂漠の空気を調べることになり、まずは黄砂の発生現地のひとつ である敦煌に観測のベースを置いて、西風に乗ってやってくる黄砂を調べました。方法と しては、風船にいろいろな測定器をぶら下げて、上空で浮いているものを採取し、その状 態を調べます。風船を上空に飛ばして、約 10km までの間に空気を 3 回採取しました。 1 タクラマカン砂漠の観測でわかったこと これは、敦煌(タクラマカン砂漠)上空の高度 3km から 5km の間を風船が上昇していくときに捕まえ た砂粒です。大きさは何μという非常に小さい単位 です。左の写真は真ん中が砂で、周りの小さなブツ ブツは砂の表面に付いている水気のものです。これ はおそらく硫酸だろうと思われます。このようなタ イプのものは日本海や東シナ海を渡る直前になって増えるのではないかと予測されていま す。つまり、海から上がってくる水蒸気が乾いた黄砂の表面に取り付いて、その後に急速 に汚染物質を吸収するのです。 タクラマカン砂漠は黄砂のプールであり、その中で黄砂が泳いでいる場所の深さは約 5km です。その 5km よりも上に上がると、偏西風で日本へ流れてきます。この砂漠の上 空にある砂は一般的にきれいで表面は汚れていないのですが、日本へ来ると汚れているこ とが分かりました。そして、この表面に汚れが生じるのは、大気汚染物質とともに日本海 や東シナ海から供給される空気中の水分が影響しているのではないかということです。 バックグラウンド黄砂と山谷風の影響 黄砂は春にやってくると考えられていますが、実 は弱い黄砂が 1 年中流れています。私たちはそれを 「バックグラウンド黄砂」と呼んでいます。黄砂が 起きるのは、普通は中国大陸で大きな低気圧が発生 して強風で砂が舞い上がるときなのですが、山谷風 が影響するときもあります。 このタクラマカン砂漠の周辺は平均高度約 4km の山脈が周りを取り囲んでいます。一 方、東側の縁からは砂漠の中に吹き込むようにして風が吹いており、地面近くの砂は行き ようがなく、山谷風で吹き上がられた砂がウロウロしているわけです。そして、この山よ りも少し高いところへ出ると、偏西風に乗って日本へやってきます。日本で春以外のシー ズンに観測される黄砂は、地上ではなく上空にたくさんあるということが観測されていま す。 2 日本上空の黄砂 a∼e の三角形は、タクラマカン砂漠の上空や地面 で採った砂の成分を見たものです。S とは硫黄のこ とで、点線よりも左側に来ていると、汚染で汚れた 硫黄と判断できる場所になります。f の三角形は日 本上空のデータですが、硫黄も多く、人為起源の亜 硫酸ガスが黄砂に取り付き大変汚いものになってい ることがわかります。最初に、黄砂以外にバイ菌も やってきているのではないかと言いましたが、 現在、 気球をひもでくっつけて、予備的な実験をして微生 物などを捕まえる準備も始めています。 私たちはさまざまな実験をしてきましたが、この 図にあるように、砂が飛んでいる間に汚染物質を吸 収して日本にやってくるだろうと予測することがで きます。しかし、そのときに日本海から上がってくる水蒸気は意外に複雑な反応を起こし ていることが考えられます。このようなことを明らかにしないと、中国に「国際的に共同 で黄砂の被害を何とかしましょう」と言ってもなかなか合意は得られません。 能登に観測サイトを 能登半島は日本にやってくる黄砂の問題を調べる のに大変よい場所であり、能登に大気観測をするス ーパーサイトを建設したいと考えています。国際的 な観測に十分対応できるような設備と規模を持った ものにしたく思っています。きっと、世界の研究者 から注目を浴びて、使いたいと言ってくる人はたく さんいるのではないかと思っています。 3
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