ロブスター事情−世界の生産量と日本への輸入量− 談 話 室

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ロブスター事情−世界の生産量と日本への輸入量−
昨今レストランやホテルで提供される食べ物で、表示と異なる種類や産地のもの
を提供するといった偽装問題が取りざたされています。伊豆沿岸ではイセエビが多
く漁獲され代表的な海産物の1つとなっていますが、偽装問題の発覚後に、一時的
に価格が高騰し、地元で利用できなくなったとのマスコミ報道もされました。地元
で獲れた新鮮で美味な海産物を売り物として、地域の活性化を図ろうと試みている
中で、非常に残念なことだと思います。
種類を偽装した場合、より価格の高いものや必要な量が入手しにくい魚介類の代
わりに、より価格が低いあるいは入手しやすい魚介類を利用しているようですが、
偽装された魚介類や偽装に利用された魚介類は、そもそもどれだけ生産されている
のでしょうか? 偽装された水産物の中でイセエビの代わりにロブスターを利用
したという話がありました。イセエビは伊豆半島の代表的な海産生物です。そこで、
今回はイセエビも含めたロブスターと呼ばれる魚介類について、日本や世界の漁獲
量および養殖生産量、さらに日本への輸入量について、統計資料を元に近年の状況
を調べてみましたのでご紹介します。
なお、データについては、日本の漁獲量は農林水産省ウェブサイトの統計情報、
世界の漁獲量・養殖生産量はFAOウェブサイトの統計データベース Fishstat、日
本への輸入量は税関のウェブサイトの財務省貿易統計から入手しています。
(1)ロブスターとは
ロブスターと言われている種類には大きく分けて 2 種類あります(表 1,図 1)
。
それは、簡単に言うとハサミを持たないものとハサミを持つものです。ロブスター
の仲間は通常、胸の部分に 5 対の脚が有り、第 1 番目の脚がハサミとなっているか
どうかでイセエビ類とザリガニ類に分かれます。
第 1 番目の脚にハサミを持たない仲間は、イセエビ類でイセエビ科、セミエビ科
があります。イセエビ科の仲間はスパイニーロブスター(spiny lobster)
、セミエ
ビ科の仲間は平べったい体が特徴であることから、スリッパーロブスター(slipper
lobster)と呼ばれています。つまり、イセエビはロブスターの仲間の一部となり
ます。
一方、第 1 番目の脚に強大なハサミを持つ仲間は、ザリガニ類でアカザエビ科、
ザリガニ科、アメリカザリガニ科、ミナミザリガニ科などに分類されます。アカザ
エビ科の仲間には高級食材で知られているアカザエビの仲間(クロードロブスタ
ー:clawed lobster)や、オマールで知られるホマルスの仲間(lobster)が含まれ
- 13 -
ます。さらに、ザリガニ科やアメリカザリガニ科、ミナミザリガニ科の仲間は、す
べて淡水に生息し、クレイフィッシュ(cray fish)とかクローフィッシュ(claw
fish)と呼ばれています。
表1 主なロブスターの種類(ゴシックは本編に出てくる名称)
科 名
属 名
種名(主な種類)
生息域
イセエビ
海
イセエビ属
ニシキエビ
海
ゴシキエビ
海
ミナミイセエビ属
オーストラリアミナミイセエビ
海
ヨーロッパイセエビ属
ヨーロッパイセエビ
海
イセエビ科
クボエビ属
クボエビ
海
イセエビ下目
リュウマエビ属
リュウマエビ
海
(イセエビ類)
ワグエビ属
ワグエビ
海
ヨロンエビ属
ヨロンエビ
海
ハコエビ属
ハコエビ
海
セミエビ属
セミエビ
海
セミエビ科
ウチワエビ属
ウチワエビ
海
ゾウリエビ属
ゾウリエビ
海
ホマルス属
オマール
海
アカザエビ科
アカザエビ属
アカザエビ
海
ヨーロッパアカザエビ属 ヨーロッパアカザエビ
海
ザリガニ下目 ザリガニ科
ウチダザリガニ属
ウチダザリガニ
淡水
(ザリガニ類)
アメリカザリガニ属
アメリカザリガニ
淡水
アメリカザリガニ科
アジアザリガニ属
ニホンザリガニ
淡水
ヤビー
淡水
ミナミザリガニ科 ミナミザリガニ属
マロン
淡水
下目名
イセエビ
セミエビ
アメリカザリガニ アカザエビ
図1 主なロブスターの種類
オマール
(2)日本国内の漁獲量
農林水産省の漁獲統計によるとイセエビの 1988 年から 2012 年における平均漁獲
量は、国内全体で 1,223 トンと大きな変動もなく安定しています(図 2)
。過去 25
年間の漁獲量で上位 5 県は、千葉県、三重県、和歌山県、静岡県および鹿児島県で
した(図 3)
。上位 5 県の平均漁獲量は 770 トンで、日本の漁獲量の約 63%を占め
ています。最も多い千葉県が 2001 年以降高かった時期があるのを除けば、上位 5
県の漁獲量は安定していました。一方、ザリガニ類については、漁獲量が少なく統
計資料に掲載されていない状況ですが、イセエビ類と比べると少ないと推測されま
す。
- 14 -
︵
漁
獲
量
1,600
1,400
1,200
1,000
800
600
400
200
0
1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012
年
︶
ト
ン
図2 国内のイセエビの漁獲量の推移(1988∼2012年)
︵
漁
獲
量
︶
ト
ン
450
400
350
300
250
200
150
100
50
0
1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012
年
千葉県
三重県
和歌山県
静岡県
鹿児島県
図3 イセエビの上位5県の漁獲量の推移(1988∼2012年)
(3)世界の漁獲量
FAOの統計資料によると、世界の 1950 年から 2011 年までの平均漁獲量は、イ
セエビ科が 68,949 トン、アカザエビ科が 101,697 トンで、アカザエビ科の方が多
いことがわかります。年変動をみると、イセエビ科は割と安定し、ここ 25 年はあ
まり変わっていませんが、アカザエビ科は増加傾向が続いています。そのため、こ
こ 10 年はアカザエビ科の方がイセエビ科の約 2 倍の漁獲となっています。なお、
セミエビ科は両者に比べると少なく、2,152 トンでした(図 4)
。
- 15 -
︵
漁
獲
量
︶
ト
ン
200,000
180,000
160,000
140,000
120,000
100,000
80,000
60,000
40,000
20,000
0
1950
1960
1970
1980
1990
2000
年
イセエビ科
セミエビ科
アカザエビ科
2010
図4 世界のロブスターの漁獲量の推移(1950∼2011年)
国別にみると、イセエビ科を平均して年間 4,000 トン以上漁獲している国は、オ
ーストラリアや南アフリカ、キューバ、ブラジル、バハマ、ニュージーランドで、
6 ヶ国で全体の約 64%を漁獲しています。また、アカザエビ科を多く漁獲している
国は、カナダやアメリカ、イギリスおよびフランスで、わずか 4 ヶ国で全体の約 80%
を漁獲しています。
次に種類別にみてみます。イセエビ科の中でみると、1950 年から 2011 年までの
平均漁獲量で、日本のイセエビも属しているイセエビ属は 47,655 トンと、1990 年
80,000
︵
70,000
漁
獲 60,000
量 50,000
︶
ト 40,000
ン 30,000
20,000
10,000
0
1950
1960
イセエビ属
1970
1980
年
ミナミイセエビ属
1990
2000
2010
ヨーロッパイセエビ属
図5 世界のイセエビ科の主な種類の漁獲量の推移(1950∼2011年)
- 16 -
までは増加傾向にありましたが、ここ 20 年は変動が大きくなっています。主に大
西洋のキューバやバハマ、ブラジルで漁獲されています。一方、南半球で漁獲され
るミナミイセエビ属は 18,130 トンで以前は減少傾向にありましたが、ここ 20 年は
安定しています。主にオーストラリアやニュージーランド、南アフリカで漁獲され
ています。なお、ヨーロッパイセエビ属は両者に比べると少なく、2,857 トンでし
た(図 5)
。
アカザエビ科の中でみると、1950 年から 2011 年までの平均漁獲量で、ホマルス
属は 56,973 トンとここ 30 年は増加し続けています。ほとんどがカナダとアメリカ
で漁獲されています。一方、ヨーロッパアカザエビ属が 44,278 トンで、1975 年か
ら 1985 年にかけて増加していましたが、ここ 25 年は安定しています。主にイギリ
スやフランスで漁獲されています。なお、日本でも漁獲されるアカザエビ属は、両
者と比べかなり少なく、446 トンでした(図 6)
。
140,000
︵
120,000
漁
獲 100,000
量
80,000
ト
ン 60,000
︶
40,000
20,000
0
1950
1960
ホマルス属
1970
1980
年
1990
ヨーロッパアカザエビ属
2000
2010
アカザエビ属
図6 世界のアカザエビ科の主な種類の漁獲量の推移(1950∼2011年)
(4)世界の養殖生産量
FAOの統計資料によると、世界(中国を除く)の 1950 年から 2011 年までの平
均養殖生産量は、イセエビ科が 122 トンと非常に少なく、ザリガニ類(アメリカザ
リガニ科、ザリガニ科、ミナミザリガニ科)が 17,595 トンと、ザリガニ類の方が
圧倒的に多いことがわかります(図 7)
。年変動をみると、40 年前から大きく変動
し、近年は増加傾向にあります。養殖されているのは移入種として日本に定着して
いるアメリカザリガニとその仲間が 99%以上を占めているようです。
- 17 -
︵
80,000
漁 70,000
獲 60,000
量 50,000
40,000
ト
ン 30,000
20,000
10,000
0
1950
︶
1960
アメリカザリガニ科
1970
ザリガニ科
1980
年
1990
2000
ミナミザリガニ科
2010
イセエビ科
図7 世界のロブスターの主な種類の養殖生産量の推移(1950∼2011年)
(5)日本への輸入量
財務省の貿易統計によると、イセエビ科の日本への輸入量は、1988 年から 2013
年までの平均で 8,500 トンと日本国内の漁獲量(図 2 参照)の約 7 倍と非常に多い
ことがわかります。しかしながら、年変動をみてみると、最も輸入量が多かった 1991
年には 14,780 トンで、国内の漁獲量 1,172 トンの約 12.6 倍もありましたが、2012
年には 2,290 トンで、国内の漁獲量 1,215 トンの約 1.9 倍と大幅に減少しているこ
とがわかります(図 8)
。
16,000
︵
14,000
漁
獲 12,000
量 10,000
︶
ト
ン
8,000
6,000
4,000
2,000
0
1988
1991
1994
1997
イセエビ科
2000 2003
年
2006
2009
アカザエビ科
図8 ロブスターの輸入量の推移(1988∼2013年)
- 18 -
2012
一方、アカザエビ科の日本への輸入量は、1988 年から 2013 年までの平均で 2,549
トンとイセエビ科の約 3 割となっています。最も多かった 1995 年に 3,669 トンで
したが、その後減少傾向が続いていましたが、近年少し回復基調にあります(図 8)
。
イセエビ科について国別にみると、1988 年から 2013 年までの平均輸入量は、オ
ーストラリアが 2,753 トンと最も多く、次いでキューバが 1,265 トン、ニュージー
ランドが 611 トンと、この 3 ヶ国で 5 割以上を占めています。しかしながら、この
3 国とも近年は輸入量が大きく減少し、輸入量全体に大きく影響をしています(図
9)
。
16,000
インドネシア
インド
14,000
フランス
アメリカ合衆国
漁 12,000
獲
量 10,000
キューバ
︵
ナミビア
︶
ト
ン
南アフリカ共和国
8,000
オーストラリア
6,000
ニュージーランド
その他主要国以外
4,000
2,000
0
1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012
年
図9 イセエビ科の国別輸入量の推移(1988∼2013年)
次にアカザエビ科について国別にみると、1988 年から 2013 年までの平均輸入量
は、カナダが 1,801 トンと最も多く、次いでアメリカが 550 トンと、この 2 ヶ国で
︵
漁
獲
量
︶
ト
ン
その他主要国以外
南アフリカ共和国
カナダ
インドネシア
4,000
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
オーストラリア
アメリカ合衆国
インド
フィリピン
1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012
年
図10 アカザエビ科の国別輸入量の推移(1988∼2013年)
- 19 -
92%を占めています(図 10)
。なお、前述しましたが、2 ヶ国から輸入されている
のはホマルス属の仲間です。
以上をまとめますと、次のようになります。
・日本のイセエビの漁獲量は安定している。
・世界のイセエビ科の漁獲量は全体としては安定し、その中でイセエビ属の漁獲量
は増加しているが、日本へのイセエビ科の輸入量は減っている。
・世界のアカザエビ科の漁獲量は全体として増加して、ホマルス属の漁獲量が大き
く増加し、ヨーロッパアカザエビ属の漁獲量は高位安定しているが、日本へのア
カザエビ科の輸入量は増えていない。
これらのことからすると、日本の「イセエビ」ではなく、別の種類のイセエビ科
のエビを提供する機会は、実は以前と比べて減ってきていると言えます。ただ、偽
装問題が取りざたされていることから、別の種類のイセエビ科のエビを、日本の「イ
セエビ」と称して、提供しているような機会は増えているのかもしれません。
最後に、イセエビ科のエビは味噌汁にしても、刺身にしても殻付で料理として出
されることが多く、殻の形の違いを知っていれば見分けることが可能です。イセエ
ビ科の中には、世界的には 11 属約 50 種と多くの種類がいます。しかしながら、稀
にしか見つかることがないクボエビやリュウマエビ、ワグエビ、グソクエビ、ヨロ
ンエビのような稀少種、食用にされていても市場に出回らないハコエビのようなも
のもいて、世界的に見ても主に食用となっているのは日本にも生息しているイセエ
ビ属、ヨーロッパに生息しているヨーロッパイセエビ属、南半球に生息しているミ
ナミイセエビ属の 3 属です。そこで、3 属の違いを図 11 に示しました。機会があれ
ば料理として出されたものについて見てください。
鞭
第1触角の
柄より鞭が長い
柄
鞭
柄
第1触角の
柄より鞭が短い
柄
中央に
額角がない
中央に
額角がない
イセエビ属
鞭
第1触角の
柄より鞭が短い
ヨーロッパイセエビ属
中央に
額角がある
ミナミイセエビ属
図11 イセエビ属・ミナミイセエビ属・ヨーロッパイセエビ属の見分け方
(伊藤 円)
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