ハイクラスホテルが抱える課題の明確化

Student Essays of Osaka University Strategic Management Seminar
大阪大学経済学部中川功一ゼミ論文(2014)2,71-92.
ハイクラスホテルが抱える課題の明確化
-星野リゾートの事例にみる組織変革阻害要因の抽出-
大阪大学経済学部 3 年生
石本健吾・澤井彩・平井辰樹・峯太樹
要旨
本稿はハイクラスホテルが抱える課題を明確にし、課題解決を阻害する要因の抽出、解
決策の提言を行った。業界の現状を整理し、星野リゾートを成功しているビジネスモデル
と捉え、実地調査を行い、
「フラットな組織」
、「ビジョンの明確化とその実行プロセスの策
定」
、
「One to One マーケティング」
、
「多能工化」、
「所有と運営の分離」といった成功要因
を特定した。その他のハイクラスホテルがなぜそれらの組織構造やサービスの提供を実現
できないのかという変革阻害要因を考察し、
「競争意識の欠如」を根本的課題として結論付
けた。
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【目次】
1. 研究の目的
1.1. 問題意識
2. 業界背景
2.1. ホテル業界の市場規模推移
2.2. インバウンド(外国人観光客)推移
2.3. ホテルの分類
2.4. ハイクラスホテルの主要 3 部門
2.5. 所有・経営・運営の分離
2.6. 顧客満足度について
3. ケーススタディ 星野リゾートについて
3.1 なぜ星野リゾートなのか
3.2. 会社沿革
3.3. 経営手法
3.4. 旅館再生事業 ~古牧温泉青森屋~
3.5. 調査結果
4. 考察と結論
5. 提言
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1. 研究の目的
1.1.問題意識
「ハイクラスホテルが抱える課題の明確化」を研究テーマに据えるにあたり、ふたつの
問題意識を抱いた。シティホテルやリゾートホテルといったハイクラスホテルは、ハード
面での画一化が進んでおり、差別化要因を明確化できていない。しかしそうした状況の中
でも、顧客満足度、利益率ともに高い水準を保ち成功しているハイクラスホテルが存在し
ている。
本稿においては、成功しているハイクラスホテルとして「青森屋」を取り上げ、当該ホ
テルの戦略や組織構造の分析から、その成功要因を探る。研究のプロセスとしては、成功
事例を取り上げ、その成功要因を抽出し、他のホテルはどの要因が欠如しているのか、及
び成功しているビジネスモデルへの変革を阻害している原因を明らかにする。
2. 業界背景
2.1.ホテル業界の市場規模推移
はじめにホテル業界全体の売上高推移を見る。リーマンショックや原油高の高騰による
不況、さらには東日本大震災の影響によって、ビジネスマンや外国人観光客の利用が減っ
ており、2008 年以降ホテル業界では低迷が続いていた。しかしそれらの影響は徐々に落ち
着きつつあり、富士山の世界遺産登録や東京における都市開発の進展の効果もあって外国
人観光客は再び増加しているため、2012 年は売上高増に転じている。
図 1 ホテル業界売上高推移(2005 年~2012 年)
※業界動向 SERCH.com より引用
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2.2.インバウンド(訪日外国人旅行客)
インバウンドとは「入ってくる、うち向けの」という意味の形容詞であり、ホテル・旅
行業界においては訪日外国人旅行客のことを指す。インバウンドの増加とホテル需要は密
接に関連している。海外からやってきた外国人旅行客が日本に滞在する間、宿泊施設を利
用するからである。これまでのインバウンドの推移をみると不況や震災で部分的に落ち込
んだ年もあるが、
概観するとインバウンド数は 1964 年以降今日に至るまで増加傾向にある。
したがってインバウンド需要をいかに取り込むことができるかが今後のハイクラスホテル
の課題の 1 つであるといえる。
図 2 インバウンド旅行者数推移
※JTB 総合研究所より引用
2.3.ホテルの分類
ホテルは業態と立地から大きく 3 つに分類することができる。
① シティホテル
宿泊・料飲・宴会の 3 部門を持っている、都市にある多機能高級ホテルを指す。フィッ
トネスルームやカンファレンスルームなどさまざまな施設を備えており、ビジネスユース
にも対応している。
ex)帝国ホテル、ウェスティンホテル、ザ・リッツカールトン
② リゾートホテル
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スキー場や海辺、高原などの観光地や保養地に立地する多機能高級ホテルのことを指す。
シティホテルと同じく、宿泊・宴会・料飲の 3 部門を持つ。
③ ビジネスホテル
宿泊専門、特化型のものが多く、人件費を圧縮して過剰なサービスを省略。必要最低限
なサービスの提供によってコストパフォーマンスを追求しているものが多い。シングルル
ームが中心で、ビジネスマンの利用が多いことからこの呼称がついた。
本論文で研究対象とするのは①シティホテル及び②リゾートホテルであり、以下では、
これらを総合して「ハイクラスホテル」と呼称する。
2.4.ハイクラスホテルの主要 3 部門
一般的に、ハイクラスホテルの収益構造は「宿泊:料飲:宴会:その他=3:3:3:1」
と言われおり、料飲、宴会部門は、宿泊部門と並んで収益のうち大きなウエイトを占めて
いることがわかる。以下ではこれらの主要 3 部門について詳しく説明する。
① 宿泊部門
ハイクラスホテルの基幹部門であり、全てのホテルに存在する部門である。客室清掃や
ベル・パーソンの仕事はパートやアルバイトなどを利用することができ、また繁閑に合わ
せて人員数の調整やアメニティグッズの調達をすることが可能であるため、運営に際して
変動費用は低く抑えることができる。しかし、宿泊施設の設置には相応の土地と建造物を
必要とするため、初期投資が高額になる。したがって、いかに客室稼働率を高く維持し、
固定費用を削減するか、この2点が重要な課題となる。
② 料飲部門
料飲部門とはレストランやバーを担当する部門である。ホテル直営のほか、外部の有名
レストランのテナント誘致も実施されている。ホテルの宿泊客に限らず、レストランでの
食事を目的にやってくる利用客も多数いる。
③ 宴会部門
ホテルには結婚披露宴やパーティーなどの宴会を催す場所としての機能もある。宴会部
門は相対的に料飲部門よりも高い利益率を確保できる。その理由として、宴会は事前に予
約が確定し、食材等を効率的に用いることができる点、宴会におけるサービスに関してア
ルバイトや派遣社員を利用することで受注に対応できる点が挙げられる。ただし、結婚式
においては特別な準備が要求され、外部企業に業務委託することもあり、一般的な宴会よ
りも利益率が低くなる傾向にある。
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2.5.所有・経営・運営の分離
一般に、一企業がホテルの所有・経営・運営のすべてを行うというケースは少なく、経
営企業が所有や運営を他企業に委託するという手法がグローバルスタンダードとなってい
る。これは、ホテル経営企業にとって所有や運営にかかる費用を削減し、差別化を図るた
めの投資にまわすことができるというメリットがある。以下では、土地建物の所有、経営、
運営の組み合わせによってホテルの経営形態を 5 つに分類する。
① 直営
自社でホテルの土地建物を所有し、自ら経営・運営にあたる方式。実際には一社単体の体
制では無く、子会社をはじめとする関係会社へ施設毎にコミットメントを委譲させ、独立
採算やグループ経営を図る場合ある。ホテルのブランドや経営ノウハウは自ら構築しなけ
ればならないが、一体経営を行うことができる。帝国ホテル、リーガロイヤルホテル、藤
田観光、プリンスホテルといったホテル専業企業や、鉄道会社のホテル事業によく見られ
る。
② リース
土地建物のオーナーから、ホテル運営企業がホテルを長期間一括借り上げて経営する方式。
契約期間中は契約で定めた賃借料をオーナーに支払う。オーナーが建物を骨組みだけの状
態で貸す場合と、内装や設備まで完成された状態で貸す場合がある。東横イン(東横イン
開発)やホテルルートイン(ルートイン開発)などが該当する。
③ 運営委託(マネジメントコントラクト)
土地建物を所有し、ホテルを経営するオーナーが、運営についてはホテル運営企業と管理
運営委託契約を締結して運営を委託する方式。ホテル運営企業は、オーナーが支払う運営
委託料に対して、総支配人などのホテル幹部の派遣、ブランド使用権や運営ノウハウの提
供、チェーンブランドを利用した販売促進などを行う。リッツカールトン大阪やパークハ
イアット東京がこれに該当する。
④ フランチャイズ
オーナーが所有し自ら経営に当たるが、ホテルチェーンとフランチャイズ契約を結んでブ
ランド使用権や運営ノウハウの提供を受ける方式。フランチャイズ加盟ホテルは、チェー
ン本部に対して加盟料を支払う。アコーホテルやアパホテルズがこれに該当する。
⑤ REIT(リート)
REIT とは Real Estate Investment Trust(不動産投資信託)の略称で、投資家から資金を
集めて不動産を運用して得た賃料収入等を元に投資家に分配する金融商品を指す。一般的
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な REIT は、投資法人を作ることで不動産への投資・運用等を行う。 投資法人は不動産を
運用することのみを目的として設立されるため、基本的にそれ以外の業務を行うことはで
きない。したがって運営は全て外部に委託され、委託業務を請け負う運営企業は不動産の
選定や日々の管理、資金調達等、ホテル経営に必要とされるほとんどの業務を行う。
図 3 ホテル所有・経営・運営会社
※マイナビ業界研究より引用
2.6.顧客満足度
ホテル業界では顧客満足度という指標を非常に重要視されている。これは、顧客満足度
の向上がリピーターを増加させ、売上増加に大きく影響を与えるからである。以下ではサ
ービス産業生産性協議会が開発した日本版顧客満足指数(JCSI)の因果モデルを用いてこの
指標を説明する。
JCSI の因果モデルには6つの変数から構成される。
顧客期待: サービスを利用する際に、利用者が事前に持っている印象や期待予想を示す。
知覚品質: 実際にサービスを利用した際に感じる、品質への評価を示す。
知覚価値: 受けたサービスの品質と価格とを対比して、利用者が感じる納得感、コストパ
フォーマンスを示す。
顧客満足: 利用して感じた満足の度合いを示す。
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クチコミ: 利用したサービスの内容について、肯定的に人に伝えるかどうかを示す。
ロイヤルティ: 今後もそのサービスを使い続けたいか、もっと頻繁に使いたいかなどの利
用意向を示す。
図 4 JCSI 顧客満足の因果モデル
※JCSI による顧客満足モデルの構築
マーケティングジャーナル Vol.30 No.1(2010)より引用
はじめに顧客満足の発生過程について説明する。顧客の期待や予想(顧客期待)は利用した
際の品質評価(知覚品質)にとても強い影響を与える。そしてその知覚品質が価格への納得感
(知覚価値)に強い影響を与える。知覚価値は簡略して(知覚品質)-(顧客期待)と表され
ることもあり、高い顧客満足度を得るためには顧客の期待を上回る価値体験をしてもらわ
なくてはならないことになる。さらに、顧客満足は継続的な利用意向(ロイヤルティ)に対し
て直接的な影響を与えるだけでなく、他者への推奨(クチコミ)を通して間接的にも影響を与
える。
続いて、これはハイクラスホテルの顧客満足度ランキングと各ホテルが高い評価を得た上
位 5 項目の得点である。上位 2 つのホテルは、眺望・夜景などで高く評価されているが、
他評価項目においては目立った違いが見られず、各ホテルとも差別化ができていないと言
える。
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図 5 顧客満足度 要素別ランキング
※週刊ダイヤモンド(2013.09.07)より筆者が作成
3. ケーススタディ
星野リゾート
3.1.星野リゾートの選定理由
「星野リゾート」は近年、その特徴ある経営・運営手法(3.3 にて詳説)により、著しい成長
を遂げているハイクラスホテルである。そのユニークな運営スタイルから、多数のメディ
アに取り上げられており、星野 佳路氏は注目の経営者として話題を集めている。2.1 で見
たような 2008 年以降の厳しい状況下においても、2008 年に「アンジン」、
「蓬莱」、「ヴィ
ラ・デル・ソル」
、
「裏磐梯ネコマスキー場」、
「裏磐梯猫魔ホテル」、2009 年は「星のや 京
都」
、2010 年は「花乃井」
、
「綿水」の運営を新たに開始している。現在は、全国で 25 を超
える施設を運営しており、2014 年には「星のや バリ」
、2015 年「星のや 富士」
、2016 年
「星のや 東京」の開業を予定している。このように、業界全体が低迷している中でも、成
長し続けている要因を探った。
3.2.会社沿革
軽井沢に隣接する佐久の地で生糸業を営んでいた星野国次(初代経営者)は、別荘地と
して発展し始めたばかりの軽井沢に温泉が保養の重要な要素になると考え、明治 37 年、星
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野温泉の掘削を開始した。そして大正 3 年に星野温泉旅館を開業したのが、星野リゾート
の起源となっている。
旅行需要が減少した戦中戦後、高度経済成長にともなう国内旅行全盛期、そして海外旅
行ブームを経て、1987 年に施行された総合保養地整備法(リゾート法)を契機にリゾートや
旅館業界では新規参入が増える変革期を迎える。大企業、大資本会社の新規参入が相次ぐ
なか、1991 年に現社長でもある星野佳路が星野旅館の社長に就任したことを契機に、星野
温泉も大規模な刷新を進めていく。経営方針を改め、事業内容も運営分野に特化し、企業
ビジョンを「リゾート運営の達人」と設定、顧客満足を重視しながらも十分な利益を確保
できる運営の仕組みづくりに取り組んでいく。2001 年からリゾートや旅館の運営事業の取
り組みを開始。2013 年 7 月、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(REIT)を立
ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。現在、地域独自の価
値観、生態系、文化を守りながら、時代に合わせた日本のサービスを提供するという考え
のもと、国内では「星のや」ブランドの他、温泉旅館ブランド「界」
、デザイナーズリゾー
トの「リゾナーレ」の 3 ブランドを全国に展開している。
図 6 星野リゾート 会社沿革年表
星野リゾート会社沿革
1904
軽井沢の開発に着手
2006
貴祥庵、松延運営開始
1914
星野温泉旅館開業
2007
有楽運営開始
1921
芸術自由教育講習会開催
2008
アンジン、蓬莱、ヴィラ・デル・ソル、
1929
水力発電所開業
1951
株式会社星野温泉と改組
1974
国設 軽井沢野鳥の森として指定(全国初)
1992
野鳥研究室(現在のピッキオ)設立
界 津軽(錦水)、界 松本(貴祥庵)、界 出雲(有楽)
1995
株式会社星野リゾートに社名変更
リゾナーレブランド発表
裏磐梯ネコマスキー場、裏磐梯猫魔ホテル運営開始
2009
星のや 京都 開業
2010
花乃井、錦水運営開始
2011
界ブランド発表
界 阿蘇(界ASO)として営業開始
ホテルブレストンコート開業
リゾナーレ 熱海開業、リゾナーレ 小浜島営業開始
軽井沢事業所 ゼロエミッション達成
1999
エコリゾートへの再開発プラン
(ゼロエミッション等)発表
2012
星のや 竹富島開業
界 伊東(いづみ荘)、界 熱海(蓬莱)、界 加賀(白銀屋)
2001
リゾナーレ小淵沢の運営開始
2003
アルツ磐梯リゾートの運営開始
2004
トマムリゾートの運営開始
2005
旅館再生事業着手
界アルプスとして営業開始、界 箱根開業
2013
楓雅 運営開始
界 遠州(花乃井)として営業開始
星野リゾート・リート投資法人が東証に上場
星のや 軽井沢 開業
星野リゾートホームページより作成
※星野リゾートホームページより筆者が作成
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3.3.
経営・運営手法
星野リゾートは 1991 年に「運営」に特化することを決定し、それ以降、特徴的な経営・運
営手法を取ってきた。以下では、その特徴的な経営・運営手法を説明する。
① 所有と運営の分離
リゾート事業には「金融」
「所有」
「開発」
「運営」という 4 つの役割がある。日本ではこの
うち金融以外の 3 つの役割を一手に(単一の)事業者が全て担っている場合が多い。一方、海
外では、それぞれの役割をそれぞれの専門会社が担う場合が多く、リゾート事業の分業化
が進んでいる。リゾート事業を、
「所有」と「運営」に分離することは所有者、運営者双方
にとって大きなメリットがある。投資家である所有者にとっては、リゾート事業運営を専
門会社に任せることで、より効果的に企業価値を高め、高い利回りを得ることができる。
同時に、運営会社は地域に囚われずに多くの運営案件を受注し、運営ノウハウや知名度を
獲得することができる。このような考えのもと、星野リゾートも 1991 年、リゾートの「運
営」に特化するという選択をしている。
図 7 リゾート事業 組織体制
※星野リゾートホームページより引用
② ビジョンの明確化
1992 年に「星野リゾート」と社名を変更した際、新たに「リゾート運営の達人になる」
という明確なビジョンを掲げた。また、ホテルごとのコンセプトはスタッフとの討議によ
って決定されている。抽象的なビジョンだけではなく、それを定義する具体的な数値目標
が以下のように定められている。
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1992 年に星野リゾートと社名を変更、新たに「リゾート運営の達人になる」というビジョ
ンを掲げた。
「リゾート運営の達人」を定義する具体的な数値目標も以下のように定められ
ている。
1. 顧客満足度 2.5
2. 経常利益 20%
3. エコロジカルポイント
24.3%
1.顧客満足度 2.5
1 の顧客満足度については星野リゾート独自の数字が設定されている。アンケートは各サ
ービスの詳細(7 段階 40 項目以上)について顧客の満足度を数値とコメントで回答する。ス
タッフは誰でも施設の端末から、顧客が何を不満に感じているのか、評価しているのかを
客観的データとして把握することができるようになっている。同時に、どの課題への対策
の優先順位が高いのかも判断できるようになる仕組みである。顧客満足度調査の数値や顧
客からのコメントの分析を通じて、戦略的な対策を実行することで、利益と満足度を両立
して高めることを目指す。
図 8 星野リゾート 青森屋 アンケート一例
問3
1
2
3
4
問3-1
チェックイン、フロントサービス、チェックアウトについて
チェックイン時のスタッフの応対
施設・サービス等の説明のわかりやすさ
滞在中のフロントスタッフの応対
チェックアウト時のスタッフの応対
チェックイン、チェックアウトやフロントサービスで
お気づきの点をご記入ください
※星野リゾート 青森屋
アンケートより作成
アンケート項目は【非常に満足・満足・やや満足・どちらでもない・やや不満・不満・非
常に不満】の7段階で評価する仕組みになっている。これらは順に【+3 点,+2 点,+1 点,0
点,-1 点,-2 点,-3 点】と数値で評価され、これらの平均点が 2.5 点となることを目標と
している。
2.経常利益 20%
2 の経常利益は主に生産性の向上を目的に設定されている。ハイクラスホテルは時間や職
種によって業務量が大きく異なるにもかかわらず、多くの施設で分業制が取られている。
その結果、
「業務がない無駄な時間」が発生し、生産性の低下をまねいている。星野リゾー
トではこの課題を解決するため、マルチタスク(多能工制)を採用している。スタッフ一人ひ
とりが多様な業務スキルを習得し、顧客の動きに合わせて業務内容を変更し柔軟に対応す
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ることで、少ない人数でもサービスの質を落とすことなく、効率的に運営することを可能
にしている。
3.エコロジカルポイント 24.3
3 のエコロジカルポイントとは環境基準に関する達成度を示す指数であり、NPO 法人グ
リーン購入ネットワークが定めた基準をもとに目標を設定している。リゾート事業におい
て重要な経営資源である自然環境を保全するために、星野リゾートでは低環境負荷のホテ
ル運営を目指している 星野リゾートでは、これら 3 つの数値目標の同時達成できる企業
を「リゾート運営の達人」と定義している。それぞれの数値目標は達成困難なものである
が、これらの数字が内側に描かれた「ビジョナリーカップ」を社員に配布するといったユ
ニークな試みなどを通じ、ビジョンの浸透、意思疎通の円滑化を図り目標達成を目指して
いる。
③ フラットで自立的に動く組織
星野リゾートではユニット制が採用されている。各ユニットには、部長や課長といった
役職が存在せず、1 年ごとに立候補制で決まるディレクターが中心となって複数の業務を担
当する。例えば、人的サービスに関わるユニットであれば、フロントの応対から案内、施
設の清掃業務まで担当する。このようなユニットの上には、
「戦略会議」が位置づけられて
いる。また、この「戦略会議」には従業員であれば誰でも参加することができる。従業員
がコンセプトづくりから取り組むボトムアップ方式によって、意思決定プロセスを共有し、
従業員の士気とコミットメントレベルを上げる狙いがある。
3.4.
旅館再生事業 ~古牧温泉青森屋~
古牧温泉青森屋(旧古牧第 1~第 4 グランドホテル)は星野リゾートが手がけた旅館再生事
業の中でも、最も有名な事例である。
この地は、実業家で第一国立銀行を設立した渋沢栄一の秘書だった杉本行雄が、三沢の
地に温泉を掘り当てて昭和 48 年に開いた古牧温泉を観光資源に開発を続け、80 年代には東
京ドーム約 17 個分の広大な敷地と第 1~第 4 グランドホテルの大きな観光ホテルを有する
青森県一の観光地として栄えた。当時、このホテルに就職するのは青森県人にとっての憧
れであり、旅行新聞社の「行ってみたい観光地」に 10 年連続で選ばれるなど、日本一の観
光旅館といっても過言ではないほど繁栄を極めた。しかし、拡大戦略が裏目に出てバブル
崩壊以降は客足が途絶え、施設の老朽化により人気も低下の一途をたどった。一時は、一
泊 3,150 円という破格プランを打ち出し客足を回復させたが、収益的には赤字続きであっ
た。そして、2004 年ついに 220 億の負債を抱えて経営破綻した。2005 年 8 月に星野リゾ
ートが改革に本格的に着手したときには、稼働率は 35%にまで低下していたという。
星野リゾートによる改革は以下の 3 つの柱のもとでなされた。
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① コスト削減
② 人材育成
③ ホテルの魅力度向上
改革では、第一に組織構造をフラット化し部門別チームを編成した。そしてジョブロー
テーションを通じて部門を超えたさまざまな業務を行うことができる人材を育成すること
に努めた。ジョブローテーションによって従業員はサービスに関わるマルチタスクを行う
ことが可能となり、従業員の労働時間短縮につながった。さらに、組織構造の変化にとも
ない従来のトップダウン経営からボトムアップ経営に変化したことにより、従業員の自主
的な経営改善努力が見られるようになった。これらの転換が奏功し、経営破綻からわずか 5
年で収益は黒字に回復し稼働率は 70~80%にまで回復した。
3.5. 調査結果
青森屋のフィールドワークを通じて、以下の成功要因が明らかになった。
「ビジョンの明確化と、その達成のために部門ごとの行動に落とし込むプロセスの確立」
ビジョン、すなわち「目的」を変えることによって、
それを達成する以下のような「手段」に変化をもたらす
① フラットな組織構造
② 多能工化
③ One to One マーケティングの導入
④ 所有と運営の分離
以下では、これらの成功要因について、それぞれ詳説する。
「ビジョンの明確化と、それを達成するための行動に落とし込むプロセスの確立」
1991 年に星野佳路氏が星野屋の社長に就任し、
「リゾート運営の達人」を目指すというビ
ジョンを掲げた。さらにそのリゾート運営の達人を以下のような数値目標に置き換えた。
それは①顧客満足度 2.50(自社の独自基準)②経常利益率 20%③エコロジカルポイント
24.3%の3点である。①について、顧客満足度がアンケートを通じて数値化され、星野リゾ
ートグループの全ての旅館・ホテルの顧客満足度がグループ内で公開される仕組みになっ
ている。
また、観光産業を日本の基幹産業にするという目標も掲げている。日本において、観光
産業は十分な利益を確保できていない未熟な産業である。国際競争力も 30 位前後に留まり、
まだまだ課題が山積している。星野氏は日本が観光大国の 3 大条件である「国の知名度・
交通アクセス・治安の良さ」を満たしていること、独自の自然や伝統文化を有しており、
観光地として高い魅力を備えていること、以上 2 点の理由から、日本の観光産業の潜在能
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力を確信し、観光産業の発展に貢献したいという想いがこの目標に込められている。
① フラットな組織構造
星野リゾートではユニット制を採用している。改革時に部長職、課長職を排除し、社長
と取締役以外はみな同じ社員として扱っている。施設によって多少の差はあるが、今回調
査した青森屋は8つのユニットによって構成されている。客室清掃、フロント、レストラ
ン(ホール業務)
、調理の役割を担うサービスチーム。サービスチームは1人のスタッフが
この4つの業務を担当する。他には、フロント・客室清掃のオペレーション第一部門、宴
会とレストラン、調理を担当するオペレーション第二部門。温泉施設、売店、ショーを担
当するオペレーション第三部門。また、バック部門と呼ばれる、組織の運営やシステムを
支えるユニットが4つ存在する。それは経営・経理・購買部門、予約センター部門、管理
ユニット部門(人事)
、総支配人室(広報・営業)の4つである。そして、それぞれのユニ
ットではリーダーが存在し、そのユニットリーダーは立候補と選挙によって決められる。
新卒採用であれば二年目から、中途採用であれば一年目から立候補することができる。ユ
ニットリーダーは二、三年で交代することになっており、リーダーになることは「昇進」
という捉え方をしない。リーダーではない時期は「充電」期間として、リーダーになるた
めの能力を蓄積する期間であり、リーダーになることは「発散」期間として、いままで培
ってきた能力を発揮する期間であるという認識が共有されている。
「そのとき最も勝てるチ
ーム」で戦いに臨むという、アイスホッケーを長年続けてきた星野佳路氏ならではの考え
方が反映されている。このような「資格ではなく、意思によって任せる」という組織文化
が根付いている。しかし、この理念の浸透度合いは支店毎に異なり、まだまだ若手がリー
ダーとして活躍できていないという現状もある。
以下のように図で比較すると、経理、人事、広報などの部署についての差異が明らかに
なる。リーガロイヤルホテルはこれらの部署を本社の下に持っているが、星野リゾートで
はそれぞれの施設がこれらの本社機能を有している。さらに、星野リゾートは料飲・宴会・
宿泊の垣根を越えたサービスチームが存在し、部門間の連携を図っている。
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図 9 星野リゾート
青森屋
組織構造
※インタビュー調査より筆者が作成
図 10
リーガロイヤルホテル
※ブランド価値の創造
組織構造
平山弘(2008)より引用
また、四季ごとのコンテンツを作成するために、「魅力会議」が年4回開催される。「あ
るものを売る」のではなく、
「来たくなるような理由、魅力を新たに創出する」という考え
が根底にある。前者の手法は労力を要しないが、消費者は魅力を感じず、価格戦略に走っ
てしまう場合があり、さらにはプッシュ戦略を取るために宣伝費用が必要となる。しかし、
後者の場合、旅行会社や雑誌が取り上げたくなるような話題性を生み出せるため、相対的
に宣伝費用を抑えることができる。この魅力会議には、各施設の担当者に加え、星野氏が
参加する。彼は自分の考えを述べるが、最終的な意思決定権は各施設の責任者にあり、ボ
トムアップによるコンテンツ作成のシステムが採用されている。また、各施設で行われる
月1回の「戦況報告」会議も存在する。こちらは派遣社員やアルバイトに至るまで参加自
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由であり、基本的に自分のユニットに関連度の高い議題のときに出席するという傾向が強
い。内容は、現場の報告とディスカッションに基づくアイデア創出や業務改善策の立案で
ある。
以上のように、立候補と選挙によってユニットリーダーを決定すること、コンテンツや
コンセプトはスタッフのディスカッションによってボトムアップで決定されること、これ
ら二点から、特にホテル業界においては類を見ないほどフラットな組織構造を有している
ことが見て取れる。
② 多能工化
日本のホテルの利益率が低い大きな原因のひとつは、分業制であることを指摘し、星野
リゾートでは多能工制が採用されている。分業制であると、アイドルタイム-業務が少な
く、生産性が下がる時間帯-が生まれてしまう。具体的な例を挙げて以下で説明する。朝
食の準備が最も忙しいのは午前 7 時~8 時にかけての時間であり、チェックアウトは午前
10 時~11 時の時間帯だ。朝食のピークが終わると、調理部門において手持ち無沙汰な従業
員が出てきて、生産性が下がる。そこで、朝食の準備を終えると、調理部門の人数を減ら
し、フロントで受付に当たらせるなど、ひとりの従業員に多様な業務を与えることでアイ
ドルタイムを削減し、圧倒的に生産性を高めることが可能となる。
また、副次的な利点として、ジョブローテーションによる相互理解の進展が見込まれる。
相互の業務を体験し、その課題点を共有することで、従業員同士が助け合い、より円滑に
業務が進むようになる。
③ One to One マーケティングの導入
他のホテルと差別化し、顧客満足度を高め、リピート率を上昇させるために、ひとりひ
とりの顧客に個別のサービスを提供している。アンケートを通じて得られる誕生日、記念
日、あるいは食べ物の好き嫌い、ペットの有無等を把握し、データベースに蓄積している。
更には、従業員がお客様と接しているうちに気づいたこともデータとして残されている。
例えば「味噌汁を毎回おかわりする」、「生野菜が好き」等と言った細かい情報まで記録さ
れている。その情報を利用して、例えば誕生日が近いお客様にバースデーケーキを用意す
るといったサービスを提供している。星野リゾートグループでは各施設でコンセプトを決
め、それによってターゲットを限定し、その代わりに自分たちが選んだ顧客に120%尽
くすという方針をとっている。コンセプトの例を挙げると、界
チオケージョン温泉旅館」や、リゾナーレ
伊東の「熟年女性のマル
小淵沢の「大人のファミリーリゾート」など
である。これらの施策は、
「全てのカスタマーに同質の高品質なサービスを提供する」とい
う従来のハイクラスホテルの形式を覆すものである。同様の One to One サービスを提供し
ている日本国内主要ホテルは、今のところ「ザ・リッツカールトン」のみである。
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④ 所有と運営の分離
ホテルの建物を所有せず、運営に特化することでサービス向上に集中的に投資し、選択
と集中を行っている。2013 年には星野リゾート・リート投資法人を設立し、不動産投資信
託(REIT)市場に参入した。星野リゾートは星野リゾート・リート投資法人へ8つの
施設を売却し、それによって所有者を投資家へ変更することに成功した。この施策のメリ
ットは、既述のように所有のコストを削減できるという点と、施設を増加させることなく
資金を調達できる点が挙げられる。
4. 考察と結論
調査結果から、星野リゾート以外のハイクラスホテルが、上述したような組織構造、サ
ービス提供が実現できていない原因について考察する。
ビジョンの明確化と実行プロセス確立を阻害する要因
・トップダウンによるコンセプト作成
一般的なハイクラスホテルでは、コンセプトやビジョンは経営層のみによって決定され、
チェーンホテルに関しては、施設ごとのコンセプトは存在せず、均質的なものになって
いる。現場の社員はコンセプト策定に携わっておらず、そのビジョンに対する共感度が
低い。
・ニッチ戦略を取れるか取れないか
星野リゾートでは家族・年齢・性別など、所属集団やパーソナルデータによってターゲ
ットを分類しているのに対し、他のハイクラスホテルは所得水準のみによって分類して
いる。
「ファミリー向けのコンテンツ」というフレームで考えると有効な施策が打てるが、
「高所得者層向けのコンテンツ」では、焦点がぼやけたものになってしまう。
①組織のフラット化を阻害する要因
・幹部クラスの反対
組織をフラット化することによって部長職、課長職等の幹部職を廃することになるため、
給与が一般社員と同様になり、このことに不満を持つ幹部からの反対が予想される。現
に星野リゾートにおいても、古牧温泉から青森屋へ改革する際に3分の1もの社員が会
社を去っている。
・現場の軽視
直接お客様に接するのは現場の社員であり、日々の業務において改善点やお客様のニー
ズを最も近くで知ることができる。その事実を看過し、現場から離れた経営幹部の判断
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によってコンテンツが作成されている。また、トップが指示を出し、現場の社員はその
指示に従うだけでよいという現場社員の自律性を軽視した因習的な考えにより、指示が
円滑に通りやすい組織構造、すなわち分業制から脱するインセンティブが弱い。
・
「フラット化による効率性の追求」と「サービスの品質維持」の両立に向けた努力の不足
ハイクラスホテルはレストラン、宿泊、清掃、フロントなど、あらゆる分野において高
品質なサービスを提供することで付加価値を生み出している。また、そのためには各分
野のプロフェッショナルの育成が必要であった。その育成には綿密な教育を要するが、
フラット化によりリーダー1 人がマネジメントする人員が増加すると、教育の質は必然的
に低下する。しかし、星野リゾートにおいては高品質なサービスの実現と組織のフラッ
ト化を両立しており、そのロールモデルに追随するための努力不足がうかがえる。
②多能工化を阻害する要因
・利益の最大化に対する意識の低さ
以下の図は分業制の場合と多能工制の場合におけるシフトの変化を表したものである。
オレンジ色の円はアイドルタイムを表し、帯は一人の労働時間を表す。分業制の場合、
個々人の労働時間にばらつきがあり、またアイドルタイムが多く存在する。一方、多能
工制の場合、必要人員が一人削減され、アイドルタイムも大幅に減少している。デメリ
ットは教育コストがかかること、人員削減のためのリストラを行う必要があること、こ
の2点である。しかし、費用対効果を考えると、利益率を大幅に上昇できるこのシステ
ムを導入しないのは、利益率最大化の意識が低い可能性が大きい。
図 11 分業制の場合のシフトイメージ
6
7
8
9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23
レストラン
フロント
清掃
宴会
図 12 多能工制の場合のシフトイメージ
6
7
8
9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23
レストラン
フロント
清掃
宴会
※インタビュー調査より
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筆者が作成
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③One to One マーケティングの導入を阻害する要因
・費用対効果を示す定量的なデータが存在しない
One to One マーケティングの導入事例が少なく、実際に導入した場合どれだけ顧客満足
度が上昇し、リピート率が高まるか、という具体的な数量データは存在しない。そのた
め、投資優先度は低くなってしまう傾向にある。
・顧客データ管理にコストがかかる
顧客ひとりひとりのデータを管理するためにはシステム改革が必要になる。個人情報流
出が流出した場合、被害が拡大してしまうため、セキュリティも強固なものでなくては
ならない。
④所有と運営の分離を阻害する要因
・REITに上場する場合、新たな利害関係者として株主が加わる。株主には利益責任が
生まれ、ある程度収益性が見込めないと、ホテルの建物を証券化できない。運営に特化
し、確実に収益を上げることができるハイアットやマリオットのようなホテル運営企業
が存在しないため、投資しても安定的なリターンが見込めず、日本の不動産投資信託市
場が発展しない。
以上のような調査結果から、変革阻害要因の核にあるのは「競争意識の欠如」であると結
論付けられる。競争意識の欠如はビジョンが組織にもたらす影響の軽視、および目標達成
に向けた実行プロセスを具体化しないことにつながる。目標と現実の行動が乖離する状況
が生み出されるのである。
図 13 競争意識の欠如が組織変革を阻害するメカニズム
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5. 提言
ハイクラスホテルの競争意識を高めるためには、他社との差別化のインセンティブを与
え、競争力強化を評価する制度が必要であると考えた。そこで我々は次の施策を提案する。
信頼性の高い第三者機関による公正な評価制度を導入し、上位3社のホテルに政府が補助
金を付与する、あるいは国際会議の会場として優先的に選定するなど、高評価を得ている
ホテルに対し優遇措置をとるという取り組みである。国際会議で利用された場合、海外に
おいてもホテルの認知度を高めることができ、インバウンド需要の増加が見込めるため、
ホテルにとってメリットは大きい。また、公式な評価で下位に格付けされるとブランドイ
メージの低下につながるため、差別化を促す強制力がはたらくと考えられる。
現在、ホテル評価制度に公式なものはない。旅行サイトの口コミによるランキングや、
旅行情報誌によるアンケートに基づいた格付けなど、旅行関連各社の独自調査によるもの
は存在するが、評価基準は曖昧で調査会社によって結果のばらつきが大きい。そこで、顧
客満足度や経常利益率などいくつかの客観的な数値を評価基準とし、相対的に評価するこ
とのできる制度を設け、公正な評価制度に基づいた格付けを実施する。なお、この調査を
委託するのは、日本ホテル協会が最適であると考えている。なぜならば、既に多くのホテ
ルが加盟しており、調査に向けたシステム構築が容易であるからだ。
以上を我々の競争意識拡充に向けた提言とする。
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〈参考文献〉
・JTB 総合研究所
http://www.tourism.jp/
・業界動向 SERCH.com
http://gyokai-search.com/3-hotel.html
・マイナビ 2014 ホテルビジネス入門
https://job.mynavi.jp/conts/2014/tok/p/418/
・週刊ダイヤモンド
2013.09.07
特集 宿泊客1万人が選んだ
p48
激変!
ベストホテル
・明治学院大学経済学部教授 小野譲司
・JCSI による顧客満足モデルの構築
マーケティングジャーナル Vol.30 No.1(2010)
http://www.j-mac.or.jp
・星野リゾート公式サイト
http://hoshinoresort.com/
・中沢 康彦 2010
「星のリゾートの教科書
サービスと利益 両立の法則」日経BP出版センター
・中藤 保則 (信州短期大学)
星野リゾートの経営・運営手法
The way of management and operation of Hoshino Resort (2005)
・藤原和博
2011
「不可能を可能にするビジネスの教科書
・ステファン・P・ロビンス
星野リゾート×和田中学校」筑摩書房
1997
「組織行動のマネジメント」ダイヤモンド社
・富士通総研(FRI)経済研究所
上席主任研究員 長島
直樹
2006
新サービス創出力とその規定要因 ―娯楽関連サービスを中心として―
http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/report/research/2006/no280.pdf
・平山弘
2008
「ブランド価値の創造-リーガロイヤルホテルの事例を中心に-」
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