外国為替の歴史

外国為替の
外国為替の歴史
⑤
1999 年
欧州統一通貨「
欧州統一通貨 「ユ - ロ 」導入
第二次世界大戦後、戦後処理を廻る戦勝国(米・ソ)の覇権争いの中で、『欧州復興計画』
が発表さました。マーシャルプランと呼ばれるこの計画は、当時のトルーマン米大統領下の国
務大臣マーシャルが、1947 年のハーバード大学卒業式にて「世界に健全な平和と経済を取り
戻すためには、合衆国の援助が必要であり、健全な経済なくしては恒久的な平和も有り得ない」
という内容の発表に端を発しました。
米国中心の共産主義防衛策とも言えるマーシャルプランに対抗し、1949 年ソ連と東欧六カ
国は、社会主義結束のための東欧経済相互援助会議(COMECON)を発足させる。米・ソ
による「冷たい戦争」は、このころから始まったと言われています。
また、同時期にドイツとフランスの間で、石炭と鉄鋼に関する相互管理についての歩み寄
りを見ることになり、ここにベネルクス関税同盟国とイタリアが参加し、1952 年、現在のE
Uの原型となる欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が誕生しました(1953 年に動き出した)。
その後の欧州は、1957 年共同市場設立のためのローマ条約調印を経て、1958 年EEC欧州経
済共同体発足、1967 年EC欧州共同体発足(ECは 1993 年EU欧州連合となる)まで固定相
場のなかで、順調に経済発展を遂げました。
しかし、1970 年代に入りブレトンウッズ体制に綻びが出始め、欧州経済の回復と国際通貨
体制に変化が訪れることになる。ブレトンウッズ体制の崩壊に伴い、欧州各国は自国通貨の安
定に尽力することとなり、ドルの信認低下のもとでの固定相場維持は困難となってきました。
そこで、欧州各国は域内の通貨安定のため、ドルの影響を排除すべく欧州通貨圏の確立に向け
て動き出すことになり、1978 年、欧州通貨制度(EMS)を発足させました。
EMS発足当時は、域内各国の経済格差もあり通貨基準の調整を繰り返すこととなり、1980
年代に入りドイツの金融政策を基準に各国が追随することによりインフレ格差は縮小し、その
結果通貨が安定するようになり、域内貿易の拡大へとつながりました。1987 年には、EMS
の安定のもとで単一欧州議定書が成立。その後、域内の物価安定を最大の目的に掲げる「マー
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ストリヒト条約(1991 年)」が調印されたことで、単一通貨への具体的な流れが決定される
こととなりました。
単一通貨までの流れ
1、1990 年、通貨統合第 1 段階、加盟国の間での資本の自由な移動が可能となる。
・域内市場統合の促進のため、人や物などの移動が自由化となる
2、1994 年、第 2 段階、欧州中央銀行の前身である欧州通貨機関が設立。
・マクロ経済政策の協調強化、ユーロに参加する条件として各国がインフレ率、政府財
政赤字などの基準が定められる。
3、1995 年、欧州理事会会合で新通貨の名称を「ユーロ」に決定。
4、1999 年、ミラノ、パリ、フランクフルトの各証券取引所で通貨単位としての「ユーロ」と
して取引を開始。
・11 ヵ国がユーロに参加(ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、ポルトガル、ア
イルランド、オーストリア、フィンランド、ベルギー、オランダ、ルクセンブル
グ)
・ECB(欧州中央銀行)による統一した金融政策が実施される
5、2002 年、現金通貨としての「ユーロ」発足。
・ユーロ貨幣の流通開始
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