西安旅情 5C 羽田です。 5月の連休に、かねてより行きたかった西安(小生の頭の中は長安ですが)にかみさんと 二人で行ってきました。 成田空港から上海へ、同地で国内線に乗り換え、待つこと2時間。遅れることは当たり 前なのかほとんど案内はない。夜中に西安着 最前列に並んでいるつもりが案内表示が出た途端6,7人が横から割り込んでくる、こ りゃ前途多難だわ~ 中国も4月末から5月にかけて連休であちこちそりゃーうるさ いことでした。 (只でさえ五月蠅い!) 以下写真で西安紹介 写真1 大雁寺 :三蔵玄奘法師がインドから 持ち帰ったサンスクリット 語の経典は657部あるそ うです。 写真2 大雁寺夜景 :夜の観光資源? 若者が 沢山いました。 写真3 西安城壁内側 :長安の都城壁内は84平方 km、現在は13.74平方 km 写真4 国際都市長安 :胡人の末裔とイスラムの寺 写真5 兵馬俑 :1号館内(14,260m2 縦 230m 横 62m)に、 兵士約 6000 体 写真6 阿倍仲麻呂を悼んだ李白の歌碑 写真7 鴻門会(宴)跡 :この日を境に項羽は戦に破れ、稀代の英雄豪傑は 姿を消し劉邦は 400 年の漢王朝を築くこととなっ た。 現在は何もない農村といった感じ。 写真8 秦滅亡~漢王朝成立までの 戦い 項羽陣営の范増が劉邦を剣 舞で殺そうとしたのに、項羽はそれを せず劉邦を利することに。「豈図らん や!」 写真9 二世皇帝の墓 :あまり訪れる人がいないのか、運転手がさんざん迷って 40~50分も探し回った挙 句 発見。 周りは現在の西安を象徴するかの如く巨大マンションが林立。 人気 のない胡亥を歴史の嵐が葬らんとするかのようでした。 とまあ、 こんなところでしょうか。 小生にとって長安の都はあこがれの最後のまちです。古代中国が青銅器文明を開化させ、 豪華絢たる登場人物で彩り、斉には孟嘗君が、燕には楽毅将軍が・・・最後が項羽・劉邦 です。 残念ながら漢王朝以降は歴史の中心はずーと東に移ってしまいました。 春秋の興亡、華の都長安 心の中の歴史探訪は満足のいくものでした。
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