リアルオプション評価におけるゲーム理論の適用

リアルオプション評価におけるゲーム理論の適用
コストマネジメント研究
601B032-6 後藤 允
指
導 大野 髙裕教授
An Application of Game Theory to Real Options Approach
by Makoto GOTO
1 研究目的
近年,プロジェクト評価の分野においてリアルオプ
ション・アプローチが注目されている.リアルオプショ
ン・アプローチとは,ファイナンス理論に基づいて意思
決定の柔軟性を貨幣価値に換算するもので,従来プロ
ジェクト評価の主流であった NPV (Net Present Value)
法において,その経営戦略の価値を考慮していないと
いう欠点を補完できるものである.
現段階におけるリアルオプション理論は単一主体の
意思決定をモデル化しているのみであり,それは石油
採掘や新薬開発などにおいては有用である.しかし,
実際の場面においては競合他社の存在が意思決定に大
きな影響を与えるのは確実であり,複数主体における
モデル化が期待されている.
これに対しては経済学におけるゲーム理論を応用し
ようとする試みが始まっており,Trigeorgis [1] はアメ
² 2 人のオーナーがそれぞれ同等のビルを賃貸して
おり,両者ともに既存のビル (古ビル) を壊し,新
しいビルに再開発する権利 (オプション) を有する.
² 両者が同時に開発しようとすると,一方がランダ
ムに競争に勝ち,先導者となり,他方は追従者と
なり,望めば次の瞬間にも開発できる.
² 古ビルの賃料 R は一定とし,新ビルの賃料は完成
時の需要ショック X(t)1 とビルの供給量による逆
需要関数 D[Q(t)] によって決定され,その後永久
に続く.
² オプションの行使によってオーナーは現在の賃料
収入 R=r と建設コスト I を失い,建設期間 ± 年を
経て,新ビルが完成する.
² 先導者の新ビル完成後,追従者の古ビルの価値は
(1 ¡ °)R=r に低下する.
このような仮定のもとで,Dixit and Pindyck [4] の
手法に従い,以下の定式化を行なっている.
リカン・コールオプションの配当率によって,また Smit
and Ankum [2] はゲームの木と囚人のジレンマによっ
て,競争状態を記述した.これらはゲーム理論として
不十分であるのに対して,Grenadier [3] は情報不完備
ゲームを扱うことによって,一応の成果をあげている.
しかし,Grenadier はオプションの種類が限定的であ
ること,均衡解が非現実的であること,以上 2 点の問
題点がある.
そこで本研究では,まず Grenadier において異なる
オプションを設定し,これを定式化することによって
汎用的なモデルを提案する.さらに,利得関数を修正
することによって,現実的な均衡解を導出することを
目的とする.
2 従来研究
Grenadier は,ある不動産市場において競争による
価値の低下をモデル化した.その不動産市場では,以
下の仮定がおかれる.
F (X) =
(1 ¡ °)R
+ W (X)
r
(1)
8
µ
¶¯
>
I + (1 ¡ °)R=r X
>
>
if X < XF
>
>
< ·
¯¡1
¸ XF
D(2) ¡(r¡¹)±
(1 ¡ °)R
W (X) =
e
¢X ¡
¡I
>
>
>
r¡¹
r
>
>
:
if X ¸ X
F
(2)
8 ¡(r¡¹)¿
e
¯
D(2) ¡ D(1)
>
>
>
XD(1) +
¢
>
>
r
¡
¹
¯
¡
1
D(2)
>
>
µ
¶µ
¶¯
>
>
(1
¡
°)R
X
<
¢ I+
if X < XF
L(X; ¿ ) =
r
XF
>
>
e¡(r¡¹)¿
Xe¡(r¡¹)±
>
>
>
XD(1) +
>
> r¡¹
r¡¹
>
>
: ¢[D(2) ¡ D(1)]
if X ¸ X
F
(3)
1 Grenadier はオフィス開発に対してはビジネスの収益性,アパー
ト開発に対しては仕事の増加,工業市場に対しては工業製品の売上
などが考えられるとしている.本研究では日経平均として取り扱う.
表 1: 均衡行使戦略 (Grenadier)
X
プレイヤー
X < XL
XL · X < XF
待機
待機
行使 (待機)
行使 (待機)
行使 (行使)
行使 (行使)
X ¸ XF
競合
ただし,L(X; ¿ ) ¡ I は先導者の価値,F (X) は追従者
の価値,¿ 2 [0; ±] は完成までの期間,° 2 (0; 1) は古
ビルの賃料低下率,r は無危険利子率,XF は追従者
の最適行使水準である.次に,先導者が開発を開始し
た瞬間 (¿ = ±) を考え,L(X; ±) ¡ I = F (X) となる点
XL 2 (0; XF ) が一意に存在することを示し,表 1 の部
分ゲーム完全均衡を導いている.ただし,() 内は追従
^ 最適行使水準を V ¤ とする.ただし,
投資コストを I,
¹ は V の期待収益率,¾ は V のボラティリティ,dz は
ウィナー過程の増分である.
3.1 競争を考慮しない場合の価値
まず,比較のために競争を考慮しない場合の価値
J (V ) を求める.開発オプションの価値を
wG (V ) と
i
h
D(1) ¡(r¡¹)±
X, I^ = I より,
e
すると,V =
(r¡¹)
J(X) =
R
+ wG (X)
r
となる.ここで,Dixit and Pindyck の手法を用いると,
デルを適用できない.さらには,両者の利得関数を同
8
µ
¶¯
X
I
>
>
<
¸
wG (X) = ·¯ ¡ 1 XJ
D(1) ¡(r¡¹)±
>
>
:
¢X ¡I
e
r¡¹
一としており,両者同一の均衡行使戦略になっている
と導かれる.ただし,最適行使水準は
者になった場合の戦略である.
しかし,古ビルの撤退,即新ビル参入と,オプショ
ンの種類が限定されており,異なるオプションにはモ
(4)
が,現実的には利得関数が異なることが多く,非現実
µ
XJ =
的な均衡解になっているという問題点がある.
¯
¯¡1
¶·
if X < XJ
if X ¸ XJ
(5)
¸
r ¡ ¹ (r¡¹)±
e
¢I
D(1)
(6)
となり,
3 本研究の提案
¯=
¡(¹ ¡ 1=2¾ 2 ) +
p
(¹ ¡ 1=2¾ 2 )2 + 2r¾ 2
>1
¾2
(7)
本研究においては,Grenadier の仮定をほぼ踏襲し
ながら,異なるオプションを設定し,より汎用的なモ
である.以下,競争を考慮して定式化を進める.
デルを定式化する.Grenadier のオプションを撤退・即
参入オプションとすれば,これ以外に参入オプション,
撤退オプション,参入・撤退 2 段階オプションの 3 種
3.2 追従者の価値
類が考えられる2 .本研究では,参入オプションの定式
次に,先導者が開発を開始した瞬間の,追従者の価値
化を試みることにする.変更される仮定は次の通りで
FG (V ) を求める.追従者のオプション価値を
WG (V )
h
i
ある.
² 両者は古ビルを壊さずに,新ビルを開発するオプ
ションを有する.
² 両者は異なる建設コストを必要とする.
² オプションの行使によって,建設コストのみが失
われ,新ビル完成後も古ビルの価値に影響はない.
まず,競争を考慮してプロジェクト価値3 を評価し,次
にゲーム理論によって均衡行使戦略を導出していく.以
下,原資産を V とし,V の挙動を dV = ¹V dt+ ¾V dz,
2 オプションの種類は,成長オプション,一時停止オプション,交
換オプションのように無限に考えることができるが,経営にとって
最も重要なオプションはそのプロジェクトを実行するか,しないか
の選択であると考える.
3 本研究でいう価値とは,保有する資産,プロジェクトから生み
出されるキャッシュフローのことである.また,オプション価値と
は,NPV に加えてその選択を待つことのできる価値である.
D(2) ¡(r¡¹)±
(r¡¹) e
とすると,V =
X となる以外は 3.1
節と同様に,
FG (X) =
R
+ WG (X)
r
8
>
>
<
µ
¶¯
I
X
¸
WG (X) = ·¯ ¡ 1 XG
>
D(2) ¡(r¡¹)±
>
:
e
¢X ¡I
r¡¹
(8)
if X < XG
if X ¸ XG
(9)
と導かれる.ただし,最適行使水準は
XG =
となる.
µ
¯
¯¡1
¶·
¸
r ¡ ¹ (r¡¹)±
e
¢I
D(2)
(10)
3.3 先導者の価値
3.4.1 I < IC の場合
追従者は最適戦略を実行しているという条件で,先
導者の価値 LG (V ) を考える.先導者はすでに開発オプ
ションを行使し,完成までに ¿ 年あると仮定する.追
従者が停止時間 TC = infft ¸ 0 : X(t) ¸ XC g で参
入してくるので,先導者の価値 LG (V ) は次のオプショ
ンのポートフォリオ L1 (V ) + L2 (V ) によって複製され
る.ただし,競合の投資コストを IC とし,
XC =
µ
¯
¯¡1
¶·
¸
r ¡ ¹ (r¡¹)±
¢ IC
e
D(2)
プションを購入する.このオプションは行使価格
0, 固定された満期日 ¿ をもつ.
2. X(t) ¢ [D(2) ¡ D(1)] の永久配当率を支払う資産の
コールオプションを購入する.このオプションは
行使価格 0, 確率的な満期日 TC + ± をもつ.
オプション 1 に対して,満期日のペイオフは V ¡ I^ =
であるので,
e¡(r¡¹)¿
XD(1)
r¡¹
(12)
¤
となる.オプション
h 2 に対して,V iが既知であるの
で,(11) 式,V =
D(2)¡D(1) ¡(r¡¹)±
e
r¡¹
LG (X; ±) < FG (X) for X < XL1
LG (X; ±) ¸ FG (X) for XL1 · X < XC
LG (X; ±) = FG (X) for X ¸ XC
(15)
3.4.2 I > IC の場合
1. X(t) ¢ D(1) の永久配当率を支払う資産のコールオ
L1 (X; ¿ ) =
る4 .
(11)
である.
XD(1)
r¡¹
I < IC を仮定すると,LG (X; ±) = FG (X) となる一
意の点 XL1 2 (0; XC ) が存在し,以下の関係が成立す
X, I^ = 0 より,
I > IC を仮定すると,(0; XG ) の範囲で LG (X; ±) =
FG (X) となる点は,パラメータに依存して 0 個か 2 個に
なる.この点が 0 個のとき,X に依存せず LG (X; ±) <
FG (X) となる.2 個のとき,これらの点を XL2 < XL3
とすると,以下の関係が成立する5 .
LG (X; ±) < FG (X)
for X < XL2
LG (X; ±) ¸ FG (X)
for XL2 · X · XL3
LG (X; ±) < FG (X)
LG (X; ±) = FG (X)
for XL3 < X < XG
for X ¸ XG
(16)
3.5 均衡行使戦略
先導者の価値は
R e¡(r¡¹)¿
LG (X; ¿ ) =
+
XD(1) + L2 (X) ¡ I
r
r¡¹
(13)
8
µ
¶¯
>
¯ D(2) ¡ D(1)
X
>
>
¢
I
¢
>
C
>
D(2)
XC
< ¯¡1
L2 (X) =
if X < XC
>
>
¡(r¡¹)±
>
Xe
>
>
:
[D(2) ¡ D(1)]
if X ¸ XC
r¡¹
(14)
と導かれる.
先導者と追従者の価値の関係が求められたので,2 人
のオーナーがオプションを行使して新ビルの開発を開
始するか,あるいは待機するかという部分ゲームを考
え,I < IC を仮定して均衡行使戦略を導出する6 .両
者は自らの利得を最大にするように行動する.すなわ
ち,LG (X; ±) < FG (X) のとき先導者にならないため
に行使せず,LG (X; ±) ¸ FG (X) のとき先導者になる
ために行使する.追従者になった場合は,最適行使水
準になるまで待機する.(15), (16) 式より,XL2 , XL3
の存在に依存して,両者の均衡行使戦略は表 2, 3 のよ
うになる.
均衡行使戦略に基づくと,X(0) ¸ XC のとき,両
者行使し,追従者になった場合は即行使する.また,
3.4 先導者と追従者の価値の関係
次に,先導者が建設を開始した瞬間の先導者と追従
者の価値の関係を考える.先導者は LG (X; ±), 追従者
は FG (X) の価値を受け取る.初期参入時間に依存し
XL2 · X(0) · XL3 のとき,両者行使し,追従者に
なった場合は最適行使水準まで待機する.それ以外の
とき,プレイヤーは必ず先に行使でき,先導者となる.
競合は必ず追従者になり,XC まで待機する.
て,先導者の価値は追従者よりも大きく,あるいは小
4 証明は本論参照.
さくなる.
6I
5 証明は本論参照.
> IC のときは,プレイヤーと競合の戦略を交換すればよい.
表 2: 均衡行使戦略 (XL2 , XL3 なし)
5 考察
X
プレイヤー
競合
X < XL1
XL1 · X < XC
待機
待機
図 1 より,追従者,先導者ともに,オプションを考慮
行使
待機
することにより NPV を上回ること,また競争を考慮す
行使
行使
ることで価値が低下することがわかる7 .また,XL1 <
X ¸ XC
XJ となっており,競争を考慮することによって行使
表 3: 均衡行使戦略 (XL2 , XL3 あり)
が早まるといえる.さらに,(0; XC ) の範囲で XL1 が
一意に存在することもわかる.
X
プレイヤー
競合
X < XL1
XL1 · X < XL2
待機
待機
図 2 より,プレイヤーの方が競合よりも価値が大き
XL2 · X · XL3
XL3 < X < XC
X ¸ XC
行使
待機
いことがわかる.これより,投資コストが小さい方が
行使
行使
有利になるといえる.これは,技術力に優れた企業が
行使
待機
競争優位を保つことができるという現実に合致した結
行使
行使
果といえる.
4 数値実験
6 結論
パラメータを R = 1, I = 300, IC = 340, ¹ = 0:005,
本研究においては,オプションの種類の限定という
¾ = 0:5, r = 0:01, ± = 2, D(1) = 150, D(2) = 120
従来研究の問題点を克服することによって,より汎用
とし,競争を考慮した場合の価値,しない場合の価値,
的なモデルを提案することができた.また,両者が異
NPV を比較する.このとき,XJ = 0:0108, XG =
0:0135, XC = 0:0153, XL1 = 0:0101, XL2 = 0:0118,
なる利得関数を用いることによって,異なる均衡行使
XL3 = 0:0130 となる.
た.さらに,競争の考慮によって価値が低下すること,
戦略が導かれ,従来研究よりも現実的な結果が得られ
行使が早まることが示され,本研究の有効性が検証さ
れた.
7 今後の課題
² 撤退オプション,参入・撤退 2 段階オプションの
定式化
図 1: プレイヤーの価値の関係
図 2: 両者の関係
参考文献
[1] Trigeorgis, L.: \Anticipated Competitive Entry and
Early Preemptive Investment in Deferrable Projects",
Journal of Economics and Business, vol.43, no.2,
pp.143-153 (1991).
[2] Smit, H.T.J. and Ankum, L.A.: \A Real Options
and Game-Theoretic Approach to Corporate Investment Strategy Under Competition", Financial Management, vol.22, no.3, pp.241-250 (1993).
[3] Grenadier, S.R.: \Strategic Exercise of Options: Development Cascades and Overbuilding in Real Estate
Markets", Journal of Finance, vol.51, no.5, pp.16531679 (1996).
[4] Dixit, A.K. and Pindyck, R.S.: Investment Under
Uncertainty, Princeton University Press, Princeton
(1994).
7 証明は本論参照.