財務管理[8] 多期間にわたる投資の評価(続き) キャッシュフローの発生期間が長い場合は、Excel で計算する。Excel には NPV 関数が 用意されている。これはキャッシュフローの現在価値を求める関数なので、正味現在価値 を計算する際は、使い方に注意を要する。 (例題) ある自動車メーカーが新工場を作る計画をもっている。初期に必要な投資額は 3000 億円 で、この工場が操業を始めると、1年後から確実に毎年 350 億円のキャッシュフローを 10 年間得られることが予想されている。この工場は 10 年間操業したのち、やはり確実に 500 億円で売却されるという。預金利子率を 4%とすると、このプロジェクトの採否を意思決定 せよ。 (答) キャッシュアウトフローは、現在の 3000 億円、キャッシュインフローは 10 年間にわた って毎年 350 億円ずつ、10 年目だけにさらに 500 億円のキャッシュインフローがあるから、 この投資プロジェクトの正味現在価値は以下のような式で求められる。 NPV 350 350 350 350 350 + + + + 2 3 4 1 + 0.04 (1 + 0.04) (1 + 0.04) (1 + 0.04) (1 + 0.04) 5 350 350 350 350 350 500 + + + + + + 6 7 8 9 10 (1 + 0.04) (1 + 0.04) (1 + 0.04) (1 + 0.04) (1 + 0.04) (1 + 0.04)10 = −3000 + この式を Excel の財務関数として用意されている NPV 関数を使って計算してみる。 A1 に−3000、A2 から A11 まで 350 を 10 回(10 年分)入力する。A12 に 500 を入力し、 さらに A13 に 0.04(割引率)を入力する。 まず毎年 350 億円ずつ得られるキャッシュインフローの現在価値合計を求める。Excel の NPV 関数では、 =NPV(割引率、キャッシュインフロー) で求められる。この例題では、適当なセルに =NPV(A13,A2:A11) と入力する。2839 と計算される。次に、10 年目だけに得られる 500 億円の現在価値を計 算する。先ほどと別の適当なセルに、 =A12/(1+A13)^10 と入力すればよい。337.78 と計算される。2839 と 337.78 の合計がこの投資から得られる キャッシュインフローの現在価値合計なので、これから初期投資である 3000 億円のキャッ シュアウトフローを差し引けばよい。 1 企業による金融資産への投資の効果 1980 年代後半からのバブル期に、多くの日本企業は、株価が高騰するなかで、資本市場 (証券市場)から調達した多額の資金のかなりの部分を、設備投資や研究開発投資といっ た本業にかかわる投資へではなく、短期金融資産や債券、株式といった金融資産へ投資し た。このような金融資産への資金運用は、「財テク」とよばれている。 このような、企業による金融資産への投資が、その企業の株価などにどのような影響を 与えるのかを考える。 (例題) ある企業が、手持ちの余裕資金 100 億円を、残存期間 3 年、クーポンレート 6%の債券 で資金運用することを考えている。この金融資産への投資の正味現在価値はいくらになる か。 (答) まず財務管理[5]の債券の評価の例題と同様に、この債券から得られるキャッシュインフ ローの現在価値を求める。 この債券の額面が 100 円だとすると、毎年 100×0.06=6 円のクーポンが、3 年間得られ る。そして 3 年目には額面の 100 円も得られる。したがって、かりに預金利子率が 5%だ とすれば(この場合、預金利子率は何パーセントでも関係ない) 、この債券からのキャッシ ュインフローの現在価値は、以下の式で求められる。 6 6 6 + 100 = 102.72円 + + 2 1 + 0.05 (1 + 0.05) (1 + 0.05) 3 債券市場が完全かつ効率的な市場なら、この値がこの債券の価格になる。なぜなら、こ の理論価格より高くても安くても、市場で投資家たちの裁定取引(さや取り)が起き、結 局この価格で取り引きされるようになるからである。したがって、この債券を購入するた めに必要なキャッシュアウトフローは、この債券価格 102.72 円となるので、正味現在価値 は、 NPV = −102.72 + 6 6 6 + 100 =0 + + 2 1 + 0.05 (1 + 0.05) (1 + 0.05) 3 である。この結果は、次のようなことを意味している。 →完全で効率的な金融・資本市場(証券市場)では、債券のような金融資産の価格 は、その金融資産からのキャッシュフローの現在価値と等しい。 →したがって、完全で効率的な市場では、金融資産への投資の正味現在価値は必ず ゼロになるので、企業による金融資産への投資は、企業の株価、企業の価値にまっ たく影響を及ぼさない。 以上は、株式や短期金融資産など、債券以外の金融資産への投資にもあてはまる。 2 完全市場・効率的市場 完全市場(市場の制度的な前提に関する条件) (1)情報がすべての市場参加者に費用なしに伝わる (2)取引のための費用(取引費用)や取引制限、税金がない (3)商品の流動性が十分に高い(瞬時に自由に売り買いできる) 効率的市場(市場価格形成に関する条件) 市場参加者にもたらされる情報が、瞬時に正しく価格に反映される 市場で取り引きされて決まる価格を市場価格という。市場価格が高すぎると、供給が増 え、価格は低下する。逆に、市場価格が安すぎると、需要が増え、価格は上昇する。この 過程を「裁定(取引)がおこなわれる」という。 市場価格が完全で効率的な市場では、そこで取り引きされるものの価格は、瞬時に裁定 がおこなわれ、理論価格(金融資産の場合は現在価値)に等しくなる。 現実の市場は、必ずしも完全あるいは効率的な市場ではない。しかし、多くの金融・資 本市場は、完全市場あるいは効率的市場の条件をある程度満たしており、債券などの価格 は、裁定がおこなわれ、現在価値に近い価格になる傾向をもっているといえる。 (税金の効果) 税金を考慮するとどうなるだろうか。余裕資金を企業が金融資産で運用する場合、 ・ 運用収益に対する法人税 ・ 法人税控除後の運用収益が配当される際に、その配当に対してかかる税金 の 2 つの税金がかかる。このように企業の金融資産からの運用収益には、二重に課税され る。したがって、企業による金融資産への投資(資金運用)は、現実的にも株価にプラス の影響を与える可能性は低い。 まとめ 完全で効率的な金融・資本市場であれば、企業による金融資産への投資の正味現在価値 はゼロであり、実施しても、設備投資や研究開発投資のように株価や企業価値を高めるこ とはない。 これは金融資産への投資の場合、初期投資額である金融資産の価格が、キャッシュフロ ーの現在価値に等しくなるような調整メカニズム(裁定取引)が働くと言い換えられる。 3
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