千葉正彦 私自身と台湾基督長老教会のワーカーとの関わりは 2014 年の夏に始まりま す。彼ら、彼女らとの交わりは言葉では語りつくせない恵みに満ちたものでし た。同時に私の持っていた歴史観に一石を投じるものであったともいえます。 台湾基督長老教会のワーカーたちの日本に対する親近感は、 「同じ主を信じる同 胞」のそれをはるかに超えるものでした。 「かつて日本が植民地支配していた国の人たちが何故ここまでしてくれるの か?」 11 月 25 日の夕方に台北市中心にある濟南長老教会を訪問した際に私の疑問 の答えの一部を垣間見ました。濟南長老教会の会堂は、日本統治時代に台湾日 本基督教会台北幸町教会として建てられ、教団合同のなかで日本基督教団台北 幸町教会となった建物です。建築から 100 年近く経過するその建物を濟南長老 教会の方々は現在でも大切に維持、管理し、その会堂で礼拝を行っているとい う事実に感動を覚えました。植民地支配という不幸な過去の遺物も飲み込む台 湾クリスチャンの力強さとしたたかさを感じ取りました。 台東県の台風被災地に赴き、台湾基督長老教会の行っている被災者支援の現 場を見たことも非常に印象的です。私は仙台で生まれ育ったので、九州、沖縄 の台風というものを知りません。ましてや、台湾を毎年の様に襲う台風など私 の想像をはるかに超えるものでしょう。台東県では 2016 年 7 月の台風により 1 万世帯の家屋被害があったそうです。台湾基督長老教会ではそのうち 300 世帯 の自力再建が困難な世帯の家屋修繕を台湾基督長老教会の責任で行うという目 標をたて、そのために必要な資金の献金募集を始めたそうです。日本円にして 1 億 2 千万円に及ぶ事業計画をたてて行動するダイナミックさと実行力に只々見 習わなくてはと思うのみです。 今回台湾を訪問するにあたって、台湾基督長老教会のワーカーたちに関わり のあった方たちからの感謝を伝えるということが私の一番の目的でした。私た ちがワークに入っている方たちからの感謝はもちろんですが、ワーカーたちの 滞在期間中ほぼ毎日通った銭湯「喜代の湯」のおかみさんこと佐々木万里子さ んからの感謝を伝えることも大事な使命でした。佐々木さんはお連れ合いと共 に銭湯を経営し、東日本大震災の際にライフラインの断たれた仙台の街でいち 早く「みんなのお風呂」として店を開けた方です。エマオのワーカーも多数お 世話になっており、台湾基督長老教会のワーカーも 2012 年から交流がありまし た。佐々木さんからのビデオメッセージをいただく際に様々なことを聴かせて いただきました。満面の笑みで楽しそうに思い出を語り、その別れを思い出し 涙ぐむこともあり、語りつくせぬご様子でした。エマオの活動を振り返る際に、 国内外の教会の支えがあったことは一時も忘れたことはありませんが、佐々木 さんのように、この町を形成する人々が私たちスタッフ、ワーカーを支え、応 援してくれていたことに改めて気づかせてくれました。 ワーカーたちとの再会は台北市と高雄市の 2 か所で行われ、それぞれにエマ オスタッフからの発題とワーカーからの発題が行われました。私は高雄市で発 題を行いましたが、前述の通り「喜代の湯」の佐々木さんとのやり取りを中心 に 5 分程の発題を行いました。感謝を伝えると同時に、 「被災地」と言われる仙 台に暮らす狭義での「被災者」ではない人たちが、災害がきっかけでできた「縁」 を喜びたくても素直に喜ぶことが今はまだできないという現実を話しました。 受け取り方はそれぞれだと思いますが、ビデオメッセージでは複雑な心境なが らも表情には出さず佐々木さんは台湾基督長老教会のワーカーたちとの再会を 望み旅行を計画している旨を伝えて締めくくっています。 期間中の日曜日に台中市にある台湾基督長老教会豐原教会での主日礼拝に出 席してきました。日本の伝統的な教会の礼拝とも通じる礼拝のスタイルは非常 に心地が良く、私自身は違和感なく座っていられる空間でした。もっとも、司 式や説教、讃美歌、すべて台湾語で行われているため、その語られていること や、讃美歌の歌詞の内容はほとんど理解していません。しかし、会衆の表情や 讃美の歌声は喜びに満ちており、200 人近い会衆が食卓を共にする愛餐会は圧巻 の一言。いつの日か再び訪れたい、この人たちと主を讃美して礼拝し、食卓を 共にしたいと思わせてくれる素晴らしい教会でした。 今回の台湾訪問にあたって、はじめにこの機会を与えてくれた「主に感謝」 したいと思います。そして、現地滞在中の費用及び案内をしてくれた台湾基督 長老教会とその関係者に感謝します。5 年間で延べ 268 名のワーカーが仙台を 訪れてくれました。東日本大震災という大きな出来事がきっかけで交わりが深 まったわけですが、東日本大震災が収束(原発事故収束の目途は立っていません が)すると同時に日本の教会と台湾の教会との交わり、特にエマオの活動で深ま った信徒レベルでの交流が収束してしまうことはあってはならないと私は考え ます。私自身微力でも所属する教会に根気強く交流促進が図られるように努力 します。
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