ロゴマークの与える印象

基礎演習・最終論文
ロゴマークの与える印象
~なぜミキハウスのロゴは愛らしく見えるのか~
文科三類6組
130051H
徳平
目次
はじめに
1.ロゴデザインによる視覚効果からの考察
1)色彩
2)フォント
2.ブランドイメージとの関連からの考察
1)C・Iとしてのロゴ
2)既成のブランドイメージとロゴの印象の関係
3)ミキハウスの顔としてのロゴ
3.結論~なぜミキハウスのロゴは愛らしく見えるか~
おわりに
参考文献
1
京
基礎演習・最終論文
はじめに
単語としては一般的な意味をもたないテキストだけで構成されたロゴマークから、高級感や上質さ、か
わいらしさや暖かさなどといったイメージが喚起されることがある。本論文では子供服アパレルブラン
ドのミキハウス1のロゴ(図1)を題材に、なぜブランドロゴがこういった印象を見る人に与えうるのか
考える。そしてこれを言語や思考の介入しない無意織のうちに私たちが商品や広告に影響、誘導されて
いることを理解する一端とする。当ブランドは男女を問わず知名度が高く、ロゴを使用した製品(図2
参照)が多いためロゴ自体の認知度も高い。またテキスト MiKiHOUSE は創業時の社名、三起産業の「三
起」と家族のイメージにつながる家=「ハウス」を複合したものであり子供服ブランドの名前と一見し
て分からないこと、さらにロゴが単色、テキストのみによるシンプルな構成であること、I を i に変える
などフォントに工夫がみられること等の理由から本論文ではミキハウスのロゴを取り上げる。ミキハウ
スのロゴから筆者の受ける「かわいらしい」「こどもらしい」「温かみがある」という印象(便宜上『愛
らしい』と表現する)がどこからくるのか、本論文では以下二つの視点から考察する。
視点1:ロゴのデザインによる視覚的効果が愛らしいという印象を与えているのではないか
視点2:ブランド自体に対する既成イメージが、ロゴを見たときの印象に反映されているのではないか
本論文第1章、第2章でそれぞれこの二点について検討、考察していく。
図1
ミキハウスロゴ
図2
ロゴを使用した製品例
1.ロゴデザインによる視覚効果からの考察
ロゴマークは企業やブランドのコンセプトや思想、歴史、また理想とする企業・ブランドイメージな
ど多くの要素を考慮して製作される。特にアパレルブランドにおいてロゴは紙袋等のパッケージや、製
品自体にもデザインの一部として用いられ比較的多くの人の目に映る。それゆえ視覚的にも目指すブラ
ンドイメージ(高級、シック、ナチュラル、元気など)に適した印象を与えるロゴマークが必要となる。
ミキハウスロゴは「子ども達の笑顔や元気さ、家族の愛情などが伝わるロゴマークにしたい」という想
いの元、会社設立時に多くのデザイン案の中から選ばれたものである2が印象的な独自の赤色「ミキハウ
スレッド」と丸みのあるコンパクトなデザインは確かにかわいい、温かい、子供らしいといった当ブラ
ンドに適したプラスの印象を与えている。ここでは1)色彩、2)フォントデザインの2つの側面から
1
三起商行株式会社の展開する子供服アパレルブランドのひとつ。「赤」がキーカラーのベーシックカジュアルブランド。服(サイズ
70~130cm、一部 140cm,150cm,大人用あり)、くつ、おもちゃ、雑貨等を販売。
2 成美堂出版編集部「日本のロゴ2」参照。
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当ロゴを分析し、そういった印象にどうつながっているのか考える。
1)色彩
まずはロゴとしての赤色のもつ効果について。単色としてロゴマークに使われる頻度は赤、黒、青の
3色がその他に比べ圧倒的に高い。赤は進出色であり高い誘目性をもつ、とりわけ背景が白の場合には
純色のうちで最も目立つ色である。ロゴにとって目を引くことはブランドの存在とその名前を消費者に
覚えてもらうこと、ひいては売上にもつながる重要な要素のひとつであるため、誘目性の高さが有利に
はたらくことは容易に想像できるだろう。また色が与えるイメージや印象はロゴの色選択にとってかな
り重要な決め手となる。人がある色に対してもつイメージには文化的な差異がみられることもある一方
で、時代や文化によらない世界共通のものもある。SD 法によって得ることができる後者、つまり時代や
文化によらないほぼ普遍的な赤の印象は「活動的」「派手」「熱い(あたたかい)」「強い」というもので
ある。これは赤が暖色であり進出色であること、実際に赤は神経を興奮させ脈拍等を高めるといったこ
となどが背景にあると考えられるが、人類共通の連想として赤は「血」と「炎」の色であることもこれ
らの印象に尐なからず影響している。世界的に医療、健康に関わる企業ロゴに赤が多く使われるのも「血」
イメージの影響が大きいという。一方で文化的差異のあるイメージ、連想といえるのはキリスト教圏の
「キリストの血」や中国の「魔除け」
「長寿」
「結婚」、また日本も影響を受けている「太陽」のイメージ
などである。日本では中国の影響が濃くみられるが「めでたい」色、
「太陽」の色というイメージがある。
青空によく映える太陽のような赤、というのは外で元気に遊ぶ子供のイメージにふさわしいし、エネル
ギッシュさも出している。しかしながら赤は思っていたより激しい・強いというベクトルの印象を与え
るようで、ミキハウスロゴから感じる「温かみ」とあまり一致しないという気がした。しかしこれは2)
で述べるフォントデザインとの組み合わせによって解決される。
2)フォント
たとえ同じ文字を黒一色であらわしても、フォントが違えば見る人に異なる印象を与えることができる。
同じ文字配列「MIKIHOUSE」をすべてフォントサイズ 11 に統一し、異なる既存フォントで表すと
MIKIHOUSE
MIKIHOUSE
(左から Century Gothic, Brush Script, Trajan Pro, Arial Black)このように大分印象が違う上、可読
性、目立ちやすさも変わってくる。フォントの選び方、またはデザインは与えたい印象や重視する要素
によってある程度適するものが決まってくる。
さてミキハウスロゴはオリジナルのフォントを使っており、一つも角のない丸みを前面に出したロゴに
なっている。三起商行社内では「丸ロゴ」とよばれ長く
愛されてきた。フォントの可読性は低くなく(ただMI
KI部分やSE部分のように線が詰まっている所ははっ
きり読みづらいともいえる)、字幅はかなり太めでよく目
立つ。しかしこのロゴにおいて大きな要素はブランドイ
メージを表現した丸さだろう。角は鋭い、知的、攻撃的、
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冷たいといったイメージを持つが、このフォントは細部に至るまですべて柔らかなカーブで処理されて
いて、
「激しい」イメージも与えうる赤を用いてもはっきりしすぎないほわっとした印象に調整されてい
る。Arial
Black で書いた角の残る MiKiHOUSE とは印象が違う。小文字の i の丸を上に出してアク
セントにしているのも個性的で、より丸い印象を強めている。同じく赤いロゴの例にシャープのロゴ(図
3参照)が挙げられるが、こちらではSの端やR、Pの真ん中部分など尐し角に変化をつけて優雅なラ
インを作っているのと、ミキハウスとは対照的に線の太さを変えてすっきりとスタイリッシュにみせて
いる。線の太さや角の処理で印象も大きく変わるのがわかる。ミキハウスロゴはイメージを重視しかわ
いらしい丸っこさを大事にしたフォントをデザインしているのだ。またぱっと見ただけではわかりづら
いが、ミキハウスのS,Eは底辺の長い台形型をしている。ロゴの左側が i で上側にアクセントがつけら
れているのとバランスをとるためか、左右非対称なS,Eは尐し変わった字体となっており、細かい工
夫もみられる。
図3
シャープロゴ
2.ブランドイメージとの関連からの考察
1章ではロゴをデザインする側から見る人へ与えられる「愛らしく見える」根拠を扱ったが、この章
では見る側、つまり消費者側の抱く「ブランドイメージ」とロゴの印象はどのような関係にあるのかと
いうことについて考える。当ブランドに関して言えば、筆者は幼尐期から「ミキハウスというブランド
はかわいい」というイメージを抱いているため、ミキハウスロゴだけみても「愛らしい」と感じるのだ
という可能性が考えられる。一方でそういったブランドイメージを持っている要因にロゴがある可能性
もある。
ブランドイメージ
ブランド
消費者
目指す
ロゴの印象
イメージ
ロゴ
1)C・I としてのロゴ
ロゴはC・I(コーポレーション・アイデンティティ)の重要な一要素である。C・Iとは、
「企業・ブ
ランドが自身の姿あるいは望ましいと思われる姿を、視聴覚に訴えかけるシンボルによって統一的に示
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し、ほかの企業と識別してもらう手段(マーケティング方法)」であり、ブランド名、キャッチコピー、
ロゴをその基本要素とする。C・Iを利用した企業戦略の一つに、ロゴマークの変更による企業・ブラ
ンドイメージの刷新がある。たとえば売れ行きの低迷している会社が、過去のイメージから新しいブラ
ンドイメージに切り替えるというとき、社名まで変えずとも新しいイメージを象徴するロゴに変えるこ
とで消費者の抱くイメージを切り替えることに役立つ。寡占で競争の激しい日本の携帯電話サービス市
場で、NTTドコモは2008年4月にロゴを変更、以前とはかなり印象の違うものにした(図4参照)。
新ロゴの方はミキハウスロゴと似た赤色・丸み・コンパクトという特徴がありコンセプトは「未来に向
けた無限の可能性とヒューマンタッチ、安心感、信頼感を表現した、シンプルで親しみやすいデザイン3」
ということだ。以前と違いすべて小文字で収まりがよくなっている。旧ロゴは黒が目立ち、太くどっし
りしたフォントで堅実さを出しながら、ループ状の線で色彩と躍動感を加えているが「堅実さ」のイメ
ージが新たに目指す方向性にそぐわなかったということで、
「ユーザー目線・温か」なイメージの色とフ
ォントを採用したのだという。実際にはCMや店舗の様子、キャッチコピーなども一緒に一新されてい
るため、純粋なロゴのみの効果をはかることはできないが、ロゴの視覚的な効果のみからも十分にイメ
ージ刷新の意志が伝わるのではないか。
図4
ドコモ
ロゴ変更
2)既成のブランドイメージとロゴの印象の関係
企業の好感度を尋ねるアンケート調査で、企業名だけ載せたアンケート用紙とロゴも一緒に掲載した
アンケート用紙では、ロゴも載っている方が、ほとんどの企業で好感度が前者より高く評価されるとい
う実験結果がある4。これは有名企業の場合に限るが、ミキハウスも有名企業であるのでこれに沿って話
を進める。この実験から何が言えるか考察すると、ロゴの存在がブランドに対するイメージに変化を起
こしていると考えられるだろう。企業名だけを見て好感度の高低を考えるとき、頭にあるのは自分が抱
く企業イメージ・ブランドイメージではないだろうか。そしてロゴも一緒に見たときには、ロゴの持つ
印象が付加されている。だとしたらブランドイメージというものはロゴの印象からの影響を受けやすい
のではないだろうか。1)では企業の意図に沿ったイメージを形成させる手段としてのロゴの役割を紹
介したが、ここでロゴの印象が消費者の抱くブランドイメージに影響していることがわかった。
3)ミキハウスの顔としてのロゴ
ミキハウスは創業以来まったくロゴを変えていないが、ブランドの顔であるロゴがミキハウス自体のイ
メージや売り上げを左右したことがあった。一つ目の転機は1990年代にヤンキーの若者の間でミキ
3
4
NTTドコモ http://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/page/080418_00.html 参照
日本ブランド戦略研究所 http://japanbrand.jp/ranking/nandemo/45.html 参照
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ハウスのロゴ入りトレーナーを着るのが流行したことだ。流行した理由は定かでないが、ヤンキーの若
者が頻繁にミキハウスロゴを着ていたことで、ミキハウスの理想とする「健康的」
「子どもを第一に考え
た」
「家族の愛情」といったイメージから外れた「ヤンキー文化」のイメージがついてしまい、今も一部
の消費者には残っているようだ。
また大きくミキハウスを動揺させたのは、1998年に和歌山毒物カレー事件の被告人の女性がミキハ
ウスのロゴが入った服を着用している映像が何度も繰り返しテレビで放送されたことだ。大きな事件だ
ったため一日に何回も同じ映像が放送され、多くの人がそれを見ていた。その後ミキハウスの売り上げ
は急速に落ちたという。対策として三起商行は途中から映像のミキハウスロゴ部分にぼかしをいれるよ
う要請している。現在でも Yahoo!知恵袋等の質問サイトでの子供服の贈り物、流行などの相談でミキハ
ウスは「カレー事件で嫌になった」あるいは「一昔前のヤンキーのイメージがあって好きじゃない」と
いう旨の回答が寄せられることがあるが、ブランド自体の不祥事や質が落ちたといった理由でなく、ブ
ランドの顔であるロゴに被告のイメージがついてしまったため、ブランド自体が敬遠されるということ
も起こり得るのである。被告人の報道の際もし服にロゴがついていなかったら、ブランドイメージを損
なうほどのダメージはなかっただろう。ロゴのブランドイメージを構成する役割は、実はかなり大きい
ことがわかる。ちなみにミキハウスはここで落ちたイメージを回復させるため、卓球の福原愛選手に代
表されるスポーツ選手のサポーターという面を押し出して、売り上げを回復させている。ここでは代表
的なC・I以外のマーケティング戦略がとられているようだが、実際にはスポーツ選手のユニフォーム
にロゴが大きく入っているうえ、大会などのテレビ中継でスポンサー企業としてCMを流すこともある
ため、ここにもC・I戦略が応用されていると考えられる。なぜロゴ変更という手段をとらなかったか
については、推測だがロゴへの愛着と誇り、また三起商行の展開する他ブランド(ミキハウスチャオ!、
ミキハウスダブルBなど)と重ならないイメージを保つ必要があったためかと考える。
3.結論~なぜミキハウスのロゴは愛らしく見えるか~
1章、2章から「なぜミキハウスロゴは愛らしく見えるか」に回答すると、まずロゴデザインで元気
の良さや温かみ、かわいらしさを表現していること、そして筆者はミキハウスというブランドに対しロ
ゴを含めたCMや実際の商品、店舗などからブランドイメージを形成しており、たいてい当ブランドの
目指す(伝えたい)イメージに沿った印象を受けていた。ゆえに「愛らしい」から外れたり、マイナス
となりうるイメージをミキハウスに対し持っておらず、大部分ブランドの意図に誘導される形で「愛ら
しい」という印象を持っていたと考えられる。もちろん、これらの要素だけで結論を出せる問題ではな
いが、ロゴデザインとCI、ブランドイメージの象徴という観点にしぼっていえばこのような回答にな
る。
「愛らしい」という印象自体が個人のもつブランドに関する知識、また嗜好にもよるものだと分かっ
たため、知名度の高いロゴマークに対して持つ印象は個人差がかなり出ると考えられる。よって「愛ら
しい」という印象が通用する場合、企業のCI戦略を含めたブランディングが成功していると考えられ
る。
おわりに
日常視野に入ってくるロゴひとつとっても、企業は「理想のイメージ」を与えるためこだわりを持っ
て制作し、ブランディングの要素としてどのように使うかを考えている。消費者にとっては自然と目に
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入るだけでも、ロゴのデザインや使い方が成功していれば、意図するイメージを与えることもできる。
ということは、消費者は無意
識のうちでは受動的に企業側の誘導に沿っていることが多いのだろう。個人的な「嗜好」を考慮に入れ
るともっと複雑になるが、逆に消費者が企業の関与しないところで得た知識もロゴマークの印象を左右
する。結局ロゴマークは企業が見せているブランドの顔でありながらも、同時に消費者が見ているブラ
ンドの顔であるから、消費者・ブランド側双方の意識が混ざり合ってロゴの「イメージ」「印象」、そこ
からまた「ブランドイメージ」が派生するという理解に至った。ロゴという形あるものについて調査し
てきたつもりだったが、突き詰めるとロゴもブランド自体も「イメージ」でつくられているというよう
な気がしてきた。
「ブランド」という呼び慣らされた言葉も実は形のあるものではないのではないか、と
いう新たな視点を発見でき、日常に隠れた商業的な思惑を考える上での一つのヒントを得られた気がす
る。
参考文献
大方 優子、山下利之「企業ロゴのイメージについての探索的研究」
『東海大学福岡短期大学紀要』9号、
2007。
小林章『フォントのふしぎ』、美術出版社、2011。
長崎秀俊『ロングセラー・ブランドにおけるパッケージ・アイデンティファイア効果の研究』、吉田秀雄
記念事業財団、2001 年。
成美堂出版編集部『日本のロゴ2』
、成美堂出版、2008。
毎日コミュニケーションズ『+DESIGNING vol.24』、毎日コミュニケーションズ、2011。
David E. Carter,ed.“Blue is hot, red is cool -choosing the right color for your logo-”HBI,2000
Pamela W. Henderson, Joan L. Giese, & Joseph A. Cote, ”Impression Management Using Typeface
Design”, Journal of Marketing vol. 68 (October 2004), p.60–72
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