インフレ・デフレ局面を考慮したニューケインジアン・フィリップスカーブの推定

インフレ・デフレ局面を考慮したニューケインジアン・フィリップスカーブの推定
中尾 宗弘
キーワード:
指導教員
ニューケインジアン・フィリップスカーブ
インフレ
樋口
洋一郎
デフレ GMM
:
1. 背景と目的と本研究の構成
より記述できる「粘着価格・賃金モデル」とよばれる
背景と目的
を導入した。その後、現実へのフィットが良好な
「人々の行動様式が変化すると観察される経済変数の
関係が崩れるため、経済変数同士の関係や経験則を用い
て政策を行うことはできない」という、いわゆるルーカ
ことから「粘着価格・賃金モデル」の
の実証が広
がった。
我が国のデータを用いて
を推定した研究は、イ
ス批判以降、伝統的なマクロ経済学は衰退し、新たなマ
ンフレ期待形成の方法や
クロ経済学が出発することとなる。特に
年代以降の
方法の違いなどに焦点を当てたものが多い。しかし本研
マクロ経済学は、家計が生涯効用の割引現在価値を最大
究においてはインフレ・デフレという物価変動の局面に
化するという行動や、企業が期待利潤を最大化するとい
焦点を当て
ったミクロ的基礎付けをもつ行動を背景として、経済全
パラメータである、財の価格粘着率がインフレ時とデフ
体のシステムを一般均衡的に調べる分析ツールとして発
レ時において異なるためである 渕・渡辺
展してきた。近年のマネタリー・エコノミクスにおける
デフレ局面を考慮しない推定を行った場合、現実とは異
代表的な一般均衡モデルの一つであるニューケインジア
なる
ン・モデルも、家計の行動を記述する
当局が意図した効果を発揮しないという可能性もある。
曲線、企
業の行動から得られるニューケインジアン・フィリップ
スカーブ 以下、
、および中央銀行の金融政策ルー
ルから構成される。その中で、本研究で用いる
は、
ギャップの計測方法、推定
を推定する。それは
を構成する
。インフレ・
であるために、実施された金融政策が、政策
目的
以上より本研究では日本のマクロデータを用いて、イ
ンフレ・デフレ局面を考慮しつつ
を推定すること
インフレ率の動学を決定するという役割と同時に、金融
を目的とする。具体的には、デフレ局面において
政策の効果を測るという重要な役割を持っている。
るダミー変数を導入することで
に関する研究については、初期においては、価
格の粘着性に着目した「粘着価格モデル」と呼ばれる研
究が中心であった。しかし、この方法では労働市場を外
生的に扱っており、
が指摘するような名目賃金の
粘着性を導入できない点が問題であった。その後、
は、価格のみならず、賃金にも粘着
とな
の構造変化をとら
える。
本研究の構成
本研究では、インフレ・デフレ局面の違いによって
が構造変化するかどうかを分析する。まず
は、国内外の
章で
に関するこれまでの研究の流れを
様々な観点から説明する。
章では、理論モデルを提示
性を仮定することで労働市場を内生化し、価格の粘着性
し、それを用いて本研究の特徴、すなわち、なぜインフ
によって生じる「
レ・デフレ局面を考慮する必要性があるかについて述べ、
ギャップ」と賃金の粘着性によっ
て生じる「実質賃金ギャップ」という
つのギャップに
理論的に導出される仮説を立てる。最後に推定に用いる
計量モデルを記述する。
章では、推定方法、および本
研究の分析対象を述べる。次に、推定に用いる変数の説
明を行い、
ギャップや実質賃金ギャップなど推定に
変動を説明するには過去のインフレ率の変動が非常に重
要であることを示唆した。
さらにこれら以外にも、最尤法を用いて
用いる変数の導出を行う。 章では、 章で導出したモデ
した研究として
ルの推定を行い、本研究が考える仮説を検証する。
挙げられる。
次に、得られた推定結果をもとに
しての考察を行う。最後に
の構造変化に関
、
を推定
などが
インフレ期待形成に着目した研究
章では、以上の分析を踏ま
による
の推定では、企業が将来に対する
えて、結論と今後の課題を示す。
期待を形成する際、あらゆる情報を効率よく利用して合
2. 既存研究の整理
理的な期待形成を行えば、それは平均的には正しいもの
のタイプの違いに着目した研究
には限界費用版である
である
となり、誤った事態は生じないという、いわゆる合理的
式と
ギャップ版
式の二種類の二つのタイプが存在する。
している。しかし、合理的期待が必ずしも正しいとは言
えない可能性がある。例えば、企業の情報が粘着的であ
 t   Et t 1   mct
 t   Et t 1   yt
t は
期待仮説に基づき、一期先の実現値を期待インフレ率と
り、その結果として実際のインフレ期待が粘着的である
期インフレ率、 Et t 1 は 期における
期の期待
インフレ率、mct は限界費用の定常状態からの乖離、 yt は
にもかかわらず、合理的期待を仮定して
れば、
のフィットは低下する。
ギャップ、  は割引因子、  は正のパラメータで
ある。 式のモデルが
の最も基本的な形であるが、
労働市場における賃金が伸縮的で、企業の労働調整に費
を推定す
は期待インフレ率として、アメリカ
の マ ク ロ 経 済 予 測機 関 であ る 、
のデータを用いて
を推定している。こ
用がかからず、失業が存在しない場合、実質限界費用の
のような外生的なデータを用いることで、
定常値からの乖離幅が
ギャップに比例することが
により推定することができる。彼らは「インフレ期待に
式を用いた推定も行われている。こ
関する仮説として合理的期待仮説を用いなくても、バッ
のタイプの違いに着目した研究としては
クワード・ルッキングな要素の統計的有意性は棄却でき
、
ない」と報告した。他にも
知られているため
のような
敦賀
、武藤・
などが挙げられる。彼らの推定結果はいずれも限
界費用版のほうが
ギャップ版よりもフィットが良
好であるというものであった。
を
はインフレ期待形成
に適応的学習を仮定して推定を行った。適応的学習とは、
人々が毎期、直近の推定値を用いて来期の変数の予測を
はこの結
行うという期待形成仮説であり、人々のもつ知識量に関
果の解釈として、
「企業は将来にわたる利潤最大化を行っ
する先験的な仮定を設けない期待形成仮説である。その
た結果として、最適な価格を設定するため、
ギャッ
結果を「適応的学習を仮定すれば、過去のインフレ率は
プに比べて企業の行動をより直接的に反映している実質
今期のインフレ率に影響を与えない」と報告している。
ユニットレーバーコスト
を用いたほうが、
のフィットが良くなるのは極めて妥当な結論である」と
している。
価格粘着性の非対称性に着目した研究
企業は毎期、ある確率
と仮定する
推定方法の違いに着目した研究
多くの既存研究において、
を用いる。
ξ でしか価格を改定できない
型の価格粘着性を有するモデルでは、
その確率ξは常に一定である。しかし実際には価格粘着
を推定するには
性は経済の様々な事情で変動すると考えるのが自然であ
では、来期の期待インフレ率の
る。特に価格が上昇する時と下落する時では価格粘着性
値に対して、合理的期待仮説に基づき一期先のインフレ
に違いがある可能性が考えられる。渕・渡辺は
率の実現値で置き換える。この場合、
が具体的に以下の形に表すことができることを用いて日
で推定を行う
と、説明変数と誤差項との相関により、推定されるパラ
本の産業別の価格粘着性を計測した。
メータは一致推定量とはならない。こうした理由から、

ではなく、操作変数を用いた推定手法である
や、
による推定が利用される。
以外には、例えば
えられる。
質限界費用ないし
モデルを用いた推定が考
は、現在のインフレ率が実
ギャップの割引現在価値によっ
て決定されることに着目して推定を行い、インフレ率の
式の 
1   1   

 は割引因子、ξは価格が改定できない確率である。産
業別にインフレ局面とデフレ局面での価格粘着率を計測
した結果、
産業中
産業でデフレ局面において価格
粘着率が上昇する実証結果を報告し、日本の多くの産業
において価格の下方硬直性が存在すると結論付けている。
3. 理論モデルと本研究の特徴
消費者物価指数は総務省統計局が毎月発表する指標で
粘着価格・賃金モデルの
粘着価格・賃金モデルの
t 
p
1  p
 t 1 

1  p
Et t 1 
あり、全国の世帯が購入する家計に係る財及びサービス
を以下に記す。
1   1     p
1   1    w
yt 
t
 1   p  1   p  
 1   p  1   p 
の価格等を総合した物価の変動を時系列的に測定するも
のである。通常用いられる消費者物価指数総合
以外にも、生鮮食品を除いた指数「コア
」 、さらに
t
: t期インフレ率
:
インデクセーション
食料及びエネルギーを除いた指数「コアコア
t
: t-1期インフレ率
:
割引因子
: t+1期期待インフレ率
:
財の代替の弾力性
在する。本研究においては、既存研究に倣いコア
: GDPギャップ
:
: 実質賃金ギャップ
:
価格粘着率
産出量増加に対する
労働の限界生産性の弾力性
t
 t  1 t 1   2 Et t 1  3 yt   4 wt
を
デフレータ
デフレータは内閣府が四半期ごとに発表する指
標であり、名目GDPが実質GDPの何倍にあたるかを
求めた指数である。
本研究の特徴
」も存
用いてインフレ率を作成した。
しかし、これらのパラメータを全て推定することはで
きないので、既存研究では以下のモデルを推定している。
総合
デフレータが消費者物価指数、
企業物価指数など他の物価指数と著しく異なる点は、
これに対して、本研究では以下の計量モデルを推定す
る。
デフレータは輸入物価の上昇による影響を控除し
た国内の物価水準を表しているという点である。以下に
 t  1 t1  2 Et  t1   3  Dt 5  yt   4  Dt 6  wt
前述の
それぞれのインフレ率の時系列変化を記す。
式との違いは、 式にはデフレ局面であるこ
とを表すダミー変数 Dt が導入されている点である。渕・
渡辺によれば
式のパラメータである  がデフレ局面に
おいて大きくなると実証されている。そのため、もし価
格の下方硬直性が存在するならば、
式において第三項、
四項は局面に応じて異なるものとなり、
式を推定する
(%)
2
1
0.5
0
-0.5
-1
異なるのであれば、 3 や  4 も局面に応じて異なる可能性
-1.5
1980
1985
だからである。これが既存研究には無い、本研究特有の
拡張である。
図
1990
1995
2000
2005
物価指標別インフレ率
②説明変数
4. 推定方法と使用データ
デフレダミー
推定方法
には
GDPデフレータ
1.5
のは不適切といえる。  がインフレ局面とデフレ局面で
があり、当然その変化をとらえるような推定を行うべき
コアCPI
デフレの定義には様々なものが存在する。例えば政府
、最尤法等いくつかの推定方法が考
は「単に物価が下落することを指すのではなく物価の下
えられるが、本研究では既存研究の蓄積が進んでいる
落を伴った景気の低迷をさす場合」、日銀は「物価の全般
による推定を行う。
とはモーメント条件を特
的かつ持続的な下落」と定義している。本研究では
期
定化し、そのモーメント条件の下でパラメータ推定を行
がデフレ局面であるかどうかを前期のインフレ率  t 1 の
う方法である。具体的な定式化は以下のようになる。
値で判断する。すなわち  t 1  0 であれば 期はデフレ局面
Et  t  1 t 1  2 Et t 1   3  Dt 5  yt   4  Dt 6  wt  Zt   0
Zt
は
期以前の操作変数であり、
期のインフレ率
と直交していると想定されるものである。本研究では説
明変数の
の
であると判断し、 Dt
ギャップ
物価水準
D0
需要曲線
D1
期までのラグ変数と、名目賃金成長率、実質
期までのラグを使用した。
E0
推定には日本の四半期データを使用する。期間は
~
年
の
E1
価格が硬直的な場合の供給曲線(短期)
S1
P0
四半期である。
①被説明変数
Y0
インフレ率というデータは存在しないため物価を表す
指数を用いてインフレ率を作成した。
消費者物価指数
価格が伸縮的な場合の供給曲線(長期)
S0
E2
P1
使用データ
年
とする。
Y*
Y
GDP
GDPギャップ
図
ギャップ
ギャップは現実の
す数値である。図
との乖離を表
ップは以下のとおりである。
において、まず右下がりの需要曲線
と右上がりの供給曲線
均衡する産出量
と潜在
の交点
実質賃金ギャップ
で、需要と供給が
労働供給曲線
実質賃金 労働需要曲線
D1
D2
が達成されている。ここで、需要曲線
が、何らかの需要ショックによって
へシフトした
実質賃金
とする。この時に、価格が伸縮的であれば、新しい均衡
状態は
に移動し、産出量は
が需要ショックによって、 から
ではなく、需要曲線との交点
P
E0
図
であり、価格が伸縮的な場合の均衡で達成される産出量
とは異なっている。この両者の乖離が、理論的に定義
ギャップが正である
雇用量
L0
は
で達成される産出量
ギャップである。
E1
へシフトする。
しかし、価格が粘着的な場合に実現される
される
ギャップ
になる。つまり、潜在
P*
図
実質賃金ギャップ
において、生産性ショックによって労働の限界生
産力が上昇すれば企業の労働需要は増加し、労働需要関
数は
から
へ移動する。このとき賃金が伸縮的であ
時は需要過多、負である時は供給過多である。上図にお
れば名目賃金が瞬時に上昇し、実質賃金も
いて、
昇する。しかし、名目賃金が粘着的である場合には、実
ギャップが正であるとき物価水準は
へ上昇するので、
から
ギャップの理論的符号は正であ
る。
質賃金も粘着的となり実質賃金は
実の実質
は観測されるものではないので、現
にフィルタリングを行うことで潜在
を算出する。本研究では
)を下回る
こととなる。この乖離幅を、
「実質賃金ギャップ」と定義
する。今の場合、労働生産性が上昇しても、賃金の粘着
による
フィルタと
へ上
のままであり、実質
賃金が労働の限界生産力(均衡実質賃金
しかし、潜在
から
性から実質賃金が上昇しなければ、それだけ企業の収益
による
フィルタ
にゆとりが生まれるため、企業は製品価格を引き下げる
フィルタ の二種類を用いて潜在
を算出した。
ことで、市場シェアをより拡大しようとすると考えられ
さらに原系列を対数変換し、現実の実質
と差を
る。つまり企業は実質賃金ギャップが負である限り価格
ギャップと定義した。それぞれのフィルタの説明は以下
を引き下げるインセンティブを持つため、インフレ率に
のとおりである。
は低下圧力がかかることとなる。以上より、実質賃金ギ
フィルタ
ャップのパラメータに期待される理論的符号は正である。
フィルタは以下の損失関数を最小化するフィルタ
リングである。
T
2
T 1
t 1
マクロ生産関数を
2
型に特定すると「定常
状態近傍では限界生産力原理が成立する」という仮定の
t 2
、 ytT はトレンド成分、 ytC は循環
下で、実際に観測される実質賃金と労働生産性は統計的
成分であり、 yt  ytT  ytC である。  はスムージングパラメ
な長期均衡、すなわち共和分の関係と考えることができ
ータと呼ばれるものであり、λが無限大に近づくと、潜
る。さらに実質賃金と労働生産性の関係は物価と
在産出量の伸びが一定に近づくように損失関数が最小化
の関係に同値変形することができる。以上より物価を
yt
は現実の実質
と同様に観測不可
能であるため以下のように推定する。
min
L    yt  ytT      ytT1  ytT 
T
yt
しかし、この均衡実質賃金は潜在
される。すなわち潜在産出量は線形トレンドに近似され
に回帰し、その共和分ベクトルからの乖離分を実質
る。パラメータλがゼロに近づく場合、現実の産出量と
賃金ギャップと定義する。次に実際のデータを用いて物
潜在産出量の差が無くなるように、つまり現実の産出量
価と
と潜在産出量が一致するように損失関数が最小化される。
本研究では既存研究に倣い 
を採用した。
まず、物価と
が
であるかを確かめるために
検定を行った。その結果が以下の表である。
フィルタ
表
フィルタは特定の周波数のトレンドのみを抽出す
る方法である。このフィルタリングで設定するのは
抽
出するトレンドの周波数、 移動平均に用いるリードお
よびラグの次数である。本研究では古賀・西崎
ティングに倣い
が共和分しているかを確認する。
四半期のトレンド
のセッ
次数 を採用
した。また、それぞれのフィルタを用いた時の
ギャ
検定結果
コアCPI
GDPデフレータ
ULC
検定統計量 P-value 検定統計量 P-value 検定統計量 P-value
原系列
-1.070
0.934
-1.190
0.913
-1.418
0.855
階差
-2.271
0.022
-2.088
0.035
-3.608
0.000
以上より、物価および
れた。次に物価を
が
であることが確認さ
に回帰し、残差が
確認する。結果は以下のとおりである。
であるかを
表
共和分検定
ォワードルッキングに価格を決定せず、単純に過去の物
価水準に基づき、経験則に従って価格を決定すると考え
コアCPI GDPデフレータ
被説明変数
定数項
4.8561 ** 5.1092
**
トレンド項
0.0019 **
log(ULC)
0.6222 ** 0.8055
**
118
118
サンプルサイズ
0.9708
0.8753
Adj R-sq
-2.8921
-1.8346
検定統計量
0.003
0.063
P-value
表 の
るとすれば、インフレ率が部分的には過去のインフレ率
1%有意
5%有意
10%有意
***
の影響を受けることは、直観的にも理解できる。しかし、
**
企業が価格改定のチャンスに遭遇しているにもかかわら
*
という項目が残差に対して
検定を行った結果である。コア
デフレータも
も残差が
と
る。一部の企業が過去の物価水準に基づいて価格設定す
は
ず、期待利潤を最大化するような価格設定をあえて行わ
水準で、
ないことは合理的であるとは言えない。理論的根拠は乏
水準で単位根を棄却しており、どちら
しいがインフレに慣性が実証された以上、日銀はインフ
であることが確認された。以上より、物価
レ率の動向を窺う際には、過去のインフレ率の動向にも
は共和分の関係であり、実際の物価水準と共和分
ベクトルによる推定値に対数を取り、その差を実質賃金
注目するべきだと言える。
②期待インフレ率 Et t 1 のパラメータに関して
ギャップとした。それぞれの物価を用いた時の実質賃金
期待インフレ率のパラメータは全てのモデルで正に有
ギャップは以下のとおりである。
意となった。これは金融政策を行う際に、将来の期待に
5. 推定結果と考察
働きかける政策の重要性を実証した結果といえる。今回
推定結果
の推定ではどのような金融政策が望ましいかというとこ
表
推定結果
ろまで議論出来ないが、日銀は政府からの政治的圧力に
屈しない強い姿勢を取ることや政策の説明等を十分に果
model
model1
model2
model3
model4
Filtering
HP filter
HP filter
BP filter
BP filter
コアCPI
GDPデフレータ
被説明変数
コアCPI
GDPデフレータ
β1(前期インフレ率)
0.5003
***
0.4626
***
0.4878
***
0.522
***
β2(期待インフレ率)
0.5091
***
0.5217
***
0.5314
***
0.5003
***
β3(GDPギャップ)
0.0198
***
0.0461
***
0.0111
**
0.023
***
β4(実質賃金ギャップ)
-0.0014
0.0079
*
0.0068
**
0.0075
**
***
-0.0213
**
-0.0347
***
-0.0159
**
-0.0102
β5(デフレダミー
×GDPギャップ)
β6(デフレダミー
×実質賃金ギャップ)
-0.0426
***
-0.0664
0.0047
**
0.0029
サンプルサイズ
106
106
過剰識別テスト
15.214 [.294]
18.082 [.450]
推定結果の
る際に
94
と
る。
操作に役立ち最終的に金融政策の有効性を高めることに
つながるであろう。
ギャップのパラメータに関して
本研究の仮説は、価格の下方硬直性の存在により  5 が
94
を算出す
のどちらを使用したかを表し
ている。被説明変数はインフレ率を作成する際にコア
と
続けることが重要であると考える。それがインフレ期待
③
15.631 [.901] 16.8008 [.857]
という項目は、潜在
たすことで市場や国民からの信頼性を高める行動を取り
負になるという仮説である。推定の結果、全ての場合に
おいて  5 は負に有意となっており、仮説通りの結果とな
った。この結果がどのような示唆を持つのかを、総需要
‐総供給モデルを用いて説明する。
デフレータのどちらを使用したかを表してい
AD2
物価水準
という項目はフィルタリングと被説明変数の
ΔY1
通りの違いを区別するために便宜的に付けたものである。
過剰識別テストの括弧内の数字は
C
値を表しており、直
交条件を満たしているという帰無仮説を全ての
AS1 (インフレ局面)
AD1
AS2 (デフレ局面)
Δπ1
が
B
Δπ2
棄却しておらず、操作変数の選び方は適切であったと言
A
える。
ΔY2
考察
GDP
①前期インフレ率  t 1 のパラメータに関して
前期インフレ率のパラメータは全ての場合において正
に有意となっており、値も
前後と安定した結果を得
図
図
総需要 総供給モデル
は一般的な総需要‐総供給モデルであり、ここで
られた。これはインフレには慣性が存在することを意味
は右上がりの総供給曲線
する。しかし、
曲線
において、企業は将来の限界費用
に関するフォワードルッキングな期待に基づいて価格を
曲線 と右下がりの総需要
曲線 の二本によってあらわされる。また、
は以下の変形により
曲線であることが分かる。
Pt  Pt 1  1 t 1   2 Et t 1  3 yt   4 wt  5 Dt yt   6 Dt wt
決定するため、なぜインフレに慣性が存在するのかは理
論的には明らかではない。解釈としては次のことが考え
横軸は
、縦軸は物価水準を表す。予期しない総需要
られる。企業は毎期一定の確率で価格変更できるものの、
の増大があったり、中央銀行がマネーサプライを増加さ
価格改定の機会を得た企業のうちの一部は、必ずしもフ
せたりすると
曲線が右側にシフトし、物価水準と所
得水準の両方を引き上げるというものである。本研究で
行う政策担当者は、局面に応じた
推定した  5 が負になるということは、デフレ局面におい
る必要性が示唆される。さらに本研究の結果を我が国の
て
現状に適用すると以下のような示唆が考えられる。
曲線の傾きが小さくなることを表す。
今経済の状態が
にあると仮定しよう。中央銀行がデ
総務省が
年
月
日、
フレ克服を目指しインフレを引き起こす目的でマネーサ
数 生鮮食品を除く が前年比
プライを増加させた場合、総需要曲線は
これは、
から
へ移行する。現在がデフレ局面にも関わらず中央銀行が
のような総供給曲線を想定していた場合、経済は
には行かず
へ向かう。この結果、当初  1 ほどインフ
の違いを考慮す
年平均の消費者物価指
下落したと発表した。
年以降で最大の下落幅であるという。さら
に、先行指標となる東京都区部の1月の消費者物価指数
は
下落で、 カ月連続で下落し、デフレ期待も蔓延
しているといえる。現状は極めて深刻なデフレ状態とい
レが生じると思ったにもかかわらず、実際には  2 しか
え、総供給曲線は図
インフレが生じないということになる。つまり、さらな
能性が高い。このような場合に言えることは二つある。
るマネーサプライの増加が必要となるのである。
から
の形状をしている可
一つは金融政策・財政政策が短期的に大きな効果を発
また、政府が減税や政府支出の増加などの財政政策を
行ったとき、やはり総需要曲線は
における
にシフ
揮するということである。政策による総需要曲線のシフ
トが水平に近い
曲線を経由することによって、均衡
トする。この時もインフレ局面かデフレ局面かによって
が大きくシフトするためである。
その政策効果が異なる。インフレ局面では y1 の所得増加
ば大規模な政策を打ち出すことが有効であるといえる。
につながり、デフレ局面では y2
の所得増加につながる。
を増加させたけれ
もう一つは、デフレ期待が蔓延している現状に対する
総需要曲線のシフトは長期的には所得水準の増加にはつ
対策を取ることである。本研究で実証したように、イン
ながらないので、必要以上に財政政策を行うべきではな
フレ期待は今期のインフレ率に影響を与える。逆にいえ
い。適切な財政政策を実現するためにも、インフレ局面
ばデフレ期待はそのままインフレ率に負の影響を与える
かデフレ局面かを考慮する必要があるといえる。
のである。日銀としては「インフレ率がプラスになるま
④実質賃金ギャップのパラメータに関して
で市場に資金を供給する」等の政策を打ち出し、デフレ
本研究の仮説は、価格の下方硬直性の存在により  6 が
負になるという仮説である。推定の結果、
に有意、
期待をインフレ期待に転換する必要性があるといえる。
では正
今後の課題
に関しては負に有意、その他の場合では
有意ではなく安定した推定結果とはいえない。図
ても、実質賃金ギャップの大きな違いは
認められず、賃金の粘着性が
を見
年代後半以降
型ではない可能性が
考えられ、理論的な発展が望まれるだろう。
今後の課題として、以下の三点を挙げておく。
・米国やユーロ圏など、海外との比較
・賃金の粘着性に関し、
型以外の粘着性の理論
・動学的一般均衡モデルを構築した推定
参考・引用文献
6. 結論と今後の課題
結論
以上を踏まえ、本研究の結論を以下の四点に要約する。
第一に、粘着価格・賃金モデルの
定
渕仁志 渡辺努
金融研究
フィリップス曲線と価格粘着性 産業別データによる推
にデフレダミ
ーを導入した本研究のモデルが、我が国のインフレ率を
説明するモデルとして説明力を有することが確認された。
武藤一郎 敦賀貴之
証研究の動向について
ニューケインジアン・フィリップス曲線に関する実
金融研究
第二に、インフレの慣性の存在とインフレ期待形成が今
期のインフレ率に与える影響としてどちらも重要である
ことが確認された。第三に、
ギャップのパラメータ
はインフレ局面とデフレ局面に応じて変化していること
が確認された。理論的整合性を満たしていないところも
あるが、
が構造変化している可能性が示唆される。
第四に、実質賃金ギャップに関しては、限定的ではある
がその影響および構造変化を確認することができた。
以上より日銀はインフレ動向を予測する際、
ギャ
ップだけではなく、実質賃金ギャップの動向にも注視す
る必要があるということ、および財政政策・金融政策を
古賀麻衣子 西崎健司
格・賃金モデル 金融研究
物価・賃金フィリップス曲線の推定:粘着価