タタルスタン航空737

HuFac Solutions, Inc.
タタルスタン航空737-500墜落事故
2013-11-29
参考資料: 「ラウンジ」→「アーカイブ」→「ブラジルの航空機事故から学ぶ」
Q: どのような事故だったのでしょうか?
A: 2013年11月17日、現地時間19:23に、モスクワ発カザン行きのタタルスタン航空U9-363便の737-500が、悪天候
下でカザン空港に着陸する際に、進入復行(Go-around)に失敗して墜落し、乗客44名と乗員6名の
全員が死亡した事故です。
乗客の中にはタタルスタン共和国大統領の子息が含まれていたとの報道もあ
ります。
Q: 飛行記録装置(DFDR)と操縦室音声記録装置(CVR)は回収されているのでしょうか?
A: 飛行記録装置はすぐに回収され、操縦室音声記録装置も見つかりましたが、残念ながら記録はさ
れていないようです。
Q: 飛行記録装置の初期解読で概略どのようなことがわかっているのでしょうか?
A: 事故機がカザン空港の滑走路11/29に着陸しようとした際に、着陸に2回失敗して、3回目の着陸で
も機体を安定状態に保持できず、パイロットはTOGA(Takeoff/Go-around)スイッチを操作して進入復行
(Go-around)モードに入れました。自動推力制御装置(Auto-throttle)が直ちにエンジン推力を最
大推力近くまで上げて、パイロットはフラップを着陸時の30°から15°に上げました。その直後、機体
は急激な上昇を開始して、上昇角(Pitch Angle)が25°に達し、機速が減少し始めました。機
速が125ノットまで減速した時点で、パイロットは(失速を恐れて)操縦桿を前に押しました。進入復行
を開始してからこの時点まで、パイロットは昇降舵(Elevator)
、補助翼(Aileron)
、方向舵(Rudder)
などの操縦系統(Flight Control)を一切操作していません。高度が700メートル(注:ロシアは高度に
メートル法を使用)のあたりで機体姿勢が機首下げに転じて、ピッチ角度が-75°に達しています。機
体はそのままの姿勢で時速450kmの速度で地面に激突しました。進入復行を開始して地面に激突
するまでの時間はわずかに45秒でした。自動操縦装置(Autopilot)は終始OFFであり、激突時に
は降着装置(Landing Gear)は上げられていました。
Q: ロシア航空当局は何か原因らしきものを掴んでいるのでしょうか?
A: 調査は開始されたばかりであり、原因についてはまだ何も言及されていません。
Q: 事故の報道に最初に接した時に、どのように思いましたか?
A: 737-500というハイテク機が悪天候時の進入復行に失敗して墜落したと聞いて、私が以前に新聞寄稿
した記事(参考資料)のように、ハイテク機のヒューマンファクターの問題ではないかと思いました。
Q: 飛行記録装置の初期解読の結果を聞いて、その確信は深まりましたか?
A: まさに寄稿記事で予測していたことが起きたという感を強めています。
ハイテク機のヒューマンファクターの問
題にうまく対処しなければ、残念ながら同種の事故はこれからも続くと見ています。
Q: 事故の原因についてうかがう前に、TOGAスイッチについて簡単に説明していただけませんか?
A: これまでの永年にわたる民間航空事故の分析で、事故の多くが離陸(3分間)と着陸(8分間)の
フェーズに集中していることがわかりました。俗に「魔の11分間(Critical Eleven Minutes)
」と
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いわれています。パイロットが多くの業務に忙殺されて、エラーが起きやすいためです。そこで、航空
機メーカーは離着陸時におけるパイロットの業務をコンピュータで自動化しようとしました。その自動化の一
部がTOGAスイッチに代表される離陸(Takeoff)と進入復行(Go Around)の自動化です。
Q: 新聞寄稿記事を読むと、自動化の目的は他にもあるようですが・・・?
A: その通りです。「魔の11分間」に対する対策はあくまでも表向きであって、航空機メーカーの本音は
他にあります。詳細は新聞寄稿記事を読んでいただきたいのですが、一言でいうと、ハイテク機が燃
費向上のために尾翼を小さくするなどで離着陸時の安定性を犠牲にしているために、パイロットがコ
ンピュータに頼らざるを得なくなっているためです。
Q: その種の自動化のヒューマンファクターの問題とは具体的にどのようなものですか?
A: 各航空機メーカーが、人間であるパイロットの脳の特性を無視して「技術中心の自動化」を無秩序に進め
ているために、自動化システムが複雑かつ難解になって、パイロットが理解できず、かえってヒューマンエラー
が急増していることです。加えて、自動化の設計者が運航の現場の実情を理解できていないとい
うエラーも指摘されています。
Q: 今回の事故の原因もその問題と関連するということでしょうか?
A: まだ事故の直後であり、断定的なことをいうのは避けなければなりませんが、飛行記録装置の初
期解読の範囲内であっても、気になっていることがあります。
Q: それはどのような点ですか?
A: パイロットが、TOGA スイッチを入れた後に、異常に気づいて慌てて操縦桿を前に押すまで、操縦系統を
一切操作していなかったという点です。
Q: そのことがなぜおかしいのでしょうか?
A: TOGA スイッチを入れた時に、エアバス機は FD(Flight Director)のバーに追従するというオートパイロットの
機能を残すように設計されていますが、737 を含むボーイング機はこのオートパイロットの機能を停止する
よう設計されています。737-500 では、パイロットは TOGA スイッチを入れた時に手動で操縦系統を操作
して FD の指示に追従しなければならないのです。ボーイング機の着陸復行モードでは、自動推力制御
装置(Auto-throttle)が正の上昇率(Positive Climb Gradient)が得られるまで機首を急激に
上げますが、パイロットは FD を見ながら手動でピッチ角を制御しなければならないのです。
Q: パイロットがこの操作をしなかったから、ピッチ角が25°まで上がって減速したのでしょうか?
A: 断定できないまでも、私はそのように推測しています。
Q: パイロットが操縦系統を操作しなかった理由について、何か考えられますか?
A: ここからがトップダウン思考による分析になります。
ボトムアップ思考では狭い範囲でしか考えませんが、
トップダウン思考では当該パイロットの乗務経歴を含む背景要因にまで洞察力を働かせます。
Q: もしかしたら、パイロットがエアバスのハイテク機に乗務していたことがあり、TOGAスイッチを入れたあとにオー
トパイロットが入っているものと錯覚していた可能性があるということですか?
A: その通りです。パイロットの乗務経歴についてはこれまで何も報じられていませんが、タタルスタン航空は
現在 4 機のエアバス A319-100 を主力機として運航しています。当該パイロットがエアバス機に乗務してい
た可能性は否定できません。
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Q: エアバス機に乗務していたとしても、
ボーイング機への移行訓練でシステムの違いを学んでいるのではない
ですか?
A: 機種移行の際には、座学で必要な知識を学びますが、すべての知識をシミュレータ訓練で「身体に憶え
させている」とは限りません。つまり、顕在意識でシステムの違いを学んでいるとしても、その知識
が脳の奥底の潜在意識にまで浸み込んでいるとは限らないのです。着陸に失敗するなどのストレス
が高まっている状況では、潜在意識に浸み込んでいるエアバス機の知識が頭をもたげる可能性はヒュ
ーマンファクターの観点からも十分に考えられます。
Q: ボーイングとエアバスのハイテク機では、設計思想がかなり異なるのでしょうか?
A: 民間航空界では両者の設計思想の違いが永年にわたって議論されていますが、
根本的に異なって
いるといっても過言ではありません。一言でいえば、ボーイングは不完全なまでも「人間中心の自
動化」を目指しているのに対して、エアバスは最初から「技術中心の自動化」を徹底させています。
TOGA スイッチの例で話せばわかりやすいのですが、ボーイングが TOGA スイッチを入れた後にピッチ角の制御
をパイロットに任せているのに対して、
エアバスはパイロットではなくオートパイロットにやらせるよう設計してい
ます。最たる違いは、ボーイングが操縦系統の制御に操縦桿と操縦輪を採用しているのに対して、
エアバスはサイドスティックを採用してパイロットの関与を排除している点です。
Q: パイロットをボーイング機とエアバス機の間で機種移行させることは、
ヒューマンファクターの観点から問題があるの
ではないですか?
A: 問題がないとはいえません。世界の航空会社では、ボーイング機とエアバス機の両方を保有して、機種
移行だけではなく、経営の効率化のために両者に同時に乗務させている(混乗)ところもありま
す。その際、システムの違いに起因するさまざまなエラーが起きていることは事実であり、ヒューマンファクター
の専門家は問題視しています。
Q: もう一つ疑問があるのですが、パイロットが異常に気づいて慌てて操縦桿を前に押した後に、機体は
なぜ異常な姿勢に陥ってしまったのでしょうか?
A: 私もその点については完全には解明できていませんが、ある程度の推定はしています。自動操縦
装置(Autopilot)が OFF でしたので、パイロットと自動操縦装置のコンピュータの間でバトルが起こったと
は考えられません。考えられることは、自動推力制御装置(Auto-throttle)のコンピュータの内部(プ
ログラム)で何かが起こったということです。コンピュータのプログラムを設計しているのもやはり人間で
す。自動推力制御装置が機体の運動を制御している最中に、パイロットが急激に操縦桿を操作して介
入するという事態は想定していないのではないでしょうか?万能ではないコンピュータのプログラムが
状況をうまく処理できずに暴走した可能性もあります。
真偽については公式の事故調査の結果を
待ちたいと思います。
Q: これからの事故調査の進展の中で、ヒューマンファクターの問題がクローズアップされるのでしょうか?
A: そう願っていますが、必ずしもそうなるとは限りません。潜在意識の分野まで理解しているヒュー
マンファクターの専門家があまりにも少なく、公式の事故調査をリードできる状況にないからからです。
そういった点も含めて、事故調査の推移を注意深く見守って行きたいと思っています。この問題
の抜本的な対策については新聞寄稿記事を参照してください。