747-8と787のエンジン内部氷結トラブル

HuFac Solutions, Inc.
GEエンジン搭載の747-8と787のエンジン内部氷結トラブル
2013-12-05
Q: どのようなトラブルなのでしょうか?
A: 2013年11月23日、ボーイングは、General Electric社製のGEnxエンジン(通称ジェンクス、General Electric
Next Generation)を搭載した747-8(747-800とも呼ばれる)と787を運航する航空会社に対して、
「エンジン内部の高圧圧縮機(High Pressure Compressor)が氷塊(Ice Crystals)で破損するこ
とでエンジン推力が低下する可能性があるので、該当する航空機を、氷塊を発生させる雷雨
(Thunderstorm)から50マイル(92km)以上離れて運航させるよう」電子メールで強い警告を伝達しま
した。
Q: 通常はFAA(米国連邦航空局)が耐空性改善命令(AD: Airworthiness Directive)を発効して運
航を規制すると聞いていますが、
航空機メーカーが直接航空会社に警告を発するのは珍しいのではな
いですか?
A: その通りです。このような例はあまり聞きません。ADの発効には時間がかかりますので、ボーイン
グが待てずに警告したのではないでしょうか?それだけ緊急性があるということになります。
Q: 該当する航空機は少なくないと思いますが、航空会社の反応はどうなのでしょうか?
A: 747-8は57機、787は58機が該当するようですが、JALが乗客と乗務員の安全を重視していち早く
対応したと世界中で報道されています。
Q: JALは具体的にどのような対応をとったのでしょうか?
A: シンガポール線やデリー線、シドニー線など、赤道近辺を通過して積乱雲との遭遇が予想される路線で、
787を他の機種に機材変更しています。その他の国際線や国内線では、引き続き787を運航するよ
うです。
Q: 他の航空会社はどうなのでしょうか?
A: 特に機材変更したというような情報は聞いていません。
Q: FAAはどのように動いたのでしょうか?
A: FAAは本年11月27日付けでADを発効しました。通常はNPRM(Notice of Proposed Rule Making)
という通報を出して広く一般の意見を聞いてからADの発効を決めるのですが、
今回は逆にADを発
効した後で一般の意見を収集しています。ADは建前としては米国の航空会社が対象ですが、現実
には該当するすべての航空会社が従うことになります。
Q: ADの内容はどういうものですか?
A: ①エンジン内部の氷結の可能性をパイロットに注意喚起すること。②氷結が予想される気象条件(ICI:
Ice Crystal Icing)から50マイル(92km)以上離れて運航すること。③エンジンの氷結、推力低下が
認められた場合にはエンジンの整備点検を行うこと。④複数のエンジンで氷結、推力低下がある場合に
は緊急着陸することになる。というものです。
Q: この問題のそもそもの切掛けはどのようなものなのでしょうか?
A: 本年の4月から11月にかけて、747-8で5件、GEnxエンジンを搭載した787で1件、積乱雲を通過する時
HuFac Solutions, Inc.
にエンジンの推力の低下あるいはそれにともなうエンジンの遮断を経験したという事例がボーイングおよ
びGEに報告されています。中でも最も深刻なのは、7月31に発生したロシアのAirBridgeCargo社の
747-8貨物機の重大インシデントでした。ロシアの連邦航空局 “Rosaviatsia”の発表によれば、香港経
由シカゴ行きの同社のABW349便が香港に着陸する際に、
降下途中で悪天候に遭遇して起きたそうで
す。4発のうち2発(3発との報道もある)のエンジンで推力の低下が認められたために、やむなく遮
断して、
辛うじて香港に着陸させたそうです。
エンジンの型式はGEnx-2B67で、
事後の整備点検でNo.1、
2および4の3発のエンジンで高圧圧縮機の破損が認められました。
(写真参照)なお、後になってFAA
には9件の事例(うち2件で複数のエンジンを遮断)が報告されています。
高圧圧縮機の破損状況(ロシアの連邦航空局)
Q: 747-8は4発のエンジンを搭載しているとはいえ、2発(あるいは3発)のエンジンを遮断して着陸するの
は大変なのではないでしょうか?
A: パイロットはエンジン故障に備えてシミュレータなどで訓練していますが、
複数のエンジンを遮断しての着陸は容
易ではなかったと想像されます。
Q: 関係者は原因と対策についてどのように考えているのでしょうか?
A: ロシア航空局、FAA、ヨーロッパ連合のEASA、ボーイング、GEが連携して、原因分析と対策の検討を急いで
います。まだ公式発表はありませんが、AirBridgeCargoの関係者の話によると、原因は「エンジン
の1部分の保温不足」であり、ボーイングとGEが対策として「エンジン制御システムのソフトウェアの変更」を検
討しているそうです。
Q: 考えたくはないのですが、エンジンが2発しかない787でもAirBridgeCargo社の747-8と同様の複数エ
ンジンの遮断という事態が起こり得るのでしょうか?
A: 787 のエンジンは GEnx -1B、747-8 のエンジンは GEnx -2B で、タイプは微妙に違うのですが、起こり得
ないと断言することはできません。
これまで複数エンジンの遮断が 2 件実際に起きていることから、
FAA も当然、787 の全エンジン停止という深刻な事態を視野に入れていると思います。
Q: 787は全エンジン不作動でも着陸できるのですか?
HuFac Solutions, Inc.
A: 設計では想定されていますが、現実には容易ではないでしょう。全エンジンが不作動となると、通
常の油圧と電源が失われますので、RAT(Ram Air Turbine)という風車を機外に展開して必要最
小限の油圧と電源を確保することになります。この場合、操縦や航空管制との通信が困難になる
ことはいうまでもありません。加えて、Drift Down という特殊な操縦技術を駆使しなければな
りません。揚抗比(揚力/抗力)を最大にする速度で機体をうまく滑空させる操縦技法です。も
ちろん、地上の航空管制の支援が不可欠になります。この場合、バックアップとしてリチウムイオン電池を
活用しますが、リチウムイオン電池の定格電圧が下がっているとさらに逆境に陥ることになります。
Q: 地上の航空管制の支援が不可欠になるとのことですが、今話題になっている中国の防空識別圏
(ADIS: Air Defense Identification Zone)で飛行計画を提出していなければ航空管制の支援
が得られにくいということですか?
A: 1944 に締結されたシカゴ条約(Chicago Convention)は、戦時下において飛行計画を提出した民
間航空機の安全を保証するという条約ですので、
飛行計画を提出するに越したことはありません。
シカゴ条約に基づいて 1946 年に設立されたのが国連の国際民間航空機関(ICAO)です。ユナイテッド
航空も AD の対象となる 787 を 7 機運航していますが、
中国の ADIS で飛行計画の提出を決めた米
国の航空会社はシカゴ条約に忠実に従っただけといえるのではないでしょうか?
Q: ICI(Ice Crystal Icing)という気象条件は観測できるのでしょうか?
A: 機長経験者にうかがってみましたが、レーダーにも映らず、観測が難しいようです。積乱雲はレーダ
ーに映りますが、
厳密には ICI と同じではありません。
国内線でも遭遇することがありますので、
避けて飛行することは困難といえます。FAA にどのような意見が寄せられるか、関心をもって見
守ることにします。
Q: 747-8という機種はあまり耳にしませんが、どのような飛行機なのですか?
A: ボーイングとエアバスの航空機開発競争から話す必要があります。
ひと昔前にはボーイングの747が世界の
民間航空界を席巻していましたが、
エアバスがこれに対抗してA-3XX計画で機体の大型化を目指しま
した。当然、従来の747シリーズよりは効率的なハイテク機です。ボーイングも座視していたわけではなく、
従来の747-400の胴体を延長して座席数をさらに増やそうとしました。
エアバスがさらに対抗して発
表したのがA-380という巨大な航空機です。ボーイングがA-380に対抗するために最終的に決定した
のが747-8です。747-8は、747-400からのパイロットの機種移行を容易にするためにパイロットとのインタフ
ェースを747-400と共通にしましたが、それ以外の部分では787と同じハイテク技術を採用しました。い
わば、747-8は、大きさは違うものの、技術的には限りなく787に近いジャンボ機であるということ
ができます。
Q: 747-8と787に共通して導入されたハイテク技術の1つがGEnxエンジンということですか?
A: その通りです。炭素複合部材を大幅に採用して軽量化を図った GEnx エンジンは、現存の航空機エンジ
ンの中では最も先進的なエンジンといわれています。
Q: ANAの787はADの対象になっていないようですが・・・?
A: ANA の 787 にはロールスロイス社の Trent1000 というエンジンが搭載されています。このエンジンでも過去に
似たような推力低下を経験したようですが、すでに対策がとられているようです。
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Q: AirBridgeCargo社の関係者が原因ではないかと語っている「保温不足のエンジンの1部分」とは何
が考えられますが?
A: 予断は許されませんが、高圧圧縮機の前方にある、カウリングやバイパスファン、低圧圧縮機ではないで
しょうか?
Q: GEがソフトウェアの変更を検討している「エンジン制御システム」とは何が考えられますか?
A: エンジンの防徐氷(Deicing/Anti-icing)システムではないでしょうか? 747-8 や 787 では、燃費と客
室環境の改善のために、翼の防徐氷や客室与圧でエンジンのブリード(排気ガスからの抽気)を利用す
ることをやめました。しかし、エンジン内部の防徐氷に限って従来通りブリードに頼っています。防
徐氷システムはエンジンの氷結が予想される気象条件で自動的に作動するようにコンピュータにプログラムされ
ていますが、このプログラムがうまく機能しなかったようです。
Q: プログラムをどのように変更しようと考えているのでしょうか?
A: 高圧圧縮機の前方を氷塊が通り過ぎるのを検知して、
ブリードを自動的に防徐氷システムに流すよう変
更するようです。
Q: 対策は何時ごろまでに完成するのですか?
A: 来年の第 1 クウォータ(1 月~3 月)といわれています。それまで AD の措置が続くことになります。
Q: 計画している「プログラムの変更」が最終的な対策になるのでしょうか?
A: そればかりは何ともいえません。航空機エンジン内部の飛行中の氷結は飛行の安全にとっては重要
なことです。当然、設計段階で十分な配慮がなされていたはずですから、今回のトラブルの原因は
航空機エンジンの設計者にとって想定外のものではないでしょうか?対策の成功に期待するしかあ
りません。
Q: 最後に、現在開発中の エアバス A-350 でも同様の問題が予測されるのでしょうか?
A: エアバス A-350 では、さらなる燃費の改善のためにブリードが全廃され、すべて電動の圧縮機による
高圧高温空気がエンジンの防徐氷システムに使われます。A-350 のエンジンには、GEnx よりもさらにハイテク
化されたロールスロイスの TRENT エンジンが採用される予定です。ハイテク技術には「光の部分」だけでなく「影
の部分」もありますので、A-350 でも想定外のことが起こらないとは限りません。