平成26年度 教科リーダー養成講座(高等学校) 実践記録 グループワークを取り入れた物理授業の試み -理解の深化とコミュニケーションスキルの涵養を目指して- 新潟県立新潟高等学校 授業者 教諭 山本 岳 Ⅰ 研究テーマ設定の理由 いわゆる「伝統的な講義」一辺倒の授業よりも,生徒が能動的に取り組む学習活動により, 学習内容をより定着させうるという実践報告が多くなされるようになった。自身もこうした 授業形式に興味を持ち, 授業に取り入れてきた。 本研究では能動的学習を促す手段としてグループワークを行っている。また,その効果を 「学習内容の定着」だけでなく,「コミュニケーションの機会づくり」にまで広げて考えて いる。コミュニケーションを通して「状況の認識を共有し,正確な知識に基づいて考察して, 質問や説明,議論をする。」ことが,これからの医薬理工系人材に求められると考えたため である。 Ⅱ 学習指導案 1 日 2 指導学級 普通科 3 教科・科目 理科 4 使用教材 教科書 副教材 5 単 第Ⅲ章 電気と磁気 時 元 平成26年9月5日(金) 3年6組 5限(13:40~14:35 55 分) (男子21人、女子20人) 物理 第一学習社 第一学習社 数研出版 高等学校物理 セミナー物理基礎+物理 物理重要問題集 第4節 電磁誘導と交流 ② 交流 6 単元の目標 ① 交流の発生のしくみを理解し,交流回路での抵抗,コイル,コンデンサーの特性を理解する。 ② 電気振動の現象をエネルギーの観点から把握し,固有振動数の式を理解する。 ③ 変圧器のしくみを理解する。 ④ 7 生徒の実態(本単元を実施する上での教科指導対象クラス生徒の現状分析) 自身の授業をグループワーク主体のものとして1年弱であり,指導対象クラスに対しては4 月当初からそうした授業を行い,7月から現在の構成で授業を行っている。そのため,生徒は グループワークに対しては慣れてきた反面,マンネリ化しているようにも感じている。 その背景に,個々の生徒の物理に対する習熟度の差が小さくないことが考えられる。これま での理解を元に,新たな事象について考えていかなければならないため,定着が不十分な生徒 にとっては「分からないけれど,どのように質問して良いかも分からない。」という状況に陥 り,グループによっては議論が活性化していない。これはグループ編成を生徒の自由にさせた 影響もあるだろうが,グループのやりとりを活性化させることで,前時までの内容の復習・定 着をも含めた学習につながりうるため,教員がグループに的確に声をかけていきたい。 また,キャリア発達が授業の目的の一つであることを繰り返し強調してはこなかったため, このことがグループワークに向かう意欲に影響を及ぼしている可能性もある。 しかし,ほとんどの生徒にとって電磁気分野の定着はこれからの課題である。さらに,交流 回路の問題は高校生が理解するには時間がかかる。そのため,段階的に理解を深められるよう にしつつ,理解の速い生徒にとっても充実した授業時間としていきたい。 8 9 単元の評価規準 関心・意欲・態度 思考・判断・表現 ・科学的態度を持って 教員や級友の説明を聞 き,不明な点を質問す る。 ・キルヒホッフの法則 を用いて閉回路の電 位の式を記すことが できる。 ・LCR直列回路のイ ンピーダンスを導出 できる。 ・電気振動のエネルギ ーの移り変わりを,式 で表現できる。 ・当単元の内容を他者 に説明できる。 観察・実験の技能 知識・理解 ・抵抗やコイル,コン ・コイル及びコンデン デンサーの性質から, サ ー の リ ア ク タ ン ス 回路全体の特性を見 と位相のずれかたを 通すことができる。 理解している。 ・電気振動におけるエ ネルギー保存の式を 理解している。 単元の構成(全5時間) 時 1 2 本時 3 4 5 目 標 学習活動(授業内容) ・交流電圧の発生の仕組み 左記の説明を聞き,グル が説明できる。 ープワークを通して理解を ・実効値の意味を説明でき 深める。(全時間共通) る。 特に発電機の図を理解す る場面において生徒同士で 話し合う。 ・交流電圧に対するコイル, 特に,電流と電圧の位相 コンデンサーのリアクタン のずれを回路の中で考える スの大きさや流れる電流の 場面で,並列部に加わる電 大きさが計算できる。 圧が共通なことや,位相に ・コイル,コンデンサーの 関する理解を復習する。 電流と電圧の位相のずれを 理解する。 ・交流電圧に対する抵抗, 特に,交流電圧に対する コイル,コンデンサーの消 並列回路のふるまいについ 費電力を説明,計算できる。て,定性的に理解する過程 ・RLC 並列回路全体に流れ で,生徒どうしで話し合う。 る電流の大きさを求める計 算式を立てられる。 ・ベクトル算法による三角 特に,交流電圧に対する 関数の合成ができる。 直列回路のふるまいについ ・RLC 直列回路全体の電流 て,定性的に理解しようと と電圧の関係をインピーダ する。 ンスという概念を用いて説 明できる。 ・電気振動のしくみを固有 特に,エネルギーのやり 振動数という言葉を用いて とりについて,定性的に理 説明できる。 解した上で,立式できるよ ・電気振動についてエネル うになろうとする。 ギーの式を立てることがで きる。 ・変圧器のはたらきについ て計算することができる。 評価と方法 (全時間共通) 関心・意欲・態度について は,グループワークへの取 り組み状況と,ふり返りシ ートへのコメントで評価す る。 思考・判断・表現の「単元 の内容を他者に説明でき る」については,グループ ワークへの参加状況で評価 する。 思考・判断・表現のその他 の項目については,演習問 題への取り組み状況及び定 期考査での記述状況で評価 する。 観察・実験の技能について は,グループワークでの議 論の内容で評価する。 知識・理解については,演 習問題への取り組み状況及 び定期考査で評価する。 10 本時の計画(2/5時間) (1)本時の目標 ① 科学的態度を持って教員や級友の説明を聞き,不明な点を質問できる。 ② 交流電圧に対するコイル, コンデンサーのリアクタンス, 流れる電流の大きさを計算できる。 ③ コイル,コンデンサーに流れる電流とかかる電圧の位相のずれを説明しようとする。 (2)本時における「研究テーマ」を実践するための具体的な方策 グループワーク主体の授業を実践することを通して,「物理現象の理解」と「学習内容 の定着」,「考察および他者への質問・説明の機会づくり」を目指す。 (3)展開 時間 学習内容 前時のふり返り 導 入 (5 分) 教員の動き 生徒の動き ふ り 返 り シ ー ト の 教科書や前時のプリン 返 却 と 前 時 の 要 点 ト,ふり返りシート等 の確認をする。 を用いて復習する。 コイル,コンデン プ リ ン ト を 用 い て 教科書,プリント等を 展開1 サーのリアクタン 説明する。 見ながら学習する。 (必 (15 分) ス,位相のずれに 要に応じ,生徒相互で ついて 話し合う) クイズ形式の課題 定 性 的 な 内 容 を 問 グループで与えられた 展開 2 う問題を与え,グル 課題に取り組む。 ープで議論するよ (10 分) う促す。 例題の読み解き 例題を読み,グルー プワークを通して 理解するよう促す。 問題演習 グ ル ー プ で の 活 動 生徒どうしで質問・説 展開 3 が 活 性 化 す る よ う 明しあいながら,問題 (20 分) に,グループに声か に取り組む。 けを行う。 ふり返り ふ り 返 り シ ー ト を 本時の要点を各自でま 記入するよう促し, とめ,グループで共有 まとめ 提出させる。 する。 (5 分) (4) 評価の観点・ 指導上の留意点 グループワークを 促す。 質問・説明をしてい る生徒や,逆にこう した行動が取れな い生徒に声をかけ る。 同上 本時の要点につい て,グループ内の共 有を促す。 授業後,ふり返りシ ートにコメントし, 次時に返却する。 本時の評価 「努力を要すると判断される」 指導の手立て 状況の例 ・科学的態度を持って ・疑問点があることを告げられ ・まずは教員に対して質問することを 説明を聞き,不明な点 ない。 促す があれば質問する。 ・グループワークに参加できな ・話し合うことの意義や,質問してい い。 るうちに理解が深まることを話す。 ・交流電圧に対するコ ・演習問題に手がつけられない。・教科書やプリントをふり返り,グル イル,コンデンサーの ープの仲間と相談させる。 リアクタンス,流れる ・立式や計算を誤り,正答を導 ・諦めずに理解の不十分な点を検証さ 電 流 の 大 き さ を 計 算 けない。 せるとともに,そうした活動が定着 する。 につながることを話す。 ・コイル,コンデンサ ・クイズ形式の課題に関して, ・机間指導をしながら,グループで協 ーに流れる電流とか グループの議論に参加できな 力できているか,分からないことを かる電圧の位相のず い。 質問できる雰囲気か,などを確認し れを説明しようとす ていく。 る。 評価規準 (5)本時に使用した解説用プリントの内容 (1ページ目) (2ページ目) (3ページ目) 4ページ目には例題とその解説を載せた。 この他,問題演習用の教材と,小テスト・ふり返りシートを用いている。 Ⅲ 授業の実際 展開 1 教員による説明 について いつも通りの授業を行ったつもりであったが,生徒からは「いつもよりも説明が丁寧だった」と の感想が寄せられた。しかしながら、参観者の中から「説明が速すぎたのではないか」という指摘 もあった。また,この時間にも生徒相互の活動を盛り込んではどうかとの指摘もあった。 展開 2 クイズ形式の課題 及び 例題の読み解き について クイズ形式の本時の課題は適切だったのではないかとの感想が得られた。ただし,その分もう少 しこの課題に時間をかけて,生徒の思考を深めたり,グループを越えたディスカッションを促した りするような工夫をしてはどうかとの指摘もあった。また,例題の読み解きについては,理解に時 間がかかる生徒はここで時間がかかりすぎ,他の生徒に質問しようとしても相手がすでに問題演習 に進んでいると質問しにくく,進度の差がより大きくなってしまったのではないかとの指摘があっ た。また,例題の要点は教員から説明することで,各グループの進度をある程度揃えてから問題演 習に入ってはどうかとの意見も得られた。 展開 3 問題演習 について 上記の例題の読み解きでグループの進度差ができ,実際に問題演習に取り組む時間にも大きな差 ができていた。上記のように,例題の段階で一端区切って一斉に問題演習に入ることで,問題演習 に入るタイミングが揃い,より一層質問しやすい環境となるのではないかとの指摘も得られた。加 えて,グループワークに入りにくい生徒に対する働きかけ方に工夫の余地があるとも指摘された。 全体を通して 生徒のふり返りシートを見ると,この時間の要点には様々な記入がなされていた。その多くは, リアクタンスの大きさや位相のずれという,本時の内容に関わるものであった。しかし中には前時 までの内容を再確認できたことや,問題文の見落としに注意しようという反省点が記されたものも あった。こうしたふり返り活動が,より確実な理解と定着につながってくれればありがたい。 Ⅳ 実践の考察とまとめ 高校物理の授業でいち早くアクティブラーニング(以下AL)を導入した教員の一人に, 小林昭文氏(元・越ヶ谷高校教諭,現・産業能率大教授)が挙げられる。小林氏の授業はI CT機器とプリントを活用して説明を短時間で終わらせ,生徒同士の活動などによって理解 を深めさせる形式で,その過程で生徒の活動をより実りあるものとするための工夫を多くさ れている。自身も小林氏の授業を参考にしながら,自分なりにALを取り入れてきたつもり である。ALを取り入れた当初は,理解度の向上や,授業中に寝る生徒がいなくなるという 効果を期待していた。しかし小林氏は「ALによって,教育相談とキャリア教育の機能を教 科の授業に埋め戻せる」のようにも表現している。確かにグループワーク主体の授業を行っ てみると,教員と生徒の対話,生徒同士の対話の機会が飛躍的に増加したという実感を得た。 さらに,自然現象を題材として対話を行うことは,理系の生徒にとってはキャリア発達にも つながりうる(小林氏は「科学的対話力を育てる」と表現している)ことも実感してきた。 本研究では,ALの手法としてグループワークを取り入れている。これからの医薬理工系 人材に求められるコミュニケーションのあり方の一つを「状況の認識を共有し,正確な知識 に基づいて考察して,質問や説明,議論をすること。」と捉えたためである。本研究ではグ ループワークと上記のコミュニケーションのあり方との間に ・グループワークの前提として,「状況の認識を共有」しなければならない。 ・グループワークの時間は,「考察および他者への質問や説明,議論」の機会となる。 ・グループワークを経た後,より「正確な知識」が定着することが期待できる。 というつながりがあると考えている。その上で自身のこれまでの実践をふり返ることで,以 下のような課題を見いだした。 ① 時間の確保とプリントの構成 グループワークを行う時間を確保する上で,黒板やノートの書く時間を無くすために,授 業プリントを配付している。しかし,現状では1回の授業についてB4両面刷りのプリント 2枚とB6両面刷りのふり返りシートを全員に配付している。これは1回の授業で扱う分量 としては多すぎる。教科書との連携をさらに密にしたり,フォントサイズを小さくしたり レイアウトを工夫して余白を減らすなどの工夫が必要である。また,板書をしないつもりで はあるが,説明する中で生徒の反応が芳しくない時に多くの補足を要することもあった。こ うした時間もなるべく圧縮できるように,プリントの構成を工夫していく必要がある。 ② グループワークの取り入れかた 現在の授業構成では,「例題」及び「問題演習」のときにグループワークを行っている。 時間の上では授業の半分近くを占めているが,「一人で考える」「グループで考える」「ク ラスで共有する」など,メリハリをつけた構成にすることで,さらに効果的な学習を促すこ とができると考えられる。 ③ 学習課題の選定 現在の授業では,概念的な理解を深めるために「チェッククイズ」と称して多肢選択式の 課題に取り組ませているが,当初想定していたほど議論が活性化していない。授業中の生徒 の様子を見ていても,正解の選択肢に○をつけるだけで,肝心の理由についてメモを残す生 徒があまりいないようにも感じている。もちろんクラスの雰囲気づくりに改善すべき点が多 々あるが,「○○という現象はなぜ起こるか説明しなさい」のような記述式の課題も取り入 れていきたい。 ④ 授業のルール,雰囲気づくり なるべく活発な話し合いをさせたいとの考えから,グループの作り方は生徒に任せてい た。これが功を奏したグループもあるが,授業中の議論が思ったほど深まらなかったグルー プも散見される。コミュニケーションスキルの涵養という観点から見ると,誰に対しても自 身の考えを伝えることは必要であるため,特定の仲間とだけグループワークを行うことのな いようにしていきたい。そのための方策としては,授業を行う際のルールを浸透させること, よりよい学習を皆で行う意識を高めることなどを通して,グループが流動的になるような雰 囲気を作ることが必要である。短期的には,普段の座席配置を活かしたグループ編成をする などして,「話し合うと分かる,楽しい,得をする」という経験をつませることも有用だと 考えている。また,教員の雰囲気,生徒との関係性にさらに目を向ける必要があることは言 うまでもない。 ⑤ ふり返りの充実 現状,ふり返りシートへの記述が授業内容の定着や授業中の行動の変容に結びついている 実感はあまりない。効果的だと思われるふり返りをする生徒もいる一方で,「新たに学んだ こと」として,授業で扱った公式をただ書くだけのような生徒も少なくない。もちろん,そ の公式を書く際にどのような認知的な営みがなされているかは個々の生徒で異なるであろ うが,理解の深化につながるようなふり返りをどのように促すかについても検討していきた い。現在,そのための方策の一つとして,1枚のふり返りシートに書き足していく形式を検 討している。前出の小林氏も行っていた方法であるが,数時間分のふり返りコメントを通し て見ることで,単元全体のふり返りにもつながるのではないかと考えられる。 ⑥ グループワークに期待する効果の明確化 グループワークに期待される効果は多岐にわたるため,グループワークを行うことが目的 化してしまった時期があったようにも感じ,反省している。グループワークの効果として考 えられる「理解の深化」「思考力の育成」「授業への参加意欲の保持・増進」「高めあう集 団づくり」「コミュニケーションスキルの涵養」などの中から,どの効果を期待するかは地 域・学校・生徒の状況によって異なるのは当然だが,教科・単元,場合によっては授業を行 う時期によっても,何に期待するかは異なるはずである。そのため,グループワークにどの ような効果を期待するかを明確にして,それにふさわしい課題や授業形態が選定できること を目指していきたい。 上記の点を含めて今後も検討を続け,学校,科目を問わずに効果的かつスムースなグルー プワークの導入ができることを目指していきたい。 参考文献 キャリアガイダンス Vol.405 アクティブラーニングで変わる授業と生徒の未来 リクルート キャリアガイダンス No.47 学習意欲を高め学力につなげる「授業改革」リクルート
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