第2章 判決による終了 第2節 既判力 既判力は、判決の効力の中で最も重要であり、民事訴訟法を理解するうえでも欠かせな い。既判力の意義と正当化根拠のほか、時的限界・客観的限界・人的限界についてしっか り勉強しよう。 民事訴訟法第 114 条(既判力の範囲) I 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。 Ⅱ 相殺のために主張した請求の成立又判断は、相殺をもって対抗した額 について既判力を有する。 民事訴訟法第 115 条(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲) I 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。 一 当 事 者 二 当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人 三 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人 四 前三号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者 Ⅱ 前項の規定は、仮執行の宣言について準用する。 1.既判力の意義 (1) 意義 既判力とは、確定判決における主文中の判断(訴訟物の判断)について生じる拘束力を いう(114 条 1 項) 。 ア 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(114 条 1 項)。 もっとも、相殺のために主張した請求の成否の判断は、判決理由中の判断であるが、 相殺をもって対抗した額について既判力を有する(114 条 2 項) 。 イ 既判力の趣旨 確定判決に既判力が認められることによって、同一事項が再び問題になったときに、 ①当事者が前訴の判断と矛盾する主張をすることを妨げるとともに、②裁判所が前訴 の判断と矛盾する判断をすることを妨げる。既判力は、判決により紛争のむし返しを防 止し、紛争の終局的解決を図るために認められる効力である。 ウ 既判力の作用 既判力には、(ア)積極的作用と(イ)消極的作用がある。 (ア) 積極的作用 後訴裁判所は、前訴判決において既判力をもって確定された事項を前提として判 断しなければならない。 (イ) 消極的作用 後訴裁判所は、前訴判決において既判力をもって確定された事項と反する当事者 の主張・立証を排斥しなければならない。一事不再理(同一事件の再度の審判禁止) と同趣旨である。 〔問題〕次の場合に裁判所はどのように対処すればよいか。 ① 前訴判決の敗訴者が後訴を提起した場合 ② 前訴判決の勝訴者が後訴を提起した場合 思うに、民事訴訟の対象たる権利法律関係は、時の経過とともに変動するものであ り、厳密な意味での同一の事件(訴訟物)というものは考えられない。そこで、積極的 作用を重視し、既判力は前訴判決の判断の後訴裁判所に対する内容的拘束力であると 解する(拘束力説) 。したがって、前訴の敗訴者が同一訴訟物について訴えを提起した 場合、裁判所は、基準時後に新たに法律関係の変動に結びつく事実がなければ、請求 に理由がないから請求を棄却すべきである。また、前訴の勝訴者が同一訴訟物につい て訴えを提起した場合、通常その訴えには訴えの利益が認められず、裁判所は、訴え を不適法として却下すべきである。ただし、時効中断の必要がある場合や判決原本の 滅失により債務名義の正本が得られない場合には、訴えの利益が認められる。 一事不再理説 ~(b)消極的作用を重視 前訴の敗訴者が 不適法却下(訴訟判決)。 後訴を提起した場合 消極的訴訟要件 前訴の勝訴者が 拘束力説(通説) ~(a)積極的作用を重視 棄却(本案判決)。 不適法却下(訴訟判決)。 原則として不適法却下(訴訟 消極的訴訟要件 判決)。 後訴を提起した場合 ∵訴えの利益を欠く。 ただし例外あり。 前訴の判決事項を 先決問題とする後訴 解説 認容 or 棄却(本案判決)。 認容 or 棄却(本案判決)。 既判力の作用 既判力の作用として、(ア)積極的作用と(イ)消極的作用のいずれを重視するかの争いが ある。これは、後訴の処理に影響する。 a 一事不再理説 (イ) 消極的作用を重視し、一事不再理をもって既判力を説明する。 b 拘束力説(通説) (ア) 積極的作用を重視し、既判力は前訴判決の判断の後訴裁判所に対する内容的拘 束力であると説明する。 c 相互補完説(新堂、上田) (ア)積極的作用と(イ)消極的作用は相互に補完し合うものとする。b説(通説)と同 じ結論になる。 解説 既判力に反する判決の効力 既判力に反する判決は、上訴・再審によって取り消されうるが(338 条 1 項 10 号、342 条 3 項) 、取り消されるまではその判決が既判力を有する。 (ウ) 既判力の双面性 既判力の本質から、既判力ある判断は、訴訟の当事者にとって利益にも不利益にも 作用することになる。 エ 既判力の調査 既判力は、裁判所が職権で調査しなければならない(職権調査事項) 。 (2) 本質(正当化根拠) 既判力を正当化づける根拠は何か。既判力は、判決による紛争の終局的解決を図るため に認められる効力である。しかし、これだけは既判力により不利益を受けることの正当化 根拠となりえない。 思うに、既判力の正当化根拠は、訴訟物について当事者として十分な手続保障が与えら れていたことに求められものと解する。なぜなら、その訴訟物たる権利関係の存否につい て、当事者として手続上対等に十分に主張・立証する権能と機会を与えられた以上、それ を前提とした裁判所の判断結果に拘束されてもやむを得ないといえるからである。 ア 必要性 既判力は、紛争の終局的解決という民事訴訟の目的のために必要である。 すなわち、終局判決は裁判所が当事者間の紛争の解決基準を示すものであるが、その 後、当事者および裁判所がその判断を紛争解決の基準として尊重し、同じ紛争のむし返 しを許さないことにしなければ、紛争の終局的解決は図れない。したがって、既判力は、 紛争の終局的解決を制度的に確保するために必要不可欠といえる。 イ 正当化根拠 当事者が既判力により不利益を受けることの正当化根拠は、訴訟物について当事者 として十分な手続保障が与えられていたことに求められる。すなわち、当事者の地位に つくことによって手続上対等にその訴訟物たる権利関係の存否について弁論し、訴訟 追行をし、また、不服申立てをする権能と機会(手続保障)を与えられた以上、裁判所 の判断に拘束されてもやむを得ない(結果についての自己責任) 。また、同じ紛争のむ し返しを許さないとすることが公平であるといえるからである。 解説 既判力の本質論 既判力についての理論は、かつて、判決の実体権への影響、判決の効力(相対効)の理 解をめぐって争われた(実体法説・訴訟法説などの対立)。今日、既判力についての理論 は、その実質的根拠の解明が中心となって展開されている。既判力による不利益の根拠を 明らかにすることは、裁判を受ける権利を奪う効果を正当化づけることになり、また、既 判力の客観的範囲・主観的範囲を考えるにあたり基準を提供することができるのである。 a 実体法説 確定判決により実体法上の権利が再確認・変更されると説明する。 [批判] 判決の相対効が説明できない。 b 訴訟法説 既判力は訴訟法上の効力として後訴を拘束すると説明する。 [批判] 実体法を適用して裁判することを説明できない。 c 権利実在説(兼子) 判決前には権利の仮象しかなく、判決により実在化する。既判力は、実在化した権 利の基準としての効果であると説明する。 [批判] 権利が実在化する根拠が不明である。 d 新訴訟法説(三ケ月) 既判力の根拠は、一事不再理の理念・紛争解決の一回性の要請である。 e 手続保障説(新堂など) 当事者に対する手続保障と自己責任に、訴訟物の存否の判断が当事者に対し通用 せしめられること(法的安定)を正当化する根拠がある。 f 第三の波(井上) 既判力は、前訴手続過程で、各攻撃防御方法について具体的な手続保障があったこ とについての自己責任である。 (3) 判決の騙取 判決の騙取(不当取得)とは、当事者が相手方や裁判所を故意に欺いて確定判決を得た 場合をいう。 例えば、①相手方に対する不正(欺罔・強迫) 、②裁判所に対する(欺罔、強迫) 、③馴 合い訴訟がある。 騙取された判決は当然無効となるのか。それとも、上訴や再審の訴えにより確定判決を 取り消さない限り、判決の無効を主張し得ないのかが問題である。 ア 有効説(通説) 上訴や喜審の訴えによって確定判決を取り消さない限り、判決の無効を主張しえな いと解する。なぜなら、騙取判決であっても確定すると既判力は生じるのであり、上訴 や再審手続を介さずに判決の当然無効の主張を認めると、法的安定性を害し、既判力制 度を動揺させてしまうからである。 イ 無効説 判決は当然無効(無効判決)になると解する。なぜなら、既判力の正当化根拠は、訴 訟物について当事者として十分な手続保障が与えられていたことに求められる。そう だとすれば、判決の被騙取者に十分な訴訟追行の機会が与えられない以上、既判力を不 利益に及ぼす正当化根拠を欠くからである。 解説 判決の騙取の効力 騙取判決は当然無効となるのか。上訴や再審の訴えにより判決を取り消す必要がある のかは争いがある。具体的には、上訴・再審の訴えを介さないで、いきなり不法行為に基 づく損害賠償請求あるいは不当利得返還請求、請求異議の訴えといった救済手続を行使 できるのかが問題である。 a 有効説(通説) 上訴や再審の訴えによって確定判決を取り消さない限り、判決の無効を主張しえ ない。したがって、まず、上訴や再審の訴えにより確定判決を取り消したうえで、損 害賠償請求などの救済手続を行使すべきである。 (理由) ① 騙取判決であっても確定した以上既判力は生じるのであって、上訴・再審手 続を介さずに判決の当然無効の主張を認めると、法的安定性を害し、既判力制 度自体を動揺させてしまう。 ② 再審の訴えは、法的安定性と具体的正義の要請とを調整し、判決に重大な瑕 疵があった場合に不当な結果を強いられる者を救済する制度である(再審手 続の制度趣旨) 。 [批判] 当事者としては再審の訴えの途が開かれているかは予測できない。 b 無効説(新堂) 判決は当然無効(無効判決)になる。したがって、上訴や再審の訴えなくして、い きなり損害賠償などの救済手段を行使できる。 (理由) ① 既判力の正当化根拠は、訴訟物について当事者として十分な手続保障が与 えられていたことと自己責任に求められる。 ② 再審事由またはそれを類推できる場合に限り判決の当然無効の主張を認め れば、既判力制度を動揺させることにもならない。 判例 ① 被告の居所を知りながら公示送達を利用して勝訴判決を取得した場合、再審の 訴えによる前訴の取消しをせずに、後訴での判決無効の主張を認めている(最 判昭 43.2.27) 。 ② 裁判外の和解により訴え取下げを合意し返済も受けたのに、訴えを取り下げ ず、被告欠席のまま勝訴した場合、再審の訴えによる前訴の取消しをせずに損害 賠償請求を認めた(最判昭 44.7.8)。 (4) 既判力を有する裁判等 ア 終局判決 既判力は判決による紛争の終局的解決を図るための効力である。したがって、確定し た終局判決には既判力が認められる。これに対して、中間判決は、終局判決でないから 既判力は認められない。確定した終局判決には、(ア)本案判決と(イ)訴訟判決がある (ア) 本案判決 本案判決のうち、給付判決と確認判決に既判力が認められるのは当然である。なぜ なら、これらは既判力による終局的解決を目指すものだからである。形成判決につい ても、紛争のむし返し防止が必要であり、既判力で説明するのが簡明であるから、既 判力を有すると解してよい(通説) 。 (イ) 訴訟判決 訴訟判決も、個々の訴訟要件の欠缺により訴えを不適法とする判断に既判力が認 められると解する(通説) 。そうでないと、同一請求についての訴訟要件をめぐる紛 争が繰り返され、訴訟判決に対するむし返しを防止できないからである。また、114 条 1 項の文言(「主文に包含するもの」と規定する)からも、既判力が認められる終 局判決をとくに本案判決に限る趣旨には読めないからである。 イ 決定・命令 (ア) 実体関係に終局的判断を下す決定は、既判力が認められる。なぜなら、終局的判断 であり、そのむし返しを防止する必要があるからである。例えば、訴訟費用に関する 決定(69 条)などである。 (イ) それ以外、すなわち手続的事項につき判断を下す決定や命令には、既判力は認めら れない。例えば、訴訟指揮に関する決定・命令である。 ウ 確定判決と同一の効力ある裁判・調書 (ア) 確定した仮執行宣言付支払督促(396 条)には、既判力が認められる。 (イ) 請求の放棄・認諾・和解調書(267 条)は争いがある。 <既判力の限界> 原 則 時的限界 客観的範囲 主観的範囲 事実審の口頭弁論終 判決主文中の判断の 当事者間のみに生じ 結時。~「遮断効」 みに生じる。 る(相対効)。 訴訟担当の被担当 例 外 基準時後の形成権の 行使 相殺の抗弁の判断 者、口頭弁論終結後 の承継人、請求の目 的物の所持者など 拡張的効果 ― 附従的効果 ― 争点効(信義則) 反射効(信義則) 参加的効力 2.既判力の時的限界 (1) 既判力の基準時 既判力は、ある時点(基準時)における訴訟物たる権利関係の存否を確定する効力であ る。そして、既判力の基準時は、事実審の口頭弁論終結時である。なぜなら、当事者は、 事実審の口頭弁論終結時までは事実に関する資料を提出することができ、裁判所の終局 判決もそれまでに提出された資料を基礎になされるからである。 ア 既判力の基準時 既判力が確定する訴訟物たる権利関係の存否の時点は、事実審(第 1 審、控訴があれ ば控訴審)の口頭弁論終結時である。 イ 既判力の時的限界(アと表裏の関係) (ア) 既判力は基本時における訴訟物たる権利関係の存否を確定するる効力である。 (イ) 既判力は、基準時前の訴訟物たる権利関係の存否を確定するものではない。もっと も、基準時前の訴訟物の状態を争うことは、信義則(あるいは、争点効)により遮断 されることがある。 (ウ) 既判力は、基準時後の訴訟物たる権利関係の存否を確定するものではない。したが って、基準時後の訴訟物の状態を争うことは遮断されない。ただ、基準時後に新たに 権利関係の変動に結びつく事実がなければ、請求が棄却されるだけである。 (2) 具体的効果 ア 遮断効 既判力の遮断効とは、後訴において、前訴の基準時前に存していた事由に基づいて前 訴の訴訟物たる権利関係の存否を争えなくなることをいう。これを失権効、排除効とも いう。すなわち、既判力が基準時における訴訟物たる権利関係の存否を確定する効果と して、基準時以前に存していた事由は、当事者の知・不知、過失の有無を問わず、すべ て既判力によって排斥される。したがって、当事者は、後訴において、前訴の基準時以 前の事由を主張して、前訴の訴訟物たる権利関係の存否の判断を争えなくなるのであ る。条文上の根拠として、民事執行法 35 条 2 項の反対解釈があげられる。 判例 最判平 9.3.14/百選A28 事案:Xは、Y(次女)に対し、土地の所有権確認等請求訴訟を提起し、元所有者Yか らXが土地を買い受けた(または時効取得した)として所有権取得を主張したと ころ、Yは、土地を買い受けたのはA(Xの夫)であり、YはAから贈与を受け たと主張し、裁判所は、土地を買い受けたのはAであるが、YはAから贈与を受 けていないと判断して請求棄却判決を言い渡し確定した。その後、Yが亡Aの遺 産分割調停事件で土地所有を主張したため、Xが本訴を提起し、元所有者からA が土地を買い受け、相続により土地の共有持分を取得したと主張したところ、Y、 前訴で所有権取得を否定されたXが前訴基準時前の相続を主張することは既判 力に抵触すると主張した。 判旨: 「所有権確認請求訴訟において請求棄却の判決が確定したときは、原告が同訴訟 の事実審口頭弁論終結の時点において目的物の所有権を有していない旨の判断 につき既判力が生じるから、原告が右時点以前に生じた所有権の一部たる共有 持分の取得原因事実を後の訴訟において主張することは、右確定判決の既判力 に抵触するものと解される」 コメント:前訴ではXYいずれの主張も排斥されているが、Xは売買および時効取得に よる所有権取得のみを主張し、A死亡による相続の事実を主張しなかった以上、 やむを得ない結論である。本判決に対しては、本件土地は遺産でありながら、共 同相続人間で共有持分を主張できないという結論は座りが悪いとの批判もある (高橋) 。釈明権の行使等を要求すべきであろう(最判平成 9 年 7 月 17 日、最判 平成 12 年 4 月 7 日参照) 。 イ 基準時後の事由 基準時後に発生した事由については、遮断効は生じない。民事執行法 35 条 2 項が前 訴の基準時後の事由を請求異議事由と認めていること、既判力は基準時における訴訟 物たる権利関係の存否を確定する効力であり、基準時後の訴訟物たる権利関係の存否 を確定するものではないことがあげられる。例えば、所有権に基づく土地明渡請求訴訟 で、前訴(同一内容の請求につき敗訴)の基準時前に実は原被告間に売買があったとの 主張は遮断されるが、基準時後に新たに原被告間に売買があったとの主張は遮断され ない。 ウ 例外:手続保障の観点 既判力の正当化根拠を、訴訟物について当事者として十分な手続保障が与えられて いたことに求める見解では、基準時前に存した事由であっても前訴における提出を期 待できなかった事由であれば、実質的に手続保障を欠くため、遮断効を否定する余地が ある。 (3) 形成権の基準時後の行使 基準時前に発生し行使することが可能であった形成権(例えば、取消権・相殺権)を、 後訴において行使しうるかが問題である。 〔以下は、原則遮断効説(判例・通説) 〕 ア 思うに、既判力の正当化根拠は、当事者に十分な手続保障が与えられていたことに求 められるところ、①取消権は請求権自体に付着する瑕疵に関する権利であり、前訴の口 頭弁論終結前に取消原因が発生していた以上、取消権を主張する機会は与えられていた といえる。また、②より重大な瑕疵である当然無効の事由が既判力により遮断されるの に、より軽微な瑕疵である取消事由が既判力の拘束を免れるのでは均衡を失する。した がって、取消権は、基準時前に取消原因が発生していた場合、既判力により遮断され、 後訴において行使することができないと解する。 イ これに対して、①相殺権は請求権それ自体に付着する瑕疵に関する権利ではなく、相 殺するか、相殺しないで別個に反対債権を請求するかは被告の自由である。また、②相 殺権の行使は、反対債権を消滅させる点で自己の債権を犠牲にするものであり、前訴に おいてその提出を期待することは困難といえる。したがって、相殺権は、基準時前に相 殺適状にあったとしても、既判力により遮断されず、後訴において行使することができ ると解する。 遮断するか 具 体 例 理 ① 原則 肯定 請求権自体に付着する瑕疵に関す 取消権、 解除権 由 る権利である。 ② より重大な瑕疵である無効の主張 が遮断される。 例外 解説 否定 相殺権、 建物買取請求権 ① 請求権自体に付着する瑕疵はない。 ② 不利益を伴うから、前訴で提出を期 待できない。 形成権の基準時後の行使 基準時後の形成権の行使が、既判力によって遮断されないのか(後訴において行使でき るか) 。前訴の基準時前には形成権の発生事由は存在しているが、形成権行使の時には法 律関係の変動が生ずることから問題となる。 a 原則遮断説(最判昭 40.4.2、最判昭 55.10.23、兼子など通説) 原則として、形成権(例えば、取消権)は、基準時前に取消原因が発生していたと しても、既判力により遮断され、後訴において行使できない。もっとも、相殺権など は、基準時前に相殺適状にあったとしても、既判力により遮断されず、後訴において 行使できる。 (理由) ① 取消権等の形成権は、請求権自体に関する瑕疵に関する権利である。 ② より重大な瑕疵である当然無効の事由が既判力により遮断される。 ③ 相殺権は、請求権それ自体に付着する瑕疵に関する権利ではなく、自己の債 権を犠牲にするものであり、前訴でその提出を期待できない。 b 非遮断説(中野) すべての形成権は、既判力により遮断されず、後訴において行使できる。 (理由) 既判力は基準時の権利関係の存否を確定するだけで、その後の形成権の行使に よる変動のないことまで確定しない。 c 提出責任説(上田) ①前訴で主張しえたことを前提に、②客観的にその者の実体法上の地位に鑑みて、 前訴基準時に提出すべき責任が認められるか否かで判断すべきである。 (理由) 既判力の正当化根拠は手続保障と自己責任にあるが、単に前訴で主張しえたとい う抽象的手続保障をもって足りるとするのは敗訴者に不意討ちとなる。 解説 ① 原則遮断説(判例・通説)による処理 (ア)取消権と(イ)相殺権とで扱いを分ける。ただし、詐欺を理由とする取消しについ ては、前訴で行使できたのに行使しなかった場合に、既判力により遮断されるとする 説もある。 ② 解除権は、(ア)取消権と同様の扱いと考えられる(通説) 。 ③ 建物買取請求権については争いがある。最判平 7.12.15 は、建物買取請求権は、建 物収去土地明渡請求権の発生原因に内在する瑕疵に基づく権利ではなく、これとは 別個の制度目的・原因に基づく権利であるとして、遮断効を否定した。つまり、(イ) 相殺権と同じ扱いとした。 判例 最判昭 40.4.2 判旨: 「相殺は当事者双方の債務が相殺適状に達した時において当然その効力を生ずる ものではなくて、その一方が相手方に対し相殺の意思表示をすることによって その効力を生ずるものであるから、当該債務名義たる判決の口頭弁論終結前に は相殺適状にあるにすぎない場合、口頭弁論の終結後に至ってはじめて相殺の 意思表示がなされたことにより債務消滅を原因として異議を主張するのは民訴 法 545 条 2 項〔民事執行法 35 条 2 項〕の適用上許されるとする大判明 43.11.26 の判旨は、当裁判所もこれを改める必要を認めない」 コメント:口頭弁論終結前に相殺適状にある場合、口頭弁論終結後に相殺の意思表示を して債務消滅を主張することは許される(遮断効否定) 。 判例 最判昭 55.10.23/百選 78 事案:被上告人は上告人に対して、土地売買契約に基づき、土地所有権確認および移転 登記の訴えを提起し、勝訴して移転登記も完了した。その後、上告人は、売買契 約が詐欺によるものであったとして、契約の取消しを主張して後訴を提起した。 判旨: 「売買契約による所有権の移転を請求原因とする所有権確認訴訟が係属した場合 に、当事者が右売買契約の詐欺による取消権を行使することができたのにこれ を行使しないで事実審の口頭弁論が終結され、右売買契約による所有権の移転 を認める請求認容の判決があり同判決が確定したときは、もはやその後の訴訟 において右取消権を行使して右売買契約により移転した所有権の存否を争うこ とは許されなくなるものと解するのが相当である」 コメント:取消権を行使できたのに行使せず判決が確定したときは、後訴で取消権を行 使して争うことはできないとした(遮断効肯定) 。 判例 最判昭 57.3.30/ 百選A26 判旨: 「手形の所持人において、前訴の事実審の最終の口頭弁論期日以前既に白地補充 権を有しており、これを行使したうえ手形金の請求をすることができたにもか かわらず右期日までにこれを行使しなかった場合には、右期日ののちに該手形 の白地部分を補充しこれに基づき後訴を提起して手形上の権利の存在を主張す ることは、特段の事情の存在が認められない限り前訴判決の既判力によって遮 断され、許されないものと解するのが相当である」 コメント:基準時前に白地補充権を行使して手形金請求ができたのに行使しなかった 場合、基準時後に白地を補充して権利を主張することは原則として許されない とした(遮断効肯定) 。 判例 最判平 7.12.15/ 百選 79 判旨: 「借地上に建物を所有する土地の賃借人が、賃貸人から提起された建物収去土地 明渡請求訴訟の事実審口頭弁論終結時までに借地法 4 条 2 項〔現借地借家法 13 条 1 項〕所定の建物買収請求権を行使しないまま、賃貸人の右請求を認容する判 決がされ、同判決が確定した場合であっても、賃借人は、その後に建物買収請求 権を行使した上、賃貸人に対して右確定判決による強制執行の不許を求める請 求異議の訴えを提起し、建物買取請求権行使の効果を異議の事由として主張す ることができるものと解するのが相当である。けだし、(1)建物買取請求権は、 前訴確定判決によって確定された賃貸人の建物収去土地明渡請求権の発生原因 に内在する瑕疵に基づく権利とは異なり、これとは別個の制度目的及び原因に 基づいて発生する権利であって、賃借人がこれを行使することにより建物の所 有権が法律上当然に賃貸人に移転し、その結果として賃借人の建物収去義務が 消滅するに至るのである、(2)・・・(3)・・・賃借人が前訴の事実審口頭弁論終結時 以後に建物買取請求権を行使したときは、それによって前訴確定判決により確 定された賃借人の建物収去義務が消滅し、前訴確定判決はその限度で執行力を 失うから、建物買取請求権行使の効果は、民事執行法 35 条 2 項所定の口頭弁論 の終結後に生じた異議の事由に該当するものというべきであるからである。」 コメント:本判決は、基準時後に建物買取請求権を行使できるとした(遮断効否定)。 <研究> 時的限界 基準時ベースで遮断効を認める。過失の有無は問わない。 基準時前の事情は、一切主張を許さないのかどうか? → 期待可能性の理論(新堂説) 前訴当時は、主張立証を期待することがおよそ無理であったと評価できる限りで、既判 力の遮断効を否定すべき、という考え。 手続保障を重視するならば、前訴で主張することに期待可能性が無かった場合=手続 保障が無かった場合には既判力を及ぼしえないはずである。 問題は、期待可能性の中身である。 紛争解決性・法的安定性からは、期待可能性の内容は厳しくみることになる。基準事後 の新事情に準ずるものに限る、というのが妥当であろう。よって、単にその事実を知ら なかったというだけでは足りず、知らなかった事が無理もない、と言うレベルでなけれ ば遮断効を破ることはできないであろう。第三者のした基準時前弁済が分水嶺か(井上、 高橋) 。 第三者の弁済を何故前訴で主張できなかったのか、それが無理もないといえるかまで を吟味して遮断効の有無を決すべき(高橋) 。 証拠方法を提出することに期待可能性がなかった場合はどうか。 証拠不十分で敗訴することは止むを得ないであろう。証拠方法提出に期待可能性が無い 場合には既判力は破らないとするのが良い。 解除権行使肯定説のロジック(伊藤) 契約の解除は、契約に基づく両当事者の権利義務が存在すことを論理的に前提としなが ら、一方当事者の意思表示によって契約関係を遡及的に解消し、その効果として法律関係 を清算することを意味する。したがって、解除の効果についての直接効果説を前提として も、基準時においては契約上の権利関係が存在することが前提とされ、ただ意思表示の実 体法上の効果として遡及的に消滅するに過ぎないから、基準時における権利関係存在の判 断と解除の意思表示に基づく法律効果は、既判力によって確定された権利関係と矛盾抵触 するものではない。この点は、基準時における契約関係の存在を否定することを目的とす る取消権と異なる。たとえ解除権の発生要件事実の全部又は一部が基準時前に存在してい たとしても、解除の主張は既判力により遮断されない。 この見解に対しては、前訴被告が解除権の行使を怠り、執行妨害の目的で解除の意思表示 をすることは許すべきではない、との批判がある。 しかし、相手方(原告)としては、催告権の行使によって対抗することもでき、また、解除 原因事実の具備にもかかわらず正当な理由無く解除権行使を怠り、後に執行妨害の目的 でそれを行使するものと認められれば、信義則によってその主張を制限することもでき よう。 白地補充権行使肯定説のロジック(伊藤) 手形要件の一部が白地であることを理由として請求を棄却する確定判決の効力は、基準時 における手形金債権の不存在を確定する。しかし、終結後に補充権が行使され、それによ って手形金債権が発生したとする主張は、既判力ある判断と矛盾しない。被告の二重応訴 の負担は無視できないが、信義則による制限等で調整がきく。 3.既判力の客観的範囲(物的範囲) 原 則 例 外 既判力は、確定判決の主文に生ずる(114 条 1 項)。 相殺のために主張した請求の成否の判断は、相殺をもって 対抗した額について既判力を有する(114 条 2 項)。 (1) 主文中の判断 ア 既判力は、確定判決の主文に表示された訴訟物たる権利関係の存否の判断に限り生じ るのが原則である(114 条 1 項) 。なぜなら、訴訟による紛争解決のためには、当事者が 審判を求めた事項(246 条) 、すなわち訴訟物たる権利関係の存否について解決基準を示 せば足りるからである。 解説 主文中の判断にのみ既判力を生じる根拠 (ア) 判決主文に表示された訴訟物たる権利関係の存否は、当事者が審判を求めた事項 であるから、これに既判力を認めれば紛争解決につながる(当事者意思・処分権主義) 。 (イ) 判決主文の判断は、当事者が審判の最終目標として、攻撃防御方法を尽くしたもの である。 もしその前提である判決理由中の判断に既判力を認めれば、当事者の意思に反し、 不意打ちの結果を招き、手続保障の観点からも妥当でない(当事者の手続保障) 。 (ウ) 既判力が生じる範囲を主文中の判断に限ることで、当事者は、その結論のみを考慮 に入れて効果的な訴訟活動をすればよいとの保障が与えられ(手段性の保障)、他方、 裁判所は、当事者の申立て順序や実体上の論理的順序にこだわらずに、その結論に到 達するのに効率的かつ弾力的な審理ができる(審理の効率性・弾力説)。 (エ) 当事者が判決理由中の判断に既判力による拘束を望むのであれば、中間確認の訴 え(145 条)を提起すればよい。 イ 主文中の判断を拡張する理論 (ア) 訴訟物理論による影響 114 条 1 項が、既判力が生じる範囲を「訴訟物」に限定する趣旨とすれば、 「訴訟 物」をいかに把握するかが問題となる。すなわち、訴訟物理論が既判力の範囲に影響 を及ぼすことになる。 (イ) 先決関係・矛盾関係論 前訴と後訴で訴訟物が異なる場合であっても、前訴請求と後訴請求が実体法上先 決関係に立つ場合、あるいは矛盾関係に立つ場合は、前訴の既判力が後訴に及ぶと解 される(通説) 。 例えば、同一土地についてのAの所有権確認請求とBの所有権確認請求とは訴訟 物は異なるが、実体法が一物一権主義をとるから両者は矛盾関係に立つ。したがって、 Aの所有権の存在を確認した判断の既判力は、Bの所有権の確認を請求する後訴に 及び、後訴は棄却される。 また、同一土地についてAの所有権確認請求とAの所有権に基づく明渡請求とは 訴訟物は異なるが、実体法上両者は先決関係に立つ。したがって、Aの所有権の確認 請求を棄却した判断の既判力は、Aの所有権に基づく明渡しを請求する後訴に及び、 後訴は棄却される。 (ウ) 一部請求論 一部請求の前訴の後に残部請求ができるか。これは一部請求の訴訟物の範囲の問 題である。 ウ 限定承認における判決の既判力 限定承認における判決主文における「相続財産の範囲で」との判断に既判力が認めら れるか。 給付訴訟の訴訟物は、直接には給付請求権の存在およびその範囲である。そして、 「相 続財産の範囲で」という限定は単に責任を制限するものにすぎず、債務の額を制限する ものではない。 しかし、給付判決は債務名義として強制執行の基礎となるものである。とすれば、債 務者の財産に対する執行可能性としての責任の存否およびその範囲も給付訴訟の訴訟 物に準ずるものと理解すべきである。したがって、判決主文における「相続財産の範囲 で」との判断にも、既判力が生じると解する。 判例 最判昭 49.4.26/ 百選 85 事案:前訴係属中に被告が死亡し、訴訟を承継した被告の相続人が限定承認したことか ら、原告が限定承認を自認しまたは限定承認の抗弁が認められて、相続財産の限 度での支払を命ずる判決(留保付判決)がなされた。その後、原告が、被告側に は前訴判決基準時前に単純承認(民法 921 条)があったとして、無限定の支払を 求める訴えを提起した(つまり限定承認のむし返しをした) 。 判旨:「相続財産の限度で支払を命じた、いわゆる留保付判決が確定した後において、 債権者が、右訴訟の第 2 審口頭弁論終結時以前に存在した限定承認と相容れな い事実(たとえば民法 921 条の法定単純承認の事実)を主張して、右債権につき 無留保の判決を得るため新たに訴を提起することは許されないものと解すべき である。けだし、前訴の訴訟物は、直接には、給付請求権即ち債権(相続債務) の存在及びその範囲であるが、限定承認の存在及び効力も、これに準ずるものと して審理判断されるのみならず、限定承認が認められたときは前述のように主 文においてそのことが明示されるのであるから、限定承認の存在及び効力につ いての前訴の判断に関しては、既判力に準ずる効力があると考えるべきである」 コメント:本判決は、債務者の財産に対する執行可能性としての責任の存在・範囲につ いても給付訴訟の訴訟物に準ずるとして、判決主文における「相続財産の範囲内 で」との判断にも既判力に準ずる効力が生じるとした。 (2) 判決理由中の判断 ア 判決理由中の判断には既判力を有しないのが原則である(114 条 1 項) 。 イ もっとも、相殺の抗弁に理由があるか否かについては、判決理由中の判断にもかかわ らず、相殺をもって対抗した額、すなわち訴求債権の消滅の効果を認めるに必要な額に ついて既判力が生じる(114 条 2 項)。なぜなら、相殺は、訴求債権と無関係な反対債 権をともに対当額で消滅させる効果を抗弁とするため、その判断に既判力を認めない と、訴求債権の存否についての紛争が反対債権の存否を訴訟物とする後訴によりむし 返され、判決による紛争解決の実効性を失うおそれがあるからである。 解説 相殺の抗弁に既判力を生じる理由 ① 相殺の抗弁は、他の抗弁と異なり、訴求債権と無関係な反対債権をともに対当額で 消滅させる効果をもつため、その判断に既判力を認めないと、訴求債権の存否につい ての紛争が反対債権の存否を訴訟物とする紛争によりむし返され、判決による解決 が実効性を失うおそれがある(法的安定性) 。 ② 反対債権という訴求債権とは別個の債権をもち出して相殺を主張することは、本 来別個で訴求しうる債権を同一手続内で審理するものであり、反訴に準じた性格を もつ。 ウ 相殺の抗弁と既判力の範囲 (ア) 反対債権の不存在を理由に相殺の抗弁が排斥された場合、反対債権の不存在につ いて既判力が生じる。被告が反対債権で訴求することを防止するためである。 (イ) 相殺の抗弁を認め、原告の請求がその限度で棄却された場合も、反対債権の不存在 について既判力が生じると解する(通説)。このように解することによりむし返しを 防止できるからである。 これに対し、不当利得返還請求などの後訴を封じるため、原告の訴求債権と被告の 反対債権がともに存在し、それが相殺によって消滅したことに既判力が生じるとする 説がある。しかし、①既判力は基準時に生じるものであるし、②原告の後訴は請求棄 却判決の既判力により排斥され、被告の後訴は判決理由中の判断の既判力により排斥 されるから、この説は妥当でない。 解説 相殺の抗弁と既判力 (ア) 反対債権の不存在を理由に相殺の抗弁が排斥された場合 反対債権の不存在について既判力を生じる。なぜなら、相殺を排斥されて敗訴した 被告が、再び反対債権を訴求することを防止する必要があるからである。 (イ) 相殺の抗弁を認め、原告の請求がその限度で棄却された場合、いかなる範囲で既判 力が生じるかは争いがある。 a 通説(菊井、三ヶ月など) 反対債権が存在しないことについて既判力が生じる。 (理由) ① 114 条 2 項の条文 ② 既判力は基準時のみに生じる。 [批判] 原則の訴求債権と被告の反対債権がともに存在し、相殺によって対当額にて消 滅したことにも既判力を生じさせなければ、紛争のむし返しが防止できない。 (反批判) 原告が、反対債権は不存在として、不当利得返還請求や損害賠償請求をすれば、 判決主文中の判断の既判力により排斥される。被告が、訴求債権は別の原因で不 存在として同様の請求をすれば、判決理由中の判断の既判力により排斥される。 b 有力説(兼子) 原告の訴求債権と被告の反対債権がともに存在し、それが相殺によって消滅し たことについて既判力が生じる。 (理由) 紛争のむし返し防止、すなわち、もし被告の反対債権の不存在のみに既判力が 生じるとすると、原告が、初めから被告の反対債権は存在していなかったとして、 不当利得返還請求や損害賠償請求をする余地がある。また、被告が、訴求債権が 別の原因で不存在であるとして同様の請求をする余地があり、これでは、紛争の むし返しを防止するのに十分でない。 [批判] 既判力は基準時において生じるものであり、原告の訴求債権や被告の反対債権 が存在していたことは基準時前のことである。 (ウ) 反対債権の存否を実質的に判断する必要がなかった場合 例えば、反対債権にかかわりなく訴求債権の存在が否定された場合、相殺の抗弁が 時機に後れたとして却下された場合(157 条) 、相殺が不適法として却下された場合 (民法 505 条、509 条)は、相殺について既判力は生じない。 エ 相殺の抗弁の特殊性 相殺の抗弁に理由があるか否かについては、判決理由中の判断にもかかわらず、既判 力が生じる(114 条 2 項) 。そして、相殺の抗弁は、反対債権の消滅の効果を伴うから、 当事者としては他の防御方法で勝訴したほうが有利である。そこで、このような相殺の 抗弁の特殊性から、次の配慮が必要である。 (ア) 審理の順序 当事者が、第 1 に弁済の抗弁を、第 2 に相殺の抗弁を提出している場合には、裁判 所はこの順序に拘束され、審理および判断しなければならない。当事者が抗弁に順序 をつけない場合でも、裁判所は、相殺の抗弁については、他の防御方法によれば請求 認容となることを確かめたうえで、その後に審理および判決しなければならない。 (イ) 不服の利益 相殺の抗弁が認められ、原告の請求がその限度で棄却された場合にも、勝訴した被 告には、不服の利益が認められ、控訴することができる(形式的不服説からも同じ) 。 オ 相殺の抗弁に対する相殺の再抗弁の可否 訴訟上の相殺の抗弁に対し、原告が訴訟上の相殺の再抗弁をすることは許されない と解する。なぜなら、①相殺の抗弁に対してさらに相殺の再抗弁を許すと、仮定の上に 仮定が積み重ねられて法律関係が不安定となるし、いたずらに審理の錯綜を招くこと からである。また、②114 条 2 項の規定は判決理由中の判断に既判力を生じさせる唯一 の例外を定めたものであるから、同条項の適用範囲を無制限に拡大すべきではないか らである。 判例 最判平 10.4.30/百選 44 事案:原告が準消費貸借債権を訴求したところ、被告が相殺の抗弁を提出したので、原 告は直ちに同じ口頭弁論期日において相殺の再抗弁を提出した。原告が訴訟上 の相殺を再抗弁として提出できるかが争われた。 判旨: 「被告による訴訟上の相殺の抗弁に対し原告が訴訟上の相殺を再抗弁として主張 することは、不適法として許されないものと解するのが相当である。けだし、(1) 訴訟外において相殺の意思表示がされた場合には、相殺の要件を満たしている 限り、これにより確定的に相殺の効果が発生するから、これを再抗弁として主張 することは妨げないが、訴訟上の相殺の意思表示は、相殺の意思表示がされたこ とにより確定的にその効果を生ずるものではなく、当該訴訟において裁判所に より相殺の判断がされることを条件として実体法上の相殺の効果が生ずるもの であるから、相殺の抗弁に対して更に相殺の再抗弁を主張することが許される ものとすると、仮定の上に仮定が積み重ねられて当事者間の法律関係を不安定 にし、いたずらに審理の錯雑を招くことになって相当でなく、(2)原告が訴訟物 である債権以外の債権を被告に対して有するのであれば、訴えの追加的変更に より右債権を当該訴訟において請求するか、又は別訴を提起することにより右 債権を行使することが可能であり、仮に、右債権について消滅時効が完成してい るような場合であっても、訴訟外において右債権を自働債権として相殺の意思 表示をした上で、これを訴訟において主張することができるから、右債権による 訴訟上の相殺の再抗弁を許さないこととしても格別不都合はなく、(3)また、民 訴法 114 条 2 項(旧民訴法 199 条 2 項)の規定は判決の理由中の判断に既判力 を生じさせる唯一の例外を定めたものであることにかんがみると、同条項の適 用範囲を無制限に拡大することは相当でないと解されるからである。」 コメント:本判決は、訴訟上の相殺の抗弁に対して訴訟上の相殺を再抗弁として提出す ることは許されないとした。 カ 判決理由中の判断に拘束力を生じさせる理論 (ア) 争点効理論 (イ) 信義則適用説 (ウ) 参加的効力 (エ) 既判力拡張説 判例 最判昭 51.9.30/ 百選 80 事案:自作農創設特別措置法による土地買収処分がなされ、売渡処分が行われたが、そ の後買戻しがなされたとして移転登記等を求める訴え(前訴)が提起された力請 求が棄却された。その後、買収売渡処分の無効等を理由とする登記手続請求等の 訴え(後訴)が提起された。 判旨: 「前訴と本訴は、訴訟物を異にするとはいえ、ひっきょう、右Aの相続人が、右 Bの相続人及び右相続人から譲渡をうけた者に対し、本件各土地の買収処分の 無効を前提としてその取戻を目的として提起したものであり、本訴は、実質的に は、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において本訴の請求をすること に支障もなかったのにかかわらず、さらに上告人らが本訴を提起することは、本 訴提起時にすでに右買収処分後約 20 年も経過しており、右買収処分に基づき本 件各土地の売渡をうけた右B及びその承継人の地位を不当に長く不安定な状態 におくことになることを考慮するときは、信義則に照らして許されないものと 解するのが相当である」 コメント:本判決は、信義則により、前訴の判決理由中の判断に一定の拘束力を認めた。 なお、争点効は否定している 判例 最判平 10.9.10/ 判旨: 「当事者間に確定判決が存在する場合に、その判決の成立過程における相手方の 不法行為を理由として、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠 償請求をすることは、確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果と なるから、原則として許されるべきではなく、当事者の一方が、相手方の権利を 害する意図の下に、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与すること を妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を 行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執 行したなど、その行為力著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の 要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限って、許 されるものと解するのが相当である」 コメント:本判決は、判決成立過程における相手方の不法行為を理由に、確定判決の既 判力ある判断に矛盾する損害賠償請求を提起することは原則できないとした。 <研究>判決理由中の判断 <争点効説> ① 前訴請求の当否の判断過程で主要な争点となった事項についての判断であり、 ② 当事者が前訴において、その争点につき主張立証を尽くし、 ③ 裁判所がそれに対して実質的な判断をしており、かつ、 ④ 前後両訴の係争利益がほぼ同等である場合には、 当事者間の公平(信義則)に基づく一種の制度的効力として、争点効と呼ぶべき拘束力が 生じる。 <既判力の拡張説> 訴訟物をことにする場合でも、後訴の権利主張が前訴において確定された法的効果の目 指す秩序内容を形骸化ないし破壊しようとする場合には、法的安定性を図るため前訴判 決の理由中の判断も既判力を有するとする。 例:所有物返還請求を認容する判決確定後、敗訴被告が同一物の所有権確認の訴えを提 起するときは、前訴判決の理由中における、原告の所有権を認めた判断は後訴に既 判力を及ぼす。 その判断事項と前後両訴の訴訟物たる権利関係との実体法的関連性によって決定的に定 められる。その事項につき当事者が前訴で十分に弁論を尽くし、あるいは弁論を尽くすよ う期待される具体的状況があったか否かと言うような前訴の具体的状況に対する配慮が 後退する。いかなる理由中の判断に拘束力が生じるか明確になる反面、当事者が理由中の 判断に不利に拘束されてもやむを得ないと言う事情が無い場合にまで、拘束力が認めら れてしまう危険性がある。 <信義則による拡張説> 具体的事情の下で、ある前提問題に対する判決理由中の判断につき、それがその前提問題 についての終局的判断であるとの信頼が一方の当事者に生じ、当事者間の信義の上で、他 方の当事者にそれに抵触する挙動を禁じる事が相当と認められる場合に、訴訟上の信義 則に基づいて、その理由中の判断に拘束力を認めても良いとする考え。 * 答案作成上の注意 理由中の判断に抵触する行為がいかなる意味で信義則に反するのかを吟味し、信義則 具現化の指標を明らかにして、その指標のもとでの信義則適用の要件を定めていく必 要がある。前訴勝訴当事者と、敗訴当事者に対するそれとは根拠となる指標が異なる 点に着目せよ。 矛盾挙動禁止の原則による拘束力(前訴「勝訴者」に対する拘束力) 具体化の指標:矛盾挙動禁止、禁反言 前訴において、請求を理由付けまたは理由名からしめるために、一定の事実の存在・不 存在を主張し、それが裁判所に理由ありと認められて勝訴判決を得た当事者は、それに よって一定の利益を収め、相手方に不利益を受忍させることになったのだから、後訴に 至って前言を翻し、前訴で得た利益と実体法上両立し得ない利益を二重に取得しよう とし、または前訴で得た利益に当然伴う負担を免れようとするがごときは、禁止されて しかるべきである。 したがって、前訴で勝訴した当事者は、自己の主張を理由ありとし、その結論を導く不 可欠の前提となった、前訴判決の理由中の判断に拘束され、後訴において、これと矛盾 する事実を主張する事は許されない。 しかし、前後両訴訟での主張が矛盾していても、前訴における主張が理由無しとして排 斥されていれば、矛盾挙動は禁止されない。また、前訴における主張が理由ありとされ ても、その判断が判決の結論に不可欠でなければ、拘束力は生じない。 この原則により、理由中の判断に拘束力が認められるためには、勝訴当事者の主張が前 訴で争われ、争点となったことは要しない(争点効との違い)。相手方の自白又は擬制 自白の結果であっても、ともかく当事者が自己の主張に基づいて勝訴判決を得て、一定 の利益を手中に収めた以上、前言を翻して、前訴の結果と相容れない二重の利益を得る ことは原則として許されない。 矛盾挙動者の主観的要素、前後両訴の係争利益のけん連性(対価関係か否か)、経済的 価値の大小、前訴における相手方の態度(自白・擬制自白・欠席)などを総合考慮して、 拘束力を認める事がかえって当事者間の公平に反すると言う特別の場合には、例外的 にこれを否定すべきである。 権利失効の法理の趣旨による拘束力(前訴「敗訴者」に対する拘束力) 長期にわたる権利不行使と言う先行態度に矛盾する権利行使を禁止するという意味で、 矛盾挙動禁止原則の一態様ともいえるが、矛盾挙動禁止原則は、積極的に自己の意思に 基づく作為によって作出した外観に対する相手方の信頼の保護を目的とするのに対し、 権利失効の原則は、不作為の結果生じた外観に対する相手方の信頼の保護を目的とす る点でこれと異なる。したがって、権利の失効を認めるためには、それ以前の段階で、 権利行使をなすべき規範的必要性が存していることが必要となる。権利がもはや行使 されないことについての相手方の正当な信頼の保護をその趣旨とするのであれば、確 定判決の理由中で判断された事項について、一方の当事者に既に前訴で決着がついた との正当な信頼が生じ、法の規範的要求としてその事項につき再度の応訴・弁論を強制 し得ないと認められるときは、その理由中の判断に拘束力を認め、これに抵触する攻撃 防御方法を提出し得ないとすべきである。 <権利失効の原則の適用要件> ① その判断が前訴における主要な争点についてなされたものであること。主要な争点と は、判決の結論に不可欠であるばかりでなく、正にそれを巡る両当事者の判断に対立 があるが故に訴訟物たる権利の存否につき争いが生じ、訴訟が追行されたと認められ る争点を言う。 当事者攻撃防御を尽くすことを期待、つまり規範的に要求でき、決着済みとの信頼に 客観的合理性が認められるのは主要な争点たる事項に限られる。自白や擬制自白が成 立した事項についての判断には拘束力は認められない。拘束力が認められる争点をど のレベルで捉えるかは難しい問題だが、訴訟物たる権利に関する権利根拠規定・障害 規定・滅却規定の各構成要件レベルで捉えるのが相当であろう。 ② 拘束を受ける当事者がその争点についての判断を上訴において争いうる可能性を有 していたこと(勝訴当事者の場合との相違点である。勝訴当事者にはそもそも不服= 上訴の利益が無いので、上訴可能性云々が問題にならない) 。判決に対し、上訴の利益 が認められず、上訴の可能性を有しなった当事者は、権利失効の趣旨に基づいては理 由中の判断に拘束されないと解すべきである。一部勝訴者=一部敗訴者は、自己の申 立ての一部を排斥する理由となった判断に不利に拘束を受けることになる。 無条件の給付判決を求めたのに、引換給付判決を受けた原告は、後から被告の反対債 権の存在内容を争えない。抵当権設定登記の抹消請求に対し、被担保債権残額 100 万 円の支払を条件とする条件給付判決を受けた原告は、残債務 100 万円の存否を争えな い。 ③ 前後両訴が、訴訟以前の社会関係の次元における同一紛争関係から生じたものである ことを要する。両請求の基礎が同一であり、あるいは両請求にけん連性があること、 といっても良い。 ④ 以上の要件を満たしても、当該事件の特殊事情から、ある争点につき決着済みとの合 理的信頼が成立し得ないときには拘束力を否定すべきである。 <CASE> 貸金返還請求訴訟において、被告が債務不成立を争点とせず、弁済の抗弁のみを提出し勝 訴。その後、この債権は最初から不成立であったとして弁済金等の不当利得返還請求を求 めてきたらどうか。 <既判力で封じる事はできるか?> できない。 前訴判決の既判力は、基準時に原告からの請求権がない事を確定するが、原告に「請求権 がない」ということと、被告に「不当利得返還請求権がある」ということは、倫理的に矛 盾せず、両立するからである。 「請求権が無い」のに、弁済してしまったので「返せ」、と 言えるということである。 原告が勝訴した場合には、基準時に請求権があることと、被告に不当利得返還請求権があ ることは矛盾し、原告勝訴判決の既判力は、被告からの不当利得返還請求訴訟を封じる事 ができる(請求権がある以上、弁済の事実は不当利得にならない)。 <争点効ではどうか?> 弁済の事実に関しては争点効が生じ、弁済が無かったとは争えなくなる。しかし、弁済に 関する争点効は、債権の成立・不成立に関する再審理を排除できない。債権の成立・不成 立に関しては前訴で審理されていないので争点効は生じない。 実体法的には、 「弁済が認められた」ということは、その前提として、 「債権が成立してい た」と言うことも認められたということを意味しよう。 しかし、訴訟法的には異なる。債務不成立と認定すれば直ちに請求棄却することができる し、弁済の事実が認定できればそれだけで請求棄却判決をすることができる。そして両判 決共に既判力が生じるのは、 「請求棄却」と言う点だけである。債務不成立か否か、弁済 の有無の事実は、そもそも既判力には影響しない。どちらの理由に基づく請求棄却判決も 訴訟法的には等価値であり、弁済も債務不成立も相互に独立で等価値の争点ということ になる(現に裁判所は弁済の事実が認められれば、債権の成立の有無を検討しないで請求 棄却してよいのである) 。独立した等価値の争点と言う事は、それぞれの争点効が他方に 影響することもないのである。したがって、弁済の事実に関しては争点効が生じても、債 権の成立の有無に関しては、争点効は生じないので、再訴を防止できない。 <信義則の出番> 前訴で、債務不成立をも争点にできたのにそれをせず、あえて弁済だけに争点を絞ったと いう場合には、それで勝訴しておいて後に掌を返すよう債務不成立を主張して、不当利得 返還求めるというのは多くの場合、相手方に対する信義に反した行動と言うべきである。 この後訴は、禁反言・信義則によって封ぜられると解すべきであろう。 <結論> 実は争点効は、その周辺になお、信義則が働く余地を残すのである。 4.既判力の主観的範囲(人的範囲) 原 則 拡 張 当事者(115 条 1 項 1 号) ① 訴訟担当の場合の被担当者(115 条 1 項 2 号) ② 口頭弁論終結後の承継人(115 条 1 項 3 号) ③ 請求の目的物の所持人(115 条 1 項 4 号) ④ 訴訟脱退者(48 条) ⑤ 一般第三者 (1) 相対効の原則 ア 民訴法 115 条 1 項 1 号 確定判決の既判力は、訴訟当事者間においてのみ及ぶのが原則である(相対効の原則 -115 条 1 項 1 号) 。なぜなら、①民事訴訟における判決は当事者間の紛争を解決する ためになされるものであり、当事者間を相対的に拘束すれば十分であること、②訴訟に 関与する機会を与えられなかった第三者にまで拘束力を及ぼすことは、その者の裁判 を受ける権利(憲法 32 条)を実質上奪う結果となることからである。 解説 相対効の原則をとる理由 ① 民事訴訟における判決は当事者間の紛争を解決するためになされるものであるか ら、その効果は当事者間を相対的に拘束すれば十分である(紛争解決の実効性) 。 ② 処分権主義・弁論主義の下では、自ら訴訟追行を行った訴訟当事者だけが、判決 の既判力に拘束されるべきであり、その訴訟に関与する機会を与えられなかった第 三者にまで拘束力を及ぼすことは、その者の裁判を受ける権利(憲法 32 条)を実質 上奪う結果となる(手続保障の観点)。 イ 既判力を拡張する理論 既判力は、当事者にのみ及ぶのが原則である(115 条 1 項 1 号)。もっとも、例外的 に、紛争を実効的に解決するため、訴訟当事者以外の第三者に対しても既判力を及ぼす ことが必要となる場合がある。その場合には、既判力の拡張を受ける第三者の裁判を受 ける権利(憲法 32 条)を実質上奪う結果にならないかを検討しなければならない。し たがって、①紛争解決の実効性があり、かつ、②既判力の拡張を受ける第三者の手続保 障ないし代替的手続保障が確保されている場合には、訴訟当事者以外の第三者に対し ても既判力を及ぼすことが可能であると解すべきである。 解説 既判力の拡張論 最近の有力説(新堂など)は、判決効の正当化根拠として手続保障の観点を取り入れる ことから、①紛争解決の実効性(法的安定性)のみならず、②手続保障ないし代替的手続 保障が確保されている場合には既判力が拡張されるとする。なお、既判力を拡張するため に、代替的手続保障で足りるのか、具体的手続保障が必要なのかは、なお議論がある。 (2) 訴訟担当の場合の被担当者 ア 民訴法 115 条 1 項 2 号 第三者の訴訟担当とは、第三者が、実体法上の利益の帰属主体(被担当者)に代わり 当事者適格を認められる場合をいう。訴訟担当した第三者が受けた判決の既判力は、被 担当者にも及ぶ(115 条 1 項 2 号) 。なぜなら、既判力が拡張されなければ、訴訟担当 を認めた意義がなくなるからである。この場合の被担当者の手続保障は、訴訟担当者に よる訴訟追行により代替的に保障されているといえるし、また訴訟担当者と相手方と の訴訟に参加する途を設けることによって図られているといえる。 イ 対抗型の訴訟担当 例えば、債権者代位訴訟において訴訟担当者たる債権者に対する判決の効力は、被担 当者たる債務者に及ぶかが問題となる。
© Copyright 2024 Paperzz