日本語版

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第 17 章オンライン補遺 A:
IS − LM モデルと DD − AA モ
デル
この補遺では、17 章で示した DD − AA モデルと、国際マクロ経済学の問題に答える
ためによく使われる別のモデル、IS − LM モデルとの関係を検討する。IS − LM モデ
ルは実質国内金利が総需要に影響を与えられるようにすることで、DD − AA モデルを一
般化したものだ。
IS − LM モデルの分析で通常使われるグラフは、産出が横軸で縦軸は名目金利だ。そ
れに対してここでは、産出は横軸でも、縦軸は名目為替レートになっている。DD − AA
グラフと同じく、IS − LM 図は経済の短期均衡を、IS と LM という二つのちがった市
場均衡曲線の交点により決める。IS 曲線は、産出と外国為替市場が均衡するような、名
目金利と産出水準の組み合わせをたどったグラフだ。LM 曲線は、貨幣市場が均衡になっ
ている点を示す*3
IS − LM モデルは、投資と、一部の消費者購入 (たとえば自動車など耐久財の購入) は
期待実質金利と負の相関を持っていると考える。期待実質金利が低ければ、企業は借金を
して投資計画を実行すると儲かる (本書の合本版と、
『貿易編』の第 6 章の補遺は、投資と
実質金利との関係を示すモデルを提示している)。期待実質金利が低いと、代替資産を抱
えるよりも在庫を抱えるほうが儲かることになる。この両方の理由から、期待実質金利が
下がれば投資は増えると期待される。同様に、実質金利が低ければ、消費者は借金が安上
がりだし貯蓄は魅力がないと思うので、実質金利が下がると金利に反応する消費者の購買
も増える。でも本書の合本版 17 章 (『金融編』第 6 章) の補遺 1 が示したように、金利に
対する消費の反応は、理論的に見ても実証的なデータを見ても、投資の反応よりは鈍い。
だから IS − LM モデルでは、総需要は実質為替レート、可処分所得、実質金利の関数
として書かれる。
D(EP ∗ /P, Y −T, R−π e ) = C(Y −T, R−π e )+I(R−π e )+G+CA(EP ∗ /P, Y −T, R−π e )
*3 閉鎖経済の文脈で IS − LM モデルを元々提案したのは J. R. Hicks, “Mr. Keynes and the ‘Classics’:
A Suggested Interpretation,” Econometrica 5 (April 1937), pp. 147-159 だ (邦訳ヒックス「ケインズ氏
と『古典派』たち」、ケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』
(講談社学術文庫) 所収)
。ヒックス論説は、今日
でも楽しくて示唆的な読み物になっている。IS という名前は、閉鎖経済では産出市場が均衡するのは投資 (I)
と貯蓄 (S) が等しいときだという事実からくる (ただし開放経済では必ずしもこうはならない! )。LM 曲線
側では、実質貨幣需要 (L) が実質貨幣供給(我々の表記だと M s /P ) と等しくなる。このモデルの開放経済版
では、簡略化のために期待については E = E e と想定していて、マンデル=フレミング・モデルと呼ばれる。コ
ロンビア大学の経済学者ロバート・マンデルは、1999 年にこのモデルの研究によりノーベル賞を受賞した。
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第 17 章オンライン補遺 A:IS − LM モデルと DD − AA モデル
こ こ で π e は 期 待 イ ン フ レ 率 で、R − π e は つ ま り 期 待 実 質 金 利 に な る。 モ デ ル は
P, P ∗ , G, T, R∗ , E e がすべて所与と想定する (表記を単純化するため、総需要関数 D
に G は含めなかった)。
総需要が総産出と等しくなるというのは、つまり以下が満たされることだ:
Y = D(EP ∗ /P, Y − T, R − π e )
これを満たすような、R と Y の組あわせを描いた IS 曲線を見つけるには、まずこの産出
市場均衡条件を書き換えて、E に依存しないようにする必要がある。
これを E について解くには、金利平価条件 R = R∗ + (E e − E)/E を使おう。これを
E について解くと、結果は
E = E e /(1 + R − R∗ )
この式を総需要関数に代入すると、産出市場均衡の条件が次のように書けることがわ
かる。
Y = D[E e P ∗ /P (1 + R − R∗ ), Y − T, R − π e ]
産出の変化が財市場の均衡にどう影響するかについて完全な理解を得るには、経済のイ
ンフレ率が実際の産出 Y と「完全雇用」産出 Y f とのギャップと正の相関を持つことを
思だそう。だから π e を、そのギャップの増加関数としてかける:
π e = π e (Y − Y f )
この期待についての想定の下では、財市場は以下の条件のときに均衡となる。
Y = D[E e P ∗ /P (1 + R − R∗ ), Y − T, R − π e (Y − Y f )]
この条件は、名目金利 R が下がると総需要が二つの経路で上がることを示している。 (1)
期待将来為替レートが所与なら、R が下がると国内通貨は減価して、経常収支が改善す
る。 (2) 期待インフレが所与なので、R が下がると消費と投資支出が直接刺激されて、そ
れが部分的にだけ輸入品に向かう。この経路のうち二番目――金利が支出に与える影響
――だけが閉鎖経済の IS − LM モデルでは見られる。
IS を導くには、こうした金利低下に対して、産出市場均衡を維持するには産出がどれ
だけ下がる必要があるかを考えればいい。R 低下は総需要をひい上げるから、産出市場が
R の低下で均衡を維持するには Y が上がるしかない。だから IS 曲線は、図 1 のように
右肩下がりとなる。IS と DD 曲線はどっちも産出市場均衡を示すけれど、IS は右肩下
がりで DD は右肩上がりだ。この差が出る理由は、期待将来為替レートが所与の場合、金
利と為替レートは金利平価条件により反比例しているからだ*4 。
LM (つまり貨幣市場均衡) 曲線を導くのはずっと簡単だ。貨幣市場の均衡は M s /P =
L(R, Y ) のときに成り立つ。金利が上がると貨幣需要が減るので、これは所与の産出市場
*4 IS の傾きがマイナスだと結論するにあたり、我々は産出上昇が R 下落により生じた産出への過剰需要を
減らすのだと論じた。この過剰需要の減少が起こるのは、産出の増加により消費需要がふえる一方で、その上昇
分は産出の増加分より少ないからだ。でもたとえば、産出上昇はまた期待インフレも引き上げるから、これが需
要を刺激することにも留意しよう。だから産出市場での需要をなくすのは、産出の低下であって上昇ではないこ
とも考えられる。ここでは、この倒錯した可能性(これだと IS 曲線は右肩上がりとなる) は生じないものと想
定する。
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均衡は点 1、つまり産出市場と資産市場が同時にクリアする点だ。
図 1 IS − LM モデルの短期均衡
貨幣供給の一時的な増加は LM 曲線だけを右にシフトさせるけれど、恒久的な増加は IS
と LM の両方をその方向にシフトさせる。
図 2 IS − LM モデルでの貨幣供給の永続的な増加と一時的な増加の影響
について、過剰な貨幣供給をもたらす。だから R の上昇後に貨幣市場の均衡を維持する
には、Y もまた上昇しなければならない (産出がふえるとお金の取引需要が刺激されるか
らだ)。だから LM 曲線は、図 1 のように右肩上がりの傾きを持つ。IS と LM の交点 1
は、産出 Y 1 と名目金利 R1 の短期均衡値を決める。すると今度は均衡金利が、金利平価
条件を通じて短期均衡為替レートを決める。
IS − LM モデルは、金融政策や財政政策の影響分析に使える。たとえば貨幣供給の一
時的な増加は、LM を右にシフトさせ、金利を引き下げて産出を拡大させる。でも貨幣供
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第 17 章オンライン補遺 A:IS − LM モデルと DD − AA モデル
一時的な財政拡大は産出にプラスの影響を与えるけれど、恒久的な財政拡大だとそうはな
らない。
図 3 IS − LM モデルでの永続的な財政拡大と一時的な財政拡大の影響
給の 恒久的な 増加は、LM を右シフトさせるけれど、IS も右シフトさせる。なぜかとい
うと、開放経済では IS 曲線は E e に影響されるからで、これがいまや上昇するからだ。
図 2 の右側はこうしたシフトを示す。貨幣供給の恒久的な増加に伴う新しい短期均衡 (点
2) では、産出と金利は同じ額の一時的増加に伴う短期均衡 (点 3) よりも高い。名目金利
は、点 2 のほうが点 1 より高いことさえあり得る。この可能性は、本書の合本版第 16 章
(
『金融編』第 5 章) のフィッシャー期待インフレ効果が、金融拡大後に名目金利を押し上
げる別の例を示してくれる。
図 2 の左側は、金融的変化が為替レートにどう影響するかを示す。これはいつもの外国
為替以上均衡の図だけれど、縦軸に沿って左右に反転させた。だから横軸に沿って左に向
かう方が E の増加 (つまり自国通貨の減価) となる。貨幣供給の高級増大に伴う金利 R2
は、外国為替市場の均衡が点 20 になることを示唆する。なぜかというと、それに伴う E e
の上昇が、外国預金に対する自国通貨建て期待収益率を示す曲線をシフトさせるからだ。
この曲線は、貨幣供給の増大が一時的ならシフトしないから、この場合に生じる均衡金利
R3 は、外国為替均衡を点 30 でもたらすことになる。
財政政策を分析したのが図 3 だ。ここでは出発点が長期均衡だとしている。たとえば政
府支出の一時的な増大は、IS 1 を右にシフトさせるけれど、LM には何も影響がない。点
2 の新しい短期均衡は、産出増大と名目金利上昇を示しているし、外国為替市場均衡は点
20 で、一時的な通貨増価を示す。政府支出の恒久的な増加は、長期均衡為替レートの低下
を引き起こし、結果として E e は下がる。だから IS 曲線は、一時的な政策の場合ほど外
側にシフトしない。というか、まったくシフトしない: DD − AA モデルの場合と同じく、
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永続的な財政拡大は、産出にも自国金利にもまったく影響を与えない。なぜ恒久的な財政
政策による動きが一過性の政策よりも弱いかといえば、その理由は図の左手 (点 30 ) を見
るとわかる。それに伴って生じる為替レート期待の変化が、ずっと急激な通貨増価を引き
起こし、それが準輸出への影響を通じて、総需要の完全な「クラウディングアウト」を引
き起こすわけだ*5 。
*5 IS − LM モデルと DD − AA モデルとのちがいの一つは、IS − LM モデルでは金融拡大が実質金利を
引き下げることで国内支出を後押しするため、(J カーブ効果がないときですら)経常収支の悪化を引き起こせ
るということだ。関心ある生徒は、本書の合本版第 17 章(『金融編』第 6 章) で論じた XX 曲線の IS − LM
版を導いてみてほしい。