Pink

 キャンバスのらくがき☆PINK キャンバスのらくがき☆PINK 森野かのん
ここに、 一匹のブタがいます。 正確には、 ブタさんのぬいぐるみです。
ピンク色の体が微妙に紅潮して、 何かとても言いたげなので、 しばしの
間、 お耳を傾けてやってくれませんか。
<黄 昏 の 嘘>
よっちゃんは、 ほんまにしょうもない。 ワテの飼い主ゆうか、 持ち主なんやけど、
もう30歳にもなろうかとゆうのに、 ほんまにしょうもないやっちゃで。
いたい。 いたいがな~もう、 やつあたりせんといてほしいわ。 んぎゃ~目が回る~
しっぽ持って振り回さんといて~。 ・ ・ ・ はー、 死ぬかと思った。 あ、 泣き出し
た。 こりゃまずいわ。 始まるで、 始まるで、 よっちゃんの独り芝居。
「こほん。 あの、 美子さん、 突然なんですけど今晩、 いやあの、 コンサートのチケッ
トもらったんで、 よかったら ・ ・ 。」 これは、 よっちゃんの会社の同僚、 2歳年
下の佐々木のセリフや。 当然こういうとき、 よっちゃんは澄ました顔で聞く。 「コン
サート?誰の?」 「あ、 え~と、 これは、 ・ ・ 」 「サラ ・ ブライトマン!外人の
名前くらい、 さらーっと読みなさいよ、 さらっと。」 「 ・ ・ おもしろいっすね。」
「何が。」 「今の。」 「 ・ ・ ・ 私は誰かの代役ってわけ?」 「代役?」 「そうで
しょ、 何で今日の今日なのよ。」 「いやそれは、 今日僕も突然」 「私だってね、 こ
う見えて忙しいの。 いろいろと。」 「はあ。」 「せめて、 1週間前には言ってくれ
なきゃ、 こっちにも都合ってもんがあるでしょが。」
・ ・ ・ これは、 明らかに嘘やった。 予定なんて全然あらへんくせに。
「 ・ ・ ・ わかりました。」 「あったりまえでしょ。」
<後 悔 の 嵐>
<後 悔 の 嵐>
「なんで、 わかりました、 なのよ。 予定を変更して僕とコンサートに行ってくださ
い、 くらいのセリフ、 なんで言えないの!それに、 それに、 ・ ・ ・ 」 あかん。 来
た。 2度目の激高や。 いたたたた。 は~なんで、 ワテにはこういう時、 逃げる自由
がないんやろ。 「帰りのエレベーターでまた会ったら、 秘書課の子と一緒なのよ。 そ
りゃ、 どうせ私は年増で、 かわいくないし口は悪いし色気はないし、 あ~もう!!」
あほやな。 もう少しだけ素直になったら、 けっこうええ女やと思うんやけど。
よっちゃんは、 自分のこと、 嫌いなんや。 でも前に佐々木は、 よっちゃんにこう言っ
たことがある。 「美子さんはクールに見えるけど、 本当はあったかい人ですよね。」
「 ・ ・ どういうこと。」 「この間、 僕が課長にこっぴどく叱られたとき、 フォロー
してくれたじゃないですか。」 「あれは ・ ・ 。」 「あの時思ったんですよね。 この
人は他人をよく観察してるな、 って。」 「観察ってあさがおじゃあるまいし。」 「女
の子たちも、 言ってましたよ。 美子さんと話すと元気になるって。 なんていうか人の
絶対いいところを信じているというか ・ ・ 。」 この時、 まっすぐ佐々木に見つめられて、
よっちゃんはごまかし笑いしながら、 ダッシュして逃げた。 走りながら、 「そんな人間じゃないっ
てことぐらい、 自分が一番よくわかってるわよ。」 と、 ブツブツつぶやいていた。
<噂 の 水 た ま り>
<噂 の 水 た ま り>
ある日の午後、 よっちゃんは、 給湯室でショッキングな噂を耳にした。 春の人事
ある日の午後、
異動で、 佐々木がロサンゼルス支店に配属されるらしい。 何食わぬ顔をしてお湯を入
れるが、 ポットから溢れた褐色の液体で、 流しの上は水たまり状態やった。 「佐々木
君、 年貢のおさめどきなんじゃない?」 後輩が、 秘書課の例の女の子に声高に話しか
けた。 とうとう、 コーヒーは、 よっちゃんの制服のスカートまで濡らした。
その夜、 よっちゃんは、 いつものようにワテを羽交い締めして、 目を真っ赤にしなが
ら、 買ってきたCDを聞いていた。 コンサートに行き損ねたサラ ・ ブライトマンの歌
が、 肌寒い部屋にがらんと響いた。
<空 の 花 束>
<空 の 花 束>
一日の仕事を終え、 ビルの向かいの喫茶店で、 よっちゃんは待ち続けた。 やがて現
れた人影を確かめて、 早足で追いかけた。 何をどうしたらいいのか、 ゆうべから考え
ていたが、 全く何もわからない。 でも、 何もしない自分よりも、 何かをする自分を
選ばないと、 もっと自分のことが嫌いになりそうだった。 地下鉄の入口手前で、 よう
やくあいつに追いついた。 佐々木は驚いた顔で、 よっちゃんを見つめた。 とたんに、
よっちゃんはうつむいて、 超倍速の早口でまくしたてた。 精一杯の言葉やった。
「この間コンサートに誘ってくれたのに断ってごめんなさい。去年のスキー旅行の時、
「この間コンサートに誘ってくれたのに断ってごめんなさい。
去年のスキー旅行の時、
車に乗せなくてごめんなさい。リフトで隣になったけど寝たふりしててごめんなさい。
車に乗せなくてごめんなさい。
リフトで隣になったけど寝たふりしててごめんなさい。
いつもタカピーな私でごめんなさい。 ロス支店がんばってね、 良かった、 ほんとに、
なんていうか、 佐々木君に会えて ・ ・ ありがとう。」 一息に言って、 そっと佐々木
の顔を見上げた。 あいつはうろたえた様子で、 耳からヘッドフォンをはずした。
「ごめん ・ ・ ・ 今、 なんて言ったの?」 よっちゃんは、 首まで見事に赤く染めて、
あほ、 とつぶやいた。 二人の間の沈黙を、 帰り道を急ぐ人々の雑踏が塞いでいく。 「 ・ ・ ・ 聞きますか?」 佐々木が差し出したヘッドフォンの片方を耳にして、 よっ
ちゃんは、 笑いたいような泣きたいような、 妙な気分だった。 耳の奥に 「タイム ・
トゥ ・ セイ ・ グッバイ」 と歌うサラの声が、 言い聞かせるように何度もこだました。
その時突然、 佐々木が話しかけた。
「ほら。」 指先の向こうに、 夕暮れの空があった。
「地球が傾いてて良かったなあ、 って思うんですよね。 この瞬間。」
空は、 去りゆく太陽に向かって、 薄紅の花束を差し出すように、 広がっていた。
やがて、 歌のクライマックスと共に、 花のような数瞬は消え、 闇が街を包んだ。
「さよならを言わなきゃ。 ・ ・ 太陽と、 嫌いだった私に。」
よっちゃんは、 この歌と今日の空を、 きっときっと忘れないだろう、 と思った。
そして、 ちょっとだけ自分のことを好きになってあげようと思った。
その日の夜。 日付が変わる寸前の23時59分
日付が変わる寸前の23時59分、
、 携帯電話が鳴った。
よっちゃんは、 ワテをまた羽交い締めにして、 涙にくれた。
・ ・ ・ ロサンゼルスの新居には、 ワテも連れてってくれるやろか?
ワテも連れてってくれるやろか? ☆
☆FIN☆