法人税と確定決算主義

わが国の租税法の基礎と税理士の役割
(日本税理士会連合会寄附講座)
法人税と確定決算主義
~会計と法人税の関係は?~
日本税理士会連合会
会計参与普及推進特別委員会
副委員長 加藤武人
確定決算主義の意義①
確定決算主義とは、企業会計を基礎にして課
税所得を計算
具体的には、一般に公正妥当と認められる会
計処理の基準で計算され、かつ株主総会等の
承認を得て確定した決算の利益を基礎とし、
法人税法の別段の定めによる一定の申告調整
を行い、課税所得を計算することをいう
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確定決算主義の意義②
これは、法人税の課税所得の計算においては、
その期に企業が獲得した利益の額を基礎とす
るという基本的な考え方に加えて、減価償却
費や引当金の繰入などの企業の内部取引につ
いて恣意性を排除する必要があることなどか
ら採られたものである
一般に公正妥当な会計処理の基準
1967年(昭和42年)度の税制改正で「法人税
法第22条第4項」が挿入された。その基礎となった
のは、1966年(昭和41年)に税制調査会が公
表した「税制簡素化についての中間報告」である。
この報告では、法人所得の計算が原則として企業利
益の算定の技術である企業会計に準拠して行われる
べきこと、すなわち、企業会計準拠主義を示してい
る。
したがって、法人の利益と法人の所得が共通の観念
であるため、法人税法では二重の手間を避けること
で簡素化されたことにつながった。
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課税所得算定と公正処理基準①
法人の各事業年度における所得の金額は、当
該事業年度の益金の額から当該事業年度の損
金の額を控除した金額である。
そして、当該事業年度の益金の額に算入すべ
き金額は、別段の定めがあるものを除き、資
産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又
は役務と提供、無償による資産の譲受けその
他の取引で資本等取引以外のものに係る当該
事業年度の収益の額となる。
課税所得算定と公正処理基準②
また、当該事業年度の損金の額に算入すべき
金額は、別段の定めがあるものを除き、当該
事業年度のすべての原価、費用、損失の額と
する。
税法における課税所得は、企業会計に準拠す
るものであり、収益、費用、損失といったも
のの解釈を企業会計原則に委ねていた。
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会計の三重構造①
企業会計、税務会計、会社法会計の関係について
会社法第431条では、「株式会社の会計は、一
般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従う
もの」とし、同じく、会社計算規則第3条では
「この省令の用語の解釈及び規定の適用に関して
は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準
その他の企業会計の慣行をしん酌しなければなら
ない。」とされている。
会計の三重構造②
法人税法第74条第1項では確定申告については
「確定した決算」に基づき行うべき旨を規定して
いる
つまり、我が国の法人税法は、企業所得の計算に
ついてはまず基底に企業会計があり、その企業会
計を準拠・尊重した上で会社法の計算規定があり、
さらに会社法における確定した決算を基礎とした
上で税務会計がある。
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公正処理基準
公正処理基準は、従来の企業会計審議会が定めてき
た会計原則、注解等やASBJが定める基準・指針
のみならず、中小企業の会計に関する指針など確立
した会計慣行を広く解釈するものとされる。
我が国を含めて各国において自国の企業会計を国際
会計基準に準拠させる動き(コンバージェンス)が
加速しつつあるなかで、我が国においてもIFRS
(国際財務報告基準)が一定の範囲内で一定の条件
のもとに公正処理基準を構成する一部となっていく
可能性があるということである。
確定決算主義は中小企業の経営力アップ①
我が国の法人税申告法人は264万社あり、そ
のうち99%がいわゆる中小企業である。東当該
中小企業は一般的に帳簿作成や決算・申告に大
きな労力をかけることができない現実がある。
仮に会計上の利益と課税所得金額がリンクしな
くなり確定決算主義が放棄された場合、企業会
計と税務会計とで別々の会計データを作成する
必要があり、事務負担の増大や負担感が増大す
る。
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確定決算主義は中小企業の経営力アップ②
中小企業では実態として主に法人税法で定める
処理を意識した会計処理が行われている場合が
多い。
日本国内の会計基準と法人税法に基づく課税所
得の計算方法との乖離が進展し、確定決算主義
の維持が困難な状況になると中小企業に多大な
負担が生ずることとなる。
特に中小企業においては確定決算主義を基本と
した現行制度の継続が現実的であると言える。
参考1: 「中小企業の会計」(「研究会報告書」)の会計的特徴
会計行為
入口
プロセス
出口
要 請
記 帳
確定決算主義
限定された
ディスクロージャー
・ 中小企業経営者に会計 ・ コスト・効果的なアプ ・ ディスクロージャーの
受け手を限定
記録の重要性(自己管
ローチによる中小企業
の負担軽減を狙い
理責任)を認識させる
とともに,不正発生を
事前に防止する狙い
内 容
・ 記帳要件:
(a) 「整然かつ明瞭
に」(秩序性と明瞭
性)
(b) 「正確かつ網羅的
に」(正確性と網羅
性)
(c) 「適時に」(適時
性)
(a) 課税当局にとっては, ・ 大企業と中小企業にお
課税所得が不当に減少
けるディスクロー
する事態を防ぐことで
ジャーの相違
(a) 大企業の情報開
きること
(b) 中小企業にとっては,
示:会社の財産およ
作成する計算書類が一
び損益の状況を投資
情報として開示
つで済むこと
(b) 中小企業の情報開
示:債権者,取引先
にとって有用な情報
を提供
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参考2:
会計行為と理論構成の2類型
意思決定
有用性
機能論的思考(IFRSのアプローチ)
写像(測定)
コミュニケーション
(伝達)
事実関係
会計システム
数関係
情報の受け手
経済事象
(会計事実)
会計処理の
原則・手続
会計情報
(計算書類)
利害関係者
入口
帳
認識対象
プロセス
機械論的思考
簿
会計事実の2類型
意
味
具体例
(a) 即事実的会計事実
・ 何らかの客観的な外部証拠に即して,
当該事実が会計的認識・測定の対象とな
るもの
・ 棚卸資産の仕入・販売の
事実
(b) 超事実的会計事実
・ 人為的に何らかの制度枠(認識・測定
の枠組み)を設定することにより,はじ
めて当該事実が会計的認識・測定の対象
となるもの
・ 減価償却
・ 引当金
会計事実
参考3:
出口
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会計制度改革モデル
上場企業
社会的説明責任のある大規模企業
トップダウン・アプローチ
「完全版IFRS」
簡
素
化
中規模企業(あるいは会計参与設置会
社)
「中小企業会計指針」
小規模企業
積
み
上
げ
ボトムアップ・アプローチ
「中小企業会計要領」
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参考4:
会計制度改革モデルの特徴
① 「連・単分離」と「確定決算主義」を前提とする。
② 上場企業および社会的説明責任(public accountability)のある大企業の「連結財務諸
表」には,「完全版IFRS」を適用する。
③ 中規模企業(あるいは会計参与設置会社)には,「中小企業会計指針」を適用する。
④ 小規模企業には,「中小企業の会計に関する基本要領」・「税法基準」を適用し,その
信頼性を担保するため,「書面添付制度」の積極的な推進を図る。
* 「書面添付制度」:税理士が税理士法(33条の2)に規定する「計算事項」等を記
載した書面を申告書に添付して提出した場合,税務調査にあたり書面の記載事項に
ついて,税理士に対して意見を述べる機会を与える制度をいい,申告書の基礎とな
る会計帳簿・計算書類の信頼性を担保する役割が期待されている。
⑤ この会計制度モデルは,「中小企業の会計」に対する方法論について,従来の「大規模
企業向け会計基準」の簡素化(トップダウン・アプローチ)から,「中小企業の属性に
即した会計基準」からの積み上げ(ボトムアップ・アプローチ)への転換を意味する。
参考1~4は、甲南大学会計大学院院長 河﨑照行教授2010年3月12日講演資料を引用
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