「~テアル」文の構造及び意味用法

「~テアル」文の構造及び意味用法
李
京保(イ
キョンボ)
1.はじめに
本稿は、「~テアル」を文末の述語とする文(以下、「~テアル」文と呼ぶ)を対象とし、
文の構造およびその意味用法をめぐって考察するものである。従来の研究では、構文的な
特徴に基づいて「~テアル」を述語とする文が二分できるという見解が多い。そして、そ
れらの研究では、その二種の構造・意味上の相違点を解明するところに関心が寄せられて
きた。二種の「~テアル」文を最初に指摘したのは、森田(1971)である。
①「ガ
~てある」:(例)戸がしめてある(森田 1971、p.176 より)
②「ヲ
~てある」:(例)もう仕事は頼んであるよ(森田 1971、p.180 より)
森田(1971)の考えはその後の研究(堀口 1977、益岡 1987、杉村 1995、杉村 1996、鈴
木 2002 など)に受け継がれていく。森田(1971)から鈴木(2002)までに共通する見解と
して、構文的特徴に基づき、
「~テアル」を述語とする文には次のような二種の構文がある
とされてきた。次のⅠとⅡは森田(1971)の①②に該当するものである。
Ⅰ【(対象)が
~テアル】
Ⅱ【(動作主体)が
(対象)を
~テアル】
しかし、これらの研究で取り出された二種類の文のタイプが、現実の言語使用を適切に
捉えているのかという点については、必ずしも明らかにされているとは思われない。Ⅱタ
イプの文の場合、主語は通常ガ格をとって現れる例はないと思われる。諸論考で挙げられ
ているこのタイプの例文でも、それが文中に現れる場合では、主題化して現れている。金
水(2000)はⅡタイプの文における「人」を「経験主」とする新しい見解を述べている。
さて、以上で紹介した研究において共通して見られる問題点として、次のようなことが
ある。まず、先行研究では、類型化した文それぞれについて、主に典型的な用例のみを取
り上げ、分析記述しており、周辺的な文についてはほとんど言及していない。
また、二種の文を構成している要素について十分な考察がなされていない 1 。それは同時
に、文の構造を明らかにしていないことになる。主語の捉え方の問題をはじめ、述語の位
置に現れる、「テアル」を下接する動詞のカテゴリカルな意味について、まだ考察の余地が
1
アスペクト研究の中でも、「~テアル」が論じられているが、そこでは「~テアル」の表す意味の面に
重点をおき、形式的な構造的特徴についての言及は不十分である。例えば、工藤(1989、107)は、<
結果持続>は意志的客体変化動詞から、<パーフェクト>は意志的動詞からなると述べていて、「~テ
アル」文の構造を構成している要素のうち、述語の動詞についてしか言及していない(このような問
題は、「~テアル」に限るものではなく、「~テイル」につながる問題である)。しかも、<パーフェク
ト>の意味を実現する「~テアル」については、動詞の規定が広すぎる。
1
あると思われる 2 。
次に、「~テアル」文には二種の構造が認められるという見解だが、果たして二種の構
造で「~テアル」文をすべて包括できるのだろうか。益岡(1987)は森田(1971)の二分
類に相当するA型とB型の二種類を取り出し、それぞれをさらに二つに細分している。
◆A型:或る対象の、視覚でとらえられる状態の存続を、その状態をもたらしたと考えら
れる行為に結びつけて記述するタイプの文(p.221 より)
・A1 型:行為の結果もたらされる、対象の或る場所での存在を描写するタイプの表現(p.221)
例)盆栽が幾鉢かならべてあった。(松本清張「張り込み」―p.221 より)
・A2 型:或る行為の結果もたらされる、対象の何らかの状態が、視覚可能な形で存続している
ことを描写するタイプの表現(p.223 より)
例)新聞紙の半分ぐらいをさらに四つに切ったくらいの切り抜きが折ってあった。
(松本清
張「地方紙を買う人」―p.221 より)
◆B型:動作主が引き起こした行為の結果もたらされる事態が、何らかの意味で基準時に関与
する。(p.225 より)
・B1 型:行為の結果もたらされる事態が、基準時において引き続き存在しているという、「結
果の事態の存続」の意味が表される(p.226 より)
例)業行は自分が写した経巻類をまだ相当量各地の寺々に預けてあり…(井上靖「天平の甍」
―p.224 より)
・B2 型:単に、行為の結果が基準時(及び、それ以降)において何らかの有効性を示す、とい
う意味での結果相を表す(p.226)
例)もちろん、天王山にむけてそれぞれの調整を指示してあります。(報知新聞 1983.7.24
―p.225 より)
益岡(1987)では「(場所)に
(物)が
~テアル」構造で表される文(例:「机の上
に本が置いてある」)をA1 型として取り上げてはいるが、それはA型の下位分類とし、A2
型と一緒にまとめられている。つまり、以上で紹介した研究では、「(場所)に
(物)が
~テアル」構文が特立されることはなかったように思われる。
そして、類型化した「~テアル」文間の相関関係について十分な説明がなされていない。
以上従来の研究での問題点をふまえた上で、本稿では、「~テアル」を述語とする文(以
下、「~テアル」文と呼ぶ)の構造を取りだし、その構造を構成している要素について詳細
に分析記述する。それは要素と構造の関係を明らかにすることとなる 3 。そうすることによ
って、構造という形式と意味の相関関係もより明確になると思われる。本稿では、「~テア
2カテゴリカルな意味は、奥田(1984a、p.162)に従って、文法的なむすびつきと関わりとの中における、
語彙的な意味の一般化と規定する。
3
要素と構造の関係は、奥田(1967、1968~1972、1983 、1984a、1984b)で学んだものである。
2
ル」文を形式的な構文特徴に基づきながら、意味用法の面からの検討も加え、「~テアル」
文全体の実態記述を試みる。さらには、各文の用法間の関連性についても追究する。
ここに、本稿で分類した三種の「~テアル」文をあらかじめ示しておく。出現度数、
(全
用例数 1440 例 4 に対する)割合、及びそれに該当する典型的な実例も示す。三種の文は、
その意味用法から、<存在様態文>、<結果状態文>、<行為経験所有文>と名づけた。
〔Ⅰ〕存在様態文:【[場所]に
[物]が
物の位置変化 Vt-テアル】(963 例、66.9%)
例:机の上に白い封筒が置いてある。(石川達三、幸福の限界)
〔Ⅱ〕結果状態文:【[物]が
物の状態変化 Vt-テアル】(108 例、7.5%)
例:きれいに爪が切ってあった。(新田次郎、孤高の人)
〔Ⅲ〕行為経験所有文:【[人]は
{……}
変化 Vt-テアル】(221 例、15.3%)
例:下着、日用品、本などは郵送して欲しい、と行助はあらかじめ母に言ってあっ
た。(立原正秋、冬の旅)
〔Ⅳ〕その他(148 例、10.3%)
三種の違いは、形式的な構文的特徴である。構造を規定する決め手となるものは、何よ
りもまず述語の「テアル」を下接する動詞のカテゴリカルな意味である。そして、その動
詞のカテゴリカルな意味の抽象化によって、他の文との間に相互関係が窺える。
なお、本稿での三種の文は、益岡(1987)の分類と対照してみると、おおよそ存在様態
文は A 型の下位分類のA1 型、結果状態文はA2 型、行為経験所有文はB型(B1 型とB2 型)
に該当するものである。すなわち、益岡(1987)が二種四類として二段階のレベルに分け
ているものを、本稿では、同一レベルの三種に分けるということである。
以下では、上の三種の文を順をおって、それぞれの構造を構成している要素をめぐって
詳細に分析記述し、その後に文の構造及びその意味用法を明らかにする。また、
〔Ⅰ〕~〔Ⅲ〕
の構造をもたない用例〔Ⅳ〕についても、位置づけを試みる。
2.
存在様態文(963 例)
「~テアル」文には、【[N]に
[N]が
V-テアル】構造で表される文がある。
(1)ベンチの横の地面に、矩形のトランクが置いてある。(吉行淳之介、砂の上の植物群)
(2)暗い床の間に切り口の白い本が少し積み重ねてある。(林芙美子、放浪記)
2.1
「~テアル」を下接する動詞
4データは手作業による
40 作品と電子化資料(「CD‐ROM 版
新潮文庫の 100 冊」)の 54 作品、計 94 作品
から全例採集したものである。作品のジャンルは小説、随筆、評論のいずれかであるが、詳細は紙幅
の関係で省略する。
3
この種の文において「~テアル」を下接する動詞の種類とその出現度数を表1)に示す 5 。
表1)存在様態文において「~テアル」を下接する動詞の種類及びその出現度数
≪設置・付着≫(置く、入れる、活ける、敷く、植える、重ねる…)
≪書記≫(書く、描く、記す、書き記す、記入する、記載する…)
≪つくりだしⅱ≫ 6 (つくる、建てる、[窓口を]切る、しつらえる…)
554
378
31
963
表 1)から分かるように、この種の構文において「テアル」を下接する動詞は≪設置・付
着≫、≪書記≫、≪つくりだしⅱ≫の動詞に分類されるが、いずれも対象である物の位置を
変化させることを表す動詞である。これらの三類の動詞を合わせて本稿では≪物の位置変
化他動詞≫と呼ぶことにする。なお、≪書記≫、≪つくりだしⅱ≫の二種類の動詞は、無か
ら有へとつくりだされた物を、ある所に設置もしくは付着させるといった意味で物の位置
変化他動詞の枠の中に入れられる。
奥田(1983、p.284)「に格の名詞と動詞のくみあわせ」には、くっつけ動詞や移動動詞
が状態態のかたち(つく→ついている)をとると、存在動詞の資格をもってくるという指
摘がある。奥田でいう「くっつけ動詞」は、本稿でいう≪設置・付着≫の他動詞に対応す
る自動詞が含まれているが、≪設置・付着≫の他動詞が「テアル」を下接する場合でも同
じことがいえるだろう。それは、「テアル」形式が既に明らかになったように、「テイル」
と類似的なアスペクト的意味を表していることから、首肯できる現象である。このことか
ら、物の位置変化他動詞のカテゴリカルな意味が、この種の文の構造(【[N]に
[N]が
V-
テアル】)をとらせているといえるだろう。つまり、要素が構造を規定しているのである。
2.2
ガ格の名詞
ガ格で示される名詞は、述語の動詞に対して存在対象物を表す。ガ格の名詞のほとんど
は、(3) (4)のように、視覚で捉えられる有形物である。
(3)彼の机の上に細長い書留の小包が置いてあった。(石川達三、青春の蹉跌)
(4)「書院に、詰所がつくってあります。
~略~
」(水上勉、雁の寺―雁の寺・越前
竹人形)
中には、「封筒に先生の名が書いてある」のように、書記活動によってつくりだされる「内
5
「テアル」を下接する動詞については、李(2004)で詳しく考察している(但し、分類に若干修正を加
えている)。従って、表 1)にある動詞の分類基準や動詞リストなどについてはそれを参照して頂きたい。
表 2)、表 3)にある動詞についても同様である。
6
≪つくりだし≫の動詞は、在りかを示す名詞をとるか否かで、≪つくりだしⅰ≫と≪つくりだしⅱ≫に
下位分類している。≪つくりだしⅰ≫は在りかを示すニ格をとらないもの、≪つくりだしⅱ≫は在りか
を示すニ格をとるものである。
4
容」や「文字化されたもの」も見られる 7 。また、
「[予定/精神/歌/報知/意見/感傷…]
が書いてある」のように、ガ格の名詞が有形物とは言えないものもなくはない。しかし、
それらは実際視覚などで捉えられるもの(文字化されたもの)を抽象化して表現したもの
であり、読み手は文の内容から容易に具体化することができる。そのような場合は、「テア
ル」を下接する動詞が書記活動を表す動詞による場合に限る。さらに、視覚で捉えられず
聴覚で捉えられるもの(例:「部屋にレコードがかけてある」)や、温度感覚で捉えられる
もの(例:「教室に冷房がつけてある」)も存在対象物として現れうる。従って、存在対象
物は正確には五官で捉えられる物だと言わなければならないだろう。
いずれにせよ、存在対象物は、通常非情物である。それは、有情物の状態の場合は、他
者によってその状態が引き起こされたというより、人の自発的な動作・行為によるものだ
と考える傾向があるからであろう。
2.3
ニ格の名詞 8
この種の文において、ニ格の名詞は、ガ格の名詞の示す存在対象物の在りかを表す。存
在様態文において「ニ格」の名詞のほとんどは、(5)のように空間性をもつ場所的なもの
か、(6)のように場所性を帯びうるものである。
(5)ベンチの横の地面に、矩形のトランクが置いてある。(吉行淳之介、砂の上の植物群
―砂の上の植物群)
(6)「書院に、詰所がつくってあります。
~略~
」(水上勉、雁の寺―雁の寺・越前
竹人形)
また、在りかが、「ノートに記事が書いてある」のように、記録物の場合がある。記録
物は記録内容が保存される場所なので、一応場所性を帯びているといえるだろう。
空間的な場所或いは場所性を帯びうるものに、「~の上、~の片隅、~の両側」などを
つけて、その在りかをより特定化することもあるし(例:
「河原の上端に白いテントが一つ
張ってある」)、空間的な場所性をもたない物的なものに「~の上に、~の前に、~の横
に」などを伴って空間化し、用いられることもある(例:
「製図板の隅に一冊の洋書が置い
てある」)。
少数だが、在りかが物的なもの(例:「飾りの造花にお歌が添えてある」)や人の身体
の部位のもの(例:「手にはヨードチンキが塗ってある)もある。
7存在様態文に属させたもののなかに、存在対象物が引用句(例:
「蓋に御鋪物と書いてある」)や副詞句
「~テアル」を
(例:「反町の本にそう書いてある」)で表されるものが含まれている。この場合は、
下接する動詞が「書く」に代表される書記活動を表す動詞に限る。
8手元のデータには、在りかがニ格ではなく、へ格で示されている例(
「井戸の中へ、笊に入れた白玉が
冷やしてある」)が二例、「~から~まで」で示されている例が一例あり、これも便宜上ここに属させ
ている。
5
このように、在りかとして示される名詞は場所性が強いものから、物や人の身体部位ま
で様々であり、それぞれは場所になぞらえて用いられていると考えられる。なお、こうい
った場所性の強弱は、次節で述べる「~テアル」と「~アル」の置き換えの問題とかかわ
ってくる。
2.4
文の構造及び意味・用法
以上、文の要素を分析した結果、本節の初めに述べた【[N]に
は、【[場所]に
[物]が
[N]が
V-テアル】構造
物の位置変化 Vt-テアル】に書き改めることができる。
この種の文においては、物の位置変化を表す他動詞の「Vt テアル」の形が動詞で表され
る行為の後存在を表すというより、
「Vt テ」の形が、
「アル」を修飾する副詞的な働きをし
ている。そのため、「Vt テ」と「アル」の間には先行後続の時間関係は見られない。この
ことは、次節で取り上げる結果状態文と区別する大きな理由である。このことと連動して、
存在様態文の場合、「テアル」を下接する動詞が他動詞ではあるが、副詞的に働くため、文
の表す状態の意図性などがほとんど感じられない。
つまり、「~テアル」を下接する物の位置変化他動詞はその語彙的な意味によって存在
のあり方を具体的に表している。例えば、≪設置・付着≫の動詞であれば、「机の上に本が
置いてある」のように、ある物がある場所に入れ込まれたり付着されたという様態、≪書
記≫の動詞であれば、「黒板に名前が書いてある」のように、活字化されたという様態、
「丘の上に小屋が建ててある」のように、物が作り出さ
≪つくりだしⅱ≫の動詞であれば、
れたという様態、を詳細に表している。
以上のことから、この構造で表される文の文法的な意味を、本稿では、/一定の場所に
一定の物が如何なる形で存在しているかを表す/と規定し、こういった文を、<存在様態
文>と名づけている 9 。
存在様態文では、2.3 で述べたように、在りかを示すニ格の名詞のほとんどが場所性の
強いものだが、その場合、「~テアル」は「アル」に置き換えられることが多い。それは、
存在様態文が存在文に近い文であることを示唆している。この存在様態文は、手元のデー
タによれば、
「~テアル」文全体の中で最も出現度数が高いが、もしそうだとすれば、補助
動詞「アル」は、その前身である存在動詞「アル」からの文法化の度合いが低いことを示
唆しているといえるだろう。
存在様態文は、二つまたはそれ以上の文と文とのつながり、すなわち連文という単位で
眺めてみると、存在様態文の表す状態に対して状況として働く文が先行し、その後に存在
様態文がくるという連文構造をとっている場合が多い(これについては稿を改めて述べる
9
「存在様態文」という用語は、野村(1994、2003)のシテイル形式の研究の中で、また、岡(2001)の
シテイル・シテアル形式の研究の中で用いられている。そして、本稿での意味規定は、これらの研究
を大いに参考にしている。
6
予定である)。その場合は空間描写の場面に存在様態文がとりこまれているのである。これ
までの研究(益岡 1987 など)で、情景描写をすることが多いという指摘は、まさに次のよ
うな連文構造にとりこまれる存在様態文である。
(7)煙草のポスターではフランクフルトのポスターを見ているときほど長く暇がつぶせな
かったので、私はうしろを向いて、がらんとしたマーケットの店内を見まわした。
スタンドの正面には果物の缶詰が巨大な蟻塚みたいに高く積みあげてあった。(村
上春樹、世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド)
存在様態文は、これまでのアスペクト研究(工藤 1989、杉村 1995、杉村 1996、金水 2000
など)では3節でとりあげる結果状態文と同類もしくは一括して扱われ、特立されること
はあまりなかった。しかし、本稿では以上のような形式・意味用法の面および出現頻度の
高さから、存在様態文を結果状態文から分類し特立させるべきだと考える。
2.5
構造のバリエーション
上で述べてきたように、存在様態文としては【[場所]に
[物]が
物の位置変化 Vt-テ
アル】という構造をとる「~テアル」文が典型的なものとして認められる。しかし、形式
的な構文的特徴ではその条件を満たしていないが、その意味用法の面に着目すると、この
種の文に位置づけられる「~テアル」文がある。
2.5.1 【[場所]に
[物]を
物の位置変化 Vt-テアル】(34 例)
存在対象物がヲ格で表される場合である。つまり、【[場所]に
[物]を
物の位置変化
Vt-テアル】構造で表される文である。このような例は 34 例しかない。これらの文では、
客体がヲ格で表される点から、他動構造文のように思われがちだが、ニ格の名詞は在りか、
ヲ格の名詞は存在対象物を示している。そして、文全体で、一定の場所に一定の物が如何
なる形で存在しているかを表している。従って、この種の文の場合、ヲ格をガ格に置き換
えられることが多く、置き換えても文意にほとんど違いが見られない。本稿では、この種
の文を存在様態文の変種型とみなす 10 。
(8)荷車には、一基ずつ、大鍋を積んである。(司馬遼太郎、国盗り物語)
(9)藤戸石が通る道には丸太を敷きならべてある。(司馬遼太郎、国盗り物語)
2.5.2
【
~Vと/れば、[物]が(/を)
物の位置変化 Vt-テアル】(31 例)
存在対象物の在りかを示すニ格が明示されずに、条件節「~と」「~れば」などの中で在
りかを具体的に表現している場合がある。つまり、【
10
~Vと/れば、[物]が
物の位置変
金水(2000、p.48)は、本稿でいう存在様態文と結果状態文(金水では「結果」を表すシテアル文)
の場合、客体の格表示はガ格を典型としながらも、ヲ格との間で揺れているということを指摘してい
る。
7
化Vt-テアル】構造で表される文である。条件節の述語の動詞として、まず知覚活動を表す
動詞が挙げられる。知覚活動を表す動詞のうち、最も多く見られるのが、(10)のように視
覚活動を表す動詞だが、(11)のように思考活動を表す動詞もある。これらの場合は条件節
における知覚対象(ヲ格の名詞)が存在対象物の在りかである。知覚活動を表す動詞の他
に、(12)のような移動動詞なども現れるが、この場合、動詞の表す行為は、知覚活動を行
う前段階もしくは知覚活動を働かせる為の条件を作り出しうる行為である。(12)では、条
件節における行き先(ニ格の名詞)が存在対象の物の在りかである。
(10) 食卓の上を見ると、子供の写真が置いてあった。(林芙美子、めし)
(11)「心配することはないよ。この手紙を読めば、きっときみもよろこぶ事が書いてある
よ」(竹山道雄、ビルマの竪琴)
(12)門のまえで西沢と別れて内玄関にはいると、小さな子供の汚れた下駄が三足もぬぎす
ててあった。(石川達三、幸福の限界)
このような例が存在しうるのは、在りかとなるものが、先行する条件節に出ているので、
再び在りかを明示しなくても、容易に読み手に伝わるからであろう。
2.5.3
【[場所]に
[物]が(/を)
物の非位置変化 Vt-テアル】(16 例)
ここでは、「テアル」を下接する動詞が物に働きかけるが、位置変化を表さない他動詞
(「物の非位置変化他動詞」と呼ぶ)の場合である。このような例はわずか 16 例しかない。
(13) 別の小鍋に玉蜀黍の粒をほぐしたのが煮てあった。(大岡昇平、野火)
(14)「あたしの家に猿が二匹飼ってあるのよ、だからまアちゃんが好きだったら、一匹
分けて上げようと思うの。
~略~
」(谷崎潤一郎、痴人の愛)
(15)玄関横の三畳の板の間の畳に、柳行李が一つおいてあり、慈念が使いふるした蒲団
がたたんであった。(水上勉、雁の寺―雁の寺・越前竹人形)
これらの動詞は「テアル」を下接して、【[場所]に
[物]が
~テアル】構造に入り込
むことによって、臨時的に物の位置変化他動詞の性質を帯びるようになるのである。構造
が要素の性質を変えたわけだが、但し、あらゆる動詞がこの構造に入り込んでくるわけで
はなく、働きかけの対象が物である場合に限るのである。
以上、存在様態文をめぐって実態調査を行ってきたが、存在様態文は、種々の構文タイ
プのバリエーションをもちつつ、「~テアル」文全体の中で最も出現度数の高い文である。
3.
結果状態文(108 例)
「~テアル」を述語とする文には、次のように【[N]が
V-テアル】構造で表される文
がある。
(16)朝起きたらもう下駄が洗ってあった。(林芙美子、放浪記)
8
(17)「ごらん……三日夜の餅だよ。紅白の餅が美しく作ってある」(田辺聖子、新源氏物
語)
3.1
「~テアル」を下接する動詞
この種の文において、「テアル」を下接する動詞の種類とその出現度数を表に示すと、
表 2)のようになる。
表2)結果状態文において「~テアル」を下接する動詞の種類及びその出現度数
≪様変え≫(切る、洗う、固める、乾かす、開ける…)
≪つくりだしⅰ≫ 11 (つくる、揚げる、[炉を]切る…)
≪除去≫([ほこりを]払う、はずす)
≪その他≫([議論を]仕組む、[保険を]つける、そのままにする…)
74
16
2
16
108
表 2)で分かるように、この種の文において、「テアル」を下接する動詞のうち、最も多
いのが、≪様変え≫の動詞である。この動詞は物に働きかけ物理的な変化を引き起こす動
詞である。≪つくりだしⅰ≫の動詞は、対象である物が働きかける前から存在していた物
ではなく、働きかけた後に作り出される。つまり、無から有へと変化していると捉えられ
る。≪除去≫の動詞は、≪つくりだしⅰ≫の動詞と正反対に、存在している対象を取り除
くという有から無へと変化しているといえる。本稿では、この三種の動詞をあわせて<物
の状態変化他動詞>と呼ぶことにする 12 。このように、結果状態文において「テアル」を
下接する動詞は、物の状態変化他動詞だが、この種の動詞は「[何]を
Vt」という連語構
造をとる動詞である。このことが、この種の動詞の「V-テアル」文に上述のような構造
をとらせているのである。ここでも、存在様態文と同様に、要素が文の構造を規定してい
るという性質が認められる。
3.2
ガ格の名詞
ガ格で示される名詞は、述語の動詞に対して存在対象物を表す。その存在対象物は、働
きかけを受けて変化を被った物である。それには、「家が建ててある」の「家」のような建
築物といった不動産の場合もあれば、(16)「下駄が洗ってある」の「下駄」のような動産
の場合もある。また、「爪が切ってある」の「爪」のような身体の一部である場合もある。
さらに、(17)「餅が作ってある」の「餅」のような最初から存在していたものではなく、
人の行為によって作り出された物もある。いずれにせよ、ガ格の名詞は基本的に視覚で捉
11
≪つくりだしⅰ≫については注6を参照。
12
「状態変化動詞」という用語は、既に益岡(1987、p.223)がA2型の「~テアル」表現に用いられる
動詞をさす用語として、使っている。
9
えられる有形物であり、かつ、物である。
3.3
結果の副詞
この種の文では状態のあり様を表す結果の副詞的成分が生起しうる 13 。これは、この種
の文が前節でみた存在様態文と異なる構文的な特徴である。この種の修飾成分は、行為が
実現した結果の対象の状態のあり様を表す。(18)では「折りたたんだ」結果「四つ」にな
っているし、(19)では「塗った」結果「白い」状態になっている。
(18)地図は四つに折りたたんであった。(新田次郎、孤高の人)
(19)鉄は白く塗ってある。(立原正秋、冬の旅)
3.4
文の構造とその意味用法
以上、文の要素を分析した結果、本節の初めに掲げた【 [N]が
が
V-テアル】構造は、
【 [物]
物の状態変化 Vt-テアル】に書き改めることができる。ガ格の位置に物がきている点
では、前節で取り上げた存在様態文(【[場所]に
[物]が
物の位置変化 Vt-テアル】)と
共通するが、「テアル」を下接する動詞のカテゴリカルな意味の違いや在りかを示すニ格の
有無の点で構造が異なる。
この種の文において、「テアル」を下接する動詞は、その語彙的な意味によって如何な
る変化後の状態なのかを具体化している。≪様変え≫の動詞であれば、(21)のように、あ
る状態に様変わりした変化後の状態、≪つくりだしⅰ≫の動詞であれば、(17)のように、
物や現象が作り出されたという無から有への変化後の状態、≪除去≫の動詞であれば、
(20)のように、元のところから無くなったという変化後の状態を詳細に表している。
(20)きれいに爪が切ってあった。(新田次郎、孤高の人)
(17)「ごらん……三日夜の餅だよ。紅白の餅が美しく作ってある」(田辺聖子、新源氏物
語)
(21) 窓がはずしてある。(作例)
本稿ではこの種の「~テアル」文を、/対象の変化後の状態を表す/と規定し、<結果
状態文>と名づけている。
このように、結果状態文における「物の状態変化Vt-テ」の表す行為は「アル」に先だ
って実現した行為である。それは、存在様態文における「物の位置変化Vt-テ」が副詞的に
働くのとは異なっている。従って、ここでは「物の状態変化Vt-テ」と「アル」の間には先
行後続の時間関係が読みとれる。特に、結果状態文の場合、(21)のような≪除去≫の動詞
13「結果の副詞」という用語は仁田(1983)から借用したもの。なお、存在様態文では、連用修飾成分が
状態のあり様を表すのか、それとも行為の様態を表すのか、判断にまよう例がある。
・夜中に敏明のところに来たとこに着ていた、ピンクの縞柄のパジャマが、たたんでベッドの上に
おいてあった。(勝目梓、火の呪縛)
10
が現れる点は注目すべきであろう。≪除去≫の動詞による「テアル」によって、「物の状態
変化Vt-テ」(「はずして」)が「アル」を修飾する副詞的な働きをしていないことがより明
らかになる。それは補助動詞である「~テアル」を「アル」に置き換えてみることによっ
ても確認される。次の例は上の三例を「アル」文に置き換えるテストをしたものである。
「アル」文に置き換えると、(20)’のように不自然な文になったり、(17)’(21)’のように文
意が変わってしまったりする。
(20)’??きれいに爪があった。
(17)’紅白の餅が美しくあった。
(21)’ 窓がある。
このことは、結果状態文の場合は対象の存在が前提にはあるものの、そこに焦点がある
のではなく、対象がどのような変化後の状態なのかに焦点があることを示唆している。
このように、結果状態文は存在様態文と異なる構造であるわけだが、その一方で、結果
状態文と存在様態文の両文に現れる、「塗る」「包む」「縛る」
「まく」「片付ける」といった
動詞によって、結果状態文と存在様態文の間の相関関係が窺える。(22)(24)は結果状態文、
(23)(25)は存在様態文である。
(22)~略~ 部屋は、周囲すべて浅い緑色のペンキで塗ってある。(安岡章太郎、海辺の光
景)
(23) ひらひら動きつづける薄い唇には、輪郭を大きくはみ出して口紅が塗ってあった。
(吉行淳之介、砂の上の植物群)
(24)「台所は割合片付けてあるんですが」(赤川次郎、女社長に乾杯!)
(25) 屏風が部屋の隅に片付けてある。
3.5
構造のバリエーション:【[物]を
物の状態変化 Vt-テアル】(9 例)
ここでは、
「テアル」を下接する動詞は、以上で見てきたのと同様に、物の状態変化他動
詞であるが、変化を被る物がガ格ではなくヲ格で表される場合である。つまり、
【[物]を
状
態変化 Vt-テアル】構造で表される文である。但し、この種の文は僅か9例しかない。
(26)築山の紅葉がよくお目にかけられるように、廊の壁をこわし、中門を開け放って、目
ざわりのものを取り払ってある。(田辺聖子、新源氏物語)
(27)「
~略~
げに、あの辺は汽車で通っても、汽車の窓を閉じてありますけんなあ。
防諜が厳重ですけんなあ」(井伏鱒二、黒い雨)
この種の文においてヲ格はガ格に置き換えても意味上違いが見られない。本稿では、こ
の種の文を、以上でみた結果状態文と同様に、変化後の結果状態を表す文の変種型と見な
し、結果状態文の周辺に位置づける 14 。この種の構造で表される文は、その多くが 5.2 で
取り上げる構造と密接に関係していると思われる。
14
注10を参照。
11
(28)白葡萄酒はどう?
……一本取ってみましょうか。あなた葡萄酒、わかる?
……
イタリーの何とか云うの、面白いわね。瓶をわらで包んであるのよ」(石川達三、
青春の蹉跌)
4.行為経験所有文(221 例)
行為経験所有文は、【[N]は
~V-テアル】構造で表される文である。
(29)「ばか、慌てるな。オレはもう、身上調査してある。彼女は、お前より三つ年上だ」
(曾野綾子、太郎物語)
(30)家人は、私が大金を入れたときの常として、近くの酒屋から質のよい葡萄酒を数本
買ってきてあった。(立原正秋、美しい城)
4.1
「~テアル」を下接する動詞
行為経験所有文において、「テアル」を下接する動詞の種類とその出現度数を表 3)に示
す。
表3)
行為経験所有文において「テアル」を下接する動詞とその出現度数
動詞の種類
出現度数
相手変化他動詞(頼む、命じる、話す、伝える、教える…)
92
主体変化他動詞(考える、調査する、決める、見つける…)
32
物の位置変化他動詞(置く、入れる、敷く、積む…)
38
物の状態変化他動詞(切る、染める、洗う、開ける…)
31
その他(手を打つ、歓心を買う、届けを出す、心を遣う、手続きをふむ…)
28
人の認識・状態
変化他動詞
物の
変化他動詞
221
表 3)から分かるように、行為経験所有文では、「テアル」を下接する動詞として、<人
の認識・状態変化他動詞>と<物の変化他動詞>がある。<人の認識・状態変化他動詞>
には<相手変化他動詞>と<主体変化他動詞>に下位分類できる。本稿で「相手変化他動
詞」とよんでいるものは、相手に働きかけた結果、その相手の状態・認識に何らかの変化
を引き起こすか、引き起こしうることを表す他動詞のことである。例えば、「教える」は、
教えるという行為によって相手の認識に変化を引き起こしうる。また、「主体変化他動詞」
とは、客体をめぐっての主体の動作によって主体自身の認識・状態等に何らかの変化を引
き起こす他動詞のことである。例えば、「考える」は、考えるという思考活動によって主体
自身の認識状態に変化を引き起こしうる。そして、「物の変化他動詞」とは、<物の位置変
化他動詞>(置く、入れるなど)と<物の状態変化他動詞>(切る、染めるなど)をまと
めた上位の動詞類である。
行為経験所有文において「テアル」を下接しうる動詞は、基本的に物の位置変化他動詞
12
に限定される存在様態文や、物の状態変化他動詞に限定される結果状態文と比べると、制
約がゆるい。そういうことから、従来の研究では、この種の文において、「テアル」を下
接する動詞について、意志的動詞だとか、他動詞だとか、語彙的制約がないとかの指摘が
なされるだけで、積極的に動詞を限定することはなされてこなかった。
本稿では、動詞のカテゴリカルな意味としての「変化」を、具体的・物理的な変化のみ
を変化とする従来の研究と異なって、広義で捉えている。このような見解によって、<物
の変化他動詞>、<相手変化他動詞>、<主体変化他動詞>という動詞類をたてて、行為
経験所有文が主としてそれに限定されることを明らかにすることができた。そして、他動
詞・意志動詞であってもこれらではないもの、例えば、主体や相手の変化も、物の変化も
生じさせない意志的な他動詞(「泣かせる」「憎む」「押す」「なでる」「さわる」)の「テア
ル」は行為経験所有文にすらならないということが分かった 15 。
人の認識・状態変化他動詞による「テアル」は、存在様態文や結果状態文の構造をとら
ず、この種の構造をとって表される。それは、人の認識・状態変化他動詞が物に物理的な
変化を引き起こすような行為を言い表さないからであろう。また、これまでの研究では、
この種の文について「有効性」(益岡 1987、杉村 1996)、「効果」(鈴木 2002)、「準備」(金
水 2000)、という意味あいが含意されていると指摘されてきたが、これも動詞の意味と無
関係ではない。人の認識・状態変化他動詞による「テアル」の方(例えば、「頼んである」、
「伝えてある」「考えてある」)が物の変化他動詞による「テアル」(例えば、「置いてある」
「入れてある」)より有効性・効果・準備などの意味あいが感じられやすい。但し、後述す
るが、その意味あいは構文的特徴に規定される場合が多い。
4.2
「[N]は」の名詞
「[N]は」の名詞は人名詞である。この「人」について、従来の研究(森田 1971、益岡
1987、杉村 1995、杉村 1996 など)では、動作主体とみなすことが多かったが、金水(2000、
p.51)は「経験主」ととらえている。本稿もおおよそ金水のこの立場にたつものである。
この種の文における「[人]は」は次の例にみる「[人](に)は」と類似すると思われる。
(31)a私(に)は一人の息子がある。
b私は家庭をもっている。
(31)の「私」は「一人の息子」「家庭」を所有している者、即ち所有主体である。この
ことを行為経験所有文の「~テアル」文に当てはめてみると、例えば、例(30)「家人は葡
萄酒を買ってきてあった。」の「[N(家人)] は」は、「{……}Vt-タ(葡萄酒を買ってき
た)」の表す実現済みの行為に対して「所有主体」であるということになる。金水(2000、
p.51)では、この種の文の「(人)は」を「経験主」としているが、「経験主」という術語
15人の認識・状態変化他動詞と物の変化他動詞との連文構造の関連性について、李京保(2004)で述べて
いる。
13
は論考によってはかなり幅広い成分を包括して使うようなので、本稿では狭めた術語とし
て、「所有主体」と呼んでいる。所有主体は所有物の在りか即ち所属先ともいえる。しかし、
在りかが人になると、存在場所のような性質がうすくなり、主体性をもつようになる 16 。
つまり、ここでの「(人)は」は動作主体ほどの意志性はもっていないが、所有者としての
主体性はもっているといえる。
これまでの先行研究(杉村 1995 など)で既に明らかになったように、この種の文にお
ける「[人]は」の人名詞は、会話文や随筆の中では基本的に(29)のように話し手自身か話
し手側の者に限るという特徴が挙げられる。但し、地の文では、(30)のように、それが会
話文と違って小説の中の登場人物の場合もあるということも指摘されている。杉村(1995)
によれば、この種の「~テアル」文の場合、通常主体は話し手(一人称)であるが、話し
手(書き手)が主体に共感して、その人の立場に立って描写する際には、三人称でも可能
である。本稿の見解によれば、行為経験所有文における「[人]は」が「{……}変化Vt-テ」
で表される行為を経験した人自身であるとすれば、「[人]は」のところに話し手自身だけで
なく、登場人物がきてもよいことになる。
4.3
共起しうる修飾成分:行為が行われた時点を表す時間副詞(句)
従来の研究で既に明らかになっているように、この種の「~テアル」文は、行為を行な
「前日の夜」「~ときに」は「話
った時点を表す時間副詞(句)が生起しうる。次の二例では、
す」という行為を行なった時点を表している。
(32)私は岬に行くことを前日の夜伯父夫婦に話してある。(立原正秋、美しい城)
(33)「~略~
あのときの事件の原因がはっきりしないかぎり、私は、修一郎をここには
いれない、と行助が少年院から出てきたときに、四谷に行って話してあるはずです。
~略~」(立原正秋、冬の旅)
4.4
構造とその意味用法
以上、文の要素を分析した結果、この節の最初に示した【[N]は
【[人]は
{……}
~V-テアル】構造は、
変化 Vt-テアル】に書き改めることができる。
この種の文は、大きく「[人]は」と「{……} 変化 Vt-テアル」の部分から構成されて
おり、「[人]は」は(行為経験の)所有主体もしくは所属先を、「{……}
変化 Vt-テア
ル」は所有内容あるいは所属内容を表すとみなす。
金水(2000、p.51)は、この種の文の「[人]は」の成分を説明する箇所で、所有構文に
おける所有者の名詞句に近く、またシタコトガアル構文の経験主に共通する成分であると
指摘している。本稿では、金水(2000)の指摘に示唆を得て、この種の文を所有構文とシ
タコトガアル構文の両面を持ち合わせていると考える。そして、この種の文の構造が意志
16
船田(1970)、原沢(2003)、高橋・屋久(1984)を参照。
14
的な行為を表す動詞を要素にもっていることから、単に所有構文だとか、シタコトガアル
構文だとかいうのは範囲が広すぎると思われる 17 。そこで、本稿では、この種の「~テア
ル」文を、/話し手の内面上に実現済みの行為が経験として内在していることを表す/と
規定し、これを<行為経験所有文>と名づけたわけである。
本稿ではこの種の文を所有文に近いものとして位置づけるわけだが、より厳密にいうと、
所有文の特徴を完全に備えているわけではなく、広義での所有文の構文的な特徴の一部を
「私には財産がある」のよう
備えていると言わなければならない 18 。典型的な所有文では、
に、所有する対象が「~を」もしくは「~が」で表されるものであるが、行為所有文の場
合は所有する対象が補文で表される。
(34)a太郎はこの数日の間に、早くも「牛豚内臓」と書いた肉屋を見つけてあった。(曾
野綾子、太郎物語)
b「太郎(に)は【(太郎が)この数日の間に「牛豚内臓」と書いた肉屋を見つけた】
行為
がある」
行為経験所有文では、既述したが、他の「~テアル」文に比べ動詞の制限が比較的に緩
いが、それは、この種の文の性質に起因すると思われる。つまり、話し手の心理、記憶の
中に経験として内在している実現済みの行為には様々なものがありえて当然である。その
ことによって、「テアル」を下接する動詞として人の認識・状態変化他動詞も、物の変化他
動詞も現れうるのである。
これまでの研究では、この種の「~テアル」文が行為を行なった時点を表す副詞(句)
と共起できる点を取り上げ、行為にも一定の関心を向けていると捉えられてきた(益岡
1987、工藤 1989 など)。この種の文を行為経験所有文だという本稿の見解によれば、行為
を行なった時点を表す副詞(句)も行為を表す補文の中に含まれ、一まとまりとして現れ
うることは容易に首肯できることである。
行為経験所有文の場合、これまでの研究では、先述したように、
「有効性」、「効果」、「準
備」という意味あいが含意されていると言われてきた。これらの意味あいは、例えば、(35)
の場合、「~テアル」文の表す状態が波線を付した文の表す出来事の時点において上手く作
用している、もしくは関わりをもっているといった意味あいである。それは、行為経験所
有文ほとんどが「説明され―説明する」という連文構造、もしくは因果関係を表す「~の
で/から~」の複文構造の中にとりこまれる「~テアル」文だからである(詳しくは、稿を
改めて述べる予定である)。つまり、「有効性」「効果」「準備性」という意味あいは、テア
ルを述語とするその一文だけでなく、(35)(36)のように、波線で引いてある部分を想定し
た上で、読みとれるものなのである。
17
これは、所謂パーフェクトを表す「~テイル」と大きく異なる点だと考える。
18
「アル」による所有文は、この種の「~テアル」文と異なり、所有者項目が「ニハ」で表示可能であ
り、また、所有者項目の他にガ格項目を取る。
15
(35)その翌日、京都側の登り口から、連歌師の里村紹巴、同昌叱らの一行がのぼってきた。
光秀がきのう、京の紹巴のもとに急使を出し、「愛宕山の西坊にて連歌を興行した
い」という旨を申し入れてあったのである。(司馬遼太郎、国盗り物語)
(36)専門学校を卒業してあるから就職には有利だ。(作例―金水 2000、p.46 より、波線
は筆者によるもの)
さて、行為経験所有文と存在様態文との間の関連性について考えてみよう。
(37)下着、日用品、本などは郵送して欲しい、と行助はあらかじめ母に言ってあった。(立
原正秋、冬の旅)
(38)松原の楡病院の事務室には古めかしい型のラジオが置いてある。(北社夫、楡家の人
びと)
(37)のような行為経験所有文と(38)のような存在様態文では、「[人]は」と「[場所]に」
はいずれも在りかである。とはいえ、行為経験所有文では経験済みの行為が内在している
在りかであり、存在様態文では物が存在している在りかである。それは、形式上にも現れ、
前者の在りかは空間性をもたない人名詞であり、後者の在りかは空間性をもつ場所名詞で
ある。そして、行為経験所有文の「[人]は」は在りかでありつつ、所有者として主体性を
持っている。しかし、行為経験所有文が広義の所有文の一種だと認められれば、また存在
様態文が広義の存在文の一種であるとすれば、行為経験所有文と存在様態文の間には所有
と存在という概念のもとでつながりが認められる 19 。
なお、基本的に存在様態文や結果状態文に現れうる動詞(たとえば「出す」「組む」)で
あっても、その意味の抽象化によって、行為経験所有文の構造をとって表される場合があ
る。このような点に、存在様態文、結果状態文、行為経験所有文の間の相関関係が窺える
が、詳しい論証は今後の課題である。
(39)薄い板に市川某、尾上某と書いた庵看板が旧小学校の前に出してあった。
(志賀直哉、
流行感冒―小僧の神様・城の崎にて)
(40)その件は既にあの人に返事を出してある。
←<存在様態文>
←<行為経験所有文>
(41)天幕は丸太で組んである。(宮沢賢治、黄いろのトマト―銀河鉄道の夜)
←<結果状態文>
(42)永く日本を離れるという心づもりにしたがって、会うべき人に会い、済ませるべきこ
とを済ませるよう予定をびっしりと組んであったのだ。(沢木耕太郎、一瞬の夏)
←<行為経験所有文>
19存在と所有の関連性について、三上(1963)
『日本語の論理』で次のように述べている。
「存在と所有とは水と油との関係でなく、水(冷)と湯のように一直線上に連続する観念だと思わ
れる。「Aに」はまずあり場所であり、次いで場所になぞらえられた物や人である。」(p.43 より)
16
5.複合型(/中間型)
「~テアル」文として、存在様態文、結果状態文、行為経験所有文の三種の文が認めら
れたが、最後に、形式・意味上二種の文の性質を持ち合わせていて、両者の文の境界に位
置づけられると思われる文(1.で示した一次的な分類の中で[Ⅳ]に入れておいた一部)を
取り上げる。
5.1
【[物]は
[場所]に
まず、【[物]は
[場所]に
[物]が(/を)
[物]が(/を)
物の位置変化 Vt-テアル】
(51 例)
物の位置変化Vt-テアル】構造で表される
文がある。文全体は、「[物]は」の特徴づけを表す文である。つまり、
「[場所]に
(/を)
[物]が
物の位置変化Vt-テアル」で表される状態が「[物]は」についての特徴づけとし
て働いているのである。(43)についていうと、「八畳にダブルベッドがおいてある」とい
う状態が「伯爵夫人の家」を特徴づけている。
(43)伯爵夫人の家は、台所のほかに玄関の三畳、それに八畳と四畳半の造りで、八畳に
ダブルベッドがおいてあった。(立原正秋、美しい城)
(44)小屋はひと坪か、ふた坪のちいさなもので、まん中に炉が切ってある。(山本有三、
路傍の石)
これらの文の場合、(43)では「伯爵夫人の家の八畳」、(44)では「小屋のまん中」のよ
うに、置き換えられる。この「[物]は」は、「[場所]に」の全体に該当するものである。
従って、この種の文において、「[物]は」と「[場所]に」と「[物]が/を」の間には、所属
先の全体と部分と所属される対象の関係が見られる。つまり、この種の文は【[所属先全体]
は
[所属先部分]に
[物]が
物の位置変化Vt-テアル】構造で表される。このような文が
珍しくないのは、あるものの部分・側面の様子は、その部分・側面の全体の特徴づけにも
なる、ということが関係しているのだろう。
こういった形式・意味の面から、この種の文は存在様態文の広がり、即ち存在様態文の
拡張型とでもいえるのではないだろうか。
この種の文の場合、「[物]は」の名詞は対象物の在りかでもあるのである。このことは、
これらの文が存在様態文だけでなく、行為経験所有文とも連なる面をもっている。そうな
らば、この種の文は存在様態文と行為経験所有文の境界にあるものといえるだろう。(45)
は存在様態文、(46)はここで問題にしている文、そして、(47)は行為経験所有文の例であ
る。このように見てみると、(45) から、(46)へ進むにつれ、行為経験所有文である(47)
へ近づいているとみることができる。
(45)すりむいていた手にはヨードチンキが塗ってあった。(新田次郎、孤高の人)
(46)行助が見ると、少年は、左手の薬指の背に、幾子、と刺青がしてあった。(立原正秋、
冬の旅)
(47)私は岬に行くことを前日の夜伯父夫婦に話してある。(立原正秋、美しい城)
17
5.2
【[物]は
【[物]は
[物]が(/を)
[物]が(/を)
物の状態変化 Vt-テアル】
(7例)
物の状態変化Vt-テアル】構造で表される文もある。この種
の文は、5.1 のタイプの文と同様に、文全体は、いずれも「[物]は」の特徴づけを表す文
である。
「[物]が(/を)
物の状態変化Vt-テアル」で表される状態が「[物]は」についての
特徴づけとして働いているのである。(48) についていうと、「人差指と中指のところが糸
でくけてある」という状態が「白手袋」を特徴づけしている。
(48)軍刀を握った左手の白手袋は、人差指と中指のところが糸でくけてある。(阿川弘
之、山本五十六)
(49)名古屋の歩道は、自転車のりのために、角をなだらかなスロープにしてある。(曾
野綾子、太郎物語)
これらの文の場合、例(48)(49)で見られるように、「[物]は」で示されている名詞とガ
格(/ヲ格)で示される名詞の間には全体と部分(或いは側面)の関係が見られる。そのた
め、「[物]は」は、(48)では「白手袋の人差指と中指のところ」、(49)では「名古屋の歩
道の角」のように、「~の」格に置き換えられる。
こういった形式・意味の面から、【[物]は
[物]が(/を)
物の状態変化 Vt-テアル】
文は結果状態文の拡張型といえることができそうである。一方で、この種の文における
「[物]は」は状態主体である。それは、所有主体を文の要素としてもつ行為経験所有文と
連なる一面をもっているといえる。従って、【[物]は
[物]が(/を) 物の状態変化 Vt-
テアル】文の存在によって、結果状態文と行為経験所有文がつながっているといえるだろ
う。
6.
まとめ
本稿で分析記述してきた各文の最終的な用例の分布は、存在様態文が 1044 例(72.5%)、
結果状態文が 117 例(8.1%)、行為経験所有文が 221 例(15.3%)、複合型(/中間型)が
58 例(4.0%)である。最後に、三種の典型的な文の特徴を表にまとめておく。
表 4)
動詞
生起しうる
修飾成分
典型的な文
の構造
三種の「~テアル」文の形式・意味上の比較
存在様態文
結果状態文
行為経験所有文
(72.5%)
(8.1%)
(15.3%)
物の位置変化他動詞
――
【[場所]に [物]が
位置変化 Vt-テアル】
物の状態変化他動詞
人の認識・状態変化他動詞、
物の変化他動詞
結果の副詞
行為が行われる時点を表す
時間副詞(句)
【[物]が 状態変化 Vtテアル】
18
【[人]は
{……}
変化 Vt-テアル】
一定の場所に一定の物
が如何なる形で存在し
ているかを表す
文法的な
意味
対象の変化後の状態を
表す
話し手の内面上に実現済み
の行為が経験として内在し
ていることを表す
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2004「シテアル形に関する一考察」『日本研究教育年報 8』東京外国語大学日本課程・留学生
19
課共編
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