モルと化学反応式

2011 年度「化学」(担当:野島 高彦)
モルと化学反応式
0 なぜモルについて理解しなければならないのか なぜモルなどという考え方を理解しなければならないのだろうか? それ
は,モルを用いることによって,化学反応の前後における,化学反応に関係
する物質それぞれの,粒子数,質量,および体積を計算できるようになるか
らである.
1 小さな粒子をひとまとまりにして扱うときに便利な量:モル(mol) 世の中にはひとまとまりにして扱った方が便利な量というものがある.た
とえば米を炊くときに米粒を 1 個,2 個,と数えることはなく,計量カップを
使って一合,二合,と数える.このときに計量カップの中に何個の米粒が入っ
ているのかを意識することは無い.
同じように,粉砂糖を紅茶に入れるときにも,砂糖の粒を 1 個,2 個,と
数えることはなく,スプーンで一杯,二杯,と数える.やはりこのときにも,
スプーンの上に何粒の砂糖が載っているのかは考えない.
分子や原子やイオンは,米粒や砂糖の粒よりもはるかに小さな粒子である.
したがって,一個,二個,と数えることは現実的ではない.やはり,ひとか
たまりにして数える方法が必要である.そのための考え方が,物質量である.
物質量の単位はモル(mol)である.mol は SI 基本単位の一つである.
それでは 1 mol という量はどの程度の数を表しているのだろうか.1 mol
の粒子の集まりの中には,6.02 1023 個の粒子が存在する.水 H2O 分子が
6.02 1023 個あれば 1 mol だし,ヘリウム He 原子が 6.02 1023 個あれば 1 mol
だし,ナトリウムイオン Na+が 6.02 1023 個あれば 1 mol である.もちろん
サッカーボールを 6.02 1023 個集めてくれば 1 mol である.
1 mol という物質量が,6.02 1023 個という数を意味することをあらわす
ために,アボガドロ定数 NA が定義されている1.
1
6.02
1023 のことをアボガドロ数と呼ぶことがある.
1
NA = 6.02 1023 mol-1
[例題] 風船の中に 0.100 mol の窒素分子 N2 が入っている.この N2 の数は何個か.
[解答] (0.100 mol)(6.02 1023 mol-1) = 6.02
6.02 1022 個である.
1022
2 粒子 1 モルあたりの質量がモル質量 それでは小さな粒子が 6.02 1023 個,つまり 1 mol 集まると,どれくらい
の質量になるのだろうか.いくつか例をあげてみよう.
たとえば水分子が 1 mol 集まると,18.0 g になる.炭素原子が 1 mol 集ま
ると 12.0 g になる.ナトリウム原子なら 23.0 g になる.このように,粒子一
粒一粒を考えていてはイメージしにくかった粒子の質量が,モルを基準に扱
うことによって,日常生活の感覚でもイメージできるようになる.
物質 1 mol の質量をモル質量と呼ぶ.従って,水分子のモル質量は
18.0 g mol-1,炭素原子のモル質量は 12.0 g mol-1,ナトリウムイオンのモル質
量は 23.0 g mol-1 となる.物質の質量をはかれば,比例計算によって物質量を
求めることができる.
たとえば水のモル質量は 18.0 g mol-1 なので,100 g の水が入ったコップ
の中にある水分子の数 x は次のような比例式で計算することができる.
まず物質量を求める.
1 mol:18.0 g = x:100 g
x = (1 mol)(100 g)/(1.08 g)=5.56 mol
ここにアボガドロ定数をかけると,水分子の個数が得られる.
x = (6.02 1023 mol-1)(5.56 mol) = 33.47 1023 =3.35 1024
3.35 1024 個
「まず物質量を求める.続いて,アボガドロ定数を用いて数を求める.」
すべての場合においてこのやりかたをすれば良い.
2
[例題] 風船の中にヘリウムガス He が 0.50 g 入っている.このヘリウム原子 He
の数を求めよ.ヘリウム He のモル質量は 4.0 g mol-1 である.
[解答] ヘリウムのモル質量は 4.0 g mol-1 なので,1 mol のヘリウムは 4.0 g の質
量を持つ.従って,He の物質量を x とすると,次の比例式が成り立つ.
1 mol:4.0 g = x:0.50 g
x = (1 mol)(0.50 g)/(4.0 g) = 0.125 mol
個数を求めるためにアボガドロ定数を掛けると次のようになる.
x = (6.02 1023 mol-1)(0.125 mol)=0.7525 1023 = 7.5 1022
7.5 1022 個
3 アボガドロ定数はどこから出てきたのか 粒子を扱うひとかたまりの量として,一万個とか百万個とか一億個といっ
た区切りのよい数ではなく,6.02 1023 個などという中途半端な数を扱うの
はなぜだろうか.そもそも 6.02 1023 個という数はどこから出てきた数なの
だろうか.
1 mol という物質量は,12 g ちょうどの 126C の中に存在する 126C 原子の
数として定義されている.そして,この数を数えると,6.02 1023 個という
数になるのである.従って,6.02 1023 mol-1 という量は定義ではなく,測定
値である.この精密測定は現在も続いており,最新の測定値は
6.02214179 1023 mol-1 である.
4 質量数とモル質量の関係 12 g の 12C に含まれる C 原子数を 1 mol と定義したので,12C のモル質量
は厳密に 12 g mol-1 となる.この 12 という数に注目してみよう.この数は,
炭素 C の質量数と同じ値である.質量数とは,これまでに学んだとおり,陽
子の数と中性子の数を合わせたものである.
3
図 1 質量数とモル質量.原子の質量は原子核の質量とみなしてよ
い.たとえば炭素 12 の質量をはかったときは,炭素の原子核の質
量をはかった結果とほとんど変わらない.炭素 12 を 1 mol 集めて
質量を図ると 12 g になる.モル質量の数値部分と質量数はほとん
ど等しいものと考えて良い.
それでは他の原子について質量数とモル質量の関係を見て行こう(図 1).
まず水素 11H を例にとりあげる.この原子の質量数は 1 であり,モル質量は
1 g mol-1 である.同様に酸素 16O についても,質量数は 16 であり,モル質量
は 16 g mol-1 である.このように,モル質量の数値は,質量数とほぼ等しい.
ほぼ等しいとあらわしたのは,厳密には等しくならないからである.なぜな
らば,陽子の質量と中性子の質量とがわずかに違い,さらに,陽子や中性子
が原子核の中で結び付く際に質量が若干減るためである2.しかしこのことが
医療検査や生命科学実験において問題になる場面はほとんど無い.
5 同位体の存在を考える ここで同位体について考えよう(同位体についてはすでに学んだ).たとえ
ば塩素原子 Cl について考えることにしよう.地球上には 35Cl と 37Cl の 2 種
類の Cl 原子が存在している.それぞれのモル質量は 34.969 g mol-1 および
36.966 g mol-1 である.
2
質量欠損と呼ばれる現象である.
4
仮にここで,1 mol の「塩素原子 Cl」を集めてきてその質量を計ったら何
g になるだろうか.集めてきた塩素原子はモル質量が 34.969 g mol-1 のものと
36.966 g mol-1 のものとが混ざったものである.そのため,質量は 34.969 g
と 36.966 g の間の値をとることだろう.この質量を計算してみよう.なお,
35Cl と 37Cl それぞれが地球上では 75.76 %および 24.24 %存在することがわ
かっている.
{(75.76/100)(34.969 g mol-1)+(24.24/100)(36.966 g mol-1)}(1 mol)
= 35.45 g
したがって,「塩素原子 Cl」の 1 mol は 35.45 g の質量を持つ.言い換え
ると,「塩素原子 Cl」のモル質量は 35.45 g mol-1 である(図 2).
図 2 塩素 Cl の同位体.塩素には 35C と 37C が存在する.私たちが「塩
素」という物質を考えるときには,これらの混合物を考えていること
になる.
私たちが「塩素 Cl」について考えたり,塩素 Cl を含む物質を実験に使っ
たりする場合には,その「塩素 Cl」が 35Cl と 37Cl の混ざったものであること
を意識しておく必要がある.
同様に,リチウム Li にも 6Li と 7Li がそれぞれ 7.5 %および 92.5 %存在す
るため,リチウム Li のモル質量は 6.94 g mol-1 になる.計算してみよ.
[例題] 地球上の炭素には 126C が 98.93 %,136C が 1.070 %含まれている.C のモ
ル質量を計算せよ.126C および 136C のモル質量をそれぞれ 12.00 g mol-1 およ
び 13.00 g mol-1 として計算せよ.
5
[解答] (12.00 g mol-1)(98.93/100)+(13.00 g mol-1)(1.070/100) = 12.01 g mol-1
6 原子量:原子の相対的な質量 ここで原子の質量について考えてみよう.原子の質量は日常生活で取り扱
う質量と比べてはるかに小さなスケールのものである.たとえば水素原子 1
個の質量は 1.67 10-24 g といった微小なものである.このような数値を扱う
のはわかりにくいので,基準となる原子 1 個の質量に対して,何倍の質量を
もっているのか,という考え方をすると便利である.すなわち,相対的な質
量を考えるのである.
質量の基準には 12C を用いる.すなわち,12C 一個の相対的な質量を厳密
に「12」として,様々な原子一個の質量を比べてみるのである.
原子 1 個の質量どうしを比べるのであれば,原子 2 個の質量どうしを比べ
ても同じだし,原子 100 個の質量どうしを比べても同じである.そして,原
子 6.02 1023 個,すなわち 1 mol の質量どうしを比べても同じことである.
原子 1 mol の質量はモル質量であるから,すなわち,原子 1 個の質量どうし
を比べるということは,それぞれの原子のモル質量どうしを比べることと同
じである(図 3).
それでは,例をあげて原子の相対的な質量を求めてみよう.水素 H のモル
質量は 1.008 g mol-1 なので,相対的な質量は 1.008 である.塩素 Cl のモル質
量は 35.45 g mol-1 なので,相対的な質量は 35.45 である.そして炭素(12C と
図 3 原子の質量を比べる.異なる種類の原子 1 個どうしの質量の比
と,2 個どうしの比は同じである.100 個どうしの比も同じである.
つまり,n 個どうしの比も同じである.したがって,6.02 1023 個ど
うしの比,すなわち 1 mol どうしの比も同じである.
6
13C
が混ざっている)C のモル質量は 12.01 g mol-1 なので,相対的な質量は
12.01 である.
このように,12C 原子 1 個の質量を相対的に 12 としたときの原子の質量を
原子量と呼ぶ.この値は,原子のモル質量の数値部分に等しい.原子に同位
体が存在する場合には,同位体の存在比を考慮した平均の値を用いる.
[例題] 12
6C
の相対的な質量を 12 としたとき,3216S の相対的な質量を述べよ.
[解答] 32
7 分子量:分子の相対的な質量 原子が共有結合で組みあわさったものが分子である.原子に原子量がある
ように,分子には分子量がある.分子量は,分子を組み立てている原子の原
子量を合計した値になる(図 4).たとえば H2O の分子量は,原子量 1.0 の H
が 2 個と原子量 16.0 の O が 1 個なので,合計 18.0 となる.
図 4 原子量と分子量.どちらも 12C を 12 とした場合の相対的な質量
の大きさをあらわす.分子量は,その分子を構成する原子の原子量
を合計したものになる.
[例題] C の原子量を 12,O の原子量を 16 として,二酸化炭素 CO2 の分子量およ
びモル質量を求めよ.
7
[解答] (12)+(2 16) = 44
分子量は 44,モル質量は 44 g mol-1
8 式量:分子にならない物質の相対的な質量 分子を構成しない物質もある.たとえば塩化ナトリウム NaCl の場合には
分子が存在しない.塩化ナトリウムの結晶中には,Na+と Cl-が同数存在して
いるのである.そのため,
「1 mol の NaCl」と言った場合には,
「1 mol の Na+
と 1 mol の Cl-があわさったもの」と考えることにする.したがって,Na の
モル質量 23.0 g mol-1 と Cl のモル質量 35.5 g mol-1 をあわせた 58.5 g mol-1
が NaCl のモル質量となる.この 35.5 という数値部分を式量または化学式量
と呼ぶ(図 5).
図 5 式量.分子にならない物質の場合には分子量が定義できない.た
とえば NaCl の場合には NaCl というイオン結晶を構成する Na+と Clの 1 mol ずつのセットを 1 mol の NaCl として考える.このような場
合の 1 mol の相対的な質量が式量である.
[例題] 塩化カリウム KCl の式量およびモル質量を求めよ.原子量は K=39.0,
Cl=35.5 とせよ.
[解答] 39.0 + 35.5= 74.5
式量は 74.5,モル質量は 74.5 g mol-1
8
9 物質量と気体の体積 前節までは主に物質量と質量との関係を考えた.続いて気体の体積と物質
量の関係を考えてみよう.ここには興味深い性質がみられる.同じ数の分子
を含む気体は,同じ温度で同じ圧力のとき,同じ体積をもつのだ.これをア
ボガドロの法則と呼ぶ.例えば温度が 0°C,圧力が 1 気圧(1013 hPa)のとき
に,1 mol の気体は種類を問わず 22.4 L の体積をもつ(図 6).なお,気体の性
質を考えるときには,温度が 0°C,圧力が 1013 hPa である条件を考えること
が多い.この条件を標準状態と呼ぶ.
図 6 モル体積.水素 H2 も酸素 O2 も窒素 N2 も,0℃,1013 hPa に
おける 1 mol の体積は 22.4 L である.
物質の質量についてモル質量,すなわち 1 mol あたりの質量を考えたよう
に,気体の体積について考えるときには,気体状態にある物質 1 mol あたり
の体積を考えると便利である.これをモル体積と呼ぶ.気体のモル体積は,
標準状態で 22.4 L mol-1 となる.標準状態において,物質量[mol]と,気体の
体積[L]と,モル体積の間には以下の関係式が成り立つ.
気体の体積/気体の物質量 = 気体のモル体積 = 22.4 L mol-1
[例題] 標準状態において 5.6 L の体積を占める酸素 O2 の物質量を求めよ.
[解答] 標準状態において気体 1 mol は 22.4 L の体積を占める.5.6 L の体積を占
める気体分子の物質量を n とすると,次の比例式が成り立つ.
1 mol:22.4 L = n:5.6 L
n = (1 mol)(5.6 L)/22.4 L = 0.25 mol
9
[例題] 標準状態において 3.00 mol の窒素 N2 は何 L の体積を占めるか計算せよ.
[解答] 標準状態において気体 1 mol は 22.4 L の体積を占める.3.00 mol の気体
分子が占める体積を V とすると,次の比例式が成り立つ.
1 mol:22.4 L = 3.00 mol:V
V = (22.4 L)(3.00 mol)/1 mol = 67.2 L
10 物質量と気体の質量 サッカーボールの中にポンプで空気をどんどん詰め込んでやると,サッ
カーボールの質量は増えて行く.気体は目に見えないし,普段から意識する
ことは無いが,空気にも確かに質量がある.ここでは気体の質量について考
えてみよう.
物質量 1 mol あたりの質量は,モル質量から求めることができる.これは
固体や液体に限らず,気体においても成り立つ.たとえば窒素 N2 のモル質量
は 28.0 g mol-1 なので,この窒素が気体のときにも,温度が-196 °C 以下に下
がって液体になっても,さらに-210 °C 以下に下がって固体になっても,1 mol
の N2 は 28.0 g の質量をもつ.気体,液体,固体は,同じ物質の存在状態が異
なるだけである(図 7).
図 7 状態変化で質量は変わらない.気体,液体,固体は,その物質を
構成する粒子の運動状態が変わっただけなので,質量は変わらない.
10
一方,前節で学んだように,標準状態において 1 mol の窒素 N2 は 22.4 L
の体積を占める.これらのことから,標準状態において 22.4 L の窒素 N2 は
28.0 g の質量をもつことになる.
同じように考えると,標準状態において 22.4 L の酸素 O2 は 32.0 g の質量
を,同じく標準状態においてアルゴン Ar は 40.0 g の質量を持つことが推定
できる.気体の体積と質量の関係は,気体の種類によって異なるのである.
すなわち,気体はそれぞれに固有の密度を持つのである.例えば標準状態に
おいて,上記 3 種類の気体の密度は次のようにして求められる.
N2: 28.0 g/22.4 L = 1.25 g L-1
O2: 32.0 g/22.4 L = 1.43 g L-1
Ar: 40.0 g/22.4 L = 1.79 g L-1
このことから,気体の密度を測定することによって,気体の分子量を測定
することができる.例えば,ある気体の単体が標準状態で 1 L あたり 0.900 g
の質量をもつことがわかったとしよう.この気体の分子量を求めるには,
1 mol の質量を計算する必要がある.1 mol の気体の質量とは,標準状態にお
いて 22.4 L の気体がもつ質量である.そこで次のような比例式を立てること
にする.22.4 L あたりの質量を w としよう.
1 L:0.900 g = 22.4 L:w
∴ w = 20.16 g ≒ 20.2 g
したがってこの気体の分子量は 20.2 である.
[例題] ある気体の単体 1 L の質量は,標準状態において 1.96 g であった.この気
体は (i) Cl2,(ii) Ne,(iii) CO2 のうち,どれか.ただし原子量は Cl=35.5,
Ne=20.2,C=12.0,O=16.0 とする.
[解答] 標準状態においてこの気体 22.4 L がもつ質量を計算する.この値を w と
すると次の比例式が成り立つ.
1 L : 1.96 g = 22.4 L:w
この式を解く.
w = (1.96 g)(22.4 L)/1 L = 43.90 g
11
したがって,分子量が 43.90 付近の物質が答えである.(i) Cl2=71.0,
(ii) Ne=20.2,(iii) CO2=44.0 であるから,この気体は(iii) CO2 である.
11 化学反応式の書き方 化学式について学んだので,次に化学反応を化学式の組み合わせで書いて
みよう.たとえば炭が燃えて二酸化炭素になる反応をとり上げてみる.炭素
原子 C が 1 個と,酸素分子 O2 が 1 個あり,これらが反応して二酸化炭素分子
CO2 が 1 個になる,という場面を考えてみよう(図 8).これを次のようにあら
わす.
C+O2 → CO2
図 8 炭素の燃焼を表す化学反応式.反応の原料となった物質(反応
物)を左辺に,反応によって生じた物質(生成物)を右辺に書く.両者
を右向き→で結ぶ.
矢印は反応の向きをあらわす記号で,右向きに書くきまりになっている.
反応の原料となった物質は反応物と呼び,矢印の左側に書く.反応によって
生じた物質は生成物と呼び,矢印の右側に書く.このように化学式を用いて
化学反応をあらわす方法を,化学反応式と呼ぶ.
では次に水素 H2 と酸素 O2 が反応して水 H2O がつくられるときの化学反
応式を書いてみよう(図 9).
H2 + O2 → H2O
上式のようにあらわしたら誤りである.反応の前後で酸素原子の数が合わ
ない.そのため,次のようにあらわす必要がある.
2H2 + O2 → 2H2O
このように化学式の前につける数を係数と呼ぶ.係数が 1 の場合には省略
するきまりになっている.
12
図 9 水の生成を表す化学反応式.化学反応式における各物質の量的関
係を表すために係数を割り当てる.1 の場合には係数を付けない.
さて,化学反応式の係数があらわすものを考えてみよう.上記の
2H2 + O2→2H2O においては,2 個の H2 分子と 1 個の O2 分子から,2 個の
H2O 分子ができた,と理解することもできる.
2H2 + O2 → 2H2O
2個 +1個 → 2個
しかし,現実の世界においては 1 個とか 2 個とかの分子が関わる反応を考
える場面はほとんどない.体積や質量を量ることのできるスケールで化学反
応を行うものである.そのスケールで分子を扱うとなると,1 個とか 2 個とか
ではなくて,1 mol とか 2 mol といったまとまった量で考える方が便利である.
そこで,次のように理解してみよう.
2H2 + O2 →2H2O
2 mol + 1 mol → 2 mol
すべての係数を 6.02
1023 倍した結果がこれになる(図 10).
12 未定係数法 化学反応式を正しく書くためには,化学反応式に含まれる化学式に正しい
係数を割り当てることが必要である.そのために用いられる計算法が,未定
係数法である.そのやり方をみて行こう.
13
図 10 係数はモルの比.化学反応式における係数は,反応に関係する
粒子の相対的な個数を表している.すなわち,モルの関係を表して
いる.
12.1 未定係数法の計算例その 1 簡単な例としてこれまでに何度も出て来た水の生成反応をとりあげる.未
定係数法では,反応式に含まれる化学式すべてに a, b, c, ・・・を割り当てて
おく.例えば次のようになる.
aH2 + bO2 → cH2O --------------------------------(1)
ここで,a, b, c の関係を求めればよい.まず,水素原子 H について考えよ
う.反応物中の水素原子 H の数は 2a 個である.生成物ではこれが 2c 個になっ
ている.質量保存の法則に従って,両者は同じ数だから,水素原子について
量的な関係は次のようになる.
2a = 2c
∴ a = c---------------------------------------------(2)
次に酸素原子 O について考えよう.反応物中の酸素原子 O の数は 2b 個で
ある.一方,生成物中の酸素原子の数は c 個である.従って酸素原子 O につ
いて,量的な関係は次のようになる.
2b = c--------------------------------------------(3)
ここで a:b:c の比を求める.(2)を(3)に代入すると,次のようになる.
2b = a
∴ b = (1/2)a
14
a, b, c をすべて a を使ってあらわすと次のようになる.
a:b:c = a:(1/2)a:a = 1:2:1
従って,この比を(1)に代入すると次のようになる.
2H2 + O2 → 2H2O
12.2 未定係数法の計算例その 2 続いて,もう少し複雑な係数の割り当て方をみて行こう.まだ係数を割り
当てていない次の化学反応式に正しい係数を割り当ててみよう.
SO2 + HNO3 + H2O → H2SO4 + NO ------------------ (1)
係数 a から e を次のように(1)に割り当てる.
aSO2 + bHNO3 + cH2O → dH2SO4 + eNO ---------------(2)
ここで a:b:c:d:e を求めて(1)に代入すればよい.式にあらわれる原子は S, O,
H, N, の 4 種類である.まず S について関係を求める.左辺では aSO2,右辺
では dH2SO4 に S が含まれている.したがって,次の関係が成り立つ.
a = d ------------------------------------------(3)
次に O について考える.左辺では aSO2,bHNO3,cH2O に O が含まれて
いる.右辺では dH2SO4,eNO に O が含まれている.したがって次の関係が
成り立つ.
2a + 3b + c = 4d + e ---------------------------------(4)
さらに H について考える.左辺では bHNO3 と cH2O に,右辺では dH2SO4
に H が含まれるので次の関係が成り立つ.
b +2c = 2d ---------------------------------------(5)
最後に N について関係を求める.左辺では bHNO3 に,右辺では eNO に
N が含まれているので,次のようになる.
b = e ------------------------------------------(6)
まず(4)に(3)を代入して,d を a に置き換えよう.
2a + 3b + c = 4a + e
∴3b + c = 2a + e -------------------------------(7)
15
(7)に(6)を代入して e を b に置き換えよう.
3b + c = 2a + b
∴2b + c = 2a -----------------------------------------(8)
一方,(3)を(5)に代入すると次のようになる.
b + 2c = 2a ----------------------------------------(9)
(8)と(9)から次のようになる.
2b + c = b + 2c
∴b = c ------------------------------------------(10)
また,(10)を(9)に代入すると次のようになる.
2a = b + 2c = b + 2b = 3b
∴b = (2/3)a -----------------------------------(11)
(6)(10)(11)から次のようになる.
(2/3)a = b = c = e -------------------------------(12)
(3)と(12)から,係数の比は次のようになる.
a:b:c:d:e = a:(2/3)a:(2/3)b:a:(2/3)a
= 1:2/3:2/3:1:2/3
= 3:2:2:3:2
この関係を(1)に代入すると,次のようになる.
3SO2 + 2HNO3 + 2H2O → 3H2SO4 + 2NO
[例題] 未定係数法を用いて,次の化学反応式に正しい係数を割り当てよ.
(a) CH4 + O2 → CO2 + H2O
(b) MnO2 + HCl → MnCl2 + H2O + Cl2
[解答] (a) 次のように係数を割り当てる.
aCH4 + bO2→cCO2 + dH2O
16
それぞれの原子について関係式を立てると次のようになる.
C: a = c, O: 2b = 2c+d, H: 4a = 2d
この関係から次のようになる.
a:b:c:d = a:2a:a:2a = 1:2:1:2
したがって反応式は次のようになる.
CH4 + 2O2 → CO2 + 2H2O
(b) 次のように係数を割り当てる.
aMnO2 + bHCl → cMnCl2 + dH2O + eCl2
それぞれの原子について関係式を立てると次のようになる.
Mn: a = c,O: 2a = d,H: b = 2d,Cl: b = 2e
この関係から次の関係が成り立つ.
a:b:c:d:e = a:4a:a:2a:a = 1:4:1:2:1
したがって反応式は次のようになる.
MnO2 + 4HCl → MnCl2 + 2H2O + Cl2
13 化学反応式があらわす量的な関係 化学反応式には,反応に関係するすべての物質の量的な関係が示されてい
る(図 11).反応式の係数に注目すると,反応に関わる物質の相対的な数がわ
かる.この例では 2 個の一酸化炭素分子 CO と 1 個の酸素分子 O2 が反応する
とき,どちらも余ることなく 2 個の二酸化炭素 CO2 になることが読み取れる.
ここで相対的な数に一定の数を掛けてみよう.どのような数を掛けようと
も,相対的な数の比は変わらない.そこで,6.02 1023 を掛けてみる.する
と,一酸化炭素 CO 分子は 2 6.02 1023 個,すなわち 2 mol に,酸素分子
O2 は 1 6.02 1023 個,すなわち 1 mol に,そして二酸化炭素分子 CO2 は 2
6.02 1023 個,すなわち 2 mol になる.このことから,化学反応式が物質
量の関係をもあらわしていることがわかる.
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図 11 化学反応式があらわす量的な関係.化学反応式には,反応に関
係する物質の種類,それらの物質量に関する相対比,質量比,さら
に気体であれば体積比も表されている.
さらに,気体の場合には,体積の関係も読み取ることができる.標準状態
において全ての気体 1 mol は 22.4 L の体積を占めることはすでに学んだ.こ
のことから,CO:O2:CO2 = 2:1:2 の比率を示すことがわかる.
また,反応物と生成物の質量についても化学反応式から求めることができ
る.物質量に分子量を掛けることによって,質量を求めることができる.分
子量は CO=28.0,O2=32.0,CO2=44.0 だから,反応式中の各物質の質量は次
のように求められる.
CO: 2 mol 28.0 g mol-1 = 56.0 g
O2: 1 mol 32.0 g mol-1 = 32.0 g
CO2: 2 mol 44.0 g mol-1 = 88.0 g
14 質量保存の法則 図 11 で,反応物の質量と生成物の質量が同じであることを確認しよう.
化学反応は反応物の化学結合がくみかえられて生成物が生じる変化なので,
反応の前後で原子の種類と数は変わらないし,そのため,質量も変わらない
のである.これを質量保存の法則と呼ぶ.
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● まとめ 物質量を理解することによって,化学反応の前後における物質それぞれの
体積,質量,粒子数,を求めることができる.粒子数がわかればアボガドロ
定数を用いて物質量を計算することができる.質量がわかればモル質量を用
いて物質量を計算することができる.密度がわかれば体積から質量を求める
ことができるので,やはり物質量を求めることができる.気体の場合には標
準状態(0°C,1013 hPa)における体積がわかればモル体積を用いて物質量を求
めることができる.
反応前後における,反応物の物質量および生成物の物質量の関係は,化学
反応式の係数から求めることができる.係数のつりあわせには未定係数法が
有効である.
係数が求まれば物質量が求まるので,今度はここから粒子数,質量,体積
を求めることができる.
以上の関係を図 12 に示した.
図 12 化学反応における反応物および生成物の物質量,質量,体
積,粒子数の関係.反応物の体積,質量,粒子数のいずれかがわ
かれば,生成物の体積,質量,粒子数を求めることができる.
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2011-07-08 改訂
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