第23回全国研究大会“パネルディスカッション”

第23回全国研究大会 テーマ:ノクターン
パネルディスカッション
お話と演奏でつづるその歴史と魅力
< 第2部>フォーレ、プーランクを中心に
総合司会 小 林 仁 パネラー 岡 本 愛 子 白 石 光 隆 西 原 稔
パ
ネ
ル
デ
ィ
ス
カ
ッ
シ
ョ
ン
ショパン以降のノクターンの流れ
とら
たのです。器楽曲を作曲しなければならないと
小林:午後はフランスの音楽家が捉えたノクタ
き、それが必ずしもピアノ曲に結びつかない。
ーンの、そのひじょうに多彩な世界についてそ
ベルリオーズは交響曲を書きましたが、ピア
れぞれご専門の立場からお話していただきたい
ノ・ソナタもノクターンも書いていませんね。
と思います。
そんな中でフランスにおいて器楽作品を最初
はじめに、ショパンが確立したノクターンと
に作曲したのが、おそらくサン=サーンス(1835
いうひとつの文明が、それ以降さまざまな作曲
∼1921)です。グノーは彼の作品を評価します
家にどういう影響を与えたかという概説的なと
が、ノクターンが誕生するまでにはまだ長い道
ころをお願いいたします。
のりがあるというわけです。
西原:ショパンの遺伝子は、大きく分けて二系
そして1830年頃になりますと、サロンの作曲
統に受け継がれていきました。ひとつはロシア
家が登場します。当時人気があり盛んに演奏さ
――グリンカ、バラキレフ、スクリャービン、
れていたのは、アンリ・ラヴィーナ(1818∼1906)
チャイコフスキーといったグループ。そしても
の作品で、ショパンの影響が色濃く残っていま
う一方がフランス。フランスで最初にノクター
した。名前を聞いたことがない作曲家もたくさ
ンを作曲したのはアルカン(1813∼1888)です。
んおりますが、そのうちノクターンを作曲して
とてつもないスピードで演奏する奇抜で奇妙な
いるのは、フォーレ13曲、プーランクは8曲、
作品を書いた作曲家です。
サティが5曲、アルベニス4曲、その他ピエル
フランスにおける19世紀前半の鍵盤楽器の歴
ネには2曲、アルカン、ビゼー、グノー、ダン
史を見たとき、それは低調なものでした。フラ
ディー、マスネ、フィリップ各1曲、ゴダール、
ンス革命の影響を強く受け国策として吹奏楽を
フロラン=シュミット等が1曲。たくさんの作曲
推奨していたところもあり、吹奏楽、グラン
家がノクターンを書いていますが、ほとんどが
ド・オペラやバレエが音楽の中心となっていっ
1、2曲止まりで作品はそう多くないというこ
02
〈特集〉第23回全国研究大会
とがわかります。しかしこのようにしてフラン
分野で発達させたフランス音楽を受け継いだ、
スでは19世紀後半から末にかけてノクターンが
フォーレ独自の作風がストレートに現れている
定着していきました。
のではないでしょうか。器楽曲として一生をか
ここで重要なのは、ではこのなかで一体誰が
けて13のノクターンと13の舟歌を作曲していき
ショパンの遺伝子を受け継いでいったのかとい
ます。歌曲も一生をかけて作曲していきますの
うことになります。最も多くの遺伝子を受け継
で、ピアノ曲の作風を理解する上で歌曲の移り
いだ一人がサン=サーンス、さらにもっと大き
変わりをピアノ曲とタイアップさせてみると興
な存在が弟子のフォーレだと思います。このよ
味深いと思います。
うにフランスでは19世紀の末になって新しいピ
初期では、ルコント・ド=リール、ゴーティ
アノの楽派が登場してきたといってもよいと思
エといったロマンティックな詩人を選び、しっ
います。
かりとしたメロディーにフォーレらしい味わい
小林:フランスではピアノ音楽は、おもにソナ
のある和音をつけています。ショパンの初期、
タのような大規模な作品として仕上げるという
中期の作風をそのまま受け継いでいる作品が多
よりサロン風な作品から出発しています。初期
くなっています。
のフォーレがまさにそうですね。マスネといっ
中期では、ヴェルレーヌという詩人が登場し
た人の影響を受けながら、口当たりのいい作品
ます。象徴派といわれるヴェルレーヌの詩は言
で出発します。しかし、そこに留まらなかった
葉の内容だけでなく、詩のイントネーションが
のがフォーレのすごいところで、作風が時代と
すでに芸術作品となり、それを聴いた人が耳で
ともに徐々に変わっていきますね。そのへんの
内容と律動を混ぜていくという印象派の絵と同
ところを今日は初期、中期、後期に分けて考え
じ手法を用いています。モティーフ、それを彩
てみたいと思います。
る和声、フィグレーション(モティーフに対し
りつどう
て第二義的な音型)を自分の耳で混ぜ、音の遊
フォーレのノクターン
びができる、それが中期の作風ではないでしょ
白石:まずフォーレはOp.1から8まで歌曲を作
うか。対位法的な書き方も増えていきます。
曲しています。初期の作品には合唱曲を含め声
後期になりますと、レルベルグ、ブリモン男
楽曲がたいへん多い。最初のピアノ曲は、
「3つ
爵夫人など貴族趣味の詩人を多く選び、作風は
の無言歌 Op.17」ですが、わりとサロン的な小
フランス人でも難解といわれるより神聖なフォ
品で、フォーレたる最初の作品はおそらく「舟
ーレ独自の世界へと突入します。今日演奏いた
歌 第1番 a-moll Op.26」
。それから1∼2年時
します13番のノクターンOp.119がフォーレのピア
を隔てて「3つのノクターン Op.33」が生まれ
ノ曲を飾る最後の作品となります。
ます。このときフォーレ37歳。そこには、グノ
小林:それでは、第1番 es-moll Op.33-1のノクタ
ー、ビゼー、マスネらがオペラやシャンソンの
ーンを聴かせてください。
(譜例1)
【譜例1】
03
ですね。
ンというのは小品という単位では捉えられない
白石:あるモティーフから発せられるイマジネ
くらい規模が大きくなり、どれもショパンより
ーションというものが、先程の1番と比べて、
演奏時間が長くなります。またひとつの特徴に、
ノクターンとは名ばかりでバラードくらいに広
中間部のピアニスティックな見せ場が挙げられ
がります。それを感じていただければありがた
ます。その辺のところがショパンと異なります
いと思います。48歳の作品、第6番 Des-dur
ね。フォーレの一番の円熟期といっていい時期
Op.63を演奏いたします。
(譜例2)
→
小林:中期になりますと、フォーレのノクター
【譜例2】
小林:これからフォーレの作風がどのように変
す。対位法的な作風、オルガニストとしての体
わっていくかということですが。
験を活かした響きなど、多くのものを盛り込み
白石:今日演奏いたしま
すぎたのではないかと私は思います。
す13番に関して言えば、
小林:そうですね。作曲家がある年齢を超える
長年書いてきた自分の作
と、その作品について和声的、形式的に分析し
風を思い出しながら最後
たからということで理解しようとするのが無理
の幕を閉じるという回想
なのであって、そういうことは考えないで、た
録的な雰囲気をもってい
だ無念無想で聴く音楽というものがあるのでは
ます。作品番号90以降ち
ないかと私は思います。次にお聴きいただくノ
ょっとしたメロディーは
クターン第13番 h-moll Op.119は、第1番から40
覚えていられますが、それがどうつながってい
年の歳月が経っております。
(譜例3)
くかを理解するのがなかなか難しくなってきま
【譜例3】
小林:ありがとうございました。最晩年のフォ
のにこだわっていたのではないかという私なり
ーレ、いかがでしたか。作曲家というのはだん
の感想を持ちました。
だん年代を追っていくにしたがって簡略化され
ていく部分とこだわり続けていく部分がありま
西洋における価値観の転換
てっとうてつび
すが、フォーレは徹頭徹尾ハーモニーというも
04
小林:フォーレ(1845∼1929)からプーランク
〈特集〉第23回全国研究大会
いふくべ
(1899∼1963)が活躍するまでに、生年月日から
のが、
日本の伊福部さん〔伊福部 昭
(1914∼2006)
〕
言ってもかれこれ50年くらい歳月が経っている
〕です。こ
や松平さん〔松平 頼則(1907∼2001)
わけです。19世紀終わりから20世紀はじめにか
れにより日本の作曲における近代化が進み、ジ
けて――このプーランクの時代に、現代作曲家
ャポニズムというものが現実問題としてフラン
といわれるシェーンベルク(1874∼1951)
、ウェ
ス人の中へ浸透していきました。そのようにし
ーベルン(1883∼1945)
、ベルク(1885∼1935)
て価値観の大きな転換があったのですね。
よりつね
やドビュッシー(1862∼1918)もすでにいたわけ
1920年代にフランスでは当たり前のようにジ
ですね。シェーンベルクは100年以上経っている
ャズをやっていました。ドビュッシーもラヴェ
のに未だ現代作曲家として捉えられているが、
ルもやっていましたね。フランスは一歩二歩先
かたやプーランクは現代作曲家として捉えられ
んじてエキゾチズムを自分たちの音楽にしてい
ていない。ちなみにプーランクはシェーンベル
ったといえるのではないでしょうか。
クの音楽をよく聴きに行ったそうですが。この
時代――フランスの世紀末のあたり――はある
プーランクについて
意味保守的な部分と前衛的な部分が混然一体と
岡本:皆さんプーランク
なったおもしろい時代と言えると思いますが。
というとフランス6人組
西原:プーランクがノク
の作曲家というふうに位
ターンを書いていた時代
置付けていらっしゃると
に「西洋の没落」という
思いますが、実はこのダ
思想が述べられていま
リウス・ミヨー、オーリ
す。西洋の価値観がもは
ック、オネゲル、タイユ
や崩れていくのですね。
フェール、デュレ、プー
そのためシェーンベルク
ランクといった6人が一緒に活動したのは、
のような音楽が出現して
1919年から1921年のたった2年間だったのです。
くる。実はプーランクの「2台ピアノのための
美学的なグループではなくて単なる友人として
コンチェルト」
(1932)というのがありますが、
の付き合いだったということを、プーランク自
その第1楽章には見事なガムラン音楽や南洋の
身がフランスのラジオ番組の対談で言っていま
音楽がでてきます。またこの頃、歴史の闇から
す。この時期ドビュッシーの音楽は偉大である
チェンバロが浮上してきます。プレイエルやエ
という「ドビュッシイズム」といわれるものが
ラールといったフランスの代表的なピアノメー
あって、続々とその音楽を真似たものが現れま
カーがチェンバロを製作します。そしてピアノ
す。それに対して何か新しいものを探そうとい
とチェンバロの響きの違いを改めて感じ、ロマ
うことでこのようなグループが誕生したといわ
ンティックに弾いていたバッハは実は違ってい
れています。プーランク自身はたいへんドビュ
たということをはじめて知ります。
ッシーが好きで、ドビュッシー自体を否定する
第1次世界大戦が起こり、そういうナショナ
リズムの中でドイツ音楽とは違う、未来のフラ
のではなく、ドビュッシーを真似たような動き
を否定するというグループでした。
ンス音楽について自由に語り合う場ができます。
プーランクは実は147曲もの歌曲を作曲してお
それが「フランス6人組」です。
「ロシア5人組」
り、歌曲の作曲家と言われてもおかしくないく
のように特定の考えをもっているのではなくて、
らいです。晩年には宗教曲ばかり書いています。
自由に芸術について語り合う集団です。そして
私たちにとっては、まだプーランクが正式な作
彼らと作品を送り合うことでいち早く共鳴した
曲の勉強をはじめる前でしたが1918年の「無窮
05
動」という作品が一躍有名になってしまったの
小林:プーランクというのはいろいろな作曲家
でその頃の印象が強いわけですが、1921年に勉
の影響を受けていますね。
強をはじめてから作曲家としてのスタイルが確
岡本:6人組の活動の頃は、サティの影響を受
立していったのです。
けていました。シャブリエも好きだと言ってい
プーランクについて、明るいとか、はっきり
ます。一番好きな作曲家として挙げたのは、モ
とか、爽やかという言い方をしますが、先程の
ーツァルト。そしてシューベルト、ショパン、
フォーレの晩年とは違って、はっきりとした調
サティと、どちらかというとシンプルな作曲家
性が存在します。その調性の中で転調を繰り返
が好きでした。
すといったスタイルの作曲家なので、どうして
も現代音楽家ではないといったイメージをもた
プーランクのノクターン
れます。しかし実際に亡くなったのは1963年で
小林:それでは、プーランクの作品におけるノ
すから、本当に私たちの時代に生きていた作曲
クターンの位置付けということになりますが。
家といえます。
岡本:ショパンやフォーレが生涯を通じてノク
様式感としては、最近の室内楽の共演でプー
ランクといえども「エレガンス」を忘れてはな
る一定の時期にまとめて作曲をしています。
らないということを改めて感じました。それは
1929年から38年の、いわゆる30代の時期に8曲ま
安川加壽子先生が「フランス音楽の本質は一言
とめて書いています。8曲目には〈連作のコー
でいえばエレガンスさである。
」とおっしゃった
ダとして〉という副題が付いていますので、この
ことを思い出させました。
8曲を曲集として考えていたことがわかります。
小林:プーランクはわかりやすい音楽を書くの
06
ターンを作曲したのに対して、プーランクはあ
また8曲のうち4曲に表題が付いていたり、
かと思うと、全く無調の音楽をいくつか書いて
それぞれ夜の情景を描いた作品ではありますが
います。ひじょうに多面的な作曲家ですね。
必ずしもゆっくりではなかったりといった、ノ
岡本:フランスのラジオ番組の対談で自分の曲
クターンという概念から少し違う形態がみられ
について興味深いことを言っています。彼自身、
ます。
「ナゼルの夜会」はあまり好きではなく、
「無窮
それから自分の曲に関しては、ショパンのノ
動」など初期に書いた「組曲 ハ長調」
「3つの小
クターンのようにルバートをつけて弾いてほし
品」はまずまず、生涯を通じて書いた「15の即
くないということと、皆さんペダルの使用が不
興曲」
、
「間奏曲 変イ長調」
、
「ノクターン」の数
十分なのでもっとたくさん使ってくださいとい
曲がたいへん好きであると述べています。
うことを再三強調しています。
〈特集〉第23回全国研究大会
テンポの設定について、自分が慎重に決定し
日々を夢見ることができたかもしれない」とい
たものであるからそのとおりに守って弾けば失
う詩がついており、ただ1曲レントで書かれて
敗することはないでしょうと言っています。
います。
〈ゆっくりと、ひじょうに疲れて静かに〉
しゃくが
それでは各曲について申し上げます。
(譜例4)
第5曲「尺蛾」:尺とり虫が蛾になったもので
第1曲:〈ひきずらないで〉最初からルバート
すが、それが灯りのまわりでひじょうに速く神
を使うのではなく、もたつかないでほしいとい
秘的に飛び跳ねている様子を表しています。
〈ペ
う指示です。ハ長調ですが、いろいろな調に転
ダルをほとんど使わずに、乾いてリズミカルに〉
調します。
〈伴奏型をひじょうにぼかして規則正
第6曲:〈とても静かにもたつかないで〉途中
しく〉という指示があります。第2曲「娘たち
調性から逸脱して無調のようになり、夢の中に
の舞踏会」:〈活発に〉とても軽い足取りの曲
迷い込んでしまったかの印象を受けます。第7
です。
〈ペダルをよく使って〉第3曲「マリーヌ
曲:〈十分に動きをもって〉さわやかで即興的
の鐘」:マリーヌという都市の鐘の音を描いた
な曲です。第8曲:〈連作のコーダとして〉と
作品です。ここにも〈たくさんペダルを使って〉
いう副題があります。
〈中庸のテンポで〉
〈たく
と言う指示があります。静かな雰囲気の曲です
さんのペダルを使って〉
(歌は優しく出して、和
が、
〈あまり遅くなく、モデラートのテンポで〉
音の刻みはひじょうに控えめに)それはノクタ
と書いてあります。途中激しく、また最後に神
ーンに限らず和音の刻みや分散和音をはっきり
秘的に静かに鐘の音が鳴り響きます。
〈たくさん
弾きすぎないようにとプーランク自身が言って
のペダルを使って〉第4曲「幻の舞踏会」:ジ
いることです。
ュリアン・グリーンの「家の中の隅々までワル
小林:8曲をまとめて聴かせていただく機会は
ツか、スコットランドの舞踊の音が満ち、その
なかなかないと思います。演奏をお願いいたし
結果病人はその病床で祭りに参加し、若きよき
ます。
(譜例4)
【譜例4】
第1曲
第2曲
07
第3曲
第4曲
第5曲
第6曲
第7曲
08
〈特集〉第23回全国研究大会
第8曲
小林:ジョン・フィール
お話や演奏を通して改めて発見することが多か
ドからフランスの現代作
ったと思います。ありがとうございました。
曲家に至るノクターンの
流れをみてきました。ノ
クターンというものがシ
(誌面の都合上、一部カットして掲載しました。なお、前
号のパネルディスカッション〈第1部〉もご参照ください。
)
ョパンを中心にしていか
に広い音楽の世界をもっ
(編 広報部 吉田優子)
ているかということを、
●
第2
4回全国研究大会における
会員の研究発表を募集します。
●
来春3月29日、30日の2日間にわたり「保谷こもれびホール」
(東京・西東京市)
で開催される第24回全国研究大会において、会員による研究発表を次の要領によ
り募集します。
①発表内容はピアノ音楽、ピアノ教育に関する研究で未発表のものに限ります。ま
た、大学院・修士論文の発表もできます。
(ただし当該年度と前年度修了に限る)
②応募者は平成19年8月末日までに一般会員の資格を取得した者に限ります。
③発表テーマ及び要旨(約800字程度)を平成19年12月10日〈当日消印有効〉ま
でに事務局へ提出してください。(期限厳守)
④発表時間は口述で約30分程度(質疑応答を含む。ただし応募者数により多少の
変更があります)
⑤発表者の決定は、当連盟の常任理事会がこれをおこないます。
本連盟発行の「紀要」に論文として掲載することについては、口述発表の
● ( 結果に基づき、研究部の審査を経て常任理事会がその可否を決定します。)
●
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