比較経済研究 第46巻第2号 とマイナスの側面の双方をさらにバランスよく提 成長に転換するのではないかと予測された。しか 示できたのではないかとも思う。但し,そうであ し,2006年には10.7%の成長率を達成し,2007年 るとしても,本書が2000年代初頭までの移行プロ にも11.4%を記録した。 セスの成果を積極的に評価した良書であることに 中国にとって記念すべき改革開放30周年を迎え 変わりはない。 た2008年は,実に多事の秋となった。年初に「南 最後に,本書は,西村可明氏(元一橋大学副学 方雪害」 ,年中に「四川大地震」 ,ようやく迎えた 長)の学恩を受けた研究者たちが結集して執筆し 「北京五輪」も演出効果の批判を受け,さらに目下 たものであるという点について触れておきたい。 の世界金融危機の荒波によって先行きが不透明に 西村氏は,1974年に一橋大学経済研究所に着任し なった。11月15日に閉幕したG20金融サミット, て以来,30年余りの長きに渡り旧ソ連・東欧地域 23日に閉幕したアジア太平洋首脳会談の記念撮影 の経済研究の第一線で活躍されてきたわけである の際,中国の胡錦濤国家主席が開催国大統領の隣 が,本書が示しているように,後進の育成にも力 に立ったことは,特に国際社会の注目を集めた。 を尽くしてこられた。本書の著者たちの研究の成 それは言うまでもなく,現在 1 兆 5 千億ドルの外 果に敬意を表するのと同時に,西村氏のこれまで 貨準備を保有する中国が世界金融危機を克服する の研究・教育にも敬意を表したい。 上で果たすべき役割への期待,さらには,中国経 (早稲田大学政治経済学術院) 済の持続的な成長が世界経済を牽引することへの 期待を示している。 注 こうして現在の金融危機に直面して,中国経済 1)クラスター分析において,鉄鋼(HS74)がクラス ター 1 とクラスター 4 の双方に分類されていたが,一つ のケース(この場合,鉄鋼)が複数のクラスターに同時 に含まれるというのは記述上の誤りであろう。 の「高成長は持続可能か」という問いの意味合い がもはや以前と変わってきた。しかし,それに対 する答えは,中国経済をめぐる国内外の両側面に 対する深い理解なしには語れない。2 年ほど前に 上梓された本書はまさに上記の問いに真正面から 答えようとするものである。 本書は序章を含め,全体で 8 章から構成されて いる。以下では各章の内容を紹介しながら感想を 述べよう。序章「中国経済と人民元の行方-戦後 深尾光洋編 日本の通貨・為替政策との比較」 (深尾光洋・伊藤 『中国経済のマクロ分析- 高成長は持続可能か』 隆敏稿)は, 「戦後の日本の為替管理自由化と対比 することで,中国の通貨・為替政策の将来を展望 (日本経済新聞社,2006年,iii+253 pp.) する」という目的に示されているように,統制経 済の下での日本為替管理の複雑な状況から語り起 王 京濱 こし,価格統制と配給制の実情が中国計画時代の それと酷似していることを指摘している。また, 1979年以来,二桁に迫る高度成長を続けてきた 日本のドッジラインよる 1 ドル360円という単一 中国経済がいつ転換点を迎えるのかという問題は, 固定相場制の実施を,1994年の中国における為替 経済学者の絶えざる関心事である。 近年でいえば, 管理( 「双軌制」 )の一元化と対比しながら,その 2003年に SARS が発生し,広東省における「人手 後の日中両国の為替管理自由化の流れを詳細にま 不足」の現象が現れた際, 「ルイスの転換点」をテ とめている。とりわけ,IMF 8 条国に移行し経常 ーマにした議論が多く見受けられた。 この時期に, 取引が自由化するにつれ,国際貿易や外資の受入 胡錦濤指導部が「科学的発展観」を打ち出し,そ れが活発になった1996年以降の中国の状況は,日 れまでの経済成長一辺倒な発展様式を見直したた 本の1964~1974年の状況と類似しているという指 め,中国の経済成長はいよいよ高度成長から安定 摘は興味深い。さらに, 「マンデルの不可能な三角 58 書 評 形」に基づき,中国の固定相場制は,維持する上 し,その後,貿易黒字の定着や外国直接投資の増 で過大な政策コストを必要とし,将来的に維持で 加などによって外貨準備を急増させた結果,1996 きなくなる可能性があると指摘する。つまり,中 年に IMF 8 条国に加盟すると同時に国内為替市 国企業の海外進出に伴い,事実上,偽装した形で 場の自由化と資本取引の規制緩和が行われるよう の大規模な国際資本移動が生じているため,金融 になる。中国は2005年に通貨バスケット制への移 政策の独立性を放棄しない限り,中国は遅かれ早 行を行い,より柔軟な為替管理システムの実現に かれ変動相場制へと移行せざるを得ないという。 向けて大きく前進した。最後に,国内金融システ ムの脆弱性 (銀行の不良債権や株式市場の規範化, 第 1 章「中国の経済政策決定過程の問題点」 (田 中修稿)は,改革開放後における経済の周期的過 金利の自由化など)の問題が依然として中国経済 熱問題が中国の政治システムに起因する,独特の に伸し掛かり,今後,為替管理政策の適切な運営 経済政策決定メカニズムによりもたらされたと論 が必要とされると指摘する。細かいことではある じ,著者の独自の視点からその政策決定過程と問 が, 「国民党政府の中央銀行であった中国銀行を外 題点について明らかにしている。経済政策の流れ 国為替専門銀行に指定」 (p. 73)との叙述は,史 については, 「改革・開放以前」 (1949~1977年) , 実に符合しない。つまり,1927年までの北京政府 時代においては中国銀行,交通銀行が中央銀行の 「改革・開放第Ⅰ期」 (1978~1991年) , 「改革・開 役割を果たしていたが,1928年からの南京政府時 放第Ⅱ期」 (1992~2002年) , 「改革・開放第Ⅲ期」 (2003年以降)のように,市場経済の進展にしたが 代においては上海に新しく設立された 「中央銀行」 って時期区分し整理を行っている。そこで,経済 という名の銀行が中央銀行となり,中国銀行と交 過熱の要因として, 最高指導者との強い因果関係, 通銀行がそれぞれ外国為替専門銀行,発展実業銀 5 年の政治サイクルの存在,地方財政の不備,金 行となった。 融機関の融資態度などが挙げられている。5 年周 第 3 章「企業統治制度と企業行動-支配株主と 期で開かれる中国共産党全国代表大会で中国の進 しての政府の存在」 (渡邉真理子稿)は,経済成長 むべき方向性が概ね決定されるという現実を鑑み の牽引役ともいえる上場企業に焦点を当て,ケー ると,首肯できる結論である。経済政策の問題点 ススタディと計量分析などの多彩な分析手法によ については,財政政策と金融政策に分けて検討を り中国の上場企業のコーポレート・ガバナンスの 行い,5 カ年計画によって方向性を拘束されがち 問題点を明らかにする。株式市場での多額な資金 となるがゆえに,マクロ経済政策の機動的な調整 調達の後,上場企業がとった非効率的な過剰投資 が阻まれることを指摘する。結局,省庁間(財政 行動は,経営のゆき詰まりと銀行融資の返済問題 部と発改委との間)の権限調整問題,中央銀行の を引き起こし,将来的に中国経済を不安定にしか 独立性,財政政策・金融政策を調整する仕組み・ ねないと指摘する。その根本的な原因は中国企業 場の欠如,中央―地方政府間の権限調整問題など の特異なコーポレート・ガバナンス構造にあると が中国の経済政策の有効性を大きく阻害したとい いう。とりわけ,政府や集団公司といった支配株 う実態を明らかにする。 主が企業トップの人事権を握っていることにより, 第 2 章「中国の通貨・為替制度の変遷」 (斉中凌 支配株主と少数株主の利害対立,つまり支配株主 稿)は,中華人民共和国成立後から今日まで(執 の少数株主に対する収奪の問題が生じる。上場企 筆時の2006年)の歴史を 6 つの時期に区分して, 業のパネルデータに基づいた統計分析からも,企 為替管理制度の特徴や為替レートの形成過程につ 業における決定権とキャッシュフロー権の分離が いて考察している。とりわけ,1953~1978年の集 起こり,上述した「収奪」が否定できないという 中的計画経済の時期に,ブレトンウッズ体制に従 結果を引き出している。一方で,そうした「収奪」 い米ドルペッグの固定相場制を実施し,また,ニ の解消を目指した民営化も活発になりつつあるこ クソンショック後に通貨バスケット制へ変更した とを TCL や格力の事例分析により指摘した点は 点などの指摘は興味深い。中国は1994年まで常に 極めて興味深い。 外貨不足に直面し,為替管理が厳しかった。しか 第4章 「銀行システムの改革」 (露口洋介稿) は, 59 比較経済研究 第46巻第2号 中国の銀行システムの変容に焦点を当てる。本章 稿)は,中国の雇用制度改革と労働市場の形成に は,改革開放後における四大国有銀行の設立,そ ついて,都市部国営企業の労働市場と農村労働力 の他の地域銀行,株式制商業銀行の設立を通して の移動の二つの側面から明らかにしている。1951 構築された中国銀行システムの歴史から語り起こ 年に都市部にできた「戸籍制度」が1955年に農村 している。そして,1998年前後の銀行改革(国有 部に拡大され,住民の移動が厳しく統制されるよ 商業銀行の自己資本充実,資産管理公司の設立と うになった。中国社会は都市と農村に分断され, 不良債権の移管,人民銀行の組織・政策調整)が 二重構造が形成された。都市部では国有企業を中 銀行システムの安定性強化に大きく貢献したもの 心とする雇用制度に基づき,労働力の統一配置が の,中国の銀行の不良債権比率は国際的に優良な 行われるため,国営企業は常に過剰雇用の状態に 銀行に比べ劣後すると指摘する。2002年以降に行 あった。改革開放後,国有企業改革に伴うリスト われた,銀行監督管理委員会の設立による対銀行 ラの過程では,歴史の「遺産」としての過剰人員 監督管理の強化や,国有銀行の株式会社化による の再就職労働市場が育成されていく。いわゆる労 経営メカニズムの転換の結果,主要商業銀行の不 働市場の「ストック改革」 (存量改革)である。一 良貸出比率は大幅な減少を見せている。今後,金 方,農村にとどめ置かれた余剰労働力が出稼ぎと 融政策の有効性の確保のため,金融の自由化や直 いった目的で大量に移動し始めると,都市部にこ 接金融チャンネルの整備が進められるとの見方を うして新たに増えた労働者をめぐる労働市場の育 提示する。 成が必要となる。いわゆる「フロー改革」 (流量改 第 5 章「中国経済発展と貿易・直接投資」 (伊藤 革)である。上記の二つの改革は同時に進行した 元重・下井直毅稿)は,分析の時期を WTO 加盟 が,現在においても戸籍制度は完全撤廃に至って 前後の二つに大別し,各時期における国際貿易及 おらず,統一した労働市場が未形成と言わざるを び外国直接投資と中国経済発展との関係を明らか 得ない。2003年前後の東南沿岸部における求人難 にする。WTO 加盟以前には,輸出加工型の貿易 に触れ,それが外資系企業の特殊な雇用スタイル に対する自由化政策と国内市場への制限という二 による「若年女性出稼ぎ労働者」の不足に過ぎな 重構造の下で,外資系企業が輸出の主な担い手と いとの分析は興味深い。 なり,加工貿易が主な輸出形態となった。それは 第 7 章「中国の成長見通しと経済調整」 (余永定 また同時に,大量の就業機会を創出し,農村部の 稿,笛田郁子訳)は, 「少なくとも今後(執筆時) 過剰労働力を吸収した。WTO 加盟に伴う二重構 10年間間違いなく 9 %前後の高い成長率を維持」 造の緩和は,内外価格差の調整をもたらすのみな することが可能である原因,および成長戦略の修 らず,産業構造の調整も迫ることになる。市場経 正の必要性を明らかにしている。前者に関しては 済と認められない下での WTO 加盟は,中国に差 「今後10年間の中国の潜在成長率」が,供給サイド 別的な条件を押し付け,中国に対するセーフガー と需要サイドから考察されている。供給サイド要 ドやアンチダンピングの発動を容易にすると指摘 因としては,高貯蓄率(2005年に50%に近い)に した点は興味深い。1995~2006年における対中国 基づいた高投資率(45%)の持続や教育水準の向 アンチダンピング措置の317件のうち,63件(第1 上に基づいた労働生産性の上昇が指摘され,需要 位)がインドであり,第 2 位のアメリカより13件 サイドに関しては,消費,投資,政府支出,純輸 も多いという事実は,中国は先進国とだけではな 出といった要因がすべて好調であることが指摘さ く,途上国とも貿易摩擦を激化させていることを れている。 「中国経済の持続可能性」については, 示唆している。最後に,市場開放による経済成長 マネーサプライが高い伸びを示しているが,貯蓄 が,中国の地域間格差拡大の原因の一つとなり, 率と貯蓄預金率も高いため,ハイパーインフレな その結果,間接的に社会的不安定要因にもなって しの経済成長過程が持続するという点が示されて いると指摘されている。国内調整が今後の課題と いる。一方,長期的に FDI 残高の増加に伴う投資 して残されている。 所得の流出をバランスさせるにはより大きな貿易 第 6 章「中国における就業と労働市場」 (李天国 黒字が必要になるが,国内外の制約が厳しくなり 60 書 評 つつあることや資源と環境面での制約が,成長の てきた結果,国内市場と国内産業の調整が今後の 持続性にマイナスの要因となる。 後者に関しては, 中国の「均衡のとれた発展」戦略にとって大きな 中国の輸出と FDI 主導の成長戦略は中国の貿易 課題となっている。2008年からの対外資優遇政策 依存度(2005年に75%)を極端に引き上げる結果 の見直しにより,外資導入は「量から質へ移行」 となり,世界経済の循環的な動きや外部ショック し,中国の産業構造の高度化に貢献するものだけ からの影響はもとより,窮乏化成長,貿易摩擦の が歓迎されるようになった。本書はこうした政策 激化も避けられなくなっている。社会保障制度, 変更への予見を執筆時点の2006年に行っているが, 医療制度および教育インフラの整備により個人消 これは中国経済への深い洞察なしにはできない。 中国国内の経済学者や政策立案者は,中国の経 費を促進させながら,内需主導の経済成長戦略へ 済成長に関して, 「 8 %成長はゼロ成長に等しい」 転換する必要性があると訴える。 上に述べたように,本書は中国の為替管理制度 という共通の成長観を持っている。なぜならば, から論を起こし,国内側面として経済政策の決定 毎年1500万人ほどの生産性の低い農村余剰労働力 や国有企業問題,銀行システム,労働市場の形成 を生産性の高い非農業部門に移動させるために必 など,国際側面として貿易・直接投資に焦点を当 要な成長率であるのと同時に,その移動によって て,示唆に富んだ結論を多く引き出している。と 達成可能な成長率であるとも言われているからで りわけ,以下の二つの点を評価したい。 ある。しかし,外資導入政策の見直しや農業に対 第 1 に,日本の経験との比較である。中国改革 する保護政策の実施などにより,農村余剰労働力 開放の立役者である鄧小平氏は,かつて,自分の の移動が減速してくる可能性が否定できない。こ 政策立案について「常に日本の友人から助言をい うした中国の農業政策の変更がいかに労働力移動 ただいている」と発言していた。つまり,戦後日 に作用し,経済成長にどのような影響を及ぼすの 本の経済発展過程で現われていた諸問題が同様に かについての議論が,本書においてもあってしか 現代中国の経済発展過程で浮上しているというこ るべきであった。 とである。しかし,1990年代後半からは,中国国 内需拡大の成長戦略への転換において,社会保 内において欧米発の経済理論や経験がより重視さ 障制度の整備により貯蓄性向を低め,個人消費を れるようになり,日本の経験が無視されるように 拡大させるのは最大の政策手段とされる (第7章) 。 なった。本書では主に為替管理制度の自由化過程 しかし,一方で,高い貯蓄率・貯蓄預金率は高い に沿い日中比較が行われたが,こうした日本経済 貨幣供給率を吸収し,ハイパーインフレを引き起 研究者特有の視点が今後の中国研究に大いに生か こさずに経済成長を持続するための必要条件とも されてしかるべきであろう。 なっている。この意味で,金融政策と絡んだ経済 成長戦略への転換に関する議論が本書の今後の課 第 2 に,国際貿易と直接投資に依存した経済発 題として残されている。 展モデルの限界性についての指摘は今日的な意義 (大阪産業大学経済学部) が極めて高い。二重構造の貿易自由化が進められ 61
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