1 ブログ〈妖精の詩〉より また正月がくる。 6 回目の正月。 『妖精の詩』を

ブログ〈妖精の詩〉より
また正月がくる。
6 回目の正月。
『妖精の詩』を歌ってから 6 回目の正月。
あの出版は 2006 年の夏だった。
すぐにも続編ができる、とアキは思っていた。
でも、いまもまだできていない。
ブログもほとんど更新しない。
それには、アキにとって悲しい理由と、
嬉しい理由とがある。
悲しい理由は、まだ破壊と会えていないことだ。
会いたいというアキの願いは、
破壊のところで止まっている。
会ったらまた妖精の詩の続きを歌うという未来も、
破壊のところで止まっている。
会う、会える、と言ったまま、破壊は動かない。
6年じっと動かない。
破壊が動かなければアキにはどうしようもない。
嬉しい理由は、破壊との毎日が、このうえなく穏やかなことだ。
世はなべてこともなし。
歌うほどの心の事件はもう長い間ない。
アキは信愛だけに満たされ、たぶん破壊も同じだと感じている。
ある時、破壊が突然「掃除をする」と宣言した。
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4年ほど前だったろうか。
そしてしばらくたってから、「ノミがいなくなった」とアキに報告
した。
それからは、週に一度は「掃除する」、あとには必ず「風呂はいる」
。
そのあとだった、破壊が髪を切ったのは。
オールバックから五分刈りにした、そう聞いた。
もちろん自分でだ。
アキは嬉しかった。
ベリーショートの自分に近くなったから。
そして、いつか破壊の頭を抱く時、ヘアオイルを気にしなくてよく
なったから。
それから破壊は歯の大工事にとりかかった。
持ち前の規則正しさで歯医者に通い養生し、
ついにすべてを修繕した。そのあと食生活が少し変わった。
肉をあまり食べなかったのは、歯のせいだったのだ、
とアキは知った。
「焼き肉食べてる」
「噛める」「うまい」と破壊は叫んで、
しばらくは毎晩焼き肉を食べていた。
あのころから一挙に日々が穏やかになった、とアキは思い返す。
現実の距離は少しも縮んでいないのに、確信がどんどん増した。
破壊は必ずいて必ずふたりの場所にやってくる。
昨夜消えた場所、
「倉庫」の裏手や植え込みの陰、
もしそこにいないなら、もう狩りにでていて、
アキがきたのに気付いたら、すぐパーティに誘ってくれる。
明日は「ひま」
「買い物たくさん」「買い物ちょっと」
「洗車する」
「歯医者と内科」
昔はなかった別れ際のその予告が、アキの確信を育てた。
なかなか現れなくても、もう狂乱などしない。
寢こけているか、パソコンの故障かに違いない、と思う。
そしてほんとうにそのとおりだったと、遅くやってくる破壊の報告
で知る。
時にアキは一晩、年に一度は 10 日ほど、パソコンを離れる。
そんな時にはケータイメールを出す。一方通行のメールを。
しばしば旅先の写真をつけて出す。
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破壊はいつもパソコンを離れずにいて、アキを待っている。
一度だけ、破壊が遠出したことがある。いや、二度だ。
病んでいた破壊の父が危篤になった。
アキが母親を亡くしたあとのことだ。
破壊は帰郷を敢行した。何十年ぶりかの帰郷を。
何年ぶりかで金のブレスやネックや時計をして、シーマに乗って、
故郷まで長い時間ひた走った。
出発前に破壊はノートパソコンを買った。
周到に事前調査して、宿は通信設備のあるホテルを選んだ。
「アキいないと淋しいからな」
そう言ってアキの胸を熱くさせて破壊は出かけた。
着いてからは、毎晩、約束どおり、破壊はふたりの場所にきた。
ゲームはしなかった。ゲーム用のスペックがあるノートではなかっ
たからだ。
ただ会っていっしょに呑んで話をした。そのためのノートだった。
いつもながらの細切れの話から、久しぶりに触れた故郷や家族への
複雑な思いを、
アキは感じ取った。
三日ほどいて破壊は戻った。
ほどなく父の訃報が届き、破壊はもう一度、
父の葬儀にでかけていった。
田舎風に長男の役割を当てられた。
「ちゃんとカタギ向けに挨拶できたか」
「わからん」
ちょっと興奮気味の破壊の言葉から、
久しぶりに破壊のなかを淋しい嵐が吹いているのをアキは感じた。
今度も三日ほどいて破壊は戻った。
それからは以前どおりの規則正しい毎日が続いている。
破壊はアキとだけかかわる。
新しいゲームを見つけたらもちろんアキを連れて行く。
「今 DL してる。登録して入れろ」
アキとふたりでできることだけして、他人が必要なことはしない。
好きな対人バトルもこのごろはしない。
アキとふたりで作るグループにはいつも「妖精の詩」と名付ける。
ぼんやりのアキが気付かないイベントや便利な操作を教える。
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いいアイテムが手に入ったら気前よくやる。
もちろん、自分の能力に影響しない限りでだけれど。
そんな破壊にアキは甘えて遊ぶ。
アキ:寄生していいか
破壊:jf
アキ:おお経験値入るアイテムも入る
破壊:はhhh高いぞ
アキ:らんらんらーん
破壊:ここきて死ぬか
アキ:やだーーー
あいかわらずのゲームのうまさにアキはうっとりする。
ミニゲームでもいつも上位だ。一位も少なくない。
だいたい足をひっぱっているけれど、
字を読まなければならないクエストでは、役に立つこともあって、
そんな時アキは誇らしい気持になる。
そんな機会はめったにないが。
むつまじい日々に、でも、恋の会話はもうない。
4
アキの心にもあの焼けつくような恋の炎はない。
現実の恋人たちとの間に、やがて醸成されたのと同じような、
かけがえのない深い信愛だけがあって、その一端を、ときおり口に
するだけだ。
食べ物の報告をし合って、うまくゆけば同じものを食べる、
といったことでじゃれあうだけだ。
アキ:今夜なに食べようかなあ
破壊:とんかつ
アキ:あはhh破壊それなの
破壊:だ
うまいぞ
アキ:買ってくるのか
破壊:だ
アキ:おし
おれもそうしょ
破壊:だ
大晦日、ふたりはいっしょに年越し蕎麦を食べた。
破壊は海老天が 3 匹乗った天ぷら蕎麦。
アキはニシン蕎麦。
元日には破壊は通販で買った 3 段重ねのお節を食べる。
アキは手作りの雑煮を食べる。
それでもアキは会いたいと思う。破壊に必ず会いたいと思う。
昔のように、会って恋を実現したいとはもう思っていない。
ただ、このかけがえのない信愛をこめて、肉欲は一切抜きに、
抱きしめたい。
毎晩、チャットでそうしているように。
アキ: ぎゅうううううううう・・ううう
破壊:ぎゅうううう・・・・
アキ:おysm・・zz・・・zzz・・・・・・
破壊:おysm・・zzzzzzz
今夜はまだお休みは言わない。
「ちとほうち」と今破壊が言う。
飲みタイムの合図だ。
今夜はゆっくり。
もうすぐ年が変わる・・・・・
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