科学技術振興調整費 第Ⅰ期成果報告書 総合研究 植物-微生物間相互作用の解明による 新たな共生系・病害抵抗性植物の 開発のための基礎研究 研究期間:平成12年度~14年度 平成 15 年 6 月 文部科学省 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 研究計画の概要 p.1 研究成果の概要 p.7 研究成果の詳細報告 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 1.1. ゲノム情報に基づく病原性分化機構の解析 1.1.1. 病原細菌のゲノム情報に基づく病原性分化機構の解析 p.13 1.1.2. 植物ゲノム情報に基づく病原抵抗性遺伝子の多様化機構の解明 p.22 1.2. 細胞内共生の成立を支える根粒菌遺伝子群の解析 1.2.1. 細胞内共生の成立を支える根粒菌遺伝子群の解析 p.30 1.3. モデル植物ミヤコグサを用いた共生及び病害抵抗性遺伝子群の解析 1.3.1. 突然変異飽和法によるミヤコグサ共生遺伝子群の顕在化 p.39 1.3.2. ミヤコグサ高密度分子連鎖地図の作製 p.48 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.1. 発病及び抵抗性誘導因子の生合成と受容に関わる遺伝子群の解析 2.1.1. 植物病原細菌における病原力制御機構 p.56 2.1.2. 植物病原細菌の品種特異的抵抗性反応誘導機構の解明 p.65 2.2. 共生および病原微生物のシグナル分子と宿主特異性の決定機構 2.2.1. 根粒菌 Nod ファクターに対するマメ科植物細胞の遺伝子応答 p.74 2.2.2. 生合成を介した病原糸状菌の宿主決定機構 p.84 2.3. 宿主植物における感染シグナル伝達と遺伝子発現調節系 2.3.1. 病原菌シグナル物質による宿主受容化の分子機構 2.3.2. マメ科植物における共生シグナル伝達と遺伝子発現調節系 p.94 p.103 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 3.1. マメ科植物の共生器官形成過程の分子生物学的解析 3.1.1. マメ科植物における根粒特異的遺伝子の機能と発現調節機構 p.112 3.1.2. 根粒形成における特異的オルガネラ分化の分子機構 p.123 3.2. 窒素固定能発現に関わる根粒細胞-バクテロイドの相互作用 3.2.1. 根粒特異的遺伝子の分子進化と共生微生物認識機構 p.129 3.2.2. Fix-突然変異体を用いた窒素固定能発現調節機構の解析 p.137 3.3. 病原菌感染に対する植物の防御応答の分子機構 3.3.1. 過敏感細胞死の誘導分子機構の解析 p.147 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 研究計画の概要 ■ 研究の趣旨 植物は生態系の中で、周囲の微生物や昆虫、あるいは他の植物との間で病虫害、寄生、共生、生育阻害など、様々な特異 的関係を持って生存している。この中でも、とりわけ植物と微生物の相互作用は、作物の病害防除や共生窒素固定の有効利 用など、持続的な食料生産と地球環境の保全の面からみて重要な課題に直結している(図1)。 生物間相互作用は、複数の生物の多数の遺伝子が関与する複雑な生物現象であり、また実験系が限定され解析的研究に 適したモデル系が成り立ちにくいなどの理由から、未解明の部分が多い。しかし近年、ゲノム解析や分子生物学的研究手法、 超微量物質の構造解析技術などの進歩により、特異的な相互作用に関わるシグナル分子の同定、それらに対する応答機構 の解析、共生や病害抵抗性に関わる植物遺伝子の単離など、この分野の研究の進展にはめざましいものがある。またモデル 系についても、シロイヌナズナやイネのみならず、ミヤコグサなど分子遺伝学的研究に適したマメ科植物のモデル系が確立さ れ、さらに根粒菌や病原菌のゲノム解析の組織的研究も始められており、分子遺伝学的な研究の条件が整ってきた。これらに よって、植物と微生物の相互作用に関する分子遺伝学的・分子生物学的研究を一気に加速する条件が生まれている。 このような背景のもとで、本研究は植物と共生・病原微生物の相互作用のメカニズムを分子レベル、遺伝子レベルで解 明することにより、遺伝子工学的手法による有用共生系と耐病性植物の作出のための技術開発の基盤を確立することを目 指すものである。第I期(平成 12~14 年)においては、特異的相互作用に関わるシグナル分子、それらの生合成や認識・受 容に関わる遺伝子を単離するとともにそれらの基本的な性質を解明し、あわせてモデル植物のミュータントライブラリの構築 と遺伝子マッピングなどを通じて、分子遺伝学的な研究のための基盤を整備する。第 II 期(平成 15~16 年)には、認識・受 容に引き続くシグナル伝達系、植物側の応答メカニズムの全貌を解明するとともに、共生や病害抵抗性などに関わる有用 な遺伝子を単離し、特許化を図る。 図 1 研究の対象 1 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 研究の概要 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 植物と微生物の相互作用は、遺伝的に厳密な特異性によって支配されている。たとえばダイズ根粒菌はダイズにのみ感染 し、その他のマメ科植物とは相互作用しない。病原菌に対する植物の抵抗性に関しても多くの場合、同様な遺伝的特異性が 認められる。本サブテーマでは、このような特異性を成り立たせる植物と微生物の双方が有する遺伝的基盤を分子遺伝学的 手法によって解明する。 1.1. ゲノム情報に基づく宿主決定・抵抗性誘導の分子機構の解析 病原菌の宿主認識や病原性・非病原性に関わる遺伝子群並びに植物の抵抗性遺伝子群を中心にその近傍を含めた広 範囲にわたる塩基配列の解析を行う。これを基盤として病原微生物の寄生性分化機構、対する植物の抵抗性多様化機構を 明らかにするとともに、植物の抵抗性遺伝子と病原菌の非病原性遺伝子(avr)の相互作用による抵抗性発動の分子機構を 解明する。 1.2. 細胞内共生の成立を支える根粒菌遺伝子群の解析 根粒菌の細菌としての生活環の根幹を制御するシグマ因子などの転写調節因子や、チェックポイント制御因子など細胞 分裂制御遺伝子等が細胞内共生体の形成に果たす役割を分子遺伝学的手法を用いて解析することにより、宿主認識と共 生窒素固定を支える根粒菌の遺伝的基盤の独自性を明らかにする。 1.3. モデル植物ミヤコグサを用いた共生及び病害抵抗性遺伝子群の解析 マメ科モデル植物としてのミヤコグサについて共生及び病害抵抗性遺伝子の大規模な分離を目的として、重イオンビー ム法等によって20,000系統以上のゲノム欠失ミュータントライブラリーを構築し、共生変異体を中心に変異形質の解析と遺 伝解析を実施する。同時に、ミヤコグサゲノムの高密度連鎖地図を作成し、これら変異体や既知の遺伝子をマッピングする ことにより、共生関連遺伝子や抵抗性遺伝子の単離のための基盤情報を整備する。 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 植物と微生物の相互作用は多くの場合、微生物の生産する特定のシグナル物質を介して行われる。本サブテーマでは、根 粒形成シグナル(Nodファクター)や、エリシター、サプレッサーなど発病および抵抗性誘導の引き金となる微生物シグナルを 介した相互作用の初期過程を、微生物、植物の両側面から分子生物学的な手法で解明する。 2.1. 発病及び抵抗性誘導因子の生合成と受容に関わる遺伝子群の解析 カンキツかいよう病をモデルとして、植物病原細菌の発病及び抵抗性誘導因子の生合成と宿主細胞への注入に関わる病 原細菌の遺伝子、及びこれら因子の認識と受容に関わる植物側の遺伝子を単離し、それらの構造と基本的な性質を解析す ることにより、病原性発現及び抵抗性誘導機構を分子レベルで明らかにする。 2.2. 共生および病原微生物のシグナル分子と宿主特異性の決定機構 根粒菌の根粒形成シグナル分子(Nodファクター)に対する宿主マメ科細胞の初期応答を細胞生化学的及び特異的な遺 伝子発現制御の面から詳細に解析する。また、病原糸状菌における、シグナル分子としての宿主特異的毒素の生合成に関 わる遺伝子群の解析をモデルとして、植物-病原菌相互作用における寄生性分化、宿主決定機構を解明する。 2.3. 宿主植物における感染シグナル伝達と遺伝子発現調節系 根粒菌の共生シグナル、病原菌のエリシター・サプレッサーなどの感染シグナル受容によって引き起こされる一連の植物 反応のカスケード、すなわちシグナル伝達のメカニズムを明らかにするとともに、これに伴う植物の遺伝子発現調節系を解 明する。 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 微生物シグナルの認識・受容の結果として引き起こされる植物の応答は、根粒菌に対しては窒素固定根粒の形成を通じた 細胞内共生の成立であり、病原菌に対しては特異的あるいは非特異的な抵抗性反応の誘導である。本サブテーマではこれら の植物応答のメカニズムを分子生物学的に解明するとともに、特に共生窒素固定系について、窒素固定共生を支える根粒細 胞とバクテロイドの相互作用の解明を目指す。 2 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3.1. マメ科植物の共生器官形成過程の分子生物学的解析 根粒形成に関与する特異的遺伝子の機能と発現調節機構、また共生窒素固定に特異的な代謝系や共生特異的な細胞 オルガネラ分化機構の解析により、共生窒素固定根粒形成の分子機構を植物側の遺伝子発現の面から明らかにする。 3.2. 窒素固定能発現に関わる根粒細胞-バクテロイドの相互作用 共生窒素固定は、感染シグナルに対する宿主植物の応答(根粒の器官形成)の後に、根粒菌の細胞内共生体(バクテロ - イド)化が起こってはじめて実現する。そこで、バクテロイド分化に異常をきたしたFix (窒素固定能のない根粒を形成する) 植物ミュータントの解析等によって、根粒菌のバクテロイド化、窒素固定能発現に関わる植物側の因子を明らかにする。 3.3. 病原菌感染に対する植物の防御応答の分子機構 病原菌の感染シグナルによって引き起こされる植物の防御応答のうちでもっとも普遍的かつ重要な過敏感反応(細胞死) について、染色体DNAのラダー化などその基本的な性質を明らかにするとともに、植物における細胞死の誘導因子・誘導 機構を分子レベルで解明する。 1.植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 ◎マメ科モデル植物・根粒菌の分子遺伝学 ◎ゲノム情報に基づく植物-病原菌相互作用 2.認識・感染初期相互作用の分子機構 3.根粒形成と防御応答の分子機構 ◎シグナル分子と宿主特異性 ◎根粒形成と共生窒素固定系成立の 分子機構 ◎発病及び抵抗性誘導因子の生合成 と受容に関わる遺伝子群 ◎防御応答の分子機構 ◎シグナル伝達機構と遺伝子発現調 節系 生物間相互作用における植物の多様な適応機構の解明 共生・病害抵抗性遺伝子の単離 新たな共生系・病害抵抗性植物の開発 図 2 研究の概要と研究課題 3 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 年次計画および所用経費 (単位:百万円) 所要経費 研 究 項 目 12 年度 13 年度 14 年度 合計 14.2 56.1 29.5 99.8 16.6 15.6 26.4 58.6 10.4 9.1 9.1 28.6 10.3 9.9 9.6 29.8 11.4 11.8 11.2 34.4 14.7 23.9 11.5 50.1 14.0 19.3 17.8 51.1 14.5 12.9 12.2 39.6 11.6 11.6 11.5 34.7 2.3.1. 病原菌シグナル物質による宿主受容化の分子機構 13.9 13.2 12.5 39.6 2.3.2. マメ科植物における共生シグナル伝達と遺伝子発現 調節系 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 14.9 14.0 13.2 42.1 18.0 42.6 30.0 90.6 12.9 12.4 12.0 37.3 12.9 11.6 11.0 35.5 14.6 16.3 13.9 44.8 10.4 10.9 10.4 31.7 0.3 0.3 0.1 0.7 215.7 291.4 241.9 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 1.1. ゲノム情報に基づく宿主決定・抵抗性発動の分子機構の解 析 1.1.1. 病原細菌のゲノム情報に基づく病原性分化機構の解 析 1.1.2. 植物の抵抗性遺伝子による病原体認識機構の分子遺 伝学的的解析 1.2. 細胞内共生の成立を支える根粒菌遺伝子群の解析 1.3. モデル植物ミヤコグサを用いた共生及び病害抵抗性遺伝 子群の解析 1.3.1. 突然変異飽和法によるミヤコグサ共生遺伝子群の顕 在化 1.3.2. ミヤコグサ高密度分子連鎖地図の作製 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.1. 発病及び抵抗性誘導因子の生合成と受容に関わる遺伝子 群の解析 2.1.1. 植物病原細菌における病原力制御機構 2.1.2. 発病および抵抗性誘導因子の植物による受容機構 2.2. 共生および病原微生物のシグナル分子と宿主特異性の決 定機構 2.2,1. 根粒菌Nodファクターに対するマメ科植物細胞の遺伝 子応答 2.2.2. 宿主特異的毒素生合成を介した病原糸状菌の宿主決 定機構 2.3. 宿主植物における感染シグナル伝達と遺伝子発現調節系 3.1. マメ科植物の共生器官形成過程の分子生物学的解析 3.1.1. マメ科植物における根粒特異的遺伝子の機能と発現 調節機構 3.1.2. 根粒形成における特異的オルガネラ分化の分子機構 3.2. 窒素固定能発現に関わる根粒細胞-バクテロイドの相互作 用 3.2.1. 根粒特異的遺伝子の分子進化と共生微生物認識機 構 3.2.2. Fix-突然変異体を用いた窒素固定能発現調節機構 の解析 3.3. 病原菌感染に対する植物の防御応答の分子機構 4. 研究推進 所 要 経 費 (合 計) 4 749.0 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 実施体制 研 究 項 目 1. 担当機関等 研究担当者 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 1.1. ゲノム情報に基づく宿主決定・抵抗性発動の分子機構の解析 1.1.1. 病原細菌のゲノム情報に基づく病原性分化機構の解析 農業生物資源研究所 遺伝資源研究グループ 1.1.2. 植物の抵抗性遺伝子による病原体認識機構の分子遺伝学 農業生物資源研究所 的的解析 生理機能研究グループ 東北大学大学院 1.2. 細胞内共生の成立を支える根粒菌遺伝子群の解析 落合 弘和 (主任研究官) 川崎 信二 (上席研究官) 三井 久幸(助教授) 生命科学研究科 1.3. モデル植物ミヤコグサを用いた共生及び病害抵抗性遺伝子群 の解析 1.3.1. 突然変異飽和法によるミヤコグサ共生遺伝子群の顕在化 新潟大学理学部 ○川口 正代司 ( 助教授) 1.3.2. 2. ミヤコグサ高密度分子連鎖地図の作製 千葉大学園芸学部 原田 久也(教授) 農業技術研究機構 塩谷 浩 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.1. 発病及び抵抗性誘導因子の生合成と受容に関わる遺伝子群の 解析 2.1.1. 植物病原細菌における病原力制御機構 果樹研究所 2.1.2. (主任研究官) 静岡大学農学部 ○露無 慎二(教授) 東京農工大学農学部 横山 正(助教授) 宿主特異的毒素生合成を介した病原糸状菌の宿主決定機 名古屋大学大学院 柘植 尚志(助教授) 構 生命科学研究科 発病および抵抗性誘導因子の植物による受容機構 2.2. 共生および病原微生物のシグナル分子と宿主特異性の決定機 構 2.2.1. 根粒菌 Nod ファクターに対するマメ科植物細胞の遺伝子応 答 2.2.2. 2.3. 宿主植物における感染シグナル伝達と遺伝子発現調節系 2.3.1. 病原菌シグナル物質による宿主受容化の分子機構 岡山大学農学部 豊田 和弘(助手) 2.3.2. マメ科植物における共生シグナル伝達と遺伝子発現調節系 鹿児島大学理学部 阿部 美紀子(教授) マメ科植物における根粒特異的遺伝子の機能と発現調節 農業生物資源研究所 ◎河内 宏 機構 生理機能研究グループ 根粒形成における特異的オルガネラ分化の分子機構 香川大学農学部 ○田島 茂行(教授) 京都大学大学院 畑 信吾(助教授) 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 3.1. マメ科植物の共生器官形成過程の分子生物学的解析 3.1.1. 3.1.2. (研究チーム長) 3.2. 窒素固定能発現に関わる根粒細胞-バクテロイドの相互作用 3.2.1. 根粒特異的遺伝子の分子進化と共生微生物認識機構 生命科学研究科 3.2.2. Fix-突然変異体を用いた窒素固定能発現調節機構の解析 3.3. 病原菌感染に対する植物の防御応答の分子機構 ◎、研究代表者; ○、各サブチーム責任者 5 愛知教育大学教育学部 菅沼 教生(助教授) 神戸大学農学部 土佐 幸雄(助教授) 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 研究推進委員会 氏 名 所 属 ◎庄野 邦彦 日本女子大学 教授 大内 成志 近畿大学農学部 名誉教授 ○河内 宏 農業生物資源研究所生理機能研究グループ 研究チーム長 ○川口 正代司 新潟大学理学部 助教授 ○露無 慎二 静岡大学農学部 教授 ○田島 茂行 香川大学農学部 教授 ◎ 推進委員長 ○ 研究実施担当者 6 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 研究成果の概要 ■総 括 本研究は、植物と共生・病原微生物の相互作用のメカニズムを分子・遺伝子レベルで解明することにより、遺伝子工学的手 法による有用共生系と耐病性植物の作出のための技術開発の基盤を確立することを目的としている。そのために、研究のア プローチと、主たる研究対象とする植物-微生物相互作用のステージによって、全体を3つの研究班から構成し、以下の研究 目標をかかげた。 第1班「植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明」では、植物-微生物相互作用研究の基礎となるモデ ル系の確立と分子遺伝学的解析のための基盤構築を行うとともに、それらをベースとして植物-微生物相互作用に関わる重 要遺伝子の単離、特異性に関わる植物、病原・共生微生物双方の遺伝的基盤を解明する。 第2班「植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構」では、根粒菌Nodファクターや、エリシター・サプレッサーな ど共生、発病および抵抗性誘導の引き金となる微生物シグナルを介した相互作用の初期過程を、微生物、植物の両側面から 分子生物学的な手法で解明する。 第3班「根粒形成・防御応答の分子機構」では、これら微生物シグナルの受容の結果として誘導される植物側の応答プログラ ム、すなわち、根粒菌に対しては共生窒素固定根粒の形成、病原菌に対しては特異的あるいは非特異的な抵抗性反応(防御 応答)の分子機構を明らかにする。 第I期においては、共生菌、病原菌と植物の特異的相互作用に関わるシグナル分子とそれらの生合成や認識・受容に関与 する遺伝子の単離と基本的な性質を解明するとともに、モデル植物のミュータントライブラリーの構築、遺伝子マッピングなどを 通じて分子遺伝学的研究基盤の確立を目標とした。全体としては、3つのサブグループ、個々の研究課題がこの目標に沿っ た成果を上げており、第II期の研究の展開に向けて必要な基盤を形成できた。特に第1班では、イネ白葉枯病菌の全ゲノム構 造の解読を短期間で達成し、またミヤコグサ根粒過剰着生変異の原因遺伝子クローニングに世界に先駆けて成功するなど、 きわめて水準の高い特筆すべき成果をあげた。これらは本総合研究による重点的な研究資金の投入や、本総合研究メンバー の組織的かつ緊密な協力なしには為し得なかったものであり、第I期における成果を代表するものである。第2、および3班に おいても、植物病原細菌のavr遺伝子のサプレッサー機能の発見、病原力の強弱を支配する新規の遺伝子の単離、宿主特異 的毒素生合成遺伝子クラスターの網羅的解析など、植物との相互作用に関与する病原微生物の遺伝子の解明において多く の新しい知見を生み出した。また病原菌に対する植物応答に関して、病原菌シグナルとの最初の相互作用の場である植物細 胞壁および原形質膜におけるシグナルの受容とシグナル伝達機構の解明、病原菌シグナルによって誘導されるアポトーシス 様細胞死の解析などで重要な成果が上がっている。共生に関わる植物応答では、ミヤコグサ根粒菌の生産する共生シグナル 分子の構造決定、それらに対する植物初期応答の解析、さらに大規模なミヤコグサcDNAマクロアレイの構築とそれを用いた 根粒菌感染から共生窒素固定根粒形成に至るプロセスでの宿主植物側の特異的な遺伝子発現の網羅的解析、根粒細胞オ ルガネラの分化機構解明を目的としたプロテオーム解析など、今後の研究の基礎となる重要な成果が達成された ■ サブテーマ毎、個別課題毎の概要 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 第1班では微生物、植物側ともに特筆すべき重要な科学的成果が得られた。イネ白葉枯病菌の全ゲノム構造の解読(生物 研・落合)とミヤコグサ根粒過剰着生変異体har1遺伝子のクローニング(新潟大・川口)である。イネ白葉枯病菌には多数のレ ースが存在するが、全ゲノム構造の解明により宿主特異性に関わるおよそ170のhrp遺伝子を特定することに成功し、その中に はイネ白葉枯病菌に固有の多数の新規遺伝子が含まれていた。イネ白葉枯病菌が属するXanthomonas属には、本研究の第 2班で取り上げているカンキツかいよう病菌など多くの植物病原細菌が含まれており、今回の成果はこれらの研究に対しても重 要な基盤情報を提供するものである。 ミヤコグサhar1遺伝子のクローニングは、厳しい国際競争のもとで成し遂げられたことも含め、きわめて重要な成果である。 7 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Har1遺伝子はロイシンリッチリピート(LRR)をもつレセプターカイネース(RPK)であったが、イネ白葉枯病抵抗性遺伝子や、近 年単離されたシステミンレセプターなどと同じLRR-RPK遺伝子群に属しており、共生と病原抵抗性の分子的接点を提示した点 でもそのインパクトは大きい。 マメ科植物は共生窒素固定という有用な形質をもたらすだけでなく、食料および資源植物としてきわめて重要な位置を占め ている。しかし、ダイズ、エンドウなど主要なマメ科植物はゲノムサイズが大きくその構造が複雑であったり、形質転換がきわめ て困難などの理由により、マメ科植物の分子遺伝学的研究はあまり進んでこなかった。日本に自生するミヤコグサはしかし、マ メ科としては例外的に小さなゲノムサイズ、短い世代時間、安定な形質転換系が確立されているなど、モデル系としての特徴 を備えている。そのため、マメ科モデル植物としてのミヤコグサを用いた分子遺伝学的研究基盤を確立・整備することは、本総 合研究の重要な目標の一つと位置づけた。この点では、ミヤコグサ高密度連鎖地図の構築(千葉大・原田)は特筆すべき成果 であり、日本に自生する生物資源を活用して、植物-微生物相互作用の解析のみならず、マメ類の育種にも通じる研究基盤 を世界に先駆けて確立した点できわめて意義が大きい。構築された連鎖地図は現在世界的にももっとも高密度なものであり、 今後ESTのマッピングなどによってさらに高密度化し、ダイズなど有用マメ類とのゲノムシンテニー解析を通じて、マメ科植物の 分子育種のための不可欠の基盤となる。 東北大・三井と生物研・川崎は、整備されたゲノム情報を活用して、植物-微生物相互作用におけるより高次の生物機能に 関して、それぞれ微生物、植物の側からユニークかつ重要な研究を展開した。三井はnif、fix、nodなど既知の共生関連遺伝子 ではなく、根粒菌の生活環の根幹を支配する基本転写因子や細胞周期関連遺伝子に着目するというユニークな発想に基づ き、基本転写因子RpoHや細胞周期のチェックポイント制御に関わるCtrAが根粒菌の共生成立(バクテロイド化)に重要な役割 を担っていることを示した。川崎はクローニングしたイネいもち病抵抗性遺伝子Pi-b近傍の広範なゲノム領域を系統間で比較 解読することによって、抵抗性遺伝子の多様化が1塩基置換をはじめとする高頻度の微少な塩基置換の集積によって成立し ているという仮説を提案し、シロイヌナズナの孤立型抵抗性遺伝子に同じ解析を敷衍することによって、このモデルの普遍性 を証明しつつある。これは千変万化する病原菌に対する植物の抵抗性多様化機構の解明に重要な示唆と新しい観点を与え るものである。 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 第2班では、根粒菌Nodファクター、病原菌の生産するエリシター、サプレッサーなどのシグナル分子の生合成、分泌等に 関与する遺伝子の機能や制御機構の解明、およびそれらに対する植物応答の解析が研究の中心目標であった。 カンキツかいよう病菌のavr/pth遺伝子群の解析を通じて、これまで抵抗性を誘導するエリシターを生産すると考えられてき たavr遺伝子は実はジェネラルなエリシターであるharpinによって誘導される抵抗性反応に対する抑制(サプレッサー)作用をも たらすものであることを明らかにし、品種特異的な病原抵抗性に関する“遺伝子対遺伝子”説(“エリシター:レセプター”説)を 塗り替える新知見をもたらした(静岡大・露無)。また同じカンキツかいよう病菌を対象として、宿主特異的にまた非特異的に、 病原力の強弱を支配する遺伝子が存在することをつきとめ、従来知られている非病原力遺伝子(avr)とは異なる、新規の病原 力支配因子を単離した(果樹研・塩谷)。 Alternaria属の病原糸状菌を対象にして、宿主特異的な毒素生合成に関与する遺伝子クラスターの網羅的な解析を行い、 多くの遺伝子の機能、細胞内局在性などを解明し、宿主特異的毒素生産をモデル系とした寄生性分化機構の全貌解明に向 けて大きく貢献した。同時に、これら毒素生合成遺伝子群が、菌の生存には必要ではない“余分な(CD)染色体”上に存在する ことを明らかにし、これは病原菌と植物の相互作用における特異性の進化を解明する上で特筆すべき重要な発見となった(名 古屋大・柘植)。 一方、微生物シグナルに対する植物の初期応答に関しては、まずエンドウの糸状菌病である褐紋病をモデルとして、植物 細胞壁に局在する NTPase(アピラーゼ)が、感染シグナルに厳密に応答することを発見した。すなわち、サプレッサーは宿主 であるエンドウの NTPase 活性のみを特異的に阻害し、非宿主植物のそれに対しては逆に活性化した。さらに植物原形質膜 に存在するインテグリン様分子と、ホスファチジルイノシトール代謝系の相互作用の解析を通じて、防御応答に必須な原形質 膜シグナル伝達系が、リン酸化・脱リン酸化を介して、細胞壁におけるシグナル分子の受容と密接にリンクしていることを明ら かにした(岡山大・豊田)。これらは病原菌の宿主特異性決定に関わる分子機構を解明するための重要な前進である。 8 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 根粒菌の共生シグナル(Nod ファクター)に対する植物応答について、ダイズ培養細胞を用いた研究で、Ca スパイクなど 根毛と同様の応答が宿主特異的に誘導されることを明らかにし、培養細胞系が Nod ファクター初期応答の解析のための有 効な実験系たりうることを示した。さらにこの系を展開することにより、Nod ファクターによって一過的かつ広範な遺伝子転写 抑制が起こることを見いだし、これに Ca シグナル伝達系が関与していることを示した(農工大・横山)。また、nod 遺伝子を 持つクローバー根粒菌とそれを欠く菌に対する植物の遺伝子応答を比較解析することによって、根粒菌 nod 遺伝子に依存 して発現が著しく減少する遺伝子(TrEnodDR1)を単離し、これが感染成立・根粒形成の初期過程に密接に関与しているこ とを示す結果を得た。さらにミヤコグサを用いた形質転換実験により、この遺伝子の発現によってアブシジン酸(ABA)生合 成系に関与する遺伝子群が大きく影響されることが明らかとなった(鹿児島大・阿部)。 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 第2班で研究の対象とした微生物シグナルの受容とそれによって始動するシグナル伝達の結果として、植物側にあらか じめプログラムされた根粒形成や防御応答のプロセスが進行する。第3班では、これら植物側のプログラムの構造を分子レ ベルで明らかにすることを目指した。 まず根粒形成に関しては、我が国で現在急速に整備されつつあるミヤコグサの分子遺伝学的研究基盤を活用して、約 19,000 種の EST クローンからなる cDNA マクロアレイを構築し、これを用いて感染と根粒形成の初期過程で特異的に誘導 される植物遺伝子の網羅的単離と発現プロファイルの解析を行った。その結果、およそ 1,300 の根粒特異的に発現が増大 する遺伝子を見いだすとともに、感染初期過程において病原抵抗性に関与する多くの遺伝子が一過的に発現することを 明らかにした(生物研・河内)。また、根粒形成における特異的なオルガネラ分化に着目してプロテオーム解析を実施し、根 と根粒のミトコンドリアからおよそ 400 種のタンパクを検出して、PMF(peptide mass fingerprint)解析を行いデータベース化し た。その結果、根と根粒ミトコンドリア間で発現タンパクのプロファイルに大きな違いがあることを明らかにした。さらに、ミヤコ グサからオルガネラ間の小胞輸送に関与する SNARE 遺伝子を探索し、根粒特異的な発現を示す GENO3 をクローニング して発現様式を明らかにした(香川大・田島)。 また、研究内容としては第2班と重複するが、ミヤコグサ根粒菌の生産する共生シグナル(Nod ファクター)の全構造を解 明し、それに対するミヤコグサの応答を詳細に解析した(生物研・河内)。この成果は、第1班と連携して、今後様々の根粒 形成ミュータントの表現形質の解析に適用される予定であり、変異をもたらしている原因遺伝子の機能解明に役立つ。 一方、感染初期の認識や相互作用とは別に、共生窒素固定能に密接に関与する植物遺伝子の特定を目的として、根粒 は形成するが窒素固定活性の発現しない fix-変異体の解析を行い、エンドウ sym13 変異体についてバクテロイドの窒素固定 活性発現に関与すると推定される低分子のシステインクラスタータンパク質をコードする一群の遺伝子を見いだした。またミヤ コグサの fix-変異体 Ljsym75 と Ljsym81 の表現型解析をほぼ終了し、第1班の研究と連携して、これらの原因遺伝子のクロー ニングを目指し、ラフマッピングまでが完了している(愛教大・菅沼)。一方、京大・畑は、ミヤコグサがインゲン根粒菌によって 早期老化型の根粒を形成するユニークな現象を発見し、これを手がかりとして共生窒素固定の発現とその維持に関わる遺伝 子の単離を目指した。これまでに、インゲン根粒菌によってミヤコグサに形成される根粒の詳細な表現型解析を終了し、 cDNA アレイを用いた遺伝子発現解析と、インゲン根粒菌と親和性を持つミヤコグサ変異体の探索を進めている。 病原菌に対する防御応答について、エンバク葉枯病菌の生産する宿主特異的毒素ビクトリンによる宿主植物の過敏感細 胞死がアポトーシス様細胞死の特徴を示すことを明らかにするとともに、この細胞死に関わるいくつかの鍵酵素の遺伝子ク ローニングに成功した。さらにアポトーシス様細胞死が病原菌の種類を問わない普遍的な植物応答であることを明らかにし た。また遺伝子組換えによって持続性のある病害抵抗性植物を作出するためには、特異的な非病原性遺伝子に依存しな い抵抗性作動機構を開発する必要があるとの観点から、エンバクレトロトランスポゾン遺伝子のプロモータを利用することを 目指し、OARE-1遺伝子を単離した。 9 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 波及効果、発展方向、改善点等 (1) 研究成果の科学的価値について 基礎研究としての本総合研究によって得られた成果の学術的な価値はきわめて高い。第I期において得られた成果の科 学的価値は以下の諸点に要約できる。 ① ミヤコグサをはじめとするモデル系におけるゲノム解析・分子遺伝学的研究基盤の確立と、それをベースとした遺伝子 クローニング ② 病原菌のゲノム研究に基づく特異的な宿主認識機構に関する多くの新知見と新規遺伝子の単離 ③ 植物の病原抵抗性の多様化、および寄生性分化機構に関する新しい発見とモデルの提示 ④ 植物による病原菌認識と防御応答、および共生成立機構の分子生物学的解明に寄与する多くの新知見 (2) 研究成果の波及効果について イネ白葉枯病菌の全ゲノム解読、ミヤコグサの高密度連鎖地図の確立、大規模cDNAアレイの構築などの成果は、病原 微生物学、植物科学の広い分野に利用され得るものであり、基礎科学上の波及効果はきわめて大きい。とくにそれぞれ対 応する植物(イネ)と微生物(ミヤコグサ根粒菌)のゲノム配列解読がすでに完成していることをあわせ考えると、これらの基 盤構築によって、今後これらのモデル系における植物-微生物相互作用の研究が急速に前進することが期待される。また、 第I期におけるもっとも特筆すべき成果であるマメ科植物の根粒数を制御する遺伝子Har1のクローニングは、ペプチド性シ グナルとレセプターカイネースを介したシグナル伝達が植物器官間のコミュニケーションに関与することを世界ではじめて 示したものであり、植物-微生物相互作用という観点にとどまらず、植物科学全般に対してきわめて強いインパクトを与える ものとなった。 一方、病原糸状菌の生産する宿主特異的毒素の分泌に関与する遺伝子の同定、抵抗性付与のためのレトロポゾンプロ モータの単離、病原力の強弱を支配する遺伝子の同定など、病害抵抗性植物を開発するための具体的な手がかりにつな がる成果も生まれている。さらにミヤコグサの高密度連鎖地図はダイズなど有用なマメ科植物とのシンテニー解析を通じて、 育種場面に応用されていくと期待される。このように、第I期において得られた多くの成果は単に基礎研究としての科学的 価値のみならず、本総合研究の最終目標である「遺伝子工学的手法による画期的な耐病性植物や新たな共生系の開発」 につながるものである。 (3) 研究成果の情報発信について 第I期を通じて、原著論文を中心とした活発な情報発信が行われ、Nature誌を含む主要な国際誌にも本総合研究の成果 として少なくない論文が公表され、さらに総説等の形でも活発な情報発信が行われた。同時に、かずさDNA研究所との協 力により数回にわたってミヤコグサワークショップを企画・開催したり(新潟大・川口、ほか)、本総合研究の支援を得ていも ち病国際会議を主催する(生物研・川崎)など、国内外の学会やワークショップを通じた迅速な情報発信も積極的に行われ、 関連する研究分野の組織化に貢献した。 (4) 発展方向、改善点について 第II期に向かって、個別の細部課題については一部、第I期における研究の進展と得られた成果、あるいは研究遂行上 の問題点に応じて、課題および目標の変更・修正が望まれるが、全体として最終目標の変更や大幅な研究体制の変更は 必要ないと考えられる。第I期の成果のうえに、今後はとくに植物-微生物相互作用に関わる多くの遺伝子の機能解析が重 要となっている。同時にまた、ミヤコグサをはじめとするモデル系について第I期において成し遂げられた分子遺伝学的な 研究基盤をフルに活用して、重要な遺伝子の単離、特許化の努力をいっそう加速する必要がある。さらに、第I期において カンキツかいよう病菌の病原力支配因子、宿主特異的毒素トランスポーター遺伝子の同定など、具体的に病害抵抗性植 物の開発のためのターゲットとなりうる成果が生まれたので、これらを中心に応用的な成果を意識的に追求することも今後 の重要な課題となる。第II期においては、植物-微生物相互作用において重要と考えられる微生物、植物双方の遺伝子の 機能解明を研究の中心に据えつつ、これらの課題達成のために、いっそう組織的な研究努力を積み重ねる必要があろう。 10 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 本総合研究は3つのサブテーマから構成され、全体は病理関係の7、共生関係の9細部課題によって成り立っている。共生 関係課題については、ほとんどがミヤコグサをモデル系として研究し、またはその方向で研究を展開していることもあり、サブ テーマと各課題間で、複線的に緊密な連携・共同研究の体制がとられ、成果に結びつけてきた。なかでも第1班の研究成果の うち、根粒形成のシステミックな制御に関与するHar1遺伝子のクローニングは、ミヤコグサ高密度連鎖地図の構築(千葉大・原 田)と優れたBACライブラリー(生物研・川崎)を基盤として成功し、変異の相補検定のための形質転換(生物研・河内)による 最終的な遺伝子機能の証明によって成果の公表に至ったもので、本総合研究による迅速・緊密な共同研究が生み出した成 果である。 一方、病理分野では、個別の研究課題において得られた成果はきわめて大きく、「植物-微生物相互作用の解明」という本 研究の目的に照らして十分なものであるが、全体としてそれぞれ独自の研究対象・実験系とアプローチを深めており、サブテ ーマ、個別課題間の連携という点では十分ではなかった。本総合研究は、共生と病害という一見対極にある生物現象を、「植 物-微生物相互作用」という共通項で理解しようとした少なくとも我が国では初の試みである。しかし、その意味では病理分野と 共生分野の連携が十分に行われたとはいえない。それぞれの研究対象は、とくに長い研究の歴史を持つ病理分野において 深く特化しており、それら深化した個別研究の成果を共生を含む植物―微生物相互作用に一般化することは今のところ容易 でない。とはいえ、根粒形成をシステミックに制御するhar1遺伝子が病原菌に対する全身抵抗性の発動に関与するシステミン レセプターと同じLRR-RPK遺伝子ファミリーに属するという発見、大規模cDNAアレイ解析による根粒菌感染初期過程での一 過的な病原抵抗性遺伝子の誘導の証明、病原菌シグナルの受容過程に根粒菌の共生シグナル受容体の候補の1つと目され るNTPase(アピラーゼ)が関与するという発見など、病理現象と共生を結びつける分子的接点は本研究によって次第に明らか になりつつある。これらの成果のうえに、第II期においては、各班および全体として研究代表者およびサブチーム責任者の研 究指導体制を強化し、より意識的に病理、共生分野の課題間の連携を強めていくことが必要であろう。 11 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 研究成果の発表状況 (1) 研究発表件数 原著論文による発表 左記以外の誌上発表 口頭発表 合 計 国 内 第Ⅰ期 47 件 第Ⅰ期 24 件 第Ⅰ期 176 件 第Ⅰ期 247 件 国 際 第Ⅰ期 51 件 第Ⅰ期 13 件 第Ⅰ期 69 件 第Ⅰ期 133 件 合 計 第Ⅰ期 98 件 第Ⅰ期 37 件 第Ⅰ期 245 件 第Ⅰ期 380 件 (2) 特許等出願件数 第Ⅰ期 4 件 (うち国内 4 件、国外 0 件) (3) 受賞等 第Ⅰ期 2 件 (うち国内 1 件、国外 1 件) 1.アメリカ微生物学会賞 露無慎二、平成 13 年 7 月 24 日 2.日本植物病理学会賞 柘植尚志 平成 15 年 3 月 28 日 (4)主要雑誌への研究成果発表 Impact Journal Factor サブテーマ 1 サブテーマ 2 サブテーマ 3 合計 Nature 27.95 1 0 0 1 Proc. Natl. Acad. Sci. USA 10.89 1 0 0 1 Plant Cell 11.0 0 1 0 1 Plant J. 5.8 0 1 2 3 Plant Physiol. 5.1 0 0 1 1 MPMI 3.86 1 2 6 9 FEBS Lett. 3.64 0 1 0 1 M.G.G. 2.47 2 1 0 3 Plant Cell Physiol. 2.43 2 3 5 10 Phytopathol. 2.13 0 1 0 1 Gene 3.04 0 1 0 1 Genetics 4.80 0 2 0 1 J. Plant Res. 1.01 3 0 2 5 DNA Res. -- 1 0 0 1 Plant Des. 1.16 0 3 0 3 Eur. J. Plant Pathol. 1.01 0 1 0 1 FEMS Lett. 2.85 1 0 0 1 Eur. J. Biochem. 2.85 0 1 0 1 12 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 1.1. ゲノム情報に基づく病原性分化機構の解析 1.1.1. 病原細菌のゲノム情報に基づく病原性分化機構の解析 独立行政法人 農業生物資源研究所遺伝資源研究グループ生物分類研究チーム 落合 弘和、加来 久敏 ■要 約 イネの重要な病原細菌あるイネ白葉枯病菌のゲノム構造を明らかにすることによって、植物-微生物相互作用における 微生物側の病原性発現機構や応答機構解明のための分子生物学的基盤の確立を行った。ゲノム解析の結果、本菌のゲ ノムは、環状染色体でそのサイズは約 4.94 Mb(4,938,844 bp)であった。遺伝子領域の予測の結果、2コピーの rRNA 遺伝 子クラスター、53 の tRNA 遺伝子と 4,928 個のタンパク質をコードする遺伝子の存在が推定された。ゲノム情報から植物病 原細菌において最も重要な病原性因子分泌機構(type III)をコードする hrp 遺伝子クラスターから新たに3つの病原性遺伝 子候補と HrpX 遺伝子制御下におかれると推定される 38 の遺伝子を見出した。 ■目 的 植物病原細菌が植物に対し病気を引き起こす過程は、大きく2つの段階に分けられる。第一は、対象植物(宿主)を認識 し、感染を成立させる過程であり、第二は、発病因子等を植物体内・外に放出し、病気を発症させる過程である。そして、そ れぞれの段階では、多くの遺伝子が関与していると考えられている。その中で、植物病原細菌が宿主である植物細胞と接 した際に発現する遺伝子群、すなわち、相互認識・反応に関わる遺伝子群は、感染及び発病の成立に重要である。これら 感染初期遺伝子群の全貌を明らかとすることは、病原細菌の対植物への適応戦略と病原性分化・多様性機構の解明の糸 口になるばかりではなく、病害の防除法、抵抗性品種育成のための情報となる。これまで、個々の遺伝子単位では解析が 行われていたが、全体を総合的に解析したものはない。植物-微生物相互作用における微生物側の戦略を遺伝子レベル で理解するためには、これら病原性に関与する遺伝子群の全貌を明らかとし、微生物側の病原性発現機構や応答機構解 明のための分子生物学的基盤を確立することが必要とされる。そこで本研究では、イネの重要な病原細菌あるイネ白葉枯 病菌を対象菌として取り上げ、本菌のゲノム構造を明らかにすることによって、ゲノム情報を基にした病原性に関わる遺伝 子を網羅的に解析するための微生物側の分子生物学的基盤の確立することを目的とする。 イネ白葉枯病菌は、Xanthomonas oryzae pv. oryzae で、イネ品種に対して病原性が異なる多数のレースの存在が知られ、 病原性が高度に分化した細菌である。本菌が属する Xanthomonas 属は、多様な植物に病気を引き起こす細菌で構成され、 且つその種類も非常に多いことが知られ、農業上重要な細菌群である。イネ白葉枯病菌のゲノム解析で得られた情報は、 病原性機構等の植物-微生物相互作用解明のための有力な情報になるとともに、Xanthomonas 属細菌の病原性の多様 性をはじめとした遺伝的多様性の解析や分類研究において有効な知見となることが期待される。 ■ 研究方法 1. 供試菌株 ゲノム解析に用いた菌株は、イネゲノム研究においてイネ白葉枯病抵抗性遺伝子 Xa1 [1] が単離されその構造解析が行われ ていた点、即ち相互作用を解明するに当たり、抵抗性遺伝子(Xa1)に対して非病原性遺伝子(avrXa1)を有する菌株を対象に、さら に多数の非病原性遺伝子を有する点を考慮した結果、日本のレースⅠの代表菌株である MAFF311018 (T7174)を供試した。 13 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. ゲノムサイズと BAC ライブラリーの構築 イネ白葉枯病菌ゲノム解析の開始時点においては、本菌並びに Xanthomonas 属細菌のゲノムサイズ及びゲノム構造に ついては数例を除き、ほとんど報告がなく、X. campeatris pv. campestris [2]、X. c. pv. glycines [3]及び X. c. pv. phaseoli [4]について PFGE によるゲノムサイズの推定と簡単なゲノム物理地図があるのみであった。そこで、第一にイネ白葉枯病菌 のゲノムサイズの推定とゲノムライブラリーの構築を行った。 ゲノムサイズは、制限酵素 PmeI 及び SwaI 処理したゲノムをパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)にかけ、検出されたバ ンドのサイズを基に本菌のゲノムサイズを推定した。 ゲノムライブラリーは、挿入断片長が比較的大きくかつ操作性がよい BAC(バクテリア人工染色体)を用いて構築を行っ た。DNA プラグを制限酵素 HindIII で部分分解後、PFGE で分画し、約 150kb 以上の DNA 画分をゲルから回収して、ゲラ ーゼでアガロースを消化した。回収した DNA 断片を脱リン化した pBeloBAC11[5]に連結し、透析後、大腸菌 DH10B にエレ クトロポーレーション法で導入した。X-gal プレートで白色コロニーを選抜し 96 穴プレートに保存した。次に、作製した BAC ライブラリーの挿入断片長を調査するために、250 クローン(約 1/3 数)から DNA を回収し、制限酵素で分解後、PFGE を行 った。さらに、作製した BAC ライブラリーの実用性を評価するために、一部のライブラリー(192 クローン:約 5~6 ゲノム分) を供試して、11 遺伝子と ITS(16S-23S rDNA spacer)を指標とした PCR スクリーニングを行った。得られる陽性クローンの数 から、BAC ライブラリーの実用性を判定した。 3. 物理地図の作製 イネ白葉枯病菌ではマーカーになる遺伝子の数が少ないため、BAC とは別にゲノムショットガンによるランダムなライブラ リーを作製し、その両末端の塩基配列と DNA データベース上から近縁種の配列情報を基にマーカー遺伝子候補を抽出し、 PCR プライマーセットを設計した。一回目のスクリーニングは、設計した 25 セットのプライマーセットを用いて BAC クローン から選抜した。得られた BAC クローン内で一次的な整列化を行い、末端側に位置すると予想される BAC クローンを選抜し、 その末端塩基配列を決定し、新しいプライマーを設計した。二回目以降のスクリーニングは、新たに設計したプライマーセ ットを用いて BAC クローンを選抜した。この行程を繰り返すことによって、BAC クローンの選抜を行った(図 1)。最終的に、 整列化した BAC クローンによって、ゲノムマップを作成した。 PCRスクリーニングによる整列化クローンの選抜 352BACクローンを供試(8ゲノム分) ABCDEFGHIJKLMN 12クローン分のDNAを1つにまとめる (合計32サンプル) 1st PCR(Step 1) 2nd PCR(Step 2) PCR陽性DNAサンプルの選抜 Step 1 C 陽性クローンの選抜 PFGEによるPCR陽性BACクローンの確認 HindIIIバンドパターン、サザンハイブリダイゼーション BACクローンの整列化 増幅断片 1 2 3 4 5 6 7 8 Step 2 PCRスクリーニング BACクローンのエンドシークエンスデータから 新しいPCRプライマーセットを設計 PCRスクリーニングを繰り返すことによって両末端側へ伸長 図-1 PCR スクリーニングと BAC クローン整列化の概要 14 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 4. ゲノム解析 塩基配列の決定は、ホールゲノムショットガン法で行い、その概要は図 2 に示した。イネ白葉枯病菌のゲノム DNA を超音 波破砕によって、2種類のインサートサイズが異なるショットガンクローン(2kb と 10kb)を作製した。ここからランダムに選抜し たクローン DNA の両末端の塩基配列を決定した。各クローンの両末端の配列データを蓄積し、配列量がゲノムサイズの約 6倍量になったところで phred、phrap、consed の3つのプログラムで塩基配列の結合編集を行った。塩基配列の結合編集 によって生じた配列のギャップ領域については、ブリッジクローンを選抜し、GPS ゲノムプライミングシステムを用いて塩基配 列を決定し、ギャップ部分のクローズを行った。遺伝子領域の予測は、基本的には GeneHacker と GenemeGambler プログラ ムで行い、抽出された各 ORF に対し、Blast 検索で相同性解析を行った。予測が困難な領域については、BlastX によって 候補を抽出した。 2種類のインサートサイズが異なる ショットガンクローンの作製 2kb:352プレート(33,792クローン) 10kb:54プレート(5,184クローン) 両末端塩基配列の解読 平均解読塩基配列長 557bp(除くベクター) アッセンブルに供試した シークエンス数 56,247リード(500bp以上)で 31,318,330bp(ゲノムの約6倍量) 99.9%以上の信頼度で アッセンブル GenomeGamblerとGeneHackerで 遺伝子領域を予測 図-2 イネ白葉枯病菌ゲノム解析の概要 5. ゲノム情報を基にした新規病原性遺伝子候補の探索 植物病原細菌の代表的な病原性遺伝子としては、宿主認識/感染成立といった過程において重要な役割を果たす病 原性因子分泌機構(typeIII)の構成分子をコードする hrp 遺伝子クラスターがある[6]。この遺伝子クラスターはそれ以外にも いくつかの病原性因子をもコードしており、植物病原細菌において最も重要な病原性遺伝子群である。これら hrp 遺伝子 群は、HrpX によって包括的に制御されていることが知られている。そこで、病原性に関わる遺伝子候補として HrpX レギュ ロンに属すると推定される遺伝子について、HrpX が認識すると考えられる PIP box [7]の塩基配列(TCCG ...N16... TTCG) を指標にデータベースから抽出を行った。ORF の開始コドンの 50 から 300 bp 上流域に PIP box の配列を有する遺伝子を 15 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 候補として、それぞれ PCR プライマーを作製し、hrp 遺伝子群を誘導する合成培地である XOM2 培地 [8]あるいは栄養培 地(YP)の条件下で増殖させた菌株から total RNA を抽出し、RT-PCR で確認を行った。 ■ 研究成果 1. イネ白葉枯病菌のゲノムサイズ 制限酵素 Pme I 及び SwaI 処理後のゲノムを PFGE で解析した結果、本菌のゲノムサイズは約 5.0Mb であることが明らか となった(図 3)。 1.9Mb 1.1Mb 1.6Mb 815kb 1.1Mb 610kb 680kb 450kb 225kb 194kb 145kb 375kb 295kb 97kb 388kb 340kb 291kb 48kb 図-3 PFGE によるイネ白葉枯病菌ゲノムの電気泳動パターン(制限酵素 Pme I) 2. ゲノムライブラリーの構築と BAC クローンの整列化による物理地図の作製 1) 平均挿入断片長約 110kb の BAC ライブラリーを作製し、750 クローンを保存した[9]。作製したライブラリーの規模は、イ ネ白葉枯病菌のゲノムサイズを 5.0Mb とすると、約 16 ゲノム分に相当した。一部のクローンを用いた PFGE 電気泳動パタ kb 40 30 20 10 ベクター 5 kb 40 30 20 10 Number of clones ーンと挿入断片長の分布を図 4 に示した。 60 50 40 30 20 10 0 ベクター 5 0-20 41-60 81-100 121-140 161-180 20121-40 61-80 101-120 141-160 181-200 Insert size (kb) 図-4 構築した BAC ライブラリーの PFGE 電気泳動パターンと挿入断片長の分布 2) 作製した BAC ライブラリーの実用性を評価するために、一部の BAC クローン(192 クローン:約 5 から 6 ゲノム分相当) を用いて PCR スクリーニングを行った結果、1スクリーニング当たり平均で 5.9 の陽性クローンが単離され、供試したライブラ リーの規模とほぼ一致した。この結果から、実用性の高い BAC ライブラリーの作製に成功した。 3) PCR スクリーニングによって選抜された BAC クローンの整列化によって、イネ白葉枯病菌ゲノムの物理地図を作成した。 BAC クローンの整列化の一部を図 5 に示した。 16 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 BAC contig of carB-rpfC-recA-xvrA region carB/rpfC recA avr (typeIV) xvrA avr (typeII) avr (typeII) carB rpfC recA avr (typeIV) xrvA 図-5 carB-rpfC-recA-xvrA 領域の BAC クローンの整列化 3. ゲノム解析の概要 1) ゲノム解析の結果、本菌のゲノムは、環状染色体でそのサイズは約 4.94 Mb(4,938,844 bp)であった。この結果は、 PFGE で推定した本菌のゲノムサイズとほぼ一致していた。全ゲノムの平均 GC 含量は約 64%であった。遺伝子領域の予 測の結果、2コピーの rRNA 遺伝子クラスター、53 の tRNA 遺伝子と 4,928 個のタンパク質をコードする遺伝子の存在が推 定された。それらの ORF の平均の長さは 973 bp であった。予測された ORF のうち機能が推定される遺伝子の割合は約 65% で、機能は未知であるが他の細菌などにも広く存在する遺伝子の割合は約 30%で、本菌に特異的と思われる遺伝子の割 合は約 5%であった。イネ白葉枯病菌の環状ゲノムを図 6 に示した。 Xanthomonas oryzae pv. oryzae MAFF 311018 図-6 イネ白葉枯病菌の環状ゲノム 本菌ゲノムの大きな特徴の一つは、トランスポゼースのホモログが多数存在していることである。これらは、ゲノム内に散 在し、単独で存在する場合も見られたが、大多数は複数のトランスポゼースのホモログが前後に幾重にも挿入されていた。 また、それらは部分的に相同性を有する不完全なもの、所謂、挿入配列(IS)の残骸がかなり多く、それ故にトランスポゼース と推定されたものは 689 個に及び、これらのゲノム配列における割合は、約 10%(9.49%)にも相当した。 2) 植物病原細菌におけるレース分化等の病原性の多様化には、avr 遺伝子が関わっていることが知られている。イネ白葉 枯病菌には、avrBs3/pth family[10]に属するタイプが 17 コピー存在し、非常に多いことが明らかとなった。また、これらの遺 17 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 伝子群は、ゲノム上の異なる7つの領域に分散して存在し、一部を除き、2つから4つがタンデムに並んでいることが明らか となった。その近傍には、複数のトランスポゼースのホモログやファージ関連の遺伝子が存在していた(図 7)。17 のうちの一つ は、ORF 内部にトランスポゼースが挿入され、破壊されたものであった。それらの ORF の長さは最小 3,009 bp から最大 4,836 bp であり、内部の 102 bp の繰り返し単位は、12.5 から 30.5 単位であった(表 1)。これら遺伝子群の開始コドン上流にはリボソ ーム結合部位(RBS)及びプロモーター配列が存在し、遺伝子として機能していることが推測された。 そこで、RT-PCR によっ て遺伝子発現を解析した結果、増幅バンドが認められ少なくともこれらの一部は発現していることが明らかとなった。 A 5 ’ IR-L 849-867 bp P ATG LRR B avr領域 3 ’ 1 2 3 NLS AD TGA IR-R ファージ関連シークエンス Ⅰ avr Ⅱ Ⅲ 861-894 bp 102bp単位リピート領域 avr avr avr avr avr Ⅵ avr avr領域 Ⅳ avr Ⅵ Ⅴ Ⅶ avr avr Ⅳ IS(トランスポ ゼース) avr avr Ⅶ Ⅲ Ⅰ+Ⅱ avr 図-7 avr / pth ファミリーの構造及び周辺領域の遺伝子地図 表-1 avr / pth ファミリーの遺伝子群の概要 遺伝子名 1 C 1 -4 1 E 4 L -1 1 C 1 -3 1 E 4 U -3 7 B 8 -1 1 C 1 -1 1 B 4 -2 1 E 4 U -2 1 E 4 L -2 5 G 5 -1 1 E 4 U -1 1 B 4 -4 1 C 1 -2 1 B 4 -3 7 B 8 -2 2 D 1 -1 avrX a7 avrX a10 avr 領域 Ⅶ Ⅱ Ⅶ Ⅰ Ⅲ Ⅶ Ⅴ Ⅰ Ⅱ Ⅵ Ⅰ Ⅴ Ⅶ Ⅴ Ⅲ Ⅳ O RFサ イ ズ (b p ) 3 ,0 0 9 3 ,3 0 0 3 ,4 1 1 3 ,5 1 6 3 ,7 1 4 3 ,7 1 7 3 ,7 2 0 3 ,7 2 3 3 ,8 5 5 3 ,9 3 0 4 ,1 2 8 4 ,3 4 1 4 ,4 4 9 4 ,4 5 2 4 ,8 3 6 2 ,5 9 2 繰 り返 し 単位数 1 2 .5 1 5 .5 1 6 .5 1 7 .5 1 9 .5 1 9 .5 1 9 .5 1 9 .5 2 0 .5 2 1 .5 2 3 .5 2 5 .5 2 6 .5 2 6 .5 3 0 .5 1 7 .5 IS X a c 3 が 挿 入 4 ,3 4 1 3 ,3 0 9 2 5 .5 1 5 .5 A F262933 U 50552 備考 avrX a7 と 同 一 配 列 各遺伝子コピー間の構造的な差異は、基本的には内部の 102 bp の繰り返し単位の数によるものであることから、繰り返 し部分を除いた塩基配列及びアミノ酸配列間で詳細に比較した。その結果、各遺伝子間は高度に保存されていたが、その 中における差異は、アミノ酸変異を伴う塩基置換によって引き起こされていることが明らかとなった。 18 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3) 代表的な病原性遺伝子クラスター(hrp)及び周辺領域から 14 の新規遺伝子を同定し、これらについて特許を申請した。 hrp 遺伝子クラスター及び周辺領域の遺伝子地図を図 8 に示した。 H e a t s h o c k p r o t e in 20kb 40kb hrp遺 伝 子 ク ラ ス タ ー 60kb G lu c a n , g ly c o g e n 合成酵素関係 A B C tran sp o ter 80kb v ir K h o m o lo g G lu c a n , g ly c o g e n 合成酵素関係 病原性遺伝子 既知遺伝子 機能不明 遺伝子 挿入配列 新規遺伝子 図-8 hrp 遺伝子クラスター及び周辺領域の遺伝子地図 4. ゲノム情報を基にした新規病原性遺伝子候補の探索 HrpX 遺伝子制御下におかれると推定される病原性遺伝子候補を、PIPbox (Plant inducible Promoter:TTCG…N16… TTCG) 配列を指標として検索した結果、38 種類の遺伝子を選抜した。そのうち、 hrp 遺伝子クラスター内に存在した PIPbox を有する遺伝子群について、hrp 誘導条件下で調製した mRNA を RT-PCR で解析した結果、その発現が認められ たことから、これらは新規の病原性遺伝子候補と推定された(図 9)。 h rp 遺 伝 子 ク ラ ス タ ー h pa F h rp F 1 2 tra n s p o s a s e h p a B h rp E R 29 R 30 3 hpa1 1:誘導培地cDNA 4 5 1 2 3 4 hpa1 hpa2 5 1 R30 2:誘導培地mRNA 3:栄養培地cDNA 3 4 5 R29 4:栄養培地mRNA 5:ゲノム 図-9 RT-PCR による新規病原性候補遺伝子の発現解析 19 2 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■考 察 植物病原細菌が植物に対し病気を引き起こす過程において、宿主植物との相互認識・反応に関わる遺伝子群は、感染 及び発病の成立に重要である。これら感染初期遺伝子群の全貌を明らかとすることは、植物-微生物相互作用における 微生物側の戦略を理解するためには必要である。そこで、第一期においては、イネの重要な病原細菌あるイネ白葉枯病菌 を対象菌とし、ゲノム構造を明らかにすることによって、ゲノム情報を基にした微生物側の病原性発現機構や応答機構解明 のための分子生物学的基盤の確立を目標とした。各種ライブラリーの構築、ゲノム解析の完了により、当初の目的はほぼ 達成することができた。今後は、ゲノム情報を効果的に利用できるようにするためのデータベース等の構築を行う必要があ る。さらに、得られたゲノム情報を基にアレイを作製し、網羅的な解析を行うとともに機能推定のための遺伝子破壊株の作 製、発現タンパク質の解析等様々なポストゲノム解析が第二期での課題である。 今回の解析によって、ゲノム情報から植物病原細菌において最も重要な病原性因子分泌機構(type III)をコードする hrp 遺伝子クラスターから新たに3つの病原性遺伝子候補と HrpX 遺伝子制御下におかれると推定される 38 の遺伝子を見出し た。今後は、これらについて遺伝子破壊を行い、病原性との関係についての機能解析を進めるための検証実験が必要で ある。また、イネ白葉枯病菌のゲノム内には不完全なものも含め多数のトランスポゼースホモログ(挿入配列)が存在すること が明らかとなった。挿入配列は、挿入・転移する際にゲノム再編成等を引き起こす因子の一つと考えられている。そしてそ の結果、遺伝的多様性が大きくなると推測される。イネ白葉枯病菌に挿入配列が比較的多く認められることは、宿主である イネは世界の稲作地帯において多様な栽培品種が存在する点を考え合わせると、病原細菌側も多様な品種に対応して多 様化(レース分化)してきたものと推定される。 ゲノム解析は、ゲノムの全体像を塩基配列レベルで明らかとし、それによって網羅的で重要な情報をもたらすが、しかし、 それはあくまでも1次的情報である。ゲノム解析とは、病原性機構等の機能解析や比較解析のための前段階にすぎない。 今後は、他のチームと連携して得られた微生物情報を有効に活用することによって、植物-微生物相互作用の解明が促 進されることが期待される。 ■ 引用文献 1. Yoshimura, S. et al. : 「Expression of Xa1, a bacterial blight-resistance gene in rice, is induced by bacterial inoculation」, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 1663-1668, (1998) 2. Tseng, Y. H. et al. : 「Chromosome map of Xanthomonas campestris pv. campestris 17 with locations of genes involved in xanthan gum synthesis and yellow pigmentation」, J. Bacteriol., 181, 117-125, (1999) 3. Widjaja, R., Suwanto, A. and Tjahjono, B.: 「Genome size and macrorestriction map of Xanthomonas campestris pv. glycines YR32 chromosome」, FEMS Microbiol. Lett., 175, 59-68, (1999) 4. Chan, J.W.Y.F. and Goodwin, P. H. : 「A physical map of the chromosome of Xanthomonas campestris pv. phaseoli var. fuscans BXPF65」, FEMS Microbiol. Lett. 180, 85-90, (1999) 5. Shizuya, H., Birren, B., Kim, U., Mancino, V., Slepak, T., Tachiiri, Y. and Simon, M. : 「Cloning and stable maintenance of 300-kilobase-pair fragment of human DNA in Escherichia coli using an F-factor-based vector」 Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 8794-8797, (1992) 6. Bonas, U., Schulte, R., Fenselau, S., Minsavage, G.V., Staskawicz, B.J., and Stall, R.E: 「Isolation of a gene cluster from Xanthomonas campestris pv. vesicatoria that determines pathogenicty and the hypersensitive response on pepper and tomato」 Mol. Plant-Microbe Interact., 4, 81-88, (1991) 7. Fenselau, S., and Bonas, U.: 「Sequence and expression analysis of the hrpB pathogenicity operon of Xanthomonas campestris pv. vesicatoria which encodes eight proteins with similarity to components of the Hrp, Ysc, Spa, and Fli secretion systems」, Mol. Plant-Microbe Interact., 8, 845-854, (1995) 8. Tsuge, S., Furutani, A., Fukunaka, R., Oku, T., Tsuno, K., Ochiai, H., Inoue, Y., Kaku, H., and Kubo, Y. : 「Expression of Xanthomonas oryzae pv. oryzae hrp genes in XOM2, a novel synthetic medium」, J. Gen. Plant Pathol., 20 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 68, 363-371, (2002) 9. Ochiai, H., Inoue, Y., Hasebe, A. and Kaku, H. :「Construction and characterization of a Xanthomonas oryzae pv. oryzae bacterial artificial chromosome library」, FEMS Microbiol. Lett., 200, 59-65, (2001) 10. Bonas, U., Stall, R.E. and Staskawicz, B.J.: 「Genetic and structural characterization of the avirulence gene avrBs3 from Xanthomonas campestris pv. vesicatoria」 Mol. Gen. Genet., 218, 127-136, (1989) ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. Tsuge, S., Furutani, A., Fukunaka, R., Oku, T., Tsuno, K., Ochiai, H., Inoue, Y., Kaku, H., and Kubo, Y. : 「Expression of Xanthomonas oryzae pv. oryzae hrp genes in XOM2, a novel synthetic medium」, J. Gen. Plant Pathol., 68, 363-371, (2002) 国外誌 1. Ochiai, H., Inoue, Y., Hasebe, A., and Kaku, H. : 「Construction and characterization of a Xanthomonas oryzae pv. oryzae bacterial artificial chromosome library」, FEMS Microbial. Lett., 200, 59-65, (2001) 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. 落合弘和, 井上康宏, 竹谷勝, 加来久敏. : 「イネ白葉枯病菌のゲノム解析」, 植物-微生物相互作用研究の 現状と将来展望/植物感染生理談話会論文集第 38 号, 89-98, (2002) 2. Ochiai, H., Inoue, Y., Takeya, M. and Kaku, H. : 「Genome sequencing of Xanthomonas oryzae pv. oryzae and its application to analysis of interaction with rice plants」, Japan/Taiwan Symposium on Molecular Biology of Functional Regulation in Plant and Microbe., 122-130, (2003) 口頭発表 招待講演 1. 落合弘和, 井上康宏, 竹谷勝, 加来久敏. : 「イネ白葉枯病菌のゲノム解析」, 日本植物病理学会植物感染 生理談話会, 鳥取, 2002.8. 2. Ochiai, H., Inoue, Y., Takeya, M. and Kaku, H. : 「Genome sequencing of Xanthomonas oryzae pv. oryzae and its application to analysis of interaction with rice plants」, Japan/Taiwan Symposium on Molecular Biology of Functional Regulation in Plant and Microbe., 佐賀, 2003.1. 特許等出願等 1. 2002.8.6, 「イネ白葉枯病菌の病原性遺伝子群およびその利用」, 落合弘和,井上康宏,竹谷勝,加来久敏, 特 願 2002-228163 21 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 1.1. ゲノム情報に基づく病原性分化機構の解析 1.1.2. 植物ゲノム情報に基づく病原抵抗性遺伝子の多様化機構の解明 農業生物資源研究所生理機能研究グループ上席研究官 川崎 信二 ■要 約 高等植物には病原体の感染を特異的に認識して、防御反応を早期に発現することにより感染部位の拡大を防ぐ抵抗性 システムが備わっている。常に変異を続ける病原体に対して抵抗性遺伝子による病原体分子の特異的認識がいかにして 成立できるのかを明らかにするため、イネのいもち病抵抗性遺伝子 Pi-b 及び Arabidopsis の複数の抵抗性遺伝子群の周 辺ゲノム 100kb 前後を品種間及び複数の accession 間で分析した。これらの抵抗性遺伝子の多くはゲノム中の変動活性が 極めて高い領域に存在することが示されたが、一部は変動性の低い領域にも存在していた。ゲノム変動の詳細な分析から、 抵抗性遺伝子領域の変動は1-数塩基の変動によるものが主であり、変異の激しい領域では新たな塩基置換が蓄積して いるが、少ない領域では組換えによる変異が主体となっており、抵抗性遺伝子近傍ではゲノムの変動の活性が長期的には 変化しているものと考えられる。 ■目 的 高等植物は広範囲な病原体に対する能動的で強力な抵抗性機構を備えている。その中心となる病害抵抗性遺伝子 (R-gene)は、それがコードするタンパク質により侵入してきた病原体の構成分子を直接・間接に認識して、細胞に備わった 緊急防御反応(過敏感反応)を発現させるためのシグナルを発信する(図1)。 図 1 植物の抵抗性遺伝子産物のバリエーションの余地はは抗体のそれに比較して極めて限られているように見える。 それでいながら、病原体分子の認識・防御反応の発現というほぼ同等の機能をどうして担うことが出来ているのか? 22 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図 2 イネいもち病抵抗性遺伝子 Pi-b 周辺でのゲノム変動 抵抗性 indica 品種 PiNo4 と感受性 japonica 品種シモキタとの遺伝子周辺でのゲノム変動。緑のバーは一塩基置換を、赤のバーは2-3 塩基程度の小さなゲノム変動を示す。斜線部は大きな挿入欠失により、比較が出来ない部分。上のバーの赤い部分は変動が大きな部 分。青い部分は変動の小さな部分を示す。下半分にはアノテーションによる ORF とそれが挿入欠失等で破壊され疑似遺伝子を示す。 この抵抗性遺伝子の多様性は循環器の無い植物においては、ゲノム内に存在しうるこの種の遺伝子の限られた数(~103) と個体の多様性の限界とで制限されてしまうにもかかわらず、実際の植物の抵抗性遺伝子は極めて多様でかつ常に変異 を続けている病原体の構成分子を直接・ないしは間接的に実際に認識することができている。脊椎動物が同様の機能を持 つ抗体分子を多様化するためには、免疫グロブリン分子のユニット化し、各ユニット毎の多数のバリエーションの組み合わ せを、1個体当たり107レベルのリンパ球毎に実現しているのと比較すると大きな差がある。植物に於けるこの病原体の分子 認識のための機構を分子遺伝学的手法で解明する事を試みる。これまで、植物において、実際に抵抗性遺伝子周辺のゲ ノムの変動を系統的に分析した報告は無かった。 ■ 研究方法 上記のような状況から見て、抵抗性遺伝子の病原体分子認識の基礎には、遺伝子の多様化を促進する何らかの機構が 存在すると考えられるが、抵抗性遺伝子周辺のゲノムの変動の実態を実際に配列を比較・分析してその機構の解明を試 みる。具体的には、 1) 我々が単離したイネのいもち病抵抗性遺伝子 Pi-b 周辺の超可変ゲノム領域について、その周辺約 100kb の 全配列を indica の抵抗性品種と japonica の感受性品種とでそれぞれ決定し、相互の塩基配列を1塩基レベル で詳細に比較することにより、抵抗性遺伝子及びその周辺におけるゲノム変動のメカニズムに対するヒントを収 集する。 2) 他の抵抗性遺伝子の周辺でも同様な遺伝子の多様化機構が働いているか否かを調べるため、Arabidopsis を 材料に単独で存在する抵抗性遺伝子群について、全配列の知られた Columbia と BAC ライブラリーのみが存 在する Landsberg の配列を解読・比較して、共通の多様化機構の探索を行い、1)で示唆された抵抗性遺伝 子多様化の機構がどの程度の一般性を持つか検討する。 3) 更に一般的に、任意の植物のゲノムに存在する抵抗性遺伝子及びそのアナログ(R-gene analogues:RGA)を 網羅的に取得してその構造とゲノム内での分布を解析するために、我々が開発した高能率ゲノム走査法 (HEGS 法)により、RGA を全ゲノムから検出し、これらを短期間で作製し高密度マップ上に網羅的にマップす 23 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 る。まずモデル系としてイネでこの手法の有効性を検証することにより、最終的には任意の植物で、抵抗性遺 伝子のバリエーションを網羅的に検索できる体制を構築する。 ■ 研究成果 1)イネいもち病抵抗性遺伝子 Pi-b は約 60kb の超可変領域の中心に位置していた a)単一抵抗性遺伝子を分析する意味: 従来、変異解析がなされてきた植物の抵抗性遺伝子は、全て同様な遺伝子群がクラスターを形成している領域ばかりで あった。実際、抵抗性遺伝子はクラスターを形成する傾向が強いが、このような場所では、比較する2つのゲノム間でどの 部分同志が対応しているかを正確に把握することは困難である。従って相互の比較は大雑把なものにならざるを得ず、塩 基レベルでの対応を調べることは難しい。我々が独自に単離したイネいもち病抵抗性遺伝子 Pi-b は、抵抗性遺伝子とし ては珍しく低コピーで、indica(BL-1)では2つの重複遺伝子、japonica(シモキタ)では単一の遺伝子として存在しており、両 ゲノム間での精密な単塩基レベルでの比較が可能であった(図 2)。 b)変異の主体は 2-3 塩基以下の小規模変異の集積である: Pi-b 周辺約 100kb の配列を抵抗性 indica と感受性 japonica とで読んで、ソフトウェア開発(株)と開発した専用解析ソフ トを用いて比較した。Pi-b の近傍約 60kb での変異率は 5-10%と、ランダムに選んだ BAC クローンの末端配列におけるゲ ノムの平均変異率、約 0.5%の 10 倍に達していた。その外側では、変異率はゲノム平均と大差なく、Pi-b は超可変領域の中 央に位置することが明らかとなった(図1)。さらに、変異の性質をリストアップすると 2-3 塩基以下の置換と小さな indel (insertion/deletion)とが 大半を占めており、抵抗性遺伝子の機能を大きく損なうことなく、その認識部位に修飾を加えるに は好適な変異が多く起きていることが示された。 c)Pi-b 超可変領域内には他の機能を保った遺伝子は存在しない: この超可変領域の内部には、 Pi-b 以外の遺伝子(Open Reading Flame: ORF)は存在せず、遺伝子の存在密度は 1ORF/60 kb であったのに対し、その外部ではほぼ通常の遺伝子密度(約 1 ORF/6 kb)で ORF が見られるのと、大きな対 照をなしている。これは、激しいゲノム変動により、通常の遺伝子は存在し得ない状況にあるとも考えられ、実際にこの領域 に見られる ORF の断片は欠失により壊されたいた(図1下半)。 d)トランスポゾンが積極的な役割を果たすとは考えにくい: mite 等の普遍的に存在するトランスポゾンの分布頻度は 1/3.8kb であり、ゲノムの平均と差は認められなかった。Indica ゲノムに見られる Pi-b の重複産物には大きなレトロトランスポゾンが挿入されていたが、レトロポゾンは再切り出しされること がないので、このような変異は遺伝子の多様性に寄与することは少ないと考えられる。ただ、宮尾らがレトロポゾンの挿入領 域には抵抗性遺伝子アナログが多く見られるという知見とは一致する結果ではある。 2)Arabidopsis の複数の抵抗性遺伝子周辺でも高い割合で Pi-b と同様の傾向が認められた。 a)5種類の孤立型抵抗性遺伝子を Columbia 株と Landsberg 株とで比較: 全配列が解明されている Arabidopsis の Columbia 株で単一遺伝子として存在している5種類の抵抗性遺伝子 RPP8, RPP13, RFL1/RPS5, RPS2, RPM1 を選び、対応する Landsberg 株の BAC 配列を読んで比較した。その結果、前3者は遺 伝子周辺 20-100kb において、約4%前後とゲノム平均の約 0.5%を大幅に上回る変異率を示したが、後2者周辺ではほぼ 通常かそれ以下のレベルであり、遺伝子によって全てがそうではないものの、超可変領域に存在する抵抗性遺伝子の割 合が高いことは確認された(図ー3)。 b)遺伝子(ORF)の存在は特に差がなかった: Arabidopsis の抵抗性遺伝子の周辺では、変異率が高い場合でも ORF の存在頻度は、可変領域の内外の比較で、 目立った差異は認められなかった。 24 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 c)抵抗性遺伝子近傍と通常域でのゲノム変動率の累積度数分布の比較 a)で認められた、抵抗性遺伝子近傍でのゲノム変動の高さをより定量的に分析するために、抵抗性遺伝子近傍 15kb でのゲノムの変動率を 0.5kb づつに測定した値を集計して、変動率を横軸に単純な分布図と累積度数分布図 とを作製した(図4)。抵抗性遺伝子近傍でのゲノム変動率の高さは、特に累積度数分布により明確となり、その 中央値は通常の領域の約5倍に達していた。 図3.Arabidopsis における抵抗性遺伝子及びそのアナログ近傍領域でのゲノム変動 Columbia の配列と BACclone から新たに配列を 決定した Landsberg 株との異同を示す。緑が一塩基置換、赤が indel を示す。変動の激しいケース(上3種)、中程度のケース(中1種)、 及び平均値と同等かそれ以下のケース(下1種)の3つの場合が認められた。斜線部は挿入欠失で比較不能な領域。 図4 単純度数分布と累積度数分布で示した抵抗性遺伝子近傍 15kb でのゲノム変動の大きさの比較。 図3のデータを元に抵抗性遺伝子近傍 0.5kb 毎のゲノムの変動率を求め、対照にはランダムに選んだ BAC クローン末端領域の配列の 変動の分布とを棒グラフで、それから得られた累積度数分布を折れ線で表した。 25 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3)植物ゲノム中の抵抗性遺伝子アナログ(RGA)候補の網羅的解析 抵抗性遺伝子周辺での高い変異率の一般性はほぼ確認されたので、今後はどのような機構でこの現象が起きているか を調べる予定である。そのためにも、基礎データを十分に収集する必要があり、モデルとしてのイネのゲノムを手始めに多 数の抵抗性遺伝子様配列のゲノム上での分布を調べると共に、それらの変異のデータを蓄積し、どのような変異が起きて いるかの解明を試みる予定である。 a)ベースとなる HEGS マーカーによる高密度地図の作製 このために我々の開発した高能率ゲノム走査法(HEGS:High Efficiency Genome Scanning)により、indica (Kasalath) x japonica (銀坊主)の組換え自殖系(Recombinant Inbred line)94 系統の分析から、1100 の AFLP マーカーとランドマーク用の 60 の SSR マーカーとからなるの高分解能マップを1名の研究者により、半年ほどで作製することができた。 b)RGA (R-gene analogues)候補のバンドの特異的増幅法とそのマッピング法の開発 抵抗性遺伝子の NBS(Nucleotide Binding Site)と LRR(Leucine rich repeat)のモチーフ等を PCR の片側に用い、反対側 は任意の制限酵素サイトとしたプライマーペアを用いて、 RGA 候補のバンドを増幅し、得られたバンドをクローニングして 配列を確認すると共に、a)で得られた地図上にマッピングすることを試みる。この手法により、イネゲノムから 370 プライマー ペアにより 1300 の RGA 候補が得られ、大半が上記地図上にマップされた。RGA はかなりクラスターを形成する傾向が見ら れたが、単独で存在するものもよく見られた。現在その配列の解析を行っている。この手法では、あらかじめ全配列の情報が ない多くの植物においても、任意の RGA の多系統間での比較も容易に低コストで行えるシステムが完成した。また、RGA マ ーカーは共優性を示す場合が多く、良質のマップマーカーとして一般的な地図の作製にも用いられ得ることが示された。 図5. HEGS(高能率ゲノム走査法)で得られたイネの高密度マップとこれにその位置が示された抵抗性遺伝子候 補(resistance gene analogue: RGA)とにより構成される RGA マップ indica(kasalath)×japonica(銀坊主)の F9 組換 え自殖系統(recombinant inbred line)94 系統を用いて1人の分析により1年で完成された。黄色で RGA クラスター を示す。 26 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■考 察 以上の結果を考えると、植物の抵抗性遺伝子の近傍では何らかの原因でゲノムの変動率が通常のゲノム領域より高くな っている場合が多く、これにより病原体の変異にも有る程度対応できるものと考えられる。いわば、抵抗性遺伝子近傍が超 可変領域をなしていると言えよう。これは、免疫グロブリン分 子の超可変領域が可変部の中のさらに限定された領域であることと大きな違いであり、さらには変動率も免疫グロブリン の狭い超可変性領域でのそれよりは、遺伝子を取り込むほどの広範囲にわたっていることから当然低くなってはいる。 植物においては、抵抗性遺伝子の多様性は1個体内ではどうしても限定されるために、集団として抵抗性遺伝子の多様 性を維持している面も有るのは確かであるが、それんしてもここの遺伝子座における変動が有る程度以上なければ、集団と しての多様性の維持も困難と考えられる。こうした、抵抗性遺伝子の変動の原動力としては従来、クラスターとして存在する ことが多い抵抗性遺伝子相互の組換えによるものとの説だけがあったが、我々は今回の分析から、ゲノム変動の主な原動 力はその様な不等組換えによるものではなく、一~数塩基の置換や小さな indel(挿入・欠失)の集積が主なものであること を明らかにした(図5)。こうした小さな置換や挿入・欠失は二重鎖切断の修復に伴うミスマッチ修復等によるものが良く知ら れており、何らかの原因でこうした2重鎖切断が頻繁に起こりやすい領域に抵抗性遺伝子やそのアナログが存在しているも のと考えられる。2重鎖切断等の頻度を決めている因子は現在の所不明であるが、一つの可能性として我々は、染色体構 造がほぐれている状態に長くいる事などが効いているのではないかとの推測をしている。 後期では、これらの予想をより具体的に証明すべく、抵抗性遺伝子領域では実際に二重鎖切断などが高頻度で起きて いるのか否かの実証的検討を行う予定である。このためには、RGA マッピングで得られた RGA のクラスター領域などが分析 のための候補領域となろう。 さらには、こうした抵抗性遺伝子の変動を人工的にシュミレートする事により、任意の病原体の構成分子に対してこれを 認識する抵抗性遺伝子を作製することが可能になるものと考えられ、そのモデル的な試みを行う予定である。 図6.抵抗性遺伝子に変異をもたらす原因は従来、上図のようにクラスターした抵抗性遺伝子アナログ間での不 等組換え等が考えられてきたが、我々の分析からは、下図のような二重鎖切断の修復の際のミスの蓄積による ものがむしろ主と考えられる。 27 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■追 記 第3回国際イネいもち病学会の開催 この課題は特にイネのいもち病抵抗性遺伝子をモデル系としていることから、本課題3年目の節目にあたり、これまで5年 ごとに開催されてきたイネいもち病国際会議を本予算からの支持を得て、つくば国際会議場で9月11-14日にかけて開 催した。 諸般の事情により、十分な準備期間が取れなかったにもかかわらず、前回(モンペリエ:フランス)を大きく上回る約175 名の参加者が17カ国から参加し、演題数も140に上った。この機会に、これまでのいもち病国際学会(米国・フランス)では 十分に紹介されてきたとは言えない日本のいもち病研究の成果が、世界に広く知られるようになることが期待される。また、 主立った講演については学会の後にまとめてオランダの Kluwer 社から、Rice Blast, Interaction with Rice and Control のタイトル でハードカバーの書籍として出版予定である。 ホームページ:http://www.nias.affrc.go.jp/riceblast/ ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌 1. Hayashi M, Miyahara A, Sato S, Kato T, Yoshikawa M, Taketa M, Hayashi M, Pedrosa A, Onda R, Imaizumi-Anraku H, Bachmair A, Sandal N, Stougaard J, Murooka Y, Tabata S, Kawasaki S, Kawaguchi M, Harada K.:”Construction of a genetic linkage map of the model legume Lotus japonicus using an intraspecific F2 population", 2. Nagano M, Fagopyrum, DNA Research, 8(6):301-10 (2001) Aii J, Campbell C, Kawasaki S, Adachi T: "Genome size analysis of the genus Fagopyrum", 17:35-39 (2000) 国外誌 1. Rieko Nishimura, Masaki Hayashi, Guo-Jiang Wu, Hiroshi Kouchi, Haruko Imaizumi-Anraku, Yasuhiro Murakami, Shinji Kawasaki, Shoichiro Akao, Masayuki Ohmori, Mamoru Nagasawa, Kyuya Harada, Masayoshi Kawaguchi: "Molecular identification of leguminous genes that mediate systemic regulation of symbiotic organ development", 2. Nature, 420 :426-429 (2002)) H Shiba, M Kenmochi, M Sugihara, Miwano, S Kawasaki, Go Suzuki, M Watanabe, A Isogai, S Takayama : "Genomic Organization of the S-Locus Region of Brassica.", Biosci. Biotechnol. Biochem., 67(3) : 622-623 (2003) 3. Mano, Y., Kawasaki, S., Takaiwa, F., Komatsuda, T. "Construction of a genetic map of barley (Hordeum vulgare L.)cross Azumamugi x Kanto Nakate Gold using a simple and efficient amplified fragment-length polymorphism system." , Genome, 4. 44 (2): 284-292 (2001) Murai H, Hashimoto Z, Sharma PN, Shimizu T, Murata K, Takumi S, Mori N, Kawasaki S, Nakamura C "Construction of a high-resolution linkage map of a rice brown planthopper (Nillaparvata lugens Stal) resistance gene bph2", Theor. Appl. Genet., 5. 103 : 526-532 (2001) Kawaguchi M, Motomura T, Imaizumi-Anraku H, Akao S, Kawasaki S "Providing the basis for genomics in Lotus japonicus: the accessions Miyakojima and Gifu are appropriate crossing partners for genetic analyses.", Molecular Genet Genomics, 266: 157-166 (2001) 6. Hayano-Saito Y, Saito K, Nakamura S, Kawasaki S, Iwasaki M "Fine mapping of the rice stripe resistance gene locus, Stvb-i.", Theor. Appl. Genet, 101: 59-63 (2000) 28 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌 1. 川口正代司、安楽温子、村上泰弘、本村知樹、川崎信二 「マメ科のモデル植物ミヤコグサ」細胞工学別冊植 物細胞工学シリーズ 14 : 140-148 (2000) 2. Shinji Kawasaki, Yasuhiro Murakami "Genome Analysis of Lotus japonicus" J. of Plant Research 113: 497-506 (2000) 国外誌 1. S. Kawasaki, Y. Murakami, H. Imaizumi-Anraku, A Shimizu, I Mikami: "Construction of high-density map, Genome library, and saturation mapping of nodulation genes" in Biotechnology in Agriculture and Forestry 52 Brassica and Legumes, Springer ed. by T. Nagata, H. Lorz, and JM Widholm, 183-202 (2003)) 口頭発表 招待講演 1. 川崎信二、清水顕史、三上一保:「高能率ゲノム走査法(HEGS:High Efficiency Genome Scanning)とその応 用」 九州大学 第43回日本育種学会シンポジウム報告 2001,10,8 2. S Kawasaki, K Hirano, A Shimizu, W Chuntai, T Motomura: "Genome evolution and function of resistance genes" Epochal Tsukuba, 3. 3rd International Rice Blast Conference 2003,9,12 Shinji Kawasaki , Ko Hirano , Akifumi Shimizu: ”HYPERVARIABILITY OF DISEASE-RESISTANCE GENES: A KEY TO THEIR FUNCTION” Town & Country Hotel, San Diego, Plant and Animal Genome XI: 2003, 1, 12 4. 川崎信二、王 新望、清水顕史: 「HEGS によるミヤコグサの飽和高精度マップの作成と全ゲノム物理地図作 製への試み」 大阪大学 第4回ミヤコグサワークショップ 2003, 1, 15 5. Imaizumi-Anraku, H., Murakami, Y., Kawaguchi, M., Senoo, K.,Solaiman, M. Z., Harada, K., Akao, S. and Kawasaki, S.:"HEGS/AFLP saturation mapping of LjSym72 locus, vital for a common initial step of symbiosis with Rhizobia and arbuscular mycorrhiza." Euro Conference Molecular Genetics of Model Legumes:Inpact for Legume Biology and Breeding 6. 2001.9.17 今泉(安楽)温子、川口正代司、村上泰弘、妹尾啓史、Solaiman MZ、河内 宏、赤尾勝一郎、川崎信二 「根 粒形成初期過程に関与する宿主遺伝子の positional cloning に向けて」 日本植物学会第 65 大会シンポジウ ムH ミヤコグサ根粒形成の分子機構 平成13年9月27日 29 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 1.2. 細胞内共生の成立を支える根粒菌遺伝子群の解析 1.2.1. 細胞内共生の成立を支える根粒菌遺伝子群の解析 東北大学大学院生命科学研究科地圏共生遺伝生態分野 三井 久幸 ■要 約 本研究は、依然未解明な根粒菌の細胞内共生過程の分子機構を明らかにすることを主要な目標とし、アルファルファ根 粒菌の新規共生必須シグマ因子 RpoH1 に着目した。成果として、RpoH1 が発現する熱ショックタンパク質遺伝子を同定し、 また、種々の環境因子に対する根粒菌の耐性に必須の役割を果たしていること、共生においては宿主細胞への侵入後に 重要であることを見出した。一方、窒素固定そのものには関与しないことを見つけた。結果として、RpoH1 が細胞内共生機 構解明の重要な手がかりとなることを示すことができた。 ■目 的 共生時、根粒菌は宿主細胞内のペリバクテロイドメンブレン(PBM)で覆われた区画内に存在し(この状態をバクテロイド と呼ぶ)、PBM を介した酸素や代謝産物等の宿主とのやり取りを通じて、窒素固定に最適な環境を得ている。その結果きわ めて効率の高い窒素固定系が確立するわけであるが、この高度に進化した細胞内共生系をマメ科植物との間に成立させ る能力こそ根粒菌に特異的なものである。この間に働く根粒菌遺伝子の一部は、「共生遺伝子」として長年研究されてきた。 根粒菌・宿主植物間の相互作用の初期段階において、根粒菌の感染に必要な宿主の形態変化や根粒原基形成の引き金 を引く物質 Nod ファクターの生合成遺伝子については、種々の根粒菌で解析が行われている。後期段階としての窒素固定 作用そのもの、または窒素固定に必要な ATP や還元力の供給に働くものとしては、ニトロゲナーゼ、低酸素型呼吸鎖末端 オキシダーゼ、炭素・窒素代謝系、代謝産物の輸送系等々をコードする遺伝子が同定されている。更に、外膜リポ多糖 (LPS)や細胞外分泌多糖(EPS)の生合成遺伝子が感染過程に必須であることが一部の根粒菌で報告されている。これら の過程・機能に関しては、解明すべき問題は残されているものの、従来国内外の多くの根粒菌研究者が取り組んできた分 野である。一方、感染糸から宿主細胞内への根粒菌の放出後に進行する過程(細胞内共生)については、その分子機構 はいまだ不明であり、また、有効な研究が従来なされてこなかった。その間バクテロイドは形態を変化するが、結果生じる成 熟バクテロイドでのみ窒素固定が行われていることから、持続的な細胞内共生または共生窒素固定作用におけるバクテロ イドの形態変化の重要性が理解できる。特に、アルファルファ根粒菌やクローバー根粒菌等では、その形態変化が顕著で ある(バクテロイド分化)。また、多くの根粒菌は単独の培養では窒素固定活性を発現しないことが知られているが、細胞内 共生過程の解明によってその理由が解き明かされる可能性がある。 新たな有用共生系の開発のためには、根粒菌に関して共生成立にかかわる遺伝情報の全体像を把握することが肝要で ある。そのためには、現時点で大きく穴の空いている細胞内共生過程について、その分子機構の解明が急務である。この 問題は、前述の窒素固定に直接関与する遺伝子群とは別個の、バクテロイドを宿主細胞内で維持し、適切に成熟化・形態 変化させるのに働く遺伝子を同定しその機能を解明することと捉えることができる。本研究はここに焦点を当てており、具体 的には、宿主植物への感染・標的細胞への侵入過程は正常だが、最終的に Fix-(窒素固定能欠損)となるような根粒菌変 異株を新たに分離し、解析を行うことを基本方針に据えている。細胞内共生の分子機構の主要部分を明らかにすることに よって、最終的に根粒菌の共生成立機構の全貌の理解に導くことを本研究の目標とする。 30 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 研究方法 根粒菌の新規共生遺伝子の探索方針の一つとして、アルファルファ根粒菌 S. meliloti の共生必須シグマ因子 RpoH1/RpoH2 を手がかりとし、その制御下にある遺伝子の同定を試みた。共生能の試験としては、宿主植物アルファルファ への接種試験、形成された根粒のアセチレン還元活性の測定およびその超薄切片の電顕観察を行った。窒素固定遺伝 子の発現解析としては、nifH、nifA、fixN 各遺伝子と lacZ 遺伝子との融合遺伝子を広宿主域プラスミドにのせて各株に導入 し、微好気条件へのシフト前後での β-galactosidase 活性の測定を行った。温度感受性、各種物質に対する耐性の試験は、 各種プレート上で、供試物質を染みこませたペーパーディスクや濃度勾配を施したプレートを用いて行った。熱ショックタン パク質(Hsp)の合成は、各株の培養温度を 25℃から 37℃に急上昇させ、その後経時的に細胞を[35S] Met でパルスラベル することによってタンパク質合成パターンを検出することによって調べた。個々の遺伝子の転写パターンはリボヌクレアーゼ プロテクションによって解析した。更に、RpoH1 依存的な転写産物については、プライマー伸長法によってその 5’末端を同 定した。シグマ因子の根粒菌細胞内濃度は、各抗血清を用いたウェスタンブロッティングによって求めた。抗血清は、 RpoH1 および RpoH2 各タンパク質を大腸菌で発現し精製した組換えタンパク質をもとに作成した。 ■ 研究成果 1. アルファルファ根粒菌の rpoH1 変異株の共生能 本研究に先立って、S. meliloti の rpoH1 変異株の接種により、アルファルファに無効根粒が形成されること、および rpoH1 rpoH2 二重変異株の接種では根粒が形成されないことを見出していた(図-1)。そこで、rpoH1 変異株の共生窒素固定能を 野生株および他の Fix-変異株と比較するために、各株の接種によって形成される根粒のアセチレン還元活性を求めた。そ の結果、Rm1021(野生株)では 513±232 nmolC2H4/h/plant、HY658G(rpoH1 変異株)では 1.8±1.4 nmolC2H4/h/plant の活 性が検出された。Rm1491(nifH 変異株)接種による根粒からは活性が検出されなかった。Rm1021 と HY658G とでは、植物 当たりに形成される根粒数に差は見られず、根粒新鮮重当たりの活性はそれぞれ 28±9 nmolC2H4/h/mg および 0.46±0.25 nmolC2H4/h/mg と算出された。このように rpoH1 変異株の低い活性は Fix-表現型の説明となっているが、同時に nifH 変異 とは違う範疇に属することも示している。 図-1 アルファルファへの S. meliloti 野生株(左)および rpoH1 変異株(右)の接種。 HY658G 株によって形成される無効根粒内部の電顕観察を行った。その結果、宿主細胞内にバクテロイドが存在するこ とが確認された(図-2)。これは、rpoH1 変異が宿主細胞への侵入過程には影響しないことを示す。しかし、HY658G 株のバ クテロイドの形態は、以前の報告にある野生株のそれとは異なり、むしろ種々の fix 変異株(fixH、fixG 等)のバクテロイドと類 31 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 似している。rpoH1 変異は細胞内共生に影響を与えることがわかるが、現時点では、バクテロイドの形態異常が窒素固定能 欠損の原因なのか結果なのかは判断できない。 図-2 透過型電顕観察による S. meliloti 野生株(左)および rpoH1 変異株(右)のバクテロイド。 2. rpoH1 変異株における窒素固定遺伝子の発現 S. meliloti では、主要な窒素固定遺伝子の発現は酸素条件によって調節されている。低酸素分圧下では、酸素センサ ーFixL がレギュレーターFixJ を活性化する。その結果 FixJ は nifA 遺伝子と fixK 遺伝子の転写を誘導する。更に NifA と FixK も転写因子として、それぞれ nifHDKE オペロン、fixNOQP オペロンその他の転写を誘導する。この発現調節カスケードに含ま れる遺伝子のプロモーターからの転写が、rpoH1 変異によって影響を受けるか否かを次のように検討した。nifH、nifA、fixN そ れぞれの lacZ 融合遺伝子をプラスミドにクローン化し、それらのプラスミドを S. meliloti 野生株ないし rpoH1 変異株、rpoN 変 異株の Lac-誘導体に導入した。得られた株について、好気条件および微好気条件で β-galactosidase 活性を測定した。その 結果、rpoH1 変異株では野生株(Rm8501: Rm1021 Lac-)と同様に、調べた 3 遺伝子いずれについても酸素分圧の低下に伴う 活性の上昇が観察された(図-3)。比較のために実験に含めた rpoN 変異株では、nifH-lacZ について活性上昇が見られなか った。この結果より、RpoH1 は前述の窒素固定遺伝子の発現調節機構には関与していないと考えられる。 図-3 微好気条件へのシフトに伴う、nifH (a)、nifA (b)、fixN (c) 各プロモーターからの発現誘導に対する、 rpoH1 変異または rpoN 変異の影響。 3. 根粒菌の環境ストレスへの耐性に及ぼす rpoH1 変異の影響 LB/MC 培地(栄養培地)上で、Rm1021(野生株)は 40℃で生育し 41℃では生育しなかった。BY294(rpoH2 変異株)も Rm1021 と同様の生育を示した。一方、HY658G(rpoH1 変異株)および RmHM9(rpoH1 rpoH2 二重変異株)は 39℃では生 育したが 40℃では生育しなかった(図-4)。すなわち、RpoH1 は根粒菌の温度感受性についてごく限定された寄与のみ有 することが示された。これは、rpoH 変異株が 20℃以上では生育できない E. coli の場合と大きく異なる。E. coli ではシグマ 因子 σ32(rpoH 遺伝子産物)が温度耐性に重要なシャペロン GroEL-GroES や DnaK-DnaJ の発現を支配しているが、根粒 菌の RpoH1/RpoH2 についてはその状況と異なることが示唆される。 32 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-4 S. meliloti 野生株および rpoH1 変異株ないし rpoH2 変異株の生育の温度感受性。39℃(左)および 40℃(右)。 一方、培地中に添加した界面活性剤デオキシコール酸ナトリウムに対する、rpoH1 変異の影響を調べたところ、濃度 0.1% で Rm1021 は生育したが HY658G 株は全く生育しなかった。同様に、rpoH1 変異株は SDS(界面活性剤)、クリスタルバイオ レット(疎水性色素)、エタノールに対する感受性が野生株より高いことが判明した(図-5)。更に、培地の酸性度に対して rpoH1 変異株はより感受性が高かった。このような性質は LPS 等の細胞表層に関する変異株で見られることから、rpoH1 変 異の影響は細胞表層構造に及ぼされている可能性がある。 図-5 S. meliloti の種々のストレス感受性に及ぼす rpoH1 変異の影響。プレート上に置いたペーパーディスクに 10% (w/v) SDS (a)または 0.4% (w/v) クリスタルバイオレットを添加した場合、ないしプレートに pH 7 から 5 (c)、またはエタノール 0 から 8% (v/v) (d) の濃度勾配を 施した際に観察された増殖阻止部分の長さを示した。 4. 根粒菌の熱ショック応答に及ぼす rpoH1 変異の影響 E. coli の σ32 はストレス応答に関する中心的な制御因子である。そこで、S. meliloti の RpoH1 についてその可能性を検討 した。25℃で培養した対数増殖期の各株の培養温度を急激に 37℃に温度上昇させ(熱ショック処理)、その後経時的に [35S] Met で 2 分間ずつパスルラベルし、標識されたタンパク質を SDS-PAGE によって解析した。その結果、Rm1021(野生 株)では数種類(100kDa、76kDa、66kDa、60kDa、35kDa、26kDa、25kDa、23kDa、20kDa)のタンパク質の合成速度が熱シ ョックに伴って上昇していた(熱ショックタンパク質、Hsp)(図-6)。 33 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-6 熱ショックに伴う S. meliloti のタンパク質合成のプロファイル。温度上昇後、0 分(lane 1)、5 分(lane 2)、 10 分(lane 3)、15 分(lane 4)、20 分(lane 5)、30 分(lane 6)、40 分(lane 7)、60 分(lane 8)にサンプリングし、パルスラベルし、 SDS-PAGE で解析した。A は野生株、B は rpoH1 変異株、C は rpoH2 変異株、D は rpoH1 rpoH2 二重変異株。 最も顕著な合成は、66kDa および 60kDa タンパク質に関して観察された。同様な熱ショックを施した細胞の全タンパク質 のウェスタンブロットに対して E. coli GroEL 抗血清を適用したところ、同じ移動度の 2 つのシグナルが検出されたので、 66kDa および 60kDa の Hsp は S. meliloti の GroEL ホモログである可能性が高いと判断した。その他の Hsp は、誘導のキ ネティクスの違いに基づいて 2 種類に分類することができた。すなわち、100kDa、76kDa、20kDa の Hsp の合成は、温度上 昇後 5 から 10 分後に最大に達していた。一方、35kDa、26kDa、25kDa、23kDa の各 Hsp の合成は、30 分後に最大に達し た(図-7)。 図-7 熱ショックに伴う Hsp の合成誘導のキネティクス。まるは野生株、 四角は rpoH1 変異株、白三角は rpoH2 変異株、黒三角は rpoH1 rpoH2 二重変異株。 34 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 一方、HY658G(rpoH1 変異株)では、100kDa、76kDa、20kDa の各 Hsp の合成が大きく低下し、また、66kDa および 60kDa の Hsp の合成は部分的な影響を受けていた。このような影響は、RmHM9(rpoH1 rpoH2 二重変異株)で更に顕著で あった。それに対し、35kDa、26kDa、25kDa、23kDa の各 Hsp の合成は全く影響を受けなかった。これらの結果より、RpoH1 と RpoH2 は一部の Hsp のみについて、その熱ショック誘導に関与していることを示す。 5. 根粒菌の Hsp 遺伝子の転写に及ぼす rpoH1 変異の影響 前述の結果を受け、全塩基配列が決定・公表されている S. meliloti のゲノム上から比較的分子サイズの大きな 9 種類の Hsp 相同遺伝子(groESL1、groESL2、groESL3、groEL4、groESL5、dnaK、clpA、clpB、lon)を選び出し、その転写における RpoH1 の関与の有無を調べた。そのために、S. meliloti 各株を 25℃で培養した後温度を 37℃に変化させ、経時的に全 RNA を調製し、各遺伝子塩基配列のアンチセンス RNA をプローブとしたリボヌクレアーゼ・プロテクションに供した。 その結果、groESL5、clpB、lon の転写に RpoH1 が関与していることが明らかとなった(図-8)。特に、groESL5 の発現は単 一の RpoH1 依存の転写のみによって行われていた。また、いずれの場合においても、RpoH1 依存的な転写産物の検出は 温度上昇後にのみ限られており、熱ショック前には確認されなかった。これら以外の遺伝子の転写には、 rpoH1 または rpoH2 変異の影響は全く見られなかった。groESL1 の発現は熱ショックに伴って増加していたが、これには転写開始点付近 に存在する繰り返し配列が関与していると考えられる。類似の繰り返し配列は、 S. meliloti と系統的に近縁な細菌 Agrobacterium tumefaciens の rpoH 遺伝子上流にも存在し、非ストレス環境下でリプレッサーHrcA が作用して転写を抑え ていることが報告されている。 図-8 Hsps 相同遺伝子 groESL5 (a)、lon (b)、clpB (c)、dnaK (d)、groESL1 (e)の転写解析。 S, meliloti 野生株(lane 1-3)、rpoH1 変異株(lane 4-6)、rpoH2 変異株(lane 7-9)、rpoH1 rpoH2 二重変異株(lane 10-12)の培養に対し それぞれ熱ショックを与え、熱ショック前(lane 1, 4, 7, 10)、熱ショック 10 分後(lane 2, 5, 8, 11)、 30 分後(lane 3, 6, 9, 12)のそれぞれから全 RNA を調製し、リボヌクレアーゼ・プロテクションに供した。 groESL5、clpB、lon 各遺伝子の RpoH1 依存の転写についてプライマー伸長法を適用した。その結果、開始コドンから数 えて、groESL5 で 95 塩基、lon で 73 塩基、clpB で 166 塩基それぞれ上流に転写開始点を同定した(図-9)。これらの転写 開始点を基準に更にその上流の塩基配列を並べることによって、RpoH1 依存プロモーターの-35 と-10 領域のコンセンサス が導き出された(図-10)。 35 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-9 groESL5 (a)、lon (b)、clpB (c)の RpoH1 依存の転写の開始点の決定。各レーン番号は図-8 と同様。 -35 -10 groES5 ggggcCtCTTGAAatccatttttagcccaaCCAgATcatcccgcg lon gccgtacCTTGAAaaggcctctcttgcactCCActTtcatgtacg clpB tgccgCtCTTtAAttcagaagtgcgctgccCCAtATttcgcttcg Consensus cnCTTgAA (17) CCAnaT E.coli σ32 CnCTTGAA (13-17) CCCCATnT groES1 dnaK gcctatcCTTGActcatttcacggccagccttAtcTcggctggcg agaatgcCTTGcAgtccgaaacgccggtccttAtATacgccgca 図-10 RpoH1 に依存の転写開始点の上流の塩基配列とプロモーターコンセンサス。 6. RpoH1 が発現に関与する Hsp 相同遺伝子の共生における役割 S. meliloti のゲノム上の groESL5、clpB、lon 各遺伝子内にゲンタマイシン耐性遺伝子を挿入することによって、各遺伝子 の破壊を試みた。その結果、groESL5 および clpB について遺伝子破壊された変異株が得られた。それらの株をアルファル ファに接種したところ、いずれも野生株接種の場合と同様の Fix+となった。また図-8 に示されたとおり、clpB および lon につ いては、その発現に占める RpoH1 の寄与が小さいこととも考え合わせて、RpoH1 の共生窒素固定能必須の役割がこれらの 遺伝子の発現を介して果たされている可能性は低いと判断した。 7. RpoH1/RpoH2 タンパク質の根粒菌細胞内濃度とその変化 非ストレス下の E. coli では細胞内の σ32 レベルは検出限界以下であるが、熱ショックに伴って σ32 は著しく増加する。それ が E. coli の Hsp 合成の熱ショック誘導の原因となっている。そこで、S. meliloti の RpoH1 と RpoH2 に関して、細胞全タンパク 質のウェスタンブロッティングから熱ショック処理前後の各タンパク質の細胞内濃度の変化を調べた。各タンパク質の定量 は、同じブロット上の濃度既知の精製タンパク質のシグナル強度を元に作成した検量線に基づいて行った。 その結果、Rm1021(野生株)では、RpoH1 は熱ショックの前後を通じ、全タンパク質 1µg 当たり約 1.5ng 存在していたが、一 方 RpoH2 は熱ショック前の検出限界(0.01ng)以下のレベルから熱ショック後には全タンパク質 1µg 当たり約 0.2ng まで増加す るのが観察された(図-11;図-12)。rpoH2 変異は Hsp 合成に全く影響を及ぼさない(図-6)ことから、以上の結果は根粒菌の Hsp 合成誘導機構が E. coli のそれとは異なることを意味する。すなわち、根粒菌の RpoH1 依存的な Hsp 合成誘導は、細胞 内 RpoH1 タンパク質レベルの上昇が引き起こすのではなく、RpoH1 の活性の変化が関与していると考えられる。更に、根粒か ら分離したバクテロイドにおいても、培養細胞と比較して RpoH1 タンパク質レベルの大きな変化は見られなかった。 また、BY294(rpoH2 変異株)では Rm1021 と同レベルの RpoH1 タンパク質の存在が確認された。一方 HY658G(rpoH1 変 異株)では、熱ショック後の時間経過を通じて、RpoH2 タンパク質の細胞内レベルが Rm1021 の場合と比べて高いことが判 明した(図-12)。これは、RpoH2 が RpoH1 の消失を補うように細胞内レベルを増加させているように見える。同時に、熱ショッ クに伴う RpoH2 レベルの上昇に RpoH1 は関与していないことを意味する。 36 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-11 S. meliloti 野生株における、熱ショックを加えた後の RpoH1 および RpoH2 タンパク質の細胞内レベルを示すウェスタン解析。 図-12 ウェスタンブロッティングに基づく、熱ショックを加えた S. meliloti 各株における RpoH1 および RpoH2 タンパク質の細胞内濃度。全タンパク質 1µg 当たりで示した。 ■考 察 本研究遂行にあたっての第一の方針は、宿主植物への感染・標的細胞への侵入過程は正常だが、最終的に Fix-となる ような根粒菌変異株を新たに分離・解析することである。その方針の下、新たな範疇の共生必須遺伝子としてまず注目した のが、シグマ因子をコードする rpoH1 である。本研究によって、S. meliloti の rpoH1 変異株では窒素固定遺伝子の発現誘導 機構は正常であること、および感染させたアルファルファ根粒内には異常形態のバクテロイドが存在することを明らかにした。 そこで、シグマ因子 RpoH1 によって発現される遺伝子群に含まれる共生必須遺伝子の同定を目指した。熱ショック応答に おける RpoH1 の一定の役割に着目して、RpoH1 によって発現される熱ショックタンパク質(Hsp)遺伝子を同定し、その RpoH1 依存プロモーターのコンセンサスを推定することができた。しかし、現在までに目的の共生必須遺伝子の同定には至らなか った。そこで改めて、発現プラスミドベクター上に作成した S. meliloti のゲノムライブラリーを rpoH1 変異株に導入することに よって、目的遺伝子のスクリーニングを行っている。当初、アルファルファへの接種による Fix-の抑圧を指標にスクリーニン グを進めていたが、その後、rpoH1 変異株が界面活性剤等に感受性となることを見つけた(研究成果 3)ことによって、デオ キシコール酸ナトリウムに対する感受性の抑圧を指標としたスクリーニングを併用することとした。現在のところ、rpoH1 変異 株の界面活性剤や酸性に対する感受性と Fix-との関係は不明であるが、この感受性の増大が宿主細胞内で被る環境スト レスに抗してバクテロイドを生存・維持する能力に影響を与えている可能性が大いに考えられる。実際、根粒菌の細胞外膜 LPS の生合成変異株において、同様の界面活性剤や酸性に対する感受性増大と Fix-が報告されている。今後、LPS を含 め細胞表層構造の生合成系と RpoH1 レギュロンとの関係に着目すべきであるが、いずれにせよデオキシコール酸ナトリウム 感受性を指標にした能率的なスクリーニングによって、早晩目的の共生必須遺伝子を同定できるものと考えている。 根粒菌の細胞内共生過程特異的な形態変化(バクテロイド分化)の分子機構は、本研究で解明すべき最重要課題であ る。S. meliloti ではその形態変化が著しいという点で、研究材料としての特徴がある。この課題に対し、本研究では、シグマ 因子 RpoH1 の機能解析を通じたアプローチの他に、Caulobacter crescentus (根粒菌と同じ α-proteobacteria の非根粒 菌)の細胞周期制御因子 ctrA の相同遺伝子に着目し、S. meliloti の細胞周期進行の制御機構の解析を通じたアプローチ 37 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 を試みた。これは、バクテロイド分化過程における細胞分裂停止および細胞肥大化に着目したためである。分子遺伝学的 手法によって、S. meliloti の ctrA 相同遺伝子が C. crescentus の場合と同様に必須遺伝子であることを示すことができた。 しかし、次に C. crescentus で報告されている ctrA 条件致死変異アレルのアミノ酸配列を参考に、S. meliloti の ctrA への 部位指定変異導入による条件致死変異株の分離を試みたが、現在までに達成できなかった。そこで今後へ向け、ctrA 遺 伝子へのランダムな変異導入による条件致死変異株のスクリーニングと、改めて S. meliloti のゲノム全体を対象とした条件 致死変異株のスクリーニングとを計画し、現在開始しているところである。 本研究では、根粒菌-マメ科植物の多様性に鑑み、特にミヤコグサの共生系のモデル実験系としての重要性を考慮し て、S. meliloti の他にミヤコグサ根粒菌 Mesorhizobium loti を材料に、宿主との相互作用の後期段階にかかわる変異株のス クリーニングを開始している。現在のところ、ゲノム中にミニトランスポゾンの挿入を含む M. loti 約 3,000 株から、栄養要求性 を示すもの 41 株を分離し、更にその中から Fix-を 5 株見出した。現在、失活した遺伝子の同定を進めている。今後は宿主 植物側の研究との連携をより深めるために、M. loti の変異株のスクリーニングの規模を拡大する予定である。 ■ 成果の発表 原著論文による発表 国外誌 1. Y. Ono, H. Mitsui, T. Sato, K. Minamisawa :「Two RpoH homologs responsible for the expression of heat shock protein genes in Sinorhizobium meliloti」, Mol Gen Genet, 264, 902-912. (2001) 口頭発表 応募・主催講演等 1. 三井:「根粒菌の細胞内共生・窒素固定にはたらく制御因子」,横浜,第 25 回日本分子生物学会年会ワークショ ップ,2002.12.13 38 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 1.3. モデル植物ミヤコグサを用いた共生及び病害抵抗性遺伝子群の解析 1.3.1. 突然変異飽和法によるミヤコグサ共生遺伝子群の顕在化 新潟大学理学部自然環境科学科 川口 正代司 ■要 約 日本に自生するマメ科のモデル植物ミヤコグサ Lotus japonicus を実験材料として用い、EMS 由来の共生変異体の遺伝 解析から、根粒形成の初期過程、中期過程、窒素固定発現、根粒の数に影響を与える13の遺伝子座を同定した。一方、 イオンビーム照射により1系統の新規根粒過剰着生変異体 bel (beading nodules)を単離した。これらの変異体の中から根粒 が過剰に着生する bel, astray (Ljsym77)と har1 (Ljsym78)変異体に着眼し、Gifu, Miyakojima エコタイプ間の DNA 多型から 原因遺伝子の特定を試みた。astray の原因遺伝子は N 末に zinc finger motif と acidic domain を有する bZIP 型の転写因 子であり、光の受容との関連が示唆された。一方 har1 変異体は、まず表現型解析から著名なダイズの超根粒着生変異体 nts1 と同じく、システミックな制御系を失っている変異体であることが示唆された。特定した原因遺伝子は21回のロイシンリ ッチリピートを有するレセプター様キナーゼをコードしており、ダイズ nts1 においても変異が認められた。興味深いことに, HAR1 及び NTS1 と最も高い相同性を示すシロイヌナズナの遺伝子は CLAVATA1(CLV1)であった。CLV1 は細胞間コミュ ニケーションを介して茎頂・花芽分裂組織での細胞増殖を制御することが知られている。マメの CLV1 様遺伝子は、器官間 コミュニケーションを介してシステミックに共生器官の分化を制御していることが明らかとなった。 ■目 的 マメ科植物と根粒菌による共生窒素固定系の分子機構の解析は、根粒菌側において目覚ましい進展がみられ、根粒共 生系に必要とされる多くの遺伝子が単離・解析されている。しかしながら、根粒金側の遺伝子と対をなす宿主側因子の実 体は、まだほとんど未解明のままである。また根粒形成時に発現する nodulin 遺伝子が単離されているが、それらの生物学 的役割は不明なものが多い。根粒共生系を直接的に制御する宿主遺伝子群を顕在化するために、モデルマメ科植物ミヤ コグサを用い、突然変異飽和法と得られた変異体の遺伝解析から、根粒菌との初期認識から窒素固定に至る宿主遺伝子 を可能な限り同定する。また平行して、今までに単離されている EMS 由来の32系統の根粒形成変異体の中から,システミ ック(全身的)な制御システムに異常を示す変異体を見いだし,原因遺伝子のクローニングと遺伝子産物の機能解析を通し て、その分子機構に迫ることを目的とする。 ■ 研究方法 根粒共生系の飽和的変異体の作出と遺伝解析を効率よく行うために、沖縄県宮古島由来の早咲きミヤコグサ MG-20 (図1)を使用する。突然変異の導入法としては、得られた変異体とゲノム DNA の欠失、あるいは nodulin 遺伝子との対応関係 を PCR で効率よく検出できるように、重イオンビーム(He2+と C5+)を使用する。重イオンの照射は日本原子力研究所で行う。 根粒形成をシステミックに制御する宿主因子の分子的実体に迫るため、すでに単離されている変異体の中から根粒数 の増加するものに着眼し、ポジショナルクローニングを試みる。 39 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-1 沖縄県宮古島に自生する早咲きミヤコグサ Miyakojima MG-20 ■ 研究成果 1. EMS 処理によって単離した根粒形成変異体の表現型解析と遺伝解析 EMS 処理によって単離した Gifu B-129 由来の32系統の変異体は大きく2つのカテゴリーに分類された。根粒形成及び 窒素固定発現過程における変異体(27系統)と有効根粒は形成されるがその数に異常のみられる変異体(5系統)である。 1.1. 根粒形成過程及び窒素固定発現過程の変異体 有効根粒に至るまでの共生変異体は大きく Nod-, Hist-, Fix-に区分された。Hist-とは今回新たに導入した変異体のカ テゴリーで、根粒菌との協同的な組織形成に影響するもの(Cooperative histogenesis-)である。遺伝解析からそれぞれ、4 遺伝子座、2遺伝子座、3遺伝子座の合計9遺伝子座を同定した。 1.1.1. 根粒非着生変異体 Nod- sym70, sym71, sym72, sym73 根粒非着生を与える4つの遺伝子座を同定した。この中で sym73 は低頻度ながら有効根粒を形成する。根粒菌と菌根 菌との初期認識においてシェアされた遺伝子座があることがエンドウやアルファルファなどで知られている。妹尾らの協力 により菌根共生系について調べたところ、sym71 と sym72 は菌根菌の共生系も破綻していることが示された。したがって sym70, sym73 は根粒菌特異的な変異体ということができる。ミヤコグサ根粒菌の分泌する Nod factor (リポキチンオリゴサッ カライド)を粗精製し、宿主の応答性を調べた。その結果、sym70 では根粒形成の初期反応である根毛の変形が全く観察さ れなかった。従って、SYM70 は Nod factor の認識あるいは Nod factor からの情報伝達にかかわる遺伝子である可能性が 示唆された。Nod-変異体における Nod factor の詳細な解析は河内らによって行われている。 1.1.2. 協同的組織形成不全の変異体 Hist- sym74 (alb1), sym79 (crinkle) ミヤコグサの根粒は有限根粒であるため、最終的な根粒の形状は球形である。球形根粒の内部形態は、まず中央に、根 粒菌が細胞内共生する感染細胞と共生しない非感染細胞よりなる感染領域が位置し、その周囲に根粒柔組織、そして柔 組織を取り囲む根粒内皮、根粒外皮より構成されている。根粒柔組織には外師包囲維管束が分化しており、同化産物の 40 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 輸送に預かる。今回同定した2つの遺伝子座は、おそらく根粒菌の感染過程が強く抑制されているために、バクテリアと宿 主による協同的な組織および組織系の分化が不十分であると考えられる。sym74 (alb)に関しては allele の強さで根粒形成 の進み具合に違いが観察された(図2)。sym74-1 (alb1-1) では異常ながら根粒菌の感染が認められ、根粒の内部構造の 分化もある程度進んでいるように見受けられるが、sym74-2 (alb1-2)では、根粒原基が誘導される程度でその発達が著しく 阻害されている。sym79 (crinkle)に関しては、メンデル遺伝子を示さない変異体であり、感染糸形成過程の異常の他、根毛 の分化、受精過程にも異常が観察された。 Hist- mutants Cooperative Histogenesis 図-2 Hist-変異体 sym74 (alb1)のアレルの違いによる表現型の差異 A,B は根粒様構造の横断切片 1.1.3. 無効根粒変異体 Fix- sym75 (sen1), sym76 (fen1), sym81 根粒菌の細胞内共生は確認されるが、窒素固定の発現が十分でない3つの遺伝子座を同定した。sym75 (sen1), sym81 変異体が形成する無効根粒の内部形態の観察から、感染細胞内に小さな液胞状のものが多数蓄積するプロセスが観察さ れた(図3)。この内 sym75 に関しては菅沼らとの協同研究により、全く窒素固定活性が観察されないことが判明した。また 根粒数が野生型のおよそ2倍に増加していた。一方 sym76(fen1) 変異体では、感染細胞が顆粒状化して崩壊していく様 子が観察された。 41 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-3 Fix-変異体 sym75 (sen1)では細胞内に液胞が多数見られ、sym76 (fen1)では顆粒状構造が見られる。 1.2. 根粒数の制御 有効根粒数に異常の示す5系統の変異体のうち、3系統は根粒数が増加しており、2系統は減少していた。また5系統の 4系統は根の形態に異常が観察され、残りの1系統は根毛に異常が観察された。 1.2.1. 有効根粒が増加する変異体 sym77 (astray)は、光に関する応答性が失われた新規変異体である。根粒の増加は典型的な超根粒着生変異体ほど顕著 ではなく、実生の段階で2倍程度に増加する。ただ光照射下で根粒菌を感染させると野生型との差は顕著であり、通常野生 型では根に光があたると緑化し根粒の形成が抑制されるが、寒天培地上で育てた sym77 (astray)変異体では根の緑化がみ られず根粒形成も抑制されない。また sym77 (astray)変異体では側根の重力屈性も弱まっており、横に広く展開する。sym77 の根粒非感染時の形質は Arabidopsis の hy5 変異体に似ている。 hy5 変異体の場合、側根の形成は野生型よりも早いことが 報告されている。sym77 変異体は側根形成において顕著な差はなく、変わりに根粒原基の形成が早くなっていた。 sym78 (har1)は典型的な超根粒着生変異体である。完全な窒素飢餓状態では、根粒菌の感染により植物の生長は著し く阻害される。今までに単離されている超根粒着生変異体は硝酸耐性であることが報告されているが、sym78 (har1)で顕著 な硝酸耐性は観察されなかった。根粒菌を感染させていない実生では、主根の伸長が抑制され、側根数は野生型の2~3 倍ほどに増加していた。 42 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 1.2.2. 有効根粒が減少する変異体 根粒数が減少する2系統の変異体のうち、slp 変異体は根粒菌の感染に必要とされる根毛を欠損していた。菌根菌の感 染に根毛が重要であることが指摘されていたが、菌根菌は正常に感染した。もう一つの rdo 変異体は根が肥大しており、皮 層組織をはじめとする組織の細胞数が増加していた。これら2つの変異体は共生に特異的というよりは根毛あるいは根の変 異体である。従って特に sym 番号を付与しなかった。 2. イオンビーム照射による共生変異体の単離 早咲きミヤコグサ Miyakojima MG-20 の種子に C5+と He2+イオンを 50Gy から 400Gy 照射し、可能な限りの M2 種子を 回収した。最終的に 19,000 程の M2 種子を使いスクリーニングを行ったが、ほとんど共生変異体は単離されなかった。ただ 一つ 300Gy の He2+イオンを照射した後代から、超根粒着生変異体を単離することができた。この変異体は極めて遅咲きで 遺伝解析にかなりの月日を必要と要したが、har1, astray と異なる新規の変異体であることが判明した。 3. ミヤコグサ超根粒着生変異体 har1 の接ぎ木実験とスプリットルート実験 har1 変異体を用いた接ぎ木実験より、シュートの遺伝子型が根の表現型を制御していることが示された。すなわち har1 変異 体の根に野生型のシュートを接ぐと根粒の過剰形成は抑制され、逆に野生型の根に har1 変異体のシュートを接ぐと根粒数の抑 制が解除された。これは過去報告されているダイズ超根粒着生変異体 nts1 と同じ表現型であり、har1 変異体では根粒菌の感 染を受けた後、シュートで合成され根に輸送される根粒抑制物質(オートレギュレーションシグナル)を欠損していると考えられ る。次にミヤコグサの根系を2つに分け,時間差で根粒菌を感染させるスプリットルート(根分け)実験を試みた。その結果、感染 根からシュートを経由しての非感染根へのシステミックな根粒抑制活性は、har1 変異体で失われていることが示された。 4. HAR1 原因遺伝子のポジショナルクローニングによる同定 ミヤコグサの分子遺伝地図がほとんど描けていない状況において、har1 変異体の原因遺伝子のポジショナルクローニン グに着手した。まず Gifu 由来の har1 変異体に Miyakojima を交配し多くのF2種子を回収した。その中から har1 の表現型 を示すおよそ400の劣性ホモ個体を選抜し、共優性マーカーとの連鎖解析を行った。この解析にあったては、ダイズ根粒 過剰着生変異体 nts1 とミヤコグサ har1 変異体の原因遺伝子が同じであると想定し、さらにダイズとミヤコグサのゲノム間に シンテニーがあると仮定して作業を進めた。具体的には、ダイズ nts1 の近傍に位置する DNA マーカーGm221, Gm002, Gm036 と相同性の高い遺伝子をミヤコグサ EST データベースより見いだし、それらをもとに PCR プライマーを設計し、Gifu, Miyakojima のゲノム DNA より増幅を行った。その結 Gm221 (sugar transporter)のミヤコグサホモログ LjSUT-1 において PCR 断片長に差が検出された。そこで連鎖解析を行った結果、har1 遺伝子座から 0.45 cM と強く連鎖していることが示された。 また LjSUT-1 を含む TAC クローン TM0216 には Gm036 (aldolase)と高い相同性を持つミヤコグサの遺伝子が存在すること が分かった。これらの結果から、ダイズとミヤコグサのゲノム間にシンテニーがあることがはじめて示唆された。さらにこれら 一連の解析より、ダイズ nts1 とミヤコグサ har1 変異体の原因遺伝子は同じものである可能性が強く示唆された。 千葉大の原田研究室の連鎖地図の作成中に、LjSUT-1 よりさらに har1 遺伝子座に近い AFLP マーカーE2M16 が見つ かった。連鎖解析より E2M16 は har1 から 0.22 cM にマッピングされ、それを含む BAC クローン 301-3F 等(川崎研研究室 由来)を単離した。E2M16 近傍のゲノム DNA のドラフトシーケンスをもとに BLAST サーチを行い、データベースに登録され ている遺伝子と相同性を示す領域を見いだした。その配列に基づき PCR プライマーを設計し、Gifu の野生型と har1 変異 体のゲノム配列をダイレクトシークエンスにより比較した。その結果、候補遺伝子(ロイシンリッチリピート [LRR]に富むレセ プター様カイネース)を特定することに成功した。候補遺伝子が原因であることは,その ORF を含むゲノム領域 12.5kb を、 アグロバクテリウムを介して har1 変異体に導入したところ,根粒の過剰着生が完全に抑制され,実生の生長が正常レベル に復帰したことから証明された(図4)。この相補実験には河内研究室の協力を得た。また HAR1 のダイズのオルソログ GmCLV1B を,nts1 変異体(En6500)で調べたところ,LRR ドメインと膜貫通ドメインの間に終始コドンが見いだされた。HAR1 は,根,茎,葉,花の様々な器官で発現がみられたものの,根粒での発現は抑制されていた。興味深いことに,CLV1 が発 現している茎頂では,HAR1 の発現は強く抑制されていた。 43 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 C → T har1-4 (Ljsym78-1) 10kb G → A har1-5 (Ljsym78-2) har1 :: 14kb genomic DNA har1 図-4 2系統の har1 変異体における塩基置換とゲノム DNA による相補実験 ■考 察 EMS 処理由来の共生変異体から遺伝解析によって多くの遺伝子座を特定できたのは大きな収穫であったが、イオンビ ーム処理では効率よく変異体が単離されなかった。これはミヤコグサ種子へのイオンの打ち込みが十分でなかったことが原 因と思われる。今後はさらに打ち込み深度の大きい C6+イオンなどを試す必要があるだろう。 HAR1 と最も高い相同性を示したシロイヌナズナの遺伝子は,細胞間コミュニケーションを介して茎頂・花芽分裂組織で の細胞増殖を制御する CLAVATA1(CLV1)であった。CLV1 にはカイネースドメインに1つのイントロンが存在する。その位 置と数は HAR1 と NTS1 で保存されていた。従って HAR1 の起源はマメの CLV1 ホモログと考えられ,マメと根粒菌との共 進化プロセスにおいて,細胞間コミュニケーションを介してメリステム構築を制御する遺伝子から,器官間コミュニケーション を介して全身的に共生器官の形成を制御する遺伝子へと劇的な機能転換を遂げたと推測される。また CLV1 が CLV2 とレ セプターコンプレックスを形成して CLV3 ペプチドを認識することから、おそらく HAR1 は根粒菌の感染によって誘導される CLV3 様ペプチド、あるいは ENOD40 ペプチドを「感染シグナル」として認識していると思われる。図5に HAR1 を介した根 粒形成の全身的制御システムのモデルを示す。 44 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-5 HAR1を介した根粒形成の全身的制御システム ■ 引用文献 1. Caetano-Anolles, G. and Gresshoff, P.M.:Plant genetic control of nodulation., Annu. Rev. Microbiol., 45, 345-382, (1991) 2. Handberg, K. and Stougaard, J.: Lotus japonicus, diploid legume species for classical and molecular genetics. Plant J., 2, 487-496, (1992) 3. Sougaard, J.: Genetics and genomics of root symbiosis. Curr. Opin. Plant Biol., 4, 328-335, (2001) 4. Szczyglowski, K., Shaw, S.R., Woperreis, J., Copeland, S., Hamburger, D., Kasiborski, B., Dazzo, F., and de Bruijn, F.J.: Nodule organogenesis and symbiotic mutants of model legume Lotus japonicus. Mol. Plant-Microbe Interact., 11, 684-697,(1998) 5. Wopereis, J., Pajuelo, E., Dazzo, F.B., Jiang, Q., Gresshoff, P.M., De Bruijn, F.J., Stougaard, J., and Szczyglowski, K.: Short root mutant of Lotus japonicus with a dramatically altered symbiotic phenotype. Plant J., 23, 97-114, (2000) ■ 成果の発表 原著論文による発表 1. Kawaguchi, M.:Lotus japonicus 'Miyakojima' MG-20: An early flowering accession suitable for indoor genetics., J. Plant Res., 113, 507-509,(2000) 2. Senoo, K., Solaiman, M.Z., Kawaguchi, M., Imaizumi-Anraku, H., Akao, S., Tanaka, A. and Obata, H.: Isolation of two different phenotypes of mycorrhizal mutants in the model legume plant Lotus japonicus after EMS-treatment., Plant Cell Physiol., 41,726-732,(2000) 45 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3. Solaiman, M.Z., Senoo, K., Kawaguchi, M., Imaizumi-Anraku, H., Akao, S., Tanaka, A. and Obata, H.: Characterization of mycorrhizas formed by Glomus sp. on root of hypernodulating mutants of Lotus japonicus., 113, 443-448, (2000) 4. Hayashi, M., Miyahara, A., Sato, S., Kato, T., Yoshikawa, M., Taketa, M., Hayashi, M., Pedrosa, A., Onda, R., Imaizumi-Anraku, H., Bachmair, A., Sandal, N., Stougaard, J., Murooka, Y., Tabata, S., Kawasaki, S., Kawaguchi, M. and Harada, K.: Construction of a genetic linkage map of the model legume Lotus japonicus using an intraspecific F2 Population. DNA Research, 8, 301-310, (2001) 5. Nishimura, R., Ohmori, M. and Kawaguchi, M.:The novel symbiotic phenotype of enhancednodulating mutant of Lotus japonicus - astray is an early nodulating mutant with wider nodulation zone., Plant Cell Physiol., 43, 853-859, (2002). 国外誌 1. Imaizumi-Anraku, H., Kouchi, H., Syono, K., Akao, S. and Kawaguchi, M.:Analysis of ENOD40 expression in alb1, a symbiotic mutant of Lotus japonicus that forms empty nodules with incompletely developed nodule vascular bundles., Mol. Gen. Genet., 264,402-410,(2000) 2. Niwa, S., Kawaguchi, M., Imaizumi-Anraku, H., Chechetka, S.A., Ishizuka, M., Ikuta, A. and Kouchi, H.: Responses of a model legume Lotus japonicus to lipochitin oligosaccharide nodulation factors purified from Mesorhizobium loti JRL501., Mol. Plant Microb. Interac., 14, 848-856,(2001) 3. Kawaguchi, M., Motomura, T., Imaizumi-Anraku, H., Akao, S. and Kawasaki, S.: Providing the basis for genomics in Lotus japonicus: the accessions Miyakojima and Gifu are appropriate crossing partners for genetic analyses., Mol. Gen. Genomics, 266, 157-166, (2001) 4. Kawaguchi, M., Imaizumi-Anraku, H., Koiwa, H., Niwa, S., Ikuta, A., Syono, K. and Akao, S.: Root, root hair, and symbiotic mutants of the model legume Lotus japonicus., Mol. Plant Microb. Interac., 15, 17-26, (2002) 5. Nishimura, R., Ohmori, M., Fujita, H. and Kawaguchi, M.: A Lotus basic leucine zipper protein with a RING-finger motif negatively regulates the developmental program of nodulation., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 15206-15210, (2002) 6. Nishimura, R., Hayashi, M., Wu, G.-J., Kouchi, H., Imaizumi-Anraku, H., Murakami, Y., Kawasaki, S., Akao, S., Ohmori, M., Nagasawa, M., Harada, K. and Kawaguchi, M.: HAR1 mediates systemic regulation of symbiotic organ development., Nature 420, 426-429, (2002). 7. Tansengco, M., Hayashi, M., Kawaguchi, M., Imaizumi-Anraku, H. and Murooka, Y.: crinkle, a novel symbiotic mutant that affects the infection thread growth and alters the root hair, trichome and seed development in Lotus japonicus., Plant Physiol., 131, 1054-1063, (2003) 8. Suganuma, N., Nakamura, Y., Yamamoto, M., Ohta, T., Koiwa, H., Akao, S. & Kawaguchi, M.: The Lotus japonicus Sen1 gene controls rhizobial differentiation into nitrogen-fixing bacteroids in nodules., Mol. Gen. Genomics, in press. 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. 川口正代司,今泉(安楽)温子:「根粒器官形成に伴う細胞・組織・組織系の分化」, 細胞工学別冊植物細胞 工学シリーズ12号「植物の形を決める分子機構」岡田清孝,町田泰則,松岡信 監修(秀潤社),223-234, (2000) 2. Hayashi, M., Imaizumi-Anraku, H., Akao, S. and Kawaguchi, M.: Nodule organogenesis in Lotus japonicus., J. Plant Res., 113, 489-495, (2000) 46 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3. 川口正代司,今泉(安楽)温子,村上泰宏,本村知樹,川崎信二,佐藤修正,田畑哲之,宮原章,林正紀,恩 田隆卓,長澤守,原田久也:「ミヤコグサ」,細胞工学別冊植物細胞工学シリーズ14号「植物のゲノムサイエン スプロトコール」佐々木卓治,島本功,田畑哲之監修(秀潤社), 140-148, (2001) 4. 川口正代司:「ミヤコグサのゲノムと分子遺伝解析」植物の生長調節,36,11-23,(2001) 5. Tateno, K., Kawaguchi, M., Watanabe, Y., Shikazono, N., Tanaka, A., Haga, T. and Miura, K.: Ion beam mutagenesis in a model legume Lotus japonicus., JAERI-Review 2001-039, 79-81, (2001) 6. 川口正代司,原田久也,河内宏,中村保一,田畑哲之:「モデルマメ科植物 ミヤコグサ」,蛋白質核酸酵素臨 時増刊号「植物の形づくりー遺伝子から見た分子メカニズム」(岡田清孝編(共立出版)47, 1482-1487,(2002) 7. 今泉(安楽)温子,呉国江,川口正代司:「共生窒素固定研究の最新情報(8) - 宿主としてのミヤコグサ -」農 業技術 58, 87-91, (2003) 国外誌 1. Kawaguchi, M. and Nishimura, R.: Introduction of an early flowering accession 'Miyakojima' MG-20 to molecular genetics in Lotus japonicus. In: Biotechnology in Agriculture and Forestry, Brassicas and legumes: from genome structure to breeding. Nagata, T. and Tabata, S. eds., (Springer-Verlag, Berlin, Heidelberg), 52, 155-166, (2003) 口頭発表 招待講演 1. Kawaguchi, M., Kamisawa, A., Aoki, T., Ayabe, S., Akao, S., Ohmori, M. and Nishimura, R.: Miyakojima MG-20, a new accession of Lotus japonicus, that enable molecular genetics indoors., John Innes Centre, Molecular Gentics of Model Legumes, 2000.6.27 2. 川口正代司:「共生機構解明のモデル植物・ミヤコグサ」,農業生物資源研究所,遺伝資源研究会,2002.2.5 3. 川口正代司:「根粒共生系をシステミックに制御する原因遺伝子のポジショナルクローニングによる同定」,帝塚 山短期大学,日本植物細胞分子生物学会シンポジウム,2002.7.30 4. 川口正代司:「器官形成をシステミックに制御する遺伝子の同定」,京都国際会館,日本生化学会シンポジウ ム,2002.10.16 47 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 1. 植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明 1.3. モデル植物ミヤコグサを用いた共生及び病害抵抗性遺伝子群の解析 1.3.2. ミヤコグサ高密度分子連鎖地図の作製 千葉大学園芸学部遺伝・育種学研究室 原田 久也 ■要 約 ミヤコグサの系統 Gifu B-129 と miyakojima MG-20 を両親とする F2 集団を用いて AFLP マーカー、SSR マーカー、 dCAPS マーカー、EST マーカーから成る染色体数に一致する連鎖群から成る分子連鎖地図が得られた。両親の染色体に 相互転座のあることがわかり、それを考慮して、両親の染色体に対応する 2 種類の連鎖地図を作製することに成功した。 Gifu B-129 の地図は 355 マーカー、全長 503.8cM、Miyakojima MG-20 の地図は 347 マーカー、全長 497.5cM となった。 SSR マーカー、dCAPS マーカーや EST マーカーを用いてミヤコグサとダイズのシンテニーが一部解明された。またこの地図 上に根粒超着生の原因遺伝子 HAR1 が位置付けられた. ■目 的 ミヤコグサ(Lotus japonicus)は植物―微生物相互作用における特異性を遺伝的に解明するためのモデル植物として優 れた性質を持っている。本研究はモデル植物として必要な基盤的情報である、染色体数に一致する連鎖群を持ち、マーカ ー密度の高い分子連鎖地図の作製を目的に行なわれた。 ■ 研究方法 ミヤコグサの系統 Gifu B-129 と Miyakojima MG-20 およびこれらを両親とする F2 集団 127 個体を材料として用いた。こ れらの各個体から健全な葉を採取して生体重を測定した後、液体窒素で凍結して-80℃で保存した。凍結保存した生体重 約 0.15g の葉を、セラミックスビーズを入れたチューブ入れ、ボルテックスにより粉砕した。粉砕試料から QIAGEN の DNAeasy plant mini kit のプロトコールに準じて DNA を抽出した。得られた DNA を 1.25%のアガロースゲルで電気泳動後、 エチジュウムブロマイドで染色し、蛍光イメージアナライザーFluorImeger585 で走査して画像解析ソフト Image QuantNT に より、150μg のλHindⅢマーカーと比較して定量を行った。 効率よく分子連鎖地図を作製するために「引用文献1.」の方法を一部改変した 2 ステップの AFLP (Amplified Fragment Length Polymorphism)法を用いた(図-1)。pre-selective primer は adapter の配列と制限酵素認識配列の 3’側に 1 塩基付 加したもの、selective primer は pre-selective primer の 3’側に更に 2 塩基付加したものを用いた。また制限酵素として、 EcoRI/MseI の他に HindⅢ/TaqI も同様に用いた。 150ng に調製した DNA に 2.5μl の 5×reaction バッファー、1μlの EcoRI/MseI を加え、AFLP grade water で総量を 12.5μl としてよく混和して 37℃で一晩インキュベートした。次に 70℃、15 分処理して制限酵素を失活させた。消化性の確認は 12.5%アガロースゲルで電気泳動してエチジュウムブロマイドで染色 して行った。制限酵素した DNA 溶液は 12.5μl に 12μl の adapter ligation solution と 1μl の T4 DNA ligase を加え、混和 して、20℃、一晩インキュベートした。その後 AFLP 用 1/10 TE 溶液により10倍に希釈して、pre-amplification のテンプレー ト DNA として用いた。テンプレート DNA2.5μに 1μl の EcoRI pre-selective primer (1pmol/μl)、1μl の MseI pre-selective primer (5μpmol/μl)、2.5μの 10×Ex Taq バッファー、2μl の dNTPs mixture、0.1μl の Ex Taq ( 5U/μl)、および 15.9 μl の滅菌水を加え、総量を25μl として8連チューブ用サーマルサイクラーにより PCR 反応を行った。PCR 産物を 1/10TE 48 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 溶液で 50 倍に希釈して selective amplification のテンプレートとした。テンプレート DNA2μl に 1μl の EcoRI selective primer (1pmol/μl)、1μl の MseI selective primer (2pmol/μl、0.8μl の 10×Ex Taq buffer、0.8μl の dNTPs mixture、0.04 μl の Ex Taq (5U/μl)、および 2.36μl の滅菌水を加え、総量を 8μl として 8 連チューブ用サーマルサイクラーで PCR 反 応を行った。selective amplification で得られた PCR 産物に 2μl のローディングバッファーを加え、総量を 10μl とした。そ のうちの 8.3μl を 52 レーンの非変性のポリアクリルアミドゲルを用いた不連続電気泳動法(HEGS 高能率ゲノム走査法)に 供した「引用文献2.」。分離用ゲルは 11%のポリアクリルアミドとして、最初 100V で 1 時間、その後 200V で約 4 時間泳動 した。電気泳動後、ゲルを超純水 200ml 当たり 20μl の Vistra Green を溶解した染色液に浸し、遮光条件で 15 分以上染 色した。染色したゲルは蛍光イメージアナライザーFluorImager585 で走査してバンドを検出した。 ミヤコグサの TAC(Transformation-competent Artificial Chromosome)クローンの塩基配列から得られた(AT)n、(GT)n、 (AAT)n のモチーフを持つ SSR のプライマー(SSR マーカー)、および SNPs(single nucleotide polymorphisms)に基づく dCAPS(derived cleaved amplified polymorphic sequence)マーカーも分子連鎖地図作製のために用いた「引用文献 3.」。そ の他アントシアニン合成に関する質的形質マーカー、EST マーカー(nitrate transporter、transcription factor IAA16、 thioredoxin)、ダイズの SSR プライマーに由来するマーカーも用いた。 優性マーカーについては互いに相引である Gifu 由来、Miyakojima 由来の 2 つのグループに分け、供優性マーカーを加 えて両親の染色体に対応する 2 種類の連鎖地図を作製した。DNA マーカーが増えるに従って、2 つの連鎖群がつながり、 異常に長い連鎖群となり、全体で染色体数 6 よりひとつ少ない 5 つの連鎖群が得られた。Ito ら「引用文献 4.」により両親の イデオグラムが異なることが報告されているので、Gifu と Miyakojima の間で転座があるためと推定した。染色体の番号付け を Gifu の染色体の大きさ順にすると、染色体 1 と 2 の大きさと構造が両系統間で大きく異なり、転座は染色体 1 と2の間で 存在することが予想された。このことを確かめるために、本研究で用いられている DNA マーカーと共通のマーカーが位置 づけられている Lotus filicaulis × Lotus japonicus Gifu B-129 の連鎖地図「引用文献 5.」 から Gifu の第 1、第 2 染色体 に存在する DNA マーカーを推定した。次に Pedrosa 博士の協力により、SSR マーカーや dCAPS マーカーが由来した TAC クローンを FISH 法で Miyakojima の染色体上に位置づけることにより、転座領域を確認した。これらの情報を基に連鎖地図 を再構築した。まず共優性マーカー(共優性の AFLP マーカー、SSR、dCAPS、EST マーカー等)を用いた骨格地図を作製 した。連鎖群 3、4、5、6 については Gifu、Miyakojima 共通の骨格地図、連鎖群 1、2 については Gifu、Miyakojima ごとの骨 格地図を作製した。次に優性マーカー(多くの AFLP マーカー)を Gifu 由来と Miyakojima 由来に分け、骨格地図上に位 置づけ、両親の染色体に対応する 2 種類の連鎖地図を作製した。ソフトウエアーは MAPMAKER/WXP3.0 を用い、LOD score>3.0、MAX distance=37.2cM の条件で、Kosambi 関数によって距離を算出した。 ミヤコグサの cDNA を連鎖地図上に位置づけるために、3’末端からの塩基配列が決定されているクローンを用いて、3’非 翻訳領域と遺伝子の隣接領域を含む部分の多型検出を目標に手法の検討を行った。ゲノム DNA を平滑末端制限酵素 AluI、HaeⅢ、DraI、EcoRI、EcoRV、SspI で処理してアダプターを結合した。アダプターと 3’非翻訳領域の配列をプライマー として最初の PCR を行い、更にそれより内側の 2 つのプライマーを用いて nested PCR を行って特異的な断片を増幅した (図-2)。増幅断片の多型を断片長多型、SSCP 法、heteroduplex 法を用いて解析した。断片長多型は 10%非変性ポリアク リルアミドゲルを用いた HEGS、SSCP は 8%ポリアクリルアミドゲルまたは MDE(mutant detection enhancement)ゲル、 heteroduplex は 14%LCHC(low-crosslinked high concentration)ゲルまたは MDE ゲルにより解析した。SSCP 法では 10% グリセロールの添加の有無、heteroduplex 法では 2.5M 尿素の有無による差異も検討した。 根粒超着生変異体(sym78)と Miyakojima MG-20 を両親とする F2 集団を用いて、ダイズの根粒超着生変異体(En6500) の原因遺伝子の近傍に存在する cDNA マーカーGM036(aldolase をコード)、GM221a(sugar transporter をコード)のミヤコグ サオルソログをマーカーとして sym78 の原因遺伝子(HAR1)のマッピングを行った。またバルク法により HAR1 に強く連鎖す る AFLP マーカーを同定し、HAR1 を構築した連鎖地図上に位置づけた。 49 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-1 AFLP 解析の手順 図-2 遺伝子の3’非翻訳領域、隣接領域の多型解析法 ■ 研究成果 両親の AFLP 解析による多型の程度は 1 プライマー当たり、2.3 であり、低かった。両親の AFLP 解析の例を図-3 に、F2 個体の AFLP バンドの分離例を図-4 に示した。得られた連鎖地図は染色体数 6 に一致し、GifuB-129 の地図は 355 マー カー、全長 503.8cM、マーカー間の平均距離は 1.42cM、Miyakojima MG-20 の地図は 347 マーカー全長 497.5cM、マー カー間の平均距離は 1.45cM であった(図-5、表-1)。地図全体では 184 の共優性マーカー(共優性の AFLP マーカー54、 SSR マーカー96、dCAPS マーカー24、その他の PCR に基づくマーカー6)、342 の優性マーカー、合計 522 マーカーの地 図が作製された。各連鎖群のマーカー数、マーカーの種類、全長を表-2 に示した。Gifu の第 1 染色体の短腕末端領域と Miyakojima の第 2 染色体長腕末端領域の間、Gifu の第 2 染色体長腕末端領域と Miyakojima の第 1 染色体短腕末端領 域に相同な配列があり、前者については、DNA マーカーが逆向きに並んでいた(図-5)。また Gifu の第1染色体の転座末 端と Miyakojima の第 1 染色体の短腕末端では組換えが抑制されていること、第 5 染色体の長腕末端領域に分離歪みの領 域があることが見出された(図-5)。 アントシアニン蓄積に関する遺伝子座は第 2 連鎖群の中央に、根粒超着生変異体の原因遺伝子 HAR1 は第 3 連鎖群 の長腕末端部に位置づけられた。連鎖地図上の SSR マーカー、dCAPS マーカーの中には、ダイズの cDNA クローンのミヤ コグサオルソログが存在する TAC クローンから得られたものがあり、これを利用してミヤコグサとダイズのゲノムシンテニーを 一部解析することが出来た。ミヤコグサのひとつの連鎖群が複数のダイズ連鎖群の領域と対応している傾向が見出された。 HAR1 をマッピングする過程で得られたミヤコグサとダイズのマイクロシンテニーの例を図-6 に示した。 ミヤコグサの 15 の遺伝子について 3’非翻訳領域と隣接領域を含む部分の多型を解析するために 2 つのプライマーセット、 6 種の制限酵素、9 種の検出法を組み合わせ、1800×2 の電気泳動像を比較したが差異を見出すことが出来なかった。 50 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-3 Gifu B-129(G)と Miyakojima MG-20(G)の間の AFLP 多型バンドを矢印で示した。 図-4 F2 集団における AFLP バンドの分離 共優性のバンドを矢印で示した。 51 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 TM0016 TM0023 TM0027 TM0078 TM0088 TM0103 TM0123 TM0132 TM0145 E4M10-M730 E5M52-M180 E6M15-M2000 E7M15-M1150 E7M26-M680 E12M63-M125 E1M13-C400 E1M63-C580 E5M16-C480 E6M58-C330 E1M54-M230 E1M56-M630 E2M2M209 E1M63-M630 E6M62-M680 E1M34-C790 E5M18-C390 E9M11-M270 H20T20-H H31T27-Ma TM0039 E7M1-C3000 E1M42-M870 TM0476 H29T30-Ma E14M57-M240 H18T20-Ma E1M42-M730 E6M7-M100 TM0032 TM0125 TM0036 TM0094 TM0063 H20T19-Ma TM0050 TM0133 E2M2B189 H23T18-M TM0121 TM0178 H18T27-Mc E9M2-C220 H29T27-M Lj096 TM0051 TM0141 E6M3-M780 TM0117 TM0113 TM0438 TM0017 E1M5-C460 E1M3M490 E5M22-C730 E3M10-M800 TM0001 TM0064 H17T18-M E1M2-C320 TM0098 TM0009 H18T27-Mb TM0033 TM0012 E1M12-M350 TM0010 E5M17-M190 TM0029 E7M3-M450 TM0122 TM0143 TM0144 H20T23-Mb E5M18-C1000 TM0109 TM0105 TM0106 TM0059 E7M2M471 TM0436 TM0080 E6M63-C220 H18T17-M E5M60-M110 H27T28-M E2M6-M220 E1M34-M440 E1M34-M1690 TM0035 TM0070 E8M5-C400 E6M62-M270 E2M1M206 E9M8-M90 TM0155 E4M8-M210 E10M51-M190 H27T21-Ma TM0022 E16M60-C600 E4M21-M1350 E9M15-M550 H20T19-Mb H27T17-Ma H31T19-M TM0159 E1M2-C850 H27T32-M H20T23-Mc E1M1M459 E3M58-M500 E5M61-M1090 E16M60-M620 TM0005 TM0083 TM0047 TM0129 E4M4-M950 E8M7-M400 E8M10-C550 E10M51-C480 TM0142 E3M42-C190 H14T9-M E1M6-C440 TM0115 TM0049 E1M3-M750 TM0160 E15M51-M500 E11M55-C240 TM0136 E2M16-C160 Lj SUT-1 HAR1 G3INS H13T12-M TM0135 E5M2-M150 E5M7M351 H20T17-H H18T20-Mb E1M3M200 TM0148 E1M63-M870 TM0052 TM0095 E8M11-M500 TM0158 TM0048 E9M10-M260 H17T24-M TM0062 LjIAA16-1 E6M10-M240 E14M52-C1000 TM0151 E5M51-M180 E3M9-M90 E5M18-M450 TM0024 E2M5-C460 E4M9-C1700 E5M12-C2000 E6M16-C280 E1M59-M480 H28T17-M E1M1M433 E6M2-M1450 H18T27-Me H22T30-M H20T21-M E5M12-C1100 E7M2M337 TM0072 E3M7-C660 TM0040 TM0043 H27T24-M E2M51-M350 TM0034 TM0019 E5M6-C580 TM0096 E9M14-C400 E2M1M416 E5M61-M450 TM0146 1 M G 89.7 cM 101.9 cM 3 M G 95.5 cM 97.0 cM 5 M G 70.9 cM ×× AFLP marker 67.2 cM E4M13-G4000 H20T28-G TM0102 TM0031 TM0002 E6M6-G580 TM0058 E1M13-C400 E4M8-G280 TM0016 TM0023 E1M63-C580 E5M1-G280 TM0027 E5M16-C480 E6M6-G210 E6M58-C330 E6M13-G1300 TM0078 E1M16-G240 E12M51-G1650 TM0103 E1M42-G710 E13M56-G240 TM0123 E1M56-G860 E14M58-G500 TM0132 TM0145 E4M6-G470 E1M34-C790 H29T24-G H27T24-Gb E7M4-G550 E7M9-G220 E5M18-C390 H25T28-Gb H20T20-H TM0039 E7M1-C3000 TM0476 H32T20-Gb TM0032 TM0125 TM0036 TM0063 TM0050 TM0133 E2M2B189 E3M6-G550 E6M16-G230 E9M6-G250 E6M16-G610 TM0121 TM0178 E9M2-C220 E13M56-G250 H32T20-G Lj096 TM0051 TM0141 E5M7B255 TM0117 E1M1B207 TM0113 TM0438 TM0017 E1M3B488 E1M5-C460 E1M16-G350 E5M22-G1350 E5M22-C730 TM0001 TM0064 E1M2-C320 TM0098 H30T27-G TM0009 TM0033 TM0012 TM0010 TM0029 TM0122 TM0143 TM0144 TM0109 E5M18-C1000 TM0105 H30T20-Ga TM0106 TM0059 TM0436 TM0080 E6M63-C220 E8M6-G200 H29T26-G H7T9-Ga TM0035 TM0070 E8M5-C400 H26T27-Ga H29T19-G TM0155 H26T27-Gb E4M8-G230 E5M11-G500 H18T19-G H20T24-Ga H32T20-Ga TM0022 TM0026 TM0007 KCS003 TM0079 E7M5-M130 TM0075 E14M55-M730 TM0119 TM0131 H14T4-M E1M1M375 E2M16-C100 E5M3-C1500 E5M59-C1350 E1M54-M880 E3M13-M620 E4M21-M160 E6M13-M250 E7M8-M200 H27T30-M H18T27-Ma E4M2-M5000 TM0087 TM0093 TM0003 TM0030 E6M3-M900 TM0061 TM0006 E1M56-M580 E7M2M329 E12M54-M2030 TM0044 Lj NIT-1 E5M17-M240 TM0162 TM0046 TM0025 TM0004 E6M15-M170 TM0097 TM0073 TM0069 TM0042 E16M60-C600 E1M50-G190 E7M6-G480 E8M12-G400 E11M55-G1400 E15M51-G150 TM0159 E3M27-G590 E1M2-C850 E1M4-G610 E1M14-G500 TM0005 TM0083 TM0047 TM0129 E8M10-C550 E10M51-C480 TM0142 E3M42-C190 E3M16-G270 H27T19-Ga E1M6-C440 E3M10-G200 TM0115 E3M27-G2000 TM0049 E2M1B239 TM0160 E1M3B403 E11M55-C240 TM0136 H17T26-Gb E2M16-C160 Lj SUT-1 HAR1 G3INS TM0135 E5M7B232 E2M55-G100 E2M2B378 E2M1B286 E2M1B337 E2M1B397 H20T17-H E5M7B347 TM0148 E6M11-G250 H25T17-G TM0052 TM0095 H18T23-G TM0158 TM0048 E1M34-G150 E6M9-G240 TM0062 E16M55-G710 LjIAA16-1 E8M11-G580 H18T18-G E14M52-C1000 TM0151 TM0024 E5M17-G500 E6M63-G120 E12M54-G1800 H21T17-G H20T24-Gb E2M5-C460 E4M9-C1700 E5M12-C2000 E6M16-C280 E5M12-C1100 E1M56-G500 TM0072 E3M7-C660 TM0040 TM0043 TM0034 TM0019 E5M6-C580 TM0096 E9M14-C400 TM0146 E6M3-G1100 ×× SSR marker ×× dCAPS marker Codominant marker TM0067 E4M54-M230 E5M60-M250 H29T17-M E7M26-M750 E2M1M325 E3M42-C590 E5M3-C2000 E5M51-C270 E6M55-C590 E3M58-M200 TM0134 H11T15-Ma H10T7-Ma H20T32-M H32T28-M H13T8-Ma E6M16-M350 E7M8-M150 H27T19-M E6M4-C1100 TM0074 E3M10-C150 E4M9-M275 E1M22-M310 E7M6-M120 H32T30-M TM0065 H13T14-M TM0081 E11M55-M1800 TM0124 E5M2-M170 TM0076 E2M1M216 H19T22-M E5M21-M440 TM0020 E9M2-C290 H27T17-Mc H26T22-Ma E1M42-C400 TM0060 H11T10-M E7M10-C1600 TM0021 TM0018 E5M5-C280 H20T20-M H20T25-Mb H20T30-M TM0058 H19T28-M TM0011 TM0002 H9T13-M E11M64-M520 TM0031 TM0102 E8M10-C750 E5M54-C440 E1M2-M50 E2M17-M220 E2M2M250 E14M57-M520 E1M1M252 H32T23-M H23T25-M E16M60-C340 E9M13-M350 H29T27-Mb H26T28-M E3M3-M260 TM0014 E9M15-M120 H30T20-Ma E6M22-M600 E5M51-C430 E13M52-C510 E4M10-M630 H32T20-M E2M10-C450 E4M55-M310 H20T23-Ma TM0057 ASTRAY TM0041 TM0037 TM0140 TM0013 H30T20-Mb TM0045 H24T20-M H8T10-Mb H11T15-Mb E5M18-M640 E5M49-C150 TM0066 TM0139 TM0437 E4M8-M220 TM0228 H27T17-Mb E1M56-M620 TM0055 2 M G 85.8 cM 89.4 cM 4 G M 72.7 cM 81.3 cM 6 M 77.8 cM G 72.1 cM TM0067 E5M52-G210 H20T19-G Sctt008 E1M1B483 E5M5-G550 H28T19-Ga H24T21-G H25T26-G E5M9-G180 E5M61-G440 E7M2B176 H18T28-Ga E1M59-G50 E3M42-C590 E5M3-C2000 E5M51-C270 E6M55-C590 TM0134 E4M62-G1080 H20T18-G H20T27-G H23T21-G E6M4-C1100 E1M2-G800 TM0074 E3M10-C150 H25T22-G E1M3B432 E3M8-G300 E13M52-G350 TM0065 TM0081 Stem Color H27T24-Ga E8M10-G610 TM0124 E1M5-G350 TM0076 TM0020 E1M50-G270 H29T31-G E9M2-C290 H9T14-G E1M42-C400 E1M2-G200 E5M52-G90 E6M22-G700 E12M62-G560 E7M10-C1600 TM0021 TM0018 E5M5-C280 TM0088 E1M3B058 E7M1-G3000 TM0026 E8M8-G1300 H18T21-Gc TM0007 KCS003 TM0079 E9M13-G240 TM0075 TM0119 TM0131 E5M22-G100 E2M16-C100 H19T30-G E2M10-G1500 E3M11-G310 H31T26-G E5M3-C1500 E5M59-C1350 E11M55-G190 E16M56-G220 E4M62-G120 E8M8-G2000 E9M3-G140 H29T30-G E1M56-G110 E2M1B242 E3M8-G80 E5M21-G200 E7M2B261 E9M10-G1400 E9M14-G700 E16M55-G110 H7T2-G H24T19-G TM0087 TM0093 E12M51-G300 TM0003 H22T25-G H26T23-G TM0030 E1M1B102 TM0061 TM0006 E4M13-G1800 E1M56-G590 E7M2B267 E9M13-G480 E7M3-G1400 TM0044 Lj NIT-1 TM0162 E5M3-G240 TM0046 E7M8-G260 TM0025 TM0004 TM0097 TM0073 TM0069 TM0042 E9M16-G100 E8M10-C750 E5M54-C440 E16M60-C340 H25T21-G E4M23-G1450 TM0014 E5M51-C430 E13M52-C510 H7T9-Gc H19T17-G Satt567 H32T30-G H26T27-Gd H32T23-Ga E1M5-G500 H26T27-Gc E1M63-G550 E2M17-G260 E3M55-G330 E5M22-G1400 E5M54-G250 H17T26-Ga E2M10-C450 E3M18-G320 TM0057 ASTRAY TM0041 TM0037 TM0140 TM0013 H13T9-G TM0045 H30T20-Gb H25T28-Ga E5M49-C150 H17T24-G TM0066 TM0139 TM0437 TM0228 H27T17-G E1M22-G330 TM0055 ×× Other PCR-based marker ×× phenotypic marker Main translocated region Distorted segregation region 図-5 Lotus japonicus の分子連鎖地図 G: Gifu B-129 の連鎖群 M: Miyakojima MG-20 の連鎖群 灰色の斜線:転座領域 青色の斜線:分離歪み領域 括弧の中のマーカーは同じ座位に位置づけられたことを示す。 共優性マーカーは赤い線で結んである。 52 10 cM 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 表-1 ミヤコグサ連鎖地図の情報 Gifu B-129 Miyakojima MG-20 Number of markers 355 347 Number of codominant markers 180 180 Number of genetically separated loci 245 244 Total length of linkage groups 503.8 cM 497.5 cM Average distance between markers 1.42 cM 1.45 cM Average distance between genetically separated loci 2.06 cM 2.05 cM 表-2 各連鎖群におけるマーカー数およびマーカーの種類 AFLP Linkage group EcoRⅠ/ Mse Ⅰ SSR dCAPS Hind Ⅲ/ Taq Ⅰ Other PCR-based marker Total 1 Gifu Miyakojima 38 (13) 35 (13) 9 (1) 11 (1) 34 (34) 35 (34) 7 (7) 4 (4) 1 (1) 1 (1) 89 (56) 86 (53) 2 Gifu Miyakojima 31 (10) 25 (10) 12 18 10 (10) 12 (10) 1 (1) 4 (4) 1 0 55 (21) 59 (24) 3 Gifu Miyakojima 28 (10) 31 (10) 10 10 18 (18) 18 (18) 1 (1) 1 (1) 3 (2) 3 (2) 60 (31) 63 (31) 4 Gifu Miyakojima 31 (3) 18 (3) 8 3 12 (12) 12 (12) 10 (10) 10 (10) 1 (1) 1 (1) 62 (26) 44 (26) 5 Gifu Miyakojima 24 (9) 25 (9) 6 (1) 8 (1) 11 (11) 11 (11) 4 (4) 4 (4) 1 (1) 1 (1) 46 (26) 49 (26) 6 Gifu Miyakojima 16 (7) 21 (7) 13 12 11 (11) 11 (11) 1 (1) 1 (1) 2 (1) 1(1) 43 (20) 46 (20) 図-6 ダイズとミヤコグサの根粒超着生原因遺伝子近傍のゲノムシンテニー 53 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■考 察 本研究により始めてミヤコグサの分子連鎖地図が作製された。両親に用いた Gifu-B-129 と Miyakojima MG-20 の染色体 の間に相互転座があったために連鎖地図作製に困難が伴ったが、転座を考慮して、FISH 法の結果と矛盾しない連鎖地図 を構築することが出来た。Jiang と Gresshoff 「引用文献 6.」は Gifu B-129-S-9 と Funakura B-581 を両親とする F2 集団を 用いて DNA amplification fingerprinting により連鎖地図を作製しようとしたが、多型性が低くて連鎖群の数は染色体数よ り少なかった。Sandal 等はミヤコグサ B-129-S9 と L. filicaulis との種間交雑の F2 集団を用いて AFLP マーカーを中心とす る染色体数に一致する連鎖群から成る連鎖地図を作製した「引用文献 5.」。両親の多型性は高かったが、分離の歪みや組 換えの抑制が著しかった。本研究では種内の交配で得られた F2 集団を用いたため、最も信頼出来る連鎖地図である。し かしこの組み合わせでも組換えが抑制されている領域があるため、map-based cloning の際に困難が伴う可能性がある。第 5 連鎖群の長腕末端部に分離歪みが集中しているため、この領域に配偶子形成や種子稔性に関与する遺伝子が存在し ている可能性がある。 ダイズの連鎖地図と共通する遺伝子のマッピングから、ミヤコグサとダイズのマイクロシンテニーが明らかになりつつある。 ダイズとミヤコグサのゲノムシンテニーの全体像を明らかにするためには、cDNA のマッピングを大規模に行う必要がある。ミ ヤコグサの遺伝子内部は極めて多型性が低いことがわかっていたので、cDNA のマッピングのために 3’非翻訳領域と隣接 領域の多型を解析したが、この領域も多型性が低いことがわかった。今後はより広い領域の多型を解析出来る RFLP 法を 用いる必要がある。根粒特異的な cDNA クローンを用い予備的な実験では Gifu B-129 と Miyakojima MG-20 の間で RFLP が見出されることがわかった。 今後は同じ両親に由来する RIL (recombinant inbred lines 組換え近交系) を材料として、既に開発した DNA マーカー を用いて分子連鎖地図を再構築すると共に、根粒特異的な cDNA クローンと根粒着生変異体の原因遺伝子を位置づける。 この連鎖地図は根粒着生に関与する遺伝子の単離とミヤコグサとダイズのゲノムシンテニーの解析に役立つはずである。 ■ 引用文献 1. Vos P. et al. : AFLP: a new technique for DNA fingerprinting, Nucleic Acids Res., Vol.23, (1995) 2. Kawasaki S., Murakami Y. : Genome analysis of Lotus japonicus, J. Plant Res., Vol.113, (2000) 3. Sato S. et al. : Structural analysis of a Lotus japonicus genome. I. Sequence features and mapping of fifty-six TAC clones which cover the 5.4Mbp regions of the genome, DNA Res., Vol8, (2001) 4. Ito M. et al. : Genome and chromosome dimensions of Lotus japonicus, J. Plant Res., Vol.113, (2000) 5. Sandal N. et al. : A genetic linkage map of the model legume Lotus japonicus and strategies for fast mapping of new loci, Genetics, Vol.161, (2002) 6. Jiang Q., Gresshoff P. M. : Classical and molecular genetics of the model legume Lotus japonicus, Mol. Plant Microbe Interact, Vol.10, (1997) ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. Hayashi M. et al. :「Construction of a genetic linkage map of the model legume Lotus japonicus using an intraspecific F2 population」, DNA Res., Vol8, (2001) 国外誌 1. Nishimura R. et al. 「HAR1 mediates systemic regulation of symbiotic development 」, Nature, Vol.420, (2002) 54 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. 川口正代司 他:「マメ科のモデル植物 ミヤコグサ」, 植物のゲノム研究プロトコール, 秀潤社, 植物細胞工 学シリーズ 14, pp. 140-148, (2001) 2. 川口正代司 他:「モデルマメ科植物:ミヤコグサ」, 蛋白質核酸酵素増刊,植物の形づくりー遺伝子から見た 分子メカニズム, pp.1482-1487,(2002) 国外誌 1. Harada K. et al. : 「Genetic linkage map of the model legume Lotus japonicus」, Biotechnology in Agriculture and Forestry, Brassicas and Legumes, Springer-Verlag, pp.167-182, (2003) 口頭発表 応募・主催講演等 1. Yamanaka N. et al.: 「Mapping cDNAs in Glycine max and Lotus japonicus」, Molecular Genetics of Model Legumes」、(2000) 2. 宮原章 他:「ミヤコグサ(Lotus japonicus)の AFLP 連鎖地図の構築」, 日本育種学会第99回講演会, (2000) 3. 原田久也:「マメ科作物のゲノム研究から見たミヤコグサの意義」, 大阪大学蛋白質研究所セミナー マメ科の モデル植物ミヤコグサを用いた分子細胞生物学 2, (2000) 4. Miyahara et al.: 「Construction of a genetic linkage map in Lotus japonicus」, Plant & Animal GenomeⅨ, (2001) 5. 原田久也:「ミヤコグサ」ゲノム多型解析」, ミヤコグサ・根粒菌 技術講習会, (2000) 6. 原田久也:「高密度連鎖地図の構築」, 第3回ミヤコグサ分子遺伝学 ワークショップ, (2001) 55 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.1. 発病及び抵抗性誘導因子の生合成と受容に関わる遺伝子群の解析 2.1.1. 植物病原細菌における病原力制御機構 独立行政法人 農研機構果樹研究所カンキツ研究部病害研究室 塩谷 浩 ■要 約 植物病原細菌における病原力制御機構を明らかにすることを目的として、カンキツかいよう病菌 Xanthomonas axonopodis pv. citri よりブンタン類に対してのみ病原力発現を抑制する遺伝子を単離・同定した。本遺伝子 apl4 は本細菌 の病徴発現遺伝子 pthA と同じく Xanthomonas 属細菌の avrBs3 ファミリーに属する非病原力/病原力遺伝子(avr/pth)で ある。また、apl4 をもたないカンキツかいよう病菌の系統では ERIC(enterobacterium repetitive intergenic consensus)配列 を用いた rep-PCR により、1.8 kb の大きさの DNA 断片が増幅される。本断片はファージ関連遺伝子 repA を含んでおり、 本細菌の病原力発現とファージ感受性との関連を示唆した。さらに、本細菌では宿主の別とは無関係に pthA が病徴発現 に必須であることを示した。 ■目 的 カンキツかいよう病菌は、病原性及び病徴発現に必須な遺伝子 phtA が単離されるなど、その病原性発現機構の解明が分 子レベルで進む植物病原細菌の一つである。本菌では、病原性を有しているにもかかわらず宿主内での増殖が宿主特異 的・非特異的に劣る系統や変異株が見出される。これらの現象は本細菌における病原力発現に何らかの変異が生じたためと 考えられるが、その機構は全く判明していない。そこで、本研究では、微生物―植物相互作用に関わる植物病原細菌の病原 力発現機構の解明を目的として、カンキツかいよう病菌を用いて病原力発現に関わる遺伝子の単離と解析をおこなう。 ■ 研究方法 1) ブンタン特異的病原力発現関連遺伝子の単離 カンキツかいよう病菌にはブンタン類に対して強い病原力を示す系統と弱い病原力を示す系統の2系統が存在する(図 1)。そこで、系統間の病原力の違いをつかさどる遺伝子を同定するため、トランスポゾン Tn5 を持つ pSUP2021 をエレクトロ ポーレーション法によりカンキツかいよう病菌に形質転換してトランスポゾンタギング実験を行った。なお、受容株としてブン タン類に強い病原力を示す系統株 KC20 と弱い病原力を示す系統株 KC21 を用いた。それぞれのタギング株をネーブル オレンジ及びオオタチバナ(ブンタン類の 1 品種)の葉に付傷接種し、40 日後、形成された病徴を観察するとともに病斑の 大きさを計測した。 2)病原力発現関連遺伝子の同定 オオタチバナに対してのみ病原力が変異したタギング株、並びにネーブルオレンジ、オオタチバナ上でともに病徴が変異 したタギング株の親株についてコスミドベクターpLAFR3 を用いてゲノムライブラリーを作成し、トランスポゾンにより破壊された ものと相同な遺伝子を含むクローンを単離した。本クローンを用いて変異相補実験を行うとともに塩基配列を解析した。 56 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3) 病原力の違いと相関する形質の探索 国内より分離したカンキツかいよう病菌 200 株についてファージ感受性及び炭水化物利用能を調査し、各株の病原力の 違いと相関するかどうか調べた。また、ERIC(enterobacterium repetitive intergenic consensus)配列をプライマーとした PCR を行い、増幅された DNA 断片の多型を調べた。 A B 1.0 mm 図 1:カンキツかいよう病菌嬌病原力系統(A)及び弱病原力系統(B)がオオタチバナ葉上に形成した病斑 ■ 研究成果 1) 宿主特異的な病原力発現に関与する遺伝子の同定 pSUP2021 による形質転換で KC20 株および KC21 株よりそれぞれ 2552 株および 3080 株のタギング株を得た。各株をネ ーブルオレンジとオオタチバナの葉に接種した結果、KC21 由来のタギング株より、オオタチバナに形成する病斑のみが野 生株に比べ有意に大きくなった株が 4 つ得られた(表 1)。これら 4 株はオオタチバナ葉中における細菌増殖においても野 生株とは異なり、強病原力株 KC20 と同等の増殖を示した(図 2)。一方、KC20 株由来のタギング株からは、オオタチバナ に対する病原力のみが変異した株は得られなかった。 表 1:KC21 株由来の病原力変異株が各カンキツ植物の葉に形成した病斑の大きさ 病斑径(mm)1) 株 オオタチバナ ネーブル KC20 1.28 2.46 KC21 2.21 2.43 Tn32 2.21 2.71 Tn46 2.17 2.57 Tn65 2.29 2.55 Tn75 2.21 2.38 1) 接種後40日における病斑16個の直径の平均値 57 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 10000000 6 1000000 100000 4 細菌数(log10CFU/病斑) 10000 1000 2 100 10 1 100000000 8 オオタチバナ 0 1 2 3 4 8 16 10000000 6 1000000 100000 KC20 KC21 Tn32 Tn65 Tn46 Tn75 4 10000 1000 2 100 ネーブル 10 1 0 0 1 2 3 4 4 8 8 12 16 16 接種後日数 図 2:付傷接種した病原力変異株の各カンキツ植物葉中における増殖量の経時的変化 オオタチバナに対して特異的に病原力が変異したタギング株 4 株について Tn5 がゲノムに一箇所挿入されていることを 確認した後、そのうち 3 株のゲノムライブラリーから Tn5 を含むクローンを回収した。各クローンを解析した結果、タギング株 Tn46 及び Tn75 では Tn5 が Xanthomonas 属細菌の avrBs3 ファミリーと相同な領域に、また、Tn32 では本細菌のシキミ酸 キナーゼ遺伝子(GenBank アクセッション番号 AE012073)と相同な領域にそれぞれ挿入されていることが判明した。なお、 KC21 株には avrBs3 ファミリーと相同な遺伝子が少なくとも 4 コピー存在する。そこで、それらのうちどれが破壊された遺伝 子であるかを確かめるため、KC21 株の全 DNA を BamHI で切断し、本細菌から既に単離されている avrBs3 ファミリー遺伝 子 apl1 の内部配列をプローブとしてハイブリダイゼーションを行った。その結果、Tn46 株では野性株で認められる 3.0 kb のシグナルが消失するとともに野生株には存在しない 4.7 及び 4.0 kb のシグナルが検出され(図 3)、Tn46 株で破壊された 遺伝子は 3.0 kb の BamHI 断片を含む遺伝子であることが明らかとなった。また、200株以上の本細菌国内分離株につい て同様のサザンハイブリダイゼーション実験を行った結果、オオタチバナに弱い病原力を示す全ての株において 3.0 kb の Tn46 KC21 KC20 BamHI 断片がシグナルとして検出された(図 4)。 図 3:カンキツかいよう病菌 KC20、KC21 及び Tn46 株の BamHI で切断した全 DNA 配列に対する apl1 内部配列をプローブとした サザンハイブリダイゼーション解析。三角印(白)は 3.0 kb 断片、 (黒)は 4.0 及び 4.7 kb 断片を示す。 4.0 3.3 3.1 58 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 KC31 KC25 KC24 KC22 KC18 KC17 KC15 KC40 強病原力系統 KC39 KC35 KC34 KC33 KC32 (kb) KC30 弱病原力系統 3.3 3.0 図 4:カンキツかいよう病菌各株の BamHI で切断した全 DNA 配列に対する apl1 内部配列をプローブとしたサザン ハイブリダイゼーション解析。3.0 kb のシグナルは apl4 の、また、3.3 kb のシグナルは pthA の存在を示している。 タギング株の変異を相補するため、KC21 株のゲノムライブラリーより apl1 と相同な 3.0 kb の BamHI 断片を含むクローン pLapl4 及びシキミ酸キナーゼ遺伝子を含むクローン pT32 を単離し、Tn46 株および Tn32 株を形質転換した。Tn46 株を pL apl4 で形質転換した結果、オオタチバナに対して親株と同等な大きさの病斑を形成し、本クローンが変異相補することを確 認した。また、圃場から分離した本細菌株40 株について調べた結果、ブンタン類に弱い病原力を示す株は例外なく apl1 と 相同な 3.0 kb の BamHI 断片を有していた。一方、pT32 は Tn32 株の変異を相補せず、今後の課題として残された。 Tn46 株を変異相補した遺伝子を解析した結果、本遺伝子 apl4 は他の avrBs3 ファミリー遺伝子とほとんど同じ構造であり、 しかし、apl4 は読み枠の大きさが 3,183 bp、また、中央にある 102 bp 配列の反復数が 14.5 回で、これまでカンキツかいよ う病菌から単離された avrBs3 ファミリー遺伝子のいずれとも異なり、新規の遺伝子であることが明らかとなった(図 5)。 apl4 LTR ATG Repeating Units (14.5) L. Zip. NLS TGA LTR 図 5:apl4 の構造。LTR は Long Terminal Repeat、ATG は開始コドン、L. Zip.はロイシンジッパー、NLS は各意向シ グナル(Nuclear Localization Signal)、TGA は終始コドンをそれぞれ示す。 2) 病原力の違いと相関する形質 カンキツかいよう病菌系統間のオオタチバナに対する病原力の違いと相関する形質を探索するため、国内分離株 40 株 について本細菌に特異的なファージ Cp1 及び Cp2 に対する感受性を調査した。その結果,ファージ感受性の違いと病原 力の違いに相関が認められた。即ち,Cp1 に感受性で Cp2 に抵抗性の株は全て弱い病原力を,一方,Cp1 に抵抗性で Cp2 に感受性の株は全て強い病原力を示した(表 2)。また,両者のファージに抵抗性の株は強病原力系統であったことか ら、特に Cp1 に抵抗性であることがブンタン類に対する強い病原力と関連すると考えられた。しかし、両ファージに感受性 の株が双方の系統に認められたため、さらに検討が必要である。 近年,細菌の属・種・系統間の類縁関係を解析する手法として rep-PCR(repetitive sequence-based polymerase chain reaction の略)が利用されている。rep-PCR では,属・種間を超えて広く細菌ゲノムに保存されている反復配列をプライマー に用いる。反復配列はゲノム内で分散して存在しているため,供試しようとする細菌間でゲノム構造が異なる場合, rep-PCR によりそれぞれ異なった DNA フィンガープリントが得られる。そこで,本法によりカンキツかいよう病菌の病原力系 統間で再が認められるかどうか調査した。本細菌分離株から抽出した全 DNA を鋳型とし,プライマーに分散型反復配列の ひとつである ERIC(enterobacterial repetitive intergenic consensus)配列を用いて PCR を行った(これを ERIC-PCR と呼ぶ)。 その結果,0.2~2.5 kb の大きさの DNA 断片が 15 または 16 本増幅された。DNA フィンガープリントは供試株間でほぼ均 59 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 一であったが,ブンタン類に特異的に強い病原力を示す系統株においてのみ約 1.8 kb の DNA 断片が特異的に増幅され ることが確認された(図 6)。この特異的な DNA 断片は,両ファージに感受性であっても病原力が強い株であれば例外なく 増幅された。さらに詳細に調べるため、強病原力系統で特異的に増幅された 1.8 kb DNA 断片の塩基配列を解析した。塩 基配列を既に公表されているカンキツかいよう病菌ゲノム配列(GenBank アクセッション番号:AE011798)と比較した結果、 1.8 kb DNA 断片はファージ関連遺伝子 repA を含むことが判明した。また、サザンハイブリダイゼーション実験の結果、本遺 伝子配列は弱病原力系統には存在しない可能性が示された。 カンキツかいよう病菌国内分離株の炭水化物利用能についても調査した。各株をそれぞれマンノース、マルトース、ラク トース、マンニトールまたはマロン酸を単独に含む Ayers 培地に接種した後、28℃で培養し、各培地における成長を観察し た。その結果、Cp1 感受性の株は全てマンニトールを単独で利用できることが判明した。 表2:カンキツかいよう病菌の病原力とファージ感受性の相関 ファージ型a 病原性 CP1S/CP2R CP1R/CP2S CP1S/CP2S CP1R/CP2R 強 0 17 2 1 弱 17 0 3 0 aCP S;CP 感受性,CP R;CP 抵抗性,CP S;CP 感受性, 1 1 1 1 2 2 CP2R;CP2抵抗性。数字は分離株数。 KC21 KC1 KC19 KC34 KC39 弱病原性系統 KC16 KC20 KC5 KC11 KC12 強病原性系統 M 3054 2036 1636 1018 517 396 298 (kb) 図 6:カンキツかいよう病菌各系統株の全 DNA を鋳型とした ERIC-PCR。 三角印は 1.8 kb DNA 断片を示す。 60 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2) 病徴発現に必須な遺伝子 トランスポゾンタギング実験を行った結果,強病原力/弱病原力系統株のいずれを受容株とした場合でも、親株とは異 なる病徴を宿主植物種の別とは無関係に引き起こす変異株が得られた。いずれの変異株も宿主種の違いに関わらず、葉 に水浸状の病徴を引き起こすが、野生株とは異なって、カルス増生を引き起こさない(図 7)。また、これらの変異株を 1× 108 cfu/ml の濃度で宿主葉に注入接種すると、野生株の場合とは異なり、ほとんど褐変化が認められない(図7)。これらの 変異株について、Tn5 の挿入部位を調べた結果、強病原力/弱病原力系統いずれの株由来の変異株においても avrBs3 ファミリー遺伝子が破壊されていることが判明した。さらに詳細に調査するため、トランスポゾン変異株の全 DNA を BamHI で切断し、apl1 の内部配列をプローブとしてハイブリダイゼーションを行った。その結果、病徴が変異した株では野生株に は存在する 3.3 kb のシグナルが消失していることが判明した。強病原力系統 KC20 株のゲノムライブラリーより本株由来の 変異株で消失した 3.0 kb のシグナルに相当する DNA 断片を含むクローンを単離して塩基配列を解析した結果、本細菌の 病徴発現遺伝子 pthA や既報の apl1 とほぼ同じ大きさ(3,492 bp)で、遺伝子中央にある 102 bp 配列の反復数も 17.5 回と 同数の遺伝子であることが判明した。また、本遺伝子 pth(KC20)の推定アミノ酸配列も pthA 及び apl1 のそれらと 99.7%の 高い相同性を示した。 付傷接種 注入接種 噴霧接種 野生株(KC21) 変異株 図 7:pthAが破壊された変異株が各種方法により接種されたネーブルオレンジ葉上に形成した病斑。 変異株では罹病組織の肥大と褐変化が野性株に比べて鈍く、また、カルスを形成しない。 上記の実験の結果は、カンキツかいよう病菌では pthA に相当する遺伝子が本病に特異的な病徴発現を支配している可 能性を強く示唆した。そこで、本細菌の圃場分離株が必ず pthA 相当の遺伝子を保持しているかどうか調べるため、200 株 以上の国内圃場分離株について、全 DNA を BamHI で切断し、apl1 の内部配列をプローブとしてハイブリダイゼーションを 行った。その結果、ほとんど全ての株で pthA 相当遺伝子の存在を示す 3.3 kb のシグナルが検出された(図 4)。しかし、調 査した分離株のうち No. 9148 株では、3.3 kb のシグナルは認められず、3.0 kb、3.1 kb 及び 3.2 kb のシグナルが検出さ れた(図 8)。そこで、これらの apl1 陽性 DNA 領域にトランスポゾンを挿入したところ、3.1 kb DNA 断片に挿入された株での み、葉に水浸状の病徴を引き起こすが、野生株と異なって、カルス増生を引き起こさなかった。No. 9148 株のゲノムライブ ラリーより 3.1 kb 断片を含むクローンを単離し、該当遺伝子の塩基配列を解析したところ、本遺伝子 pth(No. 9148)は pthA と中央の 102 bp 配列の反復数が 16.5 回と pthA に比べて1回少なかった。しかし、pth(No. 9148)の中央反復配列を pthA 及び pth(KC20)のそれらと推定アミノ酸配列で比較すると、N 末端方向より 1 から 5 番目および7から 16 番目までの反復 が完全に一致し、pth(No. 9148)が pthA と同様の機能を持つ可能性を強く示唆した(図 9)。 61 8 91 4 KC 2 0 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 (kb) 図 8:カンキツかいよう病菌 KC20 及び No. 9148 株の BamHI で 切断した全 DNA 配列に対する apl1 内部配列をプローブとしたサ ザンハイブリダイゼーション解析。。 3.3 3.2 P th A P th (K C 2 0 ) P th (9 1 4 8 ) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 A p l1 P th A 4 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 図 9:カンキツかいよう病菌から単離された pthA 及び pthA 相当の遺伝子の中央反復領域における推定アミ ノ酸配列の比較。左右側の数字は N 末側からの繰り返し単位の反復数を示す。同一色は同一配列であるこ とを表す。 ■考 察 植物病原体の多くは特定の植物種に対してのみ病害を引き起こす。そのような病原体と植物種の組み合わせのなかで、 さらに、病原体がその植物種に含まれる全ての品種を犯せるのではなく、病原体の系統(レース)によっては特定の品種を 発病させることができない場合がある。これを Flor らは、病原体レースの持つ優性の非病原力(avirulence)遺伝子(avr)と それと対応する宿主側抵抗性品種の持つ優性の抵抗性遺伝子との組み合わせによって発病の有無が決定されるという ‘遺伝子対遺伝子説’を提案した。本説は数々の病害抵抗性育種交配の解析から立証されてきた。また、avr 自体も種々の 病原体に存在が実証され、トマト・ピーマン斑点細菌病菌(Xanthomonas campestris pv. vesicatoria)からは avrBs3 遺伝子 が単離・同定された。avrBs3 遺伝子は中央に 102 bp を単位とする配列が 17.5 回繰り返されて存在するという極めて特徴的 な構造を持つ。また、本遺伝子と同じ構造と機能を持つ遺伝子がいくつかの Xanthomonas 属細菌に存在することが明らか となり、それらは avrBs3 ファミリーと呼ばれている。 62 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 avr 遺伝子はそれと対応する抵抗性品種に対して過敏感反応(HR)をはじめとする抵抗反応を引き起こす。しかし、カンキ ツかいよう病菌で見出された avrBs3 ファミリー遺伝子 pthA は宿主であるカンキツ属植物の種類の違いとは無関係に抵抗反 応ではなく、かいよう症状を引き起こす。すなわち、pthA はカンキツかいよう病菌において avr 遺伝子ではなく発病に必須の 病原力遺伝子として機能する。本研究において、調査した全ての菌株に pthA と相当の遺伝子が存在することが示された。こ の結果は、pthA がカンキツかいよう病菌をカンキツの病原体として成立させる鍵となる遺伝子であることを示唆している。 カンキツかいよう病菌ではこれまでレース分化はないと考えられてきた。これは、種類によって本病抵抗性に差異がある ものの全てのカンキツ属植物が本病に感染することに起因すると思われる。しかし、感染後の病斑伸展に着目して調査し た結果、オオタチバナをはじめとするブンタン類に対してのみ大きな病斑を形成する系統とそうでないものとの 2 系統が見 出された。また、系統間での病斑の大きさの違いが病斑内における細菌増殖量の違いを反映していたため、2 つの系統の 間ではブンタン類に対する病原力が特異的に異なっていると推察された。一般にレース分化を持つ病原細菌の非病原性 系統は対応する抵抗性品種に対して HR 反応などの抵抗反応を引き起こす。しかし、カンキツかいよう病菌の弱病原力系 統ではブンタン類に対する HR 反応を確認できない。したがって、本細菌における病原力の違いには avr 遺伝子は関与し ないと考えられた。しかし、本研究の結果、ブンタン類に対する病原力の違いが avrBs3 ファミリーと構造が同じ遺伝子(apl 4)によって支配されていることが判明した。また、弱病原力系統には apl4 とともに pthA(に相当する遺伝子)も存在するが、 apl4 が破壊されるとブンタン類に形成する病斑の大きさ及び細菌増殖が強病原力系統と同等になることから、apl4 は pthA に対して優性である。これらのことから、apl4 は HR 反応が認められないことを除けば、従来報告されてきた avr 遺伝子と同 様に機能する遺伝子であると考えられた。 apl4 と pthA は中央反復領域を除けばほぼ 100%の相同性を持つ。すなわち、現在までに機能が推定されているタイプ Ⅲ分泌に関わるコンセンサス配列、ロイシンジッパー配列、核移行シグナル配列および転写活性ドメインが同一で、これら の機能は両者とも一致すると推測された。一方、中央反復領域では、繰り返し単位の反復数並びに構成が両者で全く異な る。この結果は、繰り返し配列部が遺伝子機能の特異性を決定する、という従来の報告と一致した。 トランスポゾンタギング実験では、トランスポゾンがカンキツかいよう病菌 KC21 株のシキミ酸キナーゼ遺伝子に挿入された株 においてブンタン類に特異的な弱病原力が失われた。しかし、破壊された遺伝子を形質転換して変異相補を試みたものの弱 病原力は回復しなかった。本遺伝子の特異的病原力への関与については、その可能性も含めて今後の課題として残された。 カンキツかいよう病菌における系統間の病原力の違いとファージ感受性は相関する。しかし、例外も認められるため表現 型の相関は偶然の一致である可能性が考えられた。しかし、ERIC-PCR により強病原力系統でのみ増幅される 1.8 kb の DNA 断片にはファージ関連遺伝子 repA の配列の一部が存在していた。しかし、ファージ感受性の違いと repA の存在との 関連については明確ではない。さらに、apl4 と repA の存在がどのように関わっているのか、今後の課題として残された。 ■ 成果の発表 原著論文による発表 1. H. Shiotani, K. Ozaki and S. Tsuyumu:「Pathogenic interaction between Xanthomonas axonopodis pv. citri and cultivars of pummelo (Citrus grandis)」, Phytopathology, 90, 1383-1389, (2000) 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. 塩谷 浩:「カンキツかいよう病菌の病原力に基づく系統分化」,植物防疫, 55, 18-21, (2001) 口頭発表 応募・主催講演等 1. 塩谷 浩,尾崎克巳,伊藤 伝:「カンキツ品種オオタチバナに対する病原力が異なるカンキツかいよう病菌 2 系統の本品種葉組織中における増殖量の比較」,平成 12 年度日本植物病理学会大会, 2000.4 63 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 塩谷 浩,尾崎克巳,伊藤 伝:「Tn5 挿入によるカンキツかいよう病菌病原性変異株の作出」,平成 13 年度日 本植物病理学会大会,2001.4 3. 塩谷 浩,尾崎克巳,伊藤 伝:「pthA 配列をプローブとした RFLP 解析によるカンキツかいよう病菌の宿主特 異的病原力関連遺伝子の推定」,平成 14 年度日本植物病理学会大会,2002.4 4. 塩谷 浩,尾崎克巳,伊藤 伝:「カンキツかいよう病菌の病徴発現関連遺伝子の単離」,平成 15 年度日本植 物病理学会大会,2003.3 64 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.1. 発病及び抵抗性誘導因子の生合成と受容に関わる遺伝子群の解析 2.1.2. 植物病原細菌の品種特異的抵抗性反応誘導機構の解明 静岡大学農学部植物病理学研究室 露無 慎二 ■要 約 これまで、Xanthomonas 属植物病原細菌の avrBs3/pth 遺伝子ファミリーをモデル系として、本ファミリーに属する各非病 原力遺伝子と病原力遺伝子の間でキメラ遺伝子を作成し、これらを当該 avr 及び pth 欠損変異株に形質転換した形質転換 体のイネ及びカンキツへの接種試験結により、品種特異的抵抗性反応及び発病を誘導するドメインが明らかになった。非 病原性細菌 Pseudomonas fluorescens に植物病原細菌の hrp 遺伝子クラスター形質転換体を接種すると、タバコに HR を 誘導するが、この形質転換体にさらに各種 avr 遺伝子を形質転換すると、これらの二重形質転換体はこの HR 誘導能を失う 事を見いだした。即ち、avr 遺伝子は、従来より言われてきた R 遺伝子に対応した品種特異的 HR のエリシターとして機能 するほか、非特異的 HR のサプレッサーとして機能する事が明らかになった(avr2元説)。 ■目 的 単独で病徴発現を司るカンキツかいよう病菌の pthA(後に複数存在する事が明らかになったので、apl1 と呼ぶ)遺伝子を モデル系に、本菌と宿主・非宿主植物との相互作用を解析してきた。本遺伝子は、多くの Xanthomonas 属細菌に存在し品種 特異的抵抗性反応を司る avrBs3 遺伝子ファミリーに属し、これらの遺伝子との相同性が高いばかりでなく、翻訳産物の中央 部に存在する34個のアミノ酸を一単位としてタンデムな繰り返し配列、LRR(ロイシンリッチ領域), NLS(核移行性配列), AAD (酸性転写活性部位)等のドメインを持つ事でも共通している。この系を用いて、病原性と抵抗性誘導の分岐前の共通的な植 物細胞との相互作用を明らかにする事により、植物に耐病性を付与するための基礎的情報を得る事を目的とした。 ■ 研究方法 1. avrBs3/pth 遺伝子ファミリーの各ドメインの役割については、イネ白葉枯病菌の avrXa7, avrXa10 及び上記カンキツかいよう病 菌の apl1 遺伝子間(特にC 末端側領域)で(図1)、各ドメインを繋ぎあわしたキメラ遺伝子を作成し、これをそれぞれの遺伝子を持 たないイネ白葉枯病菌及びカンキツかいよう病菌に形質転換し、これら形質転換体をイネ品種(avrXa7 のペアとなる抵抗性遺伝 子 Xa7 を持つ IRBB7, avrXa10 のペアとなる Xa10 を持つ IRBB10)及びカンキツに接種し、HR 及び病徴の程度を観察するととも に、細胞間隙への電解質流出をコンダクトメータを用いた測定、フルオログラシル染色によるリグニン蓄積の光顕観察を行った。 また、かいよう形成におけるテロメラーゼの動きに着目し、TRAP 法を用いたテロメレース活性測定等を行った。 2. P. syringae pv. syringae の hrp 全領域(タイプ III 分泌機構構成タンパク質生産遺伝子、制御遺伝子、非特異的エリシタ ー生産遺伝子等のフルセットを持つ)のコスミドクローン pHIR11 を植物随伴菌で病原性を持たない Pseudomonas fluorescens に形質転換し、この形質転換体(Pf/pHIR11)をタバコ等の植物に葉肉内注入接種すると、HR が誘導される事 を観察した後、Pf/pHIR11 に avrXa7, avrXa10, avrPto, apl1 各遺伝子を追加形質転換し、これらの二重形質転換体をタバ コ葉に接種後の HR の観察、細胞死の光学顕微鏡観察、さらにタバコ培養細胞に接種した際の PAL(Phenylalanine Ammonia Lyase)活性及びパーオキシダーゼ活性測定、ルミノールを基質にした発光測定による過酸化水素生成の測定等 により、抵抗性反応誘導に与える影響を解析した。 65 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 HincII AvrXa10 833 TNDHLVALACLGGRPALDAVKKGLPHAPELIRRINRR IPERTSHRVADLAHVVRVLGFFQ AvrXa7 1177 TNDHLVALACLGGRPALDAVKKGLPHAPELIRRINRR IPERTSHRVPDLAHVVRVLGFFQ Apl 902 TNDHLVALACLGGRPALDAVKKGLPHAPALIKRTNRRIPERTSHRVADHAQVVRVLGFFQ AvrBs3 908 TNDHLVALACLGGRPALDAVKKGLPHAPALIKRTNRRIPERTSHRVAD HAQVVRVLGFFQ EcoRI AvrXa10 893 SHSHPAQAFDDAMTQFGMSRHGLAQLFRRVGVTELEARYGTLPPASQRWDRILQASGMKR AvrXa7 1237 SHSHPAQAFDDAMTQF EMSRHGLVQLFRRVGVTE FEARYGTLPPASQRWDRILQASGMKR Apl 962 CHSHPAQAFDDAMTQFGMSRHGL LQLFRRVGVTELEAR SGTLPPASQRWDRILQASGMKR AvrBs3 968 CHSHPAQAFDDAMTQFGMSRHGL LQLFRRVGVTELEAR SGTLPPASQRWDRILQASGMKR SphI NLS1 AvrXa10 953 VKPSPTSAQTPDQASLHAFADSLERDLDAPSPMHEGDQTRASS RKRSRSDRAVTGPSTQQ AvrXa7 1297 VKPSPTSAQTPDQASLHAFADSLERDLDAPSPMHEGDQTGASSRKRSRSDRAVTGPSAQQ Apl 1022 AKPSPTSTQTPDQASLHAFADSLERDLDAPSPTHEGDQRRASSRKRSRSDRAVTGPSAQQ AvrBs3 1028 AKPSPTSTQTPDQASLHAFADSLERDLDAPSPMHEGDQTRASS RKRSRSDRAVTGPSAQQ NLS2 AvrXa10 AvrXa7 Apl AvrBs3 1013 1357 1082 1088 SFEVRVPEQ QDALHLPLSW RVKRPRTRIGGGLPDPGTPIAADLAASS TVMWEQDAAPFAG SFEVRVPEQRDALHLPLSW RVKRPRTRIGGGLPDPGTPIAADLAASS TVMWEQDAAPFAG SFEVRAPEQRDALHLPLSWRVKRPRTSIGGGLPDPGTPTAADLAASSTVMREQDEDPFAG SFEVRVPEQRDALHLPLSWRVKRPRTSIGGGLPDPGTPTAADLAASSTVMREQDEDPFAG AvrXa10 AvrXa7 Apl AvrBs3 1073 1417 1142 1148 AADDFPAFNEEELAWLMELLPQSGSVGGTI AADDFPAFNEEELAWLMELLPQSGSVGGTI AADDFPAFNEEELAWLMELLPQ-------AADDFPAFNEEELAWLMELLPQ-------- NLS3 AAD C-term amino acids sequence alignment in AvrXa10,AvrXa7, Apl and AvrBs3 図 1 キメラ遺伝子作成用 avrBs3/pth 遺伝子翻訳産物 C 末端側配列 Hc P1 Hd E Hc P2 Hc P3 Hc Sp 1 Hd Hd P11 P12 P13 Sp Hc P14 P15 P16 Sp Hc Sp Hc Hc Sp P8 Sp Hc Hc Sp P7 P9 Sp Hc Sp P6 Hd P4 P10 Hc Sp P5 E 2 Sp Sp Sp Hc Sp Hc P17 NcoI NcoI Hd NcoI NcoI Chimera constructs avrXa10 avrXa7 図2 作成したキメラ遺伝子の構造 66 apl 1 and apl 2 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 研究成果 1. キメラ遺伝子による抵抗性誘導及び病徴発現 1.1. イネ品種における抵抗性誘導: 非病原力遺伝子のイネ品種特異的抵抗性誘導は、HincII-SphI (H-S) 417bp 断片に 存在する事が分かった。即ち、上記キメラ遺伝子をavrXa7もavrXa10も持たないイネ白葉枯病菌に形質転換し、これら の形質転換体を対応するR遺伝子を持つイネ品種(avrXa7にはIRBB7、avrXa10にはIRBB10)に接種したところ、avrXa7 の H-S 断片を avrXa10 に組入れたキメラ遺伝子の場合は、IRBB10でのHR誘導能には影響を及ぼさなかったが、 avrXa10 のH-S断片を avrXa7 に導入した場合は、IRBB7でHR誘導能を示したが、この能力は弱くなった。また、 pthA (apl1)遺伝子のH-S断片をavrXa7, avrXa10に導入したキメラの場合は、いずれの品種においてもHRを誘導する事がで きなかった(図3)。従って、avrXa7とavrXa10遺伝子の品種特異性を決定する領域は、繰り返し配列とH-S部位の双方 にあると考えられる。 Gene Map avrXa10 Rice Phenotype avrXa7 apl 1 IRBB10 avrXa10 IRBB7 HR WS Chimera 1 HS HR WS Chimera 2 HS WS WS avrXa7 WS Chimera 3 HS WS Chimera 4 HS WS (WS WS 図 3 各種キメラ遺伝子形質転換体を Xa7(IRBB’)あるいは Xa10(IRBB10)を持つ品種に接種した際の反応. WS: 水浸状病班 1.2. カンキツ葉における反応: 次に、これらのキメラ遺伝子をカンキツかいよう病菌のapl1遺伝子欠損変異株(F2)に形質 転換し、これらの形質転換体をナツダイダイの葉に葉肉内注入接種し、病徴とリグニン様物質の集積について、どのよう な違いがでるのかについて調べたところ、図4のように、avr遺伝子であっても組み入れる部位によって、かいよう症状を 呈する能力を維持する(代用できる)場合があることがわかった。従って、これらの部位は、カンキツにかいよう症状を呈 するためにも、抵抗性反応誘導にも、共通して必要な領域であると考えられる。また、カンキツかいよう症状形成のため のユニークな部位は、やはり抵抗性反応誘導の特異性決定の場合と同様に、繰り返し配列部ばかりでなくH-S断片が 必要であった。なお、H-S断片は、LRRの一部を形成しており、他のタンパク質との相互作用によって、発病及び、抵抗 性誘導に導いていると考えられる。なお、pthA遺伝子とavr遺伝子の翻訳産物は、H-S断片内で数個のアミノ酸で違い があるのみであるので、恐らく、このわずかなアミノ酸の違いが結合するタンパク質との特異性を決定し、病原性と抵抗 性誘導の違いとなるのではないかと考えられる。 67 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図4 各キメラ遺伝子導入による病原性欠損変異株をカン キツ葉接種後2週間目の観察 左は病徴、右は脱色後の観察 2. avr遺伝子の二つ目の機能: 2.1. タバコにおけるHR誘導に及ぼす影響:イネ白葉枯病菌のavrXa7遺伝子, avrXa10遺伝子, 同じ遺伝子ファミリーに属 するが病原性を司るapl1遺伝子、異なる遺伝子グループになるP. syringae pv. tomatoのavrPto遺伝子をPf/pHIR11に 形質転換し、これらをタバコ葉に接種すると、Pf/pHIR11の接種では誘導されたHRが観察されなくなった(図5には、 avrXa10, avrPtoの結果のみ示している)。また、hrp欠損変異株(hrcC)及びhrpZ(harpin生産遺伝子)欠損変異株を接 種した場合も、HRは見られなかった。この結果は、少なくとも供試したavrXa10, avrPto遺伝子及び近縁の発病を司る apl1遺伝子は、従来より言われてきたエリシターとしての機能の他に、ハーピン等のhrp遺伝子クラスターから生産される 非特異的エリシターによるHR誘導を抑制する機能をもつことが示唆された。 2.2. タバコ内における増殖に及ぼす影響:各種Pf形質転換体をタバコ葉に接種した後、接種部位を滅菌水に懸濁、希釈 後、YP寒天培地上で生菌数を測定したところ、Pf/pHIR11が増殖できず徐々に死滅するのに対し、avrXa10の二重形質 転換体では、in plantaの生存阻害はほとんど見られなくなった(図6)。なお、pHIR11上のhrcC(TTS非形成)変異クロー ン(pcPP2089)及びhrpZ(ハーピン生産)変異クローン(pNKBH1)のPf形質転換体接種では、全く増殖阻害が見られな かった。この結果も、avr遺伝子がハーピン等の非特異的エリシターによって誘導されるHRを抑制する可能性を強く示 唆した。 68 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図5 各種P. fluorsecens形質転換体をタバコに葉肉内に接種した際のHR。 A, Pf/pHIR11; B, Pf/pHIR11+avrXa10; C, Pf/pHIR11+avrPto; D, Pf/pHIR11の hrpC変異株+avrXa10; E, pHIR11のhrpZ変異株+avrXa10; F, pHIR11のhrpZ 変異株。 Inoculation concentration: 10 7 cfu/ml Pf(pHIR11) 7 101.E+07 Pf(pCH4+pHIR11) 6 101.E+06 Pf(pNKBH1+pHIR11) cfu/ml Pf(pCH4+pCPP2089) 105 1.E+05 Pf(pNKBH1+pCPP2089) 4 101.E+04 3 101.E+03 2 101.E+02 0 6 12 18 24 h. after inoculation 図6 各種P. fluorescens形質転換体をタバコに葉肉内接種した際の、葉1cm2中の生存菌数。 2.3. オキシデイティブバーストにおよぼす影響:次に、このHR抑制が、確かに動的抵抗性反応の誘導を抑制しているかどう かを調べるため、抵抗性極初期に見られるオキシデイティブバーストへの影響を調べた。タバコ培養細胞(BY-2)に、 各種Pf 形質転換体懸濁液を加えた後、ルミノールを加えて、発光量を化学発光測定装置で計測したところ、 Pf/pHIR11の接種では明瞭な二相からなる発光量の上昇が見られる。しかし、いずれのPf二重形質転換体を接種した 場合も、単相になり、また発光量も顕著に低かった(図8)。このことから、Pf/pHIR11にavr遺伝子を導入することにより、 これらのavr遺伝子は、動的抵抗性誘導の極初期を抑制していると考えられた。 69 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Suppressor activity of xanthomonads avr genes 図7 各種P. fluorescens形質転換体をタバコ培養細胞(BY2)と混合培養した場合のオキシデーティブバースト。 ルミノールを加えて、化学発光を測定した。PCH4(avrXa10)と、pHIR11 (hrp野生型)又はpCPP2089 (hrcC欠損 変異を持つ)との組合わせた形質転換体を用いた。 Fig.4 PAL Activity of Tobacco Suspension Cells Pf.(pHIR11) Relative Value of PAL Activity 2.5 Pf.(pCH4+pHIR11) 2 Pf.(pCPP2089) Pf.(pCH4+pCPP2089 1.5 control (water) 1 0.5 0 0 60 120 180 Min. After Treatment 240 図8 タバコ培養細胞に各種P. fluorescens形質転換体を加えた際のPAL活性の上昇 PAL 活性上昇への影響:その他の動的抵抗性反応の指標として、PAL 活性の上昇に及ぼす影響についても調べたとこ ろ、Pf/pHIR11 の接種では、2相からなる上昇が見られたが、avr 遺伝子をさらに導入すると、PAL 活性の上昇が見られな くなった(図 8)。この結果も、avr 遺伝子が非特異的動的抵抗反応を抑制することを示唆している。 カンキツかいよう形成におけるテロメレース活性:一般に真核生物では、正常な細胞分裂の際テロメア長が短くなってい くが、腫瘍細胞ではテロメレースが働き、テロメアの伸長反応によってテロメア長がほぼ一定に保たれる。かいよう症状に 70 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 おいても、細胞肥大、異常細胞分裂がみられる。そこで、カンキツに葉肉内注入法により、カンキツかいよう病菌を接種 後、TRAP 法によってテロメラーゼ活性を測定した。その結果、接種後7日目頃から病徴が表れ出す前の接種後5日目か らテロメラーゼ活性の上昇がラダーの形成として観察された。この結果より、かいよう病病徴発現にテロメレース活性の上 昇が見られ、接種後12~13日頃に活性が見られなくなる(図 9)。病徴発現過程においてテロメラーゼ活性が高まる事 から、テロメレースがかいよう形成に重要な役割を担っている可能性が示唆された。一旦病徴が見られた後、この活性が 落ちるのは、植物の褐変化によってテロメラーゼが失活したのではないかと、解釈している。 図 9 ナツダイダイの葉にかいよう病菌を接種後のテロメラーゼ活性の推移。 テロメラーゼ活性は、TRAP 法によって測定した。 3. 考 察 カンキツかいよう病菌の病原性遺伝子 apl1 遺伝子は、単独でかいよう症状を引き起こす事、ユニークなドメイン構造を持つ 事、多くの Xanthomonas 属細菌が本遺伝子と90%以上の高い相同性を示すにもかかわらず、いずれも品種特異的抵抗性 反応誘導を司る avr 遺伝子(avrBs3/pth 遺伝子ファミリーとよばれる)である事に着目し、本遺伝子の発病機構を解明する事 により、病原性発現及び抵抗性誘導に共通した基礎的植物細胞との相互作用機構を明らかにする事ができるのではないか と考えた。これまでに、(1)この病原性遺伝子をクローニングし、これと高い相同性を示すが病原性が示さないコピー (apl2,apl3)が存在する事、(2)apl1,2,3 遺伝子はいずれも末端に(LTR、長い繰り返し配列)を持ち、プラスミド上に存在する 事、(3)かいよう形成には、翻訳産物中央部に存在する34個のアミノ酸配列を一単位とした繰り返し配列の部分が重要な役 割を示す事、(4)avrBs3/pth 遺伝子ファミリー間で共通して存在する他の機能部位(LRR, NLS, AAD)について、キメラ遺伝 子を作成し、これらの接種試験から、品種特異的抵抗性反応を誘導するためにも、かいよう症状を呈するためにも、上記繰り 返し配列部以外に、LRR 部位が必要である事、(5)各 avrBs3/pth 遺伝子の LRR 部位にわずかなアミノ酸の置換がみられる が、これらが抵抗性反応の特異性を決定するために重要である事、(6)非病原性 P. fluorescens に hrp クラスター(pHIR11)と avrXa7,avrXa10, apl1, avrPto のいずれかの遺伝子を同時に形質転換すると、これらの avr 遺伝子は pHIR11 による非特異的 抵抗性反応誘導を抑制する事、(7)この動的抵抗性反応の抑制は、極初期に見られるオキシデイティブバーストをも抑制し ている事、(8)かんきつのかいよう形成の直前にテロメラーゼの活性が高まる事、等を明らかにする事ができた。 これらの結果から、カンキツかいよう病菌の apl1 遺伝子産物は、タイプ III 分泌機構によって、植物細胞内に注入され、さ らに NLS が認識されて核内まで運ばれ、LRR 領域で他のタンパク質との相互作用によって発病過程に導いたり、抵抗性反 応に導く事が考えられるようになった。従って、病害抵抗性植物(この場合は、カンキツかいよう病耐性植物作出のための 標的が明らかになったといえる。さらに、これは予期せぬ発見であったが、供試した全ての avr 遺伝子がサプレッサーとして 機能する事が分かった(avr 遺伝子2元説)。今後は、他の多くの avr 遺伝子について、今回用いたアッセイ系によって同様 な機能の有無を調べたいと考えている。この 2 元性役割を持つ avr 遺伝子が抵抗性発現に関与するイネ、トマト、ワタ、ピー 71 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 マン、その他の野菜類については、この抑制機構を今後明らかにする事により(サプレッサーの作用点を明らかにする事に より)、抵抗性植物を作出することが可能であると考えている。 また、かいよう形成にテロメラーゼが関与している可能性が示唆された事は、新しい切り口から植物増生病の発病機構の 解明ばかりでなく、動物がんにおける本酵素の詳細な作用機構を明らかにする上で、重要な情報をもたらすことが期待でき ると考えている。 ■ 引用文献 1. J.R. Alfano Y A. Collmer, J. Bacteiol. 179, 5655 (1997) 2. J.E. Leach Y F.F. White, Annu. Rev. Phytopathol., 34, 153 (1996) 3. U. Bonad & T. Lahaye, Curr. Opin. Microbiol. 5, 44 (2002) 4. N.T. Keen, Ann. Rev. Genet., 24, 447 (1990) ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. H. Matsumoto, M. Umehara, H. Muroi, Y. Yoshitake and S. Tsuyumu, Homolog of FlhDC, a master regulator for flagellum synthesis: required for pathogenicity in Erwinia carotovora subsp. carotovora. J. Gene. Plant Pathol. 69 (3): 189-193 2. P. Jitareerat, H. Matsumoto, M. Umehara and S. Tsuyumu, D-alanine-D-alanine ligase gene (ddl) of Erwinia chrysanthemi strain EC16. II. Analysis of regulation of pectate lyase using ddlmutant. J. Gen. Plant Pathol.69(1):49-54 (2003). 3. P. JITAREERAT1,2, H. MATSUMOTO1,2, M. UMEHARA2 and S. TSUYUMU, D-alanine-D-alanine ligase gene (ddl) of Erwinia chrysanthemi strain EC16. I. Isolation and Gene dosage effect on pectate lyase synthesis. J.Gen. Plant Pathol.68 (4): 342-349 (2002) 国外誌 1. H. Matsumoto, H. Muroi, M. Umehara, Y. Yoshitake, and S. Tsuyumu Peh production, flagellum synthesis, and virulence reduced in Erwinia carotovora subsp. carotovora by mutation in a homologue of cytR. Mole. Plant-Microbe Interact. 16 (5): 289-397 (2003) 2. H. Matsumoto, H., P. Jitareerat, Y. Baba, and S. Tsuyumu, Comparative study of regulatory mechanisms for pectinase production by Erwinia carotovora subsp. Carotovora and erwinia chrysanthemi. Mol. Plant-Microbe Interact. 16 (3): 226-237 (2003) 3. Matsumoto, H., Y. Baba, P. Jitareerat, K. Nomura and S. Tsuyumu, Comparison of regulatory proteins for pectate lyase synthesis between Erwinia chrysanthemi and e. carotovora subsp. carotovora. In “Plant Pathogenic Bacteria” (ed. S.H. De Boer) , Kluwer Academic Publishers, 224-228 (2001) 4. Koike,N., M. Hyakumachi, K. Kageyama, S. Tsuyumu and N. Doke, Induction of systemic resistance in cucumber against several diseases by plantgrowth-promoting fungi: lignification and superoxide generation. Eur. J. Plant Pathol. 107: 523-533 (2001) 72 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. 露無慎二、藤川貴史、石原博通:「植物病原細菌の発病戦略と植物の防御戦略」,化学と生物、41巻,157-163, (2003) 国外誌 2. Tsuyumu, S. Trafficking of pathogenicity-related gene products from Xanthomonas citri into plant cell. In “Delivery and perception of Pathogen signals in plants”(eds. N.T. Keen, S. Mayama, J.E. Leach, S. Tsuyumu), APS Press, St. Paul, pp.280 (2001) 口頭発表 招待講演 1. Shinji Tsuyumu, Cultivar specific defense reaction elicited by plant pathogenic bacteria. First International Conference on Tropical and Subtropical Plant Diseases.Chiang Mai, Thailand (2002) 応募・主催講演等 1. Takashi Fujikawa, Hiromichi Ishihara, and Shinji Tsuyumu, Suppression of active defense resistance in non-host plants by avr/pth gene in xanthomonads. 8th International congress of Plant Pathology, Christchurch, New Zealand (2003) 2. G. Ponciano, H. Ishihara, S. Tsuyumu and J.E. Leach, Functional analysis of the 3’-terminal of avirulence gnes from two Xanthomonas species. Pytopathology 92 (6): S65 (2002) 3. S.YOSHIDA, S.Tsuyumu , T, Tsukiboshi, H. Shinohara and S. Tsushima, Rhizopus oryzae produces macerating enzymes in infected mulberry roots, Phytopathology 92(6): S89 (2002) 4. P. Jitareerat, H. Matsumoto, M. Umehara, and S. Tsuyumu, Gene dosage effect of regulatory genes for pectate lyase in Erwinia chrysanthemi strain EC16n. First Intrnational Conf. Tropical and Subtropical Plant Diseases, Chiang Mai, Thailand (2002) 受賞等 1. 露無慎二:「Fellow, American Academy of Microbiology」,2001.7.29 73 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.2. 共生および病原微生物のシグナル分子と宿主特異性の決定機構 2.2.1. 根粒菌 Nod ファクターに対するマメ科植物細胞の遺伝子応答 東京農工大学農学部生物生産学科植物栄養学研究室 横山 正 ■要 約 マメ科植物と根粒菌の共生では、根粒菌が生産するNod factorによりマメ科植物の共生遺伝子群の応答が始まり、根粒と いう新器官形成にいたる。しかしながら、この分子機構に関しては殆ど分かっていない。そこで、Nod factorを受容する根毛 や皮層細胞のモデルとして培養細胞系を使用することの妥当性をNod factorを認識したマメ科植物細胞に生じる細胞内へ のカルシウムイオンの流入を指標にして解析し、ダイズ培養細胞はNod factorの構造を認識するレセプターを持っているこ とを明らかにした。ついで、Differential Display法やPCR Base subtraction法を用いて、ダイズ培養細胞から、Nod factorに 応答する遺伝子を単離した。単離した遺伝子のmRNAが、Nod factorを投与された培養細胞中でどの様に変動するか調べ た結果、それら遺伝子は一時的な転写抑制を受けていることが判明した。この現象はNod factorの構造に特異的であること、 また、カルシウムシグナルと密接に関連することを見いだした。ついで、この現象が細胞内で生じる場合の時間推移と規模 をミヤコグサcDNAマクロアレイ解析により調べた結果、かなり大規模な現象であるという観察結果を得た。 ■目 的 土壌細菌である根粒菌はマメ科植物の根に根粒を形成し、窒素固定を行う。マメ科植物は根粒菌と共生することにより、 根粒菌が固定した空中窒素の利用が可能となり、アンモニアとして植物生育に利用する。また、窒素を豊富に含んだマメ 科植物体が土壌中に鋤込まれ分解を受けると、土壌中に放出された窒素成分は他の植物に利用される。そのため、省資 源をめざす農業形態においては、根粒菌とマメ科植物の共生反応は極めて重要である。 根粒菌とマメ科植物間の初期の相互作用には、両生物が産生する共生特異的なシグナル分子の相互認識が関与して おり(Peters et al., 1986, Remond et al., 1986)、マメ科植物が分泌するフラボノイド分子に根粒菌が応答し、リポキチンオリゴ サッカライド分子が産生される(Truchet et al., 1991, Spaink, 1994)。このリポキチンオリゴサッカライド分子は、Nodファクタ ー(Nod factor)と総称され、根粒菌からマメ科植物へ渡される共生開始シグナルであることが明らかになっている。 Nod factor はマメ科植物の根毛の脱分極 (Ehrhardt et al., 1992)、 根毛の変形 (Carlson et al., 1993, Heidstra et al., 1994)、 また、宿主根細胞の細胞周期を再起動させ皮層細胞の細胞分裂を生じさせる (Yang et al., 1994)。また、幾つかの報告で は、Nod factor は完全な根粒器官を誘導した(Truchet et al., 1991, Stokkermans and Peters 1994)。しかしながら、Nod factor を認識したマメ科植物の根に誘導されてくる、これら多岐にわたる応答反応の分子機構は殆ど分かっていない。 Nodファクターに対するマメ科植物の最も早い応答は、アルファルファの根毛に生じる膜電位の変化で、Nod factor 投与 後1分以内に生じてくる(Erhardt et al., 1992; Felle et al., 1995 and 1996; Kurkdjian et al., 1995)。また、Ehrhardt et al. (1996) は Nod factor を投与したアルファルファの根毛で生じる細胞内カルシウム濃度の規則的な変動を報告した。 マメ科植物が Nod factor を認識する部位は、根端の根毛が出現してくる非常に限られた狭い場所にあり、その部位のわずかな 数の細胞だけが Nod factor を認識する。マメ科植物による Nod factor の認識機構やそれ以後に生じるシグナル応答を研究する場 合、Nod factor に感受性の細胞の一定量が必要になるが、Nod factor 感受性の細胞の確保は非常に労力を要し、このことが Nod factor とマメ科植物の初期シグナル応答機構の解明を律速する要因の一つになっている。Savoure et al(1994) は根毛細胞や皮層 細胞だけではなく、Medicago の培養細胞もアルファルファ根粒菌が作った NodRmIV(C16:2,S)に応答することを報告した。 74 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Nod factor をマメ科植物の根毛に接種すると、その結果、幾つかの 初期ノジュリン(early nodulins)や chalcone synthase(CHS)が生じてくるが、その出現には数時間から数日の期間を要する(Vijn et al., 1995, Minami et al., 1996, Krause et al., 1997)。 これらの観察結果は、マメ科植物の根毛が Nod factor を認識し、共生に関係する遺伝子が発現する までに長時間のブラックボックスが存在していることを示している。 本研究においては、Nod factorがマメ科植物細胞に認識された直後から、数時間以内に生じる初期応答を、細胞生化学 的及び特異的な遺伝子発現制御の面から詳細に解析する。 具体的な目標は 1. マメ科植物と根粒菌が共生応答を開始するマメ科植物根先端部の根毛出現域は、連続的に根毛が成長しており、 様々な生物学的な応答がヘテロに生じている非常に解析しづらい部位である。そこで、根粒菌が生産するNod factor と根毛の応答を、もっと単純な系(Nod factorとマメ科培養細胞の応答の系)に置き換える試みを行い、その妥当性を 細胞生化学的および分子生物学的な手法で評価する。 2. 確立したモデル系を用い、Nod factorを認識した直後に細胞に誘導され、細胞膜の脱分極、細胞外液のpH上昇、細 胞内へのカルシウムイオン流入等の生化学的な応答を誘導し、数時間後にはEarly nodulin遺伝子の発現や根皮層 細胞で細胞分裂の再始動を誘導する遺伝子応答を担っている未知遺伝子を単離し、それら遺伝子の共生応答にお ける役割を解明する。 3. Nod factorを認識した直後から数時間以内に生じる、共生特異的な遺伝子発現様式とその制御機構を解明する。 ■ 研究方法 Nod factor の抽出: USDA110(B.japonicum)株をダイズ種子のメタノール抽出物を含んだ YM 培地で振とう培養した。次いで、培養濾液を等 量の n-Butanol で抽出後、濃縮し、Nod factor の粗抽出画分とした。さらに、粗画分はシリカゲルカラムで精製した後、 HPLC を用い再精製を行い、Nod factor 画分を得た。 植物細胞の調整: Glycine max cv.enrei の種子を滅菌水中で発根させ、先端から 1cm の部位を切り取り、オーキシンとサイトカイニンを含む B5 プレートに移してカルス化させた。このカルスを、オーキシンとサイトカイニンを含む B5 液体培地に移し継代培養して実験 に供試した。 細胞内カルシウム濃度の測定: プロトプラスト化したダイズ培養細胞 2ml を直径 3cm のペトリザラを氷中に置き、10mM の Fura-PE3 中でゆっくり3時間振 とうさせ、Fura-PE3 を細胞中に取り込ませた。次いで、30 分間 28 度で 30 分間振とうした。細胞を石英セルに充填し、細胞 の密度を、透過率で 80%に調整し、Nod factor を 10-9 から 10-8M の濃度になるように添加した。Fura-PE3 を封入た細胞に 340nm と 380nm の励起光を交互に照射し、その結果生じた蛍光強度の比を蛍光分光光度計(LS50B, Perkin Elmer, England)でモニターし、細胞内のカルシウム濃度を推定した。 Differential Display 法: Nod factor を投与した、または投与しないダイズ培養細胞を、Nod factor 投与後 6 時間目に回収し、各細胞から全 RNA を抽出し、cDNA を合成した。この cDNA を鋳型とし PCR を行った。PCR 産物は 4.5%ポリアクリルアミドで電気泳動後、Nod factor 投与・非投与間の泳動パターンを比較した。 転写量の経時変化の追跡: クローニングした cDNA 断片に対応する遺伝子の転写量が、Nod factor 処理によってどのように変化するか追跡するため、 培養細胞に Nod factor を投与後、経時的(0,1,2,4,6,10,24 時間)に全 RNA を抽出し、上記 cDNA 断片に特異的なプライマ ーを用いて RT-PCR を行った。 Nod factor に応答する遺伝子の単離: 5’-RACE 法 75 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Nod factor に応答して短時間に出現する新規遺伝子の単離: ダイズ培養細胞に Nod factor を処理し、10 分後にmRNA を採取した。このmRNA を cDNA に変換後、PCR を用いた差 し引き実験に供した。Nod factor 処理で新規に出現した cDNA 断片と消失した断片の候補が多数得られたので、それら cDNA 断片をクローニングし、ナイロン膜に吸着させた。このナイロン膜に、Nod factor 無処理区あるいは Nod factor 処理 10 分区のmRNA を用いたノーザンハイブリダイゼーションを行い、Nod factor 特異的に出現あるいは消失した cDNA の探 索を行い、次いでそれら候補遺伝子の塩基配列の決定を行った。 18342 個のミヤコグサ ESTs を載せたマクロアレイ膜と Nod factor を処理したダイズ培養細胞から経時的にサンプリングした mRNA から作成した1本鎖 cDNA とのハイブリダイゼーション: ダイズ培養細胞に Nod factor を処理し、経時的に(10,20,30,60,90,120,180 分後)mRNA を採取した。それらの mRNA を 33 P-dCTP を含む溶液中で cDNA に変換後、ミヤコグサマクロアレイ膜とハイブリザイゼーションを行わせて、Nod factor によ りダイズ培養細胞に誘導される遺伝子応答を追跡した。 Agrobacterium rhizogenes を用いた形質転換根作成実験: Differential display 法で単離し、Nod factor 処理で転写が抑制される遺伝子 SSC2 を pART27 の binary vector 系に組み 込んで、Agrobacterium rhizogenes に導入し、ダイズの形質転換毛状根で過剰発現させた。これに根粒菌を接種し、根粒 着生状況を観察した。 ■ 研究成果 1.根粒菌 Nod factor と根毛・皮層細胞で生じる共生応答を、より単純な系(Nod factor とダイズ培養細胞の応答系)に置き 換える試み マメ科植物と根粒菌が共生応答を開始するマメ科植物根先端部の根毛出現域は、連続的に根毛が成長しており、様々 な生物学的な応答がヘテロに生じている非常に解析しづらい部位である。そこで、根粒菌が生産するNod factorと根毛の応 答を、もっと単純な系(Nod factorとマメ科培養細胞の応答の系)に置き換える試みを行い、その妥当性を細胞生化学的およ び分子生物学的な手法で評価することを行った。 ダイズの根細胞とダイズ培養細胞(Glycine max and G. soja)のプロトプラストの細胞内カルシウム濃度に対する Nod factor の効果を、カルシウムプローブである Fura-PE3 を用いて調べた(Fig.1)。最終濃度が 10-8M になるように B. japonicum USDA 110 株の主要な Nod factor である NodBj-V(C18:1, MeFuc)を、ダイズ根のプロトプラストに投与すると、1分以内に、 急速な細胞内カルシウム濃度の増加が生じた。一方、Glycine max 培養細胞においては、Nod factor 投与後、徐々に細胞 内のカルシウム濃度が増大していき、約 150 秒後に上昇期から停滞期に移行した。G. soja(野マメ)培養細胞の場合もダイ ズ培養細胞と同様に、細胞内カルシウム濃度が増大した。一方、Nod factor を投与しない培養細胞においては、Nod factor 処理区に見られるような細胞内カルシウム濃度の変動は見られなかった。また、ダイズ根に不活性な NodBj-V(C18:1)は、 各種プロトプラストに細胞内カルシウム濃度の変動を誘導しなかった。非マメ科植物であるタバコ培養細胞や B. japonicum USDA 110 株の非宿主であるクローバー培養細胞に Nod factor を投与した場合も、Nod factor は両植物種の培養細胞に顕 著な細胞内カルシウム濃度の変動を誘導しなかった。本実験は、各種培養細胞を 1mM のカルシウムを含んだバッファー中 に入れて試験していた。細胞内カルシウムの濃度が増大する理由として2つの因子が考えられる。1つは、エンドプラズミック レティキュラムや液胞からの Ca2+の流入であり(Bush et al. 1989; Dupont et al., 1990)、他の1つは、細胞外からの Ca2+の流入 である。培養細胞をインキュベートしているバッファー中の Ca2+を除くと、Nod factor を添加しても細胞内カルシウム濃度は増 大しなかった。Ca2+ chelator である、1,2-bis(2-aminophenoxy) ethane-N,N,N’,N’-tetraaceticacid(BAPTA)により細胞外の Ca2+を除去した場合も、Nod factor を添加しても細胞内カルシウム濃度は増大しなかった。また、Ca2+ channel inhibitor である verapamil を処理した後に Nod factor を投与した場合、バッファー中に Ca2+が存在していても、細胞内カルシウム濃度は増大 しなかった。これらの観察より、Nod factor によりダイズ培養細胞に誘導される細胞内カルシウム濃度の増大は、細胞外液から Ca2+が voltage-gated calcium channel を通して細胞内へ流入する機構が関与していることが示唆された。これらのことより、ダ イズ培養細胞は、Nod factor を認識し、Nod factor 特異的なシグナル伝達作用を誘起していることが明らかになった。 76 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2.Nod factor を投与したダイズ培養細胞で生じる共生特異的な遺伝子応答の探索と未知遺伝子の単離 一般に、Nod factor をマメ科植物細胞が認識して細胞内の Ca2+濃度が変化してから、共生特異的な mRNA が出現する までの時間は数時間から数日に及ぶ。例えば、Krause et al(1997)は、Rhizobium NGR234 により作られた Nod factor を Vigna ungiculata の根毛に投与した場合、1日後に chalcone synthase(CHS)の mRNA が誘導されたと報告している。Bauer et al (1994)は、Nod factor を投与したアルファルファ根は、6時間後に Enod12B のmRNA を発現したと報告している。これら の既往の報告に基づくと、共生の遺伝子応答には長時間のラグタイムが存在している。このラグタイムに共生応答に関して どの様な作用が生じているのかは、全く不明である。私たちは、Differential display 法により、Nod factor 処理・無処理間で mRNA 転写量が変化したと考えられる 38 個の cDNA 断片を単離した。転写量が変化した 38 個の cDNA 断片のうち 15 個 をゲルから回収し、塩基配列を決定した結果、15 個の cDNA 断片のうち 4 個が重複していたが、残り 11 個は、ダイズでは 報告のない 8 種の新規遺伝子と 2 種の ribosomal RNA 遺伝子であった。また、8 種の新規遺伝子については、決定した塩 基配列よりアミノ酸配列を推定し、推定したアミノ酸配列を用いてホモロジー検索を行った結果、植物の病原菌に対する抵抗 反応で機能を果たすタンパク質(No.4)やタンパク質分泌経路で機能を果たしているタンパク質(No.13)、細胞膜を介した糖 輸送に機能を果たすタンパク質(No.35)などが含まれていた。また、1 種については、データベース中のタンパク質と相同性 を示さなかった。上記遺伝子に相当する、完全長の cDNA の単離を試み、No13 と No21 の遺伝子に関して、完全長 cDNA の単離に成功した。No13 遺伝子は 2280bp の塩基配列を持ち、620 アミノ酸残基で構成されたタンパク質をコードしており、 プロテインキナーゼ C によるリン酸化部位とロイシンジッパーパターンを有する DNA 結合タンパクと推定された。No21 は 4785bp の塩基配列を持ち、1372 アミノ酸残基で構成されたタンパク質をコードしており、cAMP 依存性プロテインキナーゼ とチロシンキナーゼによるリン酸化部位を有し、情報伝達に関与するタンパクと推定された。 Nod factor を投与、または投与しないダイズ培養細胞に於いて、上記単離遺伝子7種の転写レベルの推移を経時的に 追跡した。ユビキチンを除き、テストしたすべての遺伝子において、Nod factor は一時的な転写抑制を誘導した。これら遺 伝子は、転写抑制の推移パターンで、4種に区分された。No23,No35,Enod40 は Nod factor 処理1時間後には転写が強く 抑制され、その抑制は4時間後まで継続した(Fig.2-A))。一方、No.13,No.14,No.21 は Nod factor 処理2時間後に転写が 強く抑制され、その抑制は4時間後まで継続した(Fig.2-B)。No4 は Nod factor 処理4時間後に転写が強く抑制されだし、 その抑制は6時間後まで継続した(Fig.2-C)。一方、No27 は Nod factor 処理2時間後に転写抑制が生じ4時間後には回復 したが、全期間を通じて微量ながら一定の転写レベルが維持されていた(Fig.2-D)。 Differential display 法で単離し、Nod factor 処理で転写が抑制される遺伝子 No13 に関して、を pART27 の binary vector 系に組み込んで、Agrobacterium rhizogenes に導入し、これをダイズ茎葉部に接種して、形質転換根を派生させた。全不定 根数は A.rhizogenes 接種により増加したが、A.rhizogenes を接種したダイズ 1 個体あたりの根粒原基形成数は、非接種の 場合とほぼ同じであった。また、A.rhizogenes を刺針接種した植物から派生した不定根には非形質転換根と形質転換根が 出現したが、そのうち、非形質転換根の根粒原基数は、非接種植物の不定根に形成された原基数とほぼ同数であった。一 方、形質転換根における根粒原基数は、35S のみ導入されたもの、35S に No13 を連結したものが導入されたものの両方に おいて、減少した。根粒原基数を原基の発達段階の違いで区分けして評価を行ったところ、No13 遺伝子の過剰発現区で は完全な根粒が殆ど観察されず、35S のみ導入区の根粒原基と比べて根粒原基発達の遅延が認められた。この結果から、 No13 遺伝子は、その遺伝子が発現することにより、根粒原基の発達を抑制する遺伝子であることが推定された。 3.Nod factor を投与したダイズ培養細胞中で生じる、各種遺伝子転写量の経時変化の検討 Differential display 法で単離した Nod factor により転写量が制御されている遺伝子群の殆どのものが、Nod factor を投与 した培養細胞中で一時的な転写レベルの抑制が生じることが分かった。上記実験に用いた遺伝子は、Enod40 を除き、す べてが機能不明の遺伝子である。ところで、Enod40 は共生特異的に出現する遺伝子であり、Enod40 のmRNA も転写量が 変動することから、この変動現象が共生シグナルの伝達により生じることも推定された。そこで、Nod factor を投与したダイズ 77 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Fig.1 Nod factor を投与したダイズ根細胞とダイズ培養細胞に生じる細胞内カルシウム濃度の変化 (a)Soybean root cells 左の図:NodBjV(C18:1, MeFuc)を処理、右の図:ダイズ根には不活性なNodBj-V(C18:1)を処理 (b) Soybean suspension-cultured cells 左 の 図 : NodBjV(C18:1, MeFuc) を 処 理 、 右 の 図 : ダ イ ズ 根 に は 不 活 性 な NodBj-V(C18:1)を処理 培養細胞中で見られるこれら遺伝子の転写抑制現象が、どの様な機能を持つ遺伝子で生じているのかを、既知の遺伝子 を対象に検索した(Fig.3)。ダイズ細胞の生命活動や根粒形成に重要な役割を保有している以下の遺伝子、カルシウム依 存性タンパクキナーゼ calcium dependent protein kinase(CDPK)、シグナル伝達に関与するキナーゼ類 protein kinase(PK6), phosphatidyl-inositol 3 kinase, GTP binding protein, small GTP binding protein, phosphoinositid-specific phospholipase CP25、核の特異的な配置に関わるβ-tublin、転写因子 RNA polymeraseII の large subunit, transcription factorII B(TFIIB), E2F、病原抵抗性関連遺伝子 NBS class A disease resistance-like protein(NSB), RLG2 disease resistance protein homologue(RLG2)、初期ノジュリン Enod40 の、計 13 種の遺伝子断片をダイズより単離した。そして、これら遺伝子が Nod factor を投与されたダイズ培養細胞中で、どの様な転写量の経時変化を示すか調べた。その結果、全ての遺伝子が転写 抑制を受けるわけではなく、Nod factor の投与により、影響を受けない遺伝子や、Nod factor の投与により転写量が増大す る遺伝子等の存在が確認された。情報伝達に関係すると予想される遺伝子である CDPK、PK6、phosphatidyl-inositol 3 kinase、phosphoinositid-specific phospholipase CP25、転写関連遺伝子である E2F(転写因子)、RNA polymerase II の large subunit、基本転写因子である TFIIB、核配置に関与するβ-tublin、初期ノジュリン Enod40、病原性抵抗性遺伝子のホモロ グ NSB、RLG2 等は、全て一時的な転写レベルの減少を示した。一方、GTP binding protein や small GTP binding protein は、強い転写レベルの抑制がかからず、Nod factor 投与8時間後には、転写量が無処理区に比較して増大した。GTP binding protein は Pingret et al.(1998)により、nodulation signal との関与が示されている。RNA polymerase II の large subunit は Nod factor 投与直後から転写量の減少を生じた。そのため、現在までに確認されている Nod factor 処理ダイズ培養細胞 78 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 内での一時的な転写抑制の原因の一つである可能性も考えられるが、基本転写因子である TFIIB の転写レベルの推移と は完全に一致していなかった。また、細胞周期における G1-S 遷移を制御している E2F も一時的な転写抑制が生じている。 本実験は mRNA 転写レベルの推移のみを解析しており、各 mRNA から翻訳されたタンパク質の細胞内での存在量の推移 等は全く調べていない。Nod factor により誘導される一時的な転写抑制の現象に関してはさらに検討を行った。 Fig.2 Nod factor を投与(+Nod)、または投与しない(Control)ダイズ培養細胞に於いて、7種の遺伝子の転写レベルの経 時的推移(内部標準としてユビキチン(Ubi)を、ノジュリンの代表として Enod40 の転写レベルの推移も同時に調べた。)。 パネル A;No.23(機能不明),No.35(スクローストランスポーター),Enod40(初期ノジュリン), パネル B;No.13(情報伝達関連 DNA 結合タンパク),No.14(機能不明),No.21(情報伝達関連タンパク), パネル C;No.4(病害抵抗性), パネル D;No.27 (Zink finger タンパク). Fig.3 Nod factor を投与したダイズ培養細胞中で生じる、各種遺伝子転写量の経時変化 79 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 4.Nod factor によりダイズ培養細胞に誘導されるmRNAs の一時的な転写抑制現象は Nod factor の構造に特異的な 現象か否かの検討 Nod factor によりダイズ培養細胞に誘導される一時的な転写抑制現象は、様々な種類の機能を持つ遺伝子で生じている ことが観察された。そこで、この遺伝子応答が、Nod factor に特異的に生じるのか、あるいは様々な類似化合物でも誘導さ れるのかを検討した。化合物としては、Nod factor の他に、イネにエリシター活性を示す N-acetyl glucosamin 5mer とジャガ イモ疫病菌のエリシターを用いた。Nod factor、N-acetyl glucosamin 5mer、及びとジャガイモ疫病菌のエリシターを培養細 胞に別々に投与し、経時的に mRNA を採取した。それらmRNA を対象に RT-PCR を行い、calcium dependent protein kinase(CDPK), small GTP binding protein, transcription factorII B(TFIIB) の転写量の推移を追跡した(Fig.4)。その結 果、Nod factor 添加区では、約60分後に一時的な転写抑制が観察された。一方、N-acetyl glucosamin 5mer 添加区では、 CDPK では転写はほとんど変化せず、sGTPbinding protein や TFIIB ではむしろ転写は増大した。また、エリシター添加区 では、むしろ1時間後には全ての遺伝子の転写増大が生じた。この結果より、Nod factor により培養細胞に誘導される一時 的な転写抑制現象は、Nod factor の構造特異的に生じていることが分かった。さらに、ダイズ培養細胞は Nod factor を認識 する特異的なレセプターを保有していることも推定された。 5.Nod factor によりダイズ培養細胞に誘導される一時的な転写抑制現象の解析 ダイズ培養細胞に Nod factor を処理すると、一部の遺伝子に一時的な転写抑制が生じるが、この現象の規模や時間的 推移に関しては不明であった。そこで、18342 個のミヤコグサ ESTs より作製した cDNA を載せたマクロアレイ膜と Nod factor あるいはジャガイモ疫病菌のエリシターを処理したダイズ培養細胞から経時的にサンプリングした mRNA から作成した1本 鎖 cDNA とのハイブリダイゼーションを行い、どの様な規模と時間推移で転写変動が生じるかを検討した(Fig.5)。その結果、 Nod factor を投与した培養細胞では、投与10分後から多数の遺伝子の転写量が無処理区に比較して減少した。この転写 抑制現象は、90分後も持続し、180分後においても、完全には回復しなかった。一方、ジャガイモ疫病菌のエリシターを投 与した培養細胞の転写量は、10分後に減少が観察されたが、30分後にはもとの水準に復帰した。このことから、Nod factor によりダイズ培養細胞に生じる一時的な転写変動は、Nod factor により誘導される特異的な応答で、かつ、非常に規模が大 きく、少なくとも90分以上継続する応答であることが推定された。 Nod factor 0 0.5 1 2 3 N-acetyl glucosamin 5mer 16 24 0 0.5 1 2 3 16 24 0 0.5 1 2 3 16 24 CDPK sGTPbinding protein TFIIB Ubi Fig.4 Nod factor とその類似化合物がダイズ培養細胞の遺伝子に誘導する応答 80 Elicitor hr 0 0.5 1 2 3 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■考 察 根粒菌Nod factorを受容する根毛部分は、生物学的にヘテロであり、Nod factorを認識した後に生じる遺伝子応答を追 跡するには不向きであるので、Nod factorを受容する根毛や皮層細胞のモデルとして培養細胞系を使用することの妥当性 を検証した。その結果、培養細胞は、Nod factorに対して、根毛や皮層細胞と細胞生化学的に類似の応答を誘発することを 見いだし、根毛・皮層細胞の均一モデルとして使用可能と判断した。培養細胞を用いた実験系にNod factorを投与した場 合、この系は、インタクトな植物のどの部分のモデル化なのかということが、常に検討が要される。根粒菌は根毛に感染し、 Nod factorを生産しながら皮層細胞に進入して行き、同時に、その周辺で皮層細胞の細胞分裂が開始されていく。我々の 実験系は、未分化した培養細胞がNod factor雰囲気中に存在しており、ちょうど皮層細胞中で細胞分裂を開始している細 胞の周辺で根粒菌がNod factorを分泌しているのと同じ環境ではないかと推定している。 Nod factor 処 理 後 10 ( 転 写 抑 Nod factor 処理前の異なるダイズ培 養細胞2バッチのシグナルの比較 Y軸、X軸とも無処理区のシグナル強 度 赤線は45度のライン ダイズ培養細胞がNod factorを認識 した直後から規模が大きな転写抑 制現象が開始され、少なくとも180分 以上維持されている 30 ( 転 写 抑 180 90 ( 転 写 抑 Y軸はNod factor処理区のシグナル強度、X軸は無処理区のシグナル強度 赤線は45度のライン (転写抑制の回復期) Fig.5 Nod factor を認識したダイズ培養細胞に生じる転写抑制現象の規模・時間の推定 Nod factor がダイズ培養細胞の転写に与える影響をミヤコグサcDNA マクロアレイを用いて解析 Nod factorを認識したダイズ培養細胞で生じる遺伝子応答を調べていく過程で、Nods factorを認識した細胞で一時的な 転写抑制が生じている現象を捕まえた。この現象はNod factorの構造に特異的であること。また、今回はデータは示してい ないが、カルシウムシグナルと密接に関連することを観察している。また、ミヤコグサcDNAマクロアレイ解析により、本現象 は、かなり大規模な現象のように推定される。この、Nod factorを投与した培養細胞に生じる一時的な転写抑制現象に関し ては、2つの仮説を現在考慮中である。Nod factorは休止期の細胞の細胞周期を再始動させることが分かっている。そこで、 Nod factorは細胞周期の再回転のために一時的に、大規模なmRNAレベルの転写抑制を生じさせているという仮説である。 2番目の仮説は、微生物が植物細胞と接触すると、植物細胞は抵抗性応答を生じさせるが、根粒菌の場合は、Nod factor が一時的にmRNAの転写を抑制し、それにより組織的な抵抗反応を抑制していくというものである。データは示していない が、PCR Base subtraction法で植物の不和合性に関与するS-RNaseという遺伝子が単離され、この発現がNod factor処理に より増大するというデータが得られてきた。大規模な転写抑制現象はこのような分子種によりなされているかもしれないが、 この現象の真の機能に関しては、さらなる検討が必要である。 81 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 引用文献 1. Bauer, P., Crespi, M.D., Szecsi, J., Allison, L.A., Schultze, M., Ratet, P., Kondorosi, E. and Kondrosi, A. : 「Alfalfa Enod12 genes are differentially regulated during nodule development by Nod factors and Rhizobium invasion.」, Plant Physiol. 105, 585-592, (1994) 2. Bush, D. S., Biswas, A. K., Jones, R. L. : 「Gibberellic-acid-stimulated Ca2+ accumulation in endoplasmic reticulum of barley aleurone; Ca2+ transport and steady-state level.」, Planta, 178, 411-420, (1989) 3. Carlson, R.W., Sanjuan, J., Bhat, R., Glushka, J., Spaink, H.P., Wijfjes, A.H.M., van Brussel, A.A.N., Stokkermans, T.J.W., Peters, N.K. and Stacey, G. : 「The structures and biological activity of the lipo-oligosaccharide nodulation signals produced by type I and II strains of Bradyrhizobium japonicum.」, J. Biol. Chem. 268, 18372-18381, (1993) 4. DuPont, F. M., Bush, D. S., Windle, J. J., Jones R. L. : 「Calcium and proton transport in membrane vesicles from barley roots.」, Plant Physiol. 94, 179-188, (1990) 5. Ehrhardt, D. W., Atkinson, E. M., Long, S. R. : 「Depolarization of alfalfa root hair membrane potential by Rhizobium meliloti Nod factors.」, Science, 256, 998-1000, (1992) 6. Ehrhardt, D. W., Wais, R., Long, S. : 「Calcium spiking in plant root hair responding to Rhizobium nodulation signals.」 Cell, 85, 673-681, (1996) 7. Felle, H. H., Kondorosi, E., Kondorosi, A., Schultze, M. : 「Nod signal-induced plasma membrane potential changes in alfalfa root hairs are differentially sensitive to structural modification of the lipo-chitooligosaccharide.」 Plant J. 7, 939-947, (1995) 8. Felle, H. H., Kondorosi, E., Kondorosi, A., Schultze, M. : 「Rapid alkalinization in alfalfa root hairs in response to rhizobial lipochitooligosaccharide signals.」, Plant J. 10, 295-301, (1996) 9. Heidstra, R., Geurts, R., Franssen, H., Spaink, H.P., van Kammen, A. and Bisseling, T. : 「Root hair deformation activity of nodulation factors and their fate on Vicia sativa.」, Plant Physiol. 105, 787-797, (1994) 10. Krause, A., Lan, Vo T.T. and Broughton, W.J. : 「Induction of chalcone synthase expression by rhizobia and Nod factors in root hairs and roots.」, Mol. Plant-Microbe Intaract. 10, 388-393, (1997) 11. Kurkdjian, A. C. : 「Role of the differentiation of root epidermal cells in Nod factor (from Rhizobium meliloti)-induced root-hair depolarization of Medicago sativa.」, Plant Physiol. 107, 783-790, (1995) 12. Minami, E., Kouchi, H., Cohn, J.R., Ogawa, T. and Stacey, G. : 「Expression of the early nodulin, ENOD40, in soybean roots in response to various lipo-chitin signal molecules.」, Plant J. 10, 23-32, (1996) 13. Peters, N.K., Frost, J.W. and Long, S.R. : 「A Plant Flavone, Luteolin, Induces Expression of Rhizobium meliloti Nodulation genes.」, Science 233, 977-980, (1986) 14. Redmond, J.W., Batley, M., Djorjevic, M.A., Innes, R.W., Kuempel, P.L. and Rolfe, B.G. : 「Flavones induce expression of nodulation genes in Rhizobium.」, Nature 323, 632-635, (1986) 15. Pingret ,J.L., Journet, E.P., Barke,r D.G. : 「Rhizobium nod factor signaling. Evidence for a g protein-mediated transduction mechanism.」, Plant Cell 10, 659-672, (1998) 16. Spaink, H. P., Lugtenberg, B. J. : 「Role of rhizobial lipo-chitin oligosaccharide signal molecules in root nodule organogenesis.」, Plant Mol Biol. 26, 1413-1422, (1994) 17. Stokkermans, T.J.W. and Peters, N.K. : 「Bradyrhizobium elkanii lipo-oligosaccharide signals induce complete nodule structures on Glycine soja Seibold et Zucc.」, Planta 193, 413-420, (1994) 18. Truchet, G., Roche, P., Lerouge, P., Vasse, J., Camut, S., de Billy, F., Prome, J.C. and Denarie, J. : 「Sulphated lipo-oligosaccharide signals of Rhizobium meliloti elicit root nodule organogenesis in alfalfa.」, Nature 351, 670-673, (1991) 19. Vijin, I., Martinez-Abarca, F., Yang, W.C., des Neves, L., van Brussel, A., van Kammen, A.V. and Bisseling, T. : 「Early nodulin gene expression during Nod factor-induced processes in Vicia sativa.」 Plant J. 8, 111-119, (1995) 82 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. Hakoyama T., Yokoyama T., Kouchi H., Arima Y : 「Transcriptional response of soybean suspension cultured cells induced by Nod factors obtained from Bradyrhizobium japonicum USDA110.」 Plant cell Physiology, Vol. 43, 1314-1322, (2002) 2. Iizuka M., Arima Y., Yokoyama T., Watanabe K. :「Positive correlation between the Number of root nodule primordial and seed sugar secretion in soybean(Glycine max L.) seedlings inoculated with a low density of Bradyrhizobium japonicum.」, 3. Soil Sci. Plant Nutr., Vol. 48, 219-225, (2002) Tejima K., Arima Y., Yokoyama T., Sekimoto H. :「The distinctiveness of the peribacteroid space of soybean root nodules in its composition of low molecular weight compounds, and its changes with plant growth.」 Soil Sci. Plant Nutr., Vol. 49, 239-247, (2003) 国外誌 1. T. Yokoyama, N. Kobayashi, H. Kouchi, K. Minamisawa, H. Kaku : 「A lipo-chitooligosaccharide, Nod factor, induces transient calcium influx in soybean suspension-cultured cells.」, Plant J. , Vol.22, 71-78,(2000) 口頭発表 招待講演 1. 横山 正:「根粒菌 Nod factor がダイズ細胞に誘起する初期シグナル応答機構」,人材開発センター富士研究 所, 日本植物生理学会 平成13年度植物感染生理談話会, 2001.7.23 2. 横山 正: 「ダイズ根粒菌 NodD タンパクのフラボノイド応答性」 共生・病原微生物の分子遺伝学, かずさアカ デミアホール, かずさ DNA 研究所, 2001.10.30 3. 横山 正・箱山雅生・渋谷陽子・柴田ゆり・有馬泰紘:「根粒菌 Nod factor がダイズ細胞に誘起する初期シグナ ル応答機構-共生シグナルにおけるカルシウムの役割」, 植物病理学会編「生物間の相互認識とシグナル伝 達」ISSN1345-8086, 植物感染生理談話会論文集(Vol.37), 25-34, 83 (2001) 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.2. 共生および病原微生物のシグナル分子と宿主特異性の決定機構 2.2.2. 生合成を介した病原糸状菌の宿主決定機構 名古屋大学大学院生命農学研究科バイオダイナミクス講座 柘植 尚志 ■要 約 Alternaria alternata には、宿主特異的毒素を生産する 7 種の病原性系統が存在する。本研究では、デカトリエン酸エス テル毒素を生産するナシ菌(AK 毒素生産菌)、イチゴ菌(AF 毒素生産菌)およびタンゼリン菌(ACT 毒素生産菌)から毒素生 合成遺伝子クラスターを単離し、それらの構造と機能を比較解析した。これまでに、3 病原菌に共通なデカトリエン酸生合 成遺伝子群と、ナシ菌とイチゴ菌にそれぞれ特異的な遺伝子を同定した。また、イチゴ菌の毒素生合成遺伝子クラスター が、生存には必要でない“余分な染色体(CD 染色体)”にコードされていることを見いだした。 ■目 的 植物-病原菌相互作用における特異性のシグナル物質として、ある種の糸状菌が宿主特異的毒素(宿主植物にのみ毒 性を示す病原菌の 2 次代謝産物)を生産することが知られている[1-3]。宿主特異的毒素は、人工培養時や感染植物体内 だけでなく、菌の胞子発芽時すなわち植物組織への侵入前にも生産され、その作用によって宿主の抵抗反応を抑制する ことが明らかにされている[1-3]。したがって、宿主特異的毒素は単に特異的な“病徴発現因子”ではなく、植物の生体防御 機構を抑制し、菌の感染を成立させる“病原性決定因子”として位置づけられている[1-3]。 現在までに、Alternaria 属、Cochliobolus 属など 19 種の糸状菌から HST 生産菌が報告されており、そのうち 7 例が A. alternata 病原菌である(表-1)[1-3]。7 例の A. alternata 毒素のうち、6 例については化学構造が決定されており、どれも 10-9~10-8 M の低濃度で宿主植物に毒性を示すことが明らかにされている[1,3]。これら病原菌は、発生当初それぞれ固有 の種として同定された。その後、各病原菌の胞子形態が A. alternata と一致することが観察され、これら病原菌を A. alternata の病原性変異系統(病原型)として位置づけることが提案された[1,3]。なお、分子系統学的解析からも、病原型説 の正当性が確認されている[4-6]。A. alternata は、自然界に広く分布する本来腐生的な糸状菌である[7]。したがって、7 種 の病原型は、腐生的 A. alternata がそれぞれ固有の毒素生産能を獲得することによって病原菌化したものと考えられ、植 物病害発生の根本現象である “腐生菌からの病原菌誕生”、“寄生性の種内分化”、“植物-微生物間相互作用の特異 性”などを研究するための好適なモデルを提供している。 表-1 宿主特異的毒素を生産する Alternaria alternata 病原菌 病原型 病 名 毒 素 宿主植物 Japanese pear ナシ黒斑病 AK 毒素 ニホンナシ(二十世紀) strawberry イチゴ黒斑病 AF 毒素 イチゴ(盛岡 16 号) tangerine タンゼリン brown spot ACT 毒素 タンゼリン、グレープフルーツなど apple リンゴ斑点落葉病 AM 毒素 リンゴ(インド、デリシャス系統) tomato トマトアルターナリア茎枯病 AAL 毒素 トマト(ファースト、Earlypak 7) rough lemon ラフレモン brown spot ACR 毒素 ラフレモン tobacco タバコ赤星病 AT 毒素 Nicotiana 属植物 84 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 AK毒素 (ナシ黒斑病菌) AF毒素 (イチゴ黒斑病菌) ACT毒素 (タンゼリンbrown spot菌) O N OH O HO OH O O R R OR O O COOH O O O AAL毒素 (トマトアルタ-ナリア茎枯病菌) O OR1 OH OH NH2 HN O (CH2)3 R O I : R=OCH3 II : R=H III : R= OH HN NH O O OR2 COOH O I : R=OH II : R=H I : R=COCH(OH)C(CH3)2OH II : R=H AM毒素 (リンゴ斑点落葉病菌) O O COOH I : R=CH3 II : R=H N ACR毒素 (ラフレモンbrown spot菌) O R3 R3 R1 R2 OCCH2CH(CO2)CH2CO2H 1 OH H TA 2 OH OCCH2CH(CO2)CH2CO2H H OCCH2CH(CO2)CH2CO2H TB 1 H H H 2 H OCCH2CH(CO2)CH2CO2H OH OH OH O OH 図-1 Alternaria alternata病原菌の宿主特異的毒素. AK毒素、AF毒素およびACT毒素に共通な部分構造(エポキシデカトリエン酸)を網掛けで示す. 本研究では、A. alternata 病原菌のうちナシ黒斑病菌、イチゴ黒斑病菌およびタンゼリン brown spot 菌をモデルとして、 これら病原菌の宿主特異性を決定する毒素生合成の遺伝子機構の解明を目指した。これら 3 病原菌の宿主範囲は異なる が、それらが生産する AK 毒素、AF 毒素および ACT 毒素には 9,10-epoxy-8-hydroxy-9-methyl-decatrienoic acid(エポ キシデカトリエン酸)が共通な部分構造として存在する(図-1)[8-10]。したがって、3 病原菌に共通な毒素生合成遺伝子群 とそれぞれに特異的な遺伝子群を同定することによって、腐生菌の病原菌化、寄生性の種内分化、宿主決定機構など病 害発生の根本現象を遺伝子レベルで解明できるものと考えた。 ■ 研究方法 筆者らは先に、形質転換ベクターによる遺伝子タギング法を用いて、ナシ黒斑病菌 15A 株から AK 毒素生合成遺伝子を 単離・同定した[11]。さらに、その近傍領域(約 15 kb)の構造と機能の解析によって、4 つの毒素生合成遺伝子(AKT 遺伝 子群と命名)を同定し、毒素生合成遺伝子群がクラスターを形成していることを明らかにした。また、AKT 遺伝子の 7 つの A. alternata 病原型と非病原性菌株における分布を DNA ゲルブロット解析によって調査し、これら遺伝子がナシ黒斑病菌 だけでなく、イチゴ黒斑病菌とタンゼリン brown spot 菌にも存在することを見いだした[11]。先にも述べたように、3 病原菌が 生産する AK 毒素、AF 毒素および ACT 毒素には、エポキシデカトリエン酸が共通な部分構造として存在する(図-1)[8-10]。 したがって、3 病原菌に共通な遺伝子はこの部分構造の生合成に関与すると推定している。これら成果に基づき、本研究 では以下の方法によって 3 病原菌の毒素生合成遺伝子クラスターの同定を目指した。 ① すでに単離しているナシ黒斑病菌の AK 毒素生合成遺伝子クラスターの上流・下流領域の塩基配列を決定し、新たな 読み枠(ORF)を検索した。さらに、推定 ORF の発現解析と遺伝子ターゲッティングによって、それぞれの毒素生合成にお ける機能を明らかにし、遺伝子クラスターの全貌解明を目指した。 ② イチゴ黒斑病菌とタンゼリン brown spot 菌の染色体 DNA コスミドライブラリーから、AKT 遺伝子の相同配列を含むクロ ーンを選抜した。それらの塩基配列を決定し、AKT 相同遺伝子を同定した。さらに、遺伝子ターゲッティングによって、各病 原菌の毒素生合成における相同遺伝子の機能を明らかにした。 ③ DNA ゲルブロット解析、遺伝子ターゲッティングなどによって、各病原菌に特異的な毒素生合成遺伝子を検索した。 ④ パルスフィールドゲル電気泳動法を用いて、毒素生合成遺伝子群の染色体分布を明らかにした。 85 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 研究成果 1.ナシ黒斑病菌の AK 毒素生合成遺伝子クラスターの同定 ナシ黒斑病菌 15A 株から AK 毒素生合成遺伝子クラスターを含む 3 つのコスミドローンを同定し、それらの塩基配列(合 計で約 108 kb)を決定した (図-2)。塩基配列に基づき ORF を推定するとともに、RT-PCR による推定 ORF の発現解析、 遺伝子ターゲッティングによる機能解析などによって 16 個の AKT 遺伝子を同定した(図-2 および図-3)。 7 種の A. alternata 病原菌におけるこれら遺伝子の分布を DNA ゲルブロット解析によって調査した。その結果、14 遺伝 子がイチゴ菌とタンゼリン菌にも存在することを見いだし、デカトリエン酸生合成に関与することを示唆した。なお、これらの うち 12 遺伝子は生合成酵素を、2 遺伝子(AKTR-1 および AKTR-2)は糸状菌に特徴的な Zn(II)2Cys6 タイプの転写制御 因子[12]をそれぞれコードしている。また、ナシ黒斑病菌にのみ分布する AKTS1 遺伝子、ナシ黒斑病菌とイチゴ黒斑病菌 に分布する AKTS2 遺伝子を見いだした。さらに、イチゴ黒斑病菌に分布する AKTS2 相同配列が偽遺伝子であることを確 認し、AKTS1 と AKTS2 が AK 毒素生合成に特異的な遺伝子であることを明らかにした。 宿主特異的毒素は、菌の胞子発芽時、すなわち植物への侵入前に生産・放出される。この放出毒素が宿主の抵抗反応 を抑制し、菌の感染を可能にすると考えられている。そこで、β-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子をレポーターとして、毒素 生合成遺伝子が胞子発芽直後から、付着器形成、侵入菌糸形成時を通して高発現することを確認した。 AKT遺伝子クラスター(ナシ黒斑病菌) 2.0 kb AFT遺伝子クラスター(イチゴ黒斑病菌) ACTT遺伝子クラスター(タンゼリンbrown spot菌) 3病原菌 ナシ菌 未同定読み枠 ナシ菌とイチゴ菌 イチゴ菌 トランスポゾン様配列 図-2 3病原菌の毒素生合成遺伝子クラスター. ×印は偽遺伝子を示す. 培養液 W 胞子 M W M 図-3 ナシ黒斑病菌のAKT3遺伝子変異株のAK毒素生産性と病原性. W, 野生株15A; M, AKT3ターゲッティング株. 86 A. alternata 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2.AKT 遺伝子産物の細胞内局在性 イチゴ黒斑病菌とタンゼリン brown spot 菌にも相同遺伝子が存在する AKT 遺伝子群のうち 6 遺伝子は、N 末端にペル オキシソーム局在シグナル(peroxisomal targeting signal type 1、PTS1)[13,14]を含む酵素タンパク質をコードする。そこで、 これら遺伝子の ORF 上流に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子を連結した GFP-AKT 融合遺伝子を作製し、ナシ黒斑病菌 15A 株に導入した。導入株における GFP 蛍光の細胞内局在性を蛍光顕微鏡で観察したところ、GFP-Akt 融合タンパク質 がペルオキシソームに局在することが明らかとなった(図-4)。さらに、15A 株からペルオキシソーム形成に関与する AaPEX6 遺伝子[15]を単離し、遺伝子ターゲッティングによってその変異株を作出した。その結果、AaPEX6 変異株は、毒 素生産性と病原性を完全に失うことが明らかとなった。以上の結果は、エポキシデカトリエン酸生合成の少なくとも一部のス テップがペルオキシソームに局在することを示した。 グルコース リノール酸 オレイン酸 図-4 グルコース、リノール酸、オレイン酸培地で培養した菌糸におけるGFP-Akt1融合タンパク質の細胞内局在性. 脂肪酸培地で培養した場合、ペルオキシソーム数が増加する. 2.タンゼリン brown spot 菌の ACT 毒素生合成遺伝子クラスターの同定 タンゼリン brown spot 菌 SH20 株のゲノム DNA コスミドライブラリーから AKT 相同遺伝子を含むクローンを選抜し、1 クロ ーン(約 34 kb)の塩基配列を決定した。その結果、AKT 遺伝子群と塩基配列が 90%程度一致する 5 個の ORF を見いだ した(図-2)。これら ORF の発現を RT-PCR によって確認し、ACTT 遺伝子群と命名した。 これら遺伝子のうち、ACTTR は AKTR-1 の相同遺伝子であり、Zn(II)2Cys6 ファミリーの転写制御因子[12]をコードする。 ACTTR ターゲッティング株では、他の ACTT 遺伝子の発現が抑制され、毒素生産性と病原性を失うことを明らかにした。さ らに、この変異株に AKTR-1 を導入することによって、ACTT 遺伝子の発現、ACT 毒素生産性、病原性がすべて回復する ことを確認した。以上の結果は、ACTTR と AKTR-1 が毒素生合成遺伝子群の“正の転写制御因子”として共通な機能を持 つことを示した。 3.イチゴ黒斑病菌の AF 毒素生合成遺伝子クラスターの同定 イチゴ黒斑病菌 NAF8 株のゲノム DNA コスミドライブラリーから AKT 相同遺伝子を含むクローンを選抜し、4 クローン(合 計で約 150 kb)の塩基配列を決定した。その結果、29 個の推定 ORF が見いだされ、これらのうち 12 個は AKT 相同遺伝 子(AFT 遺伝子群と命名)であった。残り 17 個は、ナシ黒斑病菌では見いだされていない新規な ORF であった。 17 個の新規 ORF のうち 6 個について、RT-PCR によって発現を確認するとともに、A. alternata 病原菌における分布を 調査した。その結果、5 個はイチゴ黒斑病菌、ナシ黒斑病菌、タンゼリン brown spot 菌に分布する共通遺伝子であり、これ らのうち 1 個は毒素の細胞外への分泌に関与するトランスポーターをコードすると推定された。残り 1 個はイチゴ黒斑病菌 に特異的な遺伝子であり、AFTS1 と命名した。 87 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 先に、イチゴ黒斑病菌がナシ黒斑病菌感受性のナシ品種にも強病原性であることが明らかにされている[16]。本菌は、 構造類似の AF 毒素 I および II を生産し(図-1)、毒素 I はイチゴだけでなくナシにも毒性を示し、II はナシのみに毒性を示 す[9,16]。このような毒素活性によって、イチゴ黒斑病菌はナシにも病原性を示す。イチゴ黒斑病菌に特異的な AFTS1 をタ ーゲッティングしたところ、ナシに対する病原性は保持しているが、イチゴに対する病原性を完全に失った変異株が得られ た。変異株は、イチゴに毒性を示す毒素 I の生産能を失い、ナシに毒性を示す毒素 II のみを生産することを見いだした。 以上の結果は、AFTS1 が本菌のイチゴに対する病原性に不可欠であることを示した。 表-2 AFTS1 変異株の病原性と AF 毒素生産性 病原性 a) 菌株 AF 毒素生産 b) イチゴ(盛岡 16 号) ナシ(二十世紀) AF 毒素 I AF 毒素 II 野生株 NAF8 + + + + AFTS1 変異株 GDS1-1 - + nd + AFTS1 変異株 GDS1-2 - + nd + a) +, 病原性; -, 非病原性. b) nd, not detected. 4.毒素生合成遺伝子クラスターの染色体分布 一般に糸状菌のゲノムは 1 倍体であり、そのサイズは 30~60 Mb、各染色体のサイズは 10 Mb 以下であるため、パルス フィールドゲル電気泳動(PFGE)によって全染色体を分画することができる[17]。鳥取大学のグループによって、7 種の病 原型と非病原性系統のそれぞれ複数菌株について、PFGE による染色体パターンが調査された[18]。その結果、各菌株は 0.4~5.7 Mb の範囲に 10 本前後の染色体を持ち、ゲノムサイズは約 30 Mb であることが明らかにされた[18]。また、興味深 い特徴として、宿主特異的毒素を生産する病原菌にのみ 1.8 Mb 以下の小型染色体が存在し、非病原性菌株には存在し ないことが見いだされた[18]。 A プローブ AFT1 AFT2 (kb) 5700 4600 プローブ B AFT3 AFT1 AFT2 AFT3 (kb) 2200 1600 3500 1125 2200 1020 945 1600 825 1125 750 1050 610 図-5 イチゴ黒斑病におけるAFT遺伝子群の染色体分布. A,1~6 Mb染色体の分画条件; B,<2 Mb以下の分画条件. イチゴ黒斑病菌の AFT 遺伝子群の染色体分布を調べるために、NAF8 株の染色体を PFGE によって分画し、AFT 遺伝 子群をプローブとしてハイブリダイゼーションを行った。その結果、NAF8 株は 1.0~5.7 Mb の少なくとも 10 本の染色体を 持ち、AFT 遺伝子群はすべて約 1.05 Mb の小型染色体にコードされていることが明らかとなった。図-5 には、AFT1、AFT2 および AFT3 プローブによる解析結果を示す。さらに、日本各地から収集した 5 菌株について同様な解析を行ったところ、 どの菌株からも AFT 遺伝子群をコードする 1.05 Mb 染色体が検出された。 88 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 NAF8 株における AFT 遺伝子のターゲッティング実験によって、1.05 Mb 染色体を欠落した 3 株の変異株が得られた。 これら染色体欠落株は毒素生産性と病原性を完全に失うが、培地上での生育、胞子形成などは正常であることを観察した (図-6)。この結果は、毒素生合成遺伝子クラスターが、生存には必要でない余分な染色体、いわゆる CD (Conditionally Dispensable)染色体[19,20]にコードされていることを示した。 さらに、ナシ黒斑病菌とタンゼンリン brown spot 菌について、AKT 遺伝子群と ACTT 遺伝子群の染色体分布をそれぞれ 調査した。その結果、ほとんどの菌株で、毒素生合成遺伝子群は 1.8 Mb 以下(菌株によって異なる)の小型染色体に分布 することが明らかとなった。したがって、イチゴ黒斑病菌だけでなく、ナシ黒斑病菌とタンゼリン brown spot 病菌についても、 毒素生合成遺伝子群は小型の CD 染色体にコードされていることが示唆された。 A W 1 2 3 W 1 2 B 3 (kb) 培養液 胞子 W 1 W 1 450 3 2 3 2 225 W 1 W 1 図-6 イチゴ黒斑病菌の1.05 Mb染色体欠損株. W, 野生株NAF8; 1-3, 1.05 Mb染色体欠損株. A,パルスフィールド電気泳動(左)と1.05 Mb染色体 プローブによるハイブリダイゼーション(右). B, AF毒素生産性と病原性. 3 2 3 2 1600 1125 1020 945 825 ■考 察 植物-糸状菌相互作用における宿主決定機構の解明は、植物病理学分野の中心的研究課題のひとつである。しかしな がら、宿主決定因子が物質レベルあるいは遺伝子レベルで明らかにされている病原糸状菌は未だ極めて限られている。A. alternata 病原菌の特徴は、同一種内に宿主が異なる病原性系統(病原型)が存在すること、それらの宿主決定因子として 宿主特異的毒素がすでに同定されていることである[1-3]。さらに、本研究で対象とするナシ黒斑病菌、イチゴ黒斑病菌、タ ンゼリン brown spot 菌の毒素には、共通な部分構造としてエポキシデカトリエン酸が存在する[8-10]。したがって、これら 3 病原菌は、病原糸状菌の宿主特異性の決定機構を分子レベルから研究するための有効なモデルを提供している。 本研究では、3 病原菌の毒素生合成遺伝子クラスターを単離するとともに、エポキシデカトリエン酸生合成に関与する 3 病原菌に共通な毒素生合成遺伝子群とそれぞれに特異的な遺伝子を同定した。3 病原菌の遺伝子クラスターの構造を比 較解析したところ、相同遺伝子の配列は非常に保存されているが、クラスターにおけるそれらの分布様式、すなわちクラス ターの全体構造は異なることが明らかとなった。 タンゼリン brown spot 菌は、南北アメリカ、オーストラリア、南アフリカ、中近東諸国で発生している[10,21]。我が国のイヨ カンも感受性品種であるが、国内での本病の発生はこれまで確認されていない[10]。日本固有の作物品種に感染するナ シ黒斑病菌、イチゴ黒斑病菌と、我が国で未発生のタンゼリン brown spot 菌が構造類似の毒素を生産し、共通な毒素生合 成遺伝子を保有するという事実は、糸状菌の寄生性進化を研究する上で興味深い特徴である。上述したように、3 病原菌 の毒素生合成遺伝子クラスターには相同遺伝子が存在するが、その分布様式は異なる。また、それぞれのクラスターには、 89 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 各病原菌に特異的な遺伝子も存在する。以上の結果は、病原菌の特異性とその種内分化の遺伝子機構に関する全く新し い知見を提供している。今後、毒素生合成遺伝子クラスターの全貌解明によって、植物-微生物間相互作用の特異性研究 に革新的なモデルを提供できるものと考える。 本研究では、エポキシデカトリエン酸生合成酵素の少なくとも一部が、ペルオキシソームに局在することを GFP 融合遺伝 子を用いて明らかにした。さらに、ペルオキシソーム形成に関与する AaPEX6 遺伝子の変異株を用いて、ナシ黒斑病菌の AK 毒素生合成にペルオキシソームが不可欠であることを確認した。ペルオキシソームの最も重要な機能は、脂肪酸のリサ イクルである[14,15]。そのペルオキシソームが宿主決定因子の生合成に関与することは、糸状菌の寄生性進化を考える上 でも重要な特徴と考える。 イチゴ黒斑病菌の AF 毒素生合成遺伝子クラスターが小型(1.05 Mb)の CD 染色体にコードされていることを見いだした。 また、ナシ黒斑病菌とタンゼリン brown spot 菌の毒素生合成遺伝子群も、ほとんどの菌株で 1.8 Mb 以下の小型染色体に コードされていることを確認した。最近、鳥取大学のグループは、リンゴ斑点落葉病菌の AM 毒素生合成遺伝子群とトマトア ルターナリア茎枯病菌の AAL 毒素生合成遺伝子群が小型染色体にコードされていることを見いだすとともに、これら染色 体が CD 染色体であることを実証した[18,22,23]。以上の結果は、A. alternata 病原菌の毒素生合成遺伝子群がどれも CD 染色体にコードされていることを強く示唆している。“余分な染色体”が A. alternata 病原菌の特異的な植物寄生性を決定 するという事実は、予想もしなかった発見であった。 いくつかの糸状菌から、交配などによって欠落する、生存には不可欠でない染色体が見出され、dispensable あるいは supernumerary 染色体と呼ばれている[18]。このような染色体は、植物、昆虫、動物から見出されている“B 染色体”と同様に、 生物集団の一部個体だけに存在する“余分な染色体”であり、核分裂時の異常によって正常染色体が断片化した可能性 も考えられる[24]。しかしながら、イチゴ黒斑病菌の 1.05 Mb 染色体から作成したプローブは、他の染色体とはハイブリダイ ズせず、これらが主要染色体の断片化したものではないことを確認した。 CD 染色体の存在が最初に報告されたのは、エンドウ根腐病菌( Nectria haematococca )である[19,20]。米国の H. VanEtten 博士のグループは、エンドウ根腐病菌から交配によって高頻度で欠落する 1.6 Mb の小型染色体を見出した [19,20]。この染色体の欠落株は培地上での生育は正常であるが、エンドウに対する病原性を失うこと、この染色体にはエ ンドウのファイトアレキシン(ピサチン)を無毒化する酵素遺伝子がコードされていることを明らかにした[19,20]。そこで、生 存には必ずしも必要でないが、植物寄生など特定の自然条件下でのみ不可欠なこのような染色体を、Conditionally Dispensable(CD)染色体と命名した[19,20]。これまでに CD 染色体の存在が確認された生物は、N. haematococca と A. alternata の2種の糸状菌のみであり、ユニークな遺伝因子である。エンドウ根腐病菌の CD 染色体には、ピサチン無毒化酵 素遺伝子だけでなく複数の病原性関連遺伝子が分布すると推定されている[25,26]。A. alternata の CD 染色体も同様に、 他の病原性関連遺伝子群もコードする“病原性染色体”であることも予想される。 鳥取大学のグループは、1.8 Mb 以下の小型染色体が非病原性菌株には存在しないという以前の解析結果から、「A. alternata 病原菌の病原性進化には、毒素生合成遺伝子群をコードする CD 染色体の水平移動が関与した」という魅力的 な仮説を提案している。なお、Colletorichum gloeosporioides では、小型染色体が菌株間で水平移動することが実験的に 証明されている[27]。また、リンゴ斑点落葉病菌とトマトアルターナリア茎枯病菌のプロトプラスト融合によって、両菌の毒素 生合成遺伝子をコードする CD 染色体を併せ持つ菌株が作出された[28]。このプロトプラスト融合株は、AM 毒素と AAL 毒 素の両毒素を生産し、リンゴとトマトの両方に病原性を示すことが確認されている[28]。筆者らは現在、イチゴ黒斑病菌の CD 染色体の実体解明を目指し、CD 染色体の EST(expressed sequence tag)解析と全構造の解析を進めている。 毒素生合成遺伝子クラスターからは、毒素分泌ポンプをコードすると推定されるトランスポーター遺伝子も見いだされた。 本遺伝子は、毒素耐性(病害抵抗性)植物作出のための遺伝子素材として、応用展開の可能性を秘めている。今後、トラ ンスポーター遺伝子の毒素分泌ポンプとしての機能を同定するとともに、毒素感受性植物への導入による毒素耐性植物作 出の可能性について検討する計画である。 90 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 引用文献 1. 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Kaneko, I., Tanaka, A., and Tsuge, T.: REAL: an LTR retrotransposon of the plant pathogenic fungus Alternaria alternata. Mol. Gen. Genet. 263 (4), 625-634 (2000) 3. Tanaka, A., and Tsuge, T.: Structural and functional complexity of the genomic region controlling AK-toxin biosynthesis and pathogenicity in the Japanese pear pathotype of Alternaria alternata, Mol. Plant-Microbe Interact. 13 (9), 975-986 (2000) 4. Hatta, R., Ito, K., Hosaki, Y., Tanaka, T., Tanaka, A., Yamamoto, M., Akimitsu, K., and Tsuge, T.: A conditionally dispensable chromosome controls host-specific pathogenicity in the fungal plant pathogen Alternaria alternata, Genetics 161 (1), 59-70 (2002) 92 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. 柘植尚志, 田中愛子, 八田理恵子, 伊藤 芳, 西川理英子, 今崎亜依, 保崎佳嗣, 山本幹博, 増中 章, 秋光和也: Alternaria alternata 病原菌群の宿主特異的毒素生合成の分子機構, 植物と微生物相互作用の夜 明け (奥野哲郎, 曳地康史編), 日本植物病理学会, 東京, pp. 16-25 (2000) 2. Tsuge, T., Hatta, R., Ito, K., Hosaki, Y., Tanaka, A., Nishikawa, R., Imazaki, A., Masunaka, A., Akimitsu, K., and Yamamoto, M.: The gene clusters required for host-specific toxin biosynthesis and pathogenicity in Alternaria alternata, Proceedings of the 7th International Symposium of Mycological Society of Japan “Fungus-Plant Interactions: From Parasitism to Symbiosis“, Tsukuba, pp. 15-18 (2000) 3. 柘植尚志, 児玉基一朗, 秋光和也, 山本幹博: 植物病原菌の宿主特異的毒素生合成の分子機構-毒素生 合成遺伝子群をコードする CD 染色体, 化学と生物 40 (10), 654-659 (2002) 国外誌 1. Tsuge, T., Tanaka, A., Nishikawa, R., Hatta, R., Ito, K., Masunaka, A., Hosaki, Y., Akimitsu, K., and Yamamoto, M.: Molecular genetics of host-specific toxin biosynthesis in Alternaria alternata, In: Delivery and Perception of Pathogen Signals in Plants (Keen, N. et al., eds.), The American Phytopathological Society Press, St. Paul, MN, pp. 87-96 (2001) 2. Tanaka, A., Nishikawa, R., and Tsuge, T.: Identification of AKT3-2 and AKTR-2 genes required for AK-toxin biosynthesis in the Japanese pear pathotype of Alternaria alternata, In: Plant Diseases and Their Control (Zeng, S., Zhou, G., and Li, H., eds.), China Agricultural Scientech Press, Beijing, China, pp. 154-158 (2001) 口頭発表 招待講演 1. 柘植尚志, 田中愛子, 八田理恵子, 伊藤 芳, 西川理英子, 今崎亜依, 保崎佳嗣, 山本幹博, 増中 章, 秋光和也: Alternaria alternata 病原菌群の宿主特異的毒素生合成の分子機構, 高知, 日本植物病理学会感 染生理談話会「植物と微生物相互作用の夜明け」, 2000. 8. 21 2. Tsuge, T., Tanaka, A., Hatta, R., Ito, K., Nishikawa, R., Imazaki, A., Hosaki, Y., Masunaka, A., Akimitsu, K., and Yamamoto, M.: The gene cluster required for host-specific toxin biosynthesis and pathogenicity in Alternaria alternata, Tsukuba, International Symposium of the Micological Society of Japan "Fungus-Plant Interactions: From Parasitism to Symbiosis”, 2000. 11. 30 3. 柘植尚志, 八田理恵子, 伊藤 芳, 田中欣孝, 保崎佳嗣, 高野浩之, 田中愛子, 西川理英子, 今崎亜依, 高岡信也, 増中 章, 大月涼子, 秋光和也, 山本幹博: 植物病原糸状菌の宿主特異的毒素生合成に関与 する遺伝子クラスター, 千葉, かずさ DNA 研究所シンポジウム「共生・病原微生物の分子遺伝学」, 2001. 10. 31 4. 柘植尚志: 植物病原糸状菌の寄生性進化-宿主特異的毒素生産菌を例として-, 富士吉田, 昆虫病理研究 会, 2002. 9. 27 5. 柘植尚志: Alternaria alternata の病原性遺伝子に関する研究, 日本植物病理学会大会, 2003. 3. 28 受賞等 1. 柘植尚志: 日本植物病理学会賞「Alternaria alternata の病原性遺伝子に関する研究」, 2003. 3. 28 93 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.3. 宿主植物における感染シグナル伝達と遺伝子発現調節系 2.3.1. 病原菌シグナル物質による宿主受容化の分子機構 岡山大学農学部総合農業科学科生物機能開発学講座(植物感染制御学) 豊田 和弘 ■要 約 エンドウ褐紋病菌(Mycosphaerella pinodes)は宿主の防御反応を誘導する物質(エリシター)とその作用を阻害(遅延)す る物質(サプレッサー)の双方を生産する。これら病原菌シグナルの宿主における作用点を解析した結果、宿主植物の細 胞壁に存在するアピラーゼが病原菌に対する初期認識や応答に深く関与していることが明らかとなった。すなわち、エリシ ターはアピラーゼを活性化するが、サプレッサーはその活性を特異的に抑制する。これら病原菌シグナルのアピラーゼに 対する作用は組織における防御応答に対する作用と一致し、宿主特異性を反映した初期応答の1つと考えられた。また、 アピラーゼと同調して働くシグナル伝達・応答分子を探索した結果、その1つが細胞壁での活性酸素生成に関与する酸 化・還元酵素(ペルオキシダーゼ、ジアミンオキシダーゼなど)であることを生理・生化学的に示した。一方、下流への情報 伝達系の解析から、細胞壁-原形質膜間の相互作用(接着)が防御応答の発現に必須であることも明らかとなった。以上の 結果から、細胞壁を起点とする新たな情報伝達系と防御応答発現経路の存在が示唆された。 ■目 的 世界の食糧生産の病害虫による損失は約 15%(約5億人分の食糧に相当)とされている。病原菌による病気を例にとれ ば、その 80% 以上は糸状菌(カビ)によるものであり、それらの中には重要病害が多く含まれる。しかし、自然界には 8,000 種以上の病原糸状菌が存在するが、1つの植物種(品種)に感染して甚大な被害を起こす病原菌の数は限られている。言 い換えるならば、植物は大多数の病原菌に対して抵抗性(免疫性)であり、むしろ発病(罹病性)がきわめて希有な自然現 象と言える。このような寄生者-宿主間の感染特異性の分子機構の解明は生命現象の根幹にも迫りうる課題であり、幾多の 応用的価値を秘めている。 本研究室では、これまでに、エンドウと褐紋病菌(M. pinodes)の相互作用モデルとして、糸状菌による疾病と感染特異性 決定におけるサプレッサーの重要性を提唱してきた。92 年には、世界に先駆けてその化学構造を明らかにしている(図 -1)。そこで、本研究課題の目的は、病原菌と植物の接触初期過程におけるシグナル交換とそれに続く情報伝達系を解析 し、植物感染の成否の決定機構を解明することにある。本研究では、特に病原菌の生産するサプレッサーの受容機構、植 物表層に存在する病原菌シグナル受容装置とその遺伝子、さらにこのエフェクター分子や下流への情報伝達のシステムな ど、感染の成否に関わる宿主因子を生理生化学、分子生物学的に解析し、それらの改変による新たな病害抵抗性植物の 作出を目指す。 ■ 研究方法 1)宿主植物に存在する病原菌認識・応答分子の探索 暗所で生育させたエンドウの芽生え(黄化胚軸)から細胞壁ならびに原形質膜画分を調製し、それら画分に含まれる病原菌シグ ナル応答性タンパク質(酵素)や代謝系について詳細に解析した。これらのうち、一部は精製し、N 末端または内部アミノ酸配列 を決定した。なお、褐紋病菌の非宿主であるササゲからも同様に細胞壁・原形質膜画分を調整し、比較解析に用いることとした。 94 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2)cDNA ライブラリーからの遺伝子クローニング 内部アミノ酸配列、あるいは抗体との交差性から推定された細胞壁・原形質膜タンパク質をコードする遺伝子(cDNA)を エンドウの cDNA ライブラリーから単離し塩基配列を決定した。推定の ORF 領域、または機能ドメインを大腸菌で発現さ せ、得られた組み換えタンパク質を用いてさらに詳細な機能解析を行った。一部は、組み換えタンパク質を抗原としてポク ローナル抗体を作製し、組織内における局在や相互作用分子の探索に使用した。 3)アピラーゼの機能解析 エンドウの細胞壁から塩抽出したタンパク質画分からアピラーゼ活性(ATPase 活性)を担う分子の精製を行った。硫安 塩析、ATP セファロース、Mono Q によって精製し、SDS-PAGE で約 55-kDa のタンパク質が得られた。また、精製タンパ ク質のエリシターやサプレッサーに対する応答性を確認するとともに、N 末端のアミノ酸配列を解析した。他方では、大腸 菌発現システムを用いて組み換えタンパク質(PsAPY1)を作製し、病原菌シグナルに対する結合性について光親和性標識 によるバインディングアッセイや表面プラズモン解析装置(IAsys)を用いて解析した。 4)細胞壁での初期認識・防御システムの解析 無傷のエンドウ葉にエリシターが処理されてもファイトアレキシン合成系は作動しないことが分かっている。しかし、エリシ ター処理された植物の表層には病原菌に対する拒絶反応(抵抗性)が誘導されることから、ファイトアレキシン生成とは異な る別の防御応答システムの存在が強く示唆された。後述のように、病原菌シグナルに対する応答分子の1つが細胞壁アピ ラーゼとするならば、これと同調して働くシグナル伝達・応答分子や防御応答システムが存在すると考えられる。組み換えア ピラーゼタンパク質と相互作用する細胞壁タンパク質をカラム精製するとともに、アピラーゼの代謝産物に着目し、エフェク ター分子(代謝系)の探索を行った。 ■ 研究成果 1)細胞壁における病原菌認識分子 褐紋病菌の生産するサプレッサーによる防御応答の抑制には厳密な特異性が認められる(図-1)。宿主・非宿主植物を 用いて、その作用点(ターゲット分子)が調べられた結果、その1つは宿主細胞の ATPase 活性であることが判明した。細 胞化学的 ATPase 活性を調べた結果、褐紋病菌サプレッサーは供試した5種の植物種のうちエンドウ(宿主)の活性だけ を阻害した。ところが、エンドウだけでなく、ダイズ、インゲン、ササゲから調製した原形質膜の ATPase 活性は、いずれも サプレッサーによって阻害され、in vitro では作用に特異性は見い出されなかった。これらの結果は、原形質膜よりも外側 (上流)の細胞壁に特異性を担う分子(ATPase 活性)が存在する可能性を示している。そこで、宿主・非宿主から細胞壁を 調整し、ATPase 活性の存否と病原菌シグナルに対する応答性について調べたところ、細胞壁に存在するアピラーゼ (apyrase, EC3.6.1.5)が病原菌シグナルに厳密に応答することが明らかとなった。すなわち、褐紋病菌エリシターは、ダイズ、 ササゲ、インゲン、エンドウから調製された細胞壁のアピラーゼ活性(ATPase 活性)を活性化したが、サプレッサーは宿主 であるエンドウの細胞壁の活性だけを阻害し、非宿主では逆にエリシターのように活性化した。この結果は、in vivo におけ るサプレッサーの作用(ATPase 活性の阻害、防御応答の抑制、感染誘導)の特異性と完全に一致した。そこで、硫安塩析、 ATP セファロース、Mono Q によって、エンドウの細胞壁からアピラーゼ活性を精製し、さらに、この精製タンパク質がエリ シターやサプレッサーに対する応答性を保持していることが明らかとなった。 95 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-1 エンドウ褐紋病菌の生産するサプレッサーと非病原菌に対する感染誘導効果 2)アピラーゼの細胞内における局在解析 細胞壁から精製したアピラーゼ活性を担うタンパク質の N 末端アミノ酸を解析し、本タンパク質がアピラーゼであること を確認した。得られたアミノ酸配列を基にして、エンドウ cDNA ライブラリーから2種類の cDNA を単離した。高等植物に おいて、アピラーゼ遺伝子は多コピー存在し、多重遺伝子族を形成している。エンドウ細胞壁から精製されたアピラーゼの N 末端のアミノ酸配列から、このうちの PsAPY1 が細胞壁に存在するアピラーゼをコードしていると推定された。事実、エ ンドウから単離した2種類のアピラーゼ遺伝子(PsAPY1, 2)の推定シグナルペプチドに着目し、それらを GFP との融合タ ンパク質として発現させ細胞内における局在について調べた結果、PsAPY1::GFP キメラ遺伝子を導入した細胞では、GFP による蛍光は細胞壁に相当する領域で観察されたのに対し、PsAPY2::GFP 発現細胞では主に細胞質に認められた。す なわち、PsAPY1 は細胞外で、PsAPY2 は細胞質で強く発現しているものと推定された。これらの結果は、PsAPY1 が細胞 壁に存在し、植物表層での病原菌認識に関与していることをさらに強く示唆する。 一方、大腸菌で発現させた組み換え PsAPY1 タンパク質に対する病原菌シグナルに対する作用について詳細に解析 したところ、組み換え PsAPY1 にはエリシターとサプレッサーが直接結合すること、また、この組み換えタンパク質のアピラ ーゼ活性(ATPase 活性)は精製タンパク質で認められたようにエリシターで活性化し、逆にサプレッサーで阻害された。さ らに、表面プラズモン解析装置(IAsys)を用いた解析から、サプレッサーに対する PsAPY1 の結合親和性は、エリシターよ りも約3倍高いことも示された。これらの結果は、細胞壁に存在するアピラーゼが病原菌シグナルに対する主要な認識分子 (受容体)であることを強く示唆している。 高等植物におけるアピラーゼ研究は、筆者らが知る限り、エンドウの細胞核(クロマチン)に局在する活性が光によって調 節されることを示した Matsumoto et al. (1984) および Chen & Roux (1986) の報告に遡る。それ以降、ジャガイモやエン ドウからアピラーゼは精製され、さらに、カルモデュリンやカゼインキナーゼによって調節を受けていることが示された。また、 最近では、根粒菌の生産する Nod 因子に対する結合分子として、アピラーゼが同定されている(Etzler et al., 1999)。一 方、これまで核だけに存在すると考えられていた本酵素が細胞骨格や原形質膜にも存在することが報告された(Etzler et al., 1999; Shibata et al., 1999)。現在までに、精製タンパク質の部分アミノ酸配列や EST の情報から、多数のアピラーゼ遺 伝子が単離されているが、それらの一次構造と機能(局在)は依然明確でない(図-2)。エンドウを例にとっても、核、細胞骨 格、細胞壁から精製されたアピラーゼをコードする遺伝子は、データベース上では同一の cDNA によるものと判断せざる を得ない。アピラーゼ遺伝子の機能や局在性についての明確な答えが望まれ止むないが、一次構造の比較から推定する 限り、本研究で単離した PsAPY1 は病原菌や根粒菌を含む多様な微生物との相互作用や環境応答に関与するグループ に分類される(図-2)。これらの解析結果に依拠するならば、高等植物のアピラーゼは、外界微生物の受容や拒絶を含む自 然界からの環境認識や応答にきわめて重要な役割を果たしている遺伝子といえるであろう。 96 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Gene name / Origin (Accession number) 0.1687 Function / localization (references) GS52 / Glycine soja (AF207688) Early nodulin / Plasma membrane (Day et al., 2000) 0.0062 LNP / Dolicos biflorus (AF139807) 0.2225 0.0864 Nod-factor binding lectin / Plant surface (Etzler et al., 1999) Mtapy1 / Medicago truncatula (AF288132) Early nodulin / ? (Cohn et al., 2001) 0.0859 0.0783 0.0621 PsAPY1 / Pisum sativum cv. Midoriusui (AB071369) PsNTP9 / P. sativum cv. Alaska (Z32743) ATP diphosphohydrolase / P. sativum cv. Alaska (AB022319) 0.0133 Lectin / Medicago sativa (AF156782) Pathogen signals binding / Cell wall (our laboratory) Light-signal transduction / Nuclear (Hsieh et al., 1996) ? / Cytoskeleton (Shibata et al., 1999) Nod factor binding lectin / Plant surface (Roberts et al., 1999) 0.1519 0.0308 Early nodulin / ? (Cohn et al., 2001) Mtapy4 / M. truncatula (AF288133) 0.0062 0.1174 PsAPY2 / P. sativum cv. Midoriusui (AB071370) ? / ? (our laboratory) 0.1311 Apyrase2 / P. sativum cv. Alaska (AF305783) 0.1194 0.0227 GS50 / G. soja (AF207687) 0.2711 ? / ? (Jin & Roux, 2000) ? / Golgi body (Day et al., 2000) 0.1623 Apyrase / Solanum tuberosum (U58597) 0.4830 Starch synthesis/Cytoplasm? (Handa & Guidotti, 1996) 図-2 高等植物のアピラーゼの系統解析 3)細胞壁での初期応答-活性酸素の生成植物細胞壁は外界からの病原菌との最初の相互作用の場である。細胞壁で認識された病原菌シグナルがどのように伝 達され、防御因子の生成に至るのか? アピラーゼがシグナル伝達に必須な因子である ATP を利用する酵素であること を考えれば、シグナル伝達系での重要な機能が想像できる。そこで、アピラーゼのエフェクター分子の探索を行った結果、 ペルオキシダーゼやジアミンオキシダーゼといった細胞壁に局在する酸化・還元酵素がアピラーゼ活性と同調して病原菌 シグナルに応答することが明らかとなった。これらの酵素は、エンドウの表層(細胞壁)での活性酸素生成と関連しており、 いずれによる生成活性もアピラーゼ活性と同調的に制御された。ペルオキシダーゼは、NADH、Mn2+、p-クマル酸の存在 下で O2- を生成することは古くから知られていたが、エンドウの系ではこの活性はエリシターの処理によって上昇し、逆に サプレッサーで阻害された。これらの結果は、アピラーゼがペルオキシダーゼと物理的にも接近して存在しており、双方が 相互作用しているものと現在考えている。 ジアミンオキシダーゼは、モノ・ポリアミン類を酸化し、過酸化水素を生成する酵素である。近年、マメ科を中心にこの酵 素の研究が進められ、酸化反応で生じた過酸化水素はペルオキシダーゼと協調的に働き、細胞壁の架橋反応に関与して いることが示されている。エンドウの系でも、細胞壁にきわめて強い活性が認められ、前述のペルオキシダーゼと同様に病 原菌シグナルの処理によって活性が調節されることが確認された。 4)細胞壁での初期応答-感染阻害物質の生成・蓄積前述のように、無傷のエンドウ葉にエリシターを処理してもファイトアレキシン合成系は作動しない。しかし、エリシター処理 された植物(エンドウ)の表層にはファイトアレキシンとは異なる低分子の抗菌性化合物(感染阻害物質)の生成・蓄積が誘 導される。そこで、それらの生成場所と生成経路について調べた結果、エリシター処理した分離細胞壁においても感染阻 害物質の生成が認められることを確認した。本物質は、in vivo で生成される感染阻害物質と同様に脂溶性が高く、酢酸エ チルに分配抽出された。また、この生成はタイロン、SOD、カタラーゼあるいはマンニトールの存在下では顕著に阻害され た。これらの結果から、感染阻害物質の生成はフェントン反応によって生じるものと推定される。すなわち、ペルオキシダー ゼによって生成する O2- とジアミンオキシダーゼから生じる H2O2 から OH ラジカルが生成され、これが細胞壁構成成分 を変換し感染阻害物質が生成されると考えられた(図-3)。られた。興味深いことに、分離細胞壁に存在するジアミンオキシ ダーゼはアピラーゼの生成産物である AMP に特異的に反応し活性化された。一般に、アピラーゼは ATP のみならず、 97 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 他のヌクレオシド三リン酸(NTP)や二リン酸(NDP)を分解し、基質間に厳密な特異性が認められない。ところが、宿主・非宿 主の分離細胞壁を用いて、アピラーゼ活性に対するサプレッサーの作用と基質特異性との関連が調べられた結果、ATP や ADP を基質とした場合のみ、その作用に特異性が見い出された。これらの結果を考えると、特異性決定に関与するシ グナル伝達系と防御応答の発現制御にはアピラーゼによる ATP/ADP の分解が関連しているものと推定される。 4)病原菌シグナル伝達における細胞壁-原形質膜間の相互作用 細胞壁が病原菌シグナルの最初の認識部位であるとすれば、細胞壁から細胞内応答を制御するシステムが存在するは ずである。動物細胞では、細胞外マトリックス(ECM)と称される原形質膜外部の基質に存在する分子が原形質膜上のレセプ ター分子と結合し、細胞内外の多様なシグナル伝達を行っていることが知られている。このレセプター分子はインテグリンと呼 ばれ、ECM 分子のもつ特定のアミノ酸配列(Arg-Gly-Asp; RGD)を認識して結合する。エンドウにおいても、動物起源のイン テグリン分子やそれらのリガンド分子に対するモノクローナル抗体と交差するタンパク質が原形質膜や細胞壁に存在すること、 また、Arg-Gly-Asp を含むペプチドの前処理によって、エリシターで誘導される防御応答が著しく阻害されることが明らかと なった。これらの結果は、細胞壁と原形質膜の Arg-Gly-Asp 配列を介した相互作用(接着)が遺伝子応答を伴う防御応答 にきわめて重要であることを示している。そこで、細胞壁-原形質膜間の接着と防御応答との関連についてさらに詳細に解析 したところ、原形質膜情報伝達系の鍵酵素であるホスファチジルイノシトール1リン酸キナーゼ(PIP5K)がリン酸化を介してイ ンテグリン様分子と相互作用していることが明らかとなった。現在、それらに対する抗体を作製し、細胞内における局在を再 確認するとともに、細胞壁-原形質膜の相互作用やシグナル伝達における機能についての解析を進めている。 これまでの解析から、防御関連遺伝子の活性化には原形質膜に存在するポリホスホイノシチド代謝系が関与することが すでに明らかとなっている(図-3)。すなわち、エリシターで処理したエンドウ組織には、5秒以内にホスファチィジルイノシト ール2リン酸(PIP2)の増加が起こり、これに続いて 1~2 分以内にイノシトール3リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DAG) の上昇が認められた。しかし、サプレッサーの共存下では、この応答は著しく阻害される。実際、ホスホリパーゼC阻害剤 (ネオマイシン)で処理したエンドウ葉では、防御応答の発現が抑えられ、非病原菌の感染が成立する。さらに、DAG の消 去に関わるジアシルグリセロールキナーぜ阻害剤(R59022)の処理は、エリシターで誘導される PAL 遺伝子の転写の活 性化を少なくとも 12 時間持続させ、ファイトアレキシン生成を著しく増加させた。最近、細胞壁(アポプラスト)が細胞骨格 を介して原形質膜や細胞質(シンプラスト)と機能的につながっているとする「Cell wall-plasma membrane-cytoskeleton continuum」の概念が広く受け入れられるようになった。この背景には、今まで未詳であった細胞壁の機能の発見に加え、 細胞壁-原形質膜間あるいは細胞間の相互作用・接着が細胞形態、極性の形成、シグナル伝達など多様な細胞機能を制 御しているという認識が広まってきたことがある。エンドウの系でも、アクチン繊維を介した防御関連遺伝子の制御システム の存在が示されている。これらの事実を総じるならば、細胞壁での機能障害(アピラーゼ活性の阻害など)は、原形質膜で のシグナル伝達機能に加え、宿主細胞の基本的代謝に多大な影響を与えうることは容易に想像できる。言い換えれば、 「病原菌は、宿主細胞の基本的代謝系を撹乱する物質(サプレッサー)を生産することによって感染を果たす」という考えが、 現在の筆者の立場である。 98 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-3 エンドウにおける病原菌シグナル伝達経路の概念図 5)植物疾病の分子機構の解明に向けた新たなモデル解析システムの開発 これまで、エンドウ-褐紋病菌をモデルとして、糸状菌による疾病・感染特異性におけるサプレッサーの重要性を提唱し てきた。しかし、エンドウには効率のよい形質転換法は確立されておらず、病原性や宿主特異性の遺伝的分子基盤の解明 に向けた研究を発展させていくには限界があった。したがって、これまでの実験証拠・理論を基にして先導的に研究を展開 していくには、モデル植物での解析システムの開発とその実験的証明が不可欠であると考えられた。最近、筆者らは、エン ドウ褐紋病菌がアルファルファ(Medicago sativa)やその近縁の M. truncatula に感染することを見い出した。そこで、世界 の各国から集められた約 20 種のエコタイプにおける褐紋病菌の感染性について詳細に調べたところ、すべてのエコタイ プに感染し病斑が誘導されたが、うち2種では柄子殻(胞子形成)の形成が認められた。この結果は、自然宿主ではないが、 褐紋病菌と M. truncatula との間には基本的親和性があり、その葉上で生活環を全うできることを示している。一方、M. truncatula に対する本菌の病原性についてさらに詳細に調べたところ、サプレッサーで処理した M. truncatula 葉には、 防御応答の発現が抑えられ非病原菌に対する受容性が誘導された。これらの結果は、エンドウをモデルに得られた解析結 果と一致しており、褐紋病菌の生産するサプレッサーが M. truncatula に対しても病原性因子として機能していることを示 している。したがって、M. truncatula-M. pinodes の病原性相互作用はサプレッサーが介在する糸状菌による疾病の分子 機構を解析する格好のモデルになるものと考えられた。 ■考 察 近年、シロイヌナズナを中心にモデル解析システムが開発され、糸状菌や細菌に対する抵抗性遺伝子研究は著しく進 展した。しかし、これらの多くは抵抗性に視点を置いたものであり、罹病性(受容性)の解析モデルはこれまで切望されなが らも未だ報告がない。第1期では、エンドウをモデルとして、病原性相互作用にかかわる細胞壁受容体、初期応答ならびに 細胞壁を起点とする情報伝達機構について解析してきた。これらの解析から、宿主植物の細胞壁に存在するアピラーゼが 99 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 外界からの微生物の受容と拒絶を決定する重要な宿主因子であると推定された。外界認識と応答という生物の基本的な性 質に関わる分子スイッチや情報伝達系が細胞壁を経由して行われていることは、病原菌との最初の接触(相互作用)の場 であることは考えれば何ら不思議なことではない。しかし、エンドウには効率のよい形質転換技術は確立されておらず、糸 状菌による疾病や感染特異性の遺伝的分子基盤の解明に向けた解析を進めていくには限界があった。最近、前述したよ うに、褐紋病菌がマメ化のモデル植物である Medicago truncatula に感染することを見い出した。M. truncatula は、ゲノム サイズが小さく、遺伝子地図・EST の充実、形質転換の容易さなどから近年マメ科のモデル植物として選定されている。し たがって、M. truncatula と M. pinodes を組み合わせた病原性相互作用は、サプレッサーが介在する疾病の分子機構を 解析する格好のモデルになると考えた。M. truncatula は、これまで、根粒菌や菌根菌との共生相互作用のモデルとしてよ く知られているが、病原性の解析モデルとしての例はなく最初の例となる。M. truncatula でのモデル系の開発は、病害抵 抗性植物の育種をはじめ新たな植物保護戦略の提案に貢献するだけでなく、病原性・共生といった微生物との多様な相 互作用の理解につながることが期待され、シロイヌナズナにはない価値を備えている。第2期研究では、このモデル系の解 析基盤をさらに整備・強化するとともに、これまでの解析から絞り込まれた標的遺伝子の改変により病原菌の生産する病原 性因子(サプレッサー)に対する不感受性植物(病害抵抗性植物)の作出に向けた研究を進めていく。 ■ 引用文献 1. Chen, Y.R., and Roux, S.J.: Characterization of nucleoside triphosphatase activity in isolated pea nuclei and its photoreversible regulation by light, Plant Physiol., 84: 609-613, (1986) 2. Etzler, M.E., Kalsi, G., Ewing, N.N., Roberts, N.J., Day, R.B. and Murphy, J.B.: A nod factor binding lectin with apyrase activity from legume roots. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96: 5856-5861, (1999) 3. Matusumoto, H., Yamaya, T. and Tanigawa, M.: Activation of ATPase activity in the chromatin fraction of pea nuclei by calcium and calmodulin. Plant Cell Physiol., 25: 191-195, (1984) 4. Shibata, K., Morita, Y., Abe, S., Stankovic, B. and Daivis, E.: Apyrase from pea stems: Isolation, purification, characterization and identification of a NTPase from the cytoskeleton fraction of pea stem tissues, Plant Physiol. Biochem., 37: 881-888, (1999) ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. Sugimoto, M., Toyoda, K., Ichinose, Y., Yamada, T. and Shiraishi, T.: Cytochalasin A inhibits the binding of phenylalanine ammonia-lyase-mRNA to ribosomes during induction of phytoalexin in pea seedlings, Plant Cell Physiol., 41: 234-238, (2000) 2. Sugimoto, M., Toyoda, K., Ichinose, Y., Yamada, T. and Shiraishi, T.: Cytochalasin A inhibits the binding of phenylalanine ammonia-lyase-mRNA to ribosomes during induction of phytoalexin in pea seedlings, Plant Cell Physiol., 41: 234-238, (2000) 3. Matsuo, H., Taniguchi, K., Hiramoto, T., Yamada, T., Ichinose, Y., Toyoda, K., Takeda, K. and Shiraishi, T.: Gramine increase associated with rapid and transient systemic resistance in barley seedlings induced by mechanical and biological stresses. Plant Cell Physiol. 42,1103-1111, (2001) 4. Seki, H., Nakamura, N., Marutani, M., Okabe, T., Sanematsu, S., Inagaki, Y., Toyoda, K., Shiraishi, T. and Ichinose, Y.:Molecular cloning of cDNA for a novel pea Dof protein, PsDof1, aqnd its DNA-binding activity to the promoter of PsDof1 gene. Plant Biotechnol., 19: 251-260,(2002) 5. Ishiga, Y., Funato, A., Tachiki, T., Toyoda, K., Shiraishi, T., Yamada, T. and Ichinose, Y.:Expression of the 100 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 12-oxophytodienoic acid 10,11-rductase gene in the compatible interaction between pea and fungal pathogen., Plant Cell Physiol., 43: 1210-1220, (2002) 6. Kawahara, T., Toyoda, K., Kiba, A., Miura, A., Ohgawara, T., Yamamoto, M., Inagaki, Y., Ichinose, Y. and Shiraishi, T., Cloning and characterization of pea apyrases: Involvement of PsAPY1 in response to signal molecules from the pea pathogen Mycosphaerella pinodes, J. Gen. Plant Pathol., 69: 33-38, (2003) 国外誌 1. Toyoda, K., Kawahara, T., Ichinose, Y., Yamada, T. and Shiraishi, T.: Potentiation of phytoalexin accumulation in elicitor-treated epicotyls of pea (Pisum sativum L.) by a diacylglycerol kinase inhibitor, J. Phytopathol., 148: 636-636, (2000) 2. Imura, Y., Seki, H., Toyoda, K., Ichinose, Y., Shiraishi, T. and Yamada, T.: Contrary operations of Box-I element of pea phenylalanine ammonia-lyase gene 1 promoter for organ-specific expression. Plant Physiol. Biochem. 39: 355-362, (2001) 3. Ichinose, Y., Hisayasu, Y., Sanematsu, S., Ishiga, Y., Seki, H., Toyoda, K., Shiraishi, T. and Yamada, T.: Molecular cloning and functional analysis of pea cDNA E86 encoding homologous protein to hypersensitivity related hsr203J, Plant Sci., 160: 997-1006, (2001) 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. 白石友紀・一瀬勇規・豊田和弘・木場章範・杉本 恵・笹部美知子・吉岡一顕・石賀康博・山田哲治:植物細胞 壁から細胞内部-防御応答への情報伝達,植物と微生物相互作用の夜明け(奥野哲郎・曵地康史編),日本植 物病理学会,東京,pp. 93-102,(2000) 2. 白石友紀・豊田和弘・木場章範・一瀬勇規:初期・表層シグナル伝達系と防御システム,化学と生 物,39,686-692,(2001) 3. 豊田和弘・白石友紀・一瀬勇規・山本幹博・稲垣善茂:高等植物における病害抵抗性シグナル伝達と病原菌 による制御,植物-微生物相互作用研究の現状と将来展望(尾谷 浩・児玉基一郎編),日本植物病理学会,東 京,pp. 67-76,(2002) 国外誌 1. Shiraishi, T., Toyoda, K., Yamada, T., Ichinose, Y., Kiba, K. and Sugimoto, M.: Suppressors of defense-Supprescins and plant receptor molecules, In Delivery of Pathogen Signals to Plants (N.T. Keen et al. eds.), APS Press, St. Paul Minnesota, USA, pp. 112-121, (2001) 2. Yamada, T., Ichinose, Y., Shiraishi, T., Toyoda, K., Imura, Y., Seki, H., Sriprasertsak, P. and Funato, A.: Regulation of nuclear gene expression in relation to signal molecules, In Delivery of Pathogen Signals to Plants (N.T. Keen et al. eds.), APS Press, St. Paul Minnesota, USA, pp. 164-173, (2001) 3. Toyoda, K., Kawahara, T., Ichinose, Y., Yamada, T. and Shiraishi, T.: Early signaling events required for induction of phytoalexin accumulation in pea epicotyls: Phosphoinositides and their role in signal transduction. In Plant Diseases and Their Control (S. Zenget et al., eds.), China Agric. Scientech. Press, Beijing, China, pp. 45-49, (2001) 4. Toyoda, K., Collins, N.C., Takahashi, A. and Shirasu, K.:Resistance and susceptibility of plants to fungal pathogens, Transgenic Res.,11: 567-582, (2002) 101 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 口頭発表 招待講演 1. Toyoda, K., Kawahara, T., Ichinose, Y., Yamada, T. and Shiraishi, T.: Early signaling events required for induction of phytoalexin accumulation in pea epicotyls: Phosphoinositides and their role in signal transduction, Beijing, The First Asian Conference on Plant Pathology, 2000. 8.23-28 2. 豊田和弘・一瀬勇規・山田哲治・白石友紀:植物感染を制御する新たなシグナル伝達経路-細胞壁から核へ のシグナル伝達機構-,第21回関西植物病理若手の会,金沢,2000. 10.12 3. 豊田和弘:病原菌の宿主特異性とその分子機構,北上,財団法人岩手生物工学研究センター第8回若手研 究者セミナー, 2002. 7.18-19 4. 豊田和弘・白石友紀・一瀬勇規・山本幹博・稲垣善茂:高等植物における病害抵抗性シグナル伝達と病原菌 による制御,大山,第18回植物感染生理談話会,2002. 8.7-9 5. 豊田和弘:植物のカビによる病気の仕組みとその制御,東広島,第6回真核微生物交流会,2003. 6.20(講演 予定) 102 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 植物-微生物間の認識・感染初期相互作用の分子機構 2.3. 宿主植物における感染シグナル伝達と遺伝子発現調節系 2.3.2. マメ科植物における共生シグナル伝達と遺伝子発現調節系 鹿児島大学理学部生命化学科植物微生物研究室 阿部 美紀子、内海 俊樹、鈴木 章弘 ■要 約 感染能を有する根粒菌接種により,発現が抑制される宿主植物遺伝子 TrEnodDR1 をクローバから単離し,その機能に ついて検討した。TrEnodDR1 形質転換ミヤコグサの cDNA アレイ解析の結果,TrEnodDR1 はストレスや病原に応答する遺 伝子と関連して根粒着生数の制御に関与していることが予想され,ABA がシグナルのひとつである可能性が示された。一 方,ミヤコグサの共生型及び非共生型グロビン遺伝子の発現について検討し,共生型グロビン遺伝子は,幼植物体では個 体全体で発現し,成長に伴い根粒特異的発現へと移行すること,非共生型グロビン遺伝子も根粒で発現が上昇しているこ とを明らかにした。 ■ 研究目的 根粒菌と共生するマメ科植物はどのようにして病原菌と共生菌を識別するのか,また特異的根粒菌と非特異的根粒菌の 区別は如何なるメカニズムに従っているのかについて,本研究では植物と微生物の共生成立を支配する分子応答機構を 明らかにする。そのために,複数のマメ科植物種とそれらを宿主とする共生菌を用い,共生成立過程に特異的にまたは共 通して発現調節を受ける遺伝子を探索,単離し,それらの機能を解明する。さらに,共生の成立した根粒中での窒素固定 発現の調節機構を,マメ科のモデル植物であるミヤコグサを材料にして,グロビン遺伝子の発現調節機構を詳細に調べ, 窒素固定活性発現に至る根粒菌とマメ科植物の分子コミュニケーションモデルを構築する。 ■ 研究方法 【根粒菌感染初期に応答してクローバ中で発現する遺伝子の探索】 1) クローバ根粒菌 Rhizobium leguminosarum bv. trifolii 4S(野生株)の共生プラスミドを除去した H1 株と 4S 株の nod 遺 伝子を H1 株に導入した H1(pC4S8)株をそれぞれクローバ芽生えに接種し,48 時間後のクローバより RNA を抽出し, パッケージング法により発現遺伝子ライブラリーを作成した。 2) それぞれのファージライブラリーより,発現量に差がある遺伝子の単離を目的としてディファレンシャルスクリーニングを 行った(Fig. 1)。 3) 2)で選択した遺伝子の機能を調べるために,CaMV35S プロモーターの下流にセンスとアンチセンスの向きに遺伝子を 組み込んだベクターを構築し,Agrobacterium を介して,クローバ(Trifolium repens cv. Ladino)と,モデルマメ科植物ミ ヤコグサ(Lotus japonicus cv. Gifu)の発芽種子胚軸にそれぞれ形質転換した。 4) 個体再生に至った,形質転換クローバ(T1) については根粒着生試験,形質転換ミヤコグサ(T2)は発芽試験,成育試 験を行い,また,ミヤコグサ根粒菌(Mesorhizobium loti MAFF303099)を接種菌として感染・根粒着生テストを行った。 5) 形質転換ミヤコグサと非形質転換ミヤコグサの RNA を抽出し,ミヤコグサ cDNA マクロアレイを用いて発現に差違のあ る遺伝子を探索・解析し,応答に関与が予想される遺伝子の表現型と実際の菌感染,根粒着生との関連性について 精査した(Fig. 2)。 103 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Fig.. 1 Protocol for differential screening Fig. 2 cDNA macro array analysis for the transgenic line S4-1 About 19,000 non-redundant EST clones of Lotus japonicus were spotted 【根粒特異的タンパク質レグヘモグロビン遺伝子の解析と発現機作】 1) ミヤコグサの EST 配列情報に基づいてグロビン遺伝子増幅用のプライマーを設計し,ゲノムライブラリーをスクリーニングした。 2) それぞれのグロビン遺伝子の発現プロファイルを RT-PCR にて検討した。 3) ミヤコグサの共生型 (LjLb1, LjLb2, LjLb3),及び非共生型 (LjNSG1)グロビン遺伝子のプロモーター部位への結合活 性を有する核タンパク質の存在については,プロモーター領域由来の PCR 断片と根粒より調製した核タンパク画分を 材料として,ゲルシフトアッセイにて検討した。 4) LjLb3 遺伝子のプロモーターの下流に GFP を連結したレポーター遺伝子を構築し, Agrobacterium rhizogenes を介し た方法により,形質転換毛状根を作出した。形質転換毛状根における根粒形成過程を蛍光顕微鏡にて観察し,共生型 グロビン遺伝子の発現応答の時期・部位について再検討した。A. tumefaciens による形質転換についても検討した。 ■ 研究成果 1) 根粒菌感染に応答して発現に差違のあるクローバ遺伝子の探索 ディファレンシャルスクリーニングの結果,クローバ根粒菌の nod 遺伝子によって up-regulate される遺伝子 3 種(既知遺伝 子 2 種,未知遺伝子 1 種),down-regulate される遺伝子 19 種(既知遺伝子 13 種,未知遺伝子 6 種)を得た(Table 1)。それ らのうち,down-regulate されている未知遺伝子に TrEnodDR1(Trifolium repens Early nodulin Down Regulate 1) と命名した。 TrEnodDR1 の全塩基配列をもとにコンピュータ解析を行った結果,発現タンパク TrEnodDR1 は 487 アミノ酸をコードしており, 分子量は 54,161 Da に相当すると推定された。また,N 末端側 60 アミノ酸の範囲に,proline rich domein を配しており,さらに, 2 ヶ所の膜貫通領域と,その間に挟まれた約 40 アミノ酸からなるペプチドは膜内に在位していることが予想された。(Fig. 3) 2) 未知遺伝子 TrEnodDR1 の機能解析 そこで TrEnodDR1 遺伝子の機能を解析するために, CaMV35S プロモーターに sense/antisense 方向で接続した TrEnodDR1 をクローバ,ミヤコグサにそれぞれ形質転換した(Fig. 4)。個体再生した形質転換クローバに,クローバ根粒菌 4S 株(野生株)を接種したところ,TrEnodDR1(antisense)形質転換クローバでは,個体再生のみ行った非形質転換コントロ ールと比べて約 5 倍の根粒着生をする個体が認められた。一方,TrEnodDR1(sense)の再生個体では全く根粒の着生しな い個体も存在していた(Fig. 5)。 104 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Table 1 Clones responding by Rhizobium nod genes Fig. 3 Deduced amino acid sequence and hydrophobicity plot of ENODDR1 protein Fig. 4 Construct of TrEnodDR1 Transgenic Vector Fig. 5 The inoculation test of strain 4S on the transgenic clover 105 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 個体再生した形質転換ミヤコグサからはすべて次世代の種子を得ることが出来た。そこで, TrEnodDR1(sense)ミヤコグサ T3 世代の発芽と成長を調べたところ,S1 系統は播種後 7 日までに 90%以上が枯死,S2, S4 系統では 3~4 週目で 50%以 上が生存したが,成長は 2 週目以降に急に低下した(Fig. 6)。また,根粒着生数も非形質転換に比べて 60%程度に抑制さ れたが,根粒あたりの窒素固定量には変化は認められなかった(Fig. 7)。 Fig. 6 Germination and growth of EnodDR1 transgenic Lotus Fig. 7 Plant growth and Nodulation of TrEnodDR1 transgenic L. japonicus (T3 ) NTg: non transgenic plant, Tg: transgenic plant, 28 DAI 3) TrEnodDR1 形質転換ミヤコグサで発現する遺伝子(cDNA マクロアレイ解析) TrEnodDR1 形質転換ミヤコグサ S4 系統より抽出した RNA をミヤコグサ cDNA マクロアレイとハイブリダイズさせ, TrEnodDR1 導入により,発現上昇または抑制する遺伝子を検索した。その結果,TrEnodDR1 を強制発現したミヤコグサで は,いくつかの防御応答遺伝子,シグナル伝達系の遺伝子に発現の変動が認められた。これらの遺伝子の中には,ABA 応答に関与すると考えられる遺伝子の存在が認められた(Table 2)。 4) ストレス応答ホルモン ABA の根粒菌との共生に及ぼす影響 アレイ解析の結果,TrEnodDR1 導入によって発現に変動の認められた遺伝子の中に,病原応答や,乾燥ストレス応答に関与 する遺伝子が含まれていたことから根粒菌感染と ABA の関連を調査した。クローバ根圏に ABA (0.01~5 μM)存在下,4S 株(野 生株, pSym+)と H1(pC4S8)株(pSym-, Nod+, Fix-)を接種して 4 週目の根粒数を計測した。その結果,ABA 無添加の場合と比較 して,4S 株接種では根粒着生数に差は認められなかったが,H1(pC4S8)株接種では ABA 濃度 0.05 μM 以上で,根粒着生数が ABA 無添加時の 50%以下に減少していた。ミヤコグサの場合も,ABA(0.01~5 μM)存在下にて,共生菌 M. loti MAFF303099(野 生株)接種後4週目の根粒着生数は,ABA無添加とほぼ同レベルであり,これは4S株を接種したクローバの結果と同様であった。 106 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Table 2 List of genes affected in the transgenic line S4-1 5) ミヤコグサ中のレグヘモグロビン遺伝子 ミヤコグサのゲノムライブラリーよりスクリーニングした結果,3 種の共生型(LjLb1, 2, 3),及び,2 種の非共生型(LjNSG1, LjNSG2)の計 5 種類のグロビン遺伝子を単離することができた(Fig. 8)。 いずれの共生型グロビン遺伝子についても,翻訳開始部位より上流-140 から-220 bp 付近にノデュリンモチーフ様配列が 存在していた。また,非共生型グロビン遺伝子の翻訳開始部位より上流-116 から-160 bp 付近には,他の植物の共生型グ ロビン遺伝子との共通配列のみならず,ノデュリンモチーフとよく似た配列が存在していた。この配列は,フランキアとの共 生窒素固定能を持つ植物のグロビン遺伝子の上流域にも存在することが明らかとなった。LjLb3 と LjNSG1 の上流域に特異 的な結合能のある核タンパク質の存在の有無についてゲルシフトアッセイにより検討した。その結果,共生型グロビン遺伝 子(LjLb3)の-312~-148 領域と,非共生型グロビン遺伝子(LjNSG1)の-1555~-1354 領域に特異的に結合するミヤコ グサ核タンパク質が存在することが明らかとなった(Fig. 9)。 95 LjLb1 ATG LjLb2 ATG 95 95 LjLb3 ATG LjNSG1 ATG LjNSG2 ATG 113 116 125 109 125 109 122 109 127 91 115 115 97 108 97 108 81 129 TGA 189 108 125 203 910 129 TGA 132 802 117 117 TAA 196 593 Fig. 8 Intron and exon structure of sym- and nonsym-globin genes of L. japonicus. The numbers indicate the size in bp. 107 141 TAG 138 TAG 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 -1 -1500 sym-Hb NM 10 9 -1344 8 7 6 -1192 -912 5 4 3 -727 * 2 -312 1 -148 -24 -1 -1500 nonsym-Hb NM * 10 -1555 9 -1354 8 -1214 7 -1061 TATA box 6 5 4 -624 3 -454 2 -322 1 -170 -1 NM Nodulin Motif Fig. 9 Promoter region that bind to the nucleic protein of nodule cells. The numberd thick lines with asterisk indicate the DNA fragments that bind to the nucleic proteins specifically. 6) レグヘモグロビン遺伝子の発現解析 RT-PCR にて共生型グロビン遺伝子(LjLb1, LjLb2, LjLb3)の発現について検討した結果,全ての共生型グロビン遺伝子は, 発芽 10 日前後の幼植物体でも低レベルながら発現していること,その後,植物の成長に伴い,根粒以外の組織での共生型 グロビン遺伝子の発現は完全に抑制され,根粒組織でのみ大量に発現していることが明らかとなった。共生型グロビン遺伝 子の発現は,菌根菌の感染には応答しなかった。一方,非共生型グロビン遺伝子(LjNSG1, LjNSG2)は,全ての組織で一様 に発現しているが,根粒組織では発現が上昇していた。また,LjNSG1 は,菌根菌の感染に応答して発現が抑制された。 次に, LjLb3 のプロモーター(翻訳開始部位より上流約 1.8 kb)と GFP 構造遺伝子との融合遺伝子を構築し, A. rhizogenes によるミヤコグサの形質転換を試みた。得られた形質転換毛状根にミヤコグサ根粒菌を接種することにより,根 粒を形成させることができた。光学顕微鏡による観察では,形質転換毛状根に形成された根粒は,通常の根に形成された 根粒と違いはなかった。形質転換毛状根に形成された根粒を蛍光顕微鏡にて観察したところ,GFP 由来と思われる強い蛍 光が観察された。また,根粒形成の早い時期には,根粒直下の維管束近傍でも GFP の強い蛍光が観察された。一方,組 織培養した毛状根での遺伝子発現を RT-PCR にて検討したところ,内在する共生型グロビン遺伝子が発現していないにも 関わらず,融合遺伝子の発現が検出された。A. tumefaciens を介した方法では,融合遺伝子が導入されたと思われるカル スより再生個体を得ることができたが,現在のところ次世代の種子は得られていない。 ■考 察 ディファレンシャルスクリーニングの結果,根粒菌接種に応答して発現に差違の認められたクローバ遺伝子のうち,発現 が増加した遺伝子の中には,二次代謝産物生合成,バナジン酸(=ATPase 阻害剤)耐性タンパク質,ラテックス様タンパク 質(=塩ストレス傷痍誘導タンパク質),細胞壁 proline rich protein(=PRP),パーオキシダーゼ(オキシダティブバースト)な ど,病原応答との関与が知られている遺伝子や,Medicago truncatula の根毛に関わる遺伝子など,植物と微生物の相互認 識時に発現が予想される遺伝子が含まれていた(Table 1)(山田他,2000)。そのほか,early light inducible protein gene (Elip)は,発現誘導にストレス応答植物ホルモン Abscisic acid(ABA)が仲介するとの報告がある(Ouvard et al. 1996)。クロー バにおいても,低温や高塩濃度処理で Elip 遺伝子の発現上昇を確認しており,根粒菌感染応答への ABA 関与の可能性 は大きいと考えられる。 今回解析を進めた,根粒菌接種により発現抑制を受ける遺伝子 TrEnodDR1 は,相同性検索の結果,類似のものは認め られず,新規の遺伝子と判断された。この遺伝子を antisense 向きに導入した形質転換クローバには多数の根粒着生が見 られ,一方 sense 向きに導入した形質転換クローバには根粒着生が見られなかったことから, TrEnodDR1 遺伝子は,根粒 着生の制御に関わっている可能性が示された。しかし,クローバは種子採取が困難であり,形質転換の対象としては不向 きである。そこで,ミヤコグサに TrEnodDR1 を sense に導入した形質転換体を作出した。現在までのところ,ミヤコグサに TrEnodDR1 と塩基配列上相同な遺伝子は見つかっておらず,TrEnodDR1 をミヤコグサ中で強制的に発現させることでこの 108 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 遺伝子の機能を知ることが可能と考えられる。TrEnodDR1 形質転換ミヤコグサは,採取した種子の発芽率が非形質転換コ ントロールと比べて約半分に低下し,また生存率も低下している。さらに植物個体あたりの根粒着生数も少なかったことから TrEnodDR1 は,植物体の発芽や成長維持に強く影響しており,形成された根粒の機能発現(窒素固定)には影響していな いことが考えられる。しかし,TrEnodDR1 形質転換ミヤコグサは,発芽,生存率が悪く,供試個体数が少ないことから,現在, 新たに 10 余系統の TrEnodDR1 形質転換ミヤコグサの系統を得,T2 世代の種子採取を行っている。 TrEnodDR1 形質転換ミヤコグサで発現している遺伝子を,ミヤコグサ cDNA マクロアレイで解析したところ,特に強い発現 を示したものの中には,β-1,3-グルカナ ーゼ,chitinase, pseudo-hevein (chitin binding protein) (Beintema, 1994, Peumanns and van Damme, 1995)など,主に病原応答に関わる遺伝子や,chlorophyll a/b 結合タンパク質,LEA タンパク 質,RD22 (脱水応答前駆体)など,ストレスに応答して発現することが知られている遺伝子などの上昇が顕著であった(Table 2)。LEA gene の発現が,種子中の ABA の増量を伴うという報告もある(Skriver & Mundy, 1990)。 ABA を添加した培地にクローバ芽生えを移植し,根粒菌を接種すると,植物体地上部の成長に影響する濃度ではなかっ たが,主根長は ABA 濃度に従って成長阻害を受けた。また着生根粒数は,nod genes と nif, fix genes を sym プラスミド上 に保有する 4S 株(野生株)接種では,無添加の場合とで変化は認められないが,nod genes のみを保有する H1(pC4S8)株 の接種では無添加の場合の 20~30%に抑制された。すなわち H1(pC4S8)株接種の場合にのみ,根粒着生に至るまでのス テップのうちで何らかの応答反応が働いたことを示唆している。しかし,着生根粒数の実数では,0.1~5.0 μM の ABA 添 加培地で H1(pC4S8)株を接種した場合,野生株接種と同レベルの根粒着生数となっており,このことは,野生株接種の場 合には根粒の過剰着生を抑制する調節系が宿主植物側に発現し,根圏に ABA を添加することにより H1(pC4S8)株接種の 場合にも同様な調節系が作動したと考えることができる。また,H1(pC4S8)株を接種したクローバで TrEnodDR1 の発現が抑 制されていることから,TrEnodDR1 の発現量と宿主植物内での ABA 生産との関連性が予想できる。一方,4S 株を接種した クローバでは ABA 添加でも根粒着生数に明確な差違は生じなかったにもかかわらず,0.5~1.0 μM の ABA 投与で側根数 F. wt. (mg) F. wt.(mg) 25 S. l. (㎝) 5 25 20 4 20 15 3 15 10 2 10 5 1 5 Cont. 0.01 0.05 0.1 0.5 1 5 ABA (μM) Cont. 0.01 0.05 0.1 0.5 1 5 1 2 4S 3 H1(pC4S8) 4 R. l. (㎝) 1.4 1.1 1.6 1.5 1.8 1.5 2.3 1.1 1.2 0.9 3.9 L.R. No. L.R.No. 28 DAI Fig. 10 Effect of ABA on white clover growth and nodulation が 200~250%に増加していた。同様な現象はミヤコグサでは認められず,ABA 添加時,野生株接種による側根分化はクロ ーバの場合のみでの反応であった。クローバのように主根に根粒を着生する植物の場合,側根分岐はさほど多くはない。 根圏に ABA を添加して,野生株根粒菌を接種したクローバでは側根数が ABA 無添加コントロールの場合の約 2 倍に達し た(Fig. 10)。TrEnodDR1(sense)形質転換クローバで,根粒着生は阻害されたが,かなり多数の側根発生が観察され,一 方,TrEnodDR1(antisense) 形質転換クローバでは,多数根粒着生した根では側根形成阻害が観察されたこと(Fig. 5)とも, 何らかの関連があるかも知れない。 109 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 植物のヘモグロビン遺伝子は,遺伝子ファミリーを構成している (Brisson and Verma 1982, Appleby 1992)。エンドウには, 少なくとも 5 種の共生型グロビン遺伝子が存在し,それらの根粒組織における発現量及び発現部位が異なることが報告さ れている(Kawashima et al. 2001)。ミヤコグサの根粒組織では,3 種の共生型ヘモグロビンの発現量に差は見られなかった。 この違いは,根粒の形態(エンドウは無限型,ミヤコグサは有限型)に起因するものと考えられる。即ち,無限型根粒の場合 は,根粒内部が幾つかのゾーンに分かれており,性質の異なる複数のグロビン遺伝子の発現がコントロールされているの に対し,ミヤコグサのような有限型根粒の場合は,その様なコントロールがなく,共生領域で一様に発現しているものと予想 される。これまで,共生型グロビン遺伝子は,根粒組織特異的に発現しているとされてきたが,ミヤコグサの 3 種の共生型グ ロビン遺伝子は,低レベルながら発芽 10 日前後の幼植物体でも発現していた。幼植物におけるヘモグロビンの機能は不 明であるものの,共生型グロビン遺伝子の発現を指標としてミヤコグサと根粒菌の分子コミュニケーションを解析する場合に は,材料に用いるミヤコグサの齢を考慮する必要がある。 非共生型グロビン遺伝子の発現はストレス応答型とされているが,その機能は不明のままである(Arredondo-Peter et al. 1998)。 ミヤコグサの 2 種の非共生型グロビン遺伝子は,根粒組織でその発現が上昇していた。非共生型グロビン遺伝子 のプロモーター領域にも存在するノデュリンモチーフ類似配列が,根粒細胞での発現に関係しているものと予想される。し かし,この領域に結合能のある核タンパク質を検出することはできなかった。 共生型グロビン遺伝子の発現を可視化できるシステムの構築を目指して, LjLb3 の翻訳開始部位より上流約 1.8 kb の 領域と GFP 構造遺伝子との融合遺伝子を構築した。A. rhizogenes を介して融合遺伝子を導入した形質転換毛状根に根 粒菌を接種した場合,正常な根粒形成過程が観察された。導入した融合遺伝子の発現は,蛍光顕微鏡にて GFP の蛍光と して検出することが可能であった。ヘモグロビンも蛍光を発するが,GFP の蛍光はヘモグロビンの蛍光より強力であり,CCD カメラと併用することにより,高感度での遺伝子発現の検出が可能となった。蛍光顕微鏡による観察の結果,LjLb3 は根粒菌 の感染に応答して強く発現し,特に,発達途上の根粒では,根粒直下の維管束周辺でも発現していることが明らかとなった。 このことは,根粒菌が侵入していない細胞にも根粒菌感染のシグナルが伝達され,共生型グロビン遺伝子が発現している可 能性を示している。一方,組織培養した形質転換毛状根では,内在性の共生型グロビン遺伝子は発現していないにも関わら ず,融合遺伝子は,低レベルながら常に発現していた。融合遺伝子の構築に使用した LjLb3 の上流域には,発現を完全に 抑制するために必要な制御配列が欠如しているのかもしれない。共生型グロビン遺伝子の発現を抑制する DNA 結合性のタ ンパク質として,ダイズの CPP1 の存在が知られている(Cvitanich et al. 2000)。しかし,その結合部位は,本研究にて使用した 融合遺伝子にも存在する。CPP1 による共生型グロビン遺伝子の発現抑制機構以外に,完全な発現抑制に必要な機構が存 在するのかどうか,また,発現抑制の解除機構と根粒菌の感染の関係について検討する必要がある。 ■ 引用文献 1. Arredondo-Peter, R., Hargrove, M. S., Moran, J. F., Sarath, G. and Klucas, R:「Plant hemoglobins」,Plant Physiol., 118:1121-1125,(1998) 2. Appleby, C. A.:「The origin and functions of haemoglobin in plants」,Sci. Prog., 76:365-398, (1992) 3. Beintema, J. J.:「Structural features of plant chitinases and chitin-binding proteins」,FEBS Lett., 350:159-163,(1994) 4. Brisson, N. and Verma, D. P. S.:「Soybean leghemoglobin gene groups: normal, pseudo, and truncated genes」,Proc. Natl.Acad. Sci. USA., 79:4055-4059,(1982) 5. Cvitanich, C., Pallisgaard, N., Nielsen, K. A., Hansen, A. C., Larsen, K., Pihakaski-Maunsbach, K., Marcker, K. A. and Jensen, E. O.:「CPP1, a DNA-binding protein involved in the expression of a soybean leghemoglobin c3 gene」, Proc.Natl. Acad. Sci. USA., 97:8163-8168,(2000) 6. Kawashima, K., Suganuma, N., Tamaoki, M. and Kouchi, H.:「Two types of pea leghemoglobin genes showing different O2-binding affinities and distinct patterns of spatial expression in nodules」,Plant Physiol., 125:641-651 (2001) 7. Ouvrard, O., Cellier, F., Ferrare, K., Tousch, D., Lamaze, T., Dupuis, J.-M., Casse-Delbart, F.: 「Identification and expression of water stress- and abscisic acid-regulated genes in a drought-tolerant sunflower genotype」,Plant Mol. 110 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Biol., 31:819-829,(1996) 8. Peumanns, W. J., and van Damme, E. J. M.:「The role of lectins in plant defense」,Histochem J., 27:253-271,(1995) 9. Skriver, K. and Mundy, J.:「Gene expression in response to Abscisic acid and osmotic stress」, Plant Cell, 2:503-512,(1990) 10. 山田哲治,一瀬勇規,白石友紀,豊田和弘:「宿主特異性と防御遺伝子の発現調節」,分子レベルから見た植物の耐 病性,植物細胞工学,8:65-74,(2000) ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. M. Ito, J. Miyamoto, Y. Mori, S. Fujimoto, T. Uchiumi, M. Abe, A. Suzuki, S. Tabata and K. Fukui : 「Genome and Chromosome Dimensions of Lotus japonicus」,Journal of Plant Research, 113, 435-442, (2000) 2. Uchiumi, T., Shimoda, Y., Tsuruta, T., Mukoyoshi, Y., Suzuki, A., Senoo, K., Sato, S., Kato, T., Tabata, S., Higashi, S. and Abe, M. : 「Expression of symbiotic and nonsymbiotic globin genes responding to the microsymbionts infection on Lotus japonicus」,Plant Cell Physiol., 43, 1351-1358, (2002) 国外誌 1. A. Suzuki, F. Kobayashi, M. Abe, T. Uchiumi and S. Higashi : 「Cloning and expression of a down-regulated gene (TrEnodDR1) of white clover responded by the nod genes derived from Rhizobium leguminosarum bv. trifolii strain 4S」,Gene, 266, 77-84, (2001) 口頭発表 招待講演 1. T. Uchiumi, Y. Shimoda, T. Tsuruta, Y. Mukoyoshi, A. Suzuki, S. Sato, K. Senoo, S. Tabata, M. Abe, S. Higashi: 「Structure and expression of globin gene family of Lotus japonicus」,St. Paul, Minnesota, USA, US-Japan Seminar “ Symbiosis between plants and microorganisms for sustainable agriculture and bioremediation”, 2001, August 2. A. Suzuki, M. Abe, T. Uchiumi, S. Higashi: 「EnodDR1 gene of white clover responds to nod-gene signals of Rhizobium leguminosarum bv. trifolii」,St. Paul, Minnesota, USA, US-Japan Seminar “Symbiosis between plants and microorganisms for sustainable agriculture and bioremediation”, 2001, August 3. Mikiko ABE, Akihiro SUZUKI and Toshiki UCHIUMI: 「Communication signals establishing the symbiotic relation between Rhizobium and leguminous host plant 」 , 佐 賀 大 学 , Japan/Taiwan Biotechnology Conference in 2003, 2003, 1.27-28 111 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 3.1. マメ科植物の共生器官形成過程の分子生物学的解析 3.1.1. マメ科植物における根粒特異的遺伝子の機能と発現調節機構 農業生物資源研究所生理機能研究グループ窒素固定研究チーム 河内 宏、熊谷 浩高 ■要 約 マメ科植物における共生窒素固定根粒形成はきわめてユニークな植物側の特異的な遺伝子発現を伴っている。本研究 ではモデル植物ミヤコグサを対象として、およそ 19,000 種のユニークなcDNA よりなるマクロアレイを構築し、これを用いて 根粒菌感染から根粒形成に至る網羅的な遺伝子発現プロファイリングを行い、これらのプロセスで発現が特異的に増大す るおよそ 1,300 の遺伝子を見いだした。これらの遺伝子機能を解析するために、毛状根形質転換系を用いた RNA サイレン シングの手法を確立し、いくつかの根粒特異的遺伝子についてその有効性を示した。 一方、ミヤコグサの根粒形成初期過程に関わる植物-微生物相互作用の解析を目的として、ミヤコグサ根粒菌の生産す る根粒形成シグナル(Nod ファクター)を単離精製し、その全構造を決定するとともに、精製した Nod ファクターに対するミヤ コグサの応答を明らかにした。 ■目 的 共生窒素固定根粒の形成はきわめてユニークな一群の植物遺伝子(ノデュリン遺伝子)の発現を伴っており、これらの 遺伝子は感染から根粒形成に至る過程で多くのマメ科植物に共通して時間的・空間的にきわめて秩序だった発現様式を 示すことから、根粒形成と共生窒素固定系の成立に重要な役割を果たすものと推定されてきた[1-2]。しかしながら、これま で主として differential-screening によって単離されてきたこれらノデュリン遺伝子の機能と発現調節機構についてわかって いることはきわめて少ない。 近年における根粒菌分子遺伝学の急速な進展に比べ、宿主植物側の遺伝子レベルでの研究が立ち後れている背景の 一つに、ダイズ、エンドウなど代表的なマメ科植物の多くがゲノム構造が複雑であったり、形質転換が困難など、分子遺伝 学的な研究に適さないということがあげられる。しかし近年、我が国を含むアジア地域に広く自生するマメ科雑草ミヤコグサ (Lotus japonicus)が、マメ科としては例外的に小さなゲノムサイズ、安定した形質転換が可能なことなどによって、イネやシ ロイヌナズナと並ぶモデル植物として注目され、大規模 EST の蓄積、多数の根粒形成ミュータントの作出、ゲノム解読など、 我が国を中心としてその分子遺伝学的な研究基盤の整備が進められてきた[3-5]。 このような背景のもとで、本研究では、マメ科モデル植物としてのミヤコグサを対象として、根粒特異的な遺伝子の機能と 発現調節機構の解明を中心に、植物側の遺伝子発現の面から共生窒素固定根粒形成の分子機構を明らかにすることを 第1の目標とした。そのため、根粒を含むミヤコグサ各器官から分離された EST による大規模な cDNA マクロアレイを構築し、 これを用いて根粒特異的に発現する遺伝子の網羅的単離を試み、感染-根粒形成初期過程における遺伝子発現プロフ ァイリングを行うとともに、RNA サイレンシングを中心とする形質転換実験によってこれら根粒特異的な遺伝子の機能と発現 機構を解析する。第2にモデル系としてのミヤコグサについて多くの根粒形成ミュータントが分離され、それらの原因遺伝 子のクローニングが進められているにもかかわらず、これらのミュータントの詳細な表現型解析が遅れているために、これら 変異遺伝子の初期過程における機能的な位置づけがほとんど明らかでないという認識に基づき、根粒菌と宿主植物の初 期相互作用において中心的な役割を果たす根粒菌 Nod ファクターと、それに対するミヤコグサの応答を詳しく解析すること によって、今後のミュータント解析の基礎を確立しようとした。 112 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 研究方法 1.ミヤコグサcDNA マクロアレイの構築と遺伝子発現プロファイリング かずさ DNA 研究所において蓄積されたミヤコグサ EST[6]から、5’または 3’端の配列情報に基づいて可能な限り重複を 排した約 19,000 クローンを選抜し(表 1)、挿入部位両端のベクター配列をプライマーとする PCR 法によって EST を増幅し た。増幅産物を 12x8cm のナイロンメンブレンに 4x4x384 の密度でスポットし、3 枚 1 組、合計 18,144 のcDNA を含むマクロ アレイを作成した。これをミヤコグサ根/根粒から調製した全 RNA を鋳型とする 33P 標識 1 本鎖cDNA とハイブリダイズさせ、 アレイ解析を行った。 表 1.アレイ作成に用いた EST クローン。均一化(N)およびサイズ分画(L)ライブラリーを用いた(かずさ DNA 研究所による)。 Source Library MG-20 2W seedlings N (MWM) L (MWL) N (MPD) L (MPDL) N (MR) L (MRL) N (GN) L (GNL) N (GEN) L (GENL) MG-20 Pods MG-20 Roots Gifu Nodule Primordia (4d, har-1) Gifu Mature Nodules (23d) Total Known/putative functions Unknown/hypothetical No hit 3’-ESTs 5’-ESTs Non-redundant 3,921 1,468 6,787 4,811 7,751 2,357 7,459 1,158 4,091 5,130 44,933 18,280 4,703 5,468 2,008 2,209 1,875 1,720 675 1,038 1,450 2,239 445 19,127 7,064 (37%) 2,617 (14%) 9,446 (49%) 22,983 2.毛状根形質転換法と RNA サイレンシング CamV35S または根粒感染細胞特異的なプロモータによってドライブされるβ-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子を含むミヤ コグサ種子は Agrobacterium tumefaciense を用いた形質転換法[7]によって得た。Waterhouse らによって開発された RNAi 用ベクター[8]に GUS 遺伝子の翻訳領域の一部を組み込み、さらにこれを、マーカーとして GFP を含むバイナリベクターに 導入し、A. rhizogenes を介して GUS 形質転換植物に導入し、誘導された形質転換毛状根を GFP 蛍光によって識別後、根 および根粒の GUS 活性、mRNA を測定することにより、サイレンシングを評価した。 3.ミヤコグサ根粒菌 Nod ファクターの精製と構造決定および植物応答の解析 ミヤコグサ根粒菌 JRL501(MAF303099)株にクローバー根粒菌に由来する nodD を導入し、ナリンゲニンによる誘導で培 地中に放出されてくるNodファクターを、ブタノール抽出、シリカゲルカラムによる固層抽出、さらに ODS カラムを用いた HPLC によって精製した[9]。HPLC 精製した成分について、TOFF-MS、LC/MS/MS などによってその化学構造を解析する とともに、Fahreus のスライドグラス法、低融点アガロースを用いたスポットイノキュレーション法などにより、ミヤコグサに対す る生物活性を検定した。 ■ 研究成果 1.ミヤコグサcDNA マクロアレイの構築と遺伝子発現プロファイリング: 作成したマクロアレイについて、ハイブリ条件など基本的な実験条件を確立した後、根粒菌接種後 2 日(N2、感染)、4 日 (N4、根粒原基形成)、7 日(N7、根粒の形態形成)、および 12 日目(N12、窒素固定の開始)のミヤコグサ根およびまたは 根粒から調製した全 RNA を鋳型として 33P-dCTP を基質とする逆転写反応によって合成した 1 本鎖cDNA を用いてアレイ 解析を行った。その結果、感染から窒素固定根粒形成に至るプロセスで発現量が有意に増加する遺伝子 1,324 個、減少 113 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 する遺伝子 324 個を見いだした。増加する遺伝子のうち 482 個は、感染および根粒原基形成の初期に一過的な発現パタ ーンを示した(図 1)。 図 1. ミヤコグサ根粒形成過程のアレイ解析 感染後から共生窒素固定根粒の形成に至るプロセスで発現量が増加する遺伝子について非感染根に対する発現量比 のクラスター分析等の結果に基づき、全体を 5 つのクラスターに分類した。すなわち、感染および根粒原基形成の初期に 一過的に誘導されるもの(C-I)、これよりやや遅れて根粒原基形成時期をピークとして一過的に発現するもの(C-II)、感染 期に誘導されそのまま発現量が増加または高いレベルで維持されるもの(C-III)、根粒形成の初期に誘導されそのまま発 現量が増大していくもの(C-IV)、そして窒素固定の開始と前後して顕著に発現が誘導される遺伝子(C-V)である。主な発 現パターンとそこに含まれるいくつかの遺伝子を図 2 に示してある。 図 2 アレイ分析結果の発現パターンによる分類。 各クラスターに属する遺伝子の、非感染根(R)での発現量を 1 とした発現量比の平均値を示してある(C-III は省略) 114 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 これらの発現変動遺伝子のうち約 240 クローンについて、ノザンまたは RT-PCR 分析を行って、アレイ解析結果との対応 を調べた(図 3)。その結果、発現量の広い範囲にわたって両者はおおむねよい一致を示し、アレイ解析による発現変動遺 伝子の検出の信頼性は厳しく見積もって 80%以上と判断された。 図 3 アレイ結果とノザン分析結果の対応 次に EST クローンの配列情報に基づく Blast 検索の結果から、根粒形成過程で強発現する遺伝子の予測される機能そ の他の生物学的特質による分類を試みた(表 2)。この中には、24 種のノデュリン遺伝子をはじめこれまでに根粒で特異的 な発現誘導が認められている遺伝子のほとんどすべてと、多くの病原菌応答遺伝子、ストレス応答遺伝子、シグナル伝達 関連遺伝子、転写因子、植物ホルモン関連遺伝子などが含まれていた。感染初期に発現する遺伝子と、根粒原基の形成 から窒素固定根粒に至る過程で発現する遺伝子はほとんどオーバーラップせず、病原菌やストレス応答遺伝子の多くは感 染初期に一過的な発現を示した。また、レグヘモグロビンと同程度またはそれ以上に根粒で強発現する複数の新規遺伝 子を見いだした。 表 2 根粒形成過程で発現が増加する遺伝子のクラスター分類 115 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2.毛状根形質転換法による RNA サイレンシング: RNA サイレンシング(RNAi)は、2本鎖 RNA を発現させることによって、内在 mRNA の配列特異的な分解を引き起こし、い わゆる”loss-of-function”による機能解析を行う方法である。アレイ解析によって見いだされた多くの根粒特異的な遺伝子 について効率的な機能解析を進めるために、毛状根を用いた RNA サイレンシング手法の有効性を検討した。まず 35S プロ モーターによってβ―グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子を恒常的に発現する形質転換ミヤコグサ(16E)を用意し、これを pdk イ ントロンを挟んで GUS 翻訳領域の一部を互いに逆方向に含む RNAi コンストラクト(図 4)で毛状根形質転換した。 図 4. 毛状根形質転換に用いた RNAi コンストラクト マーカーとして GFP 蛍光を指標に形質転換根を識別し、その GUS 活性をみたところ、2 種の RNAi コンストラクトいずれ についても形質転換根の GUS 活性はほとんど消失していた(図 5)。同様なサイレンシングが根粒特異的な遺伝子につい ても引き起こされるかどうかを確認するために、根粒感染細胞に特異的な Lj27 遺伝子プロモーターで GUS をドライブした 形質転換ミヤコグサ(9Y)について同様の実験を行ったところ、形質転換根粒の6割で GUS 活性は痕跡程度となった(図 6)。 これが、形質転換根での GUSmRNA の減少によるものであることは定量的 RT-PCR の結果によって確認された。 図 5 形質転換根の GUS 活性(上)と GFP 蛍光 図 6 pLj27::GUS 植物根粒の GUS 活性 以上のモデル実験の結果から、毛状根形質転換を利用した RNA サイレンシングにより短期間で効率よく根粒の遺伝子 発現を抑制できることが明らかになった。次に、根粒特異的な内在性の遺伝子に対する有効性を示すために、代表的なノ デュリンであるレグヘモグロビン遺伝子についてこの方法を適用した。ミヤコグサには少なくとも 4 種のレグヘモグロビン遺 伝子が発現しているが[10]、それらのうち塩基レベルでよく保存された領域およそ 240bp について RNAi コンストラクトを作成 し、形質転換毛状根に形成された根粒のレグヘモグロビン発現量を調べた。正常な根粒は根粒感染細胞中に大量に含ま 116 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 れるレグヘモグロビンのために外見からも赤色を呈するが(図 7B)、毛状根に形成された根粒は白色の無効根粒となった (図 7D)。根粒抽出液の SDS-PAGE および抗体染色の結果、形質転換根粒ではレグヘモグロビンタンパク量が著しく減少 していることが明らかになった。根粒切片の顕微鏡観察によれば、形質転換根粒では感染細胞中のバクテロイド密度が小 さくなっており、このことはレグヘモグロビンの発現抑制が、共生成立の初期段階でのバクテロイドの分化・発達に抑制的に 働くことを示すもので興味深い。また、適切な配列領域を用いることによってジーンファミリーを形成する遺伝子を一挙に抑 制することが可能であることも示された。 A B C D 図 7 レグヘモグロビン遺伝子のサイレンシング(A,,C GFP 蛍光; A,B コントロール; C,D RNAi 形質転換根粒) 3.ミヤコグサ根粒菌 Nod ファクターの精製と構造決定および植物応答の解析 ミヤコグサ根粒菌 Mesorhizobium loti の生産する Nod ファクターについては研究例が乏しいが、R7A 株を用いた解析に より、還元末端にアセチル化されたフコースと、非還元末端に C16 脂肪酸を持つ N-アセチルグルコサミン 5mer からなる NodMl-V(C16:1, Me, Cb, AcFuc)が主成分と考えられている[11]。アセチルフコースを還元末端に持つ Nod ファクターは、 ミヤコグサ菌のほか、インゲン根粒菌 R. etli と広宿主域の NGR234 において認められており、これらの菌がすべてミヤコグ サに感染し根粒形成を誘導できることから、アセチルフコースの存在はミヤコグサに対する宿主特異性に必須と考えられて きた。しかしながら、既往の研究は西洋ミヤコグサ(Lotus corniculatus)根粒から分離された菌を用いたもので、それら の菌はミヤコグサ(L.japonicus)に対しては必ずしも効率よい根粒形成を示さない[11]。そのため、我が国でミヤコグサ根 粒から分離された JRL501(MAFF303099)株について、Nod ファクターの構造を解析した。ODS カラムを用いた HPLC でミ ヤコグサ菌 Nod ファクターは大きく 3 つのピークを与え、そのうち第 2、第 3 のピークはともに同じパターンで現れる 2 ないし 3 のピークを含んでいた。これらについて、FAB-MS、TOF-MS、LC/MS/MS を併用して構造解析を行い、最終的にすべて のピークの化学構造を決定した(図 8)。主成分は R7A 株と同様に NodMl-V(C16:1, Me, Cb, AcFuc)であったが、同時に少 117 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 なくない量の脱アセチルした成分が見いだされ、また少量ながら非還元末端のカルバミル基を欠く分子種も見いだされた。 これらの成分はアセチルフコースを持つ主成分の自然加水分解によって生成したものと推定される。 これらの成分について、ミヤコグサに対する生物活性を調べた。HPLC 精製前の粗画分およびピーク 2、3 はいずれもミ ヤコグサに対して明らかな根毛の変形、根粒原基形成を誘導することが出来、さらに HPLC 精製を繰り返すことによって純 化した NodMl-V(C16:1, Me, Cb, AcFuc)が単独で強い活性を示すことも明らかになった(図 9)。精製 Nod ファクターは、根 粒菌感染の場合と同様に ENOD40 などいくつかのノデュリン遺伝子の部位特異的な誘導を引き起こし、また前感染糸 (cytoplasmic bridge)形成を誘導した。 根粒形成突然変異体の解析において、Nod ファクター応答の解析は欠くことが出来ない。これまでに分離され、現在我 が国で原因遺伝子クローニングの努力が行われているいくつかの変異体[12]を対象にして、根毛の変形を指標に Nod フ ァクターに対する初期応答を予備的に検討した(図 10)。Sym70,71,72,73 はいずれも根粒形成能を欠く(nod-)変異体で、こ のうちsym71,72 は菌根菌共生能も欠く(myc-)が、sym70,73 は myc+である。Sym70 根毛はは Nod ファクターに対して全く 図 10 いくつかのミヤコグサ変異体の Nod ファクターに対する応答。A,対照;B,10-7M Nod ファクター、24 時間 応答しないが、一方 sym71,72,73 はいずれも tip swelling や branching など、きわめて明瞭な根毛の変形を示した。これま で nod-myc+変異体は根粒菌共生と菌根菌共生に共通するシグナル伝達系よりも前に位置する変異ととらえられてきたが 118 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 [13]、sym73 は明瞭な根毛の応答を示すことから、そのような単純なスキームには当てはまらない。一方 sym79 はきわめて ユニークな変異で、感染過程がブロックされているが根粒原基の形成は誘導され、実際外見上も根粒様の bumps を形成す る。従ってミュータントのカテゴリーとしては nod-ではなく hist-(根粒の形態形成異常)として区分されるが、興味深いことに、 この変異体は少なくとも見かけ上、Nod ファクターに対して根毛の応答が全くみられない。このことはこの変異体の感染異常 が、根毛における Nod ファクター受容直後のシグナル伝達系の欠損に起因することを示唆すると同時に、根毛の変形を最 初の表現型とする感染プロセスと、皮層細胞分裂の誘導に始まる根粒形成プログラムの始動という、Nod ファクターによって 引き起こされる 2 つの現象が、互いに異なる Nod ファクター受容系に依存していることを強く示唆するものである。 ミヤコグサ菌 Nod ファクターの還元末端のフコシル基のアセチル化は M. loti の持つ NolL(アセチルトランスフェラーゼ) によると推定されている。そこで JRL501 の nolL 破壊株 Ml107 を作成し(東北大・三井博士との共同研究)、その生産する Nod ファクターの構造と、Ml107 の根粒形成に関する性質を調べた。Ml107 株の生産する Nod ファクターを HPLC および LC/MS によって調べた結果、期待通り脱アセチルした Nod ファクターが生産され、アセチル基のついた Nod ファクターは 痕跡程度となった。しかしながら、Ml107 株の根粒形成と窒素固定活性は少なくとも通常の接種条件では野生株と差はな かった。この結果は、NolL による還元末端フコシル基のアセチル化は、ミヤコグサとの共生において必須ではない、従って 脱アセチル化した Nod ファクターもアセチル化 Nod ファクターと同等の生物活性を持っている、ことを強く示唆するものであ る。この点は Ml107 株から純粋分離した脱アセチル化 Nod ファクターの活性を直接検討することで、明らかにしていく。どの 根粒菌もただ1種の Nod ファクターのみを生産していることはなく、いくつかの実験結果から、構造特異性を異にする複数 の受容系が植物側に存在し、これに対応して構造の異なる Nod ファクターが協同的に作用して感染から根粒形成のプロセ スが完全に進行すると考えられており[14]、M. loti―ミヤコグサにおける Nod ファクターの構造特異性を厳密に明らかにして おくことは重要である。 ■考 察 根粒形成に伴って特異的に誘導される植物遺伝子は、そのユニークな構造と発現様式の特徴から特にノデュリン (nodulin)遺伝子と総称され、ダイズ、エンドウなどを中心としてこれまで数多くクローニングされてきた。しかしながら、前述 のようにこれらのマメ科植物は形質転換がきわめて困難で、また分子遺伝学的研究に不向きであるという性質のために、遺 伝子レベルの研究材料としては適していない。そのため本研究ではまず、モデル植物としてのミヤコグサを材料に急速に 整備されつつある研究基盤を活用し、大規模なcDNA アレイを構築し、これによって、根粒形成の各ステップを特徴づける 遺伝子発現プロファイリングと、網羅的な遺伝子単離を行った。これは、共生窒素固定系の植物側からの研究に対して広 範かつ重要な基礎データを提供するものである。今回のプロファイリングの結果のうちもっとも注目すべきことの一つは、感 染から根粒原基形成に至る相互作用のごく初期のプロセスと、根粒原基形成から共生窒素固定根粒の完成に至る後期の プロセスとで、宿主植物側の遺伝子発現の様相が大きく異なっており、両者にオーバーラップし、あるいは連続する部分が きわめて少ないと言うことである。このことは感染初期の相互作用と、共生菌が宿主植物によって共生パートナーとして認 識されて後の相互作用の基本的な性質が異なっていることを示している。その意味では、病原抵抗性に関連する多くの遺 伝子が感染初期に一過的に発現するという事実はきわめて示唆に富む知見と考えられる。 アレイ解析によりきわめて多数の根粒特異的な遺伝子発現が明らかになった。これらの遺伝子の機能解析を進めること により、根粒形成の分子機構の理解が大きく前進すると期待される。今後、毛状根を用いた RNA サイレンシングの手法等 によってこれら遺伝子の機能解析を進めるとともに、プロファイリングの結果に基づいて根粒特異的な遺伝子を順次、高密 度連鎖地図上にマップしていくことを通じて、共生変異体を利用した分子遺伝学的研究とより密接にリンクした研究を発展 させる。また構築されたアレイは、ミュータントの解析など、多くの場面で活用されはじめており、きわめて有力な研究手法と なっている。 毛状根を用いた transient な RNA サイレンシングは、植物体地下部の遺伝子発現に RNAi を適用した最初の例となった。 効率の改善や表現型の安定性など、まだ検討すべき課題は少なくないが、今後レグヘモグロビンを始めとするノデュリン遺 伝子、アレイ解析によって新規に同定されたに多くの遺伝子についてこの方法を強力に展開する予定である。また RNA サ 119 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 イレンシングはシステミックに伝搬する性質があるが、予備的な解析の結果、少なくとも部分的には毛状根形質転換によっ て地上部の遺伝子発現に対してもサイレンシングが及んでいることを示唆する結果が得られている。従って毛状根形質転 換による RNA サイレンシングは、根や根粒で発現する遺伝子のみでなく、植物体地上部での遺伝子発現をコントロールで きる可能性があり、この点も今後明らかにしていきたい。 ミヤコグサ菌 Nod ファクターの構造決定と植物応答の解析は、数多くのミヤコグサ共生変異体の表現型解析に展開する ことが目的である。本研究によって、ミヤコグサ根粒菌の生産する Nod ファクターの全構造が解明され、それらの分離精製 法が確立され、初期植物応答についても基本的な知見が整理された。現段階では変異体解析はきわめて予備的な段階 にすぎないが、今後精製した Nod ファクターと根粒菌感染に対する野生種と変異体の応答を、形態的、細胞化学的、およ び cDNA アレイなどの分子生物学的手法を用いて、系統的に解析することを通じて、根粒菌 Nod ファクターによって始動す る植物側の共生シグナル伝達系の基本構造を明らかにするとともに、多くの変異遺伝子をその上に位置づけることが可能 になると考えている。 ■ 引用文献 1. 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Plant and Cell Physiology 43: 1351-1358. 11. Lopezlara, I.M., Vandenberg, J.D.J., Thomasoates, J.E., Glushka, J., Lugtenberg, B.J.J. and Spaink, H.P. (1995) Structural identification of the lipo-chitin oligosaccharide nodulation signals of Rhizobium loti. Molecular Microbiology 15: 627-638 12. Root, Root Hair, and Symbiotic Mutants of the Model Legume Lotus japonicus. Kawaguchi, M., Imaizumi-Anraku, H., Koiwa, H., Niwa, S., Ikuta, A., Syono, K. and Akao, S. Mol. Plant Microb. Interact., 15: 17-26 (2002). 120 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 13. Stougaard, J (2001) Genetics and genomics of root symbiosis. Current Opinion in Plant Biology 4: 328-335. 14. Minami, E., Kouchi, H., Cohn, J.R., Ogawa, T. and Stacey, G. (1996) Expression of the early nodulin, ENOD40, in soybean roots in response to various lipo-chitin signal molecules. Plant Journal 10: 23-32 ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. Xian-Guo Cheng, M. Nomura, K. Takane, H. Kouchi and S. Tajima (2000) Expression of Two Uricase (Nodulin-35) Genes in a Non-Ureide Type Legume, Medicago sativa. Plant Cell Physiol. 41(1): 104-109. 2. Hakoyama, T., Yokoyama, T., Kouchi, H. and Arima, Y. (2002) Transcriptional Responses of Soybean Suspension-cultured Cells Induced by Nod Factors Obtained from Bradyrhizobium japonicum USDA110. Plant and Cell Physiology 43(11): 1314-1322. 3. Nakamori, K., Takabatake, R., Umehara, Y., Kouchi, H., Izui, K. and Hata, S. (2002) Cloning, functional expression, and mutational analysis of a cDNA for Lotus japonicus mitochondrial phosphate transporter Plant and Cell Physiology 43(10): 1250-1253. 国外誌 1. Yokoyama, T., Kobayashi, N., Kouchi, H., Minamisawa, K., Kaku, H. and Tsuchiya, K. (2000) A lipochitin-oligosaccharide, Nod factor, induces transient calcium influx in soybean suspension-cultured cells. Plant J. 22(1):71-78. 2. Imaizumi-Anraku, H., Kouchi, H., Syono, K., Akao, S. and Kawaguchi, M (2000) Expression analysis of ENOD40 in alb1, a symbiotic mutant of Lotus japonicus, which forms empty nodules with incompletely developed nodule vascular bundles. Mol. Gen. Genetics 264: 402-410. 3. Takane, K., Tajima, S. and Kouchi, H. (2000) Structural and expression analysis of uricase mRNA from Lotus japonicus. Mol. Plant-Microbe Interact. 13(10):1156-60. 4. Banba, M., Siddique, A.-B. M., Kouchi, H., Izui. K. and Hata, S. (2000) Lotus japonicus forms early senescent root nodules with Rhizobium etli. Mol. Plant-Microbe Interact. 14: 173-180. 5. Kawashima, K., Suganuma, N., Tamaoki, M. and Kouchi, H. (2001) Two Types of Pea Leghemoglobin Genes Showing Different O2-Binding Affinities and Distinct Patterns of Spatial Expression in Nodules. Plant Physiol. 125: 641-651. 6. Niwa, S., Kawaguchi, M., Imaizumi-Anraku, H., Chechetka, S.A., Ishizaka, M., Ikuta, A. and Kouchi, H. (2001). Responses of a Model Legume Lotus japonicus to Lipochitin Oligosaccharide Nodulation Factors Purified from Mesorhizobium loti JRL501. Mol. Plant-Microbe Interac. 14: 848-856. 7. Kato, T, Kawashima, K, Miwa, M, Mimura, Y, Tamaoki, M, Kouchi, H and Suganuma, N (2002) Expression of genes encoding late nodulins characterized by a putative signal peptide and conserved cysteine residues is reduced in ineffective pea nodules. Molecular Plant-Microbe Interactions 15: 129-137. 8. Nishimura, R., Hayashi, M., Wu, G.-J., Kouchi, H., Imaizumi-Anraku, H., Murakami, Y., Kawasaki, S., Akao, S., Ohmori, M., Nagasawa, M., Harada, K. and Kawaguchi, M. (2002) HAR1 mediates systemic regulation of symbiotic organ development. Nature 420: 426-429. 9. Nakagawa, T., Takane, K., Sugimoto, T., Izui, K., Kouchi, H. and Hata, S. (2003) Regulatory regions and nuclear factors involved in nodule-enhanced expression of a soybean phosphoenolpyruvate carboxylase gene: implications for molecular evolution. Mol. Genet. Genomics in press 121 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 10. Nakagawa, T., Izumi, T., Banba, M., Umehara, Y., Kouchi, H., Izui, K. and Hata, S. (2003) Characterization and expression analysis of genes encoding phosphoenolpyruvate carboxylase and phosphoenolpyruvate carboxylase kinase of Lotus japonicus, a model legume. Mol. Plant-Microbe Interact. 16:281-288. 11. Kumagai, H. and Kouchi, H. (2003) Gene silencing by expression of hairpin RNA in Lotus japonicus roots and root nodules. Mol. Plant-Microbe Interac. (in press). 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. Saeki, K. and Kouchi, H. (2000) The Lotus symbiont, Mesorhizobium loti: Molecular genetic techniques and application. J. Plant Res. 113: 457-465. 2. Tajima, S., Takane, K., Nomura, M. and Kouchi, H. (2000) Symbuiotic nitrogen fixation at the late stage of nodule formation in Lotus japonicus and othe legume plants. J. Plant Res. 113: 467-473. 3. 川口正代司,原田久也,河内宏,中村保一,田畑哲之: モデルマメ科植物 ミヤコグサ 蛋白質核酸酵素 臨 時増刊号「植物の形づくりー遺伝子から見た分子メカニズム」 (岡田清孝編) vol.47,1482-1487.(2002) 共立出 版 4. 河内宏 (2001)「窒素固定」朝倉植物生理学講座2 代謝 (山谷知行 編)朝倉書店 東京 p.38-47 5. 河内宏 (2002) 「マメ科植物の共生窒素固定」 植物栄養・肥料の事典 (植物栄養・肥料の事典編集委員会 編) 朝倉書店、東京 口頭発表 招待講演 1. 田島茂行・東江美加・高根健一・Cheng, X.G.・河内 宏. (2000) マメ科植物における共生特異的代謝遺伝子 群の発現解析. 2. 植物感染生理談話会論文集(第36号):植物と微生物相互作用の夜明け、p65-73 今泉温子、川口正代司、村上泰宏、妹尾啓史、Zakaria, S.M.、田中晶善、小畑仁、河内宏、赤尾勝一郎、川 崎信二 (2001) 根粒形成初期過程に関与する宿主遺伝子の positional cloning に向けて。日本植物学会第 65 回大会シンポジウム「ミヤコグサ根粒形成の分子機構」2001 年 9 月 27 日 3. 河内 宏 (2001) ミヤコグサの Nod ファクターに対する初期反応。日本植物学会第 65 回大会シンポジウム「ミ ヤコグサ根粒形成の分子機構」2001 年 9 月 27 日 4. 河内 宏 (2001) ミヤコグサcDNA アレイの構築-その使い方も含めて 第 3 回ミヤコグサ分子遺伝学ワーク ショップ かずさアカデミアホール 2001 年 11 月 5. 菅沼教生、川島和也、玉置雅紀、河内宏(2002)マメ科植物レグヘモグロビンの異質性。第 75 回日本生化学 会大会シンポジウム p701 6. 河内 宏 (2002) 大規模cDNA マクロアレイを用いたミヤコグサ根粒形成過程における遺伝子発現プロファイ リング 日本生化学会第75回大会シンポジウム講演要旨集 p683 7. 河内 宏 (2003) ミヤコグサ cDNA アレイ、 「使いこなすためのアレイ技術」 かずさ DNA 研究所、2003 年3月 8. Nakagawa, T., Takane, K., Kouchi, H., Izui, K., and Hata, S. (2001) Regulatory elements and nuclear factors responsible for nodule-enhanced expression of a soybean phosphoenolpyruvate carboxylase gene. “Molecular Genetics of Model Legumes: Impact for Legume Biology and Breeding” (Golm, Germany, Sept.15-19, 2001) Proceeding, pp.29 122 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 3.1. マメ科植物の共生器官形成過程の分子生物学的解析 3.1.2. 根粒形成における特異的オルガネラ分化の分子機構 香川大学農学部分子植物栄養学研究室 田島 茂行、野村 美加 ■要 約 大規模な根粒 EST クローン塩基配列解析、ミトコンドリア発現タンパクデータベースを作成するとともに、根粒細胞において 特異的に存在量の変動するタンパクの同定をオルガネラ分化の視点から行った。同様な目的でオルガネラ間の小胞輸送に関 与する SNARE 遺伝子のうち根粒特異的な発現を示す遺伝子を検索した。現在までに酵母 Sed5、Vam3 に相同性が高い2つの 遺伝子が根粒で強い発現を示すことが判明した。さらに根粒オルガネラ系代謝制御を調べるため、根粒非感染細胞で発現す るウリカーゼ遺伝子について酵素学的特徴、プロモーター解析、形質転換体を用いた生理学的意義について解析した。 ■目 的 マメ科植物が共生窒素固定を効率よく行う鍵は、根粒内共生を支える代謝コンパートメントが形成・維持されていることに ある。具体的には、感染細胞及び非感染細胞間の物質代謝、根粒菌を取り囲む膜系であるシンビオゾーム、感染細胞内 で形態が変化したミトコンドリア、パーオキシゾームなどが、根粒内代謝コンパートメントを形成するために共生特異的に分 化していると思われる。根粒の老化、崩壊は植物コントロールであることから、この系の維持には共生体及び植物間でのシ グナル伝達系が関与していると考えられる。このようなマメ科植物根粒における共生特異的炭素、窒素化合物の流れを支 配する代謝コンパートメント形成・維持に大きな役割を果たすオルガネラ分化の分子機構を解析理解すると共に、根粒オ ルガネラ系代謝制御の可能性を検討する。 複雑な代謝系を統括的に理解するためモデル植物の系を利用し、更に近年酵母などの系で研究が急速に進んでいる オルガネラ形成、細胞内オルガネラ間タンパク輸送の視点から共生オルガネラ形成及び維持についてもモデル植物の系 で解析し、ゲノム解析の結果と結びつける。共生系でのオルガネラ研究は前例がなく植物微生物相互作用の新しい視点を 開拓する研究になる。 ■ 研究方法 1. 根粒内オルガネラのプロテオーム解析: ダイズ、ミヤコグサ植物の大量栽培施設を作成し、定期的なオルガネラ単離を可能 にした。ダイズ根粒については2週間ごとに数十グラムの根粒を採取できる体制をつくった。ダイズ根粒よりパーコール遠心でミ トコンドリア、プラスチド、パーオキシゾームを単離する条件を確立し、オルガネラプロオーム解析に使用した。 更にダイズ根粒 より酵素法により、迅速に遊離細胞を調製し、感染細胞、非感染細胞を分別するとともに、オルガネラ調製を試みた。 各オルガネラに含まれるタンパクをプロテオームの手法で解析した。可溶性画分、オルガネラよりタンパクを抽出し、2次 元電気泳動条件を検討した。2次元ゲルをタンパク染色、ウェスタン染色し、全般的プロテオーム解析と共に、オルガネラ 分化に特異的なタンパク群の性格付けを試みた。根粒及び根より調製したミトコンドリア画分については、2次元ゲル上の タンパクスポットを PMF 分析、Edman 分析により同定し、根粒オルガネラに特異的なタンパク群の性格付け、データベース 作成を行った。更にゲル上タンパクスポットの帰属データを得るため、かずさ DNA 研究所、河内研と協力してミヤコグサ根 粒組織で発現する EST クローンの 5'-シークエンスを行った。 123 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 根粒パーオキシゾームで発現増幅するウリカーゼ遺伝子の生理学的意義: 非感染細胞特異的なウリカーゼ遺伝子に 関して発現解析、プロモーター解析を行った。 2.1. マクロアレー作成とアレーによる形質転換体の解析: マクロアレー作製コンソシアムに参加し、ミヤコグサ EST クローン のマクロアレーを作製した。このアレーを用いてウリカーゼアンチセンス形質転換体の解析を行った。 3. Snare 解析: 根粒特異的細胞内器官形成の目安として、Snare(Soluble N-ethylmaleimide-sensitive factor attachment protein receptors)に注目し、ミヤコグサ EST ライブラリーを用いてミヤコグサにおける解析を行った。ミヤコグサにおける根 粒特異的 snare-like protein の探索、クローニング、in situ ハイブリダイゼーションによる発現解析を行った。 4. 根粒で C/N 代謝を制御すると思われる遺伝子の発現増幅・抑制変異体の作製: 根粒内で代謝変動を起こす可能性の ある PEPC 遺伝子をミヤコグサ形質転換体で発現解析させるコンストラクト及び形質転換体の作成を試みた。 5. タンパクキナーゼ(PK)特異抗体を用いた根粒内で発現する PK のプロテオミクス解析: 様々なタイプのある PK に共通的 に反応する抗体を作成して、ミヤコグサ cDNA 発現ライブラリーの網羅的スクリーニングを行った。 ■ 研究成果 1. ダイズ、ミヤコグサの水耕及び礫耕栽培施設を作成した。根粒より高純度で感染細胞、非感染細胞、皮層組織を得る事 が出来た。根粒よりミトコンドリア、プラスチド、パーオキシゾームを取得する条件を確立した。根粒可溶性画分を用いて2次 元電気泳動を行い、プロテオーム解析に十分な泳動条件をほぼ確立した(図-1)。2次元電気泳動の結果、根粒ミトコンドリ アでは 465 スポットを検出でき、根ミトコンドリアでは 383 スポットを検出できた。そのうち 190 スポットが根粒ミトコンドリアに、 107 スポットが根ミトコンドリアにそれぞれ特異的に検出された。また根粒と根ミトコンドリアで一致したスポット275のうち、根 粒ミトコンドリアで up-regulate していたものは 48 あり、down-regulate したタンパクは 49 存在した。根及び根粒組織由来ミト コンドリアの検出スポットは PMF 法でデータベース作成の情報を得るとともに、根粒特異的タンパクスポットは PMF 法、自動 エドマン法による N-末端アミノ酸分析を共用して、確度の高いタンパク同定を行った (Table 1)。 ミトコンドリアタンパクデ ータベース情報がかなりの精度で整備された。このタンパク同定を更に進めるためにマクロアレーの結果からミヤコグサ根 粒で発現している EST クローン約9000クローンのうち約 5500 クローンの 5’末端塩基配列を決定した。現在も進めている が、根粒で発現する全クローンについて解析しアミノ酸シークエンスデータベースを整備してゆく予定である。この成果は マクロアレークローンの同定にも利用できる。 図-1 ダイズ根粒(左)、根(右)ミトコンドリア画分の二次元電気泳動 124 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Table 1. Identification of putatively specific, up-regulated, down-regulated and common rotein spots from soybean nodule mitochondria (a partial list) Spot Protein Database Accession no. Sequence Organism Iden Calculated Cov Psort (%) Mr/pI (%) 51S 86S 87S Chaperone protein dnaK REF NP_767319 (Brady) 60 kDa chaperonin 3 REF NP_768699 (Brady) SAKEVKFGV 100 60 kDa chaperonin 3 REF NP_768699 (Brady) ABC transporter substratebinding protein 261S REF NP_772236 (Brady) ABC transporter substratebinding protein 263S REF NP_227859 (Thermo) Putative phosphoserine aminotransferase 297S REF NP_179354 (Arath) 301S Flavanone 3-hydroxylase DBJ BAC58033(Raphan AREFFALAPR80 398S 60 kDa chaperonin 3 REF NP_768699 (Brady) 452S At2g37930, unknown protein GB AAO63447 (Arath) KAEEVLFGVD80 TVSIEKETPE 100 494S Coproporphyrinogen III oxidaseSP P35055 (Glycine) P0446B05.4, hypothetical protein 697S DBJ BAB89557 (Oryza) SVVRGGVLR 80 59U GB AAF27638 (Arath) SKKPAGNDV 90 Heat shock protein 70 126U Glycine dehydrogenase SP P26969 (Pisum) ISVEALQPSD90 361U Malate dehydrogenase DBJ BAC45721 (Brady) ARDKIALIGS 100 626U Porin-like protein GB AAO72587 (Oryza)* MRGPGLFSD 90 628U ATP synthase delta chain, SP P17604 (Pisum) ANVPGQKET 70 mitochondrial ANVPGQKEN 80 629U NADH2 dehydrogenase 27K chPIR PQ0785 (Vicia) 653D ATP synthase alpha chain SP Q01915 (Glycine) MEFSVRAAE 100 GB AAF27639 (Arath) EKVVGIDLGT100 11C,24 Heat shock protein 70 C,26C 194C Heat shock 70 KD protein SP Q01899 (Phaseolus) ABC transporter substrate240C binding protein DBJ BAC53186 (Brady) ETVLRIGMTA100 348C Malate dehydrogenase, Mdh-1 GB AAD56659 (Glycine) ASEPVPERK 100 Predicted NADH 376C dehydrogenase 24 kD subunit REF NP_567244 (Arath) STALNYHLDT90 391C Ferrochelatase SP O59786(SchizosacchGELVADHLK 70 SP P19023 (Zea) 395C, ATP synthase beta chain 407C, 430C, 433D, 437D 473C Succinyl-CoA ligase [GDP- SP O82662 (Arath) LNIHEYQGAE100 forming] beta-chain 485C Pyruvate dehydrogenase E1 GB AAC72192 (Zea) SSAAQEITVR80 beta subunit isoform 1 516C, 5 ATP synthase PIR S48643 (Glycine) AKESAPPAL 100 534C NADH-ubiquinone SP P80266 (Solanum) AKVKASTGIV80 oxidoreductase 22.5 kDa subunit 558C Hypothetical protein; protein REF NP_176607 (Arath) VTPARIEEHG70 569C Superoxide dismutase [Mn] SP P27084 (Pisum) LHVYTLPDLD80 596C 36 kDa outer mitochondrial SP P42056 (Solanum) VIGPGLYSDI 90 membrane protein porin 625C 36kDa porin I, II EMBL CAA56601(SolanuAKGPGLYSD 90 Putative 26S proteasome regulatory subunit 650C REF NP_174210 (Arath) 68.4/ 5.1 20 B.c (0.18) 57.6/ 5.2 54 B.c (0.16) 57.7/ 5.2 26 B.c (0.16) 675C 11.26.6 Hypothetical protein 11 PIR S37678 (Oryza) VSFRRTKLLV70 MitoPro 58.8/ 6.9 36 B.in (0.25) 66.3/ 8.5 17 15 47.1/8.3 21.4/5.2 57.7/ 5.2 40 52.0/8.8 43.3/6.7 B.in (0.46) C.s (0.88) 0.7999 M.m(0.70) B.c (0.16) M.m(0.46) 0.1896 Cl.s (0.94) 0.9434 25.1/6.9 C (0.45) 0.3281 73.0/5.6 M.m (0.91) 0.9879 114.7/7.2 M.m (0.87) 0.9733 34.1/5.9 52 B.in (0.11) 29.5/9.2 C (0.45) 4/9.7 ER.m(0.55) 1.13/8.6 55.3/6.2 77.1/5.1 37 M.m (0.62) 0.2118 Cl.s (0.87) 0.8769 72.5/5.9 15 65.6/8.4 36.1/8.2 43 B.c (0.25) 47 M.m (0.48) 0.9798 28.4/8.1 42.7/6.1 59.1/6.0 M.m (0.72) 0.9985 C (0.45) 0.0628 22 M.m(0.92) 0.9994 45.3/6.3 M.m (0.51) 0.9344 39.8/5.5 V (0.46) 0.9823 0.9866 20.3/8.9 4.1/9.4 32 M.m (0.73) 0.8583 ER.m(0.55) 90.1/5.1 25.8/7.2 29.3/7.9 M.m (0.48) 0.0889 48 M.m (0.86) 0.9768 C (0.45) 29.4/7.8 46.7/6.2 C (0.45) 17 M.m(0.59) 0.34 M.m (0.36) 0.1258 S, specific; U, up-regulated; D, down-regulated; C, common; Database: DBJ, Development Bank of Japan; EMBL, European Molecular Biology Laboratory; GB, GenBank; PIR, Protein Information Resource; REF, NCBI Reference Sequence; SP, SwissProt; Organism abbreviations: Arath, Arabidopsis thaliana; Brady, Bradyrhizobium japonicum USDA110; Glycine, Glycine max; Oryza, Oryza sativa; Oryza*, Oryza sativa (japonica cultivar-group); Phaseolus, Phaseolus vulgaris; Pisum, Pisum sativum; Raphanus, Raphanus sativus; Schizosaccha, Schizosaccharomyces pombe; Solanum, Solanum tuberosum; Vicia, Vicia faba; Zea, Zea may; Iden. (%), the percentage of sequence identity; Calculated Mr/pI, the caculated molecular mass and theoretical isoelectric point of the protein match; Cov. (%), coverage, the percentage of the full-length sequence covered by the matching peptides; Psort, predicted localization (P = 0-1); B.c, bacterial cytoplasm; B.in, bacterial inner membrane; C, cytoplasm; Cl.s, chloroplast stroma; ER.m, endoplasmic reticulum (membrane); M.m, mitochondrial matrix; V, vacuole; MitoProt, probability of mitochondrial targeting (P = 0-1); 125 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 2. 様々な植物ウリカーゼ cDNA をクローニングし、ウリカーゼアミノ酸配列から推定される系統樹を作成した。ダイズ根粒で 発現する二つのウリカーゼ遺伝子(UR2, UR9)を pET を用いた大量発現系に組み込み、発現タンパクの性質を検討した。 根粒特異的な UR9 ウリカーゼは UR2 ウリカーゼに比べて Km 値が低く、様々な調節を受ける可能性が示唆された。また、 ウリカーゼプロモーター解析の結果、5’非翻訳領域に存在する GTAATG(BOXI)というモチーフが非感染細胞特異的な発 現に必要であることが示された。 3. EST データベース、5'-DNA 配列情報から12個以上の Snare-like クローンを単離し、精密な配列情報を得るとともに、ノー ザンブロットを行った。その結果、根粒特異的に強く発現しているクローンが複数個見つかった。1 クローンは Sed5 と呼ばれる ゴルジ体に結合する snare であり、in situ ハイブリダイゼーションの結果からは非感染細胞で発現している結果を得た(図-2)。 また、葉、茎、根に比べ根粒で強い発現をしている SNARE-like clone として、GEN06 遺伝子が見つかった。この遺伝子は、 酵母 VAMP と相同性を示した。ヒト VAMP アイソフォームはエンドソーム・リソソーム trafficking に関与しているという報告があ ることから、GEN06 は、根粒菌がエンドサイトーシス的に取り込まれるときに関与している SNARE である可能性が高い。 図-2 根粒特異的に発現している sed5-like 遺伝子の局在性 アンチセンスプローブ(上段)、センスプローブ(下段)を用いて in situ hybridization を行った。 4. ミヤコグサ形質転換系を用いて根粒内での C, N 代謝の相関を検討するため、根粒で強く発現している PEPC 酵素に着 目し、35S プロモーター下流に PEPCcDNA をセンス、アンチセンスに組み込んだ形質転換体を作製した。 5.プロテインキナーゼー(PK)特異抗体を用いた根粒内で発現する PK のスクリーニングでは、50,000 プラークから得られた 30 個の陽性クローンのうち 28 個が PK であった。28個のクローンについてシークエンスを行った結果、12個の独立した PK であることが確認された(表-2)。 表-2 今回の発現スクリーニングで見つかったミヤコグサプロテインキナーゼ Clone (クローン数) LNZ001 (1) LNZ002他 (3) LNZ003 (1) LNZ004他 (8) LNZ005他 (3) LNZ006 (1) LNZ007他 (5) LNZ010 (1) LNZ016 (1) LNZ021 (1) LNZ023他 (2) LNZ027 (1) 相同性の高いプロテインキナーゼ Mesembryanthemum crystallinum PK MK6 protein Cucumis sativus SNF1-related PK protein Arabidopsis thaliana putative PK protein Medicago sativa PK protein glycogen synthase kinase Arabidopsis thaliana serine/threonine PK SOS2 protein Arabidopsis thaliana CBL-interacting PK CIPK25 protein Oryza sativa (japonica cultivar-group) putative receptor serine/threonine kinase protein Arabidopsis thaliana putative serine/threonine kinase protein Arabidopsis thaliana receptor serine/threonine kinase PR5K, putative protein Arabidopsis thaliana CBL-interacting PK CIPK25 protein Arabidopsis thaliana CBL-interacting PK 23 protein 126 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■考 察 根粒内の共生特異的オルガネラ分化を示すプロテオーム解析の基本的技術を確立し、ミトコンドリアについては根粒特 異的タンパクの発現を確認することが出来た。更に約 100 タンパクについては、N-末端分析、peptide mass fingerprint によ って同定を進めることが出来た。現在のところは、サンプル収集に有利なダイズ根粒を使用しているが、膜系のタンパクは2 次元電気泳動で分離が難しく、完全なプロテオーム解析は困難である。2次元 HPLC の手法を併用して膜系タンパクにつ いても解析する必要があろう。ダイズの系はサンプル採取が比較的簡単であるが、ゲノムプロジェクトが進行しているミヤコ グサ系を使用する方がペプチドマッピングには有利である。しかし、ミヤコグサは根粒が小さくオルガネラ採集が大変である。 ダイズのゲノム解析も、EST レベル、完全長 EST 解析が近年中に行われるという予定もあるので、今後の根粒材料は更に 検討してゆきたい。 更に平成13年度は、より網羅的な解析を行うため、マクロアレー技術を取り入れ、既にゲノム EST プロジェクトで塩基配 列 解析されているオルガネラ関連遺伝子の発現を検討した。 根粒内の共生特異的オルガネラ分化を示すプロテオームデータベース作製のため、ダイズ共生系の根と根粒由来ミトコン ドリアについては発現の差を確認することが出来た。この結果は PMF データとしてまとめることが出来たが、更に大規模にミ ヤコグサプロテオームデータベースを作製するためのタンパク同定を進める上で、ミヤコグサ EST クローンの5’側配列情報 を得ることが必須であると考えられた。従って、14年度にはミヤコグサ EST クローンの5’側シークエンスをおこなった。Snare については根粒特異的な sed5-like クローンを単離した。この種のクローンの単離は従来報告されていない。 Snare については根粒特異的に高発現するクローンを複数単離し、in situ ハイブリダイゼーションなどの解析が出来た。 この種のクローンの単離は従来報告されていないので、非常に興味ある知見が得られると思われる。 ウリカーゼに関しては、ダイズウリカーゼ遺伝子UR2、UR9について大量発現系を用いて酵素学的特徴を調べると同時に プロモーター解析を行い根粒非感染細胞特異的に発現するためのシス領域(BOXI)を確定した。また、ミヤコグサを思いて アンチセンスウリカーゼ形質転換体を作製し、マクロアレー解析を用いた網羅的解析を進めた。これらの結果をまとめるここ でウリカーゼ遺伝子の生理学的特徴が示されてくると期待される。 形質転換体を用いた根粒で発現している遺伝子の機能解析についてはウリカーゼ遺伝子だけではなく、C/N 代謝に関 わると思われる PEPC 酵素、SNARE タンパク質、さらには PK に関しても行っている。得られた形質転換体については代謝 変動を調べると共にマクロアレー解析を用いた網羅的解析を行ってゆきたい。 ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌 1. Tajima, S., Sinsuwongwat, S., Nuntagij, A., Shutsrirung, A., Nomura, M., Kodera, A., Kaneko,T., Tabata, S. : 「A Survey of the physiological role of malic enzymes in tropical Rhizobia. - Cloning of malic enzyme genes from B. japonicum USDA110, and distribution of the malic enzyme genes in Thai Local Rhizobia」, International Center for Biotechnology, Osaka University. 118-201, (2002) 2. Sinsuwongwat, S., Nuntagij, A., Shutsrirung, A., Nomura, M. and Tajima, S.: 「Characterization of local Rhizobia in Thailand and the distribution of malic enzyme」, Soil Science and Plant Nutrition. Vol.48(5), 711-717, (2002) 3. Sinsuwongwat, S., Kodera, A., Kaneko, T., Tabata, S., Nomura, M. and Tajima, S.: 「 Cloning and characterization of a NADP+-malic enzyme gene from Bradyrhizobium japonicum USDA110」, Soil Science and Plant Nutrition Vol.48(5), 719-727, (2002) 4. Tajima, S., Sinsuwongwat, S., Nuntagij, A., Hiramitsu, N. and Agarie, M.:「Energy metabolism and host legume relationships in local isolates of Rhizobia as a marker of the metabolism type」, International Center for Biotechnology, Osaka University. 201-206, (2001) 127 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 5. Agarie-Nomura, M., Hiramitsu, N. and Shigeyuki, T.:「Isolation and characterization of malic enzyme in Bradyrhizobium japonicum A1017」, International Center for Biotechnology, Osaka University. 255-260, (2001) 6. Cheng, X.G., Nomura, M., Takane, K., Kouchi, H. and Tajima, S.: 「Expression of two uricase (Nodulin-35) genes in a non-ureide type legume, Medicago sativa.」, Plant Cell Physiol., Vol.41(1), 104-109, (2000) 国外誌 1. K. Takane, S. Tajima and H. Kouchi 「Structural and expression analysis of uricase mRNA from Lotus japonicus.」, Molecular Plant Microbe Interact. Vol.13, 1156-1160, (2000) 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌 1. 赤尾勝一郎、田島茂行、大山卓爾、安藤象太郎、南澤究: 「共生窒素固定研究の展開と持続的食料生産」, 日本土壌肥料学会誌, 第 73 巻, 73-78, (2002) 2. 田島茂行、野村美加 : 「窒素固定研究の最新情報(5)―根粒特異的遺伝子の発現様式―」, 農業技術研 究, 512-516, (2002) 3. 田島茂行・東江美加・高根健一・Cheng, X.G.・河内 宏:「マメ科植物における共生特異的代謝遺伝子群の発 現解析」,植物感染生理談話会論文集(第36号):植物と微生物相互作用の夜明け, 65-73, (2000) 4. Tajima, S., Takane, K., Nomura, M. and Kouchi, H.: 「Symbiotic Nitrogen Fixation at the Late Stage of Nodule Formation in Lotus Japonicus and other Legume Plants.」, J. Plant Res. Vol.113, 467-473, (2000) 128 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 3.2. 窒素固定能発現に関わる根粒細胞-バクテロイドの相互作用 3.2.1. 根粒特異的遺伝子の分子進化と共生微生物認識機構 京都大学大学院生命科学研究科分子代謝制御学分野 畑 信吾 ■要 約 インゲン根粒菌(Rhizobium etli)によって形成されたミヤコグサ(Lotus japonicus)早期老化型根粒におこる遺伝子発現 変化を、EST マクロアレイを用いて解析した。また、突然変異体を作成したりアクティベーションタギング法を適用するため に形質転換を行って、植物・微生物相互認識機構や拒絶機構に異常が生じた個体を選抜することを試みた。さらに、ダイ ズ根粒特異的ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子(PEPC)のプロモーター解析を手始めにして、ミヤコグサ 根粒に発現する PEPC の性状解析、アーバスキュラー菌根菌(Glomus mosseae)との共生で誘導されるミヤコグサ遺伝子の 解析などを通じて、マメ科植物が根粒形成能を獲得した過程に考察を加えた。 ■目 的 我々は、マメ科のモデル植物ミヤコグサ(Lotus japonicus)にインゲン根粒菌(Rhizobium etli)を接種したところ、早期老化 形根粒が形成されることを見出した[1]。すなわち、ミヤコグサはインゲン根粒菌をいったん受け入れて共生関係を結び、低 いながらも窒素固定活性を発揮させる。しかしやがてミヤコグサはインゲン根粒菌が本来の共生相手とは異なることを再認識 するようであり、根粒内部においてプログラム細胞死が引き起こされ、細胞構造が崩壊する。この実験系は、植物が微生物を 認識する機構を探ったり植物の防御応答機構を研究するうえで、格好の材料になると期待された[1]。そこで本研究では、ま ずこのような人工的根粒においてミヤコグサがインゲン根粒菌を拒絶する機構を追究する。また、Gain-of-function の概念に 基づくポジティブ選抜を行って、植物・微生物相互認識機構や拒絶機構に異常が生じた結果インゲン根粒菌と共生関係を持 続し得る個体を選抜することを試みる。そのために突然変異体を作成し、アクティベーションタギング法を併用する。一方、そ れと並行して、ダイズ根粒特異的ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC)遺伝子の分子進化過程を追究する。さ らに、ミヤコグサ根粒に発現する PEPC の性状解析を行うとともに、アーバスキュラー菌根菌(Glomus mosseae)との共生に伴っ て発現するミヤコグサ遺伝子を解析し、マメ科植物が根粒形成能を獲得した過程を総合的に考察する(図 1)。 ■ 研究方法 ミヤコグサ(Lotus japonicus B-129 Gifu)は幼植物体に 1 個体あたり 3 x 1010 細胞の根粒菌を接種し、滅菌した B&D 培 地を含むバーミキュライト上で人工気象器において 2-5 週間生育させた。ミヤコグサ EST マクロアレイは、かずさ DNA 研で 用意された重複のない約 18000 の cDNA を、全国約 10 ヶ所の研究室と共同でナイロンメンブレン上にスポットすることによ り作製した。野生型根粒やインゲン根粒菌による根粒から全 RNA を抽出し、オリゴ(dT)をプライマーとして 33 P で標識した cDNA を合成してメンブレンにハイブリダイズさせた。その後イメージングプレートに露光して放射能の分布を検出し、Array Vision ソフト(東洋紡)を用いて結果を解析した。また、約 10 週間育てて自然老化した野生型根粒からも RNA を抽出し、 同様に若い野生型根粒との遺伝子発現パターンの比較を行なった。菌根を形成させるためには、低リン酸濃度の滅菌ホ ルナム液を含むバーミキュライト上で Glomus mosseae 資材(出光興産)を接種し、3-6 週間生育させた。菌根および非感 染根から全 RNA を抽出し、上記と同様にマクロアレイ解析を行なった。 129 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 インゲン根粒菌によって形成されたミヤコグサ 早期老化型根粒の性状解析 ミヤコグサ突然 変異体の作成 アクティべーショ ンタギングの準備 ダイズやミヤコグサにおけ る根粒特異的PEPCの同定 cDNAアレイを用 いた発現解析 根粒特異的PEPC遺伝子 のプロモーター解析 菌根菌共生特異的 植物遺伝子の探索 ミヤコグサ突然変異体や形質転換体に インゲン根粒菌を接種し、N-free培地で も良好な生育を示す個体の選抜 マメ科植物における根粒特異的 遺伝子の発現機構の解明 根粒菌認識や防御応答に関わる遺伝子の同定 共生微生物認識機構と根粒特異的遺伝子の分子進化の解明 図-1 本研究のストラテジー ミヤコグサ突然変異体を作成するためには、野生型種子を突然変異剤 EMS で処理して M1 植物を生育させ、それらの自 家受粉によって生じた M2 種子を採取した。こうして得た M2 種子を発芽・生育させたあと、地上部の生育や形態ならびに地 下部の根粒着生状況を観察した。アクティベーションタギングを行うために、まず T-DNA の端にカリフラワーモザイクウィル ス 35S エンハンサーを 6 個縦列させたベクターを構築した。その後 Agrobacterium rhizogenes を用いた毛状根形質転換を 行なって T-DNA をミヤコグサに導入し、インゲン根粒菌を接種して生育させた。 根粒特異的遺伝子の分子進化を追究する手始めとして、ダイズ根粒特異的 PEPC プロモーター全長(1.3 kb)もしくはこ れを削り込んだものに GUS レポーター遺伝子をつないでダイズを毛状根形質転換し、根粒における高発現に必要な cis 因 子を同定した。その後、ダイズ根粒核抽出液を用いたゲルシフト法により、tran 因子の探索を行なった。また、ダイズ根粒特 異的 PEPC cDNA [2]をプローブとしてミヤコグサ根粒に高発現する PEPC の完全長 cDNA を単離し、その構造や発現様式 を解析した。 ■ 研究成果 ミヤコグサにインゲン根粒菌やミヤコグサ根粒菌(Mesorhizobium loti)を接種して無窒素培地で育てると、野生型根粒は レグヘモグロビンによるピンク色を呈し肥大して高い窒素固定活性を発揮するが、インゲン根粒菌による根粒はやがて緑色 に変色し(図 2)、根粒内部が崩壊した[1]。 130 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ミヤコグサ根粒菌接種 インゲン根粒菌接種 1 mm 根粒菌接種後5週 図-2 根粒の色と大きさの比較 インゲン根粒菌によって形成された早期老化形根粒においては、野生型根粒に比べてシステインプロテアーゼ遺伝子 の発現が顕著に上昇しており、細胞構造が崩壊する激しさがうかがえた。そのほか、細胞壁に存在する加水分解酵素で植 物組織の発達を制御するといわれるフコシダーゼ遺伝子の発現上昇も目立った。さらに、窒素固定産物を地上部への輸 送形態であるアスパラギンを分解するアスパラギナーゼ遺伝子も誘導されており、代謝の様相が大きく変化していることもう かがえた(データ省略)。自然老化した野生型根粒においても、おおむね同様な傾向が見られた(データ省略)。 これまでに約 1000 ラインの M2 植物にインゲン根粒菌を接種して無窒素培地でも旺盛に生育する個体を探したが、目的 の突然変異体はまだ見つかっていない。この試みは現在も継続中である。ただしその過程において、斑入り葉、形態異常 花、丸葉、シュート形成変異、アルビノ、節間伸長変異、根粒非着生、根粒数減少、アントシアニン合成変異などの表現形 を示す多数の個体を単離できた。一方、アクティベーションタギング用 T-DNA を毛状根法によって導入したミヤコグサも約 600 個体作製してインゲン根粒菌を接種したが、形質転換根にはなぜか根粒が着生しにくいことが判明した(データ省 略)。 ダイズ根粒特異的 PEPC (GmPEPC7) の全長プロモーター(1.3 kb)に GUS レポーター遺伝子をつないでダイズを毛状 根形質転換したところ、根粒にのみ GUS 活性を示す青色が検出された(図4、右のパネル参照)。このプロモーターを削り 込んだり他の配列と交換してさらに詳細な解析を行い、根粒特異的発現を一義的に規定する SR(switch region, 転写開始 点を起点として -466 から-400)とその発現を促進する AR(amplifier region, -400 から-318)という2つの cis 領域の存在が 明らかになった(図5)。また、根粒核抽出液には AR に特異的に結合するタンパク質が存在することも示唆された(データ省 略)。 次に、ダイズの根粒特異的 PEPC (GmPEPC7) cDNA をプローブとして、ミヤコグサ根粒 cDNA ライブラリーから根粒に高 発現する PEPC 分子種の完全長 cDNA (LjPEPC1) を単離した。ミヤコグサの根粒で発現する LjPEPC1 は、アルファルファ やエンドウなど固定した窒素をアミド化合物にして地上部へ転流させる植物のクラスターに属し、ウレイド化合物を転流物 131 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 質とするダイズやインゲンとは明らかに異なった(図 3)。そこで上記のダイズ根粒特異的 PEPC 全長プロモーターをミヤコグ サに導入したところ、予想通りダイズとは対照的な結果になった。すなわち、根粒ではわずかに基部に発現するのみである が、側根の基部により高い発現が見られた(図4)。 ミヤコグサにアーバスキュラー菌根菌を感染させ(図6)、菌根と非感染根における遺伝子発現の違いをマクロアレイによ って調べた。その結果、リグニン合成の鍵酵素であるカフェイン酸メチル転移酵素遺伝子、細胞認識に関わるレクチン遺伝 子、病原菌防御応答に関わるキチナーゼ遺伝子、シグナル伝達に関わるアネキシン遺伝子などが菌根で誘導されることが 明らかになった(データ省略)。また、MtENOD16/20, MtN5, MtN18 など、根粒特異的遺伝子として最初に同定されたもの の発現も上昇していた(データ省略)。 0.0270 0.0078 0.0270 0.0125 0.0038 0.0348 Glycine max (GmPEPC16) Sesbania rostrata LjPEPC2 0.0062 Glycine max (GmPEPC15) 0.0189 0.0062 0.0222 0.0251 0.0147 0.0121 0.0146 0.0147 0.0268 0.0097 0.0090 0.0324 0.0090 Glycine max (GmPEPC7) Phaseolus vulgaris Pisum sativum Vicia faba(PEPC1) Medicago sativa LjPEPC1 Lotus corniculatus 黒字:ウレイド型 ピンク:アミド型 (ミヤコグサはアミド型) Underlined PEPCs have been reported to be nodule enhanced. 図-3 マメ科植物でこれまでに解析された PEPC のアミノ酸配列に基づく系統樹 132 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ミヤコグサにおけるGmPEPC7プロモーターの発現 (根粒菌接種後2ヶ月) 側根基部 側根基部 (ダイズの結果) Ic Vb Sym 根粒 Root Vb GmPEPC7 -1352 +1 +444 GUS 図-4 ダイズの根粒特異的 PEPC プロモーターの植物による発現部位の違い P ro mo ter Ev olu tio n H yp oth es is h ou se - k ee p ing pr om ote r A n c es tral P E P C g e ne G en e du p lica tio n SR AR P EPC ge ne P E P C g en e R e c ru itm e n t G mP EPC 1 5 H o u s e - k e e p in g r o le SR A R GmPEPC7 No d ule-s pe cific fu n ction 図-5 ダイズの根粒特異的 PEPC プロモーターにおける2つの cis 因子とその分子進化仮説 133 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 100µm 図-6 ミヤコグサに共生したアーバスキュラー菌根菌(トリパンブルー染色) ■考 察 今回のマクロアレイ解析により、インゲン根粒菌によって形成された早期老化形根粒ではシステインプロテアーゼ遺伝子、 アスパラギナーゼ遺伝子、フコシダーゼ遺伝子などが顕著に誘導されることが判明した。これは、若い野生型根粒と比較し て、根粒の内部における代謝の様相が大きく異なることを物語っている。老化の引き金になる遺伝子は必ずしも大きな発現 変化を示すとも限らないので、今後は自然老化した根粒の結果も含めて、さらに詳細な解析を続行する予定である。 インゲン根粒菌との活発な共生を持続できる突然変異体や形質転換体が得られれば、植物による微生物認識機構や植 物の防御応答機構など、これまで未解明な分野に新たな知見をもたらすと期待された。そこでまず、ミヤコグサ突然変異株 を約 1000 ライン作製したが、これまでのところ目的の変異体は見つかっていない。今後もこの試みを継続するとともに、そ の過程で予期せぬ表現形を示す突然変異体が多数見つかったので、興味深いものから順次それらを詳しく解析していくこ とも考えている。アクティベーションタギング法には大きな期待をよせ、かなりの労力を費やしたが、形質転換根にインゲン 根粒菌が着生しにくいために計画は暗礁に乗り上げている。今後は形質転換の材料を変更することも視野に入れつつ、再 度計画を練り直す予定である。 ダイズ根粒特異的 GmPEPC7 プロモーターに GUS レポーターをつないでダイズを毛状根形質転換し、根粒特異的高発 現に必要な2つの cis 領域を決定できた。また、そのうちの1つ (AR) には、根粒に存在する核タンパク質が結合することも 見いだした。ダイズ根粒特異的 PEPC 遺伝子は、これらの cis 領域を獲得することによって進化してきたと考えられる(図 5)。 このダイズ根粒特異的 PEPC プロモーターをミヤコグサに導入したところ、根粒の基部や根粒周辺の維管束ならびに側根 134 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 の基部にのみ高い GUS 活性を付与し、ダイズに導入したときとは全く異なった発現が見られた(図 4)。同じマメ科植物であ ってもダイズは固定された窒素をウレイド化合物として地上部へ送り、ミヤコグサはアミド化合物として転流することが知られ ている。よって、ミヤコグサにおいてはダイズと異なる機構で PEPC 遺伝子発現調節がなされている可能性が示された。 マメ科植物が根粒菌と共生できるようになったのは約 7500 万年前であるといわれているのに対し、アーバスキュラー菌根 菌はすでに 4 億 5 千万年前に植物と共生していたという化石的証拠がある(図 7)。菌根菌と根粒菌とでは、前者が真核生 物である一方後者は原核生物である、前者は宿主のリン酸吸収を助けるのに対し後者は窒素を供給する、前者は宿主範 囲が非常に広く現在の地上植物の 8 割以上と共生できるが後者が共生できる相手はごく限られている、前者は菌糸を伸ば しつつ植物根に侵入するが後者の感染には感染糸という特殊な器官形成をともなうことが多いなど、違いもみられる。それ にもかかわらず、両者とも植物細胞とは膜(ペリアーバスキュラー膜またはペリバクテロイド膜)で仕切られ、ある種の根粒形 成不全変異体は菌根も形成できないなど、共通点も多い。それゆえ、マメ科植物の根粒形成能は多くの植物が有するアー バスキュラー菌根菌との共生能が基礎になっている、という考えが主流になりつつある。そこで、菌根と非感染根における 遺伝子発現の違いをマクロアレイによって調べた。その結果、カフェイン酸メチル転移酵素遺伝子、レクチン遺伝子、キチ ナーゼ遺伝子など、いわゆる防御応答に関与することが知られている遺伝子の発現上昇が見られた。なお、これらは根粒 形成時にも誘導されるという報告もある。しかし、菌根形成や根粒形成におけるこれらの遺伝子発現の程度は病原菌感染 時よりも低いとも考えられるので、今後はミヤコグサに感染する根腐れ病菌 Fusarium solani などを用いてこの点を追究する 予定である。また菌根においては、MtENOD16/20, MtN5, MtN18 のミヤコグサホモログなど、根粒特異的遺伝子として最 初に同定されたものの発現も上昇していた。これはやはりマメ科植物の根粒形成能が菌根形成能を転用したものである可 能性をいっそう強めるものである。しかし一方、たとえばレグヘモグロビンのように菌根では全く誘導されない根粒特異的遺 伝子もある。今後はこのように時系列に沿って根粒特異的遺伝子をさらに分類し、マメ科植物の微生物共生能獲得過程を より詳細に検討したい。 大 気 に 酸 素 出 現 生 命 誕 生 地 球 誕 生 40 30 真 核 生 物 発 生 動 植植 物物 分上 岐陸 20 X 108 year 10 0 億年前 X 108 year 6 5 4 3 2 1 0 非維管束植物・コケなど 維管束植物・シダなど 裸子植物・ソテツなど 被子植物 ミ カ ン 図-7 植物進化の歴史 135 ケ スユ ヤ スリ キ キ ス ミ レ 億年前 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 引用文献 1. Banba M, Siddique A-BM, Kouchi H, Izui K, Hata S: Lotus japonicus forms early senescent root nodules with Rhizobium etli. Mol. Plant-Microbe Interact. 14: 173-180 (2001) 2. Hata S, Izui K, Kouchi H: Expression of a soybean nodule-enhanced phosphoenolpyruvate carboxylase gene that shows striking similarity to another gene for a house-keeping isoform. Plant J. 13: 267-273 (1998) ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. Nakamori K, Takabatake R, Umehara Y, Kouchi H, Izui K, Hata S: Cloning, functional expression, and mutational analysis of a cDNA for Lotus japonicus mitochondrial phosphate transporter. Plant Cell Physiol. 43: 1250-1253 (2002) 国外誌 1. Banba M, Siddique A-BM, Kouchi H, Izui K, Hata S: Lotus japonicus forms early senescent root nodules with Rhizobium etli. Mol. Plant-Microbe Interact. 14: 173-180 (2001) 2. Nakagawa T, Izumi T, Banba M, Umehara Y, Kouchi H, Izui K, Hata S: Characterization and expression analysis of genes encoding phosphoenolpyruvate carboxylase and phosphoenolpyruvate carboxylase kinase of Lotus japonicus, a model legume. Mol. Plant-Microbe Interact. 16: 281-288 (2003) 3. Nakagawa T, Takane K, Sugimoto T, Izui K, Kouchi H, Hata S: Regulatory regions and nuclear factors involved in nodule enhanced expression of a soybean phosphoenolpyruvate carboxylase gene: implications for molecular evolution. Mol. Genet. Genomics 269: 163-172 (2003) 4. Akamine S, Nakamori K, Chechetka SA, Banba M, Umehara Y, Kouchi H, Izui K, Hata S: cDNA cloning, mRNA expression, and mutational analysis of the squalene synthase gene of Lotus japonicus. Biochim. Biophys. Acta 1626: 97-101 (2003) 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 1. 泉井桂,畑信吾,古本強,上野宜久:「植物の炭酸固定酵素, ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ, を特異的にリン酸化するプロテインキナーゼとその調節」,日本農芸化学会誌,Vol. 77,(2003) 口頭発表 招待講演 1. Nakagawa T, Takane K, Kouchi H, Izui K, Hata S: Regulatory elements and nuclear factors responsible for nodule-enhanced expression of a soybean phosphoenolpyruvate carboxylase gene. EuroConference: Molecular Genetics of Model Legumes, Golm, Germany, 2001.9. 2. 畑信吾,馬場真里:「共生後期におけるミヤコグサの根粒菌認識機構解明にむけて」,日本植物学会第 65 回大 会シンポジウム,東京,2001.9. 3. 畑信吾,中川知己,馬場真里,泉智子,芦田かなえ,大木保弘:「ミヤコグサの共生窒素固定根粒における遺 伝子発現と根粒菌認識機構について」,日本生化学会第 75 回大会シンポジウム,京都,2002.10. 136 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 3.2. 窒素固定能発現に関わる根粒細胞-バクテロイドの相互作用 3.2.2. Fix-突然変異体を用いた窒素固定能発現調節機構の解析 愛知教育大学教育学部 菅沼 教生 ■要 約 エンドウ Fix-突然変異体 E135(sym13)の根粒で窒素固定活性が発現しない原因を明らかにするために、バクテロイドの タンパク質組成、窒素固定活性に及ぼす根圏の低酸素分圧の影響、ノデュリンの遺伝子発現を検討した。その結果、ニト ロゲナーゼが失活するために窒素固定活性が検出されない可能性が強く示唆された。ミヤコグサ Fix- 突然変異体 fix6 (Ljsym75)と fix7(Ljsym81)の特性を明らかにするために、表現型解析を行ったところ、fix6 ではニトロゲナーゼの発現、fix7 ではバクテロイドの分化のステージで変異が生じていることが明らかになった。fix6 を用いたアレイ解析により、窒素固定能 の発現制御に関与すると予想される遺伝子が単離された。また、突然変異体のそれぞれの原因遺伝子のラフマッピングを 行った結果、LjSym75 は第4染色体、LjSym81 は第2染色体に位置することが示された。 ■目 的 マメ科植物と根粒菌の共生窒素固定系は、宿主植物から分泌されるフラボノイドを根粒菌が認識した結果合成される感 染シグナル(リポキトオリゴサッカライド)に宿主植物が応答することで根粒が形成された後に、根粒菌の細胞内共生体(バ クテロイド)化が起こってはじめて実現する。ところが、根粒菌のバクテロイドへの分化、窒素固定能の発現における宿主植 物と根粒菌の相互作用の分子機構は、ほとんど明らかにされていない。これまでに、種々のマメ科植物で、根粒は形成さ れるが形成された根粒が窒素固定能を示さない Fix-突然変異体が数多く単離されてきている(1,2)。これらの中には、根 粒細胞に内部共生した根粒菌がバクテロイドに分化していないものやバクテロイドに分化しているにもかかわらず窒素固定 活性がみられないものがある。このことは、宿主植物に根粒菌のバクテロイド分化、窒素固定能発現を制御する遺伝子が 存在することを物語っている。そこで、本課題では、エンドウの Fix-突然変異体 E135(sym13)とマメ科のモデル植物であるミ ヤコグサの Fix-突然変異体 fix6(Ljsym75)と fix7(Ljsym81)の表現型を生理学、生化学、分子生物学的手法を用いて詳細 に解析することで、内部共生した根粒菌のバクテロイド分化、窒素固定能発現に関わる宿主植物の因子を明らかにするこ とを目的とする。さらに、サブテーマ:植物-微生物相互作用における特異性の遺伝的基盤の解明と連携しつつ、ミヤコグ サ Fix-突然変異体の原因遺伝子の精密マッピングを進め、窒素固定共生に関わる相互作用に必須の植物遺伝子の単離 を目指す。 ■ 研究方法 (1)エンドウ Fix-突然変異体 E135(sym13)の解析 これまでにエンドウ Fix-突然変異体 E135(図-1)では、根粒は正常に形成され、内部共生した根粒菌はバクテロイドに分 化し(3)、さらに、バクテロイドにニトロゲナーゼの2種類の構造タンパク質が合成されるにもかかわらず、窒素固定活性が 根粒あるいは単離されたバクテロイドにまったく検出されない(4)ことが明らかにされている。これらの結果から、窒素固定 活性が検出されない原因として、合成されたニトロゲナーゼタンパク質が不完全である、あるいは、合成されたニトロゲナー ゼタンパク質が酸素によって失活するという2通りの可能性が考えられた。そこで、前者の可能性を検証するために、E135 137 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 根粒の細胞に内部共生した根粒菌で窒素固定を行う上で必要な遺伝子が正常に発現しているかどうかを、根粒菌のタン パク質組成を固定化 pH ゲルを用いた二次元電気泳動法により分析することで検討した。同時に、後者の可能性を検証す るために、根圏の酸素濃度を低下させることで E135 根粒の窒素固定活性が回復するかどうかを調べた。 また、E135 根粒では、いくつかの根粒特異的タンパク質ノデュリンの遺伝子発現が顕著に抑制されることが明らかにされ ている(5)。そこで、E135 根粒で発現が減少するノデュリン遺伝子と窒素固定活性との関連を明らかにするために、それら 遺伝子の構造解析、発現解析を行った。 (2)ミヤコグサ Fix-突然変異体 fix6(Ljsym75)と fix7(Ljsym81)の解析 マメ科のモデル植物であるミヤコグサの Fix-突然変異体 fix6 と fix7(図-1)は、Kawaguchi ら(6)によって単離された。しか し、基本的な表現型解析が行われておらず、根粒発達過程のどのようなステージでブロックが生じているか不明である。原 因遺伝子の機能を解明する上で、ブロックされているステージを特定しておくことは重要である。そこで、植物の成長、根粒 着生、窒素固定活性、根粒菌の系統特異性といった基本的な表現型解析を行った。さらに、根粒の構造を光学顕微鏡、 走査型顕微鏡で観察するとともに、ニトロゲナーゼタンパク質の発現とレグヘモグロビンタンパク質の発現をウェスタンブロ ットにより解析した。 図-1 エンドウ Fix-突然変異体 E135 とミヤコグサ Fix-突然変異体 fix6 と fix7 かずさ DNA 研究所が蓄積したミヤコグサの EST を用いて、アレイ解析用のメンブレンが共同で作成された。そこで、その メンブレンを用いて fix6 根粒の遺伝子発現を網羅的に解析した。窒素固定活性がみられない fix6 の根粒は、根粒発達過 程の途中で発達がブロックされている。したがって、正常な根粒と fix6 根粒の遺伝子発現を比較することで、ブロックされた ステージの後で発現が誘導される遺伝子、すなわち、窒素固定活性の発現に関与する宿主植物の遺伝子を単離できると 考えられた。 また、これら突然変異体の原因遺伝子の同定に向けて、原因遺伝子のマッピングを行った。マッピングには、DNA マーカ ーを用いて構築されたミヤコグサの遺伝地図(7)に基づき、共優性マーカーである SSR マーカーと dCAPS マーカーを用い た。ミヤコグサの Miyakojima MG-20 系統と交配して得られた種子から劣性の F2 ホモ個体を選抜し、葉からゲノミック DNA を抽出し、PCR を行うことで、遺伝距離を求めた。 138 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■ 研究成果 (1)エンドウ Fix-突然変異体 E135(sym13)の解析 (1-1)バクテロイドのタンパク質組成 固定化 pH ゲル(pH4-7)を用いた二次元電気泳動と銀染色により、約 600 個のタンパク質のスポットが検出された。この システムを用いて、単独で生活する根粒菌、正常品種 Sparkle の根粒から単離されたバクテロイド、E135 根粒から単離され たバクテロイドのタンパク質組成を比較した(図-2)。その結果、正常な根粒のバクテロイドで発現が増大あるいは減少する タンパク質は、いずれも E135 根粒のバクテロイドでも同様に挙動した。また、より塩基性のタンパク質についても比較するた めに、pH3-10 の固定化 pH ゲルを用いて、同様な分析を行ったが、正常なものと E135 のものとの間に違いは検出されな かった。これらの結果から、E135 根粒に内部共生したバクテロイドでは、正常に完全なニトロゲナーゼが合成され、窒素固 定を行うための体制は整っていると考えられた。 図-2 単独で生活する根粒菌、正常品種 Sparkle と突然変異体 E135 の根粒から単離されたバクテロイドのタンパク質組成 (1-2)E135 根粒の窒素固定活性に及ぼす根圏の低酸素分圧の影響 E135 根粒のバクテロイドにおけるニトロゲナーゼが完全であると予想されたので、E135 根粒では酸素バリアーに変異が 生じ、合成されたニトロゲナーゼが酸素によって失活している可能性が考えられた。そこで、E135 の根粒の着生した根を水 中に浸漬する、あるいは、寒天培地中に閉じ込めるといった2通りの方法で、根圏の酸素分圧を低下させることで、窒素固 定活性が回復するかどうかを検討した。しかしながら、正常な Sparkle では酸素分圧を低下させることで窒素固定活性は減 少するものの活性は検出されたが、E135 根粒では窒素固定活性は検出されなかった。したがって、E135 根粒では、酸素 バリアーに問題があるわけではなく、別の原因によってニトロゲナーゼが酸素によって失活していると推測された。 (1-3)E135 根粒で発現が減少するノデュリン遺伝子の構造と発現様式 サブトラクション法によりエンドウ根粒から 15 種類のノデュリン遺伝子が単離された。このうち、6種類の遺伝子の発現が E135 根粒で顕著に抑制された(図-3)。そこで、これら6種類の遺伝子の構造を決定したところ、1つはレグヘモグロビン遺 伝子、残りの5種類はいずれもN末端にシグナルペプチドを有し、2つのシステインクラスターが保存された低分子のシステ インクラスタータンパク質(8)をコードする遺伝子であることが明らかになった(表-1)。 図-3 E135 根粒におけるノデュリン遺伝子の発現 139 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 表-1 ノデュリン遺伝子の同定 E135 根粒で発現が減少するレグヘモグロビン PsLb5 は、E135 根粒でも正常な根粒と同程度の発現がみられる4種類の レグヘモグロビン PsLb120 と構造的に異なっていた(図-4)。さらに、組み換えレグヘモグロビンタンパク質の酸素の対する 親和性は、PsLb5 のタイプのレグヘモグロビンの方が高く、正常な根粒の感染領域全域にわたって発現がみられた(図-5)。 しかし、E135 根粒では、時間的にも空間的にも発現が抑制された。これらの結果から、エンドウ根粒には2つのタイプのレ グヘモグロビンが存在し、窒素固定活性を示さない E135 根粒で発現が顕著に抑制されるレグヘモグロビン PsLb5 は、窒素 固定活性により強く関与することが示された。 図-4 2つのタイプのレグヘモグロビンの推定されるアミノ酸配列 140 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-5 レグヘモグロビン遺伝子の時間的、空間的発現様式 また、システインクラスタータンパク質をコードする5種類の遺伝子 PsN1、6、314、335、466 は、エンドウ初期ノデュリン遺 伝子 PsENOD3、PsENOD14(9)と同様な構造的特徴を示した(図-6)。これらは、時間的、空間的発現様式から後期ノデュ リンに分類された(図-7)。これらタンパク質の機能は不明であるが、根粒の窒素固定領域で発現が誘導され、E135 根粒で 発現が顕著に抑制されることから、窒素固定活性と密接な関係にあると考えられた。さらに、ゲノミックサザンハイブリダイゼ -ションによって、この種の遺伝子がエンドウのゲノムに数多く存在することが示された。 しかし、E135 根粒で発現が減少するレグヘモグロビン遺伝子と5種類のシステインクラスタータンパク質遺伝子は、形成 初期の E135 根粒では正常な根粒と同様に発現が誘導されることから、E135 根粒でこれらノデュリン遺伝子の発現が抑制さ れることが窒素固定活性が発現しない原因とは考えられなかった。 図-6 システインクラスタータンパク質遺伝子の推定されるアミノ酸配列 141 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-7 システインクラスタータンパク質遺伝子の空間的発現様式 (2)ミヤコグサ Fix-突然変異体 fix6(Ljsym75)と fix7(Ljsym81)の解析 (2-1)表現型解析 ミヤコグサ Fix-突然変異体 fix6 と fix7 は、窒素フリーの条件で根粒菌を接種すると、根粒は形成されるが、植物の生育は 顕著に抑制された。fix6 の根粒には生育期間を通して、窒素固定活性はまったく検出されなかった。しかし、fix7 の根粒に はわずかに活性が検出され、正常な根粒の活性と同様な経時的変動パターンがみられた。fix6 の根粒は、ステージが進行 すると根粒の先端領域で感染細胞の崩壊が観察されたが、fix6 と fix7 の根粒は両者ともに正常な根粒と同様の構造であっ た。走査型電子顕微鏡を用いて、根粒細胞に侵入した根粒菌の形態とサイズを観察したところ、両者ともにバクテロイド化 に伴う根粒菌の肥大が認められず、バクテロイドに分化していないと判断された。さらに、fix7 ではニトロゲナーゼタンパク質 が検出されたが、fix6 では検出されなかった。また、両者ともにレグヘモグロビンタンパク質は検出された。これらの結果から、 根粒菌のバクテロイド分化とニトロゲナーゼの発現は宿主植物の別々の遺伝子によって制御されていること、fix6 ではニトロ ゲナーゼ発現のステージ、fix7 ではバクテロイド分化のステージで発達がブロックされていることが示された(表-2)。また、 fix6 では生育の初期段階から根粒着生数が増大する特徴がみられた。さらに、高濃度の硝酸添加によって根粒着生は抑 制されたが、根粒着生の増大は低濃度の硝酸添加によって影響されなかった。fx6 と正常な Gifu 系統との交配によって得 られたヘテロ個体の子孫における窒素固定活性の有無と根粒着生の増大の分離比を検討したところ、根粒着生の増大が 窒素固定能の発現を制御すると思われる変異遺伝子とは別の遺伝子によるとの結果は得られなかった。これらの結果から、 fix6 の変異遺伝子は窒素固定活性のみならず、根粒着生にも影響を及ぼすと推測された。 表-2 fix6 と fix7 の表現型解析 142 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 (2-2)マクロアレイ解析 突然変異体 fix6 の根粒における遺伝子発現を網羅的に解析するために、マクロアレイ解析を行った。その結果、根粒で 発現する遺伝子の 99%は fix6 の根粒でも正常に発現していた(図-8)。しかし、fix6 の根粒では正常な根粒よりも発現が減 少する遺伝子が 55 個(表-3)、発現が増大する遺伝子が 45 個検出された。さらに、これら遺伝子の発現パターンをノーザ ン解析により確認したところ、減少する遺伝子は約8割、増大する遺伝子は約6割がマクロアレイ解析によって得られた結 果と一致した。fix6 根粒で発現が増大する遺伝子にはシステインプロテアーゼといった分解系に関与するものがみられたこ とから、発現が増大した遺伝子は fix6 根粒が早期に老化したために誘導されたと考えられた。また、fix6 根粒で発現が減少 する遺伝子には、レグヘモグロビンといったノデュリン遺伝子、グルタミン合成酵素やホスホエノールピルビン酸カルボキシ ラーゼなどの炭素と窒素代謝に関与する酵素、輸送タンパク質、植物ホルモンの代謝に関与する酵素、病原反応に関与 するタンパク質などが含まれていた。 (2-3)マッピング 原因遺伝子のマッピングを、fix6(Ljsym75)は劣性ホモの F2 植物約 620 個体、fix7(Ljsym81)は約 150 個体を用いて行っ た。その結果、LjSym75 は第4染色体の SSR マーカーTM0539 と TM0708 の間で、TM0539 から約 0.2cM に位置すること が、LjSym81 は第2染色体の SSR マーカーTM0610 の 0cM に位置することが明らかになった。 図-8 fix6 根粒のアレイ解析 Category Nodulin Carbon and nitrogen metabolism Gene GENLf039f11 GENLf046b05 GENLf053h09 GENLf016c06 GNf018g11 GNf086b12 GENLf016b09 MR043b12 GENf031d01 MSQL073a06 GNf029d01 MWM120b01 GENf011g10 MWM032e12 GENLf007g02 表-3 fix6 根粒で発現が減少する遺伝子 Best database match Leghemoglobin, Lotus japonicus Leghemoglobin, Lotus.japonicus Leghemoglobin, Lotus japonicus Leghemoglobin, Lotus japonicus Nlj21, Lotus.japonicus LjN63, Lotus.japonicus MtN21, Medicago truncatula MtN21, Medicago truncatula ENOD8, Medicago truncatula Sucrose synthase, Glycine max Sucrose synthase, Pisum sativum Sucrose synthase, Glycine max Sucrose synthase, Glycine max Phosphoenolpyruvate carboxylase, Lotus japonicus Starch branching enzyme II, Pisum sativum 143 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 Transporter Phytohormone metabolism Pathogenesis Regulation Others Unknown MWL059e01 GENf034g08 GNf021f11 MWM225f07 MWM027c05 MWL036b12 GENLf009d02 MWM016f06 MWL001h09 GENLf058a07 GENf077a11 GNf071h07 GNf087h07 MWM019h11 MWM073h09 MWL076b07 MSQL019h09 MWL010g08 GENLf085g01 GNf043f02 GNf037f04 MWM084e12 GNf070f09 MWL061c06 MWM066c03 MWM064e04 MWM191g12 MR025e04 GNf098g07 GENLf039h11 GENf009g06 GENf071b09 MWM187g02 GENLf046f08 GNLf009c03 MRL046a10 GENLf006d03 MSQ001d03 GENLf071a02 GNf010e03 Glutamine synthetase, Lotus japonicus Asparagine synthetase, Lotus japonicus Asparagine synthetase, Lotus japonicus Asparagine synthetase, Lotus japonicus Water-selective transport intrinsic membrane protein 1, Lotus.japonicus ZIP-like zinc transporter, Arabidopsis thaliana Putative potassium transpoter, Oryza sativa Delta-tonoplast intrinsic protein, Gossypium hirsutum Tonoplast intrinsic protein, Medicago sativa Amino acid transpoter-like protein, Arabidopsis thaliana 1-aminocyclopropane-1-carboxylate oxidase, Vigna radiata 1-aminocyclopropane-1-carboxylate oxidase, Pisum sativum Gibberellin 2-oxidase, Lactuca sativa PR10-1 protein, Medicago truncatula PR10-1 protein, Medicago truncatura Jasmonic acid regulatory protein, Lycopersicon esculentum Resistance protein candidate, Lactuca sativa Putative zinc finger protein, Arabidopsis thaliana Elongation factor-1 alpha, Nicotiana paniculata Serine carboxypeptidase, Arabidopsis thaliana Thiamin biosynthetic enzyme, Glycine max ATPase epsilon subunit, Lotus.japonicus Nicotianamine synthase, Lycopersicon escalentum Ribosomal protein S11, Lotus.japonicus Hypothetical protein, Cicer arietinum Hypothetical protein, Arabidopsis thaliana Hypothetical protein, Arabidopsis thaliana Hypothetical protein, Arabidopsis thaliana Hypothetical protein, Arabidopsis thaliana Hypothetical protein, Arabidopsis thaliana Hypothetical protein, Arabidopsis thaliana Hypothetical protein, Arabidopsis thaliana ■考 察 エンドウ Fix-突然変異体 E135(sym13)の原因遺伝子を分子遺伝学的手法を用いて単離することは、現状では困難であ る。本研究では、正常な根粒と E135 根粒を生理学、生化学、分子生物学的手法を用いて、詳細に比較することで、E135 根粒で窒素固定活性が発現しない原因を見出そうとした。これまでに、E135 根粒では根粒菌は正常にバクテロイドに分化 し、ニトロゲナーゼタンパク質が合成されるにもかかわらず活性がまったく検出されないことから、ニトロゲナーゼが不完全で あるかどうか、ニトロゲナーゼが酸素によって失活しているかどうか、E135 根粒で発現が減少するノデュリン遺伝子が関与 するかどうかといった3点から窒素固定活性が発現しない原因を探求した。E135 根粒に内部共生した根粒菌のバクテロイド のタンパク質組成を分析した結果、正常なバクテロイドと違いは検出されず、E135 根粒の根粒菌は根粒の発達に伴って正 常に遺伝子発現が挙動していると推測された。また、根圏の酸素分圧を低下させることで、E135 根粒の窒素固定活性は回 復されなかったことから、少なくとも酸素バリアーの変異によってニトロゲナーゼが失活しているわけではないと考えられた。 さらに、E135 根粒で発現が減少する遺伝子を同定することができたが、これらが窒素固定活性が発現しない原因とは考え られなかった。以上のことから、E135 根粒で窒素固定活性が発現しない原因は、何らの理由でニトロゲナーゼが失活して いるためである可能性が強く示唆された。例えば、バクテロイドの外側に位置するペリバクテロイド膜に存在する有機酸の 輸送タンパク質に変異が生じ、正常に有機酸がバクテロイドに輸送されないために、呼吸が活発に行われず、ニトロゲナー ゼに必要なエネルギーが生産されないと同時に呼吸によって消費されない酸素によってニトロゲナーゼが失活する可能性 が考えられる。今後、このような仮説を検証するとともに、ニトロゲナーゼが完全であることを明確にするために E135 根粒の バクテロイドにおける遺伝子発現をさらに詳細に検討する必要がある。 144 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 E135 根粒で発現が減少するノデュリン遺伝子は窒素固定活性が発現しない原因とは考えられなかったが、これら遺伝 子の構造と発現解析の結果、レグヘモグロビンには酸素に対する親和性が異なる2種類が存在すること、エンドウにはシス テインクラスタータンパク質遺伝子が数多く存在することが明らかにされた。レグヘモグロビンが2種類存在することは古くに ダイズ(10)とエンドウ(11)を用いたタンパク質レベルでの研究によって提唱されたが、それを遺伝子レベルで証明できたこと の意義は大きい。また、最近、マメ科のモデル植物の一つであるタルウマゴヤシの根粒に多量のシステインクラスタータン パク質遺伝子が発現していることが示され(12, 13)、共生窒素固定系におけるシステインクラスタータンパク質の重要性が ますます認識されるようになってきている。 ミヤコグサの Fix-突然変異体 fix6(Ljsym75)と fix7(Ljsym81)の解析では、表現型解析の結果、LjSym75 はニトロゲナー ゼの発現を制御する遺伝子、LjSym81 はバクテロイドの分化を制御する遺伝子であることが示された。さらに、ラフマッピン グによって、これら遺伝子の染色体におけるおおよその位置を特定することができた。今後、これら遺伝子のクローニング に向けて、マッピングを継続し、正確な遺伝距離を求めていく必要がある。また、fix6 のマクロアレイ解析によって、窒素固 定能発現に関与すると思われるいくつかの植物遺伝子の候補が得られた。今後、これら遺伝子の構造と機能を明らかにし、 窒素固定能発現にどのように関与するかを解き明かしていく予定である。 ■ 引用文献 1. Vance CP, Egli MA, Griffith SM and Miller SS:Plant regulated aspects of nodulation and N2 fixation, Plant Cell Environ, 11, 423-427, (1988) 2. Suganuma N:Host-plant genes affecting nitrogen fixing activity in legume nodules, Curr Topics Plant Biol, 1, 145-149, (1999) 3. Kneen BE, LaRue TA, Hirsch AM, Smith CA and Weeden NF:sym13 - A gene conditioning ineffective nodulation in Pisum sativum, Plant Physiol, 94, 899-905, (1990) 4. Suganuma N, Sonoda N, Nakane C, Hayashi K, Hayashi T, Tamaoki M and Kouchi H:Bacteroids isolated from ineffective nodules of Pisum sativum mutant E135 (sym13) lack nitrogenase activity but contain the two protein components of nitrogenase, Plant Cell Physiol, 39, 1093-1098, (1998) 5. Suganuma N, Tamaoki M and Kouchi H:Expression of nodulin genes in plant-determined ineffective nodules of pea, Plant Mol Biol, 28, 1027-1038, (1995) 6. Kawaguchi M, Imaizumi-Anraku H, Koiwa H, Niwa S, Ikuta A, Syono K and Akao S:Root, root hair, and symbiotic mutants of the model legume Lotus japonicus, Mol Plant-Microbe Interact, 15, 17-26, (2002) 7. Hayashi M, Miyahara A, Sato S, Kato T, Yoshikawa M, Taketa M, Hayashi M, Pedrosa A, Onda R, Imaizumi-Anraku H, Bachmair A, Sandal N, Stougaard J, Murooka Y, Tabata S, Kawasaki S, Kawaguchi M and Harada K:Construction of a genetic linkage map of the model legume Lotus japonicus using an intraspecific F2 population, DNA Res, 8, 301-310, (2001) 8. Fruhling M, Albus U, Hohnjec N, Geise G and Puhler A:A small gene family of broad bean codes for late nodulins containing conserved cysteine clusters, Plant Sci, 152, 67-77, (2000) 9. Scheres B, van Engelen F, van der Knaap E, van de Wiel C, van Kammen A and Bisseling T:Sequential induction of nodulin gene expression in the developing pea nodules, Plant Cell, 2, 687-700, (1990) 10. Appleby CA:The oxygen equilibrium of leghemoglobin, Biochim Biophy Acta, 60, 226-235, (1962) 11. Uheda E and Syono K:Physiological role of leghaemoglobin heterogeneity in pea root nodule development, Plant Cell Physiol, 23, 75-84, (1982) 12. Fedorova M, van de mortel J, Matsumoto PA, Cho J, Town CD, VandenBosch KA, Gantt JS and Vance CP: Genome-wide identification of nodule-specific transcripts in the model legume Medicago truncatula, Plant Physiol, 130, 1-19, (2002) 145 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 13. Mergaert P, Nikovics K, Kelemen Z, Maunoury N, Vaubert D, Kondorosi A and Kondorosi E:A novel family in Medicago truncatula consisting of more than 300 nodule-specific genes coding for small, secreted polypeptides with conserved cysteine motifs, Plant Physiol, 132, 161-173, (2003) ■ 成果の発表 原著論文による発表 国外誌 1. Kawashima K, Suganuma N, Tamaoki M and Kouchi H:Two types of pea leghemoglobin genes showing different O2-binding affinities and distinct patterns of spatial expression in nodules, Plant Physiol, 125, 641-651, (2001) 2. Kato T, Kawashima K, Miwa M, Mimura Y, Tamaoki M, Kouchi H and Suganuma N:Expression of genes encoding late nodulins characterized by a putative signal peptide and conserved cysteine residues is reduced in ineffective pea nodules, Mol Plant-Microbe Interact, 15, 129-137, (2002) 3. Suganuma N, Nakamura Y, Yamamoto M, Ohta T, Koiwa H, Akao S and Kawaguchi K:The Lotus japonicus Sen1 gene controls rhizobial differentiation into nitrogen-fixing bacteroids in nodules, Mol Genet Genomics (in press) 口頭発表 招待講演 1. 菅沼教生、川島和也、玉置雅紀、河内宏:「マメ科植物レグヘモグロビンの異質性」、 国立京都国際会館、 第 75 回日本生化学会大会シンポジウム、 2000.10.17 146 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 3. 根粒形成・防御応答の分子機構 3.3. 病原菌感染に対する植物の防御応答の分子機構 3.3.1. 過敏感細胞死の誘導分子機構の解析 神戸大学農学部植物病理学研究室 土佐 幸雄 ■要 約 エンバク葉に、ビクトリア葉枯病菌の産生する宿主特異的毒素ビクトリンを処理したところ、DNA ラダー化、クロマチンの 凝集が認められた。このことから、ビクトリン処理により誘導される細胞死はアポトーシス様であると考えた。さらに、エンバク 葉に絶対寄生性糸状菌(エンバク冠さび病菌)親和性および非親和性レース、各種細菌、ウイルスを接種したところ、同様 に DNA ラダー化ならびにクロマチン凝集が確認された。このことから、アポトーシス様細胞死は病原体の種類を問わず起こ る普遍的現象であり、それが親和性/非親和性相互作用のいずれに関与するかは、個々の病原体/植物がそれをいかに 利用するかに依存すると考えた。 ■目 的 植物品種のレース特異的抵抗性は、遺伝子対遺伝子関係によって制御されていることが知られている。このような系において は、抵抗性遺伝子を保有する植物品種は、対応する非病原性遺伝子を保有する病原菌の感染時に一連の細胞反応を起動し、 その侵入・定着を阻止する。その際の代表的かつ最も重要な防御応答は、過敏感細胞死ならびにファイトアレキシンの産生で ある。このうち過敏感細胞死は、近年プログラム細胞死またはアポトーシスの一形態ではないかという仮説のもとに改めて注目 を集めている「引用文献 1」。一方、親和性/非親和性が宿主特異的毒素で決定される系においては、親和性の場合にアポトー シスが起こるとされている「引用文献 2」。従って、植物と植物病原菌の相互作用における親和性/非親和性決定においてアポト ーシスがどのような役割を果たしているのかという問題は、未解決の重要課題である。本研究ではエンバクをモデル植物として 用い、この問に対する答えを探る。つぎに、過敏感反応とファイトアレキシン産生の時間的・空間的動態を追跡し、防御応答系 の全体像を明らかにする。さらに、レトロトランスポゾンを利用した新たな病害抵抗性植物の開発を試みる。 ■ 研究方法 特異性が遺伝子対遺伝子説により決定される系と宿主特異的毒素による決定される系との矛盾の解明に取り組むため には、エンバクは格好の材料である。それは、エンバクには、両系が単一遺伝子をめぐって表裏一体となった有名な系が 存在するからである(図-1)。すなわち、エンバク品種は抵抗性遺伝子 Pc2 を持つとそれに対応する非病原性遺伝子を持 つ冠さび病菌 Puccinia coronata f.sp. avenae レースに抵抗性となるが、宿主特異的毒素ビクトリンを産生するエンバクビク トリア葉枯病菌 Cochliobolus victoriae には感受性となる。これはビクトリン感受性遺伝子 Vb が Pc2 と同一のものであるかま たは密接に連鎖しているためであるとされている。一方、この Pc2/Vb を持たない品種は、冠さび病菌には感受性であるが、 エンバクビクトリア葉枯病菌には抵抗性となる。 本実験では、エンバク葉枯病菌に対しては、Pc2/Vb 保有系統 IowaX469 と非保有系統 IowaX424 を用いた。ただし、エンバク 葉枯病菌のこれらの系統に対する反応は本菌の産生するビクトリンによって決定されていることがすでに明らかとなっているので、 実際の反応はビクトリン処理により検討した。処理は、エンバク第一葉裏表皮を剥離後、ビクトリン液に浮かべて行った。エンバク 冠さび病菌接種の際には、レースとの反応の関係上、レース 226 に抵抗性の品種勝冠1号と感受性の品種 CW-491-1 を用いた。 147 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-1 エンバク系統のエンバク冠さび病菌 P. coronata f.sp. avenae、エンバクビクトリア葉枯病菌 C. victoriae に対する反応。Pc-2/Vb 遺 伝子をもつエンバク系統 IowaX469 はエンバク冠さび病菌には抵抗性であるが、エンバクビクトリア葉枯病菌には感受性である。一方、 Pc-2/Vb 遺伝子を持たない IowaX424 はエンバク冠さび病菌には感受性であるが、エンバクビクトリア葉枯病菌に抵抗性である。 ■ 研究成果 1. 胞死 まず、冠さび病菌接種によって誘導される過敏感細胞死とビクトリン処理によって誘導される細胞死の様相を比較検討した (図-2)。エンバク品種勝冠 1 号に非親和性冠さび病菌レース 226 を接種すると、クラッシュし自家蛍光を発する典型的な過敏 感死細胞が数多く誘起された(図-2A)。DAB 染色をしたところ、これらの過敏感死細胞には活性酸素が蓄積しており、その 蓄積は細胞壁および断片化した膜構造に顕著に認められた(図-2B)。一方、ビクトリン感受性品種 IowaX469 にビクトリンを処 理したところ、処理 6 時間後にはトルイジンブルーにより内部まで薄く染色される死細胞が広く認められた(図-2C)。電子顕微 鏡観察を行ったところ、細胞壁およびミトコンドリア外膜上に顕著な活性酸素の蓄積が認められた(図-2D)。このように、両系 において誘導される死細胞は形態的には異なる一方で、活性酸素の蓄積等の共通点も持つことが明らかとなった。 148 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-2 非親和性エンバク冠さび病菌感染および宿主特異的毒素ビクトリンによってエンバク葉に誘導される細胞死形態と活性酸素生成。 左:P. coronata race 226 を接種したエンバク品種勝冠 1 号。A は蛍光顕微鏡暗視野像、B は DAB 染色による電子顕微鏡下での活性酸 素検出。矢印は活性酸素の蓄積を示す DAB 沈殿。右:ビクトリン C を処理したエンバク系統 IowaX469。C は処理 6 時間後のトルイジン ブルー染色像。D は塩化セリウム法による電子顕微鏡下での活性酸素検出。 つぎに、両死細胞における核ならびに細胞小器官の様相を電子顕微鏡下で詳しく観察した。ビクトリン処理葉では、処 理 4 時間後からアポトーシスの指標である顕著なクロマチン凝集が認められた(図-3c)。興味深いことにクロマチン凝集の 認められるこの時間帯においても、葉緑体ならびにミトコンドリアは正常な形態を保持していた(図-3c)。一方、非親和性冠 さび病菌接種葉に誘起された過敏感死細胞においても顕著なクロマチン凝集が認められた。クロマチン凝集は過敏感死 細胞のみならず、その隣接細胞においても認められた。過敏感死細胞から 4 細胞以上離れた細胞では、健常な構造の核 が観察された。以上のことから、クロマチンレベルでは、両死細胞において同様の現象 - クロマチン凝集 - が起こってい ることが明らかとなった。 Iowa X469 vs. Victorin C 図-3 ビクトリン C を処理したエンバク系統 IowaX469 に誘導されるクロマチン凝集。 N, 核;M, ミトコンドリア;Ch, 葉緑体。 149 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 アポトーシスの最も重要な指標のひとつは DNA の断片化、とくにヌクレオソーム単位での断片化が引き起こす DNA ラダ ー化である。そこで、ビクトリン処理したエンバク葉を EM-TUNEL 染色したところ、DNA 断片化を示す金粒子が凝集したヘ テロクロマチン上に多数検出された(図-4A)。このビクトリン処理葉から DNA を抽出し電気泳動したところ、明瞭な DNA ラ ダーが観察された(図-4B)。同様に、非親和性冠さび病菌接種葉においても DNA 断片化ならびにラダー化が観察された (図-4CD)。以上のことから、ビクトリン処理によって誘導される細胞死、冠さび病菌接種によって誘起される過敏感細胞死 のいずれも形態的には異なるものの、共通の過程を経由し、アポトーシス様細胞死という共通の結果に至ることが明らかと なった。さらに冠さび病菌接種葉においては、過敏感死細胞のみならずその周辺細胞にもアポトーシス様細胞死が誘起さ れていることが証明された。 図-4 非親和性エンバク冠さび病菌感染および宿主特異的毒素ビクトリンによってエンバク葉に誘導される DNA 断片化。A,B:ビクトリン Cを処理したエンバク系統 IowaX469。C,D:P. coronata race 226 を接種したエンバク品種勝冠1号。A,C は EM-TUNEL 染色像を、B,D は 処理葉から抽出した DNA の電気泳動像を示す。N, 核; Ch, 葉緑体;Hc, ヘテロクロマチン;Eu、ユークロマチン;Ch, 葉緑体。 以上のように、ビクトリン処理の系における親和性組み合わせ、ならびに冠さび病菌接種の系における非親和性組み合 わせにおいてアポトーシス様細胞死が起こることが明らかとなったので、つぎにそれぞれの系における非親和性/親和性の 決定とアポトーシス様細胞死の相関について詳しく検討した。ビクトリン感受性品種 IowaX469 と感受性品種 IowaX424 にビ クトリンを処理したところ、IowaX469 においては上述のように顕著な細胞死と DNA ラダー化・クロマチン凝集が認められたの に対し、IowaX424 では細胞死・DNA ラダー化・クロマチン凝集のいずれも全く認められなかった。すなわち、ビクトリン処理 の系においては、親和性/非親和性と細胞死の有無、ならびにアポトーシス様反応の有無が全く一致した。一方、エンバク 品種勝冠1号に冠さび病菌非親和性レース 226 と親和性レース 203 を接種して比較したところ、非親和性レース接種時の みならず親和性レース接種時においても遅れて DNA ラダー化が誘導され、両者の違いは誘導の遅速にあることが明らかと なった(図-5)。さび病菌が感染した場合、それが親和性レースであっても、病原菌である以上細胞に徐々にダメージを与 え、やがては組織を崩壊させてゆく。従って、上記の結果は、アポトーシス様反応が細胞死に伴うかなり普遍的な現象であ ると考えれば説明できると考えた。 150 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 A 図-5 親和性エンバク冠さび病菌感染によってエンバク品種勝冠 1 号に誘導されたクロマチン凝集。 a:親和性菌 P. coronata race203 接種後 36 時間。b:吸器を形成された細胞の隣接細胞。接種後 72 時間。C:接種後 96 時間。クロマチン の凝集及び葉緑体の変型が観察される。N, 核;h,吸器 アポトーシス様反応が普遍的な現象か否かをさらに検討するため、エンバクに条件的腐生性糸状菌 Magnaporthe oryzae の親和性菌(エンバクいもち病菌)と非親和性菌(コムギいもち病菌)(図-6A)、各種細菌(Pseudomonas syringae pv. atropurpurea, P. syringae pv. coronafaciens)(図-6B)、ならびにウイルス(Ryegrass mottle virus)(図-6C)を接種したところ、 いずれの場合にも DNA ラダー化ならびにクロマチン凝集が認められた。このことから、アポトーシス様反応は病原体の種類 や親和性/非親和性を問わず、細胞死に普遍的に付随して起こる現象であることが示唆された。 A B corona tine(-) corona tine(+) C N 図-6 条件的腐生性糸状菌、細菌ならびにウィルス接種によってエンバク葉に誘導される DNA 断片化とクロマチンの凝集。A: Magnaporthe oryzae の親和性菌(エンバクいもち病菌:Br58)と非親和性菌(コムギいもち病菌:Br48)接種により誘導される DNA 断片化と クロマチン凝集。B: P. syringae pv. coronafaciens 接種。c: Ryegrass mottle virus 接種。 151 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 一方、ビクトリン感受性エンバク系統にビクトリンを処理すると、アポトーシス様細胞死と同時に 28kDa のヌクレアーゼ (p28)の活性が増高することを見出した(図-7)。p28 の DNA ラダー化への関与および諸性質を調べるため、本酵素を高度 に精製した。一方、エンバク単離核を用いて in vitro アポトーシス誘導系を構築した。この系を用いて、上記 p28 精製標品 の DNA ラダー化に与える影響を検討した。p28 精製標品を単離核に処理しても DNA ラダー化は誘導されなかったが、p28 を含むビクトリン処理葉抽出液を処理するとラダー化が認められた。この反応はシステインプロテアーゼ阻害剤により阻害さ れた。これらのことから、エンバク核における DNA ラダー化は、p28 とシステインプロテアーゼにより協調的に誘導されること が示唆された。 図-7 ビクトリン処理エンバク葉(IowaX469)に誘導される DNA ラダー化およびヌクレアーゼ活性。SDS-PAGE 後のゲルを洗浄後、2mM CaCl2 を含む 20mM MOPS-KOH, pH6.5 中で 25C, 20hr 反応させた。反応後のゲルをエチジウムブロマイド染色し、UV 照射下で観察した。 DNA が消化され黒く抜けたバンドをヌクレアーゼとした。 2.ファイトアレキシン産生 エンバクのファイトアレキシン、アベナルミンの生合成に関わる遺伝子をクローニングするため、エリシター処理エンバク 葉から mRNA を抽出し、cDNA ライブラリーを構築した。このライブラリーを degenerate PCR により得た断片をプローブとして スクリーニングし、positive clone を得た。得られた遺伝子はカーネーションのファイトアレキシン Dianthalexin の生合成に関わ る遺伝子 Anthranilate N-hydroxycinnamoyl/benzoyl transferase gene (HCBT)とアミノ酸レベルで 40%の相同性を有していた。 本遺伝子を HHT(Hydroxycinnamoyl-CoA: hydroxyanthranilate N-hydroxycinnamoyl transferase)と命名した。さらに、同生合 成に関わる CCoAOMT(S-adenosyl-L-methionine:trans-caffeoyl-CoA 3-ο-methyl transferase)のクローニングにも成功した (図-8)。つぎに、エンバクにエンバク冠さび病菌親和性および非親和性レースを接種し、両遺伝子の発現パターンのノーザ ン解析を行った。その結果、それら遺伝子の最高発現レベルは両組み合わせ間に大差なく、主な差は発現開始の時期であ った。このことから、本系における抵抗性/感受性は抵抗性始動の遅速により決定されることが示唆された。 152 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 図-8 エンバクにおけるファイトアレキシンの生合成経路図。 CcoA3H:Coumaroyl-CoA 3-Hydroxylase, CCoAOMT:Caffeoyl-CoA 3-ο-methyltransferase, HHT:Hydroxyanthranilate hydroxycinnamoyltransferase 3. トロトランスポゾン 持続性のある病害抵抗性植物を作出するためには、非病原性遺伝子の特異的認識に依存しない抵抗性作動機構を開 発・利用する必要がある。この目的に利用できるプロモーターを得るため、エンバクからレトロトランスポゾンのクローニング を試みた。既報のレトロトランスポゾンの逆転写酵素領域のアミノ酸配列を参考にデザインした degenerate primer を用いて エンバクカルス由来 cDNA を PCR 増幅し、増幅断片をクローニングした。Cross hybridization の結果、得られたクローン集 団は7つのファミリーに分けられることが明らかとなった。RT-PCR による発現解析の結果 Faimily 2 が種々のストレスに最も 鋭敏に反応した。そこで、このファミリーの断片をプローブとして、エンバクゲノムライブラリーをスクリーニングした。得られた ポジティブクローンをシークエンスしたところ、全長約 8kb の copia 型 LTR レトロトランスポゾンを含むことが判明した。これを OARE-1 と命名した(図-9)。 つぎに、エンバクにエンバク冠さび病菌非親和性/親和性レース、コムギ/エンバクいもち病菌、エンバクビクトリア葉枯病 菌を接種し、OARE-1 の発現様相を検討した。その結果、本因子は親和性組み合わせ、非親和性組み合わせを問わず、 感染過程におけるさまざまな物理的・化学的ストレスに応答して発現することが明らかとなった。 図-9 OARE1 の構造。 LTR, long terminal repeat; GAG, gag; Pr, protease; ED, integrase; RT, reverse transcriptase; RH, Rnase H. 153 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 ■考 察 細胞死に関する実験結果から、非親和性菌の感染に対して誘導される過敏感細胞死、親和性菌の感染拡大によるスト レスによって起こる細胞死、ならびに殺生菌による感受性誘導過程で起こる細胞死のいずれも DNA ラダー化、クロマチン 凝集というアポトーシス様過程を経ることが明らかとなった。換言すれば、アポトーシス様反応は病原体の種類や親和性/非 親和性を問わず、細胞死に普遍的に付随して起こる現象であることが示唆された。それでは、host-parasite interaction に おけるアポトーシスの意義はどのように解釈すればよいのであろうか。筆者は、アポトーシス様反応は、この宿主の持つ基 本的生理機構を個々の病原体/植物がいかに利用するかに依存して、非親和性にも親和性にも関与しうると考える。例え ば、非親和性冠さび病菌に対しては、エンバク葉がアポトーシス様反応に過敏感という要因を加えて抵抗反応に利用する。 一方、殺生菌エンバクビクトリア葉枯病菌は、宿主エンバク細胞を自己の栄養源とするために、宿主のアポトーシス様機構 を利用して宿主細胞を死に至らしめる。 この細胞死とファイトアレキシン産生との時間的、空間的相互関係は、古くて新しい問題である。細胞死に関与するヌクレ アーゼの純化精製は最終段階に到達した。現在その部分アミノ酸配列の決定と遺伝子のクローニングを試みている。一方、 ファイトアレキシン産生に関与する遺伝子としては、HHT 遺伝子、CCoAOMT 遺伝子をクローニングすることに成功した。この 両遺伝子を用いて、細胞死とファイトアレキシン産生との時間的・空間的相互関係を in situ で明らかにしてゆく予定である。 ■ 引用文献 1. Heath, M.C.:「Apoptosis, programmed cell death and the hypersensitive response.」,Eur. J. Plant Pathol.,104, (1998) 2. Gilchrist, D.G.:「Programmed cell death in plant disease: the purpose and promise of cellular suicide.」,Annu. Rev. Phytopathol.,36,(1998) ■ 成果の発表 原著論文による発表 国内誌(国内英文誌を含む) 1. Tada, Y., Hata, S., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Mayama, S.:「Signal mediators for phytoalexin production in defense response of oats elicited by victorin as a specific elicitor.」,J. Gen. Plant Pathol.,66,185-190,(2000) 2. Kimura, Y., Tosa, Y., Betsuyaku, S., Sasabe, Y., Tomita, R., Murakami, J., Nakayashiki, H., Mayama, S.: 「Oat retrotransposon OARE-1 is activated in both compatible and incompatible interactions with pathogenic fungi.」,J. Gen. Plant Pathol.,68,8-14,(2002) 国外誌 1. Tada, Y., Hata, S., Takata, Y., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Mayama, S.:「Induction and signaling of an apoptotic response typified by DNA laddering in the defense response of oats to infection and elicitors.」,Mol. Plant-Microbe Interact.,14,477-486,(2001) 2. Yao, N., Tada, Y., Park, P., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Mayama, S.:「Novel evidence for apoptotic cell response and differential signals in chromatin condensation and DNA cleavage in victorin-treated oats.」,Plant J.,28,13-26,(2001) 3. Kimura, Y., Tosa, Y., Shimada, S., Sogo, R., Kusaba, M., Sunaga, T., Betsuyaku, S., Eto, Y., Nakayashiki, H., Mayama, S. : 「 OARE-1, a Ty1-copia retrotransposon in oat activated by abiotic and biotic stresses.」,Plant Cell Physiol.,42,1345-1354,(2001) 4. Yao, N., Tada, Y., Sakamoto, M., Nakayasghiki, H., Park, P., Tosa, Y., Mayama, S.:「Mitochondrial 154 植物-微生物間相互作用の解明による新たな共生系・病害抵抗性植物の開発のための基礎研究 oxidative burst involved in apoptotic response in oats.」,Plant J.,30,567-579,(2002) 5. Yao, N., Imai, S., Tada, Y., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Park, P., Mayama, S.:「Apoptotic cell death is a common response to pathogen attack in oats.」,Mol. Plant-Microbe Interact.,15,1000-1007,(2002) 原著論文以外による発表(レビュー等) 国内誌(国内英文誌を含む) 該当なし 国外誌 1. Mayama, S., Tada, Y., Hata, S., Takata, Y., Yao, N., Mori, T., Yang, Q., Betsuyaku, S., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Park, P.:「Apoptotic response in defence of oats to infections and elicitors.」,Delivery of Pathogen Signals to Plants,220-228,(2000) 口頭発表 招待講演 1. Mayama, S., Yang, Q., Tada, Y., Yao, N., Betsuyaku, S., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Park, P.:「Apoptotic defense response of oats to infections and elicitors 」 ,The 1st Asian Conference on Plant Pathology,Beijing,(2000) 2. 眞山滋志,姚楠,多田安臣,楊謙,日下広,坂本勝,中屋敷均,土佐幸雄,朴杓允:「植物の感染防御応答における アポトーシス誘導機構」,第 20 回日本植物細胞分子生物学会シンポジウム,(2002) 応募・主催講演等 1. Tada, Y., Hata, S., Takata, Y., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Mayama, S.:「Induction and signalings of apoptosis response typified as DNA-laddering in defense expression of oats to infection and elicitors.」,The 1st Asian Conference on Plant Pathology,Beijing,(2000) 2. Yang, Q., Zhang, L., Yao, N., Tosa, Y., Mayama, S.: 「 Induction of gene expression for phytoalexin biosynthesis in oat(Avena sativa L.).」, The 1st Asian Conference on Plant Pathology,Beijing,(2000) 3. Yao, N., Tada, Y., Park, P., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Mayama, S.:「Chromatin condensation is not always associated with DNA laddering.」,The 1st Asian Conference on Plant Pathology,Beijing,(2000) 4. Yao, N., Tada, Y., Park, P., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Mayama, S.:「EM-TUNEL identifies apoptotic cells and signals specific to chromatin condensation in victorin-treated oats.」10th International Congress on Molecular Plant-Microbe Interactions,USA,(2001) 5. Tada, Y., Mori, T., Yao, N., Sakamoto, M., Nakayashiki, H., Tosa, Y., Mayama, S.:「Nitric oxide regulates hydrogen peroxide-induced apoptosis-like cell death in oats.」10th International Congress on Molecular Plant-Microbe Interactions,USA,(2001) 特許等出願等 該当なし 受賞等 1. Yao, N.:「第 10 回国際植物-微生物相互関係学会 ポスター賞」,2001.7.14 155
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