2016 年度 病理学講座 医局旅行 ~二次会のしおり~ 編) 旧 1 病理 飲酒生活向上委員会 はじめに この冊子を手に取られている頃には、すでに皆様ほどよくアルコールを摂取され、頬は 軽く上気し心地よい快感に身を委ねられているのではないでしょうか。そして、今まさ に、二次会の会場(おそらく水落先生の部屋と勘繰ります)に集結し、再び命の水を浴びよ うと浮足立っておられることと思います。 さて、この度、近藤先生の勅命を受け、この楽しい二次会のために、不肖ミハラがワイ ンを選ばせていただきました。その簡単な説明を、他愛もない小話とともにここに記させ ていただきますので、酒の肴に、話のタネに失笑とともに流し読みしていただけたら光栄 です。今回、用意させていただいたワインは以下の 4 本です。 ・ブルゴーニュ オート コート ド ニュイ ブラン 2011 年 白ワイン (生産者 ミシェル・グロ) ・ブルゴーニュ オート コート ド ニュイ ルージュ 2011 年 赤ワイン (生産者 ミシェル・グロ) ・サヴィニー レ ボーヌ プルミエクリュ オー ヴェルジュレス ブラン 2007 年 白ワイン (生産者 シモン・ビーズ) ・ジュヴレ シャンベルタン プルミエクリュ ラヴォー サン ジャック 2001 年 赤ワイン (生産者 ルー・デュモン) 今回のワインのテーマは、 「伝統の継承」 「世界に羽ばたく日本人」です。 この冊子を読み終えた暁には、きっとその意味を理解していただけると思います。 それでは、今宵のワインとともに、不肖ミハラの書き綴った駄文をお楽しみください。 (飲みたくても自分は飲めないワインについての解説をするこの無念さをお察しください ….) ワイン王国フランス フランスは自他ともに認めるワイン王国である。地図に示した 10 の地域でワインが産 生され、それぞれに気候・風土の違い(テロワールという)があり、さらに栽培されるブ ドウ品種も異なっており、多彩なワインが生み出される。フランスのワイン制度は原産地 統制名称(AOC)により定められており、地域、地区、村と範囲が狭くなるにつれてワイ ンの品質に対して厳しい規制がとられている。上記地図の地域の中でも、ボルドーとブル ゴーニュは世界に名を轟かせる一大生産地である ブルゴーニュ地方の地図 ボルドーと並ぶフランスワインの聖地ブルゴーニュ 実に魅力的で妖艶なワインが生み出される、世界のワインラヴァー憧れの地である。一 般的にはボルドーをワインの女王、ブルゴーニュをワインの王と表現されるが、我々日本 人からするとタンニンが強く長熟でパワフルなものが多いボルドーが王様で、華やかな香 りと繊細なルビー色のブルゴーニュこそ女王様とするイメージのほうがぴったりくるので はないか(と筆者は勝手に思っている) 。 ご存知の通り、ブルゴーニュ Bourgogne とは、英語のバーガンディ Burgundy に相当 し、小説などで「今日はバーガンディを飲みたい気分だ」という科白があった場合、ブル ゴーニュワインのことを指している。 さて、同じワインではあるが、ボルドーとブルゴーニュでは「格付け」と「ブドウ品 種」に大きな違いがみられる。ボルドーではワインの「生産者」に格付けしてあり、ブル ゴーニュでは「畑」に格付けがしてある。誰もが聞いたことがある「シャトー・ラフィッ ト・ロートシルト」や「シャトー・マルゴー」という生産者(会社)が畑を所有し、ワイ ンを生産している。そしてそれぞれのシャトー(ワイナリー)に格付けしてある。 一方で、ブルゴーニュでは畑の区画が細かく明瞭になされており、その畑の立地(日照 時間など) 、土壌(石灰質や粘土質など) 、歴史などをもとに、 「特級(グランクリュ」「一 級(プルミエクリュ) 」といった格付けがされている。「村名」 「地区名」「地域名」と範囲 が広くなるにつれて格が下がる(例えば、70%はある一級畑でとれたブドウを使っている が、残り 30%はその他の村名格付けの畑のブドウ、という場合、そのワインは「村名ワイ ン」となり、ラベル表記も「村名」となる) 。なお、それらの畑自体に名前がついてい る。また、これらの畑を複数の生産者が区分けして所有しているのもブルゴーニュを複雑 かつ魅力的なものにしている。 (例: 「病理学講座」という村の、 「内藤先生の机」という特級畑で作成された診断用紙は 「特級診断 内藤診断」と名乗ることができるが、 「病理学講座」の「ミハラの机」「アベ の机」 「サトウの机」という普通の畑で作成された診断用紙はどんなに寄せ集めても「病 理学講座診断」としか名乗れないわけである。) 先ほど、同じ畑を複数の生産者が分割して所有している、と述べたが、当然この限りで はない。一つの畑を単独の生産者が所有している例もある(モノポールという) 。最も有 名な例は「ロマネコンティ」である。これは、「ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ (DRC) 」という生産者が単独で所有している特級畑「ロマネコンティ」という畑から生 み出される超高級ワインである(1 本 100 万円を下らない) 。DRC はその他にも特級 「ラ・ターシュ」を単独所有している他、「リシュブール」「エシェゾー」「グラン・エシ ェゾー」 「モンラッシェ」という綺羅星のような特級畑を所有している。 ボルドーとのもう一つの大きな違いであるブドウ品種であるが、ボルドーでは赤ワイン では主にカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、白ワインではソーヴィニヨン・ブランと いう品種が用いられる。カベルネ・ソーヴィニヨンは豊富なタンニンで骨格がしっかりと したワインを生み、長期熟成を可能とする。そこにメルローが柔らかさを加えてくれる。 そう、ボルドーでは異なる品種のブドウをブレンドしてワインを作ることが普通に行われ る(100%ものもある) 。 一方、ブルゴーニュでは基本的には単一の品種でワインが作られる。赤ワインではピ ノ・ノワール、白ワインではシャルドネが主に用いられる(例外はある) 。ピノ・ノワー ルは世界で最もファンタスティックなブドウであり、華やかで魅惑的な香りを放つ美しい ルビー色の液体が生まれ、この液体に魅了された者は人生を破滅しかねないほどブルゴー ニュワインを愛することになる(ブルゴーニュ病という。後述) 。また、このブドウはと ても繊細でデリケートであり安定した品質を保つためには生産者の細心の注意を必要とす る、まさに小悪魔的な品種である。逆に、白ワイン用のシャルドネは寒い地域から温暖な 土地まで適応能力が高く世界中で栽培されている品種であり、産地の違いを反映するとい われる。実際に、冷涼な土地でできるシャルドネから作られたワインはさわやかなハーブ のような香りをもち、温暖なオーストラリアなどで栽培されたものからできるワインはト ロピカルフルーツのような香りをもつものもある。テロワールの違いを味わうのに適した 品種かもしれない。 さて、ここまではブルゴーニュの概要を極浅く説明したが、上述した通り、ブルゴーニ ュでは一つの畑を複数の生産者が分割所有しているのが普通であり、ゆえに生産者(ドメ ーヌ*)によるワインの違い、という個性が発生する(厳密に言えば、同じ畑でも区画に より条件が異なるため、同じ畑からとれたブドウでも性質は異なる可能性がある)。この 事実がブルゴーニュ病をさらに深い病とする魔力なのである。スター生産者の特級畑のワ インであれば、世界中のワインラヴァー垂涎の的である。スター生産者には前述の DRC のような巨人も存在するが、多くの生産者は家族経営の小規模農家である。その経営は親 から子へ受け継がれ、畑も相続される。代々続くドメーヌ名を守る場合が多いが、代替わ りでドメーヌ名が変わったり、子供が複数おりそれぞれが独立してドメーヌを新しく立ち 上げたり、と目まぐるしく情勢が変わるのもブルゴーニュの醍醐味ともいえる。また、畑 の譲渡や売買も行われることがしばしばある。 *注釈:自己所有の畑で栽培したブドウからワインを作る(時計でいえばマニュファクチ ュール的な)生産者をドメーヌと呼び、ワインのラベルにもドメーヌ・○○と記載され る。一方、自己所有の畑を持たず、契約したブドウ栽培農家からブドウを買い付け、ワイ ンを作る業態をネゴシアンという(この場合、メゾン・○○や単に○○などの表記) 。ま た、他の生産者がワインを作り樽詰めしたものを買い付ける業態も存在する。 伝統の継承 ブルゴーニュのスター生産者の中に、ジャン・グロという巨匠がいた。1804 年にグロ家 が興り、ワイン造りが始まる。4 代目のルイ・グロの後にドメーヌは 3 つに分割され、そ のうちの一人がジャン・グロである。 ジャン・グロはブルゴーニュを代表する作り手の一人と言われ、ブルゴーニュの一つの 典型を完成させた尊敬を集める伝説的存在であった(筆者はジャン・グロの特級クロ・ヴ ージョを飲んだことがあるが、まさに花畑、であった) 。彼の引退後、さらに 3 人の子供 にドメーヌは分割されることになった。ジャンの引退前に、実質的にドメーヌを切り盛り していたのは長兄のミシェル・グロであった。現在、ドメーヌ・ミシェル・グロとして手 腕を発揮している。ミシェルの兄妹であるアンヌの手によるドメーヌ・A.F.・グロは先進 的なモダンな作りのワインである一方、ミシェル・グロは頑なに父譲りの古き良きブルゴ ーニュワイン作りを引き継ごうと努力している。単に畑、単にワイン、という問題ではな く伝統を重んじ、時代を超え継承していく。この姿勢は学問の分野でも当てはまるのでは ないか。すなわち、先人の教えを受け継ぎ、さらに発展させていく。鹿毛教授がそうして きたように、我々病理学講座の各人がさらなる研鑽を積み、鹿毛教授を超えていけるよう に祈念しながら、 、 、 、どうぞ乾杯を! 今回用意したワインは、そのミシェル・グロのリーズナブルなラインの 2 本。ブルゴー ニュ地方のコート・ド・ニュイ地区の畑からとれたブドウで造られる「地区名」ワイン。 ブルゴーニュ オート コート ド ニュイ ブラン 白ワイン(シャルドネ) ブルゴーニュ オート コート ド ニュイ ルージュ 赤ワイン(ピノ・ノワール) いずれも 2011 年(ブルゴーニュ白は当たり年との評価) 生産者 ミシェル・グロ 白赤とも比較的フレッシュな風味をお楽しみいただきたい(ミシェル・グロの作りは決して 早飲みタイプではない)。とはいえ、醸造から 5 年経過しており、このクラスのワインとし ては、まさに飲み頃ではないだろうか。 *コラム* 【ブルゴーニュ病】 病因不明な感染性疾患。主に、食事を共にするなどの接触感染で人から人に感染する。 いったん感染すると、根治は困難であり、ブルゴーニュの神秘を追い求めて常人が聞いた こともないようなワインを探し求めるようになる。深刻な症状として、楽天市場で「ブル ゴーニュ コント・ラフォン モンラッシェ 1986」などの呪文を入力する、「ワインは グラスから」などと言いながら、3 人家族であるのに 6 脚セットの高級グラスを複数種類 購入する、大枚をはたいて購入したワインが今一つであり自己嫌悪に陥る、などが挙げら れる。一般的に致死性ではないが、過度のブルゴーニュ摂取により肝線維化が進行した症 例では肝機能障害や肝細胞癌の発症が危惧される。また、ブルゴーニュ病は高率にボルド ー病、シャンパーニュ病、カリフォルニア病などを併発するため、注意が必要である。 (参考文献:とあるワインショップのオーナーのジョーク) 世界に羽ばたく日本人 今回のワインのもう一つのテーマが「世界に羽ばたく日本人」である。 そう、まさに鹿毛政義 教授 その人である。鹿毛教授をはじめとして、我が病理学講座は 世界で活躍する研究者の宝庫である。我々は先人達に追いつき追い越せと研鑽を重ねてい く。必ずや、15 年後にはアベ、サトウ、そして世界のウメノがトップジャーナルを席巻し ていることであろう。 サヴィニー レ ボーヌ プルミエクリュ オー ヴェルジュレス ブラン 白ワイン 2007 年 生産者:シモン・ビーズ このワインはサヴィニー レ ボーヌ村のオー ヴェルジュレスという 1 級畑からとれた ブドウでつくられたワイン。サヴィニー レ ボーヌ村はコート ド ボーヌ地区に位置 し、主に赤ワインの生産地であるが、一定量の白ワインも産生する。 さて、このワインのどこが「世界に羽ばたく日本人」なのであろうか。ドメーヌの名前 はシモン・ビーズであり、ここからは日本人の雰囲気さえ感じない。しかし、このドメー ヌの当主、パトリック氏の妻は日本人であり、ブドウ栽培、醸造に手腕を発揮している。 単に妻としてだけでなく、ブドウの栽培法について提言し、品質向上に寄与してきた。そ んな中、2013 年、当主のパトリック氏が死去し、実質的に妻・千砂氏が当主としてドメー ヌを切り盛りしている。その評価は低下することなく素晴らしいワインを作り続けてい る。まさに、世界で活躍する日本人である。このヴィンテージはパトリック氏が活躍され ていた傑作ヴィンテージである。筆者は 2007 年のシモン・ビーズは飲んだことはない(は ずだが…)、このドメーヌの印象として、やや早飲み、比較的早くからも熟成間あふれるワ インを作っている。よく熟成したシャルドネは、白い花や密の香りの中にバニラやナッツ 香をまとい、贅沢なミネラル感、何とも言えぬ心地よい後口を味わえる。 ジュヴレ シャンベルタン プルミエクリュ ラヴォー サン ジャック 赤ワイン 2001 年 生産者:ルー・デュモン 真打の登場である。このワインはジュブレ シャンベルタン村の 1 級畑 ラヴォー サ ン ジャックでとれたブドウから作られる。もうラベルを見てお気づきだろう。 天・地・人 天は自然の賜物である気候、地は長年自然と人の手により培われたブドウ畑の土壌、そ して人はずばりブドウを栽培し醸造する人間の努力・英知を表し、この 3 つすべてがそろ ったときにこそ素晴らしいワインができる、そのようなワインを作ってみせる、という生 産者の心意気の現れである。 さて、このワインである。ルー・デュモンはドメーヌではなく、ネゴシアンである。す なわち、独自にブドウ畑は所有しておらず、ブルゴーニュ各地の栽培農家からブドウを買 い付けて醸造している。このルー・デュモンの当主は仲田氏という日本人である。仲田氏 は、若かりし頃単身渡仏し、各地のワイン生産者のもとで研鑽を積み、ついには自分のネ ゴシアンを立ち上げた人物である。 「ワインを通じて世界と日本の架け橋となれれば」と 話すその姿勢、我々研究者も大いに学ぶべきことではないだろうか。なんと、ルー・デュ モンのワインは数年前の安倍首相とシンガポール首相との夕食会でもサーブされており、 まさに架け橋となっている(海外の会合ではどのようなワインを出すかでその会談のレベル やホスト側の意図などが勘繰られる)。まさに、世界に羽ばたく日本人。 そして、この 2001 年ヴィンテージ。そう、鹿毛先生が教授に就任された年である。15 年の熟成を経て、今まさにそのベールを脱ぐ時がきた。決して焦らず、時間をかけて香り が開くのを待ってほしい(1~2 時間かけて変化を楽しんでいただきたい)。 おわりに さて、今回の 4 本はいかがだったでしょうか?ここで注意しておきたいのは、ワインは 生き物である、ということです。保存状態、輸送時のストレス、温度、湿度さらには飲む 人間の体調にも影響されます。また、ある調査によればワインは出荷時には一定数はブシ ョネ(コルク不良による劣化ワイン)とされ、その数は 1 ダースに 1~2 本とも言われていま す。ゆえに、期待をこめて開けたワインが全くおいしくなかった、ということもざらにあ ります。しかし、それさえもワイン、ということです。この感覚が楽しめるあなたは、す でにワインラヴァーの一員です。ぜひ、医局にワインセラーを置く運動に協賛してくださ い。多くの先生方の参加をお待ちしております。病理学講座で DRC アソートを購入す る、素敵な夢だと思いませんか? それでは、引き続き酒宴をお楽しみください。 2016 年 2 月吉日 不肖 ミハラ
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