出版物のデジタル化に関する注意点 - 一般社団法人 日本書籍出版協会

2007/4/10
会員社各位
(社)日本書籍出版協会
知的財産権委員会
出版物のデジタル化に関する注意点
昨今、印刷物として出版された書籍のコンテンツが電子媒体として自社以外で再利用され
るケースが非常に多くみられます。代表的なものとしては、携帯配信、特定ウェブサイト配
信、
「アマゾンなか見!検索」、
「Google ブック検索」などの各種検索、
「楽天絵本ナビ」など
のオンラインのみならず、CD-ROM、DVD、電子ブックなど、さまざまな形があります。
最近は、電子辞書を例にとってもパッケージ媒体の商品が、サイトと連動して運用されるな
ど、オンライン・オフラインの区別も難しくなっています。
このような著作物のデジタル化にあたっては、出版社に許諾を求めてくるケースがほとん
どであると想定されますが、一部の関係者の中には、
「無料サイトだから」、
「自社の出版物の
販売に役に立つから」といった理由で、当該著作物のデジタル化を簡単に許諾してしまうケ
ースが見受けられます。しかし、そのウェブサイトがユーザーに対して無料開示されている
場合でも、ウェブサイトの運営者はアフィリエイト広告などで利益を得ており、詳細を調べ
ない限り非営利とは断言できない、実態がわかりづらい事例も多くあります。また、出版社
が利用申請者に対して許諾する権限があるかどうかを検討する必要もあります。出版物の売
上の向上につながるからとの理由だけで、許諾権限がないのに許諾をしてしまうことは、他
人の権利を侵害することになり、許されるものではありません。
印刷物として出版された書籍のコンテンツが電子媒体として再利用される傾向は、今後も
拡大することが予想されます。しかしながら、コンテンツが一度デジタル化されてウェブサ
イトに掲載されてしまえば複製も容易であるため、許諾の有無とは無関係に簡単に転用され
てしまう可能性が高く、また、デジタル化されたコンテンツ・情報が不法に流出した場合に
は、その対処のために多大な費用と労力が必要になる危険性があります。コンテンツの適正
管理・保護は、情報の伝達者としての責務です。
以上のことから、書協の知的財産権委員会著作物利用分科会では、デジタル化に関する確
認事項、判断材料について検証し、注意点をまとめました。もとより、当該事業への参加の
可否・契約締結の判断や、契約内容・条件の交渉等は、各出版社と著作権者が独自に行うべ
きものですが、実務上の参考にしていただければ幸いです。
1. 出版社と著作権者の確認事項
まず、一般的に出版社が自ら著作権者である例は少なく、書面であれ口頭であれ、著作権
者との契約を通じて、一定期間における出版権という権利の設定、あるいは著作物の利用許
諾を受けることにより、出版活動を行います。故に、著作権者と出版社との間で締結された
契約の内容が重要になります。著作権者から許諾または委任された権利の範囲がデジタル化
に必要な内容を含んでいる場合は問題ありませんが、そうでない場合は以下の項目を確認す
る必要があります。
-1-
(1)
許諾内容
デジタル化に際して適用される著作権法上の支分権には次のようなものがありま
す。コンテンツをハードの中にコピーする際に必要な「複製権」、その際に翻案を
伴う場合は「翻案権」
、コンピュータをサーバにつなぐための「送信可能化権」、実
際に送信するための「公衆送信権」などです。これらの権利が確保されていない場
合、出版社が利用申請者に対してデジタル化を許諾する権限は何もありません。ま
た、電子利用の場合、やむを得ず改変を伴うケースが多くあります。その際には、
前記の権利確保のほかに、著作者人格権、とりわけ同一性保持権や氏名表示権など
に対する十分な配慮も必要です。
(2) 出版権設定契約
書協のヒナ形にならって出版権設定契約を締結して出版した場合、前記(1)の権利
について完全に確保されているとは言えません。同ヒナ形第 20 条の電子的使用及
び第 21 条の二次的使用には出版社に対して利用に関する権利を委任すると規定さ
れていますが、この規定は出版社が窓口となって第三者への許諾を行うということ
を定めたにすぎず、詳細について別途協議することになっており、強い拘束力がな
いと解されます。従って、第三者に対してデジタル化を許諾するためには、著作権
者より新たな許諾または正式な委任を受けることが必要になります。
(3)
出版契約締結相手の主たる権利者以外の権利者
出版物を再利用するためには、コンテンツの主たる権利者のほかにも実にさまざま
な権利問題をクリアしなければなりません。例えば、表紙のデザイン、イラスト・
図版・写真・絵画など、メイン権利者以外のクリエイターたちの権利関係を確認す
る必要があります。一般的にメインテキストの著作権者とは出版権設定契約や著作
物利用許諾契約を結びますが、その他の権利者とは買取り、一括払い、原稿料、業
務委託料などといった名目・用語での取引による権利処理が行われています。
しかしながら、これらの用語は、それぞれの立場によって異なった意味で解釈さ
れています。ほとんどの場合において、印税払いは著作権使用料の定率払い、買取
り・一括払い・原稿料・業務委託料などは著作権使用料の定額払いを指しているも
のに過ぎず、当該用語による取引・権利処理によって著作権譲渡までがなされてい
るとはいえません。
このような場合、第三者に対してデジタル化を許諾するためには複数の著作権者
より新たな許諾、正式な委任あるいは譲渡を受ける必要が生じます。譲渡の場合で
も、当該契約(取引)が著作権法の第 27 条(翻訳権、翻案権等)及び第 28 条(二
次的著作物の利用に関する原著作者の権利)を含む権利譲渡であることが明示的に
合意されていない限り、著作権が出版社に移ったとは解釈できません。
-2-
2. 出版社とデジタル化事業者との確認事項
次に、各種の権利関係が全て明確になり、出版社が利用者にデジタル化を許諾する立場に
なった際の注意点について整理します。できる限り全ての面において詳細が特定されること
が望ましいですが、最終判断は当該許諾に関るビジネススキームとも関係するといえます。
(1)
契約当事者
契約とは、利害関係者同士がある一定の行為に対して合意することによって義務を
負ったり、権利を取得したり、その他、法律上の効果を生ずるようなことを約束す
るもので、その当事者は一般的に契約書上において甲乙などと表記されるものをい
います。この当事者が誰かということを契約書上に明らかにし、正しい当事者によ
って署名または記名捺印することが必要です。具体的には、契約相手が確実に法人
格を持っているか、契約書に署名または記名捺印する人が当該会社を代表する権限
を持っているか、契約書上の住所は本店所在地であるか、契約書に明記された債権
債務を履行する者と契約締結者の実態は同一ものであるか、などについて確認する
必要があります。
契約書締結の目的は、当事者間の決め事を書面化し、将来に起き得るトラブルを
防止するところにあります。その点、せっかく締結した契約が、契約相手が契約を
締結する権限を持っていなかった(無権限者)ことで、全く意味のないものになっ
てしまうおそれがあります。特に、最近は法人格を持たない海外企業の代理店、連
絡事務所などが本社に代わって契約を締結するケースが見られます。締結に先立っ
て、当該日本法人の地位、性格、特性を十分に把握しなければなりません。
(2)
利用目的
利用申請者が計画している利用目的をできる限り詳細に特定することが望まれま
す。例えば、「自社商品の宣伝販売を向上することを目的とする」、「無償で特定会
員向けの配信を目的とする」、
「商品をデジタル化しその一部を携帯端末から有償配
布することを目的とする」など、できる限り具体的に利用目的を定めた方がトラブ
ル防止に役立ちます。特に、最近は無料インターネットサービスと言いながらも実
際はバナー、リスティング、アフィリエイト、ドロップシッピング、ランディング
ページなどの広告手法により収益を上げているサイトもたくさん存在しています
ので、サイト運営の実体を見極める必要があります。また、契約全般に共通するも
のですが、契約締結時に許諾した利用目的の範囲を超える場合は、新たな許諾が必
要である旨を明記することも必要でしょう。
(3)
利用範囲
利用しようとするコンテンツの範囲をできる限り細かく限定する必要があります。
一例として、書籍の何ページから何ページまでなのかを特定したり、またはその全
体において著作物の中に含まれている図版・写真などは利用対象に含まれない、な
どのように、デジタル化して利用できる範囲を細かく定めたりすることで問題発生
-3-
を事前に防ぐことができます。
また、デジタル化した出版物の内容をウェブサイト上で検索するサービスを提供
する事例があります。その際、満足のいく検索結果をエンドユーザーに提供するた
め出版物の全ページがデジタル化されることもあります。その場合、エンドユーザ
ーが限定されたページしか見られないようにするといったような利用範囲を限定
する措置も重要ですが、最も肝心なのは出版物全体をデジタル化されることが適切
かどうかをよく見極めるということです。
(4)
利用形態
コンテンツをデジタル化して利用する形態は、オンライン・オフラインを問わず
日々変化しています。携帯配信、各種の検索サービス、特定ウェブサイト配信など、
数年前までは話題にもならなかったビジネス商品が次々と現れています。そのため、
将来におけるビジネスチャンスを確保するためにも、利用を許諾する形態を厳密に
特定することが望まれます。例えば、ウェブサイトを運営する法人名、サーバの設
置場所、具体的なウェブサイトのアドレス、ダウンロード可否やコンピュータへの
プレインストールなどです。特にプレインストールの場合には当該コンピュータの
メーカーやモデル名までを具体的に明記し、対象外の商品については別途許諾を必
要とすべきです。
(5)
改変禁止
出版物のデジタル化の際には、改変を伴う場合が多くあります。そのためには、著
作権者よりその旨の許諾を事前に受けることは当然ですが、利用申請者と締結する
契約書の中にも、改変がやむを得ない場合も必要最低限にとどめ、その際にも著作
者人格権、肖像権、パブリシティ権などには十分に配慮すること、問題が発生した
場合は自己の責任と費用において全てを解決し、著作権者や出版社には一切迷惑を
かけない(免責・補償する)旨の条項を盛り込むべきです。
(6)
許諾形態
デジタル化を許諾する場合、非独占的な権利の授与が一般的であり無難な方法と言
えます。これは、市場がまだ確立されていない状態であること、加えて技術の進歩
は非常に目まぐるしく、3、4年先にどのようなデジタル・メディア、媒体、ツー
ルが出現するか現時点では予測も出来ず、デジタル化につき独占的な許諾を与える
ということは自社でデジタル化を行うこともできなくなってしまい、将来に生じ得
る幅広いビジネスチャンスを封じてしまうことになりかねないからです。言い換え
ると、利用者から独占許諾を求められた場合、将来に起き得るビジネスチャンスに
対する対価までが十分に確保されるならば一定期間において独占的権利を許諾す
ることも有り得る、といえます。しかし、日々変化するデジタル時代において適正
な判断基準は容易なものではありません。なお、利用申請者に対して独占許諾を行
いたい場合は、著作権者からも同様の独占許諾を取得しておかなければなりません。
-4-
(7)
許諾期間
電子媒体の性質上、一度複製された著作物は当該媒体・サイトの閉鎖後も依然とし
て流通する場合があります。この問題を未然に防ぐための一つの方法として、許諾
期間を明記した上で、期間終了後には理由如何を問わず当該著作物を利用してはな
らない旨の禁止事項を設けることが考えられます。また、契約全体において共通す
るものもありますが、禁止事項を守らなければ損害の賠償責任がある旨を強く訴え
るべきです。
なお、この利用を許諾する期間は、出版社が各著作権者より委任または許諾を受
けた期間を上回ってはいけないことは言うまでもありません。
(8)
利用地域
著作物のデジタル化の場合、複製・蓄積・サービスの発信・管理などが海外のサー
バ上で行われるケースが多くあります。特に日本国内の法人であってもサーバを海
外においている事業者も多く、その場合は一般論として日本の法律が及びません。
契約履行中または終了後にトラブルが生じたとき、前記の何れかの行為が海外で行
われていたため、当該問題を解決することが大変難しくなることがあります。その
ようなことにならないためには、「責任の所在を明確にすること」、「問題が起きた
際には直ちに知らせること」、
「問題は自己の責任において解決し、著作権者や出版
社を免責・補償する旨の条項を規定すること」、
「日本の法律において全ての責任を
負う」などの条項を盛り込む必要があります。
(9)
権利の帰属
著作物のデジタル化の場合、それを蓄積した有体物に関する所有権が問題になりま
す。多くのデジタルコンテンツ事業者(利用申請者)は自己の金銭投資により作成
された成果物の所有権を主張します。その権利を認めた場合、その有体物の中には
著作物という無体財産権が含まれていることから利用申請者と著作権者が直接契
約を締結してしまえば、出版社を介しないままデジタル利用が可能になってしまい、
出版社が主張したい権利や利益が主張できなくなるという問題があります。デジタ
ルコンテンツの著作権のみならずコンテンツを格納する有体物(DVD等)の所有
権の帰属については、十分な注意が必要です。
(10) セキュリティ管理
出版社が著作権者に代わってデジタル化を許諾する際は、著作権者の権利をしっか
りと管理することが前提になりますので、著作物が不正使用され不法に流通されて
いたり、海賊版が出ていたりすることをチェックする道義上の責任があります。利
用申請者との契約に際しては、セキュリティ管理に十分注意することが必要です。
なお、IT 系企業では多くの場合契約の損害賠償規定の中で、許諾者に支払った
著作権使用料総額を上限とするといった損害賠償の上限(特約)を設けた契約書を
-5-
提示してきますが、この特約は出版社や著作権者には不利に働きますので注意が必
要です。
(11) 契約解除に伴う処置
デジタル化に関する利用許諾契約が何らかの理由によって解除された場合の処置
について予め取り決めておく必要があります。(7)で述べた契約期間終了後の利用
禁止事項のほか、主な内容として、対象著作物のデータをサーバから完全に削除・
破棄した事実を証明する書類の提出、データの所有権が利用者に属した場合は契約
の終了に伴い、データ所有権の放棄や提供したマスターコピー、あるいはその後複
製した有体物一切は破棄または返却する等の規定を置くなど、予想されるリスクを
回避する詳しい取り決めをしておくべきでしょう。
(12) 裁判管轄・準拠法
デジタルコンテンツ事業者(利用申請者)の多くは、海外法人の日本支社または代
理店で、これらが日本において関連する事業を行っているケースがあります。その
ため、契約書は英文、裁判管轄は外国、しかも契約の準拠法も外国法の適用を求め
るケースが見られます。いざ法律紛争が生じた場合、海外まで出向き紛争を解決す
るためにかかる弁護士費用、担当者の出張費、通訳費など想定されない支出が巨額
になることも有り得ます。また、外国法の内容、解釈が日本法のそれと同じとは限
りません。著作物を利用させながら、見えないリスクを負うまでの価値があるか慎
重に考える必要があります。まずは、権利者・許諾者の主要言語である日本語によ
る契約書の作成、裁判管轄は日本、準拠法も日本法とすることがビジネスのスター
トラインになるべきです。
ただどうしても譲歩せざるを得ない場合でも、準拠法は外国法、管轄は日本とす
べきです。これでも合意できないときは、訴える者が訴えられる者の地で訴える旨
の、いわゆる被告地主義が公平と思われます。
なお、紛争解決方法としては、訴訟の他に仲裁という方法もあります。仲裁のメ
リットは上訴がない点です。ただ、仲裁の場合にも、仲裁地を日本にするのか、外
国にするのか、被告地主義にするのかという問題は、裁判管轄の場合と同様です。
(13) その他
他にも、許諾に際しては、対価及び支払い(消費税・地方税・源泉税の取扱いを含
む)
、遅延損害金、賠償責任、危険担保、解除(企業合併、倒産の場合の対処)
、権
利譲渡の禁止など、契約に関る一般事項を確認することもお勧めします。
また、データを提供し利用することによって被許諾者のデータあるいはシステム
に何らかの不都合が生じたとしても許諾者は一切の責任を負わない、といった確認
が必要になることもあると思います。
以上、出版社のデジタル化に関連する一般的な事項を整理しました。しかし、この内容は
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あくまでも一般的なものであって、これまで触れていない他の問題点もあります。また、場
合によっては危険性を知りながらも推進せざるを得ないケースもあると思われます。最終的
には各社独自の判断になりますが、この資料が実務判断の参考になれば何よりです。これま
での説明内容が確認できるように、別紙のチェックシートを作成しました。検討に十分な時
間がない場合などは、このチェックシートをご活用ください。
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著作権者と出版社間におけるチェック項目
デジタル複製権
翻案権
送信可能化権・公衆送信権
改変
メイン著作権者
表紙デザイン
イラストレータ
カット・図表作成者
写真著作権者
転載物の権利者
絵画
肖像権
その他
出版社とデジタル事業者間におけるチェック項目
項
目
有無
内容詳細
契約当事者
利用目的
利用範囲
利用形態
改変禁止
許諾形態
許諾期間
利用地域
権利の帰属
セキュリティ管理
契約解除に伴う処置
裁判管轄・準拠法
その他
以 上
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