FM 信号復調装置事件 判決のポイント 差止め等請求の準拠法は登録国法

FM 信 号 復 調 装 置 事 件
判決のポイント
差止め等請求の準拠法は登録国法、損害賠償請求では侵害
結 果 発 生 地 法 と し 、米 国 特 許 法 第 2 7 1 条 ( b ) の 寄 与 侵 害 は 法
例 第 11 条 に よ り 否 定 し た 。
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H14.9.26
参照条文
特 66①
民 709
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最高裁第一小法廷
特 68
米 特 283
特 100
平 成 12 年 ( 受 ) 580
法 令 33
米 特 271(b)
法 令 11①
法 令 11②
米 特 284
渉外的要素、準拠法、原因事実発生地、結果発生地、累積
的連結、先決問題、米国特許権寄与侵害
1.事実関係
(1)
①
原審が適法に確定した事実関係の概要
上 告 人 X は 、 米 国 に お い て 、 発 明 の 名 称 を 「 FM 信 号 復 調 装 置 」 と す る 米
国 特 許 権( 特 許 番 号 第 4 5 4 0 9 4 7 号 。以 下 、上 記 特 許 権 を「 本 件 米 国 特 許 権 」
といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。なお、Xは、
我 が 国 に お い て 、本 件 発 明 と 同 一 の 発 明 に つ い て の 特 許 権 を 有 し て い な い 。
②
被上告人Yは、一定期間、我が国において本件発明の技術的範囲に属す
る Y 製 品 カ ー ド リ ー ダ ー を 製 造 し て 米 国 に 輸 出 し 、 Y が 100% 出 資 し た 米
国法人Zは、同国においてこれを輸入し、販売していた。
(2)
本審における請求の趣旨等
本件は、Xが、YがY製品を我が国から米国に輸出する等の行為が、米国
の 特 許 法( 以 下 、「 米 国 特 許 法 」と い う 。)第 271 条 第 (b)項 に 規 定 す る 特 許
権侵害の積極的誘導行為に当たり、Yに対し、①Y製品の我が国での製造、
Y製品の米国への輸出及びY製品の米国内販売等の誘導行為の差止め、②我
が国内のY製品の廃棄、③不法行為による損害賠償を請求した事案である。
(3)
第 一 審 に お け る 判 断 ( 平 成 9 年 ( ワ ) 23109)
外国特許権に基づく差止め等請求の準拠法は米国法であるが、米国特許法
第 271 条 第 (b)項 の 域 外 適 用 規 定 は 法 例 第 33 条 に よ り 適 用 し な い と し て 棄 却
し た 。損 害 賠 償 請 求 に つ い て の 準 拠 法 は 法 例 第 1 1 条 第 1 項 に よ り 日 本 法 で あ
るが、米国特許権は日本法上保護すべき権利に当たらないとして棄却した。
(4)
原 審 に お け る 判 断 ( 平 成 11 年 ( ネ ) 3059)
外国特許権に基づく差止め及び廃棄の請求については、法例で規定する準
拠法決定の問題は生ずる余地がないなどとして差止め及び廃棄の請求を棄却
し、損害賠償請求については、一審と同様の理由により棄却すべきとした。
2.争点
以下の事項について争われた。
(1)
特許権に基づく差止め等請求の準拠法決定の要否、法性決定、準拠法
(2)
特許権の効力の準拠法(法令)
(3)
米国特許法を適用して米国特許権の侵害の我国内での積極的誘導行為
の 差 止 め 等 を 命 じ る こ と と 法 令 第 33 条 に 規 定 す る 「 公 ノ 秩 序 」 と の 関 係
(4)
特 許 権 侵 害 に よ る 損 害 賠 償 請 求 の 準 拠 法 決 定 の 要 否 、法 性 決 定 、準 拠 法
(5)
米国特許権侵害の我国内積極的誘導行為を理由とする損害賠償請求に
つ い て 法 令 第 1 1 条 第 1 項 に 規 定 す る「 原 因 タ ル 事 実 ノ 発 生 シ タ ル 地 」の 解 釈
(6)
米 国 特 許 権 侵 害 の 我 国 内 積 極 的 誘 導 行 為 と 法 令 第 11 条 第 2 項 の 「 外 国
ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」との関係
3.裁判所の判断
(1)
争 点 ( 1 ) 〜 ( 3 ) に つ き 裁 判 所 は 、「 米 国 特 許 法 に よ り 付 与 さ れ た 権 利 に 基
づく請求であるという点において、渉外的要素を含むものであ」り、属地主
義の原則をもってしても、「外国特許権に関する私人間の紛争において、法
例で規定する準拠法の決定が不要と」ならないから、準拠法決定の問題は生
ずる余地がないとした原審の判断は失当とした。次に法性決定については、
「米国特許権に基づく差止め及び廃棄請求については、その法律関係の性質
を特許権の効力とすべきである」とした上で、特許権の効力の準拠法に関し
ては「法例等に直接の定めがないから、条理に基づいて、当該特許権と最も
密接な関係がある国である当該特許権が登録された国の法律による」から、
米国特許法が準拠法になると判示し、「我が国の特許法又は条約」を準拠法
とした原審の判断を否定した。次に実質法としての米国特許法の適用を検討
す る に 、「 本 件 米 国 特 許 権 に 基 づ き 我 が 国 に お け る 行 為 の 差 止 め 等 を 認 め る 」
ことは、当該米国特許権の効力を我が国に及ぼすのと実質同一結果を生じ、
「 我 が 国 の 特 許 法 秩 序 の 基 本 理 念 と 相 い れ な い 」か ら「 法 例 第 3 3 条 に い う 我
が国の公の秩序に反する」として本件請求は理由がないものとした。
(2)
争 点 ( 4 ) 〜 ( 6 ) に つ き 裁 判 所 は 、渉 外 要 素 性 、私 人 間 性 に よ り 、「 準 拠 法
を決定する必要がある」とした。次に法性決定については、「財産権の侵害
に対する民事上の救済の一環」だから、不法行為と法性決定した上で、その
準 拠 法 に つ い て は 、「 法 例 第 1 1 条 第 1 項 に よ る べ き で あ る 」と し 原 審 の 判 断
を 追 認 し た 。次 に 法 例 第 1 1 条 第 1 項 に 係 る 連 結 点 と し て の「 原 因 タ ル 事 実 ノ
発生シタル地」は、「本件米国特許権の直接侵害行為が行われ」た米国と解
すべきであり、準拠法は同国の法律であるとした。次に実質法としての米国
特 許 法 の 適 用 に 当 た っ て は 、「 法 例 第 1 1 条 第 2 項 に よ り 、我 が 国 の 法 律 が 累
積的に適用される」から「我が国の特許法及び民法に照らし、特許権侵害を
登録された国の領域外において積極的に誘導する行為が、不法行為の成立要
件を具備するか否かを検討すべき」とした上で、自国の領域外での積極的誘
導行為に及ぼし得る規定を持たない我国法下においては、特段の立法又は条
約のない限り、特許権の効力が及ばないから、不法行為の成立要件を具備せ
ず 、本 件 米 国 特 許 権 の 侵 害 と い う 事 実 は 、法 例 1 1 条 2 項 に い う「 外 国 ニ 於 テ
発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」に当たり、被上告
人の行為につき米国特許法の上記各規定は適用できないと判示した。
4.実務上の指針
(1)
本 件 は 、外 国 特 許 権 に 基 づ く 我 国 に お け る 権 利 行 使 に つ き 最 高 裁 で 初 め
て問題となった事案である。争点が多岐に亘ったが、これまで判断が示さ
れなかった事項、学説上の対立があった事項につき以下のように判断が明
確に示された点が、特に企業の経済・産業活動の非国籍化が推進されるで
あろう今後にとってのひとつの指針を提供するものと評価し得る。
(2)
①
米国特許権に基づく差止め及び廃棄請求について
準拠法については準拠法決定不要説/必要説との対立があったが、準拠
法決定必要説を明示した。この判示事項は、属地主義の原則についての解
釈を確認する一方、準拠法決定の要否の判断に当たっては国際私法自体説
に基づいて行わねばならない点を確認したものと評価される。
②
準拠法を定めるには法性決定を必要とするところ、この点で不法行為の
問 題 ( 法 例 第 11 条 ) 、 物 権 の 問 題 ( 法 例 第 10 条 ) 、 特 許 権 の 効 力 の 問 題
とする三通りの考え方があったが、前二者では趣旨が相違すること等を理
由として、特許権の効力の問題と法性決定された。
③
特許権の効力の準拠法については法例に定めがなく、(類推適用できる
規定も存在しないため)条理によって「当該特許権と最も密接な関係があ
る」ことを連結点と決定し、準拠法は「当該特許権と最も密接な関係があ
る国である当該特許権が登録された国の法律」(本件では米国特許法)と
し た 。そ の 理 由 と し て 、( ア ) 国 ご と の 権 利 設 定 、( イ ) 属 地 主 義 の 原 則 、( ウ )
登録国と特許権との密接関係性が挙げられている。特許権の効力の準拠法
が当該特許の登録国であると明示されたことは、例えばライセンス契約に
絡んで特許権の効力が問題となる事件においては、準拠法は当該特許の登
録国法であると判断できることを意味する。
④
米 国 特 許 法 適 用 の 結 果 我 が 国 内 で の 差 止 め 等 が 法 例 第 33 条 に い う 我 が
国の公の秩序に反するとされた理由は、我国の採る属地主義の原則に反す
ること等である。この理由が後述の損害賠償請求に係る理由と異なる根拠
は、被害者に生じた過去の損害を填補して公平・正義を図ろうとする損害
賠償請求と、特許権の独占排他性の担保という性質から将来的な防止効を
付与する多分に政策的な差止め等請求との違いにあるものと考察できる。
(3)
米国特許権侵害を理由とする損害賠償請求について
①
準 拠 法 に つ き 、私 人 間 の 関 係 、渉 外 的 要 素 か ら 準 拠 法 決 定 必 要 説 と し た 。
②
ここでいう「不法行為」の成立性(本問題)についてはその先決問題と
して権利の存否(すなわち特許権の有効性)につき決定しなければならな
いところ、その先決問題解決に適用すべき準拠法については、(権利自体
の準拠法による等諸説あるが)本判決ではこの点につき触れていない。
③
法 例 第 1 1 条 第 1 項 に 係 る 連 結 点 た る「 原 因 タ ル 事 実 ノ 発 生 シ タ ル 地 」に
ついては、特にいわゆる隔地的不法行為の場合にいずれと解釈するかにつ
いて、行動地説、結果発生地説、二分説或いは折衷説、総合考慮説、被害
者選択説が対立してきた。本判決では、積極的誘導行為による被侵害物、
被上告人の予測可能性を理由に、結果発生地説によると結論したものと理
解できる。この判断は、今後の規準となって行くものと考えられる。
④
本 請 求 に 係 る 判 決 で ポ イ ン ト と な っ た の は 、 い わ ゆ る 法 例 第 11 条 第 1
項 及 び 第 2 項 の 累 積 的 連 結 で あ る 。本 判 決 で は 法 例 第 1 1 条 第 2 項 の い わ ゆ
る同種の権利の解釈につき明示したのは、いわゆる満州国特許判決事件
( S 2 8 . 6 . 1 2 東 京 地 裁 )で の 当 該 解 釈 の 誤 り を 正 す も の で あ る と 考 え ら れ る 。
こ こ で 具 体 的 に 米 国 特 許 法 第 271 条 第 (b)項 の 領 域 外 積 極 的 誘 導 行 為 に 対
する我国法上の同種行為について我国法上で損害賠償責任を負うか否かに
ついては、肯定説、否定説の対立があったが、本判決では否定説をとり、
日本法では国外寄与行為の違法性につき規定する立法・条約等がないこと
を 理 由 に 、法 例 第 1 1 条 第 2 項 の 非 充 足 を 結 論 し た 。こ の よ う な 間 接 的 行 為
でなく、直接侵害行為を理由とした訴訟の場合には、本件の理論構成によ
れば、外国知的財産権に基づく損害賠償請求が認容される可能性がある。
【参考文献】
「 Law & Technology」 No.19 p81〜 94
等多数
(友野
英三)