不動産開発事業評価のためのダイナミック DCF 法と

(Ver1.0
第 2 回日本不動産金融工学学会発表講演会)
不 動 産 開 発 事 業 評 価 の た め の ダ イ ナ ミ ッ ク D C F 法と
リアルオプション評価モデル
川口有一郎
明海大学不動産学部
[email protected]
1 はじめに
本論文では Kawaguchi and Tsubokawa(2001) が開発した不動産評価のための離散型リアル
オプションモデルを一般化し,不動産事業―土地開発事業(いわゆる更地開発),ビルの建て替
え事業,および再開発事業など−を評価し,賃料キャッシュフローおよび不動産価格のキャピ
タルゲインのリスク分析を可能にする分析的な枠組みを不動産金融工学的な視点から与える.
特に,
① 不動産事業のリスクの種類とその構造を明らかにする.
② 賃料キャッシュフローのリスク分析についてはすでに刈屋(2001)において賃料の
不確実性,テナント滞在期間の不確実性,空室期間の不確実性,不動産価格の不
確実性のモデルが与えられているので,本論文ではこれらに加えて,開発許可認
可の不確実性(環境リスクなど含む),建設工事期間の不確実性,初代テナント探
索,およびライバル参入による供給量ジャンプの不確実性のモデルを与える.
③ また,これらのリスク分析法を DCF 法に組み合わせたダイナミック DCF 法につ
いて議論する.
④ さらに,不動産開発における開発タイミング,工期短縮,売却タイミングをリア
ルオプションのモデルを与える.特に,これらを複合オプション(Options on
Option)としてモデル化する.これにより,不動産開発事業におけるキャピタルゲ
インが Staging の複合リアルオプションとして捉えることが可能となる.
⑤ ビル建設における最適規模についてもその決定方法を議論する.
本論文は,まだ手がけたばかりで未完であるが,JREIT をはじめとする不動産ファンドに組
入れるためのビル用地の評価,一般の更地評価,再開発事業の評価ばかりではなく,PFI や開
発型のファイナンスなどにおいて 1 つの基本的な枠組みを提供しうるものと考えている.
問題の設定
1
●問題と分析を簡単化するための問題の定義
更地を保有している地主(デベロッパー)が,賃貸ビルを建設し,テナントをつけて最終的に
は不動産投資ファンドへ売却することを想定する.そこでは,不動産の収益を最大化する賃貸
ビル建設事業(最適開発事業)を考える.また,この賃貸ビル建設事業のもとでの更地の価値
を評価する.なお,問題と分析方法を簡単化するためには刈屋(2001)の賃貸契約1を標準とする.
賃貸ビル建設(一定期間保有後に売却)事業は3つの段階から成る.
①第一段階は企画段階である.更地を取得し,開発の許認可を得て,ビルの建設時期とその規
模を決定する.許認可の獲得とともに建設予定のテナント探索を始める.簡単化のために建設
の開始時点で建設コスト全額を支出する.ただし,開発許認可を得る時点が最遅工事着工時点
より遅れると追加的なコストが発生する.
②第二段階は賃貸ビル 2を建設する段階である.建設工事の期間は比較的長期にわたり不確実で
ある.また,ライバルによる競合物件の出現も不確実である.
③第三段階は完成した賃貸ビルの各室を賃貸市場に出し,一定期間後に不動産投資ファンドに
ビルを売却する.完成してビルを賃貸市場に出しオペレーションの段階でキャッシュフローを
得る.ビル全体の占有率(=1−空室率)は完成時点の需要状況によって決まる.
なお,建設コストを分割・段階的に支出すること,建設敷金,礼金,保険料などに関わる分析
法は別途追加的に考察できるので本稿では扱わない.また,ここでの賃貸ビルを直ちに売却す
ることを想定すれば本稿の分析は分譲マンション開発事業にも適用可能である.また,更地を
既存ビルに置き換えればビルの建て替え事業や再開発事業にも適用可能である.これらは追加
的に考察できるので本稿では扱わない.
分析の基本は,上の 3 段階をもとに建設の意思決定と建設を軸に,許認可取得時期,ビル最
つまり,
「賃貸契約は 2 年とし,テナントは 6 ヶ月前の告知でパネルティなしに退出可能であ
る.契約満期 6 ヶ月前に告知がない場合次の契約期間に自動延長されるものとし,その場合の
賃料は満期時点での『市場価格』とする.」
2 あるいは分譲マンションなど.
1
2
適開発時期,建設期間,ライバル出現,および空室数などを確率変数として記述していくこと
である.注意すべきことは,賃貸ビル開発事業のキャッシュフローはビル建設後に発生するこ
と.また,そのキャッシュフローのリスク分析はビルの売却を含めたビル全体の投資期間全体
にわたることである.
2.キャッシュフローとその変動リスクの記述
キャッシュフローとその変動リスクを数学的に評価するため,記号を導入する.
(1) 時点
n=0,1,2, ・・・, N N
【投資開始】
0:更地取得時点
【企画段階】
N a :開発許可認可時点(確率時刻とする)
N slst :ビル建設最遅開始時点(確定時刻とする)
n s :ビル建設開始時点(最適停止時刻)
N a < n s ≤ N slst
【建設段階】
N cplan :ビル完成予想時点(確定時刻)
N cest :ビル完成最早時点(確定時刻)
n c :ビル完成時点(確率時刻)
(2.1)
N cest ≤ n c ≤ N cplan
δ sc = n c − n s :工期(建設期間)
(確率時間)
【オペレーション段階】
N 0 = n c :オペレーション開始時点=ビル完成時点(営業開始)
N N :投資終了時点
(2.2)
N = N N − N 0 :オペレーション期間
(収益還元価格計算期間,確定時刻=耐用年数)
n sell :ビル売却時点(確率時刻)
N 1 ≤ n sell < N N
3
不動産事業のキャッシュフローのリスクを,開発プロセスの逆順に整理すると,次のように表
される.
【オペレーション段階】
(1)
賃料キャッシュフロー・プロセス
賃料キャッシュフローの不確実性を表現する基本的なファクターは賃料プロセス
~
~
X ( n ) ,テナントが退出を告知する(確率)時点 M i ,及び空室への新たな入居者を探索する(確
~
率)期間 J i の3つの確率プロセス
(2.3)
~
~
~
({ X (n)},{M i : i = 1,2,L},{J i : i = 1,2,L})
と把握され,これらの不確実性を考慮したキャッシュフローの現在価値の合計は
(2.4)
I*
C 0I = ∑ [C 0 i (Ti −1 , K i ) − vc0 i ]
*
i =1
ここで,
C 0 i :第 i 代テナントによるキャッシュフローの 0 時点現在価値
T i −1 ≡
i −1
∑ (K
j =1
j
+ J j)
・・・(第i代テナントが入居するまでの 0 時点からの月数)
Ki = min( M i + 6,24) ( M i = 1, L,19) ・・・契約時点から退出までの期間
vc 0 i :第i代テナント退出後の時点でのテナント探索コスト(空室コスト)現在価値
I * = min{ i : Ti ≥ 240 }
計算期間 20 年に入居するテナントの総数(Ti が確率変数な
ので I*も確率変数となる)
と定式化される 3.
(2)
ビルを売却するときに不動産価格変動リスク
不動産市場では将来のキャッシュフローの現在価値以上に不動産価格が上昇することもあれ
ば,また,逆に将来のキャッシュフローの現在価値以下に不動産価格が下落することある.あ
る不動産に着目し,その不動産の基本属性は Z で表し,時点nでもその市場価格として
*
(2.3)式から(2.4)式の詳細およびシミュレーションによる C 0I の確率分布の導出法について
は刈屋(2001)をみよ.
3
4
~
~
V ( n ) = V (n , Z )
(2.5)
円/坪
で表す.特に,日本不動産市場では 1980 年代後半に資本市場から空間市場(不動産市場)に
大量の資金が入り込み,不動産の収益やリスクとは無関係に価格が上昇した.また,不動産融
資の総量規制といった政策の失敗に端を発して不動産価格が急落しはじめると,これもまた不
動産の収益やリスクとは無関係に価格が下落した.日本の不動産市場では市場価格がほとんど
開示されないので将来のキャッシュフローの現在価値から大きくブレた取引が行われる.その
構図は今もなお改善されず,JREIT をはじめとするファンド組入れ物件などは将来のキャッシ
ュフローの現在価値より高い価格で落札されているように思われる.
(3) 初 代 テ ナ ン ト の 探 索 期 間 と 空 室 期 間
企画段階において開発許可を取得した時点( N a )で,その時からデベロッパーはテナント
~
探しに入る.上記(1)と同様に開発許可取得後の探索期間を月数( J 0 )で示す.実際にはビル
完成時点( n c )までにテナントを見つけることもあるので,第1代テナントが見つけられない
(空室)月数は
~
J 0 = max{ J 0 − ( nc − N a ),0}
(2.7)
ただし, n c は確率変数である.
となる. J 0 = 0 のときは,初代テナントはビル完成後直ちに入居することになる.
【建設段階】
(4)
工期変動リスク
企画段階で予定したビル完成予想時点4( N cplan )と実際のビル完成時点( n c )が異なること
がある.例えば,建設開始後に埋蔵文化財が発見される,土壌汚染が発覚する,建設事故が発
生する,自然災害に見舞われる,および近隣住民から工事停止の陳情がなされるなど. 工期
( δ sc )には不確実性があり確率変数となる.工期に関する確率事象はそのスペースの基本属
性(特に,立地属性および近隣属性)と外生的な要因(自然現象,土地利用の履歴など)によ
り支配される.ビル完成の遅延月数は,
(2.8)
4
L sc = max( n~c − N cplan ,0 )
企画段階におけるビルの最適完成時点.
5
~
ただし, n~c = ns + δsc
となる. L sc = 0 のときは,ビルは予定どおり完成することになる.
(5)
ビル建設の競合リスク
商業不動産市場では,ビルの供給が一時期に集中しスペースの供給過剰状態が比較的長い期
間,持続する事実が指摘されている.そこでは,シリアスな需要の減退とともに不動産価格の
下落を伴うことも指摘されている.その 1 つの理由として,ライバルが先にビルの開発オプシ
ョンを行使することを恐れるデベロッパーは,需要の減退期であるにもかかわらず結果的に同
時にビルを建設するというパニック的な均衡に達する(Grenadier(1996)).また,タイミング
オプションに基づいて導かれる最適開発時点に従ってデベロッパーが合理的にビル建設に着工
するとその時期が重なる.
上記のようなパニック均衡のような市場全体のショックを Y とし,n時点のスペース・スト
ックを Q(n)とする.そのとき,ビルの賃料 X(n)を
(2.9)
~
X Q ( n ) = YD[Q (n )]
ここで,D[・]:逆需要関数(減少関数)
で表す(Dixit and Pindyck(1994)).
【企画段階】
(6)
二時点間の需要格差の確率プロセス
企画段階において更地の上にビルを建設する工事の着工時点( n s )を決定する(この決定は
更地評価の副産物である.更地の価値の一部分は最適な時点で建設を開始するオプション価値
を含んでいるからである).企画段階,および建設段階のプロジェクトのキャッシュフローは更
地のキャピタルゲインのみである.企画段階において,このキャピタルゲインは変動している.
デベロッパーは事前の期待重要に基づいて更地のキャピタルゲインを最大とする最適開発時点
(最適停止時刻)を選ぶ.ところが,建設工事には工期を要するために,工事着工時点とビル
の完成時点には時間的なラグが存在する.このとき,事前の期待需要と事後の実現需要との差
がリスクとなる.
いま,需要は確率的に変動するとする.また,空間市場(不動産市場)においては,短期間
では市場賃料の多くの部分は需要によって説明されると指摘されている.そこで,需要の代理
指標として市場賃料を選ぶ.この準備のもとに,二時点間の需要格差の確率プロセスは二時点
6
間の市場賃料格差の確率プロセスとして,
(2.10)
~
~
~
∆X ( nc , N opt ) = X ( nc ) − X ( N cplan )
~
で表す. ∆X ( nc , N opt ) = 0 のとき,デベロッパーは最適開発時点を選択したことになる.
なお,ビル完成予想時点( N cplan )は,建設工事着工を決定する時点(nc)までは
~
N cplan = n~c (opt ) + E (δsc )
であり最適停止時間(確率時間)である.しかし,建設着工後はビル完成予想時点( N cplan )
は確定時間として扱う.
(7)
開発許認可プロセス
本稿では,開発許認可プロセスは事前協議サブプロセス,環境アセスメント・サブプロセス,
文化財埋蔵物調査・サブプロセス,近隣調整・サブプロセス,および都市計画決定・サブプロ
セスの5つのサブプロセスからなるとする.開発許認可を取得する時点は
P (n~a = j )
(j=1,2,・・・)
といった確率変数として記述する.前述したように開発許認可を取得する時点が工事着工最遅
時間よりも遅れると,デベロッパーは開発のタイミングオプションを失う(オプションの満期
がきれる)ばかりでなく,追加的なコストが発生する.
不動産開発事業のキャッシュフローの不確実性を表現するファクターは7つの確率プロセス
~
*
①賃料キャッシュフローの確率プロセス( C 0I ),②ビルを売却するときに不動産価格の確率プ
~
~
ロセス(V ( n ) ),③初代テナントの空室期間の確率プロセス( J 0 ),④工期遅延の確率プロセ
~
~
ス( Lsc ),⑤ビル建設の競合リスクを考慮した賃料の確率プロセス( X Q ( n ) ),⑥二時点間の
~
需要格差の確率プロセス( ∆ X ( n ) ),⑦開発許認可プロセス( n~a ),
(2.11)
~
~
~
~
~
~
({C 0I }, {V ( n )}, {J 0 }, {L sc }, { X Q (n )}, {∆ X (n ), n~a })
*
7
として把握できる.以下ではこれらの不確実性がどのようにキャッシュフローと関係するかを
定式化する.
(7) 初 代 テ ナ ン ト か ら の イ ン カ ム ゲ イ ン の 現 在 価 値 − ダ イ ナ ミ ッ ク DCF 法―
初代テナント(i=1)以降から発生するネットキャッシュフロー(インカムゲイン)のビ
ル完成時点( n c )価値全体 Pnci (Ti −1 ) は,将来に向かっての漸化式として
(2.12)
19
Pn i (Ti −1 ) = ∑ Γi (m)[Cn i (Ti −1 , k ( m)) + Pn i +1 (Ti −1 + k ( m) + J i )]
c
c
m =1
c
k (m ) = min( m + 6 ,24 )
と表される5.
・ 初代テナント以降のキャッシュフローは,初代テナントが k(m)期間滞在した結果出てくる
キャッシュフローと第 2(=i+1)代以降のキャッシュフローの和である.
・ 初代テナントの空室期間 J 0 > 0 のとき,初代テナントはビルが完成してから J 0 月後に入居
~
し k(m)期間滞在する.初代テナントに適用される賃料は X (nc + J 0 ) となる.
・ また,工期遅延 Lsc>0 のとき,工期の遅延に伴う予定テナント補償費などを合計した遅延
コスト lc が(2.12)から控除される.
~
・ 市場へのライバル参入がある場合,ビル建設の競合リスクを考慮した賃料( X Q ( n ) )を適
用する.
~
*
・ 賃料キャッシュフローの確率プロセス( C 0I )については刈屋(2001)を参照のこと.
~
ビルを売却するときに不動産価格の確率プロセス( V ( n ) ),ビル建設の競合リスクを考慮
~
~
した賃料の確率プロセス( X Q (n ) ),及び二時点間の需要格差の確率プロセス( ∆ X (n ) )
はキャピタルゲインのキャッシュフローと関係する(後述の「リアルオプション評価」を
みよ).
3.変動リスクを構成する各確率プロセスの定式化
5
刈屋(2001)の(2.17)式と同じ.
8
不動産開発事業のキャッシュフローの不確実性を表現するファクター−ビルを売却す
~
~
るときに不動産価格の確率プロセス( V ( n ) ),初代テナントの空室期間の確率プロセス( J 0 ),
~
工期遅延の確率プロセス( Lsc ),ビル建設の競合リスクを考慮した賃料の確率プロセス
~
~
( X Q ( n ) ),二時点間の需要格差の確率プロセス( ∆ X ( n ) ),開発許認可プロセス( n~a )およ
~
*
び賃料キャッシュフローの確率プロセス( C 0I )の変動リスクを表現する確率プロセスの定式
化を試みる.
~
~
( 1 ) 不 動 産 価 格 プ ロ セ ス ( V (n ) ) と 不 動 産 賃 料 プ ロ セ ス ( X ( n ) )
不動産価格と不動産賃料の時間的変化の確率分布はその非正規性(ファットテール性),不均
一分散を考慮して,混合正規分布によりモデル化する.混合正規分布のうち,後述の近似的な
リスク中立確率測度変換が可能な対数 DD モデルを選択する(刈屋(1997)).
不動産市場価格インデックスの時間的変化のプロセスとして(以下,刈屋(2001)と同じ)
.
(3.1)
[
~
~
V ( n) = V (n − 1) exp µVn −1 h + σVn −1 hεVn
εVn
~ iid
]
N (0,1)
を選択し,不動産市場賃料インデックスの時間的変化のプロセスとして
(3.2)
[
~
~
X (n) = X ( n − 1) exp µXn −1 h + σ Xn−1 hεXn
ε Xn
~ iid
]
N (0 ,1)
を選択する.そこでは,市場価格と市場賃料の相関
(3.3)
Correln −1 (ε Vn , ε Xn ) = ρ n −1
をもつと仮定する.
また,物件iの市場価格,および契約賃料はそれぞれ
(3.4)
(3.5)
~
V (i ) (n) = αV( i ) + βV( i )V (n)
[
]
~
X (i ) (n ) = α (Xi ) + β ( i ) X ( n ) − X −(i1) ( n −1 ) + X −(i1) ( n −1 )
9
として評価されるものとする6.
~
( 2 ) 初 代 テ ナ ン ト の 空 室 期 間 プ ロ セ ス ( J0 )
~
~
初代テナントの空室時間は,開発許可時点からの探索時間 J 0 (月数)に依存する. J 0 の確
率分布として負の 2 項分布
 j + α − 1
~
P( J 0 = j ) = 
(1 − p0 )α p0j
j


( j = 0,1,2, L)
ただし,j:探索月数の実現値
α:探索時間として最も多く起こる月数(刈屋 2001)
p:大家(デベロッパー)がテナント候補に出会う確率
p 0 としては,テナントが物件を独立かつランダムなサンプリングを行うと仮定して,1 ヶ月以
内にデベロッパーがm人のテナント候補者と出会う確率7として,
P{mn +1
 Bn  β
= m} = p 0 ( m) =  
 m  S n



m

β 
1 −

S n 

Bn −m
( m = 0 ,L , Bn )
ただし, Bn :n時点のテナントの総数
S n :n時点の有効な貸室の総数
β:探索効率
などの定式化が可能である.ここで,探索効率βは最も簡単には単位時間あたりの一定のポア
ソン到着率とすることができる.また,当該賃料と相場との差などによって決めることも可能
である.また,入室を希望する潜在的なテナント数および有効な貸室の総数は直接観測するこ
が難しいので,それぞれオフィス従業者のフロー,建設着工数などを代理指標として利用する
こも考えられる.
なお, p 0 という確率は,デベロッパーがm人のテナントと出会うことによってテナン
トが見つかると仮定した場合,テナントを見つける確率である.mは経験則から前もって決ま
ることもあろう.また,テナントの総数およびそのときどきの市場環境によって変化する.有
6
7
以上の定式化は刈屋(2001)と同じである.
ただし,この仮定は有効な貸室の数 Sn が無限大のときに成立する.
10
効な貸室の総数は短期では固定的であるが長期ではジャンプ的な増加をみることもある.
~
( 3 ) 工 期 遅 延 プ ロ セ ス ( Lsc )
工期遅延プロセスは工期 δ sc の確率分布を特定化することによって明らかになる.建設会社
は過去に実施他ビル建設工事の工期のデータから工期の上限δ max と下限 δmin を推定する.推定
に際して,十分大きな工事実績の工期データのサンプルが利用できるものとすると,工期の確
率分布は
 1 ( j − δ min ) q −1 (δ max − j ) r −1
~

, δ min ≤ j ≤ δ max
f (δ sc = j ) =  B ( q , r )
δ max − δ min )

0
otherwise

ただし, B(q, r ) =
∫u
1
q −1
0
(1 − u) r −1 du
の定式化が可能である.パラメータ q,r は分布の形状パラメータである.過去のデータからビ
ル建設工事の平均とその分散が与えられると q,r を決定することができる.
ビル完成予想時点( N cplan )を設定する際に,予定工期を工期の上限 δ max とすると,工期の
確率分布が上記に従う限り,予定工期に遅延が生じることはない.しかし,建設コストの上昇,
および最適開発時期の観点から,常に上限を予定工期とすることは現実的ではない.
ビル完成最早時点は着工時点に工期の下限 δmin を加えたものとして求められる.
~
( 4 ) ビ ル 建 設 の 競 合 リ ス ク を 考 慮 し た 賃 料 プ ロ セ ス ( X Q (n ) )
不動産市場は均衡状態ではスペースのストックの滅失と新規供給のフローが一致して
有効な貸室の総数(供給量)はほぼ固定されていると考えてよい.そのため,n時点の賃料水
準 X(n)は需要によって決まり,
X (n ) = Y ( n ) D ( S n )
ここで,Y(n):n時点の市場全体のショック
D(・):逆需要関数
Sn:有効な貸室の総数
と表される.ここで,市場全体のショック・プロセスが対数 DD モデル
[
~
~
Y ( n ) = Y ( n − 1) exp µ Yn −1 h + σ Y −1 hε Y n
n
n
]
11
に従うとし,Sn が一定であるなら,
[
~
~
X (n ) = X ( n − 1) exp µ X
n
−1
h + σ Xn−1 hε X
n
]
となる(上記で特定化した賃料プロセス).また,本稿では逆需要関数を
D (S n ) = S n−γ
ただし,1/γ:需要の弾力性
いま,市場均衡を破るスペースの新規供給(例えば,一時期に大量のビル建設が行われる)が
発生する場面を考える.市場には貸室を供給する企業が分布(分布は既知)している.この分
布からランダムにビルを新規に供給の候補者が出現すると考える.各候補者は,リアルオプシ
ョンアプローチによりビル建設の最適なタイミングを決定するとする.そこでは,不動産の価
値がある閾値を越えると候補者は実際に新規供給するが,各候補者が合理的に行動すればそれ
ぞれの建設のタイミングが一致し,ビルの大量供給が一時期に集中する(こうした現象を「ジ
ャンプ的なビルの新規供給」と呼ぶ).このジャンプ的なビルの供給がパラメータ(平均到着率)
をλとするポアソン過程に従うと考えると,市場はポアソン発生を受けるため,有効な貸室の
増加量は
dSn=λSn
となる.Y の対数 DD プロセスと Sn のポアソン発生過程により,ジャンプ的な新規供給スペ
ースを考慮した賃料プロセスは,
[
~
~
X (n ) = X (n − 1) exp ( µ X
n
−1
− γλ ) h + σ Xn−1 hε X
n
]
と定式化することが可能である.
~
( 5 ) 二 時 点 間 の 需 要 格 差 プ ロ セ ス ( ∆ X (n ) )
建設時点の賃料 X(ns)がハードル賃料に達したのでタイミングオプションを行使した.実際
にビル完成時の賃料 X ( N cplan ) がその賃料を下回る確率は
Pr ob{ X (n s ) > X ( N cplan ) | X ( n s ) = X 0 }
で与えられる.賃料 X ( N cplan ) = ( X ( N s + 1),L , X ( N cplan ))′ の同時確率分布は初期値 X ( N s ) を
12
与えたときの条件付正規分布である.しかし,本稿では賃料プロセスを対数 DD プロセスとし
ているので,ドリフト項とボラティリティ項が賃料の非線形関数であるので,その同時分布を
導出するのは困難である(刈屋 1997).ビル完成時の賃料 X ( N cplan ) がハードル賃料(つまり,
建設時点の賃料 X(ns))を下回る条件は,
N
 ∑ µ j −1 h +
 j =N

plan
C
s

hε j  < 0


NCplan
∑σ
j= N s
j −1
ε j ~ iid N ( 0,1)
で与えられる.
(6)開発許可認可プロセス
開発許認可プロセスは事前協議サブプロセス,環境アセスメント・サブプロセス,文
化財埋蔵物調査・サブプロセス,近隣調整・サブプロセス,および都市計画決定・サブプロセ
スの5つのサブプロセスからなるとする.各サブプロセスに要する時間をそれぞれ
n~a1 , ~
na 2 , ~
na 3 , ~
na 4 , ~
na 5 とする.また,これらのサブプロセス時間をそれぞれパラメータ
α a 1 ,α a 2 ,α a 3 , α a 4 , α a 5 をもつ独立なポアソン分布に従う確率変数とする.このとき,開発許可
プロセスに要する時間は n a = n a 1 + n a 2 + n a 3 + n n 4 + n n 5 の分布関数として,
j
 5

∑αi 
 5

 i =1 
P (n a = j ) =
exp  ∑ (−α i ) 
j
 i =1

( j = 0,1,2 ,L)
と定式化できよう.一般に,パラメータは,当該不動産の存する立地,管轄の行政組織,およ
び近隣住民の特性などによって大きな影響を受ける.
~
*
( 7 ) 賃 料 キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー の 確 率 プ ロ セ ス ( C 0I )
モンテカルロシミュレーションにより確率分布を求める.
4.キャピタルゲインのリアルオプション評価法
4.1
基本的な考え方
①ダイナミック DCF 法に次の「段階オプション」を取り入れる.
建設開始タイミングオプション
13
建設期間工期短縮オプション
ビル売却タイミングオプション
②段階的意思決定を「複合オプション(Options on Option)」としてモデル化する.
4.2
複合オプションによる不動産開発事業モデル
オペレーション期間(収益還元価格計算期間)0∼N をもつ n c 時点の賃貸不動産価値 P( n c )は,
P(nc ) = f n (0, N )
ここで8, f n (0 , N ) = E n [ P0 total ( N )]
この価値上に書いたアメリカンオプション(満期 N)は n ∈ [0 , N ] で行使したとき確率ペイオフ
Fi ( P, n ) を得る(i は段階を示し,i =1,2,3,4 ).
価格評価プロセスは動的計画法の枠組みで組み立てる.すなわち,投資終了時点における境
界条件を所与として,初期時点(更地取得時点)n=0 に向かって「後退法」により価格評価す
る9.
( 1 )【Step4: ビル売却段階】
売却オプションのペイオフは,ビル売却時点の不動産の収益還元価格 P とその市場価格 V の
交換とみて,
max( V (nsell ) − P( nsell ),0)
ここで,V:ビル売却時点の不動産の市場価格
と表される.このリアルオプションの価値は,価値の増分として
F4 ( P ) = max N
1 ≤ n sell ≤ N N
 max{V (n sell ) − P (n sell ),0} 
LN E *N 

Ln


1
1
sell
ただし, E*N1 :確率測度 Q*のもとでの N1 時点の期待オペレータ
L:預金プロセス
で与えられる(Kawaguchi and Tsubokawa, 2001).なお,売却オプションの満期は N N (投資終
8
P0 total ( N ) :投資期間(0,N)に対するビルのネットキャッシュフロー現在価値(刈屋 2001,(4.2)
式)
9 仮に P(t) が解析的に扱えたとしても,本稿のアメリカンオプションの満期は永久ではなく有
限であるので解析解を求めるのは困難である.
14
了時点)であり,売却時点 n sell は最適停止時間である.
( 2 )【Step3: 建設段階】
将来のビル完成予想(企画段階の最適完成)時点における競合物件の供給状況は,時間の経
過とともに(開発許可,ビル建設着工,および建設工事期間中に),次第に明らかになる.建設
期間を調整する(早める)ことにより市場に適合しようとする.
工期短縮オプションのペイオフは,ビル完成時点を初期時点とする収益還元価格とビル完成予
定時点を初期時点とする収益還元価格の交換とみて,
max( 0 , max( 0 ,V ( n sell) − P (n sell )) + P( nc ) − P ( N cplan ))
と表される.工期短縮のリアルオプションの価値は,価値の増分として
 max{ F4 ( P) + P(nc ) − P( NCplan),0}
F3 ( P) = max N est ≤ n ≤ N plan LN est E*N est 

c
c
c
c
c
Ln sell


ただし, E *N est :確率測度 Q*のもとでの Nc 時点の期待オペレータ
c
F4 ( P) :売却オプションの価値
L:預金プロセス
で与えられる.なお,工期短縮オプションの満期は N cplan である.
( 3 )【Step 2: 企 画 段 階 】 開 発 タ イ ミ ン グ と 最 適 開 発 密 度 の 決 定
本稿では,これまで土地開発事業を対象としてきたが,次のように問題を一般化すればビル
の建て替え事業および再開発事業の問題も同様に扱える(上記の各 step の結果はそのまま利用
できる)
.まず,新しい記号を導入する.
X1(n):従前の土地利用(1 ユニット)の賃料の価格プロセス(駐車場など)
X2(n):ビル(1 ユニット)の賃料の価格プロセス
h 1(k1):従前の土地利用のユニット数,h1(・)は従前土地利用の生産関数
k1:従前の投下資本
h 2(k2):ビルの室数,h 2(・)はビルの生産関数
k2:ビル建設の投下資本
ビル建設事業は従前の土地利用(X1(n), h1)をビル(X2(n),h 2)とを交換することとして考えられ
15
る.土地開発事業では現在の更地を将来のビルと交換することであり,再開発事業は現在の古
いビルと将来の新しいビルを交換することである.
ビル建設事業において,デベロッパーは h2(ビルの室数,未知数)で h1 を置き換える(交
換する)オプションを持っている.開発前の総収入は X1h1,開発後の総収入は X2h2.ビル
開発のタイミング ns と規模 h2 を同時に決定しなければならない.
ここで,問題を簡単にするために,話題を土地開発事業に戻そう.それには,X1h1=0とす
ればよい.ビル建設に必要なコスト(トータル)を
C total = C c k 2 + C f
ここで,Cck2:変動費
Cf: 固定費
とする.
いま,1ユニット(1 室)のn時点の収益還元価格を P1 (n ) ,1ユニットの市場価格を V1 と
すると,交換オプションの行使は,投資期間の中でビルの収益還元価格と建設コストの交換と
みてペイオフが最大になるとき行われる.意思決定期間(ビル完成最早時点, N cest )に対して
開発許可取得後以降において交換オプションを行使すべきペイオフを考える.開発を延期する
オプションのペイオフは,ビル完成予定時点を初期時点とする収益還元価格とビルの建設コス
トの交換とみて,
max( 0 , max( 0 , max( 0 , h2 V1 ( n sell ) − h2 P1 ( n sell )) + h 2 P1 (n c ) − h2 P1 ( N cplan ))) + h 2 P1 ( N cplan ) − C total )
と表される.交換オプションが N a < n s ≤ N slst に対して与えられているので,ビル建設タイミ
ングのリアルオプションの価値は,価値の増分として
 max{ F (h , P) + h P ( N plan ) − C ,0}
3
2
2 1
c
total
F2 ( P) = max N a ≤ n s ≤ N lsts LN a EN* a 

LN lsts


ただし, E*N a :確率測度 Q*のもとでの Na 時点の期待オペレータ
F3 ( P ) :工事短縮オプションの価値
L:預金プロセス
で与えられる.工事短縮オプション価値の中には売却オプションの価値がたたみこまれている
こと,また,工事短縮オプションおよび売却オプションの価値に対してビルの規模(ユニット
16
数)h2 が影響をもっていることに注意する.
上記の開発タイミングのオプション(複合オプション)の価値を求めることと最適開発タイ
ミング(ns )を求めることは同値である.いま,最適タイミングを考えると同時にビルの最適
開発規模を考えるとそれは投下資本k2 について
F2 ( P) = max0 < h <h maxN
2
max
lst
a ≤ ns ≤ N s
 max{F ( h , P) + h P ( N plan) − C ,0}
3 2
2 1
c
total
LN E*N 

LN


a
a
lst
s
ただし,hmax:容積率制限
の第一階条件
h 2′ (k 2* ) P1 ( N cplan ) + F3′ = C total
から導かれる.ここで,空間の生産関数h2 として,例えば,CES 型(Constant Elasticity of
Substitution)
[
h 2 ( K 2 ) = α + (1 − α ) K 2
]
−η −1 / η
ここで,α:資産の分布係数(0<α<1)
η=(1−π)/π
π:資本とその他の生産要素(労働,土地)との Elasticity of Substitution
(0<π<1)
などが考えられる(Capozza and Li, 2001).
実際の開発において,ビルの最適規模が問題となることはほとんどないであろう.む
しろ,都市計画において容積率が制限されているので,可能な限り容積率を「使い切る」とい
ったモデル化が現実的かもしれない.また,容積率の緩和(いわゆるボーナス)を受けること
のほうがデベロッパーにとっては望ましい場合が多い.また,最適規模の決定においては,単
一用途だけではなく複数の用途の組み合わせ(いわゆるテナントミックス・オプション)も考
慮されなければならない.現実のビル開発では容積率を使いきるように,例えば,店舗とオフ
ィスを組み合わせる,あるいは店舗と住宅を組み合わせるといったことで事業価値の最大化を
狙うのが一般である.また,需要に合わせて段階的に部分的に供給する,つまり,最適化では
なく適合化といった視点(リアルオプションアプローチ)からのモデル化がベターであろう.
4.3
近似的なリスク中立確率測 度の推定
17
4.2のリアルオプションの評価には「近似的なリスク中立確率測度」を用いる.ここで,
近似的なリスク中立確率測度とは,不動産の流動性リスクを調整した価格プロセスに対して相
対価格のマルチンゲール性を課し,離散型の丸山・ギルサノフの定理を用いて現実の確立測度
を変換したものである(Kawaguchi and Tsubokawa(2001) ).
不動産市場は不完備市場である.そのため,一般にはマルチンゲール測度は一意には決まら
ない(複製無リスクヘッジポートフォリオを作ることができない.).評価演算子も一意ではな
い(リスク中立化したマルチンゲール過程を得るために,資産の真の収益率から消費の CAPM
を差し引くといったことが行われるがこの方法はある場合には無効となる).いずれにおいても
測度が複数存在する.不完備市場つまり実際の資産市場では,複数存在する測度の中から,何
らかの基準を導入して適切な測度を選択する必要がある.本研究では,近似的なリスク中立確
率測度という基準を導入している.
~
~
[
]
不動産価格プロセス V ( n) = V (n − 1) exp µVn −1 h + σVn −1 hεVn において,V(0) を与えたとき
にこの価格プロセスを生成する確率分布を Q とする.Q を変化した Q*のもとで不動産価格プ
ロセスがマルチンゲールとなるための必要十分条件は,
θn −1
1 2 
−  µVn −1 + σVn
2 −1 
= 
σVn−1 ( n = 1,2, L, M )
である(刈屋 1997).逆に,この条件を課して,不動産価格とある基準価格との相対価格プロ
セスをマルチンゲールにする現実の確率測度 Q と同等な確率測度 Q*を求める.Kawaguchi
and Tsubokawa(2001)は対数 DD モデルを GARCH(1,1)型に特定化して,さらに,そのドリ
フト項を不動産の流動性プレミアムで調整して,最尤法により不動産価格の現実の確率測度か
らこれと同等なリスク中立確率測度を推定した.
本稿では,Kawaguchi らの方法を用いて,不動産の流動性プレミアムを感度分析的に与えて,
その結果,尤度を最大とするパラメータのセット(リスク中立確率測度)を最小とするものを
リアルオプションの期待計算における確率測度として採用する(表1参照)
.
18
表1 近似的なリスク中立確率測度(不動産価格流動性プレミアム=delta)
αYn−1
1
= r − βYn2 −1 − λβYn −1
2
2
βYn2 −1 = φ0 + φ1vn2−1 + ϕ1 β Yn
−1
vn −1 = β Yn−2ε n−1
Data sample(A)
φ0
φ1
Psi1
λ
log likelihood
delta=0 delta=0.05 delta=0.01 delta=0.015 delta=0.02 delta=0.025 delta=0.03
0.0005
0.0004
0.0005
0.0005
0.0008
0.005
0.006
0.4108
0.4093
0.4064
0.4144
0.7825
0.3444
0.3457
0.3227
0.3231
0.3235
0.3185
0.1103
0.3219
0.3225
0.4417
0.4307
0.4365
0.3474
0.0152
0.4103
0.4057
-662.333 -662.098 -661.3434
-664.9344 -751.425 -641.590 -642.10
Data sample(B)
delta=0
φ0
φ1
Psi1
λ
log likelihood
delta=0.05 delta=0.01 delta=0.015 delta=0.02 delta=0.025 delta=0.03
0
0
0
0.0001
0
0
0
0.2815
0.2766
0.273
0.3101
0.3232
0.3054
0.4401
0.3024
0.3188
0.3195
0.303
0.2998
0.3048
0.3501
0.4029
0.4146
0.4163
0.3759
0.3338
0.3833
0.3979
-125.61 -124.931 -124.3717
-129.5479 -130.828 -128.460 -134.327
Data Sample(A) 首都圏マンション平均価格
Data Sample(B) 首都圏賃貸事業用マンション
4.4 モ ン テ カ ル ロ シ ミ ュ レ ー シ ョ ン
本稿のリアルオプション(アメリカンコールオプション)は Longstaff and Schwartz(1999)
の Least-Squares アプローチによるモンテカルロ・シミュレーション(LS シミュレーション)
により評価する.LS シミュレーションは最小二乗法により継続の条件付き期待を求めることが
キーとなる.関連する状態変数の価値関数の集合上で生じるキャッシュフローを回帰すること
により求める.この回帰の fitted value は条件付き期待関数の効率的な不偏推定であり,オプ
ションの最適停止ルールを正確に推定することが可能である.
不動産価格プロセスが経路依存,マルチファクター,及びジャンププロセスに従う場合,伝
統的な有限要素法およびバイノミアルツリーでは分析が不可能である.本稿では,こうした価
格プロセスをもつ資産上のアメリカン型のオプション価格評価が可能であり,しかも,比較的
にシンプルにアメリカンタイプのオプション価値を求めることが可能な最小二乗法を用いたモ
ンテカルロ・シミュレーション評価を行う.
5.まとめ
本論文では Kawaguchi and Tsubokawa(2001)が開発した不動産評価のための離散型リアルオ
プションモデルを一般化し,不動産事業―土地開発事業(いわゆる更地開発),ビルの建て替え
19
事業,および再開発事業など−を評価し,賃料キャッシュフローおよび不動産価格のキャピタ
ルゲインのリスク分析を可能にする分析的な枠組みを不動産金融工学的な視点から与えた.特
に,
⑥ 不動産事業のリスクの種類とその構造を明らかにした.
⑦ 賃料キャッシュフローのリスク分析についてはすでに刈屋(2001)において賃料の
不確実性,テナント滞在期間の不確実性,空室期間の不確実性,不動産価格の不
確実性のモデルが与えられているので,本論文ではこれらに加えて,開発許可認
可の不確実性(環境リスクなど含む),建設工事期間の不確実性,および初代テナ
ント探索の不確実性のモデルを与えた.
⑧ また,これらのリスク分析法を DCF 法に組み合わせたダイナミック DCF 法につ
いて議論した.
⑨ さらに,不動産開発における開発タイミング,工期短縮,売却タイミングをリア
ルオプションのモデルを与えた.特に,これらを複合オプション(Options on
Option)としてモデル化した.これにより,不動産開発事業におけるキャピタルゲ
インが Staging の複合リアルオプションとして捉えることが可能となった.
⑩ ビル建設における最適規模についてもその決定方法を議論した.
【参考文献】
刈屋武昭(2001)不動産収益還元価値評価モデルと賃料キャッシュフローのリスク分析法,
JAREFE 春季大会プログラム,14-29.
刈屋武昭(1997)『金融工学の基礎』東洋経済新報社
Kawaguchi and Tsubokawa (2001)”The Pricing of Real Options in Discrete Time Models,”
JPIF, Vol.19, No.1, 9-34.
Longstaff, Francis and Eduardo Schwartz(1999) ”Valuing American Options By Simulation:
A Simple Least-Squares Approach,” Financial Working Paper
Grenadier, Steven(1996)”The Strategic Exercise of Options: Development Cascades and
Overbuilding in Real Estate Markets,” The Journal of Finance, Vol.LI, No.5, 1653-1679.
20
Dixit, Avinash and Robert Pindyck(1994) Investment Under Uncertainty, Princeton
University Press.
Capozza, Dennis and Yuming Li(2001)”Residential Investment and Interest Rates: An
Empirical Test of Land Development as a Real Option,” REE, Vol.29, No.3, 503-519.
21
22