友達を思いやる心を育む道徳指導の工夫

<高崎特別研修 領域A 道徳>
友達を思いやる心を育む道徳指導の工夫
∼役割演技や話合いを通して∼
研究員 高橋 智美
<研究のあらまし>
本研究では、
「思いやり」や「信頼・友情」の道徳的価値の自覚を深める道徳の時間において、複
数の他者の立場に立ち、気持ちを考える役割演技や思いやる心の段階が異なる児童で構成するグル
ープで相手のためになっているかを考える話合いを取り入れる。これらの活動を通して、友達の気
持ちを理解し、相手の身になって考え、行動しようとする友達を思いやる心が育むことを目指した
ものである。
Ⅰ
【キーワード:相手意識 役割演技 話合い】
主題設定の理由
人を思いやる心は、よい人間関係を築くために欠くことのできない心であり、友情、協力、親切、
信頼など様々な道徳的価値の基盤となる重要なものである。しかし、現代社会において、核家族化や
少子化などの社会現象の変化に伴って、人間関係は希薄になり、子どもたちは自己肯定感や互いに思
いやることを体験する機会、人間関係を築く力を養う機会が減少している。そのことによって、他者
や集団社会のことを考えて行動するよりも、
「自分がよければよい」という自己主義的な考えに傾く傾
向が強くなり、他者との適切な関係が築けない子どもも少なくない。だからこそ、高学年になり人の
心を思いやる共感能力が発達する時期の子ども達に友達を思いやる心を育み、よい友達関係を築く経
験をさせることは意義があることだと考える。
本学級の児童は、全体的に穏やかで、落ち着いて学習に取り組むことができる。委員会や当番活動
でも仕事の内容をきちんと理解し、友達と一緒に進んで取り組む児童が多い。また、アンケートの結
果から、子ども達は友達と仲良く学校生活を送りたいと願っており、そのためには友達を思いやるこ
とが大切であることや思いやることのよさも理解している。しかし、現状は気のあった友達との交流
が多く、場を設定されないと周りの友達と積極的に関わろうとする態度があまり見られない。そのた
め、近くにいる友達が困っていても気付かなかったり、気付いてもなぜ困っているのか気に止めよう
としなかったりすることがある。また、時折自分の利害に基づいた言動や行動が見られ、相手に嫌な
思いをさせていることを理解できず、トラブルが起こったり、なかなか問題が解決しなかったりする
こともある。これらのことから、相手を思いやり、友達や学級のことを考えて行動しようとするまで
には至っていないことが分かる。
友達を思いやる心を育むには、相手の気持ちを推測し、理解する力を実態に応じて、高めていくこ
とが不可欠である。そのためには、自分だけではなく周りの世界を理解する必要があり、周りの世界
には、様々な役割や立場、人の思いがあることを知り、個から他者へ、他者から集団へと段階を経験
し発達していくことが大切である。
そこで、このような子どもたちに友達を思いやる心を育むためには、道徳の時間において、様々な
他者の立場や気持ちについて考え、相手のためになっているか判断する体験を積み重ねることが必要
である。具体的には、思いやる心の段階が異なる複数の他者の立場に立ち、気持ちを考える役割演技
と思いやる心の段階が異なる児童で構成されたグループにおいて相手のためになっているかを考える
話合いを意図的に取り入れる。まず、役割演技では、立場によって多様な気持ちや考えがあることや
人を思いやる心の尊さを知る。その上で、相手のためになっているかを考える話合いを行えば、自分
本位ではなく相手を意識しながら考え、相手の気持ちを推測できる。そのことにより、子どもたちは、
友達の気持ちを理解し、相手の身になって考えようとする友達を思いやる心をもつことができると考
え、本主題を設定した。
Ⅱ
研究のねらい
友達を思いやる心をもつ児童を育成するために、
「思いやり」や「信頼・友情」の道徳的価値の自覚
を深める道徳の時間において、他者の立場に立ち、気持ちを考える役割演技や相手のためになってい
るかを考える話合いを取り入れたことの有効性を明らかにする。
Ⅲ
研究の仮説
1
友達を思いやる心の段階が異なる登場人物を設定し役割演技を行えば、立場によって多様な気持
ちや考え方があることを知り、相手の立場に立って考えることができるであろう。
2
ワークシートを活用しながら自分の考えを持ち、友達を思いやる心の段階が異なる児童で構成し
たグループで話合いを行えば、他者の立場や気持ちを推測し、相手の身になって考え、行動しよう
とする実践意欲が高まるであろう。
Ⅳ
研究の計画
月
研究の計画・方法
4月
児童の実態把握
5月
研究主題の検討・研究の計画の作成
6∼8月
教材研究
9∼10月
授業実践
(1)資料「友の命」2−(3)信頼友情・男女の協力
・思いやる心の段階が異なる3人の登場人物になりきり、それぞれの立場や
行動を考えながら役割演技を行う。
(2)資料「心のレシーブ」2−(3)信頼友情・男女の協力
・主人公の気付きについて自分の考えをワークシートに書く。それをもとに、
思いやる心の段階が異なる児童で構成したグループで話合いを行う。
11月∼12月
1月
草案作成
草案検討、本原稿完成
Ⅴ
1
研究の内容
研究に関する基本的な考え方
(1) 思いやる心が育まれる段階のとらえかた
思いやる心が育まれる過程として、自己中心的な考えから、相手の立場に立って考えることの大切
さを知り、相手の身になって思いやることができるようになるまでに、以下の4つの段階があると設
定した。また、
『思いやる心が育まれる段階』を以下『思いやる心の段階』と表記する。
【第1段階】
『人によって様々な気持ちや考え方があることに気付く』
学校には、自分以外の他者がたくさんいる。自分と他者の区別がついても、自分の考えが常に正し
いという自己中心的な発言や行動をしていれば、他者と適切な関係は築けない。しかし、周りの世界
には、様々な役割や立場、人の思いがあることを知ることができれば、相手の立場や気持ちを推し量
ることができるようになる。そこで、人によって様々な気持ちや考え方があることに気付く段階を第
1段階とする。
【第2段階】
『相手の立場や気持ちを推し量ることができる』
相手を思いやるためには、相手の身になって考えることが必要となる。相手の身になって考えるこ
とは、他者に意識を向けることである。相手の立場や気持ちを推し量ることは、他者に意識を向ける
ことにつながる。相手の立場や気持ちを推し量ることができる子どもは、
「○○君は一人でいて、寂し
いかもしれない。
」と考えることができるようになる。このように、相手の立場や気持ちを推し量るこ
とができる段階を第2段階とする。
【第3段階】
『相手を思いやることができる』
相手の身になって考えることができれば、友達を思いやる行動をすることができる。他者に意識を
向けることができる子どもは「○○君が一人で寂しそうだから、遊びに誘ってあげよう」といった具
体的な行動をとることができるようになってくる。このように相手を思いやる行動ができる段階を第
3段階とする。
【第4段階】
『集団の中で互いに思いやることができる』
他者に対して思いやりをもって行動することができるようになれば、さらに視野が広がり、自分が
所属している集団に対しても思いやる心をもつことができるようになってくる。
「自分がスリッパをそ
ろえることで、学校全体のスリッパがそろうようになるといいな」
「一人でいることの多い○○君を遊
びに誘えば、学級の雰囲気がよくなるだろう」といった集団を意識した行動をとることができるよう
になってくる。このように集団社会に対して思いやる心をもって行動する段階を第4段階とする。
なお、児童の思いやる心の段階については、思いやることについてのアンケート・ワークシートの
内容分析、
『VLFによる思いやり育成プログラム』
(渡辺)から対人関係についての質問紙の分析、
学校生活の様子などから総合的に判断する。
(2)ねらいとする価値にせまるための手だて
①役割演技
思いやる心の段階が異なる登場人物を設定する。これらの登場人物を使い立場や考え方の違う役
割演技をさせることによって、多様な気持ちや考え方を知ることができる。例えば、思いやる心の
第2、3段階の児童には、互いに友を思いやるピシアスとデモンの役割演技から、ねらいとする道
徳的価値として信頼される喜びや信頼する難しさをより深く知ることができるようにする。思いや
る心の第1段階の児童には、自分本位な王様の役割演技をさせることによって自分の利害に基づい
た言動や行動が相手に嫌な思いをさせていることに気付かせるようにする。さらに、役割交代を行
い立場の違う役を経験することで、相手の立場に立って考えてみることや相手の気持ちを推測する
ことができるようになると考えられる。
(授業実践1
資料参照)
なお、役割交代とは、
「役割交代は、演技の途中であえて逆の立場に立つことにより、別のものの
見方や行動の仕方に気づかせてくれる技法である」
(
『道徳教育 12月号 道徳の時間を劇的に変
える『役割演技』教育心理劇研究会代表 橋本康男より』というものである。
道徳的価値に対する深まり
自分の生活をよ
子ども
りよくする価値
自己内対話
の深まり
ワークシート
学級全体で
伝え合い
他者対話
道徳的価値
価値理解
自分とのかかわり
代表者での
生き方について
役割演技
の自覚
生活経験に基づ
く価値の気づき
グループでの
子ども
役割演技・役割交代
自己内対話
ワークシート
【道徳の時間における役割演技の流れ】
②道徳の時間における話合い
話合いは、ワークシートを使い、以下のような流れで行った。
「話し合いの流れ」
1
ワークシートに自分の考えを書く。
2
グループで話合った後、学級全体で話合う。
3
話合いを生かし、自分の考えをワークシートに書く。
子どもの一人一人の道徳性についての考えは、自分のこれまでの生活経験に基づくものである。
道徳の時間においてその考えは、資料を通して登場人物の気持ちを考える拠り所になると同時に、
自分の行動理由にもなってくる。しかし、自分一人の考え(自己内対話)だけでは、道徳的価値に
ついての考えが広がらないために、子どもそれぞれの多様な考えを出し合い、自分の考えを広める
活動が必要となってくる。そこで、他者との話合い(他者対話)を行い、道徳的価値についての考
えを交流させる活動が重要となってくる。他者(思いやる心の段階が異なる児童で構成されたグル
ープ)との話合いを行うことによって、価値についての自分の考えが広がり、これまでになかった
価値についての新たなよさを知ことができる。それは、自分のこれまでの生活の中で、あまり意識
していなかったことに気付くことであり、自分の生活をよりよくしていく視点にもなると考える。
また、グループや学級での話合いの中で、お互いの意見を聞き合う活動を積極的に取り入れること
で、他者の考えのよさを認め合うとともに他者との関わりも深まり、よりよい友人関係を築くため
のよい契機になるのではないかとも考えられる。
道徳的価値に対する深まり
自分の生活をよ
子ども
りよくする価値
自己内対話
の深まり
学級全体で
伝え合い
ワークシート
他者対話
道徳的価値
価値理解
自分とのかかわり
学級での
生き方について
話合い
教師の働
きかけ
の自覚
生活経験に基づ
く価値の気づき
グループでの
子ども
話合い
自己内対話
ワークシート
【道徳の時間における話合いの流れ】
ア 話合いを深めるための教師の働きかけ
意見を交換するだけで終わることが多い話合いが有意義なものになるように、教師が子どもの
発言をつなげる役割とともに適切な関わりをすることが大切になってくる。そこで、以下のよう
な働きかけを取り入れる。
a自分の考えと他者との考えの違いを明らかにさせる声かけ(発問)を行う。
価値についての考えの違いを明らかにすることで、それぞれの考えの共有化を行うことをね
らいとする。しかし、違いを共有化したからといって、自分の考えが変わるとは限らない。
例
「やさしく接することと思いやりをもって接することの違いは何かな?」
(授業実践2 話合いの記録)
b価値についての考えをゆさぶる声かけ(発問)を行う。
本当にそう思ったのかを尋ねたり、相手の考えをどう思うかを尋ねたりするといった価値に
ついての考えをゆさぶる声かけを行い、多様な考え方に触れることができるようにする。
例
「C:相手のことを思っていなくても言えるもの」
「T:相手のことを思っていなくてもとはどういう意味なの?」
(授業実践2 話合いの記録)
イ グループ構成の仕方
○人数
4∼5人
話合いをする際、お互いの発言内容や表情などが分かりやすく、意見を出しやすい。
○グループのメンバー
多様な考えに触れさせるため、道徳的価値に対するアンケートや行動・観察などから、道徳
的価値についてどの程度自覚しているかを把握し、道徳的価値についての自覚の段階や思いや
る心の段階が異なるメンバーで構成する。
ウ 子どもの変容を見取るワークシート
「話合いの流れ」1と3で使用するワークシートである。心情の変化を読み取るために、自
分の考えに対して、なぜそう考えたのか理由を書かせる欄を設ける。
【表:話合いの流れ1のワークシート】
2
【裏:話合いの流れ3のワークシート】
検証計画
研究の仮説
検証の観点
検証方法
友達を思いやる心の段階が異なる登
・3人の登場人物ピシアス・デモン・王
学習活動の観
場人物を設定し役割演技を行えば、立場
様になりきり役割演技を行ったことは、
察
によって多様な気持ちや考え方があるこ
それぞれの立場の考え方や気持ちを考え
ワークシート
とを知ることができるであろう。
たり、感じたりすることができたか。
の内容分析
2
ワークシートを活用しながら自分の
・陽子の心情を追求する場面で、男子に
学習活動の観
考えを持ち、友達を思いやる心の段階が
対する陽子の気付きを考える活動を行っ
察
異なる児童で構成したグループで話合い
たことは、新たな視点から友達の気持ち
ワークシート
1
を行えば、他者の立場や気持ちを推測し、 を考え、理解できることの大切さに気付
相手の身になって考え、行動しようとす
る実践意欲が高まるであろう。
くことができたか。
の内容分析
3
具体的な実践
考察に当たっては、役割演技・話合いの様子、ワークシートの内容分析、変容、授業後の様子など
を中心に行う。思いやる心についての学級の実態は、思いやる心の段階:第1段階9%、第2段階5
5%、第3段階30%、第4段階6%である。そこで、一番多い第2段階からA児、次に多い第3段
階からB児を抽出児童とする。抽出児童A児(以下A児:第2段階)は、相手を思いやることは大切
だと分かっているが、時折自分の感情や相手によって自分本位な態度をとってしまうことがある。友
達を思いやることの大切さを実感させ、友達関係をよくさせたいと考え、A児を抽出児童とした。ま
た、抽出児童B児(以下B児:第3段階)は、相手の立場を理解し、気持ちを察することができる。
少しずつ学級に対して積極的にかかわろうとする姿が見られるため、さらに視野を広げさせ仲のよい
友達だけでなく周りの友達や学級に対して思いやる心を持つことができるようにさせたいと考えB児
を抽出児童とした。
(1)授業実践1
資料『友の命』 2−(3)信頼友情・男女の協力
ねらい
互いに信頼し合い、その信頼を裏切らない行動をしようとする心情を育てる。
資料の概要
友のために命を投げ出して助けようとする主人公(デモン)と、その気持ちに誠意を
持ってこたえようとする友(ピシアス)との話である。それは、人を信じることので
きない王様をも変えてしまった。
登場人物
名
前
デモン
性
格
自分のことのようにピシアスの考えや気持ちが分かる。
思いやる心の段階
4
ピシアスを信頼している。
ピシアス
正直者、デモンからの信頼を裏切らない行動をする。
4
王様
疑い深く、人を信じることができない。自分の考えが正
1
しいと思っている。
活動の概要
3人組のグループで3人の登場人物ピシアス・デモン・王様になりきり、途中で役割
交代を行い、すべての立場に立ち役割演技を行う。ピシアス・デモンの役割演技から
は、信頼される喜びや信頼する難しさを体験する。また、王様の役割演技からは、自
分の利害に基づく言動や行動が見られる児童に対して、相手の気持ちを考えない自分
本位の発言や行動について考えるきっかけになるようにする。グループでの活動後、
代表者に役割演技を行い、それをもとに学級全体で話合いを行う。
【授業の感想】
・みんなの前でやってみるとピシアスとデモンの気持ちが、最初より分かったような気がします。デ
モンがピシアスの身代わりになった場面が強く心に残っています。自分が死んでしまうというのに少
しもおびえずにいられるなんて、そこが私とデモンの大きな違いだと思います。
(B児:第3段階)
・デモンの役をやっている時、ピシアスがそのまま逃げることもできたのに息を切らしながら戻って
きてくれた時とても嬉しかった。ぼくもそんなふうに人に信じてもらえるような人になりたいと思っ
た。
(A児:第2段階)
・王様は、
「自分は何をしていたんだ」と反省して「申し訳ない」という気持ちでいっぱいだったと思
ったので、最後の言葉は「悪かったな」にしました。友達の役割演技を見て、友情というものをバカ
にしていたけれど、二人の友情を見て感心したと思ったので「おまえたちのおかげで友達の友情はす
ごいと思った。これからは、王として友情を大切にして、笑顔があふれる国にしていきたいと思う。
今回は、本当にすまなかった」に変えました。
(第2段階)
<考察>
役割演技を通して、B児は、役と実際の自分の気持ちを重ね合わせることによって、現在の自分の
価値観を改めて認識することができ、信じることは大切だが難しいことだと気付いていると考えられ
る。A児は、自分を信じてくれている行為を体験することで、信じてもらえる喜びを実感した結果、
自分も信じてもらえる人になりたいという気持ちにつながったと思われる。また、友達の役割演技を
観ることで、他の人の考え方に触れ、多様な感じ方や人の気持ちには色々あることに気付き、自分の
考えを深められた児童もいると考えられる。
【授業後の様子:運動会におけるソーラン節の練習】
(9月)
子ども達に、みんなで一つのことに取り組む楽しさを実感させるために、踊りが上手な児童をリー
ダーとした8つのグループを作り、活動させた。練習開始当初、教師からの指示があるとリーダーが
義務感から教え始め、同じグループの子ども達も練習をしたくないが言われるから仕方なく練習を行
っている様子がうかがえた。練習を重ねる中で、グループごとの演技を見合う場を設定すると、他の
グループよりも上手に踊りたいという気持ちや仲間意識が芽生え、教師の指示がなくてもお互いにコ
ミュニケーションを取り合い、休み時間等を使って教え合う姿が見られるようになった。また、第1
段階の児童も自分本位の発言や行動が友達にどんな思いをさせているのかを気付き始めたのか、文句
を言ったり、トラブルを起こしたりすることなく友達と練習していた。本番では、練習した成果が発
揮され、アンコールが起こった。B児は、リーダーに協力して進んで活動していたが、演技が上手に
なるために気付いたことがあっても友達に自分の考えを伝えられずにいた。そして、その思いを担任
に話すだけで終わっていた。また、A児や他の児童から「みんなとかっこよく踊れてよかった」
「また、
みんなで踊りたい」などの感想も聞かれたが、まだこの時点では友達に意識を向けながら活動できた
とは言えない。
(2)授業実践2
資料『心のレシーブ』 2−(3)信頼友情・男女の協力
ねらい
資料の概要
男女が互いに信頼し、理解し合う心情を育てる。
陽子たち4人は、クラス対抗スポーツ大会でソフトバレーボールに出場する。キャプ
テンの陽子は、男子のメンバーの直希と良夫の態度に不信感をいだく。そんな陽子だ
ったが、練習試合の時、運動が苦手な良夫の意外な活躍から、実は男子が地道に練習
をしていた事実を知る。陽子は、男子を分かろうとしなかった自分を反省する。
活動の概要
資料「心のレシーブ」において、主人公陽子の心情を追求する場面において、同じチ
ームの男子に対して「二人のことをちゃんとわかっていなかった」という陽子の気付
きを通して、男子二人の気持ちをちゃんとわかるためにはどうすればよかったのかを
各自で考えた。次に、六つの班に分かれ、個人で考えたものを出し合い、理由も発言
することにより、友達の考えと比較したり、関係付けたりさせるようにした。その後、
各班から出されたものをまとめ、発表した。
①話合い前後のねらいに対する意識の変容
(図1)から話合い前は、相手を理解するなどの相手を意識している意見も見られるが、
「一緒に行
動する・仲良くする」という意見が半数以上を占めている。これらのことから、友達との関係に
おいて、同じチームなら一緒に活動したほう
がよい、誰とでも仲良くした方がよいという
友達の立場や気持ちを推し量る(第2段階)
までの児童が半数以上いることが分かる。
しかし、話し合い後は、自分のことだけで
なく相手の気持ちを考える、相手を理解す
る・思いやる、相手を信じるなどの意見を持
った児童が約2倍増え、自分本位ではなく相
手の立場や気持ちを考慮するなど相手を意識
図1
話合い前後のねらいに対する意識の変容
した思いやり(第3段階)が大切なことに気
付いたと考えられる。
②授業実践2の授業記録の分析と考察
【グループのメンバー各自の友達に対するかかわり方】
児童名
友達とのかかわり方
思いやる
心の段階
A児
C1
B児
C2
C3
友達にやさしくした方が良いと分かっているが、自分の感情や相手によって態
度を変えてしまうこともある。
友達を思いやることは大切であり、言いにくいことも友達のためになると判断
したならば、勇気を出して伝えなければならないと考え、伝えようとする。
相手の立場を理解し、気持ちを察することができるが、友達の考えが自分と異
なっていた場合、おかしいと思っていても伝えることができない。
友達は大切であり、友達のためなら自分は我慢しても友達を優先しようとす
る。
自分の思いが強く、友達のことを考えず自分本位で行動してしまうことが多
い。
2
4
3
3
1
【グループの話合いの記録】
A 児:もうちょっとやさしく接していればいいと思う。
C1:もっと思いやりをもって、二人に強く言ったりしないで、自分もアドバイスをしたり、練習
に参加したりして仲良くすれば、もっと早く協
力できた。
T:やさしく接することと思いやりを持って接する
ことの違いは何かな? (教師の働きかけa)
A 児:やさしさは、雰囲気。
C1:深いやさしさもあるけれど、人を甘やかす場合
もあるよね。
B児:
(相手のことを)考えないでできるし。
図2
話合いの様子
C2:軽い感じもする。
C3:相手のことを思っていなくても言えるもの。
T:相手のことを思っていなくてもとはどういう意味なの?(教師の働きかけb)
C3:自分の考え(だけ)で、言えるってこと。
C2:思いやりは相手のことを考えて行動することでしょ。
C1:人の気持ちを考えて、その人の喜ぶことをするとか・・・・。だから、やさしさもいいけど、
本当に仲良く協力するには、思いやりじゃないとだめなんだと思う。
<話合いの分析と考察>
C1(第4段階)の「やさしさには、深いやさしさと人を甘やかしてしまうやさしさもある」とい
う発言は、やさしさは大切な行為ではあるが、相手のことを理解したり、相手の気持ちを推測したり
することなく自らの思いと行動によりできてしまう場合もあることに同じグループのメンバーが気付
くきっかけとなっていることが分かる。そのことによって、自分本位ではなく相手の立場や気持ちを
考慮するなど相手を意識した思いやる心(第3段階)が大切なことに気付き、A児やB児が思いやる
心についての考えを広げることができたと考えられる。
ア
A児の変容
A児のワークシート 【思やる心の段階
第2段階 → 第3段階】
話合い前
話合い後
もうちょっとやさしく接していれ
男子だけ、女子だけなんて作らないで、みんなで一緒に協力を
ばいいと思う。
して、信頼や友情を深めることは改めて大切だなと思ったし、
これからはそれを実行してみたいなと思う。
<分析と考察>
A児は、話合い後の感想理由として「最初は仲が悪かった陽子と良夫が最後には笑って「次はがん
ばろうね」っていう雰囲気になっていたから」や「信頼や友情を深めることは改めて大切だなと思っ
た」と書いている。A児は、みんなで一緒に協力をする姿に共感するとともにグループでの話合いを
通して、やさしさと思いやりの違いについて理解し、ただやさしくするだけでなく相手の立場や気持
ちなどを考慮することやその大切さにも気付けたと考えられる。
イ
B児の変容
B児のワークシート 【思やる心の段階
第3段階 → 第4段階】
話合い前
話合い後
男子にあまり強く文句を言わない
私も陽子さんみたいになるときがあるので、相手を思いやった
で「一緒にやろう」って声をかけた
りしてみんなと仲良くしたいです。理由は、ちゃんと相手のこ
り、教えてあげたりして、やる気を
とを考えれば、けんかがなくなったり、仲良くできるのでいい
出させてあげたらいいと思います。 クラスになると思ったからです。
<分析と考察>
B児は、
「一緒にやろうと声をかけたり、教えてあげたりして」とワークシートに書いている。これ
は、運動が苦手な良夫を理解した上での発言と考えることができる。話合い後は、
「陽子さんみたいに
なるときがある」
と陽子の気持ちや行動に共感しながら、
自分本位な考えはよくないことに気付いた。
さらに、
「相手のことを考えることによっていいクラスになる」という表現から、相手を思いやること
ができれば、自分が所属している集団に対しても思いやる心をもつができることに気付き、視野が広
がったと考えられる。
【授業後の様子:持久走大会にむけての練習】
(11月)
学級委員となったB児や学活係が中心となり、持久走大会に向けて、児童自ら全員で200周を完
走しようと目標を設定し、練習計画を立てた。また、グループを作り、各グループ内では、お互いの
運動能力・性格等考慮した上で苦手な子でも達成できる目標を決め、確実に継続して練習ができるよ
うに話合っていた。このことから、友達を認めたり、理解したりしながら、目標達成のためにかかわ
ろうとしている(第3段階)ことが分かる。持久走に苦手意識を持っていたA児も練習期間中は、友
達と声をかけ合い、進んで練習に取り組んでいた。また、自分達で作ったきまりを守れない友達がい
た時には、その子に「さぼっている場合じゃないよ。がんばろうよ」と話し、休み時間になると「○
○君、走りに行くよ」と声をかけ、グループで交代しながら一緒に走っている姿が見られた。これら
の様子から、相手の状況を理解し、相手のためになっているかを判断した上で望ましい行動ができる
ようにサポートしてあげたり、クラスの一員として自覚をもって友達とかかわりをもったりできるよ
うになってきた児童(第4段階)もいると考えられる。本番では、9割以上の児童が記録を更新し、
目標を達成することができた。また、期間内に目標を達成できない児童に対しても、200周を達成
させようとB児を含む活動の中心メンバーが一緒に練習を行い、全員完走することができた。
Ⅵ
研究のまとめと今後の課題
本研究を通して、相手の気持ちを推測し相手の
身になって考えることが、相手を思いやる心につ
ながることがわかった。仮説1では、思いやる心
の段階が第1段階の児童は、役割演技を通して自
分の利害に基づいた言動や行動が相手に嫌な思い
をさせていることに気付き、第2、3段階の児童
は、信頼される喜びや信頼する難しさをより深く
知ることができた。複数の立場に立つ役割演技は、
立場によって多様な気持ちや考え方があることを
【図2】思いやる心が育まれる段階の児童数の変容
知るうえで大変有効であったといえる。また、仮説2では、思いやる心の段階の異なるメンバーとの
話合いを通して、児童は自分本位の価値観を押しつけるのではなく、相手の立場や気持ちを理解した
上で行動することが大切であることに気付くことができた。その結果、
【図2】のように第3、第4段
階の相手を理解し思いやることができる児童が増えた。このようなメンバーとの話合いは、友達を思
いやる心を育む上で有効であったといえる。その成果が、持久走大会に向けた練習で相手のためにな
るサポートをしようとする児童の姿として表れた。しかし、まだ個々の価値観を押しつけてしまう傾
向にある児童もおり、継続的に実践を行い、今後も変容を見守っていきたいと考える。
Ⅶ
参考文献・資料
『心に響く道徳教育の創造』
横山利弘・藤永芳純・竹田敏彦 監修
広島県三原市立中之町小学校 編著
『VLFによる思いやり育成プログラム』 渡辺弥生 編集 図書文化
『鹿児島市立錦江台小学校
校内研修報告書』
三省堂
主題構想
<目指す姿>
友達の気持ちを理解し、相手の身になって考え、行動しようとする子
思いやる心
体育・特活
「持久走大会」
第4段階
集団の中で互いに思い
やることができる
目標達成のためにグルー
プによる練習での友達との
かかわり
<10月>
国語「討論会をしよう」
自分の立場を決めて意見を
はっきり述べ合い、自分の
考えを深める。
保健体育「心の健康」
人との関わりを通して、心
は発達していくことを学ぶ。
体育・特活 「運動会」
ソーラン節練習での、
友達との関わり
特活 「発見ゲーム」
友達のよさを見つけ
手紙を書く
多様な価値をもつ
児童で構成された
グループにおいて、
相手のためになっ
ているかを考える
話合い
男女が理解し合う心
「心のレシーブ」
第3段階
相手を思いやることが
できる
2−(3)信頼友情
男女の協力
第2段階
相手の立場や気持ちを
推し量ることができる
<9月>
複数の他者の立
場に立ち、気持
ちを考える役割
演技
他教科等との
関連
友達のために
「友の命」
2−(3)信頼友情
男女の協力
具体的な手立て
第1段階
人によって様々な気持
ちや考えがあることに気
気付く
思いやる心が育まれる
段階
<児童の実態>
・気が合った友達との交流
・自分の利害に基づいた言動や行動