病気のプロフィル No. 31 パーキンソン病とパーキンソニズム 変貌著しい最近の症候論と治療学 その1 ここ二十数年のあいだに、パーキンソン病 Parkinson's disease およびパーキ ンソニズム parkinsonism の病因・病態解析と治療学は目ざましく進歩した。試 みに筆者の手もとにある内科学書の1971年版と、それから23年後に発刊された日本 内科学会雑誌の「パーキンソン病・特集号」とを対比してみると、その変り様は歴 然としている [1]。 このような変貌と進歩にはパーキンソン病の動物モデルが確立したことや骨格筋 の電気生理学が発達したことなどがあずかっていようが、より大きな要因はやはり 人口の高齢化にともなって患者が増加してきたことであろう。加齢とともにパーキ ンソン病に代表される中枢神経系の変性疾患が増加することは古くから指摘されて いるが、患者が増えれば研究もそれだけ盛んになる [2]。 わが国におけるパーキンソン病の有病率は、1979年の時点で、人口10万あたり 50、65歳以上の高齢層で200と推測されたが あたり100の数字が出され [3]、その後さらに増加して人口10万 [4-7]、わが国の人口を一億二千万人とすると、全土にお よそ12万人の患者がいることになるそうである [8]。これに症候性パーキンソニズ ムを加えると、さらに高い数字になろう。 患者が増加すれば、それらが神経内科ばかりでなく、他の臨床科にも来診する可 能性が高まる。また多種、多量の薬の普及と脳血管障害の増加によって症候性パー キンソニズム(後述)もそんなに珍しいものではなくなり、日常診療の場でも見ら れるようになった。 一方、治療法の進歩によってパーキンソン病の生存期間はおよそ5年延長し、予 測死亡率は以前2.9倍であったのが1.2倍に低下しているという [9, 10]。上手に治療 すれば、日常生活に不自由さはあっても、ほぼ天寿を全うできるのではないかと考 える専門医もいる [11]。 筆者はこの病気を神経性食思不振症などと並ぶミステリアスな病気と考えている。 その病態の精緻さと不可思議さに魅かれるのは筆者ばかりではあるまい。 かつて筆者が教えを受けた日本とアメリカの学者のうち、御三方がパーキンソン 病でお亡くなりになった。逝去してやがて15∼20年になろうとしている。このこと もあって、パーキンソン病およびパーキンソニズムを、症候論と治療学にしぼって、 まとめることにした。 1 パーキンソン病の原典と豊倉康夫教授の業績 パーキンソン病が医学界に認められるに至った最初の原典は、1817年に James Parkinson によって書かれた論文 “An Essay of Shaking Palsy ” である。わが 国では1974年に豊倉康夫教授 (東大医学部・脳研究施設・神経内科) その他によっ て和訳つき原本復刻版「パーキンソン病の原著と全訳」が出版されたが [12]、残念 ながら筆者は見たことがない。この原著は、180年余前に出版されたものであるに もかかわらず、パーキンソン病について現代にも通ずる精細、かつ適確な記述がな されているそうである [12]。 ここで、このプリントの本論から若干それるが、わが国の神経学の発達に先導的 な役割を果たした豊倉教授の業績について、ほんの一部ではあるが、筆者の印象を 記しておきたい。 豊倉教授は、上述の訳業を出版した前年の1973年に、第71回日本内科学会総会に おいて宿題報告「バビンスキー反射」について講演をしている。 当初、筆者はこの講演は19世紀末から20世紀初頭にかけてなされた J. Babinski の仕事を再検討した、いわば「温故知新」の視点に立った古典の再発掘かと思って いた。しかし実際の講演はバビンスキー反射の現象的実態、病態生理、臨床的な意 味づけ、診断的価値などについて再検討し、生物進化の面からも考察を加えた斬新、 かつ独創性豊かな講演で、これまでの内科学会宿題報告のなかでは出色の、格調高 い講演として、いまだに筆者の記憶に残っている [13]。 これはあくまで筆者の推測であるが、豊倉教授は、バビンスキー反射と同様に、 パーキンソン病の神秘的ともいえるほどの病態の玄妙さに魅かれ、早くからその原 典に注目していたのではあるまいか。 パーキンソン病とパーキンソニズムの分類 次の症候論の項でまとめて詳しく述べるが、パーキンソン病を特徴づける症候、 すなわち振戦、筋肉の固縮、緩慢動作、麻痺が証明されない歩行障害などの症候の うち少なくとも二つの症候を発現している病気をパーキンソニズムという 1 [14]。表 に示すように、その原型と考えられるパーキンソン病もパーキンソニズムの一つ に分類されている。このようにパーキンソン病をパーキンソニズムの一つとして位 置づける分類のしかたには一部異論があるようだが、このプリントでは表1の分類 のしかたに従っておく。 パーキンソニズムは、その症候が発現する基礎になる病気ないしは誘発する要因 が明らかでないか、明らかであるかによって本態性パーキンソニズム 2 essential parkinsonism と症候性パーキンソニズム symptomatic parkinsonism とに分 けられる。 パーキンソニズム全体のおよそ80%はパーキンソン病で [19]、次いで多いのは薬 物性パーキンソニズム drug-induced parkinsonism と脳血管性パーキンソニズ ム vascular parkinsonism である。 表1. パーキンソン病とパーキンソニズムの分類 Ⅰ. 本態性パーキンソニズム A. パーキンソン病 B. 若年発症パーキンソニズム C. 遺伝性パーキンソニズム 常染色体優性型と劣性型 Ⅱ. 症候性パーキンソニズム A. 薬物性パーキンソニズム B. 脳血管性パーキンソニズム C. 脳炎後パーキンソニズム D. 中毒性パーキンソニズム 一酸化炭素、マンガン、二硫化炭素、水銀、その他 E. 中枢神経系の後天性疾患にともなうパーキンソニズム 正常圧水頭症、頭部外傷の後遺症、慢性硬膜下血腫、など F. 中枢神経系の変性疾患にともなうパーキンソニズム ⑴錐体外路症状を主徴とするパーキンソニズム 線状体黒質変性症、進行性核上麻痺、オリーブ橋小脳萎縮症、 多系統萎縮症、シャイ・ドレーガー症候群、ハンチントン病など ⑵痴呆・大脳皮質症状を主徴とするパーキンソニズム 汎発性レビー小体症、大脳皮質基底核萎縮症、パーキンソン痴呆 複合 (グアム島)、アルツハイマー病、ピック病、など 田代 (1991)、葛原 (1994)、柳澤 (1994)、三輪・水野 (1995) に若干私見を入 れて編成 [15-18]. 本態性パーキンソニズム これは三つの疾病単位に分けられ、その中核はパーキンソン病である。 若年発症パーキンソニズム juvenile parkinsonism は40歳以前に発病するもの を指す。これは、パーキンソン病が50歳以降に多く発病することに対して、40歳前 に発病するものが別の病因による疾病単位である可能性を考慮したものである [20]。 しかし発病年齢の基準は英語圏とドイツ語圏とでは異なるらしい 多様な病型を示す若年性パーキンソニズムが多いという 遺伝性 (家族性) [20]。わが国では [5]。 hereditary ( familial) parkinsonism は分 パーキンソニズム 類表に入れられていないことが多い。これは、ほとんどの医師が生涯経験するかど うか分らないほど稀な疾病単位と推測されるが、パーキンソン病の本態解明に役立 つ貴重な突然変異体と考えられる [21, 22]。最近のヒト・ゲノム計画の進行状況か らみて、その遺伝子が単離されるのも時間の問題であろう。一般の医師の注意を喚 3 起するためにも分類表に入れておいたほうがよい。 症候性パーキンソニズム 遭遇する機会が比較的多いのは、上に述べたように、薬物性と脳血管性パーキン ソニズムである。 かつて脳炎後パーキンソニズム postencephalitic parkinsonism もまた主要な 症候性パーキンソニズムであった。 1915年以降、ヨーロッパを皮切りにアメリカ、日本などほとんど全世界にわたっ て大流行した嗜眠性脳炎の患者の60%以上に後遺症としてパーキンソニズムが発現 した。しかし、この大流行も1935年までに終息し、いまやこの流行性脳炎は歴史上 の伝染病になった。日本脳炎その他の流行性脳炎でもパーキンソニズムが発現する が、これも現在では見られない [16]。 薬物性と脳血管性パーキンソニズムについては、後に項を改めて述べる。その他 の症候性パーキンソニズム、とくに錐体外路系の変性疾患にもとづくパーキンソニ ズムに遭遇する機会があったならば、出来るだけ早く神経内科その他の専門施設に 紹介した方が良い。 パーキンソン病の症候論 パーキンソン病に見られる症候は多彩で、その一つ一つが精緻、かつ奥行が深く、 神秘的ですらある。ここ二十数年の間に観察された新たな知見をも加えて述べる。 パーキンソン病は代表的な大脳基底核の疾患で、図1に示すように、大脳の両側 に在る黒質 Substantia nigra の緻密部という、ごく小さな部分の病変にもとづく 病気である。 ④ ② ③ ① 図 1. 大脳基底核の一部 ①黒質、②淡蒼球、③被殻、④尾状核. 中村・片山 (1997) 4 より引用 [23]. 大脳は重量にしておよそ1000gあるが、黒質は左右両方を合せて約1g、大脳重 量の1/1000に過ぎない。この小さな部分の変化が心身全般にわたって甚大な影響を およぼす [8, 24]。 ドーパミン d(o p a m i n e) はカテコールアミンの一つで、アドレナリン、ノルアド レナリンの前駆物質である。脳内の特定のニューロンに含まれていて、神経伝達物 質として働いている (ドーパミン作動性ニューロン)。例えば、黒質のニューロンか ら大脳半球の尾状核 Nucleus caudatus へ投射する神経線維はドーパミンを含んで いる。 黒質のドーパミン作動性ニューロンが何らかの原因によって変性すると、線状 体 Corpus striatum において伝達物質であるドーパミンが減少する。その結果、 次に述べるような多彩な症候が発現する。 四つの主要症候 パーキンソン病の症候は病態の根幹をなし、発現の頻度が比較 的高い主要症候 major symptom とそうでない症候 minor symptom とに分け て考察すると、把握しやすい。 パーキンソン病の主要症候は振戦、筋肉の固縮、緩慢動作 姿勢反射障害 (姿勢保持障害) (寡動と無動)、および の四つである。 振 戦 発病の初期から最も頻度が高いのは身体各部分のふるえ、すなわち振戦 tremor である (表 2)。パーキンソン病に見られる振戦は、他の原因による振戦に比べて、 ゆっくりとした振戦で、ときとして丸薬をまるめるような動作 pill-rolling ( )として 認められる。 パーキンソン病における振戦の特徴的な点の第一は、身体が静止しているときに より顕著で、運動をすると減弱するか、消失する。例えば物を手に取ろうとしたり、 人に応接しようとしたりすると、減弱または消失する [8]。第二は、振戦が身体の 片側から始まることである。両側に振戦が見られるようになっても、最初に始まっ た側のほうが顕著である。 表 2. パーキンソン病の初期症状 振 戦 歩行障害 動作の緩慢 身体の硬さ 構語障害 その他 柳澤 (1994) 58 % 24 21 10 3 4 を一部改変 [17]。 振戦は上肢の部分で最も多く、次いで下肢、顔部分に出現する。顔部分では舌や 下顎に見られるが、本態性振戦のように顔全体が揺れるというようなことはない 5 [25]。精神的な緊張によって振戦は増強するが、短い時間なら自発的に止めること もできる。睡眠中にはほとんど認められない。 振戦の基本的な仕組みについては、まだほとんど分っていない。 筋肉の固縮 検者が患者の屈曲した腕などを他動的に伸展させようとすると、伸展させる間に ほぼ一様に抵抗を感ずることがある。この場合には、筋肉に固縮 muscle rigidity があるという。 パーキンソン病の場合には、筋肉の抵抗がガクガクガクと断続的に感じられるこ とが多い。これは固縮の仕組みに振戦の仕組みが加わったためと推測され、歯車様 固縮 cogwheel-like rigidity という [25]。一方また、ゆっくりと腕を伸展する場 合に鉛管を曲げたり延ばしたりするときのような抵抗を感ずることがある。これを 鉛管様固縮 lead-pipe rigidity という。 固縮は全身の筋肉のどの部分にも大なり小なり見られるが、頚部、上肢の末梢部 分、手首の回内または回外筋では発病の初期から見られる。 固縮がごく軽度で、証明しにくい場合には、患者に話をさせながら検査したり、 あるいは、一方の上肢を回転させながら他方の上肢を検査するといった方法がとら れる。 固縮は疲労や寒さなどによって増強する。睡眠中は、振戦と同様、消失する[26]。 この点の仕組みもまた謎に包まれている。 緩慢動作(寡動と無動) パーキンソン病の患者は、自発的に運動 (随意運動) をしようとするときに、始め るまでに時間がかかり、始めても、のろのろとして緩慢にしか動作できない。この 状態を寡動 bradikinesia という。研究者によっては緩慢な動作を寡動、動作を開 始することの困難さを無動 akinesia とする人もいる [24]。 運動の開始が遅く、動作がのろのろとしているばかりではない。二つ以上の違っ た動作を同時にすることがむずかしい。例えば話をしながら脱衣したり、歩きなが ら手を使うといったことが出来ない [26]。また発病の初期からボタンのかけ・はず しのような細かな動作に難渋し、時間がかかる (巧緻運動不全)。寡動が進行すると、 寝たきりで、起き上がることも寝返りを打つこともできなくなる 表 3. [26]。 緩慢動作の要因 大脳皮質の活動の低下 筋力の低下 単純反応時間の延長 注意力の障害 筋肉の固縮 橋本・進藤 (1997) 6 の論文からまとめた [24]。 後に述べるように、仮面様顔貌、単調な言語、小文字症なども一部緩慢動作の反 映と考えられている。 以上述べたように、固縮の程度が進むと、それだけで随意運動の開始と遂行は障 害されるが、実験的に固縮を取り除いても緩慢動作は消失しないことから、基本的 には緩慢動作は固縮に加えて、表 3 に示すような仕組みがあずかっているのではな いかと推測され、この点についてもまだよく分っていない [25]。ただ、緩慢動作に は L -ドーパがよく効くことから、この症候は線状体におけるドーパミン欠乏を最も よく反映する症候とみなされている [25]。 姿勢反射障害(姿勢保持障害) 姿勢 posture を正常な状態に保つことが困難で、起立位のときに外部から身体 を押すような圧力が加わると、反射的に姿勢を立て直すことができない。この症候 を姿勢反射障害または姿勢保持障害 loss of postural reflex という。 図 2. パーキンソン病患者の立位における姿勢. 黒岩・後藤 (1986) より引用 パーキンソン病の患者は起立位をとったときに前かがみ [27]. (前傾・前屈)、ねこ背の 姿勢 stooped posture、あるいはサル様の前屈姿勢 simian posture をとる。頭 部はうつ向き加減、上半身は前傾し、両肘は曲げ気味で回内させ、両膝をやや屈曲 する独特な姿勢をとる (図 2)。これはパーキンソン病に特異性の高い症候で、これ が見られなければ、パーキンソン病かどうか疑わしいと言われるほど重要な症候で ある [28]。 患者のなかには腰の部分が直角に近いほど上半身が前傾してしている例があるそ うだが、これはパーキンソン病に特異的な姿勢であるかどうか疑わしいという[28]。 しかし、このような姿勢の患者でも、ベッド上に仰臥させると、上半身・腰部・下 半身が見事なほどに真直ぐになるという [28]。 7 手押し試験 パーキンソン病の患者ではスタンスが普通より小さく、姿勢反射障 害を代償するいろいろな動作が巧く運ばない。この点をよりはっきりさせる目的で 手押し試験 push test がなされる。 これは検者が立位にある患者の身体を手で前後左右に押す試験で、もちろん患者 が転んで打撲や外傷を受けないように十分注意しておこなわれる。 正常者に対して手押し試験をすると、反射的に転ばないように十分スタンスをと り、手・上肢でバランスをとって立ち直ろうとする。しかし患者の場合には、押さ れると、スタンスを適切にとったり、手・上肢を使ってバランスをとることが出来 ず、突進して転倒しそうになる。これを突進現象 pulsion という [28]。 突進現象に前方突進 antepulsion や後方突進 retropulsion があるが、病状が 進むと、側方突進 lateropulsion も見られるようになる。 歩行障害 これはパーキンソン病を特徴づけるもう一つの重要な症候で、その多 くは緩慢動作と姿勢反射障害が基礎になっていると推定される。 パーキンソン病の患者が歩くときには、歩幅が小さく(小歩 m a r c h e à petit pas) 、 腕の振りが小さい (小上肢振幅small arm swing )。これはスタンスが広くとれな いことと同様の運動統合障害と考えられる [27, 28]。また歩くときに足が前に出に くくて足の裏が床面に貼り着いたようになり、床をこするようにシュッシュッと音 を立てて歩く。これをすくみ足 frozen gait という [17, 29]。とくに狭いところを 通り抜けようとするときに顕著になる。また方向転換をしようとするときに、足が 巧く運ばない [26]。 歩いているうちに、身体の重心が前に在って、それを追いかけるかのようにテン ポが少しずつ速くなり、自分で止められなくなる。これを加速歩行 festination と いう。ところが平面に何らかの突出した障害物があっても、それをスッと簡単に越 える。また階段などもスイスイと上っていく。床にチョークで白線を引いておくと、 大股で踏み越える。これらは、平面を歩くときにあれほど難渋しているかのごとく みえる患者にしては矛盾した症候 また不可解な現象である ─ kinésie paradoxale で、これも 逆説的運動 , 26]。 [15 複数の仕組みがあずかっているその他の症候 以上述べてきた主要症候のいずれか二つ、またはそれ以上の仕組みがあずかって いると推定される症候に次のものがある。 仮面様顔貌 パーキンソン病の患者の表情は無表情で、こわばった感じを与え、 笑いが見られない。話をするときに顔のしわがほとんど動かない。瞬目 は減少し、一点を見詰めたような目付きになる (まばたき) (仮面様顔貌masked face)。 眉間を指などで連続的に叩打すると、正常人では数回目ぐらいからまばたきをし なくなって、開眼したままでいることができるが、パーキンソン病の患者では叩打 8 sign)と し続けるかぎりまばたきし続ける。これをマイヤーソン徴候 Myerson’s ( いう [30]。 仮面様顔貌には後述の脂漏性顔貌の所見が加わって、一層印象的になる。これに は寡動の仕組みに加えて、後述の自動運動障害と自律神経失調の仕組みがあずかっ ているかもしれない。 単調言語 患者は抑揚の乏しい低い声でボソボソと話す (単調言語monotonic speech)。また前述の突進現象に似て次第に早口になることがある [26]。 小文字症 患者が文章を書くときに、ふるえ気味である。また初めは並みの大き さの文字で書いているが、書き進めるにしたがって次第に小さくなり、最後にはみ みずが這ったような判読しがたい文字になる [15]。これを小文字症micrographia という。 Tashiro et al. (1987) は、パーキンソン病患者に鏡像書字 mirror writing の現 象があることを指摘している [15, 31]。 手指の異常 中手指骨関節が軽く屈曲し、「ペンを持った手」または「からす口様 の手指」と形容される手の形態を示す (図 3)。そのほかにも様々な形態が見られ、そ の状態によって「偽リウマチ様の手」、「苦行者の手」、あるいは「説教者の手」など と呼ばれている であろう [26]。これらの手指の異常は、おそらく手内筋群の固縮によるもの [28]。 図 3. からす口様の手指 手指の中手指骨関節で屈曲した形態. 上野 (1994) の論文より引用 [28]. 主要症候の仕組みで説明できない症候 パーキンソン病には、以上述べたような四つの主要症候の仕組みでは説明できな い症候がある。その代表的なものは自動運動障害と自律神経失調症状である。 自動運動障害 無意識に発現する身体上の運動を、便宜上、自動運動 automatic movement と名付けておく (運動生理学の観点からこの呼び名は科学的ではないよ うに思えるが、一応、このように呼んでおく)。自動運動とは例えば正常な人が歩く ときには自然と上肢が前後に振られる (一定の振幅の上肢の運動arm swing)、無 意識のうちにまばたきをし、あるいは唾液を飲み込むなどの運動を指す。 9 パーキンソン病では、以上のような自動運動が障害され、その結果、上肢の振り が小さく、まばたきが減り、流涎をきたす。 自律神経失調症状 原田ら (1997) は、パーキンソン病に発現する自律神経失調 症状を心臓・血管系、呼吸器系、消化器系、泌尿・生殖器系、およびその他に分け、 18の症候について解説している。これらのなかで比較的頻度が高いのは脂漏性顔貌、 流涎、嚥下障害、慢性便秘、起立性低血圧、多汗、体温調節障害などである [32]。 痴呆と精神症状 パーキンソン病の約30%に痴呆が発現する [33]。そのほかに見られる精神症状と して最も多いのは抑うつ状態である。また抗パーキンソン病薬の服用によって幻覚 や妄想などが発現する。これらの精神症状の委細については田丸・柳澤 よび田丸 (1994) の論文にゆずる [33, (1991) お 34]。 そのほかに、病前性格か、あるいは発病後に変化した性格であるか明らかではな いが、パーキンソン病の患者は真面目、かつ几帳面で、融通の利かない人が多く、 「硬直性格」と名づける研究者もいる。筆者のごく限られた経験では、精力的に仕 事をすることに加えて、細かな気配りをする人に多いような印象を持つ。しかし性 格と行動に関しては、確かなことはまだほとんど分っていない。 代表的な症候性パーキンソニズム 表 1 に示したパーキンソニズムのうち、神経内科以外の臨床科に患者が来診する のはほとんどパーキンソン病、薬物性パーキンソニズム、および脳血管性パーキン ソニズムの三つで、その他の本態性または症候性パーキンソニズムが来診すること はごく少ないと推測される。三つ以外のパーキンソニズムが疑われる患者が来診し た場合には、神経内科その他の専門科に紹介すべきである。 薬物性パーキンソニズム 「くすり氾濫の時代」と言われるようになって久しいが、なお年々薬物は増え続 け、多種、多量の薬物が医療の現場と家庭に入ってきている。当然、薬物の副作用 が発現する確率は高くなる。 パーキンソニズムを誘発する薬物は多種類にわたるが (表 4)、それらのなかで パーキンソニズムの発現に最も強力、かつ発現率が高いのは抗精神病薬のフェノチ アジンおよびブチロフェノン誘導体である。しかし、これらは精神科関係の比較的 限られた患者にしか用いられず、また大量投与をする場合には、副作用を防止する 目的で最初から抗コリン剤が併用されるから、これらの薬物が精神科以外の臨床科 で問題になることは少ない [16]。 10 表 4. 薬物性パーキンソニズムの原因になる主な薬剤 ベンザミド誘導体 ⑴主に消化剤として用いられるもの metoclopramide (プリンペラン、モルペラン、プロメチン、など) cisapride (アセナリン、リサモール、など) ⑵主に老年者の精神神経作用薬として用いられるもの sulpiride (ドグマチール、アビリット、など) tiapride (グラマリール、など) 脳循環代謝改善薬 flunarizine (フルナール、など) cinnarizine (アプラクタン、など) フェノチアジン誘導体・抗精神病薬 chlorpromazine (ウィントミン、コントミン、など) fluphenazine (フリメジン、アナテンゾール、など) perphenazine (トリオミン、PZC、など) ブチロフェノン誘導体・抗精神病薬 haloperidol (セレネース、トラキノン、など) その他 pimozide (オーラップ、など) domperidon (ナウゼリン、など) lithium (リチウム、など) 降圧剤 reserpine (レセルピン、セルパモル、など) α-methyldopa (アルドメット、など) 葛原 (1994) 表 1. 5. より引用 [16]. 薬物性パーキンソニズムの臨床症状の傾向 薬物を開始してからパーキンソニズムが発現するまでの個人差が 大きい。短くて数週間、長くて1∼2年。平均3∼4ヵ月。 2. 発現後進行が速く、月単位で悪化する。 3. 静止のときの振戦はまれで、動作するときや姿勢保持のときに振 戦が現れることが多い。 4. 動作の緩慢と筋肉の固縮が目立つ。 5. 症状の左右差はさほど顕著でなく、症状は初めのときから体の両 側に発現する傾向がある。 6. 精神症状や坐位保持不能状態を伴うことがある。 7. パーキンソン病治療薬が効きにくい。とくにL-ドーパ製剤の効果 の切れ味が悪い。 8. 原因となった薬物を中止すれば、一般に1∼3ヵ月で病状は消失す る。しかし病状消失に1年以上かかる例がある。 葛原 (1994) を一部改変 [16]。 11 問題は精神科関係以外の科で繁用されるベンザミド誘導体、降圧剤レセルピン、 一部のカルシウム拮抗剤である。フルナリジンのごときは、用いた患者の10∼30% にパーキンソニズムや抑うつ状態が発現する [16]。 パーキンソン病と比較対照した薬物性パーキンソニズムの症候の傾向を表 5 に示 す。 脳血管性パーキンソニズム 大脳基底核から中脳に至る部分の血管の病変 の固縮、緩慢動作、小刻み歩行 症状が発現することがある (脳梗塞または脳出血) によって筋肉 (小歩)、姿勢反射障害などのパーキンソン病に似た [16]。これが脳血管性パーキンソニズムである 病変の多くは大脳基底核の多発性小梗塞で、被殻に出血を認めることもある (表 6)。 [16]。 脳血管性パーキンソニズムにおける病理学的変化をパーキンソン病のそれと比較 すると、症候論と治療学における両者の違いがよく理解できる 表 6. (表 6)。 脳血管性パーキンソニズム17例の症候 振戦 運動障害 小歩 姿勢反射障害 すくみ足 突進現象 筋肉の固縮 構音障害 痴呆 葛原 6例 17 15 14 7 7 15 15 10 (1992). 前述のように、黒質の神経細胞は線状体に神経線維を送っている。黒質・緻密層 のメラニン含有細胞が選択的に変性する結果、パーキンソン病が成立する。他方、 脳血管性パーキンソニズムは主に線状体に生じた小さな軟化巣にもとづくと推定さ れる。すなわち、パーキンソン病は神経線維を送る側の障害、脳血管性パーキンソ ニズムは神経線維を受ける側の障害と考えると、両者の違い、とくに治療面の違い が理解できる 表 7 示す [16, [29]。 にパーキンソン病と比較対照した脳血管性パーキンソニズムの症候の傾向を 35, 36]。 12 表 7. 脳血管性パーキンソニズムの臨床症状の傾向. 1. 70歳以上に多い (パーキンソン病は40∼50歳以上に多い)。 2. 高血圧、糖尿病、高脂血症などの既往歴または合併が多い。 3. 振戦が見られることが少ない。 4. 静止時の振戦はごく稀で、一定の姿勢をとったときだけに振戦が現れる傾 向がある。 5. 小刻み歩行は見られるが、歩幅の広い緩慢歩行で、小脳失調性歩行に似た 開脚位歩行をする (パーキンソン病の前屈位歩行とは異なる)。 6. 筋肉の固縮は高い頻度で出現。ただし程度は軽く、歯車様ではなく、鉛管 様である。 7. 発病の初期から姿勢反射障害が顕著。 8. 仮面様顔貌はさほど目立たない。 9. 一般に下半身の症状が顕著。 10. パーキンソニズムに非特異的な仮性球麻痺、不全片麻痺、腱反射亢進、バ ビンスキー徴候などが合併することが多い。 11. パーキンソン病治療薬に対して反応が不良。 葛原 (1992, 1994, 1995) より再編 [16, 35, 36]. [謝 辞] 樋口雅則博士の御協力に深謝する。 柳瀬 敏幸 (1999. 10. 21.) 参考文献 [1] 日本内科学会 (1994) 特集・パーキンソン病. 日内会誌. 83: 521-610 [2] 長谷川一子、古和久幸 (1995) パーキンソン病と加齢. 12: MP 316 [3] 豊倉康夫ら (1979) 異常運動アンケート調査集計結果. 厚生省特定疾患・異常運 動調査研究班 [4] 永井正規ら (1996) 特定疾患治療研究医療受給者調査報告書 (1992年度分) その2. 受療動向に関する集計 [5] 柳澤信夫 (1997) 序:日本における Parkinson病、Parkinsonism の臨床と研 究の現状. 日本臨牀55: 9 [6] 中島健二ら (1994) パーキンソン病の基礎と臨床、疫学. 治療 76: 1107 [7] 厚生省特定疾患・異常運動疾患調査研究班:異常運動疾患アンケート調査集計 結果. 全国24施設における病院統計, 1979 [8] 伊坂廣子編 (1999) 水野美邦教授が答えるパーキンソン病─治療と生活Q&A. Pp 158, 保健同人社 [9] Kurtzke JF & Murphy FM (1990) The changing patterns ratesof indeath parkinsonism. 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