フランスの原子力安全強化措置、コストは150億ユーロか

フランスの原子力安全強化措置、コストは1
5
0億ユーロか
渡辺 一敏(翻訳家)
フランスの原子力安全機関(ASN)は
に原発安全の生命線を保護するための対
1月3日、国内の原子力発電所の安全性
策として、
「ハードコア(フランス語で
に関する調査報告書をフィヨン首相に提
は“NOYAU DUR”)」というコンセプト
出した。この調査報告は、福島第一原発
を導入し、地震、洪水、あるいは、複数
事故の後、フランスの原発の安全性につ
の極端な現象が同時発生した場合にも原
いて実施したストレステストの結果をま
子炉の基礎的安全性が保たれるために必
とめたもので、特に国内で最古のフェッ
要な物理的・組織的措置のことだと説明。
センハイム原発(1977年に運転を開始)
具体的な内容として、災害時でも機能す
に関する判断が注目されていた。
る指令手段・通信手段を備えたシェル
フェッセンハイム原発は老朽化に加え
ター型の危機管理センターの設置、非常
て、地震や浸水のリスクも指摘されてお
用の冷却水とディーゼル電源の装備など
り、閉鎖を要求する声は強い。ASN は
を挙げたが、各原発の「ハードコア」の
昨年7月、大掛かりな補強工事を施すこ
内容と特性の規定については運営企業に
とを条件に、当初の耐用年限(20年)を
委ねるとした。これにより、フランスの
すでに超えている一号機の運転をさらに
原発の大多数を運営するフランス電力
10年間延長できるとの見解を発表したが、
(EDF)をはじめとする原子力施設管理
この時点では政府が命じたストレステス
事業者は今年の6月30日までに、ASN
トの結果は考慮されておらず、最終的な
に核施設に関する「ハードコア」設置の
評価が待たれていた。フィヨン首相も12
計画を提案する運びとなった。
月の時点で、ASN の勧告には全面的に
従うと約束していた。
さて、ここで ASN の判定により運転
閉鎖勧告を期待していた環境派にとっ
期間が延長される可能性がでてきた
ては残念なことに、ASN は、フランス
フェッセンハイム原発を取り巻く状況に
国内原発の「安全水準は十分」で、即座
ついて、少々詳しくみておきたい。アル
に運転を停止すべき原発は1基もないと
ザス地方にある同原発の安全性自体に関
報告した。
する懸念については、以前にも触れたこ
ASN はその上で、福島第一原発を見
とがあるので、今回は繰り返さないが、
舞ったような「極端な状況」にも耐えら
環境団体や近隣国(ドイツやスイス)の
れるように、原発の耐性を早急に強化す
住民などから槍玉にあげられ、アルザス
ることが不可欠だとの判断を示した。
の主要都市であるストラスブールの市議
ASN は、大規模な災害が発生した場合
会が閉鎖請求決議を昨年4月にほぼ全会
−7−
一致で採択している一方で、地元では原
つも、発電に占める割合を60%程度にま
発が閉鎖された場合の雇用への影響を危
で引き下げ、再生可能エネルギーを推進
惧する向きがあり、また、EDF をはじ
して、エネルギーミックスのバランスを
めとする原子力産業界は運転の継続を強
修正すべきだとしている。これに対して、
く支持し、議論は水掛け論の様相を呈し
1980年代末に結成された独立系の連帯・
ている。ASN の報告書はこの論争に客
統 一・民 主(SUD)と い う 労 組 は、既
観的かつ独立的な立場からひとまず裁定
存の原発を永遠に維持できるわけではな
を下したものといえようが、閉鎖支持派
いのだから、今から閉鎖についても先取
がこれで納得するわけではない。また、
りして検討せざるを得ないとする立場を
今春の選挙で政権を奪回する可能性があ
とっている。SUD の内部では脱原子力
る社会党は、フェッセンハイム原発の閉
をめぐる対立があり、原発の閉鎖問題に
鎖を予告しているので、ASN の報告書
ついて明確な立場を定めていないが、原
にもかかわらず、同原発の将来は今のと
子力政策を国民投票にかけることや、エ
ころ不確実。
ネルギー源の多様化を主張している。
雇用に関する危惧という点で注目され
原子力推進派の CGT にしても、原発
たのは、フェッセンハイム原発の労働組
での作業環境の安全性強化には当然のご
合の動きで、ASN 報告書の提出を目前
とく強い関心を示しており、全ての労組
に控えた12月8日に労組4団体(CGT、
が ASN の勧告する補強工事の実施を支
FO、CFDT、CFE-CGC)が共同で閉鎖反
持している。
対の署名運動を開始し、原子力産業の将
来の保障を訴えた。ASN の報告書に労
ただし、ASN の報告書が改めて提起
組各団体は一様に安堵感を表明している
した問題の一つが、原発の安全性強化に
が、今後の原子力政策についてこれらの
必要なコストの規模で、ASN のラコス
労組の立場は決して一枚岩ではない。労
ト局長は1月4日付けのルモンド紙に掲
働者の権利擁護で最も強硬な姿勢をとり、
載されたインタビューにおいて、「原発
最も左翼的なフランス労働総同盟
運営企業に課される投資は大規模」だと
(CGT)が、雇用担保の観点から、最も
認め、さらに、人的手段やノウハウも大
強力に原子力産業を支持し、フェッセン
量に投入せざるを得ないと語った。局長
ハイムの閉鎖反対でも急先鋒となってい
は例として、非常用のディーゼル発電機
るが、共産党系の CGT が政治的立場は
1台が3
000万ユーロから5
000万ユーロか
完全に反対な現政権(右派)と原子力推
かり、原子炉1基当たりに1台を備える
進については利害が一致しているのは皮
とすると、これだけで2
0億ユーロを要す
肉だ。社会党系のフランス民主労働総連
ると指摘。さらに、発注から納入までの
合(CFDT)は原子力の継続を支持しつ
時間を考慮すると、完全に配備されるの
−8−
は2018年以降になると予測して、必要な
ビューで、福島原発事故以後に決まった
費用も時間も大きいことを強調した。
安全性強化のコストを100億ユーロ以下
上記のフェッセンハイム原発の労組
と見積もり、しかも、事故以前に原発5
8
CGT 代表は、原子炉1基当たりの追加
基の耐用年数を6
0年間に延ばすためにす
費用は1億ユーロ程度であり、総額でも
でに4
00億ユーロの投資を見込んでいた
50億ユーロで、太陽発電や風力発電など
ので、この投資ですでに安全性強化の一
による代替エネルギーへの移行費用を下
部はカバーされていると判断し、EDF
回るとみているが、これはいささか楽観
の投資能力には問題はないと言明した。
的過ぎる見方のようだ。
ただし、欧州加圧水型炉(EPR)の建
ASN は原発の耐性強化に必要な費用
設費一つとっても、EDF の当初の費用
の総額に関する見積もりを公式に提示し
見積もりは現実と大きく食い違っていた。
てはいないが、1月4日付けの経済紙レ
また、経済紙ラトリビューンが伝えると
ゼコーは ASN に近い筋の情報として、
ころによると、会計検査院が1月31日に
150億ユーロ(約1兆5000億円)前後と
発表する予定の報告書は、EDF が提示
いう数値を報じた。なお、同紙によると、
した原発解体費用見積もり(2
22億ユー
フランス電力(EDF)は100億ユーロ程
ロ)について、原子力関連事業者は費用
度と見積もっている。いずれにせよ、こ
を過小評価するきらいがあり、実際の作
れは、アナリストが予想していたコスト
業が始まると費用は拡大する傾向がある
規模の数倍に当たるという。ベッソン・
との理由から、慎重な見方をとっている
エネルギー相は、安全対策強化によるコ
模様。CGT ほどでなくとも、EDF の提
ストの増大にもかかわらず、電力料金の
示する数値も希望的観測に基づいている
値上げ幅は年間2%以下に留まると予測
可能性がある。
し、原子力の経済的競争力は損なわれな
いとしているが、予想を上回る追加投資
原子力が発電の75%以上を占めるフラ
が必要な見通しになったことで、原子力
ンスのような国では、エネルギーの確保
の競争力と将来性をめぐる論争が再燃し
と環境問題、原発を取り巻く社会的・経
つつある。環境保護団体グリーンピース
済的状況と安全性問題などの諸要因を天
は「人間にとって今後も危険な技術に何
秤にかけつつ冷静かつ現実的に原子力政
十億ユーロも費やすべきか、それとも同
策を考え直していく必要があるが、4月
じ資金を代替エネルギー移行に投資すべ
−5月の大統領選挙と6月の総選挙を控
きか、政治家に決断を求めたい」と警告
えている現在のフランスの政界にそのよ
している。
うな対応を望むのはなかなか難しい面も
フランス電力(EDF)のプログリオ
ある。こうした状況で、コシウスコモリ
会長は5日付けルモンド紙のインタ
ゼ・エコロジー相は ASN の報告書発表
−9−
後の対応について、イデオロギー的な論
ちなみに、フランス国立衛生医学研究
議や経済的利害からはできるだけ離れて、
所(INSERM)などが実施した疫学調査の
安全性への配慮を優先すると言明してい
結果が『International Journal of Cancer』
る。同相は原発閉鎖の是非について、
のウェブサイトに掲載されたが、これに
「二 つ し か 解 決 法 は な い」と し、
「ASN
よると、原発から5キロメートル以内の
が閉鎖を勧告すれば、その通りに閉鎖す
範囲に住む子供・青少年の白血病発症率
る。ASN が大規模な補強工事を勧告し
は通常のほぼ2倍に達していることが判
た場合は、選択肢は二つで、勧告された
明したという。反原子力団体などが、こ
工事を完遂するか、それが無理なら原発
の研究結果に関する情報を流布し、ルモ
を閉鎖することだ」と語った。
ンド紙も1月1
3日付けで大きく取り上げ
右派政権の環境相というのはとかく政府
た。
全体の方針やほかの閣僚との軋轢で孤立
福島原発事故が原子力の安全性に関する
しがちだが、コシウスコモリゼ・エコロ
論議にもたらしたインパクトはもちろん
ジー相の発言が政府の方針を代弁したも
計り知れないが、他方で、異常事態や事
のであるならば、現政権の原子力問題に
故が発生しなくとも、原発が普段から近
関する硬直した姿勢も多少ほぐれ始めた
隣住民の健康を確実に蝕んでいることが
可能性がある。
確認された場合には、また新たな論議を
呼ぶことになろう。
(パリ在住)
〈エッセイ〉
空を見上げて
湯木 恵美
秋にうさぎが死んだ時、綺麗な満月の夜
でした。だから月に帰ったんだと本当に
思っています。
このうさぎは、ある日突然、私の庭に居
たうさぎです。うさぎと暮らすことは初め
てだったし、野生のうさぎなのかペット
だったのか、性別も何もわからなくて戸惑
いました。部屋の中に入れると嫌がり、動
敷き、犬用のケージで囲い、庭で暮らして
かなくなって食事もしなくなるものですか
もらっていました。夏は涼しく、冬は暖か
ら外に出しましました。土の上にすのこを
くするように心掛けはしましたが、雨が
−10−