台湾大学生の言語意識

附件 2
台湾大学生の言語意識
陳麗君 (台湾 国立成功大学 台湾文学系)
1.はじめに
(2)調査方法
台湾は多民族多言語国家である。しかし、戦後、
2008 年 4 月、5 月にかけて上記インフォーマント
中国による統治を受け半世紀にわたって推し進めら
に対してアンケート調査と matched-guise 法によ
れた中国語政策によって、少数言語は現在消滅の危
る意識調査を行った。アンケートは四つの部から構
機に瀕しており、現在は中国語が非常に強い力を持
成されており、基本資料、言語能力、言語使用と
っている。一方、1980 年代後半からの政治・社会
matched-guise 法による意識調査である。基本資料
的な著しい変化とともに台湾人の中に言語・エスニ
には属性調査のほかにエスニックアイデンティティ
ックアイデンティティーが目覚め始め、2000 年に
の調査も含めた。言語能力では各台湾言語の聞く・
は初めて台湾人が政権を取った。それと相まって民
話す・読む・書く能力を 5 段階評価してもらった。
衆の台湾人意識に拍車がかかり、母語の保存伝承が
言語使用では、ドメインの調査を行い、14 種類の
求められる様になってきている。しかし、2008 年
対象及び 7 種類の場所における言語選択や使用頻
には今一度中国派に政権が移り、今後の言語現象に
度を調べた。matched-guise 法による言語意識調査
少なからず影響を与えることが予想される。そこで、
ではバイリンガル話者に同じ内容を二言語 4 パタ
次世代を担う大学生達の言語意識調査を行った。
ーンで録音してもらい、テープの声の主が同一人物
2.研究方法
だとは知らせずに聞かせて、いつかの観点から評価
(1)調査対象
してもらった。本研究では二種類の文章を中国語 1 、
台湾各部にある台湾文学・言語学科を設置してい
台湾語、台湾中国語、台湾語中国語交じり 2 の4パ
る各大学から、台湾語文学系(台文系)・中国語文
ターンで録音をしたものを用いた。様々な年齢層
学系(中文系)・理系学科の学生を約 50 名ずつ、
15 名による予備調査から 24 項目の観点が得られ、
各校から 150 名ほどを無作為に抽出し、表 1 のよ
それを元に本調査を行った。
うに合計 646 名をインフォーマントとした。なお、
3.結果
北部には台湾語文の学部がなくなったため、院生及
3.1
台湾では、この十年間ほどの新移民 3 を除き、閩
び夜間の社会人コースの学生を調査対象に加えた。
表1
台湾における大学生のエスニック比率
南・客家・原住民(オーストロネシア)及び二次戦
インフォーマントの内訳
台文系院
中文系
理工系
合計(人)
北部
台北教育大學(院)
台灣師範大學(院)
9
15
*
48
*
54
9
117
真理大學(夜間)
後中国から移住してきた通称外省人といったエスニ
ック分類がされてきた。黄(1995)によればエス
53
*
*
53
中部
靜宜大學
27
54
51
132
南部
成功大學
48
62
88
198
東部
花蓮教育大學
57
43
37
137
合計
209
207
230
646
ニックの比率は閩南人 73.3%、客家人 12%、外省
1
台湾の中国語と北京語とでは、コミュニケーション上の問題
はないが、それぞれ独自の背景発展によって発音、語彙、文法
上が少し異なっている。台湾中国語とは「台湾国語」と言われ、
台湾語訛りの中国語である。音韻的な特徴を挙げると、巻き舌
音が完全に消え、連母音が単母音になるなどである。
2
台湾語中国語交じりの表現とはコードミックスのことで、口
語に限らず新聞などでもよく見られる一般的な言語行動である。
3
新移民とは、主に結婚のために東南アジア及び中国から移住
してきた女性を指す。
人 13%、原住民 1.7%であった。一方、今回の調
結果、北部は 3.59、中部は 3.41、南部は 3.47、東
査 で は 閩 南 人 71.5 % 、 客 家 人 10.5 % 、 外 省 人
部は 3.27 となり、北部と東部の差だけが有意差で
6.8%、原住民 1.1%、その他 6.7%であった。今
あった(p=0.02<0.05)。予想とは逆に北部のほう
回のは主に大学生を対象とした調査ではあるが、
が台湾語への評価が高く、これは逆行的な威光言語
12 年前と比べて大きな変動は見られないものの、
の結果だと考えられる。
外省人は半減した。その理由として、台湾意識が高
(2) バイリンガルが普段台湾語を喋ることは一種
くなったことと、異族間の結婚によって、二世のエ
のイデオロギーだと思いますか?
スニック意識に変化が生じてきたことが考えられる。
台湾では中国語以外すべてのエスニック言語が19
なお、学科別でエスニックの比率を見ても特に偏り
50年から1987年まで禁じされていた。徹底的
は見られなかった。
中国語政策を行われた結果、現在でもこれら言語の
3.2
使用が減っており、また使おうとするとイデオロギ
異なる学科間の言語能力と言語態度
言語能力は各言語の聞く・話す・読む・書く(四
ー的なレッテルを貼られることもある。そこで、台
技)能力をそれぞれ「全然できない」の1点から
湾語の意識調査した結果、台文系のほうが中文系よ
「非常に流暢である」の5点までの五段階評価から
りイデオロギー的な意識が強かった(図 2)。
選択してもらった。また四技の平均値を言語能力と
80%
した。
3.2.1
100%
はい
75%
64%
いいえ
63%
60%
学科別の言語能力
学科別の言語能力を図 1 に示した。ANOVA では中
国語能力では台文系と中文系は一緒で、理科系より
37%
36%
40%
23%
20%
0%
台文系
中文系
理科系
図2 台湾語の使用はイデオロギーであるか?
高い。台湾語能力では、台文系は中文系と有意差が
なく、理科系よりは若干高かった。言語能力を聞
(3) 台湾言語(台湾語・客家語・原住民語)の読
く・話すと読む・書くに分けて、ANOVA 検定すると、
み書きは必要性ですか?
台文系における台湾語の聞く・話すと読む・書く、
図 3 を post hoc で有意差検定した結果、台文系は
客家語の読む・書くは中文系や理科系より高いこと
中文系や理科系よりも台湾言語の読み書きの必要性
が分かった。
を高く感じているものの、約半分の学生が台湾語読
語言能力
5
み・書きを必要とは思わないと答えた。
4.6 4.6 4.3
4
台文系院
3.0 2.8
3
2.8
2
2.1
1.8
中文系
2.0
理科系
1.9
1.5
1.1
1
四技とも流暢
コミュニケーションできる程度
必要ない
80%
48.5%
50%
比率 40%
中国語
台語
客語
原住民語
図1 学系別の語言能力
30.1%
30%
20%
学科別に見た言語態度
(1) 台湾語をどう思いますか?
18%
15%
10%
3.2.2
73.1%
71.2%
70%
60%
0
四技ともすこしできる
聞き取れればいい
2.9% 3.4%
3.4%
12.8%
3.9% 3.4%
9.3%
1.3%
3.5%
0%
學科
台文系
中文系
理工系
図3 台湾語.客家語あるいは原住民語をマスターすべき?
「とても田舎っぽい」の1点から「美しくない」
(4) 台文系は台湾言語ができるべきですか?
「普通」「美しい」「非常に美しい」のまでの五つ
図 4 を ANONA で検定した結果、学科間に有意な違
の選択肢によって台湾語に対する印象を調査した。
いがあった。台文系では「台文系は台湾言語の四技
その結果、学科間にも、男女間にも有意差は見られ
ができるべき」に賛成しない者が半分ほどを占めて
なかった。さらに、区域ごとに post hoc 検定した
いるが、他の学科は賛成した学生のほうが明らかに
多かった。社会からへの期待に沿わず、台文系では
くを加えたせいか大学生のみを調査対象としたせい
中国語で台湾文学を研究しようとする傾向が見られ
か、母語能力が以前と比べて落ちていた(表 3)。
た。
表2
100%
はい
74%
80%
いいえ
63%
52% 49%
60%
38%
40%
27%
20%
0%
台文系
中文系
理科系
図4 台文系は台湾語ができるべきか?
3.3
エスニックと言語
3.3.1 エスニック別の言語能力
エスニック別の母語能力と中国語能力を図5に示
した。明らかに中国語が母語に取り変わろうとして
いる。さらに、エスニックとその族語が必ずしも一
致せず、母語意識にも影響が見られ、母語の表徴性
エスニック意識と母語意識
エスニック
台湾語
中国語
客家語
原住民語
閩
南
母語
最初に習ったことば
72.3%
39.2%
27.2%
60%
0%
0.2%
0%
0%
最も上手なことば
15.3%
84.0%
0.2%
0%
客
家
母語
最初に習ったことば
最も上手なことば
7.9%
4.5%
3.0%
20.6%
77.6%
91%
69.8%
16.4%
4.5%
1.6%
0%
0%
原 住 民
母語
最初に習ったことば
最も上手なことば
0%
0%
0%
16.7%
57.1%
100%
0%
14.3%
0%
83.3%
28.6%
0%
外
省
母語
最初に習ったことば
最も上手なことば
9.8%
4.7%
0%
90.2%
95.3%
100%
0%
14.3%
0%
0%
28.6%
0%
機能が弱っていく傾向が見られた。
聞
き
・
話
・
読
み
・
書
き
平
均
值
母語
中国語
6.0
5.0
4.0
3.0
4.49
3.02
4.53
2.45
表3
4.86
4.464.46
エスニック 言語
2.64
2.0
1.0
0.0
閩南
客家
原住民
過去 10 年間のエスニック母語と中国語能力
本研究(2008)
聴く話す 読む書く
中国語
台湾語
4.63
4.66
4.42
4.61
4.49
3.02
4.58
3.69
4.40
2.33
客家
中国語
客家語
4.86
4.52
4.70
4.18
4.53
2.45
4.60
3.06
4.44
1.78
4.42
中国語
原住民語 4.55
4.74
3.65
4.46
2.64
4.85
2.90
4.85
2.41
エスニック
図5 エスニック言語と中国語能力
3.3.2 エスニックと母語意識
四技
閩南
原住民
外省
Tsao Yeh etal
(1997) (2004)
3.5
ドメインと言語使用
ドメインの対象は親疎関係及び年齢を軸に対象を
Lu(1988)の調査では、台湾語のできない閩
南人も台湾語を母語だと認知することがあるらしい。
設定した 4 。その結果、以前同様に親疎によって使
しかし、エスニックと母語意識の調査において、
用言語を選択する傾向は変わらないものの、全体的
「母語」だけでは定義が不十分なので、本稿では母
に台湾語の使用量が減っている。
語のほかに、最初に習ったことばともっとも上手な
中国語
ことばについて調査した(表 2)。各エスニックで
台湾語
客家語
原住民語
3
2.5
母語の表徴性機能が残ってはいるものの、最初に習
2
頻度
ったことば及び上手なことばとも中国語が圧倒的で
1.5
1
図6 対象による言語選択
家人よりも母語意識が勝る。さらに、母語能力と中
4
国語能力を先行研究と並べてみると表 3、読む・書
陳(1999)では、年齢及び親疎関係が言語選択にもっとも影
響する要因であった。
廟の主事・霊媒者
教会の神職者
先生
同僚・同級生
知らない人
近所の同年者
近所の年配者
同年の親戚
親戚の子供
ずっと見落とされてきた閩南人は少しではあるが客
年配の親戚
對象
兄弟
を投入しているが、もっとも人口が多いのに母語が
両親
を使用している。近年、客家言語文化に政府が大金
祖 父 母 (母 )
0.5
祖 父 母 (父 )
あった。原住民の母語意識は強いもののほぼ中国語
中国語
台湾語
客家語
4.結論
原住民語
全体的にエスニック意識と母語意識にずれがみら
3
れ、ホーロ人・客家・原住民であると答えたにもか
2.5
かわらず、母語は中国語であるとしたグループが目
2
頻度
立った。さらに、台湾語文学科といえども台湾語に
1.5
1
対する特別な意識は見られず、また台湾語能力も他
0.5
場所
家
働き先
学校
デ パート
伝 統市場
廟
教会
平均
図7 場所による言語選択
の学科と同程度であった。現在の台湾語文学科では
中国語で台湾文学を研究しようという特異なロジッ
3.6
クが成り立っており、学生たちも台湾言語の読み書
matched-guise 法による意識調査
女性1~4の録音言語はそれぞれ中国語、台湾語、
き能力を必要としていないという結果が得られた。
台湾語なまり中国語、台湾語中国語交じりの4パタ
しかし、Matched-guise 法による意識調査では、中
ーンである。調査では24項目(都市的/田舎的・
国語と台湾語に対する評価にそれほど差はなく、母
収入高い/低い・自信ある/ない等)を5段階で評
語の表徴性機能(symbolic function)は残っていた。
価、5は肯定的、3はどっちでもない、1はマイナ
近年、ホーロ人の言語能力が中国語から台湾語にシ
ス的な評価として選択してもらった。その結果、ま
フトし始めているとの見解もあるが、特に台湾語の
ず全体的な平均値は中国語 3.17、台湾語 3.19、台
読み書きに関する調査結果からは母語の維持がます
湾語中国語交じり 3.00、台湾語なまり中国語 2.73
ます難しい状況に立たされていることが伺えた。
となり、ANOVA 検定では中国語と台湾語との差は有
意ではないものの、他はすべて有意な差であった。
謝辞
本研究は台湾国科会 96-2411-H-006-024-の
性差は特に見られず、学科別では女性1(中国語)
助成金によって行われた。ここに感謝する。
と女性3(台湾語訛り中国語)に対する台文系の評
価が中文系より高く、女性2(台湾語)に対する台
参考文献
文系の評価が理科系より高かった。
陳麗君. (1999). 台湾の二言語話者におけるコ−ドスイ
さらに、エスニックと母語意識を因子に言語への
ッチングの要因. 現代社会文化研究, 16, 21-5.
評価を表3にまとめた。閩南人で台湾語を母語とし
黄宣範. (1995) 語言:社会與族群意識. 台北:文鶴出版
た場合に、台湾語への評価が中国語より高かったこ
Lu, Li-jung. (1988). A survey of language attitudes,
とのみが有意差を示した。つまり、母語への評価が
language use and ethic identity in Taiwan. Master
有標的に中国語より高くないと、中国語へ流されて
Thesis. Taipei, Taiwan: Fu Jen Catholic University.
いってしまうと言える。
Tsao, Feng-fu. (1997). Ethnic language policies : A
表3
comparison across the Taiwan Strait. Taipei: Crane.
エスニックと母語意識から見た言語評価
女性 1
(中)
女性 2
(台)
女性 3
(訛り)
女性 4
(交じり)
平均
N
平均
N
3.16
299
3.22
106
3.25*
303
3.20
105
2.71
301
2.72
107
3.04
304
3.02
107
平均
N
平均
N
2.92
4
3.17
33
3.03
4
2.98
35
2.67
4
2.62
35
3.26
4
2.81
36
エスニック 母語
閩南
台湾語
中国語
外省
台湾語
中国語
*:t検定で有意差を示す。
Yeh, His-nan & Chan Hui-chen & Cheng, Yuh-show.
(2004). Language Use in Taiwan. Journal of Taiwan
Normal University. 49(1), 75-108.
連絡先
陳麗君
〒701
国立成功大学台湾文学系
台湾国台南市大学路 1 号
[email protected]