Apr. 2005 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 209(105) 日本抗生物質学術協議会 第 585 回特別会員会合[2005 年 1 月 17 日 開催] 講演会要旨 21 世紀の医薬品マーケティング 井上良一 ファーマ・マーケティング・コンサルタント 1. 日本医薬品企業の構造的危機 メリカは4兆3160億円で日本は8837億円でその比 2002 年 8 月に厚生労働省は「医薬品産業ビジョ 率は約 5 対 1 である。アメリカは 1990 年代に研究 ン」を発表した。そしてあるべき日本の医薬品企 開発費を増やしていくが ,日本は長く約6000 億円 業をメガファーマ,スペシャリティファーマ,ジェ レベルの横ばいであった。最近はやっと8000億円 ネリックファーマ ,OTC ファーマと分類し , 「少 レベルである。2003 年ではファイザー 1 社で 9270 なくとも2⬃3社はメガファーマとして発展するこ 億円 ,日本全体の8837 億円より多い。これらの結 とが期待される」としている。現在の日本医薬品 果もあり,1996年から2003年まで日本で認可され 企業は環境の変化に対応できないことからくる 4 た新規成分の医薬品合計の69%は外資オリジンで つの構造的危機に直面している。それらは ① 21世 ある。2002 年の外資の売上シェアは 34.2% である 紀型疾病構造とその Unmet Medical Needs(満たさ が ,このまま推移すると外資のシャアは 70% 近く れていない治療ニーズ) の出現に対応できなく,ズ なる可能性がある。また2001年での日米の営業費 レを起こし方向を見失いあるポートフォリオ・マ の比較であるが ,日本には 57000 人の MR と 35000 ネジメントと研究開発費の絶対的不足 ② 医療制 人の営業間接人員が存在しており ,その営業費は 度改革による市場構造の変化に対応できない世界 1兆6000億円で,売上の21.4%を占めている。アメ に冠たる非効率で高コスト構造の営業・生産・管 リカでは 81600 人の MR と少数の本社スタッフが 理・流通体制 ③ 雇用流動化による労働市場の変化 いるが ,その営業費は売上の 10.7% しか占めてい に対応できなく ,コア人材をやる気にさせない人 ない。日本の医薬品企業は営業費を半減して研究 事制度 ④ 新しい市場・競争構造の出現に対応でき 開発費を倍増するような構造改革をしなくてはそ ない経営者の企業統治能力の不足とコーポレー の存続は厳しい。 ト・ガバナンス・システムの不足である。 また日本の医薬品産業は歴史的に毎年研究開発 2. 伝統的営業モデルの定義 費に 6000 億円を投じているが ,営業に 1 兆 6000 億 1961 年の国民皆保険の実施により ,日本の医薬 円 ,流通に6000億円を投ずるというゆがんだ経営 品産業の本格的成長が始まった。そして1980年代 資源の投入をしている。日米の研究開発費を比較 末までは高度成長を遂げてきた。そこで形成され すると ,1 ドル ⫽130 円レートで計算しているが , てきた営業モデルは極めて日本的なものであっ 1990 年にはアメリカは 1 兆 920 億円で日本は 5161 た。これを私は「モノ営業モデル」と称している。 億円でその比率は約 2 対 1 であり ,2003 年ではア それは会社のモノカルチャー(年功序列 ,終身雇 210(106) THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 用 ,売上至上主義)のもと以下の特徴をもつ。 Apr. 2005 ものは決して経営者にはなれない。 (1) モノライン: MR が社の全品目を担当する (10) 重い本社管理機構: 日本の本社には分け こと。欧米では MR は専門領域別に担当し の分からない営業企画をはじめ多く営業支 ており ,これをマルチラインと呼ぶ。 援スタッフが存在していて ,MR の仕事を (2) モノセールス・トーク: プッシュ型の単純 支援するどころか ,むしろ MR の仕事の邪 話法(うちの薬は一番いいので使ってくだ 魔をしている。欧米でも本社スタッフは少 さいという話法)のこと。 数いるが ,それらスタッフの機能がはっき (3) 支店と支店長の存在: 欧米には支店や営 りしている。 業所はない。従って支店長や営業所長は存 そして売上を増やすには ① MRの数を増やして 在しない。お客のこない支店や営業所があ 市場のカバーを増やす ② 支店の営業接待費を増 るのは日本だけである。 やす ③ 卸店へのマージンを増やすといういわゆ (4) モノキャリア: 支店や営業所のヒエラル る医薬品営業の3種の神器が通用していた。この営 キーを上がっていくことがキャリアーで 業モデルは1980年代末まではそれまでのビジネス あって,MR職は通過キャリアーである。欧 環境に適合していた。しかし21世紀のビジネス環 米では専門 MR として市場価値を高めてい 境には適合不能になってきており ,私はこれを最 くことがキャリアーである。 近は「ゾンビ・モノ営業モデル」と称している。 (5) 支店間接人員の存在: 日本には欧米には 存在しない 35000 人もの営業間接人員が存 3. 21 世紀のビジネス環境 在する。 1980年代末までの医薬品ビジネス環境は成長市 (6) 営業本部長・営業企画・支店長のトライア 場,青天上の保険財政,薬価差と大量消費,市場区 ングルライン: 日本ではこの軸で営業をま 分は病院と開業医の区分のみ ,地域には地域卸店 わしている。欧米では領域別ビジネス・ユ が存在するという ,まさにモノ営業モデルの通用 ニットでまわしている。 する環境であった。これが 1990年代にはいり ,バ (7) マーケティング不在または貧弱 ,プロダク ブル崩壊共に医療費・薬剤費の抑制が強化され,医 ト・マネジャー(以下 PM と称す)の不在ま 薬品市場の成長は横ばい状態に変化していった。 た存在しても単なるセールス・プロモー そして医療機関の機能分化 ,診療報酬定額制の導 ターであり ,欧米では強力なマーケティン 入 ,R 方式での薬価制度や卸店への建値制の導入 部と強力な PM が存在して機能している。 があり ,MR は医療機関と価格交渉をしないこと (8) 営業固定費は管轄外: 営業本部長や支店 になった。MR認定試験も開始された。これらの変 長は人件費や支店・営業所のインフラ費用 化によりモノ営業モデルはその不適合を示すよう に責任がない。欧米では人件費を含むすべ になってきた。しかしなんとか通用するようにも ての費用にビジネス・ユニットが責任を持 みえた。 つ。 (9) 売上と営業変動費にのみ責任: 日本の営 21世紀のビジネス環境変化にはどのようなもの があるか? 以下のとおりである。 業本部長や支店長は利益に責任を持たな ・21 世紀型疾病構造の出現 い。欧米では領域別ビジネス・ユニットが ・医療制度改革(医療機関の機能分化,診療報 利益に責任を負う。利益に責任を負わない 酬包括化,医療保険制度の再編,薬価制度の Apr. 2005 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 改善など) 211(107) 療費負担の増大 ,多発する医療事故などにより患 ・巨大な財政赤字 者の意識は増大してきており ,患者の医療の質へ ・病院の赤字 の要求,個別化医療へ要求が増えてきている。また ・特定機能病院での DPC の導入 このことは医薬品メーカーとしても製品ブランド ・病床区分の進行 や企業ブランドを高めるために DTC 広告(Direct ・国立病院や国立大学での行政独立法人化 to Consumer 広告/医療用医薬品の患者へ直接的 ・医師の卒後研修先選択制の導入 な広告 ,ただし日本では製品名での広告は許可さ ・クリティカル・パスや治療ガイドラインの れていず,疾患啓蒙にとどまる)の実施やウエブ・ 導入 ・社会保険の赤字 ・介護保険の導入・改定 ・縮小していく薬価差 ・分業の進行 サイトの充実 ,広報機能の強化を図らざる得なく なってきている。 (2) 医師や医療従事者よりのより高度な情報 ニーズの増大 今や医師のうち 70% から 75% の医師は MR がよ ・生活改善剤の登場 り高度の専門情報をもった領域専門 MR であるこ ・患者の意識の増大 とを求めている。70%以上の医師はMRが薬物療法 ・医師や医療従事者からのより高度な情報 のパートナーとして医師の持っている症例にたい ニーズの増大 して,自社・他社製品を含めた適正薬物療法の情報 ・ハイテク・プロダクトの登場 が提供されることを望んでいる。MR の全品担当 ・IT 革命とそのインパクト 制では医師のこれらの情報ニーズに対応できなく ・卸業の統合 なってきている。なお私は自社・他社製品を含め ・雇用流動化の進行 た適正薬物療法の情報提供をコンサルティング・ ・グローバリゼーションの進行(患者 ,医師 , プロモーションと称して,実行したことがあり,そ マスコミなど) ・ゲノム創薬の進行とバイオベンチャーの登 場など の有効性をすでに確認している。 (3) ハイテク・プロダクトの登場 最近はハーセプチン,リツキサン,グリベック, 数えあげれば切りがない。これらの環境変化の イレッサなど分子標的抗癌剤という新しいカテゴ うち,21世紀の医薬品マーケティングにもつとも リーの薬が登場してきた。ハーセプチンは転移性 影響を与える環境変化を 「患者の意識の増大」 , 「医 乳癌の治療薬である。転移性乳癌の患者の30%の 師や医療従事者からのより高度な情報ニーズの増 乳癌細胞はその表面にHER2 (人上皮増殖因子受容 大」, 「ハイテク・プロダクトの登場」, 「IT 革命 体タイプ2)を表出しているが,ハーセプチンはそ とそのインパクト」 としてとらえ,これらについて れを分子標的とするモノクロナール抗体の抗癌剤 のみ述べる。 である。HER2を表出していない乳癌には効かない (1) 患者の意識の増大 ので,まず治療前に乳癌細胞がHER2を表出してい 今や患者が医療に大きく影響を与える時代であ るかの診断がされなくてはならない。また正常な り ,医療機関は患者のための医療を目指さざるを 細胞はHER2をほとんど表出していないので,癌細 得ない。高い教育水準,テレビ,本,雑誌,インター 胞も正常細胞も無差別に叩いていた従来の抗癌剤 ネットなどでの豊富な健康情報へのアクセス ,医 のような副作用は少ないのである。この様な分子 212(108) THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 Apr. 2005 標的抗癌剤やまた間節リュウマチの抗体医薬品な るコンサルティング・プロモーションが求 どのハイテク・プロダクトは従来の医薬品に比べ められる。 てはるかに複雑な製品であり ,より専門化した MR のみが扱いうるような事態となってきた。 (3) ハイテック・プロダクトの登場に対しては 領域専門 MR による適正使用・安全性の管 (4) IT 革命とそのインパクト 理の徹底が求められる。また診断情報をも 今や医師のインターネット利用はますます進ん 把握しておくことが求められる。 でできており,2001年末で医師24万に対して77% (4) IT 革命とそのインパクトに対しては e ディ の医師 ,つまり 18.2 万人の医師がインターネット テーリングのみならずより広く e マーケ を活用しているものと推定される。また病院勤務 ティングを計画・実行することが求められ 医ではその 86.5% が ,開業医で 61.2% がインター る。 ネットの活用をしていると推定される。このよう 更にごく最近では対象とする医薬品市場の種類 なインターネットの普及は米国でも同じであり , によってマーケティング戦略を変えるべきことが 日本や米国では MR の物理的訪問を要しない電子 明らかになってきた。つまり , 媒体によるディテーリング,つまりeディテーリン A:マス・マーケット:高血圧・高脂血症・骨粗 グが出現してきた。日本ではソネット・エムスリー しょう症・アレルギー性疾患などのマス市場: 社提供の「MR 君」による e ディテーリング・サー MR の数と宣伝の集中が必要であり ,大競合 ビスと ,ケアネット社提供の e ディテーリング・ の中の相対宣伝比率(シェア・オブ・ボイス) サービスがある。ただしeディテーリングには4種 が鍵となる。更にEBMを実行するための市販 の形態があることに注意すべきである。アポイン 後大規模国際的臨床試験への投資が必要であ トを取りオンラインでビデオ面談をするもの ,時 る。eディテーリングをやるのに最適な市場で 間クッションをおいて電子メールのようにインタ ある。MRはプライマリ・ケア専門MRである。 ラクティブなやり取りするもの ,事前に医師より B:未開拓マス・マーケット:勃起障害,爪白癬, メール・アドレスをいただき,製品の電子紙芝居を うつ病,片頭痛,慢性閉塞性肺疾患など市場そ お見せするもの,PDAに製品情報を落とすものな のものが十分創造されていないマス市場。 どあり,それぞれの使い分けが求められる。日本で DTC 広告が大切で ,また医師啓蒙と患者啓蒙 のソネット・エムスリー社の「MR 君」はインタラ の結合が鍵である。MRは仕掛けMR,キャラ クティブなものであり ,ケアネット社のものは電 バン MR である。 子紙芝居タイプである。 C:ハイテック・ニッチ・マーケット:分子標的 抗癌剤や抗体医薬品などハイテク・プロダク 4. 21 世紀の医薬品マーケティングの方向 トの対象とするニッチ市場:MR の質や高度 このような新しいビジネス環境に適合するに 専門性が求められ,適正使用,安全性の管理が は ,新しいマーケティング戦略とそのため実現の 鍵となる。MR は領域専門 MR である。 ための組織が必要となる。戦略の方向としては , MR は ABC の市場をそれぞれ兼務できないし , (1) 患者の意識の増大に対しては DTC 広告の また兼務すべきではない。これは自明の理である。 計画・実行や広報活動の強化が求められる。 しかし領域別ビジネス・ユニット制を採用してい (2) 医師や医療従事者からのより高度な情報 る外資系大手は別として内資などではこれらの兼 ニーズの増大に対しては領域専門 MR によ 務が平然と行われ,MRは混乱し,顧客からのMR Apr. 2005 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 213(109) の評価を落とし ,売上が低迷している事態がみら 市場創造に成功したいい例である。一方で慢性閉 れるようになってきた。モノ営業モデルはもはや 塞性肺疾患薬,抗不安薬,褥瘡薬,抗うつ薬,片頭 適合しないのである。 痛薬など大ヒット間違いない優れた新薬が市場創 造に不成功で無残な売上の状態を示しており ,そ 5. DTC 広告の展開 れは見事なコントラストである。DTC広告時代の DTC広告の登場は今までの医薬品マーケティン マーケティングとは新しい複雑系のマネジメント グを大きく変える出来事である。今までは医薬品 であり,マーケティングのプロフェショナル,つま 企業は MR を介して医師に対してプロモーション り優れた PM を必要とする。DTC 広告の成功の条 活動するのみであり ,患者に対してのプロモー 件は以下のとおりである。 ション活動はなく,単純な系であった。そして十分 な患者が医療機関にきて受診をしているという前 提であった。これに対して医薬品企業には患者に 対してもDTC広告により患者の病気に対する自覚 (1) マーケティング部があり PM がおかれてい て機能していることが前提である。 (2) 患者も医師も専門医しか知らない新しい 疾患を広告の対象とする。 を促し,受信を促す系が加わるのである。ここでは (3) ある地区を選んでテスト・マーケティング 医師のみが病気の治療法を認識・習得しても対象 をしてその教訓を得て全国展開をする。テ となる患者は来なければ医療行為はできないし , スト・マーケティングの目的は市場創造の また逆に患者が受診に来ても ,医師が病気の治療 臨界点の高さをつかむことにある。 法を認識・習得していなければ患者は医療を受け られないという新しい事態が生じてくる。これは (4) Push 戦略を先にやり医師への啓蒙・医師へ の根回しをしておく。 医薬品企業対医師,医薬品企業対患者,患者対医師 (5) その後患者・一般向けの Pull 戦略を取る。 の三つ巴の系であり,新たな複雑系である。今まで (6) Push 戦略と Pull 戦略の有機的結合をさせ のマーケティングは医師の治療のところのみでの 薬物処方のシェア競争であったが,DTC広告の時 代は患者が病気を認識して受診する流れまでをも みてプロモーション活動をしなくてはならない。 アメリカではすでに1997年よりそれまでの疾患啓 蒙に加えて製品名での DTC 広告が解禁されてい る。 (7) 投入予算額が大きいので上司への事前説 明が必要である。 今後のDTC広告の対象になりうる疾患名を以下 に挙げておく。 (1) 精神障害: る。最近はMRによるプロモーション費を100とす うつ病,パニック障害,強迫性障害,心的外 るとDTC広告費が40以上になってきている。日本 傷後ストレス障害,注意欠陥・多動性障害, では 1 兆 6000 億円の MR のプロモーション費に対 社会不安障害 ,全般不安障害 してDTC広告費は130億円弱でありわずかである。 (2) ライフスタイル軽疾患: しかし日本でのDTC広告費も今後着実に拡大して 男性脱毛症,禁煙,早漏症,肥満症,片頭痛, いくであろう。 過敏性腸症候群 ,腹圧性尿失禁 ,下肢静脈 日本の国内市場において勃起障害薬(バイアグ ラ),緑内障薬(キサラタン),爪白癬薬(ラミシー 瘤 ,月経前不安気分障害 (3) 老人病: ル ,イトリゾール),抗うつ薬(パキシル),イン 認知症,褥瘡,慢性閉塞性肺疾患,過活動膀 フルエンザ薬(タミフル)などは DTC 広告により 胱・切迫性尿失禁,加齢黄色斑変性症,糖尿 214(110) THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 病性黄斑浮腫 (4) 感染症: 性感染症(特にクラミジヤ感染症) Apr. 2005 の仕事に必要な学術系,営業系,管理系の情報をま とめて ,イントラネットに MR 向けのホームペー ジを作成して,MRが自立して自宅から直行・直帰 での顧客訪問を可能ならしめるバーチャル・オ 6. e ディテーリングの展開 フィスである。武田薬品ではこのようなシステム MR による物理的訪問をせずに電子的媒体を介 の導入により訪問顧客数を 25% 上げている。 したディテーリングをeディテーリングというが, このeディテーリングが登場してきた背景は3つ在 る。① MR の物理的訪問の生産性が低下していて 7. モノ営業モデルの問題点と求められる新し い営業組織 その高コストを問題にせざるを得なくなってきた モノ営業モデルの不適合性はより明らかにな こと ② 医師そのものが e ディテーリングを受け入 り,その問題点はますます増大してきている。以下 れ望むようになってきたこと ③ IT の発達により のような問題点がみえてきた。 きわめて低コストの電子的コミュニケーションが 可能になってきたことである。① についてはアメ リカでのデータであるが ,アメリカでは MR 数が 1995 年の 4 万人から 2000 年には 8 万人に倍増した (1) マーケティング不在ため戦略的営業展開 ができない。 (2) 医師の専門 MR 化へのニーズに対応できな い。 が,一日当たりの一般開業医訪問数は4人から2人 (3) 分子標的薬剤や抗体医薬品など高度専門 強に落ちている。つまり約半減である。また同じ 性を要するハイテク・プロダクトに不適合 くアメリカでは MR の訪問時に医者が面談約束を である。 キャンセルするのが43%,2分以内のディテーリン (4) MR には 3 品目以上をアクティブにプロ グが 50%,2 分以上のディテーリングはわずか 7% モーションすることは不可能:3 品目以上 である。② については日本のデータであるが医師 のプロモーションを求められると支店や の9割はeディテーリングが今後普及すると予測し MR が勝手に品目の優先付けをして暴走す ているし ,また MR 君を活用している医者ではや るようになる。 り取りの半分以上が e ディテーリングでよいとす (5) MR は領域専門 MR になることを求めてい る医者が 77% もいる。同じく MR 君活用の医師で るので ,MR が他社に流出するリスクがよ 一番多いのは物理的訪問と e ディテーリングを りでてきた。 半々にしてくれとの医師が多く,43%の医者はこ れを望んでいる。③ 日本でのコミュニケーショ (6) 営業支援の間接人員を含めて高コスト構 造になっている。 ン・コストについふれると MR の 1 コールは平均 (7) 本社と MR の間に多くのヒエラルキーが介 6⬃7分であるが,これに要するコストは15300円で 在するので ,マーケティング戦略や製品戦 ある。MR 君での eディテーリングでは1 コール当 略が現場のレベルまで迅速に徹底できな たり 400 円程度である。つまり IT の発達による い。 e ディテーリングは飛躍的な低コストのコミュニ (8) 次期の経営者が育たない構造をしている。 ケーションを可能ならしめている。 (9) IT 革命による構造改革を阻害している。 e ディテーリングへの取り組みと合わせて推奨 しておきたいのが MReOffice である。これは MR (10) 企業合併効果を阻害している。 (11) 官僚制が蔓延しやすい。 Apr. 2005 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 これに対しモノ営業モデルではさまざま修正が 試みられる。以下のごとき修正である。 215(111) 下の同じような競合製品に対して ,その領域集中 力により,明確な競争優位性を示しており,特に最 (1) 支店に専門領域学術担当を配置する。 近はますますその競争優位性が顕著になってきて (2) 本社に複数の PM グループやマーケティン いる。やがてモノ営業モデルは競争に敗れボロボ グ・グループを置く。 ロになり崩壊していく運命にある。 (3) 本社に複数の学術部を置き ,それぞれに専 門学術担当を置く。 (4) モノライン支店下に専門 MR を担当 ,グ ループ ,または課として配置する。 (5) 営業本部とマーケティング本部の 2 本部制 を導入する。 (6) モノラインとは別に並行して本部長直結 の専門 MR ラインを配置する。 (7) モンラインのヒエラルキーにマルチライ ンをくっつけて配置する。 (8) 病診連携を軸にモノライン下で小規模営 業所をくまなく配置する。 これらに修正はいずれともうまく機能しなく , 営業生産性への向上になんら寄与しないことはす でに実証されているが ,医薬品業界ではこりもせ ず同じ過ちを繰り返している。 モノ営業組織に対して私が提唱している求めら 8. これからの MR 像 これからの MR は全品目担当ではなく ,領域専 門 MR であることが求められる。それは以下のよ うな理由がある。 (1) 医療機関の機能分化が進んでいく。例えば地 域がん診療拠点病院が二次医療圏ごとに設 置されようとしてその設置が進行している。 これに対応するには癌専門 MR でないと医療 機関や医師にとっては受け入れがたい。 (2) 70%∼75%以上の医師はMRが領域専門MR になり ,70% 以上の医者は MR よりコンサ ルティング・プロモーションがなされるこ とを求めている。 (3) 分子標的抗癌剤や抗体医薬品などハイテ ク・プロダクトは高度専門性のある MR で ないと扱えない事態になってきている。 れる営業組織とは領域別ビジネス・ユニット制 (以 (4) MR は 3 品目しかアクティブにプロモー 下BUと称す)である。薬効領域別に自己完結型の ションできないので ,それ以上の品目を求 ビジネスを組織することである。今までの営業本 めると支店や MR が勝手に動き暴走するよ 部制と異なるのは,BUは人件費もインフラ費をも うになる。 含む領域ビジネス内のすべての経営資源に責任を (5) MR は領域専門 MR がより市場価値がある 持ち,従って利益に責任を負うのである。BUでは と思っているので ,領域専門 MR 制を取っ その長に下にラインとしては領域別専門のエリ ている会社に転職するようになる。 ア・リーダーがいてその下に領域専門MR がいる。 (6) 領域専門 MR 制を取ると ,テリトリーの空 エリア・リーダーの主たる仕事はMR 同行である。 きができるという議論がよくでるが ,これ スタッフは PM とそれをサポートするメンバーで はeディテーリングを活用して補間できる。 ある。スタッフは PM がリードしていく。 (7) また医師は 1 つの会社から複数の MR が来 日本でもノバルティス ,アストラゼネカ ,サノ るのを歓迎しないではないかとの心配もさ フィ・アベンティス,日本シェリング,シェリング・ れるが ,むしろ医師は MR 間の横の連絡が プラウなどはBUまたはBUに限りなく近い営業組 とれておれば ,個々の領域専門 MR より 織が採用している。これらのBUはモノ営業モデル 質の高い情報が提供されることを求めて 216(112) THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 いる。 (8) 元々医者は専門領域別に配置されている。 Apr. 2005 て ,共有知の増大に貢献する。 (8) MReOfficeを活用して,医療機関への直行・ これに対して MR が全領域担当などとい配 直帰をして内勤は SOHO 勤務をする。 置は元々無理である。また開業医はプライ (9) やがて将来 MR は個人事業主として MR 業 マリー・ケアの専門医である。元々営業組 をやれるように準備しておく。MR はもは 織の構造は顧客の組織の構造に合わすのが や特定企業の付属物ではなく ,社会的職業 経営の基本である。 人である。それは生命保険におけるライフ・ まだ内資系企業では一部を除き領域専門 MR 制 プランナーに限りなく近い職業である。 を採用していなし ,大部分が支店に領域専門学術 担当を置いて ,全品目担当の MR を支援する方式 9. PM の必要性と求められる新しい PM 像 を取っている。この方式がうまく機能しないこと 元々医薬品企業はいくら大きくなってもプロ は原理的にも歴史的にも実証されているが ,いま ジェクトやプロダクトをベースにしたベンチャー だに続けられている。なお領域専門 MR と非専門 企業である。研究開発では責任と権限を与えられ 領域 MR が同じような薬で競争すればどちらが勝 たプロジェクト・マネジャーがプロジェクトを つかは言うまでもない。 リードしていき ,研究開発を進めていく。営業・ 21 世紀の MR に求められているものは以下のよ うなものである。 マーケティングでは責任と権限を与えられた PM (プロダクト・マネジャー)がプロダクトをリード (1) 患者・障害者への思いやりをもつ。これは していき ,市場導入とその後のフォローをおこな MR だけはなく医薬品企業のトップ・マネ う。PMとは担当製品の社長である。驚くべきこと ジメントはもとより全社員が共有すべきも に内資系企業ではいまだに PM を置いていない企 のであるが ,MR にも欠けてはならない。 業がかなり存在する。PMの代わりの「製品学術担 (2) MR は単なる業者ではなく ,医療のパート 当」と称する担当者を置くのである。この製品学 ナーであり,薬物治療のパートナーである。 術担当制には以下のような問題点がある。 (3) 領域専門 MR であるべきであるが ,会社の (1) 本担当者は主としてプロモーション資材 合併やリストラなどキャリアーの変動に耐 の作成を担当するが ,狭い責任と権限しか えられるため 2 つの専門領域をもつことを 与えられていなく ,製品全体への責任は誰 奨めたい。 も取らない仕組みである。時々関係者が集 (4) 医師の持つ症例に対して ,自社・他社品を まり仲良しクラブのような会議をする。 含めた適正薬物治療を提案するというコン (2) PM がいないので市場導入戦略や戦術が練 サルティング・プロモーションができる。 りぬかれていない。製品学術担当は担当製 (5) 医局や薬局での新製品説明会などで自力 品がいかに優れているかの製品特性のみを でプレゼンテーションができる。 (6) e ディテーリングなど自由におこなえるよ うに IT スキルに強い。 (6) 科学的探究心をもち ,e ラーニングを含め て自己学習ができる。 (7) 自分の知識・知恵を惜しまず仲間と共有し 現場の MR に垂れ流すのである。そこでは 製品の紹介のポイントやおこりうる Q&A は MR に提示されない。 (3) つまり MR は新薬紹介のための情報武装が されず ,MR は竹槍で戦うことになる。 (4) PM がいないので新製品の適用拡大や剤型 Apr. 2005 THE JAPANESE JOURNAL OF ANTIBIOTICS 58—2 追加など製品のライフ・サイクル・マネジ メントに誰も責任を負わない。 (5) 製品学術担当は市場調査や DTC 広告の予 217(113) 今の日本の PM はほとんど(2)のレベルである。 まだ(3)や(4)のレベルにはないが ,(3)と(4)を目 指すべきである。 算はもっていない。これでは戦略的マーケ ティングはできない。 (6) PM は将来の経営者として鍛えられるが , 製品学術担当では経営感覚は育たない。 (7) 結論としては売れるべき新薬が売れない のである。いくら優れた新薬でも優れたPM 10. 求められる新しい医薬品営業モデル 21世紀のビジネス環境に直面していかに伝統的 営業モデルが適合しなくなり ,新しい営業モデル への改革を迫られているかを論じてきた。新しい 営業モデルとは , がいない限り売れなくなってきている。近 (1) 領域別 BU 制 年は特にこの事例が多い。 (2) 領域別専門 MR 制 ただしPMと一口に言っても4つのレベルがある ので注意しなくてはならない。 (1) セールス・プロモーターとしてのPM:これ (3) 強力 PM 制 (4) DTC 広告 (5) e ディテーリング はプロモーション資材を作成・配布したり, (6) コール・センター MRの製品説明会を支援したり,MRに同行 (7) MR 教育用衛星放送 支援をするタイプで PM というよりセール (8) MReOffice ス・プロモーターである。 (9) 無支店・無営業所 (2) オペレーショナル・マーケターとしての (10) 自立したプロフェショナルの文化 PM:ここではマーケティングとは売れる仕 などの要素をもつ営業モデルである。この新しい 組み作りだと理解して ,市場導入のティー 営業モデルの導入により 21 世紀の医薬品マーケ ム・マネジメントをおこない,コングレスの ティングが可能となり花ひらくのである。 準備やキー・リーダーとのコンタクトや交 渉をおこなっている。 2005年はモノ営業モデルの終焉の始まりの年で ある。新しい営業モデルへと改革のできる医薬品 (3) マイクロ・マーケターとしての PM:PM は 企業とそうでない医薬品企業ではその運命は大き 先行して顧客へのマイクロ・マーケティン く変るであろう。改革を目指す者には挑戦的で面 グ(事前ディテーリング)をおこない,それ 白い年であり ,改革を阻む抵抗勢力には惨めな自 をふまえて MR にディテーリング・メッセ 滅が待っている年である。 −ジやQ&Aを用意する。またMRがコンサ ルティング・プロモーションをできるよう に計画・実行する。 (4) 語り部PM:マイクロ・マーケティングの実 行を前提に今日の複雑系時代には欠かすこ とができない言霊(ビジョン,ロマン,価値 など)を語り,同時にeディテ−リングなど の e マーケティングを展開していく。 参考文献 1) 井上良一:「リモデリングが迫られている医薬品営 業・マーケティング」 『PHARMSTAGE』2001 年 6 月 号 技術情報協会 2) 井上良一:「第 3 章 営業・マーケティングの構造 改革」『日本医薬品企業の構造改革』薬事日報社 , 2002 年 3) 井上良一: 「複雑系マーケティング」 『Monthlyミクス』 エルゼビヤ・ジャパン ,2004 年 4 月∼ 10 月連載
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