東日本大震災における避難所での医療活動の実態と課題

2.東日本大震災における避難所での医療活動の実態と課題
岩手医科大学災害医学講座
赤
坂
博
はじめに
東日本大震災の特徴は、①救命医療を必要とする重症外傷患者が少なかった一方
で、大津波により多数の死者・行方不明者が出たこと、②ライフラインの壊滅的被害に
より被災者の衣食住の確保が必要となったこと、③停電・通信インフラの障害・交通網
の遮断・ガソリン不足などが被災県を越えた広域におよび、後方支援の大きな障害と
なったこと、などが挙げられる。
岩手県では、DMAT による活動以降、現地での現状把握や医療活動を展開していた
岩手県医師会、岩手県歯科医師会、自衛隊、日本赤十字社岩手県支部、国立病院機
構、岩手医科大学、岩手県保健福祉部などが中心となり、3 月 20 日に「いわて災害医
療支援ネットワーク」が立ち上げられた。沿岸被災地への後方支援という限られた枠組
みの中であったが、連日の情報交換と対応の協議を通して、結果的に多様な活動を展
開することができた。
本稿では、岩手県における避難所での保健医療活動の現状とそれに対する取り組
みを整理し、今後の大規模災害時におけるそのあり方を検討する。
1.避難所における医療ニーズと医療活動の概況
今回の震災では、津波による浸水が広範囲に及んだことにより、多数の住民が避難
を余儀なくされた。岩手県では、被災直後の 3 月 13 日をピーク(避難者数 54,429 名、
避難所数 399 箇所)として、6 月からはライフラインの復旧と仮設住宅への移転等にとも
ない避難者数が徐々に減少し、一部の避難所では 10 月 7 日まで避難が継続した。ま
た、自宅等で生活するもののライフラインや物資に関しては支援を必要とする「在宅避
難者」も存在した(図、文献 1)。
図.岩手県における避難者数の推移(文献 1 より引用)
地震・津波直後の外傷等に対する救命活動以降も、多様な医療ニーズが生じ、避難者の中
には、高血圧、糖尿病、心疾患、がん、精神疾患、透析や在宅酸素療法などを必要とする患
者、さらには妊婦や新生児、認知症患者、障害者、外国人などの要援護者がいた。また、長
引く避難所生活には、感染症、うつ・PTSD・アルコール依存症等の精神疾患、生活不活発
病、エコノミークラス症候群(静脈血栓症)等の発症が懸念された。
もともと DMAT の活動期間は超急性期(概ね 48 時間)が想定されていたが、災害拠点病院
をはじめ沿岸の医療機関に甚大な被害を受けたこと、通信インフラや交通手段の確保に障害
があり医療ニーズの把握がままならない状況にあったこと、医療物資の供給が遅れていたこ
と、医療チームの派遣調整に困難が生じていたことなどから、通常の活動期間を延長し、3
月 19 日まで約 600 名 120 チームの DMAT が投入された。そこでは、花巻空港に開設された
SCU を拠点とした広域搬送や災害拠点病院への後方支援に加えて、避難所内の救護所活動が
行われた。
DMAT から引き継ぎを受けた「いわて災害医療支援ネットワーク」では、救護班の派遣調
整、医薬品・医療資器材の供給、避難所衛生支援活動、採血検診事業(後述)、こころのケア
活動などを展開した(文献 2)。一方、沿岸被災地では、救護班をはじめ、保健師チーム、ここ
ろのケア、運動・リハビリテーションチーム、NPO・NGO、ボランティアに至るまで、全国
から集まった様々なチームが一度に大量に支援に入ることとなった。保健所や災害対策本部
がそれらチームの窓口となったが、住民台帳が失われ避難所も点在し、要援護者がどこにい
るのかも分からず、現状やニーズの把握もままならない中で、外部からの支援をコーディネ
ートするには多大な労力を要することとなった(文献 3)。
そういった状況下で、様々な制約もありながら、地域をよく知る医師や行政担当者が中心
となり、保健を含む医療チームのミーティングが行われた。地域の区分を行い、規模の大き
い避難所には常設の救護所を設置し、その都度チームから上がってくる情報を集約して、活
動が途切れないようにローテーションでチームを派遣することとなった。また、災害拠点病
院では、院内のベッドコントロールと広域搬送の調整を行うことで救急の受け入れ体制を維
持し、避難所等から搬送される患者に対応した。職員の中には津波の犠牲になった方もおり、
活動を続けた職員も自宅を流されたり家族を失ったりと自ら被害を受けていた。
このように、DMAT 以降の体制が比較的安定するまでのおおよそ 1 か月の期間、被災地内
外では様々な活動が展開されたが、通信インフラや窓口となる市町村の直接的被害により、
内外の情報共有や支援の協働という面では大きな課題を残すこととなった。
2.避難所生活環境のアセスメント調査から
発災 1 か月後では、40,000 人以上の住民が避難所生活を続けていた。もともと岩手
県の沿岸部は漁業が主産業の地域であり、その再開を見込み、「地元を離れたくない」
という声が多く聞かれていた。また、リアス式海岸という入り組んだ地形で、仮設住宅
用地の確保には困難が予想されており、長引く避難所生活をいかに支えていくかが課
題となっていた。
100 人以上を抱える避難所 52 箇所を対象に我々が行った調査では、学校を利用した
ものが 59.6%、公民館・コミュニティーセンターが 21.2%となっており、多くの避難者が
体育館や教室を居住スペースとしていた。ライフラインに関しては、1 か月後で水道は
約 7 割、電気は約 9 割が復旧した。避難所の規模、避難者の年齢層、市町村職員やボ
ランティアの関与の程度など様々であった。当初、懸念されていた慢性疾患等を持つ
患者の医療、妊婦や新生児、障害者など要援護者に関するニーズは、この調査では
前面には出てこなかった。救護活動が継続したこと、要援護者の内陸・県外避難が進
んだこと、避難所への様々な支援が展開されたことによるものと思われる。その一方
で、日中の避難所生活者の大部分を占める高齢者が、少しでも意欲を持って生活で
き、少しでも安全・安心を感じられるコミュニティーを作ることが課題と考えられた。
今回の調査では、避難所の規模や避難所に含まれる高齢者の割合に関わらず、もと
もとのコミュニティーのリーダーが避難所にいること、生活空間がグループ分けされて
いること、人数は少なくても多くの業務にボランティアが関わることなどが、避難者の生
活環境整備への積極性と関連することが示唆された。地域の自治会長等がリーダーと
なった避難所では、受付から避難者名簿の管理、調理と配食、支援物資の整理、掃除
など生活環境の改善と維持に取り組んでいた。災害時の支援を考える時、その視点は
「公助」に偏りがちだが、「共助」が多くの避難者を支えていたことは注目すべきである。
次第に、仮設診療所が開設され後方支援が継続され、地域の保健医療活動は、地
域医療の復旧・復興という次のステージに移行した。
3.避難所生活がその後に及ぼす影響
ー検診事業から分かることー
いわて災害医療支援ネットワークでは、被災地における食生活の制限、運動不足に
よる生活習慣病ハイリスクの状態や凝固系亢進状態の調査と疾患予防を目的として、
避難所を巡回し、避難所避難者、自宅避難者等を対象に、問診、血圧測定に加えて、
血液凝固機能や HbA1c 採血を含めた検診を行った(文献 4)。
対象となった受検者は、平成 23 年 3 月 23 日から平成 23 年 6 月 23 日までの期間で、
1,435 名(64.9±11.8 歳)で、陸前高田市、山田町、大槌町で実施された。実施に際して
は、検診スペースの確保や避難者への周知など、避難所の運営に関わる地域の方々
をはじめ多大な協力をいただいた。
避難所では高血圧の出現頻度が高く、これまで高血圧を指摘され内服治療中であっ
た患者では 74%がⅠ度高血圧以上であり、これまで高血圧を指摘されていなかった健
常者でも 46%にのぼり、この状況は発災後 3 か月にわたって続いた。一方、凝固系の
更新を示す D-ダイマー(D-dimer)異常は、自宅避難者の 30%、避難所避難者の 45%
に認め、狭い空間に避難し、運動不足が予想される避難所避難者で著しかったが、発
災 1~3 か月にかけて改善していった。避難者では、カップ麺や菓子パン中心の食生活
を反映し、高コレステロール血症、高 LDL 血症の頻度も高く、コレステロール値、LDL コ
レステロール値は、避難期間が延びるにつれて少しずつ上昇していった。
高血圧・高脂血症は、心・脳血管障害、認知症等の危険因子であることが知られてお
り、震災による精神的なストレスとともに、今回の検診で明らかになった避難者の身体
的ストレスへの暴露が、将来的にこれらの疾患の発症にどのようにかかわるか、フォロ
ーしていく必要がある。現在、岩手医科大学公衆衛生学講座が中心となり、被災市町
村における検診事業と併せて前向き大規模疫学調査を実施している。
4.今後の保健医療活動のあり方
内閣府の中央防災会議では、今後我が国で起こりうる首都直下地震、東海地震、東
南海・南海地震等を想定した防災対策の重要性が指摘されている(文献 5)。その中で
も、災害時の医療体制、特に後方支援のあり方が大きな課題となっている。
東日本大震災のような大規模災害では、通信網が遮断され市町村も直接被害の対
象となるため、被災地の被害状況やニーズを把握した上での支援を行うことは困難で
ある。そのため、安定してニーズにもとづく支援が行える状況になるまでは、DMAT の
ようにあらかじめ体系化された支援を行うことが必要となる。特に、今回の震災では、
各方面からの問い合わせと申し出や直接現地入りした医療支援チームへの対応が市
町村担当者に集中することとなった。岩手県では「いわて災害医療支援ネットワーク」
が県災害対策本部に設置され、ある程度外部からの支援の組織化を進めたが、今度
の災害においても必要であることは論を待たない。具体的運用を検討することが急務
である。
後方支援を円滑にするためには、現地の担当者をコーディネーターとして位置付ける
だけでなく、コーディネーターをバックアップする仕組みが必要となる。岩手県では県庁
所在地が内陸にあり、沿岸との情報共有に大きな課題を残した。発災後対応に追われ
るコーディネーターとのやりとりに関しては、衛星電話など通信手段の確保だけでは不
十分だと思われる。例えば、被災直後に都道府県の災害対策本部からサポート役を派
遣しコーディネーターと接触し活動をともにして必要最低限の情報収集をする、状況を
本部に報告してその後続いていく後方支援の足場を作るなど積極的な関わりがなけれ
ば、混乱した状況下でいくら資源を投入してもさらなる混乱を招く恐れがある。また、こ
ういった仕組みを防災計画の中に盛り込むだけでなく、いざという時に活用できるよう
周知しておくことが求められる。
震災以降に新設された岩手医科大学災害医学講座では、現在、震災時の様々な資
料やデータを集積し、今後の大規模災害時の対応のあり方について検証を進めてい
る。今後、上記のような教訓をふまえて提言を行っていきたい。
文
献
1) 岩手県:東日本大震災津波に係る災害対応 報告書.2012
(http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?cd=37172)
2) 小林誠一郎ら:岩手県における医療支援の取組みー東日本大震災におけるいわて災害医療
支援ネットワークの活動ー医学のあゆみ、238(9): 873-876
3) 岩室紳也、佐々木亮平:東日本大震災(陸前高田市)の教訓.國井修編:災害時の公衆衛生ー私
たちにできることー2012
4) 高橋智:岩手県の被災状況とその対応ー高齢認知症者のケアを中心にー.老年精神医学雑
誌、23(2): 150-154 2012
5) 中央防災会議:東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会
報告.2011(http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/higashinihon/houkoku.pdf)