地球温暖化物質[PFC’ s]の超高感度測定技術 地球温暖化物質 [PFC’ s]の超高感度測定技術 Ultra-Sensitive Measurement Technology for Greenhouse Gases [PFC’s] 上 林 志 朗* Shirou Kanbayashi 大 森 瑞 代* Mizuyo Ohmori 要 旨 地球温暖化係数(GWP)が二酸化炭素に比べて非常 に大きいことから, 排出量削減の必要性が指摘されて いる PFC’ s 及び NF3,SF6 ガスについて,電子デバイス 製造プロセスからの実排出量をモニタリングするため の高感度かつ高精度の測定技術を確立した。この技術 の確立により,効率的な削減対策が推進できるように なる。当該技術は,コールドトラップ法を応用した低 沸点 PFC’ s(CF4,CHF3,C2F6)及び NF3,SF6 混合ガ スの高効率で再現性の良い濃縮手法とオンカラムでの クライオフォーカス及びオリジナルPLOTカラムを用 いた濃縮混合ガスの成分分離を特徴とする。定量分析 においては,0.1ppb から最大 1000ppb までの濃度域で 相関係数 0.99 以上の精度で検量線が得られ,ppt から ppmレベルの広濃度域での定量が可能であることを確 認した。 Recent research, citing global warming potentials (GWP) that greatly exceed that of carbon dioxide, has pointed out the need for reducing the emission of PFC’ s and other gases, such as NF3 and SF6. In response, we have established an ultra-sensitive, highly precise measurement technology to monitor these levels at the production site of electronic devices. This system makes it possible to compile up effective measures to reduce the emission of those substances. The technology features a highly efficient and repeatable concentration technique which applies the cold-trap method to composite gases with a low boiling point: PFC’ s (e.g., CF4, CHF3, and C2F6), NF3 and SF6. It also features the separation of the composite gases into their components using on-column cryofocus and an original PLOT column. Quantitative analyses confirmed that, in a range from 0.1 ppb to 1000 ppb, this method was able to establish a calibration curve with a correlative coefficient above 0.99, * 環境安全本部 環境技術センター 米 田 久 仁* Kuni Yoneda and that it was also able to measure concentration levels over a wide range, from parts per million to parts per trillion. まえがき 地球温暖化防止京都会議 (COP3)において,温室 効果ガスに係る排出削減目標が定められ, 化学的に安 定で大気中の寿命が長く, 地球温暖化係数が二酸化炭 素の数千から数万倍程度と非常に大きい PFC’ s 及び NF3,SF6 ガス等についても排出抑制が求められるよ うになった。電子デバイス産業においては,PFC’ s及 び NF3,CF6 ガスをドライエッチング工程の反応ガス 及び CVD(化学気相成長)装置等のクリーニングガ スとして使用している。よって,これらガスの実排出 量に関するデータの把握及びプロセスの高効率化,回 収・再利用及び分解などの排出抑制対策が模索されて いるが,PFC’ s 等の排出量を推定するための物理的モ ニタリングも含め,現状では技術的に確立されたもの がない状況にある。特に,電子デバイス製造プロセス の排出ガスは,窒素ガス等により希釈除害処理後,大 気に放出されるため,排出ガス中には未反応若しくは プラズマにより再合成された PFC’ s 及び NF3,SF6 ガ ス等が低濃度で混在することから, 混合ガスを成分分 離し, 高感度かつ高精度で測定できる技術が求められ ている。本稿では,コールドトラップ法を応用した濃 縮手法を用いて,排出ガス中におけるPFC’ s及びNF3, SF6 の混合ガスを高感度かつ高精度で定性,定量分析 できる測定技術を開発したので報告する。 1 . 測定対象物質の特定 電子デバイス産業においてドライエッチング工程や CVD(気相成長法)装置のクリーニング工程等で広く 使用され,その使用量も多いとされるPFC’ sガス等の 中から,地球温暖化係数が二酸化炭素に比べて著しく 大きい表1に示す5種類を測定対象ガスとして,測定 技術の開発を行った。 ― 11 ― シャープ技報 第73号・1999年4月 表1 大気中での平均寿命と地球温暖化係数 Table 1 Atmospheric lifetimes and global warming potential. Compound Lifetime (year) GWP 100 CO2 200 1 CF4 50000 6300 C2F6 10000 12500 CHF3 250 9200 SF6 3200 24900 NF3 740 8100 図1 大気濃縮− GC/MS システムの構成 Fig.1 Construction of atmosphere concentration-GC/MS system. 2 . 大気濃縮− GC/MS システムの概要 分析装置は, 図1に示すガスクロマトグラフ−四重 極質量分析計[日本電子社製,JMS-AM Ⅱ 50]にキャ ニスター濃縮装置[Tekmer 社,AutoCan]を接続した 大気濃縮− GC/MS システムを使用した。また,分析 方法は, キャニスターに充填した試料ガスの一定量を トラップチューブに濃縮し, ガスクロマトグラフ−四 重極質量分析計で定性,定量分析を行う。以下にこれ らの分析工程を示す。 (1)試料ガス濃縮 キャニスター中の試料ガスを液体窒素冷媒によって 冷却したトラップチューブに除湿(モイスチャーコン トロールシステム)しながら一定流量で供給し,当該 トラップチューブに濃縮する。 (2)トラップチューブパージ 燃料ガスと同時に濃縮された炭酸ガス等を, トラッ プチューブを加温しながらパージガスを流して除去す る。 (3)トラップチューブ加熱脱着 試料ガスの濃縮されたトラップチューブを一定時間 加熱し,濃縮対象成分を加熱脱着する。 (4)再濃縮(クライオフォーカス) トラップチューブから加熱脱着された濃縮対象成分 を再濃縮し,急速加熱脱着することにより,対象成分 を狭いバンド幅でガスクロマトグラフへ導入する。 (5)GC/MS 分析 ガスクロマトグラフで濃縮対象成分を分離し, 質量 分析計により定性,定量分析を行う。 3 . PFC’ s 及び NF3,SF6 の濃縮 3・1 トラップチューブによる濃縮 という)を高効率で再現性良く濃縮するためのトラッ プチューブの種類と濃縮条件等について検討した。 この結果,粒径 60 ∼ 80 メッシュのグラファイト カーボンブラック吸着剤を約 0.8g 充填したトラップ チューブを, 次の諸条件で適用することが最適である ことを確認した。 (1)試料ガス導入条件 (a)濃縮試料ガス量及び導入流量;5ml∼500ml, 5 ∼ 65ml/ 分 (b)トラップチューブ冷却温度;約 -180℃ (2)トラップチューブパージ条件 (a)パージガス流量及び時間;8ml/ 分,1分間 (b)トラップチューブ加温温度;約 -65℃ (3)加熱脱着条件 (a)トラップチューブ加熱温度;約 220℃ (b)脱着時間;5分間 3・2 再濃縮(クライオフォーカス) 従来の再濃縮法であるシリカチューブのコールドト ラップでは, トラップチューブから加熱脱着された濃 縮対象成分のブレークスルーを防ぐことができない。 このため, コールドトラップと吸着の相乗効果によ り,濃縮対象成分を完全にトラップし,対象成分をよ り狭いバンド幅でガスクロマトグラフへ導入できるオ ンカラム再濃縮法を確立した。また,当該方法及び条 件については,液体窒素冷媒で約-185℃に冷却した分 析カラムの先端部[4∼7cm程度]にトラップチュー ブから加熱脱着された濃縮対象成分を再濃縮後,当該 先端を約220℃まで急速加熱し3分間の脱着を行いガ スクロマトグラフへ導入することが最適であることを 確認した。 PFC’ s 及び NF3,SF6 の混合ガス(以下 PFC 混合ガス ― 12 ― 地球温暖化物質[PFC’ s]の超高感度測定技術 4 . PFC 混合ガスのガスクロマトグラフ分析 4・1 PFC混合ガスの分離 PFC混合ガスは,何れも低沸点という物理的性質を 有するため, 揮発性の非常に高い化合物に対して高い 分離能をもつ PLOT(Porous Layer Open Tubular)カラ ム等の各種について分離検討を行ったが, 既製カラム による PFC 混合ガスの分離は困難であった。そこで, 分離に必要な保持容量の確保及び高精度の流量制御を 目的としたオリジナル PLOT カラムの作成を試みた。 この結果,スチレンジビニルベンゼンポリマーの PLOT カラム[2 × 25m ×φ 0.32mm]とメチルシリコ ンヒューズドシリカキャピラリーカラム[9m ×φ 0.2mm]を連結して作成したオリジナル PLOT カラム により,PFC混合ガスを適正に分離できることを確認 した。この時,ガスクロマトグラフのオーブン温度は 35℃の恒温で,カラムヘッド圧力は 110kPa である。 4・2 試料ガスの充填圧 図2に示す,充填圧が約 24.8psi[ゲージ圧]の PFC 混合ガスの濃縮分析クロマトグラム(TIC)より,濃 縮不純物成分[図2の○部分]が CF4 及び NF3 のピー クを干渉することがわかった。 これは,キャニスターのガス充填圧が濃縮工程で, トラップパージ効果に影響を与えた結果であると予想 されたため,キャニスターのガス充填圧を約 25 ∼約 13psi まで段階的に減圧し,各充填圧における濃縮分 析クロマトグラム(TIC)を比較,検討した。この結 果,図2から確認できるように,当該容器の充填圧力 を 18psi 以下に調圧することで,濃縮工程におけるト ラップチューブパージが効果的に作用し, 濃縮不純物 成分[図2の○部分]が抑制されることを確認した。 従って,当該分析に供する試料ガスの容器充填圧 は,クロマトグラム上における不純物成分による妨害 ピークを抑制するために 15 ± 3psi の範囲に調圧する ことが必要である。 以上の方法により,PFC混合ガスを濃縮分析した時 のクロマトグラム(TIC)及びマスクロマトグラムを 図3に示した。図3においては,CF4,NF3,C2F6,CHF3 及び SF6 の各ピークが完全に分離し,高感度で検出さ れていることが確認できる。 図2 キャニスターの充填圧とクロマトグラムの関係 Fig.2 Relation of chromatogram to charge pressure of canister. 図3 PFC’ s 及び NF3,SF6 混合ガスのクロマトグラム 5 . PFC混合ガスの質量分析 Fig.3 Chromatogram for PFC’s, NF3 and SF6. 5・1 質量分析 質量分析は,電子衝撃イオン化法(EI)によってス キャンモードで行い,測定質量範囲は,33∼150[amu: atomic mass unit]とした。その他の主な条件は,イオ ン化電圧 70eV,電子増倍管電圧 700V,イオン源温度 220℃,インターフェース温度250℃であり,スキャン スピードは 300msec とした。 ― 13 ― シャープ技報 第73号・1999年4月 質量分析方法には, 複数の分析対象成分の質量数に 対応する出力信号を時分割方式で取り込む方法 (SCAN 法)と一つの分析対象成分の質量数に対応す る出力信号のみを連続的に取り込む方法(SIM 法)が あり,より高感度の分析が必要である場合には,SIM 法を用いる。 5・2 定量イオンの選択 検量線の作成に用いる定量イオンは, 測定対象ガス のマススペクトル上の各種イオン中で, 相関性の最も 高い検量線を示すイオンを選択することにより, 高精 度の定量分析が可能となる。 本分析では, 表2に示すように各マススペクトルの 中で,より直線性のある検量線を示す CF4[50amu] , NF3[71amu] ,C2F6[50amu] ,CHF3[50amu]及び SF6 [108amu]のイオンを定量イオンとした。 表2 PFC’ s 及び NF3,SF6 ガスの定量イオン Table 2 Quantitative ion for PFC’s, NF3 and SF6. Compound CF4 C2F6 CHF3 SF6 NF3 図4 検量線の相関係数 Quantitative ion Monitored ion Ratio (amu) (amu) (Qion/Mion) 50 [CF2+] + 50 [CF2 ] + 69 [CF3+] 12% 69 [CF3+] 10% + 50 [CF2 ] 69 [CF3 ] 15% 108 [SF4+] 127 [SF5+] 10% + 71 [NF3 ] + 52 [NF2 ] 32% 5・3 測定技術の適用濃度範囲 本測定技術の適用濃度範囲について検証した結果, 超低濃度域の 0.1 ∼ 10ppb と低濃度域の 10 ∼ 1000ppb に区分して,検量線を作成する必要のあることがわ かった。この場合,個々の濃度域における濃縮ガス量 は超低濃度域を 500ml,低濃度域を5 ml とする。 図4に, 超低濃度域の濃縮分析結果に基づき作成し た各検量線[濃度とイオンのピーク面積値]を示す。 何れの相関係数も0.99以上であり,良い相関を表して いる。 以上のことから, 本分析方法は試料ガスの導入量を 調整することにより,ppt ∼ ppm の広濃度域で,高精 度の定量が可能であることを確認した。 Fig.4 Correlative coefficient of the calibration curve. についても高効率で再現性良く濃縮でき, 濃縮対象成 分を成分分離し, 質量分析計を用いて高精度かつ高感 度の定性,定量分析を行うことができる。従って,地 球温暖化への影響が指摘される PFC 混合ガスが低濃 度で混在するような排出ガスの実態調査並びに一般大 気中におけるモニタリング等に広く応用できる。ま た,本分析方法の濃縮工程は,放出される全弗素化化 合物類及びその混合物の分離回収及び再利用分野にも 適応できる。 謝辞 本測定技術を開発するにあたり, ご協力頂きました 関係各位に深く感謝致します。 参考文献 1) John Langan, Peter Maroulis, Robert Ridgeway,“Strategies for greenhouse Reduction” , SOLID STATE TECHNOLOGY, July (1996). 2) Taiji Hashimoto,“Process Gas Recycling System”, 第5回国際 半導体環境安全会議報告書,(社) 日本電子機械工業会電子デ むすび バイス環境安全委員会, pp.192-194 (1998). 3) 日本電子株式会社, “有害大気汚染物質の分析-容器採取法を 以上,報告したように本稿のPFC混合ガスの超高感 度測定技術は,特に低沸点である CF4 及び NF3 のガス 用いて-” ,分析機器 ユーザーズミーティング資料, 97, pp.20-25 (1997). (1 99 9年1月2 2日受理) ― 14 ―
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