レーザー光による計測・分析技術の開発 1. はじめに レーザー同位体分離、レーザー計測を主テーマとして研究を進 めてきた。レーザー光の周波数を原子や分子の遷移周波数に同調 すると特定の原子や分子を選択的に励起できる。選択励起はレー ザー同位体分離の重要なプロセスであり、また微量成分分析に広 く利用されている。レーザー同位体分離の研究では、Gd、Zr、B などを対象として原子分子の分光学的データを測定するととも に、選択励起の高効率化をめざして、各種励起法とそのダイナミ クス、非標的同位体との近共鳴相互作用が選択励起に及ぼす効果 などを研究してきた。レーザー計測では光反応や電気放電などで 生じる反応生成物を選択励起を利用して検出する方法について 研究し、水中のハロゲンイオンや絶縁ガス中の不純物を高感度で 検出する技術を開発している。 【図1:3 本の直線偏光レーザーを用いた同位体分離実験】 は3本の直線偏光のレーザー光を照射して奇数の質量数を持つ 図1:3 本の直線偏光レーザーを用いた同位体分離実験 同位体を分離する実験結果である。各運動量量子数が J=2、1、 2.2 1、0となる遷移経路を利用した場合、(a)偏光方向が異なって 近共鳴効果と同位体分離性能 いるとすべての同位体が電離されるが、(b)偏光方向をそろえる と奇数の同位体のみを電離できる。さらに(c)同位体シフトを併 原子法レーザー同位体分離プラントでは複数のレーザーパルス 用すると一つの同位体を分離できることを示している。 が金属蒸気中を長距離伝播する。レーザー光は標的となる同位体 原子の遷移周波数に共鳴しており、非標的同位体原子とは同位体 2. レーザー同位体分離の研究 シフトだけ離れた近共鳴状態にある。伝播とともにレーザー光は 標的同位体の励起や電離によりエネルギーを失うが、非標的同位 2.1 レーザー同位体分離プロセス 体との近共鳴相互作用によって波形、周波数、空間分布が伝播と 原子法レーザーウラン濃縮法のシステム設計に資することを目 ともに変化する。 的として、原子の多段階光電離プロセスを実験およびシミュレー 近共鳴相互作用は原子蒸気の非線形屈折率とその分散に依存 ションの両面から研究してきた。基底準位と準安定準位を利用す し、レーザー光の伝播遅れ、パルス波形の急峻化、自己位相変調 るΛ型励起におけるコヒーレントトラップ現象とその抑制法、超 などを誘起する時間的な近共鳴効果と自己収束、自己発散、ビー 微細構造を有する原子の励起に有効な周波数チャープパルスを ムブレークアップを引きおこす空間的な近共鳴効果に大別でき 用いる断熱高速通過法、核スピンの有無による遷移の選択則の違 る。これらの効果が標的同位体の励起・電離特性に及ぼす影響を いを利用した多段階励起法などを解析し、効率よく原子を電離す 評価するためシミュレーションコード CEALIS-P を開発し、同位 る条件を明らかにした。また多段階光電離法を利用した Gd や Zr 体分離特性を解析してきた。CEALIS-P は2つの同位体原子を含む の同位体分離、赤外多光子解離法による B 同位体分離のプロセス 3 段階光電離系において、レーザーパルスの伝播と原子の励起プ についても研究を行っている。 ロセスを同時に計算するコードである。 1 図2:空間的にリプルを持つレーザーパルスの伝播特性 計算結果の一例を【図2:空間的にリプルを持つレーザーパル 図3:近共鳴効果によるイオン化率の減少 スの伝播特性】に示す。レーザーA、B は選択励起段、中間励起段 に対応し、それぞれのレーザーパルスの時間、空間強度分布が伝 果に関しては、レーザー光の伝播遅れに対する解析式と波形変形 播とともにどのように変化するかを示したものである。入射レー に対するモデルを用いてイオン化率の伝播距離依存性や必要な ザーパルスの時間、空間分布はスーパーガウス型で、選択励起段 入射レーザーエネルギーを算出しうる簡易公式を導き出し、レー には空間的にリップルをもたせた。伝播距離は規格化距離 Zeff ザー光の利用効率を最大にするレーザーパルス幅を評価できた。 =βNZ/Nphoton で与えてある。ここにβ、N、Z、Nphoton はそれ 空間的な近共鳴効果に対する比例則についても研究を継続して ぞれ標的同位体の自然存在比、原子蒸気密度、実際の伝播距離、 いる。 入射レーザー光の光子密度をあらわす。選択励起段のレーザーパ 3. レーザーによる微量分析 ルスの伝播速度は光速より遅く、伝播とともに2つのレーザーパ ルスの時間的な重なりが減少する。また、選択励起段の空間的な 3.1 強度リプルは伝播とともに成長し、中間励起段のレーザーパルス にも強度分布にリプルがあらわれる。Zeff=0.76 では2つのレー 水中ハロゲンイオンの定量分析 原子力発電所冷却水には不純物濃度を ppb 以下に抑えた超純水 ザーパルスは時間的に完全に分離してしまっている。 が用いられており、水質管理基準にしたがって監視、制御されて 【図3:近共鳴効果によるイオン化率の減少】に標的同位体原 いる。不純物の分析は主として化学的手法によりオフラインで行 子のイオン化率が伝播距離とともに変化する様子を計算した結 われ、不純物の種類によっては濃縮が必要になっている。これに 果の一例を示す。図中□印は近共鳴効果を考慮しない場合、○印 代わる方法としてレーザー誘起蛍光法が開発され、金属イオンの は時間的な近共鳴効果、すなわち選択励起段レーザーパルスの伝 検出が可能となっているが、ハロゲン元素には適用できない。そ 播遅れのみを考慮した場合、△印は空間的な近共鳴効果、すなわ こで光電子放出反応を利用したハロゲン元素の定量分析法を開 ち空間強度分布リプル成長の効果をも考慮した場合の結果であ 発した。 る。近共鳴効果がない場合、伝播に伴いレーザーエネルギーが減 ハロゲン元素は水中では負イオンの形で存在し、紫外域に吸 少するためイオン化率は低下する。近共鳴効果があるとイオン化 収帯をもっている。例えば塩化物イオン Cl-は 174nm に吸収ピー 率の低下はより顕著になり、有効伝播距離はこの例の場合半分程 クがあるが、190nm 以下の波長域では水自体による吸収が大きく、 度に減少している。このように同位体分離プラントの設計に際し 単純な光吸収法は適用できない。ArF レーザー光(193nm)を照射 ては非標的同位体原子による近共鳴効果を十分考慮することが すると Cl- + hν → Cl + e- 重要である。 シミュレーションコードを用いた解析はレーザー光の伝播効 Cl + Cl- → Cl2- 果をとり入れて同位体分離性能を評価するのに極めて有効であ の反応が誘起され、Cl や Cl2-が生成される。これらはそれぞれ るが、最大の欠点は計算に長時間を必要とすることである。この 320nm、340nm に吸収ピークがある。 ため、シミュレーションによる解析結果を援用しながら、近共鳴 上記の光反応は ns~ms の過渡的な現象であるが、フラッシ 効果を解析しうる比例則の導出を試みている。時間的な近共鳴効 ュホトリシスの手法により生成物の吸光度が測定可能で、Cl- 2 イオンの定量分析に適用できることを明らかにした。吸光度測定 用に He-Cd レーザー(325nm)を用い、多重反射型の吸収セルを 導入したとき、Cl-イオンの検出限界として 15ppb が得られた。 この方法の特長はオンラインモニタリングが可能であるこ とで、Cl-以外にも Br-、I-、SCN-、SO42-などの定量分析に適用 できる。 3.2 SF6 分解生成物の検出 SF6 ガスは化学的に安定であり絶縁耐力が高く、高電圧機器内の 絶縁材として広く利用されている。しかしながら長期間の使用に おいては過熱や放電により分解生成物が生じることが知られて いる。TEA CO2 レーザーを用いた光音響分光法により分解生成物 検出試験を実施中である。 【図4:SF6 の放電による光音響スペク トルの変化】に He と SF6 の混合ガス中で放電を行わせた場合の 図4:SF6 の放電による光音響スペクトルの変化 光音響スペクトルの変化を示す。放電によって 9.6μm 帯の長波 長側で大きな信号の変化が観測されており、分解生成物による信 号であると予測している。ガスクロマトグラフによる分析では SO2、SF2O2、SF2O などの存在が検出されており、光音響信号の詳 細についても検討を続けている。 3
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