放火はなぜ増えたのか?−失業が放火に与える影響 富山大学 経済学部 経済学科 澤井 拓矢 1.イントロダクション 出火件数の中で放火は出火原因が近年連続1位でとても深刻である。放火は 毎年全火災の約13%∼15%を占める状況で、火災による被害を少なくする ために放火原因を解明することは、極めて重要なことである。消防白書による と発生源についての指摘が行われてきたが、根本的な放火の原因についてはま だまだ解明されていない点が多いのが現状である。この放火の原因の一つは心 理的要因、もう一つは経済的要因の大きく二つの点に分けて考えることができ る。心理的要因としては、例えば、他人への恨み・妬み・嫉み、精神的ストレ スをあげることができる。また、経済的要因としては、景気の変動や火災保険 のような保険市場で観察されるモラル・ハザードの問題などが考えられる。 本研究は、放火の経済的要因、特に景気との関係に着目する。景気がなぜ、 放火の議論で重要かというと三つの理由を考えることできる。第一に、失業者 の場合、放火した際の経済的な損失や社会的なパニッシュメントが一般の労働 者と比べて小さいという点がある。大竹 (2005: p.176) の例では、失業中で就 職の可能性が低い人にとっては、合法的な活動をしていても所得が高くならな いために、一般労働者よりも罪を犯しやすいことが書かれている。犯罪で検挙 された場合の損失の大きい一般労働者よりも、無職者の方が、損失が小さいた めに罪を犯しやすくなるというロジックである。これは放火についても言える だろう。そのため、失業率が増加すると放火件数も増加するという仮説を考え ることができる。第二に、第一の点のように、失業率と放火の正の相関を説明 づける理由として、もう一つの理由を示すことができる。すなわち、不景気で 街が閑散とした状態下では、放火しやすい状況が生まれるということである。 第三に、第一の点、第二の点とは逆の相関関係で負の相関も考えることができ る。その理由としては、失業により労働時間が減少し、自宅滞在時間が増える ことで放火犯が放火しにくい状況が生まれる点を指摘することができる。 本研究の目的は、今まで議論されてこなかった放火の経済的要因に着目する ことである。ここでは特に失業率に着目する。具体的には、失業率が高くなる と、放火件数が上がるのか下がるのかを、データを使って実際に検証する。 関 連 す る 先 行 研 究 と し て は 、 大 竹 ・ 岡 村 (2000) が あ る 。 大 竹 ・ 岡 村 (2000) においては、日本の時系列データと都道府県別パネルデータを用いて、 1 失業率と少年犯罪の発生率の関係について実証分析を行った。大竹・岡村 (2000) が少年犯罪を扱ったのに対して、本研究は、放火を分析対象とし、失 業率と放火の関係を分析する。 以下では、放火と失業率の都道府県データを使って、両者の相関関係を分析 した。その結果、両者に正の相関関係があり、失業率が上昇すると放火件数が 増加することがわかった。 以下では、2節でデータの説明、3節で分析の概要と結果、4節で結論と今 後の動向を示す。 2.データの説明 分析で使用するデータは、失業率と放火件数のデータである。 失業率として、総務省『国勢調査報告』によって算出される完全失業率用す る。完全失業率とは、労働力人口に占める完全失業者数の割合である。1 国 勢調査の完全失業率を使用する理由として、全数調査であるため、都道府県別 に完全失業率を算出した場合に、標本誤差が小さい点があげられる。データは 2000 年の完全失業率と 2001 年の放火件数を用いる。2000 年の完全失業率を 扱うのは、第一に、国勢調査が 5 年おきの調査であることによる。第二に、 2000 年は放火件数(全国)が上昇する時期に該当している点を指摘すること ができる。 放火件数については、2000 年に最も近いデータとして、公表されている 2001 年のデータを使用する。また、分析の際には、人口の効果をコントロー ルするため、各都道府県別の人口一人あたりの放火件数を用いる。放火件数に ついては、消防庁『平成 13 年における火災の概要(概数)』が報告している、 火災原因別放火件数のうちの「放火」を使用する。人口一人あたりベースにす るため、総務省『国勢調査報告』の都道府県別の人口データを使用する。2 3.分析の概要と結果 最初に、各都道府県の完全失業率と人口一人あたり放火件数の散布図で両者 の関係を観察する。図2は2節で説明したデータを都道府県別にプロットした 1 労働力人口とは、就業者と完全失業者を合わせたものである。総務省の定義では、就 業者とは、調査週間中、賃金、給料、諸手当、営業収益、手数料、内職収入など収入(現 物収入を含む。)になる仕事を少しでもした人をさす。完全失業者とは、調査週間中、収 入になる仕事を少しもしなかった人のうち、仕事に就くことが可能であって、かつ、職業 安定所に申し込むなどして積極的に仕事を探していた人をさす。 2 一人あたりベースに換算する際の人口は、2000 年のデータによる。 2 ものである。図2は東京都と沖縄県を除いてプロットしている。除いた理由と して、東京都は首都である点、沖縄県は他の都道府県と歴史的経緯や気候の面 で大きく異なる点がある。図2からわかることとして、正の相関関係が観察さ れ、これは、完全失業率が上昇すると、放火件数が増加することを示唆してい る。 次に、これらのデータを使って、回帰分析を行う。回帰分析の結果が下記の 推定式である。X を完全失業率、Yを人口一人あたり放火件数とすると、 Y = 5.07 × 10 −6 + 7.69 × 10 −6 X (0.32) (2.21) 標本数 44、 修正済R 2 = 0.08 となる。推定式より、t 値が 2.21 で、有意水準 5%で有意であることから、完 全失業率が上昇すると、放火件数が上昇することが、推定結果からも示された。 4.結論と今後の動向 3節の散布図と推定結果より、失業率が上昇すると、放火件数も上昇するこ とが示された。今後の動向としては、景気が上向き、失業率が低下するにした がって、放火件数も減少すると考えられる。また、本研究の結果は、消防政策 を考える際、労働市場の動向もまた考慮する必要がある点を示唆している。 5.参考文献 大竹文雄 (2005)『経済学的思考のセンス−お金がない人を助けるには』、中央 公論新社 大竹文雄・岡村和明 (2000)「少年犯罪と労働市場−時系列および都道府県別 パネル分析」、『日本経済研究』、No.40、pp.40-65 3 図1 全国の放火件数の推移 8500 8000 7500 7000 6500 平成10年 平成11年 平成12年 平成13年 平成14年 平成15年 平成16年 注:消防白書に記載されたデータより作成。 図2 都道府県別にみた、完全失業率と人口一人あたり放火件数 2001年人口一人あたり放火件数 0.00010000 0.00009000 0.00008000 0.00007000 0.00006000 0.00005000 系列1 0.00004000 0.00003000 0.00002000 0.00001000 0.00000000 0 2 4 6 2000年完全失業率 8 注:『国勢調査報告』によって算出される完全失業率と消防庁『平成 13 年に おける火災の概要(概数)』が報告している、火災原因別放火件数のうちの 「放火」より作成 4
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